俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回は少しシリアスな回になる、はずだったのですが。……どうしてこうなった?



18.とにかく彼女らは思うがままに行動する。

 翌日の火曜日。午前の授業を終えた比企谷八幡は外に持ち出せるメニューの中から好きなパンなどを選んで、さっさと教室を出た。俺と並んで歩くのは二人とも嫌だろうと気を利かせたつもりの八幡だが、実際のところは彼自身、クラスメイトと一緒に目的地に向かうのが恥ずかしいのである。

 

 しかし、そんな事を一度意識してしまうと彼や彼女との会話が困難になりそうなので、八幡は変な気を起こさぬよう無心で歩く。彼のステルス能力の高さゆえに、普通の生徒には彼の姿を見付ける事はできないはずであった。しかし、その理屈は普通でない者には当てはまらない。

 

「ハーッハッッハッハッ八幡」

 

 

 高笑いから彼の名前へとコンボを繋げる材木座義輝に進路を塞がれたので、八幡は立ち止まって仕方なく彼に話し掛ける。

 

「ちょっと今忙しいから。じゃあな」

 

「ふっ、戯言を申すな。貴様に予定などあるわけがなかろうて」

 

「いや、だから。あれだ、部活だ」

 

「ほう。我の他にも迷える子羊が現れたとは。……我も其方等には助けられた。今度は我が助ける番だ!」

 

 

 おそらく「一度は言ってみたいセリフ」を首尾よく口にできてご満悦なのだろう。決め顔の材木座を心底から疎ましく思いながら反論を述べようとする八幡だったが、彼が口を開くより先に元気なソプラノの声が背後から掛けられた。

 

 

「比企谷くんっ!よかった、追いついた。一緒に行こっ」

 

「は、八幡。そ、その御仁は?……もしや貴様、裏切ったな!」

 

「戸塚、お前は俺が守るから。ここは俺に任せて先に行け!」

 

 

 いつの間にか右手で八幡の左手をしっかり握っている戸塚を見て、材木座は動揺しているし、握られた八幡は錯乱している。彼ら二人の激突は必至かと思われたが、事の発端となった戸塚彩加の発言が場の雰囲気を和らげた。

 

 

「かたじけない、この恩は必ず。……って比企谷くんも、そういう冗談を言うんだね」

 

「あ、ああ。冗談な」

 

「ぼくのセリフ、変じゃなかった?あんまり男の子とこの手のやり取りをした事がなくて」

 

「大丈夫だ。戸塚は何を言っても可愛い」

 

「可愛いって言われると嬉しいけど。……ちょっと、困る、な」

 

 

 場の雰囲気は和らいだものの、八幡の錯乱は継続中の模様である。一方の材木座は仲の良いカップルを目の当たりにして「この我が、現実逃避の無限螺旋(インフィニット・スパイラル)に陥るとは」などとうわ言を口にしている。そんな彼に向けて、照れた表情の戸塚が話し掛ける。

 

 

「材木座くん、だったよね?比企谷くんのお友達なら、ぼくとも仲良くしてくれない、かな?」

 

「いかにも。我と八幡とは前世よりの幾星霜を経てなお強く、友人として主従として結ばれた仲である。お主の願い、しかと聞き届けた」

 

 

 こうして、異性の友達ができたと勘違いしたままの材木座を加え、一行はテニスコートへと向かうのであった。

 

 

***

 

 

 コートの脇で簡単に食事を終えて、奉仕部の三人と材木座は戸塚の練習に付き合うために立ち上がる。放課後に部活で行う練習メニューを詳しく尋ねた雪ノ下雪乃は、昼に行う練習案を直ちに提示した。

 

 

 彼女が提案した練習は、主にラリーと筋トレによって成り立っていた。この世界でいくら筋肉を鍛えても、現実の世界に戻った途端に霧消してしまうだろう。だが、彼の今の筋力では、目に見えた上達を望むのは難しいかもしれない。確かに現実世界でまた筋肉を一から鍛える必要はあるが、この世界で身につけた動きや力の使い方は、元の世界でも簡単に再現できる可能性が高いと。

 

 

 彼女の説明に戸塚は頷き納得する。そして雪乃の監督の下、ラリーの時は八幡か材木座が相手を務め、残った一人と由比ヶ浜結衣がボール拾いを行う。筋トレには男子二人と、時々気が向いたら結衣も加わる。黙々と練習に励む彼らへのご褒美とばかりに、保健室から事前に貰って来たという疲労回復を早めるポーションを差し出しながら、雪乃は初日の感想を戸塚に問うた。

 

 

「雪ノ下さんに指摘された事は全部、すごく参考になったし。比企谷くんや材木座くんが一緒に練習してくれて、由比ヶ浜さんがそれを色々と支えてくれて。すっごく充実した練習になったよ。本当に感謝してます」

 

 

 実のところ雪乃は、自分を差し置いて仲の良い雰囲気を作り出すF組の三人に、ほんの微かな嫉妬を抱いていた。最近では結衣のお陰で彼女の親友二人とも仲良く過ごせているし、そこで疎外感を感じたことはない。しかし、昨日の放課後に八幡と結衣の服を掴んで心配そうな表情を浮かべている戸塚を見た時、三人の輪に入れない自分を彼女は意識してしまったのである。部員二人と仲が良さそうな彼に対する嫉妬と、可愛らしい外見の彼に信頼されている二人に対する嫉妬と。

 

 そのせいで昨日から今に至るまで、雪乃が戸塚に接する態度は事務的で、それ故に非の打ち所のないものであった。だが、この面々で初日の練習を終えた今、彼女の心は晴れやかだった。それは、戸塚が本気で努力する姿を確認できたからであり、二人の部員に加えて変な病気を患っている男子生徒すらも、戸塚への協力を当然と受け止め労を惜しまなかったからである。

 

 感謝の気持ちを告げられた戸塚に少しだけ笑顔を向けて、雪乃は己の妬心を密かに恥じる。同時に、彼の依頼を無事に達成できるよう願いながら、自分も目の前の四人と同じ輪の中に居るのを嬉しく思いながら、彼女は少しだけ弾んだ声で練習の終了を宣言するのであった。

 

 

***

 

 

 翌日の水曜日。二年F組の教室では、結衣を除くクラスのトップ・カーストの面々が一緒に食事を摂っていた。男性陣がみな運動部所属という事情もあり、この日は部活の話をしながらの食事になっている。男子生徒の中心的な存在である葉山隼人が、女子のトップに君臨する三浦優美子に話し掛けた。

 

 

「優美子が練習に来てくれてもう一週間になるけど、かなり部の雰囲気が変わったよ。俺の意識も変わったし、本当に助かった」

 

「あーしじゃなくて、隼人がもともと持ってた能力を上手に発揮してるだけだし」

 

「それに、あんまりストレートに褒められると照れちゃうもんね」

 

 

 海老名姫菜も、この一週間で随分と変わった。女子生徒ばかりの場ならともかく、以前は男子もいる中でこれほど積極的に口を開くタイプではなかった。何かが吹っ切れたような最近の姫菜に対して密かに認識を変更する男子生徒も少なくなく、平たく言えば最近の彼女の人気は以前にも増して上々であった。そんな彼女を目線でやり込めて、優美子は再び口を開く。

 

 

「で、他の部はどんな感じなんだし?」

 

「うちのサッカー部とか、もともと実力のある野球部やラグビー部はまだマシなんだけど。やっぱり弱いクラブほど練習に出ない部員が多いみたいだね」

 

「男テニとか?」

 

「うん。優美子も知っているように、練習に来ているのは戸塚一人だからね。あとは柔道部とかも厳しそうかな」

 

「あれ?柔道部って強い先輩がいるんじゃなかったっけ」

 

 

 一瞬だが「衆道部」と聞こえた気がして、優美子は発言をした少女の方へと顔を向ける。しかし無邪気に首を傾げる少女の前に撤退を余儀なくされ、そして少女は趣味の教育が順調に進んでいる事を確認できたのであった。

 

 

「その先輩が卒業して一気に弱体化したところに今回の事件で、一年を中心に部活を辞めるって言い出す部員が増えてるとか。練習どころじゃないって次の部長が嘆いていたよ」

 

「ふーん。何か説得の秘訣でもあるし?」

 

「それがあったら苦労しないだろうね。やる気のある人が頑張るしかないんじゃないかな」

 

「それもそうだし。やる気のある連中に時間を使うほうがよっぽど良いし」

 

「そういえば、さ。最近、昼休みにも練習してる部活も出始めたみたいだな」

 

 

 葉山グループの男子生徒が、二人の話が途切れそうなタイミングで新たな話題を振る。

 

 

「……なんでそこまでやる気なのか、ちょっと聞いてみたいよな」

 

 

 続けてグループの別の男子生徒が返事をするや、彼らは互いに顔を見合わせて移動の準備を始める。「いきなり話を聞きに行くとか、やばいっしょ」などと盛り上がっているグループ最後の男子生徒も本気で止める気は無さそうで、こうしてこの日の行動方針が決定された。

 

 

 彼ら二人の発言は単なる好奇心の故であり、彼らの言葉を受けて、昼休みに練習している部活に話を聞きに行こうと集団が立ち上がったのもまた好奇心の故である。そこには悪意が存在する余地は無い。しかし、彼ら彼女らのこの些細な行動が、結果としては大きな事態へと発展してしまうのである。

 

 

***

 

 

 グラウンドに出て、すっかり顔なじみになった同学年の生徒たちがテニスコートに集まっているのに気付いて、優美子はゆっくりとそちらに歩を向けた。その横には姫菜が並んで歩いているし、後ろには葉山以下の男子生徒四人が従っている。二日目の練習をこなしていた面々と、一度ぐらいは顧問として様子を見ておこうとこの場に立ち寄っていた平塚先生も近付いてくる彼女らに気が付いて、練習は一旦お休みになった。

 

 

「戸塚って、いつから昼も練習してたんだし?」

 

「あ、えっと……。昨日から、かな」

 

「ふーん。奉仕部が手伝ってるのも昨日からだし?」

 

「ええ。戸塚くんの依頼を受けて、彼のテニスが上達する協力をしているわ」

 

「練習メニューは?」

 

 

 端的に疑問を口に出す優美子と、それに答える戸塚と雪乃。そこには感情的な争いの種は感じられない。自分以外の者が戸塚の手助けをしているからといって怒り出す優美子ではないし、ぶっきらぼうな彼女の発言に他者を貶める意図は無いと理解している雪乃がそれを咎めることもない。

 

 しかし、お互いが理性的な状況における争いの種は、お互いが自説に理を感じ手応えを得ているからこそ、時に感情的な対立よりも厄介な事態を引き起こすものである。雪乃の説明を受けて、昼休みの練習メニューを把握した三浦が口を開く。

 

 

「あんさ。あーしらの放課後の練習を考慮してメニューを組み立てたのは解るし。でも、戸塚が強くなりたいんなら、この世界でしか意味がない筋トレとかやってないで、もっと基礎練とか実戦練習をした方が良いと思うし?」

 

「貴女が言いたい事は解るわ。でも戸塚くんの今の筋力では、限界が見えていると思うのよ。筋肉を鍛えても、この世界からログアウトしたら意味がなくなってしまうのは確かだけれど。より効率的な動きを身に付ける為には、最低限の筋肉がないと話にならないのよ」

 

「その話に一理あるのは認めるし。けど、現実でも筋肉が付きにくい体だった戸塚がこの世界で筋トレしても、やっぱり伸び代は少ない気がするし」

 

「それは確かに頭の痛い指摘だわね。ただ、やらないわけにはいかないとも思うのよ」

 

 

 他の生徒たちを完全に蚊帳の外に置いて議論を始める女王二人。教師はもとより傍観を決め込んでいるし、生徒の多くは彼女らの会話を呆気に取られた表情で眺めていた。が、二人の少女に親密な思いを抱く結衣は、何とか二人の言い争いを終わらせようと口を挟んだ。

 

 

「ちょ、ゆきのんも優美子も、ちょっと落ち着くし。自分が決めた練習メニューと違うからって気にくわないのは分かるけどさ……」

 

「それは違うわ」

「それは違うし」

 

「……私の練習メニューは三浦さんのそれを前提として作ったものなのよ。あれほどきちんとした練習を行えているからこそ、こうした極端な構成にできたと言ってもいいわね」

 

「あーしも、この練習メニューはよく考えて作られてると思ってるし。ただ、他に優先する事があるって話だし」

 

 

 ほぼ同時に結衣の発言を否定した彼女らは互いに目配せを交わした後で、名前を呼ばれた順に従ったのだろう。雪乃と優美子がその順番で反論を述べる。仲裁に入ったはずなのに二人から否定されている結衣は哀れだったが、お陰でますます余人には口を挟みにくい雰囲気になってしまった。

 

 

「他に優先する事と言えば、戸塚くんの依頼には強くなる事に加えて、他の部員に戻って来て欲しいという希望もあったわね。貴女はそれをどう考えているのかしら?」

 

「あーしにできるのは、戸塚が強くなる為の練習に付き合う事ぐらいだし。正直、やる気のない連中の事を考えるより、やる気のある奴の希望を聞く方がよっぽど良いと思うし」

 

「そう。私としては、やる気のない他の部員が仮に気持ちを入れ替えた時の事も考えておくべきだと思うのだけれど」

 

「やる気なんてのは本人の問題だし。外部からとやかく言う事じゃないし」

 

「確かにその意見には賛成だわ。ただ、私が言いたい事は少し違うのよ。仮にやる気を出した時に、部活に復活しにくい環境だったら問題なのではないかしら?」

 

「……どういう事だし?」

 

「女子テニス部に戸塚くんが一人加わった状態の部活に、男子生徒がのこのこ顔を出せると思うのかしら?」

 

 

 雪乃の指摘は優美子にとっても痛いところである。確かにそれは彼女も自覚していたし、しかし戸塚を男子部員として扱おうにも色々と無理がありすぎる。具体的には彼の容姿や仕草や声などのせいで、女子部員の一員として扱う方が感情的にも自然だし、仮に彼を男の子として過剰に意識しようものなら逆に他の女性部員の精神衛生上、良くない事になるだろう。

 

 しかし雪乃が言う通り、仮に誰か他の男子部員が練習に参加するのであれば、今の雰囲気は一変するに違いない。それは男女双方の部員にとって大きな環境の変化をもたらす事になるだろうし、おそらく合同練習は続行不可能になるだろう。

 

 優美子はそうしたマイナス点には敢えて目を瞑り、強くなりたいという戸塚の希望を第一に考えて、効率の良い練習を行う事だけに集中していたのである。だが、それを言われるのであれば彼女にも言いたい事はある。

 

 

「その懸念は確かにあーしも持ってたし。でも、女子部員が戸塚と練習する問題点を指摘するなら、そっちも素人が教えるのはどうかと思うし。女子生徒と言っても、ちゃんとテニスの基礎を修めた部員と練習する方が効率が良いと思うし?」

 

「それを言われると辛いわね。うちの下ぼ……部員はなかなか筋が良いのだけれど、長年テニスの練習をして来た女子部員と比べてどうかと言われると難しいところね」

 

 

 もはや彼女らの会話を聞くだけのギャラリーと化した他の生徒達であったが、雪乃が発しようとした言葉を察して、何人かは八幡に同情の視線を送る。下僕扱いの哀れな男子部員。だが意外にも当の八幡は、それほど嫌な気分ではなかった。それは彼がマゾヒストだからではなく、彼の上司たる部長様が発揮した茶目っ気ゆえの軽口だと、彼が既に理解しているからであった。

 

 問題は、と八幡は思う。これほどまでにノリノリになった雪ノ下雪乃をいったい誰が止められようか、という頭の痛い事実であり、その彼女を前にして一歩も引きそうにない三浦の介抱を誰が行うのかという事である。既に八幡の中では、論争によって雪乃が勝利する未来はほぼ確定済みであった。しかし。

 

 

「面白い事になってきたな。まずは二人とも落ち着きたまえ」

 

 

 その場に居ながらも今まで口を挟まなかった平塚先生が間に入った事で、未来は再び混沌として来た。おそらく彼女も、このまま論争を続けるだけでは結末が見えたと思ったのだろう。

 

 

「さて、こういうジャンプっぽい展開は私の大好物なんだよ。古来より、お互いの正義がぶつかった時は勝負で雌雄を決するのが少年漫画の鉄則だ」

 

 

 お互いに主張を取り下げる事なく、思うがままに振る舞おうとする女王二人に向けて、教師もまた思うがままの主張を述べる。この場を収拾できる立場の教師がそんな事で良いのかと八幡は思うが、こんな教師だからこそ八幡の今があるし、彼女らの今もあるのである。

 

 

「どちらの主張が正しいのか、テニスで勝負を決めたまえ」

 

「……あーしは別にいいけど。中学までテニスやってたから、ちょっと不公平だと思うし」

 

「あら、私は別に構わないわよ?」

 

 

 ここに来て形勢は完全に逆転した。雪乃は自信ありげな発言をしているものの、やはり経験者との差は大きい。どうしたものかと考える教師の視線が一瞬自分に向いた気がして、八幡は途轍もなく嫌な予感に襲われる。果たして、彼女の発言は八幡の予想通りの内容であった。

 

 

「では、ともに未経験者を加えたダブルスではどうかね?試合の期日は二日後の金曜昼間。その時までにお互いのパートナーと練習を積んで、戸塚に教えるに相応しいのはどちらなのかを証明したまえ」

 

「ダブルスを組むのは誰でも良いし?」

 

「ふむ。たぶん雪ノ下は、下ぼ……部員の彼と組むだろうな」

 

 

 わざと言い間違えているのが丸分かりの平塚先生も、かなりノリノリの模様である。密かに戸塚は「ぼくのために争わないで」と口を挟みたいのが本音だが、何かが間違っている気がしてギリギリのところで思い止まっている。完璧にヒロインの座を確定させている戸塚であった。そして勝負に負けるつもりのない三浦は、自身のパートナーとして最も相応しい相手を堂々と指名する。

 

 

「じゃあ、あーしは隼人と。……勝手に巻き込んじゃったけど、大丈夫だし?」

 

 

 途中までは堂々としていたのに、最後になると少しだけ照れた口調で確認を取る、乙女な女王の姿がそこにはあった。幸い彼からは快諾を得て、ここに対立構造が確定した。雪ノ下・比企谷ペアv.s.三浦・葉山ペア。気持ちの良い空の下で海へと向かう風を頬に感じながら、何故こんな展開になってしまったのかと、己が不幸を嘆く八幡であった。

 

 

***

 

 

 その後の話し合いの結果、テニス勝負の話は大々的に宣伝を行う事になった。教師としても運動部員としても元気のない部活の存在は気になっていたので、勝負をイベントとして扱う事で学校全体の雰囲気を盛り上げようという話になったのである。八幡には泣きっ面に蜂の展開であるが、顧問の主命とあらば逆らっても仕方のない事であった。

 

 それぞれのペアの練習の為に、三浦ペアには葉山グループの男子生徒三人と姫菜が協力する事になった。雪ノ下ペアには材木座と戸塚と結衣が協力する。「あーしに気を遣わず、全力で勝ちに来るつもりで協力するし」と結衣に告げる優美子には風格すら漂い、勝敗は既に決しているように思われた。しかし、勝負は蓋を開けてみるまで判らない。そしてそれ以上に、深く考える事なく一人の女子生徒に一任した宣伝の為のビラの出来映えは、誰一人として事前に予想し得ないものであった。

 

 

 その日の放課後。校内の主要な掲示板に加えて、全教師と全校生徒の文書フォルダ内へと、テニス勝負を告知するビラがばらまかれた。

 

 ビラはまず上1/3の辺りで線が引かれていて、戸塚を模した可愛らしい生徒がこちらを向いてお願いのポーズを取っている。彼の顔の横には吹き出しがあり、以下のように書かれていた。

 

 

『ぼくと契約して、テニス少年になってよ!』

 

 

 これだけでも関係者にとっては頭の痛い内容であるが、ビラの下部は更に困った構図になっていた。ビラの下2/3は真ん中で左右に分かれており、テニス勝負に臨む男女二人ずつの顔が向かい合った状態で描かれている。

 

 左右の端に近い側に雪ノ下・三浦の両巨頭が大きめに描かれている事には、誰も文句がないだろう。問題は、彼女らを背にしてビラの中央近くで向き合っている男子生徒二人の、漫画チックにデフォルメされた顔の位置関係にあった。つまり、必要以上に近いのである。特に、彼らの両唇が。

 

 おまけに彼らは二人とも目を瞑った状態で描かれていて、絵師の意見によると二人が勝負に集中する様子を強調する為との事だが、どう考えても別の理由で集中しているように見えてしまう。それを煽るかのように、二人の頭上には横書き三行で以下のような文章が書かれていた。

 

 

『雪ノ下雪乃v.s.三浦優美子』

『初めての真剣勝負!』

『彼らの初体験を見逃すな!!』

 

 

 どうして雪ノ下と三浦の勝負なのに「彼ら」になるんだよと、心底からげんなりしながらビラを眺める八幡であった。なお、このビラは校内の一部の女子から非常に高く評価され、ビラの製作者はこの一枚で校内に確固たる地位を築いたのであった。思うがままの行動をした女性達の中で、いちばん楽しんだのは彼女かもしれない。

 

 

 そして、勝負の日が迫る!




前回の投稿後に、お気に入りが百人を突破しました。
また、ようやくここまで書けたかと、少し感慨深いものを感じる回にもなりました。
この展開に持ち込む為に色んな設定を考えたと言っても過言ではないので、今は少しほっとしています。

話によっては未熟さや物足りなさを感じる回もあったかもしれませんが、もうすぐ手が届く一巻末までの描写をトータルで見て、お手数でなければ率直な評価を頂けますと嬉しいです。評価の点数に関係なく、謙虚に参考にさせて頂きますので、可能であれば宜しくお願い致します。

次回は週の半ばの更新になります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(8/12,9/20)
表現に問題があると思えた箇所を修正しました。大筋に変更はありません。(2/20)

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