俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

19 / 170
今回はテニス勝負の前半です。



19.やはり俺たちのテニス勝負はまちがっている。

 決戦の金曜日。午前の授業を終えた生徒達のうち、試合に出る四人は先にテニスコートに集合する手筈になっていたのだが、既に思いのほか多くのギャラリーが集まっていた。彼らは昼食を後回しにして良い観戦席を確保しようと移動してきた生徒達であり、パンなど外に持ち出せるメニューを選んでいた為に出遅れた生徒達は後ろのほうの席で悔しがっている。この時点で、イベントとしては成功したと言って良いだろう。

 

 立会人となる平塚静教諭の権限で、コートの周囲には全校生徒が収容できる規模の観客席が作られていた。コート内には選手四人の他に、主審と副審を務める男女テニス部の次期主将と線審を務める女子テニス部員だけが立入可能で、練習に協力した他の生徒達はコートに近い特別席からの観戦となっている。材木座義輝がとても居心地悪そうに腰掛けていたが、戸塚彩加の名前を出して宥めすかし、何とか彼の逃亡を阻止している由比ヶ浜結衣であった。

 

 

 試合は1セットマッチの混合ダブルス。6-6タイブレイクのアドバンテージ方式だが、未経験者や観客の為に、終盤は1ゲーム終わるごとに「あと何ゲーム取れば勝利」というアナウンスを出す。試合中の給水は事前に立会人が用意したものに限り、ポーション類の使用は禁止。ラケットやボールはもちろんテニスウェアなども学校指定のものに限るとの事で、両者が同じ条件となる様に平塚先生が色々と考えてくれた模様である。

 

 三浦優美子がラケットを回し、雪ノ下雪乃がそれを言い当ててレシーブを選択して、葉山隼人と比企谷八幡も所定の位置に着いた。この世界に閉じ込められて以来、目立った娯楽もなく過ごしていた生徒達は久しぶりのイベントに熱狂し、体をほぐす()()の選手達の一挙一動に大きな歓声を送る。だがそれは八幡にとっても望むべき事であり、唯一こうした場に慣れていない彼はそのお陰で何とか平静を保てていたのであった。

 

 そして遂に、試合が始まった。

 

 

***

 

 

 第一ゲーム。三浦のサーブで幕を開けた最初のゲームは、三浦ペアが四ポイント連取であっさりと終わった。三浦のサーブが凄かったのは確かだし、観客席からはどよめきが起きたほどだ。しかし雪ノ下ペアは両者とも動きは悪くないものの、特段の連携を見せるでもなく、球際で食らいつく事もなく、どこか淡々と試合を進めている風である。コートチェンジの為に移動しながら、八幡は部室での会話を思い出す。

 

 

『サーブを一通り打ち終わる第四ゲームまでは、様子見で行こうと思うのよ。もちろんサービスゲームをキープするのが大前提だけれど、向こうの実力がこちらの予想とどれほど乖離しているのか等、相手の動きや連携の質などを生の試合で確認する事を第一に。第二に、相手のサービスゲームでこちらの体力を必要以上に消耗しないように』

 

『なるほど。ちなみにお前は、あいつらの実力をどの程度と見積もってんの?』

 

『由比ヶ浜さん。三浦さんは中学三年の時、県大会の準決勝でタイブレイクで負けたと言っていたわよね?』

 

『うん。相手は凄く強かったけど、接戦に持ち込んであと一歩まで追い詰めたのにって悔しがってたよ』

 

『その時の三浦さんの対戦相手と、以前に一緒に練習をした事があるのだけれど……』

 

『お前、ホントに人脈は広いのな』

 

『残念ながら、知っているという程度の関係よ。それと私としては助詞の使い方が気になるのだけれど、人脈()広いという言葉の裏で何を考えているのかしら?』

 

『……いや、だってお前、友達いねぇじゃん』

 

『貴方に友達の定義を聞いてみたいところだけれど。私にだって、その、知り合いの域を超えて友達と呼べそうな人が居ないわけではないのだけれど……』

 

 

 段々と小声になって行く雪ノ下の発言を思い出し、八幡は歩きながら苦笑する。顔を上げると、ちょうど観客席の由比ヶ浜と目が合った。二人に向かって声援を送る彼女を眺めながら、八幡は再び会話の続きを思い出す。椅子に座る雪ノ下の背後から抱きつきながら彼女が口にした発言を。

 

 

『うん!あたしはゆきのんの友達だし、優美子と姫菜もゆきのんを友達だと思ってるよ』

 

『……そう。少し恥ずかしいから離れて欲しいのだけれど』

 

『なんか俺、席を外した方が良いのか?』

 

『あら、友達が居ないからって落ち込まなくても良いのよ?孤独谷くん』

 

『ちげーよ。つか、話を戻すぞ』

 

『ええ。テニスのスキルで言うと、三浦さんはおそらく200弱だと思うわ。中学で部活を辞めた影響がどの程度かにもよるのだけれど、場合によっては200超えで中級者の域かもしれないわね』

 

『なるほど。俺は100ちょいだし、たぶん葉山も同じようなもんだと思うが……』

 

『由比ヶ浜さん、そろそろ離れて……と言うだけ無駄のようね。私も150は超えているのだけれど、三浦さんよりは確実に劣っていると思うわ。ある程度の才能に恵まれて中学の三年間をテニスに費やしたのだから、差があって当たり前でしょうね』

 

 

 まずは彼我の差をきちんと認識しない事には、自力で劣る側がそのまま負けてしまうのが道理である。雪乃も八幡も、自分たちが劣っている事を冷静に認め、だからこそ策を練り効率の良い練習を行ったのである。勝負をする事が決まってからの二日間を思い出し、それに改めて手応えを感じながら、二人は再び試合に意識を集中した。

 

 

***

 

 

 第二ゲーム。雪ノ下のサーブはコースを狙った技術の高いものだったが、三浦も葉山も反応できない程ではない。お互いにポイントを取り合う展開になったが、40-30から試合時間を長引かせたくないと思ったのだろう。先程までよりも少し強いサーブが葉山を襲い、彼が打ち損じた事でこのゲームは雪ノ下ペアが取った。涼しい顔を装っている雪乃を眺めながら、葉山は考える。

 

 

 葉山もまた、試合前の時点でお互いの実力差をほぼ正確に把握していた。彼自身はテニスを本格的に習った事はないが、幼い頃から付き合いのあった雪ノ下姉妹が一時期テニススクールに通っていたのを知っている。ほんの一ヶ月も経たないうちに、基礎をしっかりと吸収した姉妹がスクールのコーチを含む全員を凌駕する才能の持ち主だと証明して、スクールを辞めてしまった事も。

 

 おそらく才能という点では優美子でも及ばないだろう。しかし経験の蓄積も馬鹿にはできない。溢れんばかりの才能を多方面に発揮してきた雪乃と、中学の三年間をテニスに捧げた優美子と。才能を妬まれ周囲に足を引っ張られる事の多かった雪乃と、曲がりなりにもシングルスに集中できる環境だった優美子と。そうした彼女らの経験の差は、少なくとも二日程度の練習では覆せないほどの実力差として反映されているはずだった。

 

 

 三浦・葉山ペアの戦術は単純である。実力で上回っているのだから、下手に策を弄する事なく正攻法で叩き潰すだけだ。葉山としては、四人の中で一番実力のある優美子に気持ちよくプレイしてもらう事を第一に、後は要所でフォローをしっかりしていれば自ずと勝利は得られるだろうと思っていた。だから練習も、優美子の勘を戻す事と葉山がダブルスのコートに慣れる事に多くの時間を費やしたのだ。

 

 だが、彼にとって最大の不安材料は、やはり雪乃の存在である。下手に彼女の才能を知っているだけに、試合が長引いて経験を蓄積されると何が起きるか分からない。だから彼らは最初から手を抜かず、そして体が温まったら一気に勝負を決めるつもりだった。しかし。

 

 先程の雪乃のサーブからは、彼が怖れている事とは裏腹に、彼女もまた勝負を長引かせたくないと考えているかのような雰囲気が感じられた。何か見落としがあるのだろうか。彼はそこまで考えて、とりあえずは自分のサーブに備えて意識を戻した。

 

 

***

 

 

 第三ゲーム。葉山のサーブは速くて重いものだったが、雪乃にも八幡にも取れない程ではない。しかし、やはり彼らのプレイは淡々としたもので、一度ポイントを奪われた以外は特に危ない場面もなく、葉山も無事にサービスゲームをキープした。

 

 コートチェンジを行いながら、ふと葉山はある仮説を思い付く。そして優美子に向けて「次のゲームは早めに勝負を掛けるよりも、ラリーを続けて相手の様子を窺ってみよう」と提案し了承を得た。三浦としても、手応えのない相手の様子を不審に思っていたので、彼の提案に乗ってみる気になったのである。

 

 

 第四ゲーム。八幡のサーブは観客の大方の予想に反して、綺麗で正確なものだった。しかし、既に彼のレシーブが寸分の狂いもないものだと確認できている相手選手の意表をつける程ではない。ラリーに持ち込みながら相手の観察をしていた葉山は、前衛の雪乃がしきりに動き直して常に最短で勝負を決める機会を窺っているのを確認した。後衛も単にラリーを続けるのではなく、こちらの隙に繋がる難しいボールを毎回のように狙っている気配がある。

 

 今までのゲームよりも時間は掛かったものの、雪ノ下ペアの積極姿勢が実を結び、このゲームも40-30から何とかデュースを避けてキープする事ができた。しかし、葉山の仮説はより信憑性が高くなった。「そういえば、雪乃ちゃんは持久走が得意ではなかったな」と思い出した事も大きい。試合の時間を長くして経験を蓄積する事よりも体力の温存を優先する雪乃の意志を感じ取って、彼は傍らの優美子に告げる。

 

 

「どうやら、体力を温存したいみたいだね」

 

「ふーん。なら、どうするし?」

 

「優美子の希望は?」

 

「あーしは……。こっちのサーブの時も全力でやれし、って言いたいし」

 

「じゃあ、誘ってみるか。サーブを少し弱めに打って、ラリーに持ち込むよう挑発するとか、どう?」

 

「ん。じゃあ、それで行くし」

 

 

 こうして、試合は中盤戦へと突入した。

 

 

***

 

 

 第五ゲーム。三浦のサーブは先程よりも勢いがなく、雪乃は簡単にリターンエースを決める。この試合で初めてレシーブ側がポイントを先行させた形になったが、雪乃は憮然とした表情で三浦に向けて問い掛ける。

 

 

「……これはどういう事なのかしら?」

 

「手を抜いてないで真面目にやれし。体力を温存して勝てる相手と思われてるなら心外だし」

 

「あら、そんな事はないわ。貴女のテニスの実力を高く評価しているからこそ、効率よくプレイしなければと思っているだけよ」

 

「ふーん。だから相手のサービスゲームは端から諦めて、キープに集中してるんだし?」

 

「諦めたつもりは無いのだけれど……。でもそうね、そろそろ体も温まってきた事だし、貴女のサーブにも全力でお相手してあげても宜しくてよ?」

 

「負けた時の言い訳が一つ減るけど、それでも良いんだし?」

 

「貴女のほうに言い訳が一つ増えるのなら、それで充分じゃないかしら?」

 

 

 コート内では、ダブルスを組む相方に話し掛ける時はどんなに大きな声を出しても他の人には絶対に聞こえない反面、相手選手や審判などに話し掛ける時には、その会話は観客全てが聞き取れるように設定されている。音の伝播によるのではなく、音声の同時的な共有によってそれを実現している為に、コートに近い席の人々ほど音が大きくなる事もないし、ハウリングによって不快な音が発生する事もない。彼女らの発言はお互いのみならず観客全てを熱狂させ、勝負は白熱した展開へと移行した。

 

 

 この時点で、葉山の作戦は早々に崩壊した。しかし、ラリーに持ち込んで雪乃の体力を削りたいのが本音だったが、優美子も雪乃もお互いに全力でプレイするのであれば、先に体力が尽きるのは雪乃の可能性が高い。後は体力の尽きた雪乃を狙って、勝負を決するだけである。葉山はこの新たな方針に手応えを感じたが、優美子に告げてせっかくの彼女のやる気をそがない為にも、口には出さない事にした。

 

 正直なところ、葉山としては適当なところで引き分けという形にして、後々の禍根にならないように事を収めたいのが本音である。しかし彼はまた、勝負を行う女子生徒二人は、明確に勝敗を決する前に諦める事など無いとも理解していた。ならば彼女らの希望に従うしかない。

 

 優美子の希望はもちろん勝つ事である。一方の雪乃は、勝つ事を望んでいるのは勿論だが、彼に手抜きをされて勝つ事などかけらも望んでいないだろう。むしろ彼女は、彼が全力で立ちはだかる事をこそ望んでいるはずだ。なぜならば、彼が立ち塞がっても彼女の勝利に疑いはないと信じているだろうから。少しだけ寂しい気持ちになる自身を奮い立たせ、葉山もまた試合に再び集中するのであった。

 

 

***

 

 

 第五ゲームは続く。第四ゲームまでの当初の方針を無事に完遂して、三浦ペアの実力も連携も、事前の予想通りだった事は確認した。おそらく練習内容も、ダブルスとしての連携を高めるよりは各々のプレイの質を高めるものが主だったと見て間違いないだろう。周囲が熱狂している中で冷静に現状を再確認していた八幡は、挑発に乗りやすい己がパートナーに苦笑しながらも悪い気分ではなかった。

 

 彼は確かにぼっちという環境を愛しているが、周囲の人と接するのが嫌いな質ではなかった。度重なる黒歴史によって諦観に至ったとはいえ、それは同性の友人達や気になる異性に対してとった行動が裏目に出たのが原因であって、行動のそもそもの発端は他人と仲良くしたいという気持ちから出たものである。そんな彼が、同じ部活の仲間が盛り上がっている横で一人白けた気分で居るなど、あり得ない事だ。

 

 

 観客も、そして自分を除く選手達も、今は興奮の坩堝にいる。こんな熱狂の場の中心に自分が存在しているなど考えてみれば不思議な話だが、それに対しても八幡は悪い気はしなかった。勝負に参加する事が決まって以来、彼は全校生徒に囲まれたコートの中でプレイする自分を想像して、一人の時間を落ち着いて過ごす事ができなかった。しかし今、それが実現してみると、意外に呆気ないものである。

 

 ただでさえ観客の視線を独占しがちな生徒が三人もいる事で、彼があまり注目を浴びずに済んでいる側面はあるだろう。だが、足が震えて動けなくなって醜態を晒すのではないかと不安に思っていたこの数日の事を思うと、八幡は物怖じしていない今の自分に少しだけ手応えを感じられた。後は当初の目標を達成するだけ。つまり、勝つのみである。八幡もまた、改めて気合いを入れて試合に集中するのであった。

 

 

***

 

 

 第五ゲームは今度こそ続く。雪乃との舌戦によって気持ちが先走った優美子のサーブが八幡を襲い、それを八幡は、本人にも意外なほど綺麗に返した。リターンエース。全く期待していない選手の活躍に、観客は一瞬だが呆気にとられる。そうして静まり返った会場に、何やら妙な声が響いた。

 

 

「あ、あれはまさか!?敵の打球が生み出した土煙を利用して相手を幻惑させ、その隙に球を叩き込む魔球。豊穣なる幻の大地、岩砂閃波(ブラスティー・サンドロック)!!」

 

 

 できる事なら奴の顔面に魔球を叩き込んで、「またつまらぬ者を」と言ってみたいものだと遠い目をする八幡であった。そして、いつの間にか特別席から逃げ果せている材木座に気付き、ぷんすか怒る結衣と爆笑する海老名姫菜。観客達も先程までの興奮ゆえにあまり頭が回っていないのか、途端に勢い付いて「ブラスティー!」「サンドロック!」「ブラサン!」などと、てんでばらばらに叫んでいる。しかし、そんな緩んだ雰囲気は、獄炎の女王の一言で雲散霧消した。

 

 

「ふーん。面白い事をやってくれんじゃん。まぐれが続くのか、試してみるし」

 

「あら、彼の実力をもってすれば容易い事よ。あの程度のサーブを打ち返すぐらい、我が奉仕部の一員ならば下僕にすら可能な事でしかないのよ?」

 

 

 素直に八幡を褒めるのかと思いきや、公の場で思わず下僕と明言してしまう雪乃であった。実際のところは、彼のプレイを見て素直に賞賛の言葉を出してしまい、慌てて軌道修正を行ったが故の発言なのだが。特に世間の認識と乖離しているわけでもなし、言われた本人も特に気にしている様子ではないので問題は無いだろう。

 

 問題は、優美子が更に本気になった事であり、そしてここまで挑発したからには雪乃もこのゲームを落とす事ができなくなったという事である。

 

 

 次のサーブは雪乃が受けて長いラリーへと移行した末に優美子が決めた。その次のサーブは八幡が受け損なったものの、葉山のボレーを雪乃が拾い、そして再び長いラリーへと移行した。何とか八幡が決めてブレイクに王手をかけたが、短時間で急に多くの距離を走らされた雪乃は疲労の色が濃い。深いため息を吐いてコートに座り込みながら、彼女は口を開く。

 

 

「比企谷くん。少し自慢話をしてもいいかしら?」

 

「いきなり何だよ?」

 

「私ね、昔から何でもできたから、継続して何かをやった事がないのよ」

 

「だから何の話だ?」

 

「……だから私、体力にだけは自信がないの」

 

「ちょ、お前。今この場でそんな事を言ったら……」

 

「……()()()()()()?」

 

 

 今までに溜まった鬱憤を晴らすかのように、獰猛な笑みを浮かべた獄炎の女王が不意に会話に加わった。その横では葉山が少し気の毒そうな、同時にどこかほっとしたような表情を浮かべている。立会人の平塚先生が近付いて来て、雪乃に試合続行の意志を問い掛ける。

 

 

「雪ノ下。体力が尽きたのなら棄権という事になるが?」

 

「いえ。しばらく立っていれば少しは回復すると思いますし、このまま継続します」

 

「ふーん。悪いけどあーし、手加減とかできないけど、大丈夫だし?」

 

「私は手加減してあげるから、安心してくれて良いわ」

 

 

 この期に及んで口の減らない雪ノ下に呆れながらも、決して頭が回らないわけではない優美子は雑談によって体力が回復する可能性に思い至り、サーブの体勢に入る。フォールトを気にして威力よりも正確さを重視したサーブが放たれ、そして雪乃は、疲れなど微塵も感じさせない動きでそれを返した。リターンエース。

 

 

「……どういう事だし?」

 

「短期間に疲労が蓄積されて、動けなくなっていたのは事実よ。でも、知っているかしら?この世界では、急激な負荷によって一時的に疲労困憊に陥る事はあるのだけれども、気力さえあれば短時間で立ち上がれるのよ。体力が1ポイントでも残っていれば、そして気力さえあれば、完璧な体調の時と同じように動けるのよ?」

 

 

 それは、RPGなどのゲームをした事のある者なら理解し易い話ではあった。勿論ゲームの設定によっても異なるが、一般にはHPが全快だろうが残り一割だろうが、同じように動ける作品が多い。麻痺などの特殊攻撃や、クリティカルなどHPを急激に減らす攻撃を受けて短時間行動不能に陥る事はあっても、一定時間が過ぎればステータスの数字通りに、攻撃を受ける前と同じように行動できる。

 

 

 雪ノ下の説明を聞きながら、八幡は彼女が決して口に出さないもう一つの手品の種の事を考えていた。どうして彼らの会話が三浦にも聞こえていたのだろうか?あの時は慌てていたので気付かなかったが、ダブルスの相方との会話は他人には絶対に聞こえない設定ではなかったか?

 

 その答えは、彼女が音声出力を手動でオンにして、わざと三浦たちに聞かせるように仕向けたからに相違ない。だが、事前にはそんな作戦など検討すらしていなかった。だから八幡はあの瞬間に本気で焦ったのだ。

 

 一時的に体力が尽きるという普通なら絶体絶命の状況にあって、その逆境を利用する方法を模索し実行して成功させた雪ノ下雪乃。八幡は改めて彼女の負けず嫌いの性格を思い知らされ、そしてそんな彼女の凄さを敬遠するのではなく、面白いと感じてしまうのであった。

 

 

 こうして第五ゲームは雪ノ下ペアがブレイクに成功して、ゲームカウント2-3。あと三回サービスゲームをキープすれば、彼女らの勝利が決まる。しかし、勝負の行方はまだ判らない。

 




次回は日曜日に更新です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。