俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回でだいたいの仕込みが終わりです。
少し長い話になっていますが、次回以降の展開に期待して頂ければと思います。



17.ついている彼には助けの手が多く差し伸べられる。

 週が変わって迎える初めての放課後。特別棟のいつもの教室にはいつもの三人が集まって、各自がマニュアルと向き合っていた。雪ノ下雪乃と比企谷八幡はいつもの通りに音声を切ってマニュアルとの会話を進めているが、由比ヶ浜結衣だけは音声出力を切らずに解読を進めている。

 

 

 先週の依頼の際、ユキペディアに感銘を受けた結衣は、今日の部活が始まった当初「あたしも解読やる!」と張り切っていた。しかし、文章をひたすら読んで行う解読よりは遙かにマシだったが、会話形式とはいえ行き詰まりの多い単調作業に彼女は早々に飽きてしまったのである。

 

 最初のうちは、結衣が飽きて話し掛けて来るたびに進捗状況を聞いてヒントを出していた二人だったが、いつ彼女が助けを求めてくるか分からない状況で集中を続けるのも骨が折れる。それならいっその事、彼女がマニュアルに語りかける内容を垂れ流しにしておいた方が良い。自分の事に集中している時には気にならないだろうし、自分に余裕がある時には先回りして助言をする事もできるだろう。二人はそう結論付けて、このような形へと落ち着いたのであった。

 

 

「そういえば、由比ヶ浜さん。少し気になっていた事があるのだけれど……」

 

「ん?どしたの、ゆきのん」

 

「先週のざ……自作小説の依頼の時に、三浦さんはサブのスキルの存在を知らなかったみたいだけれど……。貴女の依頼の時にクッキーのスキルをすぐに確認できたのは、貴女が既に知っていたという事なのよね?」

 

 

 材木座の名前を出しても結衣には通じないと思って言い直したのか、それとも彼の所作を思い出して名前を口にする事に抵抗を感じて言い淀んだのか、それは雪乃にしか分からない。どちらにせよ「材木座……哀れな奴め」と、いまいち同情が感じられない声でこっそり呟く八幡であった。

 

 

「あ、うん。優美子はこないだの中二の時まで知らなかったみたい。あたしは、その……。最初のチュートリアルの時に、この世界でクッキーの練習とかできないのかなって、色々質問しちゃったんだよね。あの、ちょうどログインする前に、奉仕部の部室で二人と会ってたから……。渡せるチャンスがあるかも、って思っちゃって……」

 

 

 今も同じ部屋にいる男の子に渡すプレゼントの事で意気込んでいたのを恥ずかしく思ってか、結衣の発言は次第に小声になり、最後はほとんど聴き取れないものになっていた。しかし聞いている二人は「優美子が中二まで知らない」という冒頭の発言の意味が解らず、それどころではない。

 

 

「……えっと、三浦さんが中二の時って?」

 

「あ、うん。こないだの中二の依頼ね。あたし今まで知らなかったけど、中二病の人って色々と面白い事をするんだね」

 

「……もしかして、中二って材木座の事か?」

 

「え、他に誰かいるの?」

 

 

 自分もかつて患っていたとは言い出しかねて、八幡は口ごもりながらも納得した。雪ノ下の様子を窺うと彼女も合点がいったようで、話を元に戻して会話が続く。

 

 

「では、由比ヶ浜さんは最初のログインの時に、既にサブのスキルの事を知っていたのね?」

 

「え、うん。そう、なるのかな?『クッキーだけ上手くなるとかできないんですか?』って尋ねたら『どう思いますか』って言われたから、『クッキーだけずっと作ってたら、クッキーだけ上手くなりそう』って答えて。そしたら『正解です』って言ってクッキーのスキルの事を教えてくれたの」

 

「あの、由比ヶ浜さん。……もう少し繰り返しを避けて話してくれると嬉しいのだけれど」

 

 

 言葉を逐一理解していく聴き方だと混乱しそうな結衣の物言いに苦言を呈しつつ、雪乃は内心で、自分よりも先にサブのスキルを発見していた結衣の発想力を見直していた。つい先程のマニュアルとの会話でも、見当違いな質問も多いが時に核心に迫る事を尋ねてもいる。

 

 今の発言もそうだが、結衣は体系的にマニュアルを理解するという事をしないので、自分にできる事を把握しきれていない印象を受ける。しかしその実、彼女が実行可能な事は意外に多く、もしかしたら自分や傍らの男子生徒に匹敵するほどではないかと思ったのだ。

 

 

 雪乃は八幡をからかったり上から目線で物を言う事もあるが、実際のところは彼の能力を決して低くは見積もっていない。むしろ、自分が努力を怠れば追い抜かれてしまうという、良い緊張感を与えてくれる人材だと思っている。決して口には出さないが。

 

 結衣が依頼した案件の際には、料理スキルに従属せずクッキーのスキルだけを伸ばせる事に、八幡は気付いていなかった。彼のゲーム経験が、サブのスキルが親スキルの数値を超える事はないという先入観に繋がっていたのである。一方で材木座が部室の前に立っていた時、雪乃は彼を中ボスと勘違いした。これは雪乃にゲームの経験がない為に、中ボスという言葉は理解できてもどんな状況でそれが登場するのか理解できていない事を示している。

 

 

 彼女は自分の至らぬ部分を少し恥ずかしく思いながらも、意外に相性が良いかもしれない三人の組み合わせに少し顔をほころばせる。そして雪乃は結衣が口にする反論に丁寧に対応しながら、再びマニュアルの解読へと意識を戻した。

 

 

 部室の扉が開いたのは、それからすぐの事であった。

 

 

***

 

 

 放課後になってすぐ、戸塚彩加は改めて自分に気合いを入れながらテニスコートへと向かっていた。今日の昼間に二人の同級生と話をして元気を貰ったので、それを練習に反映させようと考える彼の意欲は高い。

 

 目的地に着いて、仲の良い関係を築いている女子テニス部の面々に挨拶をしてから準備運動をしていると、意外なクラスメイトがコートの中に入って来た。三浦優美子である。

 

 

「あれ、三浦さんどうしたの?」

 

「戸塚って男テニ?他の部員は居ないんだし?」

 

「あ、うん。……僕ら弱いし、こんな状況だから、参加してくれなくて」

 

「ふーん。なら、一緒に練習するし」

 

「え、どういうこと?」

 

「あーし、女テニの臨時コーチになったから。暗い顔してないで、みんなでちゃんと楽しく練習するし」

 

 

 この世界では練習場の広さも可変なので、例えば二面しかコートがないから男女で一面ずつ使うとか、そうした事を考える必要はない。部活の参加人数に合わせてコートの数を調整すればそれで済むからである。しかし、参加者が一人だけだとコートを持て余してしまうのも事実である。

 

 それに一人だけの練習でも上達はできるが、やはり誰かと一緒のほうがやる気も継続するし、お互いに指摘し合えるなど利点も多い。部活の仲間が参加してくれない現状で、女テニの練習に加えてくれるという申し出は、とても魅力的なものではあった。

 

 

 三浦が提示した練習メニューは基礎を重視したものが多かったが、練習であってもテニスを楽しめるようにと、ラケットとボールを使って複数で行うものがほとんどだった。人数の関係で三浦と組む事になった戸塚は、ラリーの時に彼女がボールを打ち返す先が全て、意図して正確に選ばれた場所である事に驚く。彼の実力を測っていた彼女は区切りが付いたところで全員に休憩を指示して、彼に語りかけた。

 

 

「あんさ、戸塚。テニスのスキルって確認できるし?」

 

「えっと、運動スキルとは違うんだよね?……そんなのがあるんだ」

 

「あーしも知らなかったし、落ち込むなし。後でマニュアルに聞くし」

 

「うん、分かった。で、それがどうしたの?」

 

「正直、戸塚の実力だと、県大会に出ても一回勝てるかぐらいだし。なのに、なんでそこまでやる気なんだし?」

 

「うーん、何でだろ……。でも、テニスが好きだからかな。だから、他の人より下手だとしても、せめて昔の自分よりは上手くなりたいなって。部も続いて欲しいから、ぼくが頑張ってれば他の部員もそのうち来てくれるかなって」

 

「ふーん。じゃあ、頑張って練習するし」

 

「うん。三浦さん、ありがとね」

 

 

 戸塚と練習をしながら他の部員も観察していたのだろう。順に声を掛けて課題を指摘していく彼女の後ろ姿を見送りながら、彼は改めて思う。テニスが好きだから、少しでも強くなりたい。ぼくが強くなったら、他の部員も来てくれるだろうと。だから、こうして女テニと一緒に練習できるのは、喜ぶべき事なのだと。

 

 しかし、彼の心の中には引っ掛かっている事があった。もしも誰かが今のテニスコートを見たら、女子テニス部が単独で練習しているようにしか見えないだろうなと。

 

 

 これだけお世話になっているのに、こんな事を考えてしまうのは間違っている。そう思いながらも、戸塚は考える事を止められなかった。せめて、女テニの人達よりは強くなりたい。ぼくの姿形は変えられなくても、テニスの腕はやっぱり男の子だなって言われるくらいに上手くなりたい。

 

 彼の高校の女子テニス部は地域でも中堅程度の実力だったが、そんな事は彼にとって何らの慰めにもならない。女子と同じぐらいの実力しかない自分のテニスの腕前が、今の彼には心底恨めしかったのである。

 

 

 この世界に来てからは初めての本格的な練習だったので、今日は早めに終わりになった。少し疲れた風を装って、何とか浮かべた笑顔で三浦や女テニの部員達にお礼を言って、彼はとぼとぼと校舎に向かって歩いて行った。

 

 

***

 

 

 校舎に入ってはみたものの、今の戸塚には行きたい場所が思い付かなかった。このまま個室には帰りたくない。かといって、今の時間にF組の教室に行っても仕方がないし、テニスコートに戻るのも却下である。

 

 階段の踊り場で足を止めて手すりに寄り掛かっていた戸塚は、ふと昼間の会話を思い出した。「さいちゃんも何か悩みがあったら訪ねて来てね」と言ってくれた女子生徒。そして、またお話しようと約束してくれた男子生徒。彼らはまだ部活中だろうか。

 

 

 彼は急いで階段を駆け下りて職員室へと向かう。確か平塚先生を経由しないといけないと、そんな事を言っていた記憶がある。それに彼らの部室の場所も分からない。どのみち先生に渡りを付けて貰うしか手はないのである。

 

 幸いな事に、平塚先生は職員室の自席で作業をしていた。彼は先生に何をどう話すかの算段をつける暇もなく、勢いのままに話し掛けるのであった。

 

 

「平塚先生!……あの、由比ヶ浜さんたちの部活に、その、用があるんですが」

 

「ん?戸塚か。君がそうまで焦っているのも珍しいな……。通常通りなら、彼らが部活を終えるまでまだ30分以上は時間があるから、ひとまず落ち着きたまえ」

 

 

 気が急いた様子の男子生徒に丸椅子を勧めながら、教師は彼を安心させる根拠を口にして沈静を図る。そして呼吸が落ち着いた頃を見計らって、再び彼に話し掛けた。

 

 

「彼らの部活……奉仕部に、何か依頼かね?部活の事は由比ヶ浜から聞いたのかな?」

 

「はい。由比ヶ浜さんが『悩みがあったら来てね』って言ってくれて。……ぼく、もっとテニスが上手くなりたいんです。これって、依頼になりませんか?」

 

「ふむ。君は確かテニス部だったな。部活の手助けをして欲しいと?」

 

「……いえ。部活は、女子テニス部が助けてくれているので……。えっと、その。ぼく、今日からお昼にも練習してるんですけど、どんな練習にしたら良いか相談できたらと」

 

 

 話す内容を決めていなかった上に彼らの部活の事がよく分かっていないので、しどろもどろではあったが、何とか戸塚は彼の希望を教師に伝える。怪訝そうな表情をしていた教師も一応の筋道が立った事で納得したのか、一つ頷いて席を立った。「ついて来たまえ」と言う教師の後を追って職員室を辞すると、彼は先生と二人で同級生の許へと向かうのであった。

 

 

***

 

 

 突然、ノックもなく部室の扉が開いた。そこに予想通りの人物が立っているのを奉仕部の三人は確認する。その後ろに、小柄な生徒が控えている事も。やけにハイペースで依頼が来る事に部長は訝しげな表情を浮かべているが、教師の後ろに半ば隠れる形の生徒と面識のある部員二人は、思わず彼に向かって話し掛けていた。

 

 

「さいちゃん!?」

 

「戸塚か……」

 

 

 昼間とは違って元気がなく、下を向きがちの瞳からは不安で自信なさげな様子が伝わって来る。今にも消えてしまいそうなほどに儚げな様子のクラスメイトに近付く為に、結衣は迷いなく席を立った。彼を心配する同級生二人に勇気づけられたのか、戸塚もまた肌に血の気を戻して、少しだけ笑顔を見せながらとててっと彼らに歩み寄る。

 

 立ち上がった八幡の袖口を片手で掴み、由比ヶ浜のブレザーの裾をもう片方の手で握る戸塚に「俺がお前を守る」と告げたい気持ちをかろうじて抑え、八幡は何とか冷静を装えそうな相手に話し掛けた。

 

 

「で、平塚先生。戸塚がどうしたんですか?」

 

「ん?ああ、奉仕部に依頼したい事があるというので、ここまで連れて来たのだよ」

 

「戸塚の元気がないのは?」

 

「ふむ。比企谷と由比ヶ浜が部活にいるのは知っていたみたいだが、他の部員の事が分からないので緊張していたみたいだな。今はもう大丈夫に見えるが」

 

「はい、もう大丈夫です。……ごめんね比企谷くん、驚かせちゃって」

 

「あ、ああ。戸塚が無事なら俺は……」

 

「で、戸塚彩加くん、だったかしら。依頼の内容を教えて貰えるかしら?」

 

 

 袖口に向かう意識を必死に遮断して会話をしていた八幡の意識を戸塚の声が根こそぎ奪い、まるでこの部屋に戸塚と二人だけで立っているような錯覚に陥ってしまった八幡であった。あのままでは何を口走っていたか見当も付かないが、幸いな事に部長が口を挟んでくれたお陰で事なきを得たのである。

 

 

「あ、あの……、テニスが上手くなりたくて。お昼にも練習してるんだけど、もしできたら、手伝って欲しいなって」

 

「……そうね。テニスの練習なら私達にも手伝えると思うのだけれど……。貴方は確かテニス部だったわね。どうして他の部員に頼まないのかしら?」

 

「こんな状況だから、誰も部活に来てくれないんだ。だから、ぼくが上手くなれば、みんなまた一緒に頑張ってくれるんじゃないかなって」

 

「なるほど。念の為に訊くのだけれど、貴方の目的は強くなる事なのかしら?それとも、部員に戻って来て貰う事なのかしら?」

 

「……両方、です。ぼくはテニスがもっと上手くなりたいし。みんなにも戻って来て欲しいんだ」

 

「いいでしょう。部員二人もやる気のようだし。戸塚くん、貴方の依頼を受けるわ。先生もそれでよろしいですね?」

 

「ああ、私に異存はない。では、以後は君達に任せるので頑張りたまえ」

 

 

 そう言って、教師はいつものように格好良く部室を去って行った。部活の時間がそれほど残っていなかったので、彼らは帰り支度をしながら翌日の打ち合わせを行う。

 

 

「由比ヶ浜さん。申し訳ないのだけれど、しばらくの間は三浦さんと海老名さんと一緒に昼食を食べられないと思うわ。その……大丈夫かしら?」

 

「うん、大丈夫。依頼の事を話せば解ってくれると思うよ」

 

 

 ほんの少しだけ、戸塚の体がびくっと動いたように八幡には思えたが、顔を覗き込んでみても特に変な風には見えない。あまり顔を見つめすぎると自分が何を言い出すか分かったものではないので、自分の勘違いとして八幡はそれ以上深く考えない事にした。

 

 

「……その、彼女らを信頼していないわけではないのだけれど。依頼の内容をあまり気軽に話すのは、守秘義務という観点から良くない事だと思うのよ。だから、少なくとも戸塚くんの依頼の目処が付くまでは、依頼人の事も内容の事も誰にも話さないでおくべきかと思うのだけれど……」

 

「うん、ゆきのん大丈夫だよ。詳しい事は依頼が解決してから話すって言えば納得してくれるし。二人とも、ゆきのんの事を嫌ったりしないから安心して」

 

「べ、別に私は嫌われる事を怖れて言ったわけではなくて、一般論としてクライアントの個人情報を守るべきという見地から……」

 

 

 雪乃が長々ごにょごにょと何かの弁明を続けているが、部員達は慣れたもので彼女の発言を聞き流している。そして依頼の話が三浦には伝わらなさそうだと安心して、戸塚はいつの間にか強く握っていた両の拳を緩め脱力した。彼の肩を両側から叩いて、片や無言で頷きかけて、片や「明日から頑張ろうね」と笑顔で話し掛けるクラスメイトの二人。

 

 

 こうして彼の依頼は無事に受理され、翌日の昼休みから戸塚の特訓が始まるのであった。

 




前回の投稿後にUAが二万を越えました。お気に入りも評価も少しずつ増えていて嬉しい事です。今後とも宜しくお願いします。

次回は日曜日に更新です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(8/12)

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