俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回でクッキー編が終了です。
タイトルは原作三巻第六話をそのまま使わせて頂きました。



10.ようやく彼と彼女の始まりが終わる。

 家庭科室のドアがからりと開いて、平塚静があらわれた。

 

 何の前置きもなく登場しても、先程と違って生徒たちに動揺はない。いきなり口撃を仕掛けてくる女子生徒もいない。

 

 密かに身構えていた平塚は、室内の温和な空気に表情を緩めて、教え子たちに向けて話し掛けた。

 

「どうやら上手く作れたみたいだな。クッキー作りはとても難しいのに、やはり君達は大したものだ。オーブンなんて、私には扱いが難しすぎて手出しできないからなあ……」

 

 クッキー作りを相当な難事のように語る顧問に、雪ノ下雪乃は首を傾げる。とはいえ、やるべき事を終えた充実感と依頼人に向ける優しい気持ちが、彼女を寛容にしていた。

 

 比企谷八幡は、オーブンを扱えない教師に「そりゃ先生だけだ」と言いたいのを必死で堪えている。

 

 由比ヶ浜結衣は平塚と同感みたいで、そのクッキー作りを自分は成し遂げたのだと少し誇らしげだ。

 

 そんな三者三様の反応を興味深げに眺めながら、平塚は言葉を続ける。

 

「ところで由比ヶ浜。さっき職員室で家庭科の鶴見先生から、ラッピング用のリボンを頂いたのだがね」

「えっ。見せてもらっていいですか?」

「ああ、これだ。青とピンクの二色あるが、どちらを使うかね?」

「じゃあ、こっちの青のリボンで!」

 

 家庭科室に備えてあったセロファンの透明な袋にワックスペーパーを入れて、【クッキーのようなもの】をその上に置く。今にも鼻歌が出そうなほどに上機嫌な由比ヶ浜は、袋の外側を簡単にテープで留めて、青いリボンで丁寧にラッピングを施した。

 

 

「これは雪ノ下のクッキーかね。綺麗にできていておいしそうだし、君の努力がよく解るよ」

「平塚先生。お世辞を言わずとも、ご自由にどうぞ?」

「え、いいの?」

「はあ。由比ヶ浜さんのお手本として作っただけですし、こんなもので良ければご遠慮なく」

 

 由比ヶ浜が手を動かしている間に、平塚は部屋の奥まで足を運んで雪ノ下に話しかけた。物欲しそうに見えたかなと思いながらも食欲には勝てない。許可も得られたので、一つまた一つとクッキーを味わっていく。

 

「うむ、旨い。君はあれだな、良い奥さんになれるな。何なら私がもらいたいぐらいだ」

「先生はもう少し、こうしたスキルを磨かれた方がよろしいかと」

「……ウボァー*1

 

 攻撃的な意図はまるでなく、あくまでも善意からの助言なのが雪ノ下の怖ろしいところだ。深手を癒やそうと、八幡にすらも理解されない古いネタを口にして気持ちを立て直すと。平塚はそのまま会話を続けた。

 

「どうやら余りそうだし、君もラッピングをしてはどうかね。私が持っていても役に立たないし、このリボンを使ってくれると嬉しいのだが?」

「ピンクのリボンは、私には似合わないと思いますが?」

 

「そんな事はないさ。レッドリボン軍*2にだって色んな人材がいるのだし、君にもピンクは合うだろう」

「仰る意味が解りませんが……合うと言って頂いた事ですし、ありがたく頂戴します」

 

 地味に「雪ノ下にはあの名作のネタすら通じないのか」と落ち込んでいる教師はさておいて。

 

 わずかに笑顔を浮かべてリボンを受け取った雪ノ下は、由比ヶ浜ほど判り易くはないものの機嫌よさげに包装を施す。

 

 顧問には「ネタのチョイスが古いから」と呆れ顔を向ける八幡だが。二人が綺麗にラッピングをしたクッキーに向ける目は優しかった。

 

 

***

 

 

 青とピンクのリボンで包まれたクッキーを見比べながら、八幡は先ほど考えていた事をぼんやりと思い出す。

 

 どうしてこの二人に限って、変なあだ名で呼ばれたりじっと見つめられても嫌な気持ちにならないのだろう。自分を見下してくる他の連中と何が違うのだろうか。

 

 たとえ雪ノ下でも由比ヶ浜でも、いっさい他人を見下さないという事はないだろう。そこまでの聖人君子は、同学年はもちろん全ての年齢層においても非常に稀なはずだ。だとすれば、二人の見下し方が他とは違うということなのか。

 

 

 八幡は、自分が誰かを見下した時の事を考える。例えばライトノベルを読んだ時だ。変な展開でも良いし変な描写でも良い。そうした作品の瑕疵を見付けて作者を見下していた時期が確かにあった。

 

 きっと同じような事をした人は大勢いると思う。ただ、その多くは見下している自分を自覚していない。改善点を指摘して質の向上を求めるのはごく少数で、プロの作家を見下す事で自分にさも価値があるかの様に思い込む奴が大半だ。俺もかつては後者だったと八幡は思う。

 

 

 翻って、この二人はどうだろうか。雪ノ下が「腐れ目谷くん」と呼ぶ事で、自身を大きく見せようという意図はあっただろうか?

 

 否。短い付き合いではあるものの、はっきりとそう断言できる。そんな事をしなくても雪ノ下は自分の価値を知っているし、身に過ぎた評価はむしろ害悪だと解っているはずだ。

 

 雪ノ下が人を見下す事を口にするのは、相手がそれに値する事をしでかした時だろう。

 

 

 では八幡を正面から見据えた時に由比ヶ浜は、より上の階層に属する自身を意識しただろうか?

 

 否。更に短い付き合いであるものの、それも断言できる。由比ヶ浜は揉め事を起こしたがるタイプではないし、話をする時にはできるだけ相手と同じ目線に立とうとしてくれる。

 

 由比ヶ浜が人を見下す事を口にするのは、相手に改善すべき何かを教えてあげる時だろう。

 

 

 こうした考え方は、もしかしたら過大評価かもしれない。知り合って間もないのに随分と絆されたものだが、八幡の内心がそれを嫌がっていないのだから仕方がない。

 

 だが、そんな八幡でも心にさざ波が立ちそうになる事がある。

 

 青とピンクのリボンで飾られたクッキー。二人はそれを誰にあげるのだろう?

 

 受け取るのが自分ではない事には、もはや失望はない。むしろそれが当然だと思う。だって、俺が二人に何を与えられるというのだろう。何度考えても結論はいつも同じ。何もないのだ。そんな奴がプレゼントを贈られるだなんて、あり得るわけがない。

 

 とはいえ二人が他の誰かにクッキーを渡す姿を想像すると、八幡の胸は痛んだ。

 

 それはいわゆる嫉妬とは少し違う。そいつに取って代わりたいわけではないからだ。この二人が贈り物をしても良いと思うのなら、それは相応の相手なのだろう。そこには全く文句はない。

 

 強いて言えば、そうした連中と一度として対等の立場に立てなかった事か。初めから敗北が決定している自分と、勝利が確定している連中と。何かが違っていれば、自分も今とは違った立場で二人と向き合う事ができたのだろうか。

 

 

 八幡はそこまで考えて思考を止める。今さら考えても仕方のない事だ。

 それに、他人にどう思われようとも、ぼっちの自分を八幡は気に入っていた。

 

 この厳しい世の中で、自分ぐらいは自分に甘くという気持ちもある。

 ラノベ作家を見下して悦に入っているだけの時も確かにあるが、見下す根拠は妥当だったという僅かながらの自負もある。本当に小さな矜持だが、根拠もなしに他人を見下す事は、見下される事が多かった八幡には我慢できる事ではなかった。

 

 この二人が人を見下すのは、相応の理由がある時だけだ。

 そんなおぼろげな信頼が、八幡をして雪ノ下と由比ヶ浜に親近感を抱かせているのだろう。

 

 

 今こそ、プロのぼっちとして振る舞うべき時だ。由比ヶ浜が、雪ノ下が誰に何をプレゼントしても平然としていられるように。せめて二人の前でだけは取り乱す事のないように。

 

 そうして八幡は、二人がクッキーを渡す相手の事を考えるのをやめた。

 

 

***

 

 

 八幡が意識を外へと向けると、由比ヶ浜の心配そうなまなざしが目に入った。

 

 もしかして、また何かやらかしてしまったのだろうか。妹にもよく指摘される気持ち悪い笑いとやらを浮かべていたのか。

 この世界ではなるべく考えないようにしていた妹のことを思い出してしまうほど、今の八幡は取り乱していた。

 

「ど、どうした。ゆ、由比ヶ浜?」

「あ、やー。大丈夫だったら良いんだけどさ。いきなりヒッキーが真面目な表情になったと思ったら、何だか苦しそうな顔をしだすから……」

 

「お、おう、すまん。あー、クッキーが悪かったわけじゃないから安心しろ」

「もう。クッキーはちゃんと作れたんだし、悪いわけないじゃん。……そりゃ失敗もあったけど、別に食べられないものが入ってるわけじゃないんだから」

 

 食べられるものしか使っていないのに大量破壊兵器を生み出す場合もあるのだと、喉元まで声が出かかったものの。済んだ事なので八幡は口をつぐんだ。今の会話のおかげで調子を取り戻せたし、由比ヶ浜を責める気分ではなかったからだ。

 

 それよりも、と考えて少し心を落ち着けて。

 八幡は事の核心を尋ねる。

 

 

「で、そのクッキーどうすんだ。今日にでも渡しに行くのか?」

「あ、えと、ど、どうしよっか?」

 

「いや、俺に聞くなよ」

「そ、それはそうなんだけど……」

 

「ま、由比ヶ浜からクッキーを貰えたら、誰だって悪い気はしないだろ」

「そ、そうなの?」

 

「あのな、男なんて単純なもんなんだよ。学級委員でちょっと親しげにされただけで、惚れて告白して振られて言い触らされてぼっちになるまである」

 

「ヒッキー?」

「あ、いや。これは友達の友達の話だからな」

 

 慌てて八幡は誤魔化そうとするが、こんな絶好の機会を逃す彼女ではない。二人の会話を静かに見守っていた雪ノ下は素敵な笑顔を浮かべながら、満を持して口を開く。

 

「ダウト。だって貴方、友達いないじゃない」

「なっ。ってお前、なんでそんな嬉しそうに人の心を抉るのよ。サドノ下さんか?」

 

「あら。一人で勝手に盛り上がって告白までするナル谷くんには言われたくないわね」

「なんでお前、あの時に付けられた俺のあだ名を知ってんだよ……」

 

 

 仲良く喧嘩を始める二人を苦笑しながら眺めていると、不意に両肩に温かな掌の感触が伝わった。続けて耳元で声がする。

 

「由比ヶ浜……どうしたいかね?」

「……言います」

 

 小さな声ながらきっぱりと答えて、由比ヶ浜は二人の方へと向き直って背筋を正した。

 その背中を軽く一叩きして、平塚は少し離れた場所から生徒たちを見守る姿勢になった。

 

 

***

 

 

 親しげに罵り合う二人の会話が途切れた頃合で、由比ヶ浜はゆっくりと口を開いた。

 

「あのね。二人にお願いしたい事があるんだけどさ」

「ええ。この際だし、できる範囲の事なら構わないわ」

「だな。乗り掛かった船だし、とりあえず言ってみれば良いんじゃね。大抵の事は部長様が何とかしてくれるだろ」

 

「ありがと。ゆきのん、ヒッキー。……二つ目のお願いは最後に言うね。で、一つ目のお願い。あたしの話を最後まで聞いて下さい!」

「もちろん、構わないわ」

「ちゃんと聴いてるから、その、なんだ。遠慮なく喋ってくれて良いぞ」

 

 おそらくは、クッキーと一緒にお礼を伝えたい相手のことだろう。八幡は少しだけ気持ちを引き締めて、それが誰であっても素直に応援しようと思った。由比ヶ浜の行動が良い結果につながるようにと願いながら、耳を傾ける。

 

 

「あのね。この高校に入学が決まって、あたし嬉しくて。入学式の日も朝早くに一度、ここの正門近くまで散歩に来たんだ。サブレ……うちの飼い犬を連れてね」

 

「でもさ。校舎を見てわくわくしてたら、いつの間にかリードを放してたみたいで。気が付いたら、サブレが道路に飛び出そうとしてたの」

 

 なるほど、と八幡は頷く。そこに颯爽と登場して助けてくれた奴にお礼を言いたいのだろう。

 

 世のイケメン様はどうしてこう俺と違って絵になる行動ができるのだろうか。俺なんていきなり車に向かって飛び出した挙句、この目のせいで「犬を助けるために」って言っても誰にも信じてもらえなかったのに。

 

 思わぬ形でダメージを受けて気持ちが沈みそうになる。それを何とか立て直して、八幡は話の続きに耳を傾けた。

 

 

「サブレの向こうから、近付いてくる車が見えて。その時あたしは怖くて動けなくて。でも、顔見知りでも何でもないのに、たまたま自転車で通りかかった男の子が、サブレを助けようとして……」

 

 うん。どうしてこうも似通った状況なのに、俺の時とは全然違った感じになるんだろうか。八幡はそんな事を考えながら、折れかけた心を必死で立て直そうと試みる。

 

 

「あたし、その時の男の子にずっとお礼が言いたくて。でも、お見舞いに行っても、お宅にお邪魔しても、いつもタイミングが悪くてお話しできなくて……」

 

 俺なんて、家族以外は誰も見舞いに来なかったもんな。

 もはや気持ちを立て直すことを放棄して、八幡は自嘲気味にそう思った。

 

 もしも俺が助けた犬の飼い主が、こいつみたいな奴だったら……。続けてそう考えかけて、八幡は即座に思考を止める。こんな良い奴に、俺の勝手な行動で引け目を感じさせては駄目だ。だから、あれで良かったんだ。

 

 

「一年以上も経って、今更お礼とか言われても呆れられちゃうかもしれないけどさ。それでもあたしは、ちゃんとお礼を言いたかったの」

 

「あのな。お前みたいな奴から心のこもったお礼を言われて、呆れる奴がいるわけないだろ。変な心配とかする暇があったら、さっさとお礼を言って来いって」

 

 折れかけた心を、そして余計な思考を振り払おうとするかのように、八幡が思わず口を挟む。

 

 

「えっ。あ、うん。……さすがにここまで話したら分かっちゃうよね」

 

「俺も雪ノ下も、お前がお礼を言いたい理由は理解したし、お前がどれだけ頑張ってクッキーを作ったかも知ってるからな。そいつが何かうだうだ言ったら雪ノ下が何とかしてくれるだろ。だから安心して行って来いって」

 

「うん……。ありがと、ヒッキー。あの時にサブレを助けてくれて」

「……へ?」

 

 

***

 

 

 教室の片隅からは、耐えきれず「ブフォッ!」と吹き出す声が聞こえてきた。雪ノ下の様子を窺うと、両手で口元を覆ってぷるぷると震えている。

 

 自分だけが事の真相を理解できていなかったのだ。八幡は急に恥ずかしくなって直前の発言を呪い始める。

 

 だが、それは長くは続かなかった。挙動不審に陥った八幡の目をしっかりと見つめながら、由比ヶ浜が話を続けたからだ。

 

「ずっと、お礼を言わないとって思ってたんだけど……。一年も掛かっちゃってごめんね。一緒に作ってたから、そんなにおいしくないって、知ってるとは思うけどさ。これでも、今のあたしが作れる、一番おいしいクッキーなんだ。これ、受け取ってくれない、かな?」

 

「……あのな。別に俺のことなら気にする必要ないぞ。お前んちの犬を助けたのも偶然だしな。俺がぼっちなんてやってるから、逆に気を遣わせちまったのかね。お礼の言葉だけで俺はもう充分だから。お前が負い目を感じる必要も、同情する必要もないからな」

 

 拒絶をしたいわけではないが、その優しさに甘えるわけにはいかない。

 

 由比ヶ浜は俺なんかに関わるよりも、トップカーストとしてクラスを盛り上げてくれたら良い。俺はそれを底辺から眺めているだけで良い。だからお礼の言葉だけを受け取って終わりだと、八幡はそう考えながら返事をした。

 

 家庭科室の空気が、瞬時に哀しげなものへと変わる。

 

「どうして、そうなるの。あたしはただ、サブレを助けてくれたお礼を伝えたかっただけなのに。なんでヒッキーは、そんな事を言うのかな。同情とか、気を遣うとか、そんなふうに思ったこと、一度もないよ。あたしは、ただ……」

 

「いや、なんつーかな。俺も、お前の犬だと知って助けたわけじゃないし。お前から手作りクッキーをもらえるほどの事をしたわけでもないし。もっと単純で些細な事なんだわ」

 

「うん。だから単純に、助けてもらったお礼でさ、これを渡したいだけなのに。……なんだか、難しくてよくわかんなくなってきちゃった。もっと簡単なことだと思ったんだけどな」

 

 八幡にそう言われて、心の中ではもう諦めているのだろう。少し無理をした明るめの口調で呟きながら、由比ヶ浜は哀しそうに笑った。遅すぎたのかもしれない。お礼なんて言われたくなかったのかもしれない。八幡が何をどう考えているのか、まるでわからない。

 

 もしも由比ヶ浜と八幡が二人きりだったら、これで話は終わったかもしれない。

 

 

「別に、難しいことではないでしょう」

 

 一つ溜息を吐いて、窓から差し込む夕日に背を向けて立ち上がると。雪ノ下が会話に加わった。

 

「由比ヶ浜さんにとって、その行動はクッキーを添えてお礼を言うに値するものだった。比企谷くんにとって、そのお礼は身に過ぎたものだった。二人の価値判断が少し違っていただけなのよ」

 

 二人も、教室の隅に陣取る教師も、無言でその言葉を聴いている。

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()()、雪ノ下は話を続ける。事故の詳細も、由比ヶ浜の二つ目のお願いも全て把握しているかのように。その口調はとても穏やかで、どこか寂しげに聞こえた。夕日が眩しいので、その表情は窺い知れない。

 

「あなたたち二人の関係は、事故に巻き込まれて始まって、すれ違いも色々あったみたいだけれど。助けた助けられたという違いはあっても、事故の被害者という点では共通しているはずよ。悪いのは、事故の加害者なのだから。間違った始まり方をしたのなら、その関係は今日でいったん終わりにして。二人はまた新しく関係を作っていけば良いと思うわ」

 

「でもじゃあ……これ、どうすればいいのかな?」

 

 クッキーを片手に、由比ヶ浜が納得しきれない様子で尋ねる。

 

「比企谷くん。今回は由比ヶ浜さんのクッキーを素直に受け取りなさい。貴方が自分の行動を過小評価する気持ちも解るのだけれど。事情を知らないままクッキー作りに協力して、一度は死を覚悟するような目にも遭ったのだから。受け取っても罰は当たらないはずよ」

 

 後半は少しいたずらっぽい口調で部員の説得を試みた。ちらりと様子を窺うと、納得はしていないものの頑なに拒絶を続けるという感じでもなさそうだ。

 

 そこまで確認した雪ノ下は、ピンクのリボンで包装されたものをゆっくりと投げた。それを八幡が怪訝な顔で受け止めたのを見て、言葉を続ける。

 

「それと。奉仕部の部員として受けた初めての依頼で、時おり挟まれる貴方の指摘は有益なものが多かったわ。その報酬として、部長からのプレゼントよ。謹んで受け取りなさい」

 

「へーへー。こんだけ上から目線のプレゼントってのも珍しいな。……由比ヶ浜、すまん。色々と変な事を言ったがな。さっきのクッキー、もらっていいか?」

 

「え、いいの?」

「なんつーか、俺が考え過ぎてただけみたいだわ。犬も助かったし、俺もクッキーをもらえるし、これで全部チャラな」

 

 口には出さないが、八幡の本音はこうだ。

 自分と関わった事が原因で、もしも由比ヶ浜が窮地に陥っても。きっと雪ノ下が助けてくれるだろう。そんな予感がしたので、八幡は裁定に従う気になった。

 

 事情はどうあれ、八幡の言葉を聞いた由比ヶ浜は曇りのない素敵な笑顔を見せる。

 

「うん。じゃあ改めて。ありがと、ヒッキー」

 

 

 二人がクッキーの贈呈を行いながら雑談を交わしている光景を眺めていると、雪ノ下の耳に恩師の声が聞こえてきた。そのまま小声で会話を交わす。

 

「雪ノ下。君はこれでいいのかね?」

「ええ。今日のところは、二人の関係が丸く収まった事で良しとしませんか?」

 

「ふむ。君が良いと言うなら無理強いはしないがね」

「私も、きちんと二人と話をしようと思います。その時は今日みたいに、同席して頂けますか?」

 

「ああ。それぐらいの事ができないようでは教師の名折れというものだ。君が頼みごとをするのは珍しいし、任せておきたまえ」

 

 まるでその話が終わるのを待っていたかのように、元気な声が教室に響く。

 

「ゆきのん、ヒッキー、平塚先生。あたしの二つ目のお願い。あたしを奉仕部に入れて下さい。あたしも二人と一緒に、誰かの力になれるような事をしたいから」

 

 教師と顔を見合わせて、雪ノ下はゆっくりと答えを返す。

 

「由比ヶ浜さん。貴女はもう既に、奉仕部の一員なのよ?」

「……え?」

「ここに来る前に、平塚先生に『クラスと名前を書け』って小さな用紙を渡されたでしょう。それ、入部届だったのだけれど……」

 

 教室内に優しい笑い声が響く。

 こうして由比ヶ浜が入部を果たし、奉仕部は三人体制となった。

 

*1
「ファイナルファンタジーⅡ」(1988年)でパラメキア皇帝が口にした断末魔の叫び。

*2
鳥山明「ドラゴンボール」(1984年〜1995年)初期に登場した世界征服を目論む悪の軍団。




次回は週の半ばの更新になります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
少し分かりにくいと思われる箇所に簡単な説明を加えました。大筋に変更はありません。(6/9)
同様に簡単な説明を加えました。大筋に変更はありません。(7/14)
改めて推敲を重ね、以下の解説を付け足し、前書きと後書きを簡略化しました。(2018/11/17)


■細かな元ネタの参照先
「そりゃ先生だけだ」:原作1巻p.77
「青とピンクのリボン」:原作6.5巻p.474

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