俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回から新展開です。
冒頭で少しこの世界の説明がありますので、ご了承下さい。



15.ついている彼にも思う事はある。

 この世界に生徒達が閉じ込められて、早くも一週間が過ぎた。もう一週間経てば、彼らは学校外の世界にも足を踏み入れることが可能になる。週末の土日、生徒も教師もそのことを議題に色んな話し合いを行ったものの、なかなか方針は定まらなかった。

 

 その最大の原因は情報の不足である。不確定な事が多すぎて、実際に外に出てみないと何とも言えないという辺りで議論が止まってしまうのである。そして、この世界のマニュアルを参照する限り、外の世界に危険は無いと考えられる事もまた、議論を不活発なものにしていた。

 

 

 彼らゲストプレイヤーとゲーム攻略に従事する一般プレイヤーは、住む世界が明確に分離されている。便宜上、生徒達の世界とゲーム世界の1階部分を合わせて「大陸世界」と呼んでいるが、両者の繋がりはとても薄い。

 

 生徒達の世界は現実を模したものであり、ス○リートビューと同様に未だデータが存在しない地域も多々あるとの事だが、基本的には外の世界と同じだけの広がりがある。その全域がゲーム世界における街中と同じ扱いになっているので、仮にプレイヤー同士で喧嘩になってもHPが一定以下にはならない。毒のダメージなども同様で、この世界に居る限りは命の危険は無いと言って良いだろう。

 

 それに対して一般プレイヤーは、現実の世界とは違った創作上の世界に存在している。唯一、彼らがログインした際に最初に訪れる事になる「始まりの街」には、生徒達が住む世界へと繋がる扉が存在している。だが扉の鍵は簡単に入手出来るものではないし、扉を潜った時にいくつかの誓約を強いられるので、彼らが生徒達の前に現れたとしても危害を加えられる可能性はまず無いとの事だった。

 

 逆に生徒達ゲストプレイヤーがゲームの世界を訪れるには、この世界に何箇所かある扉の場所を特定して、同時に鍵も入手する必要がある。予想外の事態が発生した時の為に、扉の場所や鍵の入手方法ぐらいは把握しておくべきだという意見も出たが、そもそも校外の世界の情報がほとんど無い現状では雲を掴むような話である。

 

 

 ログイン前の時点では、彼ら生徒達も気軽にゲーム世界を訪れる事ができると聞いていた。しかしこの世界が実際に稼働を始めてみると、精神的に不安定な様子を見せるゲストプレイヤーが製作者の予想以上に多かったのだろう。ゲーム世界で自暴自棄な行動に出るおそれのあるゲストプレイヤーが少なくないと判断した運営は、設定を変更した。その結果、一定の期間を経た後に解放されるはずだった二つの世界を隔てる扉は、上記のようにとてもハードルの高いものへと変貌したのであった。

 

 

***

 

 

 週明けの月曜日。比企谷八幡は今日の昼食に選んだパンやおにぎりを持ってクラスを出た。この世界が稼働した当初は各クラスでしか配膳がなかったのだが、昼食はともかく朝食や夕食のたびにクラスに集合して食べるのは面倒だと、生徒会が運営に抗議した結果、すぐに各個室でも食事が可能になった。そして今日からは、部屋の外に持ち出せるメニューも登場したのである。

 

 彼はこの世界に来てから初めて、一人で昼食を食べ慣れたいつもの場所へと向かった。特別棟の一階、保健室横、購買の斜め後ろが彼の定位置である。

 

 テニスコートがよく見渡せるその場所で食事を終え、八幡は満腹感と春のうららかな日差しに誘われて、意識の半分を睡魔に預けて安らいだ気持ちで過ごしていた。海からの潮風を頬に感じながら、懐かしい気分に浸りながら昼休みを過ごす。そんな彼の平和な時間を終わらせたのは、聞き慣れつつある女子生徒の声であった。

 

 

「あれ?ヒッキー!」

 

 

 彼に声を掛けたものの、いたずらな風にスカートを捲られそうになって四苦八苦している由比ヶ浜結衣。そんな彼女に向けて、彼は努めて平静を装った声で返事をする。

 

 

「ど、どうしちゃ、由比ヶ浜?」

 

 

 どうにか壁の近くに避難して一息ついた結衣は、彼の言葉がつっかえた事に気付かなかった様子である。先程の発言自体が届いていないのかも、と己のステルス能力に自信と落胆を深める八幡に、彼女は素朴な疑問を投げかける。

 

 

「なんで、こんなとこに居るの?」

 

「一年の時から、ここでよく飯を食ってたんだわ」

 

「ふーん。確かに、外で食べるのも気持ちよさそうだね」

 

 

 外で食べたくてここに来たのではなく、教室に居づらいのでここに来たのが正解である。だが彼女にはそんな事を言っても通じなさそうだったので、八幡は話題を逸らす。

 

 

「お前こそ、なんでここに居んの?」

 

「それそれっ!実はね、今日は奉仕部の部室で、ゆきのんを加えた4人でご飯を食べてたんだけど」

 

「ほーん。お前ら、仲いいのな」

 

「まあねー。でね、食後にみんなでジャンケンして、負けたら罰ゲームってやつ?」

 

「あー。俺と話すのが罰ゲームか……」

 

「違うって!ヒッキー、なんでそんな事を言うし」

 

 

 全く怖くない表情でぷりぷり怒りながら、彼女は彼の隣にちょこんと腰を下ろして話を続ける。

 

 

「……でね。食後の飲物を部室でも選べるんだけど、購買まで行ったら種類がたくさん選べるの知ってる?それで、誰かが代表して貰いに行こうって話になって」

 

「それでジャンケンか」

 

「そうそう。ゆきのん、最初は『各自で行けば良いじゃない』とか言ってたのに、優美子が『自信ないならそう言うし』って言ったらすぐに乗り気になっちゃって」

 

「まあ、雪ノ下らしいな。お前の声真似は全然似てねーけど」

 

「だ、だって優美子もゆきのんも、あたしとは雰囲気が違うんだもん。なんてか女王様みたいな感じで」

 

「あー」

 

「でね。最初に優美子が勝ち抜けて、次にあたしの一人負けになったんだけど、小さくガッツポーズしてたゆきのん、めっちゃ可愛かったよ。……でもその後で、ゆきのんが優美子に『貴様、今のは遅出しだぞ』って変な口調で言い出して」

 

 

 話を聞きながら啜っていたレモンティーを吹き出しそうになった八幡であった。

 

 

「なぜか姫菜まで『てっ、てめぇ初心者のくせになんでそんな専門用語を』なんて言い出すし、ホントに大変だったんだから……って、ヒッキー大丈夫!?」

 

「げほ。……ちょっと気管に入ったけど大丈夫だ。てか、雪ノ下に変なセリフを教えたのは誰だよ」

 

「なんかね、お姉さんが高校時代に恩師の口癖が移っちゃったらしくて。ゆきのんも一回言ってみたかったって言ってた」

 

 

 八幡の脳裏に容疑者の姿が鮮明に浮かび上がるが、思い付かなかった事にして彼はテニスコートの方角を眺める。昼休みに自主練をしていた()()()()()が汗を拭いながら、二人の方へと近付いて来ていた。

 

 

***

 

 

 戸塚彩加(とつかさいか)は子供の頃から可愛らしい顔立ちだった。幼稚園の劇で他の女子児童を差し置いてヒロインの座を射止めたのが、彼が持つ最も古いその種の記憶である。だが、小学生になってからはそうした事は起きなかった。

 

 幸いな事に彼の両親は、彼の顔立ちが女の子みたいに可愛らしいからといって、女装をさせるような人達ではなかった。小中の同級生にしても、学祭などで彼に女性ものの服を着せようと提案する生徒はたまに居たが、決まって他の生徒の反論が出て話は有耶無耶になった。彼のこれまでの人生は概ね恵まれていたと言えるだろう。

 

 彼は虐められた経験も皆無であり、仲間外れにされた事もなかった。女子生徒のような外見の彼を軽く見て、乱雑に扱おうとした男子生徒も居たのだが、彼が何かの行動に出る前にいつも全てが終わっていた。同級生達が間に割って入って、彼の代わりに問題を解決してくれるのである。

 

 

 第二次性徴が始まったら、色んな事が変わるかもしれない。彼はいつしか、そんな事を考えるようになっていた。同級生から丁重に扱われる現状に文句を言ったら、罰が当たるかもしれない。しかし彼は男の子であり、少しぐらいは乱暴な扱いもされてみたかった。同級生に、特に女子に守られるのではなく、自分が誰かを守れる場面を求めていた。

 

 

 彼は、自分でも少し奇妙だと思っていたが、女装を求められる事自体は嫌ではなかった。幼稚園の時の写真を見ると、我ながらとても良く似合っていると思う。二次性徴が始まって身長などは伸びたが、それでも小柄な体型は変わらなかった。抜けるように白い肌と細い手足。口を開けばソプラノの美しい声である。きっと今でも女装したら似合うだろう。

 

 もちろん彼とて、女装をしたいとまでは思っていない。誰かにそれを求められたら、ごくたまになら応えても良いと思っている程度である。彼が引っ掛かっているのは、そうした提案に彼が答えを返すよりも先に周りが断ってしまう事であり、そしてそんな話を出す事自体が彼に対して失礼だと思われている事だった。

 

 

 結局のところ、彼には男女を問わず友人が多かったが、深い付き合いの友人は居なかったのだ。男子生徒はお互いに牽制し合っていたり、彼と面と向かって話す機会があっても変に照れているばかりで、雑談以上の会話を交わす事はできなかった。女子生徒は彼を同性の友人のように扱おうとして、しかし男女の趣味嗜好の違いゆえに、彼は居心地悪く感じる事が少なくなかった。だが彼は、そんな浅い友人関係を少し疎ましく思いつつも、それを拒絶したいとも思わなかった。全ては彼自身が中途半端だからこその現状だと、彼は諦めにも似た心境で日々を過ごしていたのである。

 

 

 それは、男らしくありたいと願いながらも為す術なく毎日を送っていた彼にとっては、運命の出会いであった。同級生がスマホで見ていた、あるプロレスラーの引退スピーチの映像。その言葉のうち、特に「危ぶめば道はなし」「迷わず行けよ、行けばわかるさ」という部分が彼の心を捉えた。結局のところ、彼に一番足りなかったのは、踏み出す為の勇気だったのである。

 

 彼の成績は元々それほど悪くはなかったが、より偏差値の高い高校に入りたいと彼は思った。世の中には、未だ彼が知らない先人達の素晴らしい言葉が沢山あるはずだ。彼はそれをもっと知りたいと思った。そしてそれを知る為には、頭の良い高校に入るのが一番の近道ではないかと彼は考えたのだ。

 

 おそらく、彼の人生でここまで強く決断した事はそれまで無かっただろう。必死に受験勉強に取り組んだ彼の努力が実り、彼は地域で一番の進学校である総武高校に入学した。そして入学後半月ほど経った頃、彼は忘れられない体験をする事になる。

 

 

 彼のクラスには、入学式の日に事故に遭って以来、ずっと学校を休んでいる同級生が居た。その同級生が久しぶりに登校を果たした日の事。クラスメイト達は彼を遠巻きに見たまま、誰も声を掛けようとはしなかった。そして件の同級生は、自分の席に突っ伏したまま身動きをする事なく、全てを拒絶するような雰囲気を醸し出していた。

 

 中学の頃と同様に既に知り合いがたくさん居た彼は、同級生の為に何かをしてあげたいと思った。今こそ、誰かに守られるのではなく、自分が誰かを守る機会なのだ。自分が行動に出れば、友人達もきっと賛同して手助けしてくれるだろうと。意を決して、彼は同級生の机に向けて一歩を踏み出す。

 

 しかし、彼の行動は他の同級生によって阻止されてしまった。「戸塚が優しいのは分かるけど、あいつには関わらない方が良いよ」などと勝手な事を言いながら、目の濁った不審者から彼を守るべくクラスメイトが集まって来て彼らを隔て、そして彼の試みは失敗に終わった。

 

 

 中学の頃と何も変わっていない自分を情けなく思いながら、そして自分には救えなかった一人の男子生徒の事を気に掛けながら、気付けば一年が過ぎていた。男らしい体つきになりたいと運動部に入部してみたものの、彼の外見は以前と変わらず可愛らしいままであった。

 

 だが、良かった事もあった。件の男子生徒と、二年でも同じクラスになれたのである。一年の時によく話していた他の同級生が別のクラスになった事は少し残念だったが、例の彼と話をするには却って都合が良いかもしれない。

 

 

 ある日、この世界でも行う事にした昼休みの自主練を終えて教室に戻ろうとした彼は、意中の人がテニスコートに近い場所に座っているのを見付けた。彼は今度こそ迷う事なく、その人に向けて力強く歩み寄るのであった。




切り所が良かったので、今回はここまでです。

前回の投稿後に、評価を投票して下さった方の数が5名を超えて、バーに色が付きました。高い評価をして頂いた方々も、酷評して頂いた方も、ありがとうございました。引き続き前者の方々の期待に応えられるように、そして後者の方がまた本作を読まれた際に「少しはマシになった」と思って頂けるように頑張りたいと思いますので、今後とも宜しくお願いします。

次回は日曜日に更新です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
「てにをは」を一箇所修正しました。(6/25)
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(8/13)

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