「さぁさぁ! どうしたんですかぁ!?」
リーベンスの猛攻は、シャオンの体を確実に削っていく。
通常の人間と戦うのとは違い、人体では不可能な、変幻自在の黒い腕の攻撃は何度目の戦いでもなれることはない。
ロズワールによってだいぶ鍛えられたシャオンでも、苦戦を強いられている。
そもそもこちらが学んだのは対人間用の戦闘方法だ、腕が伸びる相手との戦闘など想定していない。
「ロズワールに文句の一つも言いたいところだけど……」
愉快に笑うあのピエロ顔にイラつきを覚えながらも、理不尽な怒りではある。
まぁ、自身が教わったのは各党や魔法だけではなく、そもそも特殊な能力も持っているのだ。ならば、
「無駄遣いはできないけど――不可視の」
発動のタイミング、その瞬間―――時が止まった。
□
暖かな日差しの中、シャオンはいた。
緑の匂いが鼻腔をくすぐり、小鳥のさえずりを聞きながら、いままでの暗闇とは打って変わったその場所で、シャオンは一人の存在を見つける。
降り積もる雪原のように白い印象の少女だ。
シャオンと同じように背中にかかるほどの長さの髪は、雪を映したような儚げな純白で、露出の少ない肌はまた透き通るほどに美しく、世界からは浮いているようなものだ。
理知的な輝きを灯す双眸と、身にまとう簡素な衣装は漆黒。ドレス、というよりも喪服のようなどこか少し不気味さを覚える彼女だが、それすら気にならないほどの、誰もが見惚れてしまうほどの美貌。
いや、見惚れていた、とは少し違う。
どこかで、見たことがあるような、そんな引っ掛かりを覚えていただけだ。
だが、元の世界にこのような女性がいたなら必ず記憶にその足跡を残すだろうし、こちらの世界でもその美貌を見たのならば目に焼きついてはいるはずだ。だから、彼女とは初対面のはず。だが、言いきれない、この感覚は一体なんなのだろうか。
そんなシャオンの疑問は目の前の彼女に伝わる訳もない。彼女はゆっくりと口を開き、透き通るような声で語り掛けてきた。
『これは忠告だ、ボクとしては歓迎すべきことなんだけど、契約には従わないといけないからね』
非常に残念だ、と肩を竦めて見せるその姿は、言葉とは裏腹にそれすらも楽しんでいるように、まるでこちらをからかっているように見える。
だが纏う雰囲気は冗談ではないと暗にこちらに伝えてくるほどに真剣そのもの。
『まだ余裕はあるようだが、能力を使いすぎたことで、近いうち君は寄り添うものとして覚醒するだろう』
――寄り添うもの。聞いたことがない単語に頭をひねると、彼女は吹き出したように笑う。
『君のそんな仕草を見るのも久しぶりだね、正確な名称は違うだろうけど、キミが好きな呼び方だったから使わせてもらったよ』
頭の中が沸騰しているかのような熱、そして割れそうになるほどの痛みに半ば怒鳴るように目の前の女性に訊ねる。
「――誰だよ、アンタ……! ここで、なにを、いや、魔女教は――」
『ボクの名前を伝えたところでキミは気づかないだろうね』
シャオンの問いに僅かに悲しそうに瞳を揺らす。
しかし、それも数秒のうちに先ほどのような空洞のような瞳へと戻る。
光の一切ない、泥のような黒い瞳。
思わずシャオンは恐怖におののき、身を反らすがそれすらも面白そうに彼女は口角をあげる。
『――――忠告はしたよ、いつかその日が来たら会おう』
そう言って背を向く、彼女の姿は薄れていく。
それを見てシャオンは、動かない時の中で、体は自然と動いていた。
その手は、自然に伸び、彼女を掴む。女性は初めて、心の底から驚いたように目を見開きこちらを見た。
「まって、ください。あ、なたは、どこかで会ったことが」
たどたどしくも口を開く。
離れてほしくない、という意味も込めて、彼女の服の裾を掴む。
ようやく会えた、という理解ができない感情が、体を動かす。
恐らく幻覚であろう彼女は、驚くことに触れることが可能だった。彼女は、こちらが全て伝え終わるまできっちりと待ち、そして答えた。
『――やめてくれよ、君のそんな珍しい表情は、ボクの数少ない母性本能を擽るものがある』
冗談なのか本気なのかわからない声色で目の前の女性は小さく笑う。そして、小さくかぶりを振り、こちらの唇へと指をつける。
まるで、親が子供を嗜めるようなそんな優しさのこもったその仕草に思わずどきりと、心臓が跳ねる。
『駄目だ。知りたいのならば君自身が動かなくてはいけない――――知ることを恐れてはいけない』
そう告げ、彼女はシャオンの頭を撫で、今度こそ背を向ける。
『じゃあね、シャオン。愛しきワタシの弟子』
今度こそ振り返ることもなく、シャオンも動かない。
彼女はそれこそ雪のようにどこかへ溶けるように消えていったのだ。
◇
「――あ?」
意識が覚醒する。
目の前に広がったのは黒い腕だ。
そして直後に、自身に迫ってきている存在、死を理解し不可視の手の使用を中止し、魔法を唱える。
「アル・ヒューマ!」
足元から生えた氷の柱が蟲の一撃をはじく。どうやら、戦闘中に意識を飛ばしていたらしい。
先ほどの光景も気にはなるが今は目の前の戦闘に前意識を集中させなければならない、そもそも白鯨の討伐を勘付かせないためにいろいろと裏で工作をしているのだ。先ほどの幻覚の所為でそれが台無しになってしまっては笑い話にすらならないだろう。
意識を集中し、確認する。
現在風魔法で音をできる限りでかき消し、有効であろう炎の魔法は闇を晴らさせないように使用を避けている。こちらは両方続けられているようだ。
ではこれからの動きについて再度作戦を勘上げる。
マナの消費量を考慮するならばあまり魔法の頻発はできない。かといって不可視の手などの能力を使いすぎた際に起こるデメリットも無視はできないため、能力の過剰な使用は駄目だろう。先ほどの幻覚現象も起きる恐れがあれば、気を付けなければならない。
ただ、シャオンは近づいてきたリーベンスの顔面に向けてえぐるような鋭い回し蹴りを放つ。
「ざぁんねん」
蟲の集合体である彼女の体は、物理的な攻撃自体は効果が薄い。衝撃が伝わる前にその肉体を変化させて一撃を避ける。
そして、彼女の頭部だった部分がかぎ爪のように変化し、シャオンの足を捕らえる。
骨のきしむ音共に、肉体が裂かれる感覚を覚える。
このままでは折られるどころか切断されてしまう。そう考え、シャオンは自身の足を巻き込むつもりで、不可視の手を発動する。
そっと拳を、掴まれた足へと当て、傷を癒す。
浅慮な考えはいけない、結果的に追い込まれることになるのだから
魔法は、効果なし、肉体による攻撃も意味がなし。で、あれば仕方ない。第二段階の決行、あの能力の使用だ、これでやられたのならば死を覚悟する必要がある。
「まぁ、もともと死は覚悟の物、死んでも超える覚悟って言う意味だけど」
「良い覚悟です。貴方の体はしっかりと、中身を食い尽くして、ちゃーんと使い切りますよぉ、ご安心を」
言葉通り、口を三日月のように歪める。よだれを垂らしながら目をぎらつかせる、その様子は腹を空かしている獣そのものだ。
その気になればシャオンの体を一口で食いつくすことなど造作でもないだろう。
だがそれも覚悟の上、だ。
「そりゃどうも、ならついでに、これも喰らってくれ」
息を吸い込み、集中する。
瞬間、自身の体に熱がこもり、何かが抜け出ていく感覚を感じる。
それを繋ぎ止め、発する。
「――――魅了の」
視界にノイズが走る。
そして一瞬映るのは桃色の髪をした女性の姿だった。
見覚えはない、だが、どこかで見覚えはあると訴えてくる矛盾。
この技は、この権能の名前は違ったはずだ。
もっと、ふさわしい、本来の持ち主と同じ名称にするべきだ、いくら模倣とはいえ、素晴らしい価値がある技なのだ、敬意を払うべきだ。
そう考え、シャオンはその技を、権能を宣言する。
「――無貌の花嫁」
妙になじんだその言葉。
その言葉を口にしたと同時に、ノイズは晴れる。
一瞬、一人の少女の姿を目にした。
桜のようにな淡い桃色の髪に、庇護欲を煽るであろう小柄な体。地面についてしまうほどの長さの緑色のマフラー。
そんな特徴的な一人の少女が、口を開く。
声は聞こえなかった、ただ唇のその動きで何を伝えたかはシャオンにもわかった。
『――待ってる』
目元に涙を浮かべたその少女は、そして――消えた。
□
「無貌の花嫁」
そんな言葉を目の前の少年はつぶやいた。
聞いたこともない単語に、僅かに警戒を強める。
先ほどの視認ができない一撃、傷がついてもすぐに回復できる能力。
それに加えてまだ隠していた技があるという。
導き手である彼はやはり凡庸な存在ではない、叶うのならば生け捕りが望ましいが、場合によっては四肢をもぐなどの手荒な真似も考えねばならない。
しかし、何も起きない。警戒をし過ぎたかと気を緩めたその瞬間、腕がボトリ、と落ちた。
「は?」
身体を構築している蟲達が、リーベンスのいうことを効かない。
自己が保てなくなる。地面へとついたもう片方の手は形が保てずに崩れかけていく。無くなっていた痛覚がよみがえるように、リーベンスの体を襲う。
一体何が起きたのだろうか、わからない。
態勢を整えなければいけない、だがそのためにどうすればいいのかが、策が、頭に入ってこない。
混沌の中、男の声が妙にはっきりと聞こえた。
「賭けに勝ったようだな」
「なに、を」
「第二段階成功って、ことだよ……まぁ仕留めきれないのは予想外だが」
第二段階、賭け。
意味が分からない、わからないが、何かを仕掛けられたのはわかる、そうしてようやく気付いた――真に追い詰められたのは、追い詰めたのは、どちらなのかを。
□
リーベンスの身体が崩壊していく様子を見ながら、シャオンは喜びの色を隠さずに口を歪める。
しかし急な自己の崩壊に理解が追い付いていない彼女は、こちらへ問いかける。
簡単な話だ、これはシャオンの能力の効果によるものだ。
シャオンの持つ能力のうちの一つ、魅了の燐光は簡単に言うならば生物を操るものだと、シャオンは理解している。
彼女の体を構築する蟲の大多数はシャオンの能力によってリーベンスによる制御から無理矢理離れさせたのだ。
贅沢を言うならば今の一撃で完全に無効化したかったようだが、既に死体である蟲達、命があるものではないから効果が薄かったのか、それとも彼女の執念がこちらの能力を上回ったのかはわからない。
だが、目の前の怪物は、もう討伐可能なただの狂人だ。もちろん、そんな説明はしてやらないが、
「白鯨、白鯨、はくげい!」
懐から取り出した小箱に、叫ぶその姿はいままで余裕を持っていた姿は跡形もなく、いっそ可哀想だという感情すら抱くほどに惨めなものだった。
その視線にすら気づかないほど、必死で白鯨の名を叫び続ける。だが、いくら待っても彼女の求めるあの怪物は姿を現さない。
それもそうだ、あっちはあっちでいま命がけの戦いをしているのだろうから。
「無理だぜ、リーベンス嬢。あの怪物はスバルが止めている」
「ば、ばかな! あの、魔女の遺産が、止められるものか!」
シャオンの言葉にリーベンスは反論する。
だが、いくら呼び出しても、待っても来ない状況に、信じたくない現実を認めたのかもしれない。
しかし、目に宿る戦意は衰えていない。
「穿て!」
とっさに放った一撃は今までの一撃の中でも遅く、単純で、首を傾けるだけで避けられるものだ。
そして返す刃で掌底を鼻の頭へと放つ。
今までと同じならばこの攻撃すら意味がないもの、すぐに蟲が衝撃を逸らしてしまうだろう。だが、
「が、ぁあ!?」
「ようやく、ようやく痛手を味合わせられたな」
確かな手ごたえと共に、苦痛の声を上げる彼女の様子を見て、自身の攻撃が効いていると確信に至る。とはいっても彼女が抱えている蟲の数は膨大ですぐに新しく肉がつながり、元に戻る。
以前と違うのはその速さが目に見えるほどに遅いことだろう。
「おっと、そして――ゴーア」
空高く、花火のように一つの火球が打ちあがる。それは小さなものではあったが注視していれば気付けるもの。
目の前で唸っているリーベンスはその一撃を気にする余裕はなく、ただただ状況の把握に努めていたようだ。
「――気づけよ、二人とも」
白鯨討伐を悟らせないのが第一段階、第二段階が魅了の燐光によるリーベンスの弱体化。
あわよくば第二段階で終わってほしかったが、もしものことを考えて次の作戦も用意していて正解だった。
そう、一瞬の花火を見上げ考えていると、背筋に氷柱を入れられたような、冷たい声が聞こえた。
「許さない」
声の主はリーベンス、だろう。
確証に至らないのは、その見た目がシャオンの知るそれとは大きくかけ離れたものへと変貌していたからだ。
「あの人を、待つために用意した体が、私達を崩しやがって、責任を、とれ」
巨体、小柄、中肉中背と姿がパノラマ写真のように切り替わり、ブレていく。そして、それが落ち着く時には、
シャオンを見下ろすほどの、文字通りの怪物になった。
一匹の巨大な虫だ。
蜘蛛のような複数の手足に、毒々しい蝶の羽、そしてすべてを切裂くことが出来るだろう鋭い鎌。
そんな複数の蟲が合わさったような、魔獣が叫ぶ。
「お前の体をよこせぇぇぇぇえええええ!」
その咆哮は、先ほどまでの余裕を吹き飛ばす。
体中に震えが走り、鳥肌が立つ。
だが、
「悪いね、自分自身の体には意外と執着があるもんで!」
震える足に、喝を打ち、目の前の敵をただ見る。
よく見るのならばなんてことはない存在だ。
ようやく追い詰めたのだ、今までは姿すらはっきりと見えなかった絶望の存在が、姿を現しわめいている。
希望は、明日はもう目の前なのだ。
「そう簡単には、とられない」
それだけで震えはもう止まっていた。
□
「ゴーア、ゴーア、エル・ゴーア!」
こぶしよりも少し大きい火の玉がリーベンスへと直線的に向かっていく。
当たれば文字通り溶けるだろうその一撃を、リーベンスは避けるそぶりを見せない。
当然、火球の一撃は彼女の体を焼くが、それも一瞬だけだ。どうやら魅了の燐光による効果で制御が効かなくなっても、膨大な数の蟲は完全に動きを止めていない。
蟲達の膨大なその数で炎が押しつぶされているのだ、効果は薄い。
「わたしは、死なない。あの人を、またなきゃ」
ぶつぶつとつぶやきながら彼女の体はぐにゃりと、変則的に形を変えていく。
数本の手足を伸ばし、その先端には獲物を逃がさない様な鋭い爪が、鎌が備え付けられている。
黒く光るその爪に当たってしまえば、ただでは済まないだろう。
精度が落ちた彼女の一撃が当たれば、だが。
「待つにはこの体じゃダメ、もっとちゃんとした体じゃなきゃ……」
「エル・ヒューマ!」
自身に言い聞かせるように呟いている彼女の顔面を、鋭い氷柱の先端が大きく抉る。
本来であれば流れ出る血の代わりに、蟲の死骸が散らばる。
だが空いた穴を埋めるように、すぐに蟲が集まりその肉体を再構成する。
「お宅の身体、もうだいぶ削ったのにまだまだ元気みたいだね……こうなればもっときつめのをお見舞いしたほうがよかったか?」
「減らず口を、たたくなぁ!」
押し寄せてくる漆黒の掌、津波のように視界を覆い尽くすそれが、シャオンを丸ごと呑み込み、押し潰そうとする。
文字通り蟲を払うように、不可視の腕を使えばこの程度の攻撃は対処ができる。
そう思った瞬間、シャオンの行動が一瞬遅れた。理由は声だ、リーベンスのその声を聞いてしまったからだ。
「私は、私達は何も悪いことをしていなかったのに!」
間延びしたような声でもなく、狂人のような声でもなく、一人の女性の、嘆きの声だ。
シャオンが彼女に対して抱いていた感情は怒りや、憎しみ、理解が不能という恐怖だけだった。
その印象を塗り替えるような、本当に普通の人間の叫びだったのだ。
「ただ、ただ幸せを祈って――」
それがリーベンスの口から聞こえ、シャオンの動きを止めた。
そして、
「――それでも、他人から奪う理由には決してならねぇよ、当たり前なことだ」
言葉は驚くほどに落ちつき、はっきりと声に出せた。
「俺たちも、自分の幸せを守るために、アンタの幸せを奪う。悪く思え」
不可視の手の使用を止める。
諦め、ではない。
ただ、信じていた――彼らの到着を、そしてそれが、実ったことを確信したのだ。
「――クラリスタ」
虹色の輝きの一閃が、迫りくる黒を払う。
煌めきが乱舞し、光の乱反射を浴びせながら刃の軌跡を輝きで描く。その軌跡の過程にあったはずの欲望は消失し、広がっていたはずの鮮血の結末もまたない。
何が起こったのか理解できないリーベンスが、次の動作をするよりも前に、早く、虹の向こうから獅子のように駆けてきたその大男は割くように動く。
「――割星」
空間に罅が入ったような音が聞こえた。かと思うとパン、という乾いた音ともにリーベンスの上半身のみが大きく後方へと吹き飛ぶ。
泣き別れた下半身はわずかに動いた後空気中に霧散し、後には何もない。
「どうやら、間に合ったようだね」
透き通るような声の主は、細身の剣を抜き放ち、悠然と駆けてきた地竜から降り立つ美丈夫。
薄紫の髪を風に揺らし、近衛の制服の裾をたなびかせる姿はまさに物語に出てくる騎士そのもの。
「女の顔を殴るなんて正直趣味じゃねぇけど、怪物なら話は別だ」
対して鼻息を一つ鳴らしながら、拳を打ち鳴らしたのは一人の男だ。
シャオンにとって、あの拳の硬さと恐ろしさは身をもって味わっている。だが、敵であるときはあんなに恐ろしい存在だったが、味方になればどれほどの心強さになるかも同時に証明をしていたのだ。
「遅れてすまなかったね、シャオン」
「いや、十分だよ……まさかタイミングを待っていたとかはないよな?」
「おや、心外だね。合図を見て急いできたというのに」
優雅に笑うその様子を見て変わらない。
キザではあるがそれこそが彼にあっている、そんな振る舞いに思わず笑ってしまう。
そして、そんなシャオンの頭を大男は乱暴に撫でる。
「つか、もっと大きな合図をしろよな、こう、でっかいやつ」
「はは、それに関してはすいません」
最優の騎士、ユリウス・ユークリウス。
竜砕き、ウルツァイト・パトロス。
これがシャオンが、正確にはシャオンとスバルが用意した応援だ。
前回の世界で、起こったレムとリーベンスが操られる現象、それを避けるための明確な条件はわからない。
2人の共通点である鬼、つまりは人ではないことと、女性という条件は確実に外す必要があった。
亜人ではなく、かつ女性ではない人物。クルシュの陣営は白鯨討伐があるため、必要以上に人員は割けない。そうなれば残るはアナスタシアと一般の傭兵から力を借りる必要がある。
一般の傭兵ではこのような命を捨てるような仕事は受けないだろうし、何よりも戦力に不安がある。
戦力は十分ではあるが、アナスタシアの鉄の牙は殆どが亜人で構成されている。
手詰まりかと思った状況。そんな中本当に、運よく条件が合う人物を見繕うことが出来たのは、アナスタシアの陣営からこの二人の力を借りることが出来たのは奇跡だ。
おかげで色々と後が怖いが、十分だ。交渉を担当したのはアリシアだ、無茶な代償は払わせないだろう。
「さて、軽口はお終いだ……まだ息があるんだろ」
「ええ……でも」
ルツの言葉に吹き飛んだ彼女を見る。
起き上がる力もないリーベンスではあるが、まだ動いてはいる。
脅威は去ったが、確実にとどめを刺さなければならない。それほどまでに、油断はならない敵だ。
「……詰みだ、リーベンス嬢」
もう、目の前の怪物に勝利の目はない。
あとは、シャオンが息の根を、彼女の、人間の命を止めるだけだ。