俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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ようやく7巻まで辿り着きました。
本章もよろしくお願いします。



原作7巻
01.えがいていたのとは違う展開に彼は遭遇する。


 どうして、こんなことに。

 

 比企谷八幡は苦虫をかみつぶしたような表情で首を振って、昨日から何度となく頭の中に浮かんだ疑問を打ち消した。

 事ここに至っては、そんなことを言っていられる状況ではない。

 そう自分に言い聞かせて、しぼり出すように声を発する。

 

 クラスどころか、校内でも指折りのトップカーストに向かって。

 

「俺は……優しい女の子は、嫌いだ」

 

 こんなに大きな駅の片隅で。

 同級生の女の子と、二人きりで。

 さっきまで繋いでいた手には、まだぬくもりが残っている。

 

「でもさ。昨日のは……優しい女の子じゃ、ないよ?」

 

 ああ、その通りだ。

 昨日の夜の一件が、あの竹林で起きたことが、全てを変えた。

 あの時の二人の言葉が、八幡の脳裏によみがえる。

 

『あなたのやり方、嫌いだわ』

『人の気持ち、もっと考えてよ……』

 

 そして、あの一言。

 失いたくないと、失わせたくないと、そう思ってしまったから。

 失いたくないと、失わせたくないと、そう思わせてしまったから、失ってしまう。

 きっと、昨夜の一幕は最後の一押しで。この結末は最初から決まっていたのだろう。

 では、いつから?

 

 八幡はゆっくりと、記憶を遡っていく。

 意外に楽しかった三日間。色んな場所に行って、色んな人と話をした。毎日が濃密に過ぎていったので、東京駅から出発したのがはるか昔に思える。あの日の朝のやり取り。出発前の部室でのやり取り。教室でのやり取り。そして、あの日。

 

 結局のところ。全ての始まりは、あの日のやり取りにあったのだと。

 八幡は今更ながらに、それを理解した。

 

 

***

 

 

 修学旅行まで十日を切った週末の土曜日。

 八幡は逸る気持ちと及び腰とを抱えながら、集合場所へと向かっていた。

 

「戸塚がいなけりゃ、迷うこともないんだがな」

 

 十月の終わり頃から急に冷え込んだ日が続いたかと思えば、この週末は秋晴れの陽気が戻っていた。小春日和と呼ぶには時期が少し早い気もするが、文化の香りが漂う表現を使うには本日三日が最適だろう。

 

 そうした現実逃避の思考を長い息とともに吐き出して、八幡はコーヒーのチェーン店を外から眺める。

 五分前に来たけど誰もいなかったから帰った。そんなメッセージを送る光景を思い浮かべる八幡だったが、残念ながら全員が既にそろっていた。あげく、向こうに見つかってしまった。

 

 肩の力を抜いて猫背になって、八幡は仕方なく店内に入るとドリンクを片手に彼らと合流した。

 

「やあ。土曜日にヒキタニくんと会うって、なんだか変な感じだね。まあ、呼び出した俺たちがそんなことを言うのは申し訳ないんだけどさ」

「やっぱ今日の話にヒキタニくんは欠かせないっしょ!」

「だな」

「俺もそう思う」

 

 葉山隼人からは微妙に角が立つ言い回しをされて、しかし反論のタイミングを見出せないまま話が進んだ。戸部翔はいつも通りのテンションで、大和と大岡も普段と変わらない。そんな四人の中にまぎれ込んだ小動物が一人。

 

「八幡、こっちこっち」

 

 戸塚彩加に手招きされて、八幡は一も二もなく指定の席に腰を下ろした。

 

 

「んで、修学旅行の大事な話って、どういうことだ?」

 

 性急な問いかけに、一同からは苦笑が漏れる。とはいえ八幡を見下すような気配は微塵もない。

 

 戸塚はともかく葉山グループの四人は、親しいと表現するには微妙な関係だが、それでも知らない仲ではない。特に今学期に入ってからは、文化祭や体育祭で顔をあわせる機会も多かった。ぶっきらぼうな八幡の態度にも慣れている。

 

「今回は戸部が当事者だからさ。俺じゃなくて、ちゃんと自分で話をしろよ」

「いやでも隼人くん、それやべーっしょ。俺から言うのって、もうちょいこう、場が温まってからって感じでオナシャス!」

「戸部って、こういう時はぜったい尻込みするよな」

「もうさ、戸部るって言葉を作りたいぐらいだよな」

 

 盛り上がる四人の会話には入れないものの。戸塚が耳元で「戸部くんたち、仲いいよね」とささやいてくれるおかげで、八幡は鷹揚な気分でいられた。

 

「要するに、場を温めれば良いんだな。じゃあ俺が、書いた文字が次々と消えていく怪談をだな」

「雪ノ下さんに添削されたってオチじゃないよね?」

 

 にこやかに結末を言い当てられてしまい、ぱくぱくと口を動かすしかできない八幡。先週末にさんざん苦労したコラムの愚痴を言いたかったのにと、恨みがましい眼で葉山をにらんでいると。

 

「雪ノ下さんの前で戸部ってたら、一瞬で斬られそうだよな」

「戸部る仕草をみせた瞬間に、氷漬けになったりとかな」

「それ、どっちもやべーっしょ。うー、えーっと、だから、あの、ヒキタニくんにも戸塚にも前に話してる……その、海老名さんのことなんだけどさ」

 

 それを聞いた八幡は目を見張って、戸部の顔をじっくりと眺めた。確かに千葉村で話を聞いた記憶はあるが、もう三ヶ月も前の話だ。とっくに別の女の子に目移りしていると思っていたのに。

 

「戸部、お前……けっこう一途だったんだな」

「俺も正直、すぐに飽きると思ってたんだけどさ。姫菜に関してはしつこくてね」

「ちょっと隼人くんそりゃねーっしょ。いやま、たしかに去年とかは適当に付き合って別れてって感じだったけどさ」

 

 ちゃらい外見で、もじもじされると腹が立つし、何人もの女の子と適当に付き合ってやがったのかと思うと天誅でも喰らえと言いたくなるが。ただ呪詛の言葉を投げかけるには、戸部のことを知りすぎていた。どうしたものかと、八幡が頭をひねっていると。

 

「ぼくもちょっと意外だったけど、でも戸部くんって、海老名さんを褒める言葉をずっとくり返してたもんね」

「あー、そういや体育祭の実況とか運営委員会とか、ひたすら『海老名さんすげーっしょ』ってくり返してたよな。あれ聞くたびに由比ヶ浜が苦笑してたぞ」

 

 戸部がそれを口にするたびに彼女の反応を確認していたのかと。そんな軽口をぶつけたい葉山だったが、話がややこしくなるだけなので自重した。ちらっと戸塚を窺うと目が合って、同じことを考えているのが伝わって来たので頬が緩む。

 

「それが、俺っち言い過ぎたみたいでさ。ちょっとやべー感じになってるんだべ」

「具体的な行動に出ないのかって、三年の先輩が軽い感じで尋ねてきたりさ」

「海老名さんは渡さないって、呪いの手紙みたいなのが下駄箱に入ってたりな」

 

 眉間にしわを寄せて、三人が頭を抱えている。

 話を聞いた八幡は、視線で葉山に確認をとって。軽く頷かれたことで、状況を理解した。要するに、当人そっちのけで話が拡大しているのだろう。

 とはいえ、周囲にどう対処するかを考えるよりも先に、確認しておくべきことがある。

 

「まあ、外部の対策はおいおい話すとして。ぶっちゃけ、戸部はどうしたいんだ?」

「そりゃ、まあ、あれっしょ。できたら海老名さんと付き合いたいし、修学旅行はチャンスっしょ!」

「なあ。あの時にたしか戸塚が言ってたよな。狙い目だからとか、時期的にチャンスだとか、そんな理由で付き合っても上手く行くとは思えないけどな」

「それって、気持ちの部分っしょ。海老名さんへの気持ちは、今までとは全く違うって言い切れるべ。でさ、ふつうに放課後に告白するよりも、旅行先で特別な環境で告白するほうが成功するっしょ?」

 

 そう言われてしまうと、今度は八幡が頭を抱える番だった。

 ずっとノリで言っているのだと思っていたが、二学期になってからの戸部の発言はたしかに一途だった。気持ちが確定したら協力して欲しいと、そう頼まれたのも覚えている。

 

「ん、ちょっと待て。そもそもの話として、俺に何かを期待してるんだったら無駄だぞ。人の恋路に協力しろって言われても何をすれば良いのか分からんし、むしろ馬に蹴られたり犬に噛まれるほうが合ってる気がするんだが」

「それは人の恋路を邪魔した場合だろ。モテる自慢のつもりかな?」

 

 国語学年二位らしいやり取りだったが、嫌味を出さないという点では遠く及ばないなと八幡は思う。全く同じセリフでも、俺のしゃべり方だと角が立つのになあと唇を尖らせながら、次に何を言うべきかを考えていると。

 

「先輩のからかいとかは聞き流したらって思うけどさ。ぼくは見たことないけど、呪いの手紙ってほんとにあるんだね」

「それな。戸部から見せられて、俺らもビックリしたよな」

「雑誌とか新聞の文字を切り抜いて作る古典的なやつでさ」

「それって、運営に通報とかはできないのか?」

「脅しの文句でもあれば逆に良かったんだけどね。姫菜は渡さないってだけで通報できるかと言われると、ちょっと厳しいよね」

 

 葉山の返事に頷きながら、八幡はふたたび思考に耽る。とはいえすぐに面倒になって。

 

「まあ、そういう連中が実力行使に出るとは考えにくいし、無視で良いと思うけどな。もし手紙の文言がエスカレートしたら、さっさと運営に報告すりゃ良いんじゃね?」

「や、ヒキタニくんの案でもいいんだけどさ。その、雪ノ下さんに依頼するのは可能だべ?」

「それって、奉仕部への依頼じゃなくて雪ノ下個人への依頼ってことか?」

「だべだべ。ちょっと話的に、結衣に伝わるのは避けたいっしょ?」

「あー、うーん」

 

 思わず八幡はうなり声をあげてしまった。言われてみれば、その気持ちも分からないではない。

 将を射んと欲すればまず馬を射よ、という言葉もあるが、馬を射ている間に将に逃げられては元も子もない。それに今回の場合は、将も馬も大物ぞろいだ。

 

「それ言われて思ったけど、由比ヶ浜と三浦には何て言うんだ?」

「告白前に伝えたほうがいいって、ぼくは思うけど?」

「ある意味、告白よりも難しい気がするんだよな」

「それなら告白が成功してから話しに行ったほうがいいんじゃないかって」

「でも、姫菜が告白を受け入れてくれるかも未知数だろ。不確定要素が多すぎるって、俺は思うんだけどな」

「隼人くんの分析は頼りになるべ。そこにヒキタニくんが加わってくれたら最強っしょ!」

 

 俺のことを何だと思っているのか、まじめに尋ねたくなってきた八幡だった。

 どこかの部長様のように額に手を当てながら、八幡は口に出して状況の整理を行う。

 

「根本的な話として、戸部は修学旅行で海老名さんに告白したいんだよな。で、戸塚が言った通り、からかう連中は放置で良いと思うんだが。呪いの手紙を送ってきた連中のことで、雪ノ下に依頼を考えていると。それから由比ヶ浜と三浦にどう説明するかって問題があって、時期も告白の前か後かで意見が分かれてて。あと他に、なにかあるか?」

 

 冷静に話す八幡に対して、戸部がいささか慌て気味に答える。

 

「ちょ、ヒキタニくん一番大事なことを忘れてるっしょ。告白しても断られたら悲惨だべ?」

「それは、あー、たしかにな」

「だしょ。だから確実に成功する方法を知りたいべ」

「いやまあ気持ちは分かるけどな。確実に成功する告白なんて有り得るのか?」

「確実を期すなら、もう少し待ったほうが良いと俺は思うけどな。ただ、待つことで確率が上がるかと言われたら断言できないけどね」

 

 どうやら葉山は、延期という結論に話を持って行こうとしている。八幡はそう判断して、話の落ち着けどころを探る。戸部には悪いが、正直どうでもいい話なのでさっさと結論を出したい。そんな気持ちに加えて。

 

 いちおう冷蔵庫におやつを用意してきたが、早く帰れたら淹れたてのお茶と作りたての一品を受験生に提供できる。妹が勉強を苦手にしているのは百も承知の八幡としては、より効果的に疲れを癒やして欲しいと考えるのは当然のことで、千葉の兄がそうした努力を怠るなど言語道断だ。

 ゆえに、話を早く片付けようとシスコンは考える。

 

「ほいじゃ、月曜の放課後に俺が先に部室に行って雪ノ下に説明しとくから、戸部だけ来てくれるか。葉山たちは、由比ヶ浜を教室に引き留めておいて欲しいんだが」

「それは、戸部の告白を応援してくれると考えていいのかな?」

 

 意図は伝わっていると思っていたのに。妙に前向きなことを言い出した八幡に首を傾げながら、葉山が重ねて確認すると。

 

「ん、まあ、そうだな。戸部も、いいかげんな気持ちじゃなさそうだしな。ちゃんと話をしたら、雪ノ下も協力してくれるんじゃね?」

 

 葉山の言葉の裏を読み取った八幡は、同じように裏の意図を込めて返した。

 あの部長様に「確実に成功する告白方法」なんぞを尋ねた暁には、良くて一刀両断。悪ければ一から性根を叩き直されるまである。いずれにせよ、戸部の軽挙妄動を防ぐことに協力してくれるだろう。

 

 あの幼なじみに手を下させることに、少しだけ抵抗感を覚える葉山だが。その程度の正論など彼女からすれば平常運転に過ぎず、さしたる労力もかからない。それに、葉山たちが戸部をたしなめるよりも角が立たない。

 八幡の意図を明確に理解して、葉山が引きつり気味の笑顔を取りつくろっていると。

 

「雪ノ下さんまで説得してくれるって、ヒキタニくんマジすげーっしょ。ここまで応援してもらったら、俺も腹をくくるしかないわー。うし。戸部翔、今度の修学旅行で、決めちゃいまっす!」

「おー、かっけー!」

「これで戸部も彼女持ちかぁー」

 

 戸部の決意表明を大和が冷やかし、大岡はなにやら羨ましそうにつぶやいている。

 やはり奴はチェリーだなと、どうでもいい情報を仕入れた八幡が念のために口を開く。

 

「言っとくけど、俺ができるのは話を通すまでだからな。雪ノ下がどう反応するかは保証できねーぞ?」

「雪ノ下さんマジ怖いっしょー。でもさ、厳しいことは言っても、間違ったことは言わねーべ?」

「まあ、そうだね。雪ノ下さんが言うことなら、信頼して良いんじゃないかな?」

「ぼくがテニスの練習を手伝ってもらった時も、厳しいことをたくさん言われたけど、ぜんぶ理に適ってたんだよね。だから葉山くんが言う通り、雪ノ下さんを信頼していいと思うよ」

 

 戸部の人物評が意外にも妥当だったので、少し虚を突かれたものの。葉山も八幡に続けて、判決後を見すえたフォローの言葉をかけておく。

 

 戸塚には裏の意図は伝わっていなさそうだが、うまい具合にまとめてくれて助かったと八幡は思う。告白の成功率を上げるための話し合いとか、夜になっても終わる気がしない。そんな展開にならなくて良かったと、こっそり胸をなで下ろしていると。

 

「じゃあ、ぼくテニススクールがあるから、そろそろ行くけど。みんなはどうするの?」

「んじゃ、俺も一緒に帰るかね。由比ヶ浜の引き留めは、任せていいよな?」

「ああ、俺たちで打ち合わせしておくよ。大和と大岡がもう少し優美子たちと仲良くしてくれたら助かるんだけどな」

 

 戸塚のこの後の予定は、いの一番に確認していたので八幡に落胆の色はない。発言にうまく便乗して、自らも帰り支度に入る。

 

 葉山の冗談まじりの言葉を聞いて、大和と大岡は少しだけ目を泳がせている。

 職場見学の班分けに端を発した事件以来、二人は女性陣と少しだけ距離ができて、それは今も変わっていない。一般には、噂の被害者とはいえ女子生徒に助けられたのが情けないという理由で。実は、噂を流した張本人だという後ろめたさと、尻拭いをさせてしまった罪悪感で。

 

 雑談ぐらいなら問題はないが、彼女たちと込み入った話をするのは難しい。ならば、自分たちよりも。先に帰ろうとしているこの二人のほうが、女性陣と話をするには適任だろう。

 

 一学期にあんな行動に出たことを思うと、心境の変化に驚いてしまう。だが、戸部のためなら。あの時に迷惑をかけた二人のためなら、大和と大岡にとってこの程度の決断など簡単なことだ。

 

 修学旅行の班は四人一組。三人一組だった職場見学とは違い、何もしなければ二人は葉山と同じグループになれるのに。あえて別の班に行くことを、二人は顔を見合わせて確認し合った。

 

 

***

 

 

 迎えた月曜日の放課後。

 八幡は早々に部室に顔を見せると、「戸部が来る」とだけ告げた。軽く首を傾げた雪ノ下雪乃は「戸部くんは一人で来るのかしら?」とだけ確認して、そのまま読書に戻る。

 

 程なくして、ノックの音に続いて戸部が現れた。

 

「うす、今日はよろしくお願いしまっす!」

 

 普段の軽薄なノリはできるだけ抑えて、まじめな顔で話しかけている。右手の先をこめかみに近づけて雪ノ下に敬礼しているのはご愛敬だろう。

 

「んじゃま、簡単に説明するとだな。戸部が修学旅行で海老名さんに告白する。それを助けて欲しいとお望みだ。それから」

「由比ヶ浜さんがいない状況を、意図的に作り出したのね?」

 

 八幡の説明を遮って、いきなり確認を入れられた。話が早いなと口元が緩むのが自分でも分かる。小さく頷くと、説明の続きをするようにと促された。

 

「お前も体育祭の実況とか運営委員会とかで覚えてると思うけど、戸部が海老名さんを絶賛して回ってただろ?」

「それは、冷やかされているとか、そういう話かしら。あるいは」

「ああ、呪いの手紙が届いたとさ。実物を出してくれるか?」

 

 二人の話の早さには戸部ですらも口を挟めず、言われるがままに証拠品を差し出している。

 それを検分した雪ノ下は、すぐに興味を失った様子で。

 

「ただのいたずらね。怨念をまるで感じないし、仲間内で遊んでいるだけだと思うのだけれど」

「それって、『手紙を送ってやった俺すげー』みたいな感じか?」

「ええ。戸部くんに手紙が渡った時点で、満足しているのではないかしら」

「ちょ、雪ノ下さん、なんでそんなことが判るんだべ?」

 

 ふっと息を漏らして遠くを見るような表情の雪ノ下から、おおよその事情を感じ取って。八幡がそのまま話を続ける。

 

「んじゃま、雪ノ下のお墨付きってことで、呪いの手紙は解決だな。これ以上は何もして来ないだろ。冷やかしの件は無視でいいし、あとは告白をどうするかだが」

 

 八幡はそこで言葉を切って、あとは雪ノ下に任せようと考える。思う存分に言ってやってくれと、すっかり他人事のように考えていると。

 

「もう少し詳しく教えて欲しいのだけれど。告白を助けるとは、どんなことを期待しているのかしら?」

「やっぱ告白を断られると辛いべ。だから、成功の確率が高い方法を知りたいっしょ」

 

 雪ノ下の前では戸部も神妙なもので、語尾こそいつもの通りだが口調はかしこまっている。葉山や八幡の前では「確実に」と言っていたのに、「確率が高い」などとトーンダウンしている。

 

 この微妙な変化が。

 今後の成り行きを大きく左右すると、この時の八幡は気づけなかった。

 

「一つ、確認したいのだけれど。遅かれ早かれ、由比ヶ浜さんは事情を知ることになると思うわ。もしかすると足止めを受けている現時点で既に、察している可能性すらあると私は思うのだけれど。成功の確率を高めたいのであれば、由比ヶ浜さんの協力は不可欠よ?」

「それって、あー、結衣って鋭いから、たしかになー」

 

 一人であれこれと思い悩んでいた戸部は、急に両手で頬をぱんと叩いて気合いを入れると。

 

「うす。俺っち結衣が来る前に退散するつもりだったけど、ちゃんと話して協力をお願いしてみるべ」

「そう。では由比ヶ浜さんの賛成を得られた場合には私たち奉仕部が、貴方の告白が成功する確率を少しでも高められるように協力するわね」

 

 八幡の想定をはるかに超えて、雪ノ下が前向きな返事を与えている。どうしてこんなに乗り気なのか。我が目を疑う八幡を置き去りにして、話が進んでいた。

 




更新が一日遅れてごめんなさい。
この構成で良いのかと、一日ずっと自問していました。
シリアスが多めの章になりますが、楽しんで頂けるように頑張ります。

次回は一週間後に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
改行を調整し、分かりにくい部分に説明を加えました。(8/11,10/9)

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