俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 姉の問題発言に対して、雪ノ下は慎重かつ冷静な返答でそれを何とか回避した。委員会の会議は無事に終わり、雪ノ下は予定通り運営との打ち合わせに向かう。姉妹のやり取りが校内にて大きな波紋を呼んでいることを知らないままに。

 妹の対応を筆頭に、満足のいく情報を多く得られた陽乃もまた、長居をすることなく高校を去った。唯一残った当事者である葉山は、拡散された情報が「同じ小学校だった」という程度で済んでいたこともあり、クラスメイトの質問をそつなくかわす。しかしF組のトップカースト三人娘だけは葉山の返答に納得しておらず、女子会の開催を密かに関係各位に通知した。

 この日の八幡は黙々と仕事をこなして過ごした。そんな彼のもとに材木座からカラオケのお誘いが届く。由比ヶ浜に元気の無さを見抜かれ気晴らしを勧められた上に、戸塚同伴という彼には抗いがたい情報を伝えられて、八幡は由比ヶ浜と別れ集合場所へと赴くのだった。



06.みんなの期待に応えられるように彼は少しずつ決意を重ねる。

 個室経由でいったん自宅に帰るという由比ヶ浜結衣を見送って、比企谷八幡は昇降口へと足を進めた。既に最終下校時刻を過ぎているので、生徒の姿はほとんど見えない。正門にて待つという材木座義輝だが、この状況なら彼の中二発言が炸裂したところで、悪目立ちを怖れる必要はないだろう。

 

「おや、まだ残っていたのかね?」

 

 歩きながら「それにしても、どうして戸塚が」と考察に浸っていたために、八幡は目と鼻の先の教室から廊下に出て来た平塚静に話しかけられるまで気付かなかった。意外そうな表情を浮かべる顧問の前で、八幡は立ち止まる。

 

 教師本人に対して含むところはないのだが、できれば今日はもう奉仕部関係者とは話をしたくなかった。そんな気分の八幡だったが、出会ってしまったのなら仕方がない。普段より少しだけ重く感じる口を開いて、平静を装いながら返事をする。

 

「先生こそ、まだ仕事ですか?」

 

「……近頃じゃ夕食の話題でさえ仕事に汚されていてな」

 

「あー、えーと、自分を見失わないようにして下さいね」

 

 質問に質問で返したのは悪くなかったと思うのだが、平塚の仕事への怨みを引き出す形になってしまい内心で後悔する八幡だった。だが、往年のヒット曲ネタに何とか反応できたおかげで、眼前の教師はみるみるうちに元気を取り戻した。

 

「ふむ。やはり君のネタへの反応には素晴らしいものがあるな。他の生徒ではこうはいかないぞ」

 

「先生はリアルタイムで聞いてたんでしょうけど、俺らからすれば生まれる前のヒット曲ですしね」

 

「うぐっ。いや、私だって当時は子供も子供だぞ……」

 

 と思いきや、八幡が無情な現実を伝えると再び落ち込む平塚先生だった。相手をするのが面倒だなと内心で思いながらも、先程まで感じていた奉仕部関係者への忌避感が霧消していることに気付いて八幡は苦笑する。おかげで、こんな質問を口にしても今は平気だ。

 

「陽乃さんはもう帰ったんですか?」

 

「ああ、陽乃も何かと忙しい身だからな。妹と雑談の約束を取り付けられて、喜び勇んで去って行ったよ」

 

「あの人、妹のこと好きすぎでしょ。どう考えてもアプローチに問題がある気がしますが」

 

「それでも姉妹だからな。あの二人なら、最後には丸く収めるさ」

 

 

 それは平塚先生が雪ノ下姉妹を信頼しているという、ただそれだけの話なのだろう。しかし今の八幡は、自分がその他大勢扱いをされたような気がして教師の発言を素直に受け止められない。

 

 この総武高校では、少なくとも同学年では、ほぼ確実に二年F組では、間違いなくF組男子の中では、自分が()()()()のことを一番よく知っていると思っていた。一番仲が良いと勝手に思い込んでいた。だってまさか、()()()()が小学生からの付き合いだなんて、思ってもいなかったから。

 

 思い返してみると、違和感は先週の土曜日にもあった。クラスと文化祭実行委員の橋渡し役を()()()()が目だけで相談して決めてしまった時に、八幡は不快感を抱いた。それは、クラスの中では自分が部外者に過ぎないという無情な現実を突き付けられたからではなかったか。

 

 ぼっちを満喫していた頃は、疎外感など問題ではなかった。自ら望んで得た自由を謳歌していたつもりだった。だが、誰かと親しい仲になってしまうと、こんなにも感情が不自由になってしまうだなんて、思ってもいなかった。自分がこんなにも幼稚で我が儘な独占欲の持ち主だったなんて、今まで知らなかった。

 

 もしも平塚先生が正しくて、雪ノ下姉妹が最後には二人で丸く収めるのだとしても、それは八幡が不要だという意味にはならない。そんな当たり前の論理を、感情が否定する。己が役立たずであるかのように、自分が除け者にされているかのように受け取ってしまう。

 

 小学生の途中から昨年度まで、八幡にとって他人の感情ほど理解に苦しむものはなかった。だが気付いてみれば当たり前だ。自分の感情ですら、こうして理解不能なのだから。

 

「比企谷、疲れが出ているようだが大丈夫かね?」

 

「……やっぱり、ぜんぜん知らない連中と相談しながら仕事するのって、疲れるんですかね?」

 

「始まったばかりで、加減が利かないのかもしれないな。今日は早く帰って休みたまえ」

 

「それが、今から戸塚とかとカラオケに行って気晴らしをしようって話になってて……」

 

 内心で考えていた事をおくびにも出さず、頑張って別の言い訳を口に出してみると、いたわるような目で見つめられてしまった。八幡は情けないような申し訳ないような気持ちになりながら、しかし悩みをそのまま打ち明けるわけにもいかず、とりあえずこの後の予定を説明する。

 

「なるほど。君は存外いい友人関係を築けているみたいだな。それを大切にしたまえ、というと押し付けがましく聞こえるかね?」

 

「いえ。見捨てられないように気を付けますよ」

 

「ならば君に、先程のこの言葉を返そう。自分を見失わないようにしたまえ」

 

 まるで少年のように悪戯っぽく目を輝かせながら、平塚先生はそう言って八幡に背中を向けた。どこまで内心を見抜かれていたのかと、今更ながらに恥ずかしくなって来た八幡だったが、理解不能だった感情はいつの間にか自分の中から消え失せていた。

 

 

***

 

 

「ほむん。武蔵を気取るか八幡よ。しかし我はお主の遅刻ごときに心を乱されぬ。既に校舎を出て、我を背後から襲うつもりであろうが無駄なことよ。我が心眼は貴様の姿をとうの昔に捉えておるのだ」

 

「悪い、遅くなった」

 

「ぴげぇえっ!」

 

 なぜか校外の一地点を見据えてぶつぶつと呟いていた材木座に八幡が背後から話しかけると、奇声が周囲に響き渡った。声をかけた側もかけられた側もビックリである。

 

「わ、我の更に裏をかくとは、さすがは八幡。手下どもでは相手にもならぬか」

 

「いや手下とか居なかったし、俺は校舎から普通に歩いて来ただけなんだが……。ま、さっさと移動しようぜ」

 

「ほほう、今宵の虎鉄は血に飢えておると。一刻も早く真剣勝負を望むと、貴様は言いたいのだな?」

 

「ちょっと待て。今日もカラオケで採点バトルやるのかよ。それとお前、近藤勇は幕末だからな。時代設定はちゃんとしとけよ。あとついでに言うと、近藤は虎鉄を持ってなかったって説が濃厚らしいぞ」

 

「無論、死ぬまで」

 

「おい。ちょっと面白いことを言ってやったみたいなそのドヤ顔はやめろ。虎鉄を探し求めて死ぬまで徘徊したけど結局力尽きた近藤さんを想像しちまうだろうが!」

 

「悪・即・斬!」

 

「お前それが言いたかっただけだろ!」

 

 そんなこんなで、なぜか普通に会話が成立している二人だった。

 

 

「んで、戸塚を呼んだのはどういうことだ?」

 

「いずれ分かることを、今説明する必要もあるまい。それより八幡よ、今宵の貴様はどの得物を選ぶのだ?」

 

「ちっ。戸塚が来なかったら俺は即帰るからな。……アニソンよりも、今日はボカロでも歌うかね」

 

「ほう、それは興味深い。ずばり貴様の初手は……『千本桜』と見たり!」

 

「ふっ、甘いな材木座。悪いがダウナー全開で『トリノコシティ』の世界に浸らせて貰う!」

 

「なんと八幡よ、お主それほどまでに、こたびの噂が痛手であったか……」

 

「おい。なんでお前がさっき広まったばかりの噂を知ってんだよ?」

 

「校内屈指の美女二人ときゃっきゃうふふな日々を過ごしていた身の程知らずな八幡よ。いきなり現れた幼馴染み属性の男にヒロインが寝取られ、貴様独りが取り残される駄作の呪いを、とくと思い知るが良い。悪・即・斬!」

 

「だからお前、それが言いたいだけだろ。つか幼馴染みじゃねーから。小学校同じってだけだからな。あとその構えはアバン先生の必殺技だ!」

 

「ふっ。我ほどの達人ともなれば、決まりきったレイアウトを消したところで効果は変わらぬ」

 

「意味が分からんっつーかお前、『Tell Your World』歌うつもりかよ。いちおう真面目に忠告しとくけど、戸塚の前で振り付けとかやるなよキモいから」

 

 そんなこんなで、他の誰であっても口を開かせるのは難しいであろう八幡の悩みを、馬鹿馬鹿しい形で解消してしまう材木座だった。息の合った二人の会話はこの後も途切れることなく、カラオケ店の前で待っていた戸塚彩加に羨ましそうな目で見られるまで続いた。

 

 

***

 

 

「我が先陣をつかまつる!」

 

「あ、お前そのまま何曲か歌っててくれる?」

 

 三人でカラオケに入った八幡だが、よくよく考えると、せっかく戸塚と一緒に居るのに歌って時間を浪費するのは勿体ないという結論に至った。ここのところ戸塚が劇の練習に真面目に取り組んでいるために、ほとんど会話ができていない。今は戸塚とお喋りができる絶好のチャンスなのだ。

 

「んで、戸塚はどうして今日、材木座の企画に乗ったんだ?」

 

「えっ、と。材木座くんの企画っていうか、それは後でね。八幡が元気なさそうにしてるって聞いたから来たんだけど……迷惑だった?」

 

 この声とこの表情とこの仕草とを永久保存できるのであれば大枚を叩いても惜しくはないと思いながらも、せめて八幡は記憶の中に戸塚の姿を鮮明に焼き付けておいた。可能なら別角度からも保存しておきたかったところだが、戸塚にそろそろ怒られそうなので仕方なく話を進める。

 

「迷惑どころか、普通に嬉しいぞ、彩加」

 

「は、八幡ってば、ぼくが恥ずかしがってるのを見て楽しんでない?」

 

 小動物のように目をうるうるさせる戸塚を堪能して、さすがに怒られそうなのでやむをえず話を進める。

 

「そういや、また戸塚に謝る……とは違うか。ちょっとお礼を言いたいことがあるんだわ。さっき由比ヶ浜と話してて、なんか元気がなさそうに見えてな」

 

「由比ヶ浜さん、色んなところに顔を出してフォローとかしてるから、疲れてるのかも。あ、でも八幡が元気付けてくれたんだったら、ぼくがお礼を言うべきじゃない?」

 

「いや、また戸塚の話を出して受けを取ったっつーかな。千葉村で二日目の夜に話したのと同じような感じっつーか。戸塚と会えるぜって俺がテンションを上げて由比ヶ浜がツッコミを入れる、みたいな」

 

「それって、ぼくと会うのに無理矢理テンションを上げてるってこと?」

 

「違う違う。戸塚と会えて楽しいのは本心だっつーの」

 

 ちょっと拗ねたような表情を浮かべる八幡を見て、先程ストレートに嬉しさを告げられた時よりもドキッとしてしまった戸塚だった。材木座の歌声が響き渡る劣悪な環境下で、二人はともに顔を赤らめながらちらちらと互いを窺う。幸いなことに曲がすぐに終わって室内が明るくなったので呪縛が解けたが、あのままだとどうなっていたのだろうと残念半分安堵半分の八幡だった。

 

「ちょっと情けない話なんだけどな。リア充の由比ヶ浜とどんな話をしたら良いのか、今でも結構悩むんだわ。あいつが振ってくれる話題に応えるだけだとなんか悪いし。でも俺があいつに自信を持って話せるのって、ぼっちあるあるとか、戸塚ネタとか雪ノ下の物真似とか小町の自慢とか、それぐらいなんだよな……」

 

 八幡は相変わらず真面目だなと、くすっと笑いそうになるのを何とか我慢して、戸塚は努めて明るい声で話を始める。

 

「由比ヶ浜さんは話し上手で聞き上手だから、八幡が思い付いたことをそのまま喋っても大丈夫だと思うけどなぁ。ぼくの話題で二人が盛り上がるんなら、別にそれでもいいし。もう今更、謝るとかお礼とか無しね」

 

「ん、了解。でも正直、男相手だと歴史関連の話をしてりゃ何とかなるって気が最近してきたけど、女子が好きそうな話題なんてぜんぜん分からんぞ」

 

「でもじゃあ、雪ノ下さんとはどんなことを話してるの?」

 

「あー、雪ノ下の場合は課題図書の話とか、歴史の話とかも通じるから気が楽なんだよな。この間も児玉源太郎とか、あと韓信の『多々益々弁ず』とかも話題に出して来たし……って、これを言い出したのは由比ヶ浜だったか」

 

「こないだ漢文で習ったやつだよね。あんまり気にしないで、由比ヶ浜さんにも歴史の話をしたらいいんじゃないかな?」

 

「案外そうなのかもな。つーか、韓信か……」

 

「国士無双って格好いいよね。八幡も司馬遼太郎の『項羽と劉邦』読んだ?」

 

「おお。通しでも三回読んだし、一部だけなら何度読んだか分からんぞ」

 

「一番記憶に残ってるのって、どの場面?」

 

「そうだな……例えば韓信が平然と股くぐりをする場面とか、馬鹿は相手にしないでぼっちでも強く生きようって思えて好きだったな」

 

「うん。そういう話をすれば良いんじゃない?」

 

「かもな。今度また試してみるわ」

 

 以後はお礼は無しと言われたばかりなので、八幡は心の中だけで戸塚に感謝の気持ちを伝える。先程から、悩みに役立つ何かを思い付きそうで思い付けないもどかしさを抱えながら、()()()()に取り残されないためには何をすれば良いのだろうと八幡は静かに物思いに耽る。

 

 そんな八幡を戸塚が暖かく見守り、材木座が完璧な振り付けとともに曲を歌い終えた時。部屋の扉がゆっくりと開いて、この企画の主催者にして本日最後の参加者が登場した。

 

 

***

 

 

「お待たせー。どの部屋か分かんなかったから、ちょっと時間がかかっちゃって」

 

 よく分からないことを喋りながら部屋に入ってくる城廻めぐりを、八幡は呆気にとられたような表情で眺める。城廻の背後に控える生徒会役員らしき黒子の集団を見て、ふと思い付いたことがあったので材木座に視線を送ると、八幡の予想通りに「部屋番号を連絡するのを忘れていたでござる」と必死に謝る怪しい男の姿が視界に入った。

 

「城廻先輩が、どうしてここに?」

 

「ふっふっふ。実は、今日の黒幕は私なのでしたー」

 

 セリフの割には怪しさを全く感じさせない口調で、城廻がネタばらしを始めた。

 

「比企谷くんも薄々分かってると思うけど、文化祭の実行委員会の中でも、替えが利かない人材って何人か居るんだよね。比企谷くんは誰だと思う?」

 

「城廻先輩と雪ノ下と、あとはぶっちゃけ、役職としての正副委員長ぐらいですかね。副のほうは頭数に入れても良さそうですけど」

 

 いきなりの質問に戸惑いながらも、八幡は思ったまま容赦のない回答を口にした。言い終えた後で、もう少しオブラートに包むべきだったかと思い直していた八幡に、少し苦笑いをしながら城廻が答える。

 

「遠慮のない意見ははるさんで慣れてるし、気にしないでいいよー。でも、私はもちろんだけど雪ノ下さんだって、一人で全ての仕事ができるわけじゃないよね。戸塚くんが付け足すとしたら、誰を挙げる?」

 

「八幡と、実行委員じゃないけど由比ヶ浜さんと。それから部屋の外にいる生徒会役員の方々も外せないなって思います」

 

 おそらくは人海戦術でこの部屋を探し当てて、生徒会長を中に入れた後は大人しく廊下で待機していた黒子集団から、感動の声が上がる。彼らからこれほどまでの忠誠を集める城廻のキャラクターがそろそろ分からなくなって来た八幡だった。

 

「うん。生徒会役員のみんなにはいつも助けてもらってるから、そう言ってくれると私も嬉しいな。でね、問題は奉仕部の三人が、いずれも替えが利かないってことなのね。文化祭を成功させる為には欠かせない戦力だけど、もしも誰か一人でもダウンしちゃったら、負の影響が大きいなーって」

 

「それは買い被りすぎっていうか。雪ノ下と由比ヶ浜はともかく、俺はそこまでの存在じゃないですよ」

 

「うーんと。比企谷くんは、雪ノ下さんの推薦を覚えてるかな。渉外部門の責任者を引き受けてくれた時の話なんだけど、あれ、どう思った?」

 

「それは覚えてますけど……言わないと駄目ですかね?」

 

 気の進まない表情で八幡が回答を延期したものの、城廻は一言も喋ることなくニコニコすることで発言を促している。当たり前のように根負けして、仕方なく八幡は口を開いた。

 

「勘違いだとは思いますけど、雪ノ下が外に出ている時には後を任せた的な、そんな風に言われているような気がして、嬉しいけど怖いみたいな感じでした。でも自分で言っておいてなんですけど、雪ノ下の代わりとか誰にもできないと思いますし、思い上がりですよね」

 

「でも、比企谷くんは嬉しかったんだよね?」

 

「まあ、自分にできる範囲の仕事はやろうかなと。由比ヶ浜とも、雪ノ下を助けるって約束しましたし」

 

 照れ隠しの気持ちもあって、八幡は内面ではなく外部の理由を持ち出した。三人の関係性が垣間見えて、城廻は笑顔を一層深めながら話を続ける。

 

「奉仕部の三人の関係はいいなーって思うよ。でも三人ともに仕事を抱えてると、お互いに助け合うのは難しくなってくると思うの。でね、夏休みにこのメンバーで偶然集まったよね?」

 

「つまり、奉仕部以外でも雪ノ下にはJ組がいるし、由比ヶ浜にはF組だけじゃなく学年を越えた人脈があるから、俺が一番脆弱だと?」

 

「うん。そこは言葉を濁しても仕方がないからね。比企谷くんはさっき、雪ノ下さんの仕事は誰にも肩代わりできないって言ってたけどさ。雪ノ下さんの仕事を完全ではないけど肩代わりできる比企谷くんがもしもダウンした時に、その比企谷くんの仕事を肩代わりできる人材って、他にはもう見当たらないんだよねー」

 

「なんか不思議なんですけど、どうしてそこまで俺のことを高評価するんですか?」

 

「比企谷くんの隣で、戸塚くんが何か言いたそうにしてるよー?」

 

 少しだけ、城廻の生徒会長としての強みを感じた八幡だった。こうして上手く人材を活かすことで、城廻は多くの成果を出し多くの支持を集めてきたのだろう。

 

「八幡はいいかげん、自分を過小評価するのをやめたほうが良いと思うな。材木座くんもそう思うでしょ?」

 

「然り。我が好敵手よ、貴様はもっと大きな場で輝ける才能を持っているはず。檜舞台で先に待って居るぞ!」

 

「いや、お前に活躍の場はねーだろ……」

 

「比企谷くんは、戸塚くんや材木座くんからも、それから雪ノ下さんや由比ヶ浜さんからも評価されてるんだしさ。私も、それから多分はるさんも期待してると思うんだよね。だから今日の用件は二つ。一つは、みんなの期待を受け止めてくれること。受け止めて大きな結果を出そうとまでは考えなくて良いから、でも期待を受け止めるぐらいはして欲しいなーって」

 

「あー、ちょっと恥ずかしいけど善処します。んで、二つ目は?」

 

「ちょっとやばそうだなって思ったら、ここに居るメンバーを頼ること。私も数に入れてくれて良いからね?」

 

「それも善処しますけど、俺からも質問いいですか?」

 

 話をするほどに城廻の生徒会長としての凄さや懐の深さを感じて、それと同時に膨らんでいく疑問が八幡の中にあった。城廻の頷きを受けて、八幡はシンプルにそれを尋ねる。

 

「文化祭の成功の他に、城廻先輩は何を求めてるんですか?」

 

「んーと、雪ノ下さんにはバレバレだったけど、そういう話が出たの、覚えてないかな?」

 

「もしかして、相模が病欠して雪ノ下が一日延期を提案した時に言ってたやつですか?」

 

「そうそう。比企谷くんもちゃんと覚えてくれてたんだねー」

 

「下級生に成長の機会を与えたいってやつですよね。でも、どうしてそこまで?」

 

「はるさんの影響ってのも大きいんだけどねー。でもはるさんの受け売りじゃなくて、私も人材こそが宝だって思ってるのね。ここだけの話にして欲しいんだけど、もしも文化祭の成功と下級生の成長と、どっちか一つしか選べないってなったら、私は迷わず成長を選ぶと思うよ」

 

 それは雪ノ下がいる限り、そして雪ノ下を支える由比ヶ浜がいる限り、起こり得ない未来だと八幡は思う。だがそれはそれとして、城廻の行動の根幹が、ようやく自分にも理解できた気がした。

 

「分かりました。あと、今日の用件って実はもう一つありましたよね?」

 

「それは、材木座くんと戸塚くんが先に済ませてくれてたんだよねー。だから、私の用件は二つだけだよ?」

 

 さすがは雪ノ下陽乃が特別扱いをする人材だなと八幡は思う。あの人のような凄みはなく、むしろ素直さが前面に出ているのに、だからといって話が浅いわけでもなければ、問題を見落とすようなこともない。

 

 今日のあの人の発言程度で動揺しているようでは俺もまだまだだなと思いながら、八幡は先日の雪ノ下のセリフを思い出していた。副委員長への就任について、いざという時の見極めを間違えないようにと語っていた彼女と同様に、自分も戸塚や材木座に頼るべきタイミングを見逃さないようにしなければと八幡は思う。

 

 そして可能であれば、()()()()が危機に陥った時には自分の手で助けられるぐらいの余裕を得たいものだと、八幡はそんなことを考えるのだった。

 

 

 同時刻、彼の自宅のリビングに彼女らを含む女子数名が集まっていることを、八幡はまだ知らない。




今回も何とか更新できましたが、近いうちに一度、更新が流れる週が出ると思います。
週二更新に戻すなど夢のまた夢という現状ですが、ご理解下さい。

次回は一週間後に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(10/28)

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