俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 奉仕部三名のバンド練習は順調に進んでいたが、由比ヶ浜はそれを親友二人の他には伝えそびれていた。有志の数によっては実現しないという話だったこと。そして葉山のバンドに三浦と一色が顔をそろえ雰囲気が重いと知りつつも、由比ヶ浜も海老名も不参加という後ろめたさがあることが原因だった。現状での由比ヶ浜の負担を思い、気に病まない方が良いと雪ノ下は諭す。言い出しにくいことは確かにあると、由比ヶ浜に同意しながら。

 放課後の実行委員会にて、相模の復帰は暖かく受け入れられた。地味に有能な副委員長も得られて、役割分担を終えた委員達は一斉に動き出す。現時点では副委員長に就任する気はないと表明する雪ノ下は、歴史上の人物の名を出して「成長したい」という意思を八幡に告げる。それを聞いて、更には八幡への信頼が伝わって来る雪ノ下の発言を受け止めて、八幡もまた密かにやる気を漲らせた。

 しかし翌日の放課後、OB・OG代表として委員会に出席した陽乃の発言をきっかけに暗雲が立ち込める。葉山が有志に参加するのかと尋ねた陽乃は、教室内の反応から妹の彼への処し方を把握して、こう述べるのだった。



05.なみなみならぬ注意を払い彼女は何とか場を乗り切る。

「あれっ。もしかして雪乃ちゃん、わたしと隼人と雪乃ちゃんが同じ小学校だったって、内緒にしてたの?」

 

 驚きの中に、ことさらに明るい声色を混ぜながら問題発言を言い終えると、「お姉ちゃん、もしかしてやらかしちゃった?」という態度をまとった雪ノ下陽乃は大袈裟な身振りで周囲の反応を探った。

 

 隣の席に座っている比企谷八幡は、やはり外面に騙されてはくれないようだ。しかし情報そのものは意外だったみたいで、まだ他へと意識を向けられる余裕は無さそうだった。それを面白いと思った陽乃は、彼には声をかけずに済ませる。妹の反応は確認せずとも分かるし、平塚静の反応も分かる。そう考える陽乃は教室前方へと視線を向けた。

 

 生徒会長の城廻めぐりは、やはり面白い反応を見せてくれた。わたしの発言自体は全く疑っていない。しかし同時に、妹が内緒にしていたのか否かの判断は保留にしている。わたしたちが同じ小学校だったという情報を聞いて混乱するだけの生徒や、妹が内緒にしていたのは何故だと勝手に疑問を膨らませてくれる生徒ばかりのこの状況で、情報に惑わされない城廻の反応は得がたいものだと陽乃は思う。

 

 残念ながら、生徒会のその他の面々に面白い人材は居なさそうだった。実行委員長は驚き過ぎで手応えが無かったし、副委員長は発言内容を冷静に受け止めてはいるものの、どうやら男女の機微には疎いようだ。あれでは男子生徒から休日に誘われても、仕事の話だと受け取るのではないだろうか。遠くない将来に起きるであろう悲劇の被害者に、陽乃は少しだけ黙祷を捧げる。

 

 とはいえ、あの気弱そうに見えるおさげ髪の女子生徒が副委員長に立候補したのは事実なのだから、今後の成長次第では面白い人材に育つかもしれない。先程までの受け答えを振り返ってみても、その素直な姿勢からは伸びしろを感じる。それに眼鏡をコンタクトにして髪型や服装に気を使い始めると、周囲の印象も変わってくるだろう。そう考えた陽乃は、藤沢沙和子の評価を保留にした。

 

 頬の辺りに視線を感じて再びすぐ横に目を向けると、内心の葛藤から復活したのか八幡がじとっとした目で陽乃を見ていた。意味深な笑顔を見せて、健気な男の子を思索の罠に誘おうとした陽乃だったが、残念なことに八幡は目を明後日の方向にそらして回避した。照れた表情だけで我慢するかと考えて苦笑すると、ようやく陽乃は自分を射貫く鋭い視線と向き合った。

 

 

「特に言う必要も無いと、考えていただけなのだけれど」

 

「そっかー。ごめんね、お姉ちゃんてっきり……」

 

「姉さんと仲が良いからといって、私まで仲良くする必要は無いでしょう?」

 

 聞く者を凍り付かせるような冷たい声音が、静かに会議室に響き渡った。まだ夏は完全に終わっていないというのに、多くの生徒達は寒気を感じて思わず身震いしている。しかし陽乃は平然としたもので、明るい口調で妹に応じる。それを皆まで言わせず、畳みかけるように雪ノ下雪乃は言葉を続けた。

 

 そんな妹の主張を、陽乃は微妙な笑顔をまとって受け止める。今のところは合格だと、内心では考えながら。葉山のことを覚えていなかったと答えた時はもちろん、あまり親しくなかったと答えた場合でも陽乃は即座に爆弾を再投下するつもりだった。

 

 彼女ら姉妹と葉山隼人が幼馴染みだったという情報を陽乃が敢えて伏せていることを理解して、妹は注意深く発言している。感情に流されていない妹の様子を確認して、ようやく過去から距離を置けたかと考えながら、陽乃は寂しそうな声で呟く。

 

「わたしは隼人と雪乃ちゃんにも、できれば仲良くして欲しいんだけどなー」

 

「少なくとも、葉山くんが有志でバンドをすると知っている程度には共通の友人がいるのだから。別に拒絶してはいないのだし、仲良くなるかどうかは本人たち次第ではないかしら。姉さんの雑談には後で付き合ってあげるから、今は無駄口を避けて欲しいのだけれど」

 

 偽りを口にせず話をまとめた妹を心の中で評価しつつ、陽乃は内面を反映した笑顔で返事をする。

 

「じゃあ雪乃ちゃん、当日は一緒に隼人のバンドを観ようね。それと言質は取ったから、後で雑談、楽しみにしてるよー。委員長ちゃん、会議を続けてくれる?」

 

「あ、はい。えっとじゃあ、次は……」

 

 おおよそ確認できることは確認して、妹からの挑発を自分へのご褒美に変えて、陽乃は勝ち誇った表情を浮かべたまま両手を後ろに回すと大きく背中を反らした。すぐ横では純情な男子生徒が慌てて顔を別方向に動かしているが、胸部の膨らみに向けられていた彼の視線は確認済みだ。八幡への報酬はこの程度で充分だろうと考えながら、陽乃は話題という形で貢献した弟分への褒賞を何にしようかと考え始める。

 

 陽乃が明かした情報によって、妹の周囲にどんな影響が出るのか。更には文化祭実行委員会にどんな変化が訪れるのか。陽乃はそれを知るよしもないが、仮に知っていたところで陽乃はこう言うのだろう。悔しそうに自分を見つめる妹を楽しげに眺めながら、陽乃は誰にも聞こえないほどの小さな声で、こう告げる。

 

「あとは、雪乃ちゃんが頑張ってねー」

 

 

***

 

 

 多少の波乱はあったものの、OB・OGからの反応は上々だと確認できて、実行委員会の全体会議は無事に終わった。今日は渉外と宣伝広報と有志統制にリソースの大半を振って、委員達はただちに仕事に向かう。しかし彼らの動きと平行して、校内ではもの凄い勢いで情報が拡散していた。雪ノ下と葉山が同じ小学校だったという情報である。

 

 

 当事者の一人である雪ノ下は、委員会が終わるとすぐさま運営の仕事場に向かった。渉外部門の責任者として、運営との話し合いに参加するとは前日から決まっていたことだ。委員会が長引いたせいで時間の余裕が無かったのは、雪ノ下にとっては幸いだっただろう。

 

 奉仕部のバンド練習もこの日は各自でという話になっていたので、雪ノ下は雑談の履行を迫る姉を正論で退けて(代わりに帰宅後の予定が埋まってしまったが、場所を実家ではなくマンションにできたことで雪ノ下は更に少し溜飲を下げた)、直帰するので後はよろしくと言い残して一人去って行った。

 

 

 もう一方の当事者である葉山は、この日も教室で劇の練習をしたり監督から熱い演技指導を受けたりして過ごしていた。だがクラスメイトの大半が時を同じくしてメッセージを確認して、そのまま自分に好奇心のこもった視線を送ってくるのを見て、今日は実行委員会に参加しているというあの人がまた何かやってくれたのだろうと葉山は悟った。

 

 可能ならば先に内々で事情を把握したかったが、彼と特に仲の良い三人の男子生徒や三人の女子生徒にはメッセージが届いていない様子だった。葉山に情報が伝わることを、そしてそれ以上に三浦優美子に情報が伝わることを怖れて誰もメッセージを送れなかったのだろうなと推測しながら、葉山は一つ大きくため息を吐くと同級生に向けて話しかけた。

 

「俺に答えられることなら答えるけど、何かあったの?」

 

 普段と変わらぬ口調で問いかける葉山の姿を見て、クラス内にはひとまず安心したような空気が漂った。しかし誰が葉山に質問するのかを巡って、生徒達は激しく目配せを交わし合う。そう長くは待たされないだろうと考えた葉山が、笑顔を貼り付けたままクラスメイトの顔を順に眺めていくと。カーストの中間辺りに位置する女子生徒が、葉山に見つめられる前にと口を開いた。

 

「葉山くん、J組の雪ノ下さんと小学校同じって、ホント?」

 

 質問が予想よりも軽いものだったことに、葉山は内心で安堵した。

 

 雪ノ下との関係を問われたらどう答えるべきか、それは葉山が総武高校に入学以来ずっと考え続けてきた問題だった。校内のイベントやら何やらで雪ノ下と顔を合わせるたびに、つまり高校という場で雪ノ下との関係が積み上がって行くほどに、葉山は解答に微調整を加えながら来るその日に備えていた。

 

 現実とは、意外にたわいもないものだなと考えながら、葉山は苦笑いを浮かべて簡潔に答える。

 

「ああ。それがどうしたの?」

 

 情報の正しさを確認できて、しかしそれ以上は何を問えば良いのか分からなくなって、生徒達は葉山の問い掛けに反応できない。だが全身を葉山に晒している生徒はともかく、別の生徒の後ろに身を隠せる何人かは、たった今得られた情報を拡散すべく必死にメッセージを書いている。

 

 内心では冷ややかに、しかし表面上は仕方がないなという顔をしながら、葉山は自分の周囲にいる男女六人に話しかけた。

 

「そういえば、みんなにもこの話はしてなかったよな」

 

「は、隼人……。それってホントなんだし?」

 

「ああ。別に隠すことでもないしね」

 

 三浦がここまでの反応を見せるのは意外だった。だが、それよりも今はもう少し詳しい情報が知りたい。葉山はそう考えて他のクラスメイト達の様子を窺う。これぐらい何でもないことだと軽い様子の葉山を見て安心したのか、葉山の期待通りに上位カーストの女子生徒が口を開いた。実行委員長の相模南と仲の良い彼女らであれば、正確な情報を得られるだろうと葉山は思う。

 

「その、雪ノ下さんのお姉さんが、どうして同じ小学校なのを内緒にしてるのって雪ノ下さんに尋ねたみたいで」

 

「うーん。別に言う程のことでもないからじゃないかな?」

 

「雪ノ下さんもそんな感じに答えたみたい。でも葉山くん、雪ノ下さんのお姉さんとは仲がいいんでしょ?」

 

「仲が良いっていうか、面倒見の良い人だからね。中三の時にここの文化祭を見に来た奴って、俺だけかな?」

 

 周囲を見回しながら葉山が問いかけると、俺も私もと手を挙げる生徒がちらほら見えた。彼らに頷きながら葉山は言葉を続ける。

 

「あの時に雪ノ下さんのお姉さんを見た奴なら、俺が言うことにも納得できるんじゃない?」

 

 葉山の言葉を受けて、先ほど手を挙げた生徒達が口々にあの人の凄さを強調してくれる。しばらくそれらに耳を貸して、この程度で済むなら楽だけど念のため最後まで気を抜かないようにと考えながら、葉山は情報源の女子生徒に目を向けた。そのまま優しく頷いてあげると、教室の喧噪はたちまち止んで、彼女は再び話し始めた。

 

「お姉さん、雪ノ下さんにも葉山くんともっと仲良くして欲しそうだったけど、雪ノ下さんは当人同士の話でしょって取り合わなかったみたいで。だから、大した話じゃなかったんだけどさ……」

 

「そうだね。俺もみんなと同じF組じゃなかったら、ここまで仲良くなれなかっただろうしさ。せっかくだし、このまま文化祭に向けて盛り上がろうぜ」

 

「だな」

 

「俺もそう思う」

 

「盛り上がるしかないっしょ!」

 

 発言の最後に、葉山が周囲の男子生徒三人に顔を向けて言葉を付け足すと、彼らもまた良い具合に反応を返してくれる。トップカースト三人娘はまだ少し微妙な顔つきのままだったが、すぐにいつもの調子に戻るだろうと考えて、葉山はそれ以上は余計なことを口にしなかった。それは結果的には双方にとって、正しい選択となった。

 

 メッセージを受け取ってからずっと葉山の様子を窺っていた同級生たちは、既に話は終わったと考えているのか、返事を送ったり周囲と雑談したりしながら一人二人と文化祭の準備に頭を切り換えていった。葉山たち男性陣もまた、劇の練習に戻る。

 

 そんな彼らから距離を置いて互いの顔を見合っていた三人の女子生徒達は、同時に力を抜いて深呼吸することで意思の統一を果たした。彼女らを代表して由比ヶ浜結衣が、関係各位に向けて今夜の女子会の開催を通知するのだった。

 

 

***

 

 

 宣伝広報と協力しながら現実世界向けに文化祭の情報をどう通知するかを相談して、ホームページからポスターまでを最終確認段階にまで仕上げたところで、八幡は最終下校時刻を迎えた。

 

 急いで帰宅の準備をして、相模の希望に従って昨日と同様に会議室まで来てくれた由比ヶ浜と情報の共有をして、この日の仕事がようやく終わった。ずいぶん長い一日だった気がするなと八幡は思う。

 

 一刻も早くお仲間と合流したそうにしている相模を適当に手を振って見送ると、会議室には八幡と由比ヶ浜以外に誰も残っていなかった。とはいえ生徒会役員が座っていた辺りには荷物もあるし部屋の鍵らしきものも確認できたので、このまま帰っても問題はないだろうと八幡は判断する。

 

 部員を登録することで部室の自動解錠が可能になって以来、八幡は鍵というものに縁がなくなって久しい。この世界では自宅に入る時は最初から生体認証だったし、千葉村で個室を取った時も個人認証だったので鍵は必要なかった。でも不特定多数が出入りする会議室では今でも鍵がいるんだよなと妙なことに納得しながら、八幡は由比ヶ浜と一緒に廊下に出た。

 

「お前も今日は家で練習すんの?」

 

「うん。ちょっと用事ができちゃったから時間配分が難しいけど、練習はちゃんとするつもり」

 

「そっか。んじゃまた明日な」

 

「うん……」

 

 実行委員の仕事で疲れているだけなら良いのだが、八幡に元気が無さそうなのが少しだけ気にかかる。とはいえこの後のスケジュールが詰まっている上に、由比ヶ浜にも精神的な余裕はあまりない。葉山の弁明を真に受けず、それどころか雪ノ下と葉山は小学生の頃からの長い付き合いだったのだなと確信している由比ヶ浜は、この後の女子会がどんな話になるのかを考えて気が重かった。

 

 まだ解散したくないなという気持ちが湧いて、少しだけ返事を延ばしていた由比ヶ浜だったが、不思議そうに自分を見つめてくる八幡に気付いて慌てて口を開こうとする。しかし、それよりも先に八幡が独り言を呟いた。

 

「ん、メッセージって……材木座か」

 

 たちまち面倒臭そうな雰囲気をまとった八幡を眺めると、先程までの元気が無さそうな様子はどこかに飛んで行ってしまったようだ。それを確認して少し気を緩めて、由比ヶ浜は目線だけで八幡に「メッセージの内容を教えて」と伝える。軽く頭を掻いた後で、仕方なさそうに彼は説明してくれた。

 

「せっかく脚本を書いたのにクラスで採用されなくて、落ち込んでるから気晴らしを手伝えだとさ。カラオケに行くから正門の前で待つとか言ってるんだが……個室からショートカットで家に帰るかね」

 

「ちょ、ヒッキー。それは可哀想すぎない?」

 

「いやでも、材木座だしなぁ……」

 

 嫌いという感情は伝わって来ないものの、心底から面倒臭いと考えているのだろう。そんな八幡に苦笑しながらも、由比ヶ浜は自分の重い気分もまた少しだけ軽くなっていることに気付いた。外見といい中身といい、仲良くしたいとはあまり思えない材木座義輝だが、少しだけ彼の存在を見直した由比ヶ浜だった。

 

「あのね。あたしの勘違いかもだけど、ヒッキーもちょっと元気がないように見えたのね。だからせっかくだし、中二と一緒にカラオケで気張らしして来れば?」

 

「あー、なんか仕事で疲れただけなんだが、気を遣わせて悪いな。つか材木座とサシって、気を遣わなくて良いのは楽だけどひたすら面倒なんだよな……」

 

 密かに落ち込んでいることに加えてその理由までをも見透かされたような気がして、八幡は内心では慌てつつも何とか平静を装って返事を返した。とはいえ由比ヶ浜の心配は善意からのものだと理解できているだけに、気晴らしに行くべきか面倒を避けるべきか、どちらを優先しようかと八幡は悩む。

 

 しかし材木座と八幡は一年の頃からの付き合いである。八幡がこの程度の誘いにほいほい乗るとは考えていない材木座は、とっておきの一手を放った。再びメッセージが届いて、それを見た八幡は勢いよく宣言する。

 

「やっぱり持つべきものは友達だよな。落ち込んでいる材木座の気晴らしに付き合って、今からカラオケに行ってくるわ!」

 

 こうした八幡の豹変の理由は一つしかないと、由比ヶ浜は呆れ顔を八幡に向ける。しかし有頂天の八幡にはそれすらも通じない。大きく息を吐き出して、由比ヶ浜はやる気を漲らせる八幡に話しかける。

 

「ヒッキー、分かり易すぎ。どうせ、さいちゃんも来るってメッセージが来たんでしょ?」

 

「え、なんで分かったの?」

 

 分かるに決まっているだろうと思いながらも、由比ヶ浜はそれを口にするのを避けた。また少し疲労感が増してしまったが、それでも先程までと比べると肩の荷が軽くなったように思う。それに元気のない八幡を見るよりは、こうして調子に乗っている八幡のほうが遙かにいい。

 

「あのね。ゆきのんを助けるって約束、覚えてる?」

 

「ん、まあな。それがどうしたんだ?」

 

「あたしの目が届く範囲は頑張るから、ヒッキーができる範囲のことはよろしくね」

 

 夜の女子会に向けて気持ちを切り替えようとする由比ヶ浜をじっと眺めて、真面目な話をしているのだなと受け取った八幡は静かに返事を返す。

 

「あんま頑張りすぎないように、お前も適当に気張らししとけよ。俺もできる範囲で見ておくし、あれだな。そのためにも今から気張らしに行ってくるわ」

 

「うん。ゆきのんを助けるのはもちろんだけど、ヒッキーも何かあったら相談してね。これも約束!」

 

「ほいよ。お前も抱え込みすぎないように、相模みたいに倒れる前に言って来いよ。うちみたいに妹と暮らしてると注意してくれるけど、一人だと……って三浦と海老名さんがいれば大丈夫か」

 

「だね。でもヒッキーもありがと。って、小町ちゃんにカラオケ行くって連絡しなくていいの?」

 

「あ、やべ。今から書くわ。じゃあ……」

 

「あたしも連絡することがあるから、先に書き終わったらちょっと待っててね」

 

 そう言うと由比ヶ浜は八幡と並んで、こっそり同じ宛先に向けてメッセージを書いた。開催場所を悩んでいたのだが、八幡がカラオケに行くのであればちょうど良いかもしれないと考えながら。

 

 ほぼ同時にメッセージを送り終えて、受け取り先ではビックリしているだろうなと想像してみて少し可笑しくなって、由比ヶ浜はようやく元気な笑顔を見せて八幡と向き合った。

 

「なんか、お前のほうが元気がなかったんじゃねーのか。今は大丈夫そうだけど、ホントにちゃんと気晴らししろよ?」

 

 そんな八幡の心配を受けて更に笑顔を輝かせて、由比ヶ浜は元気にこう締め括った。

 

「じゃあヒッキー、また明日!」

 

「おう、また明日な」

 

 こうして彼らはそれぞれの友人と合流すべく、別々の方角に向けて足を運ぶのだった。




今回は少し短めですが、ここで切ります。

次回は一週間後に更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(10/14,10/28,4/2)

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