Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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忘れないで

あの娘のためになんでもしてきた。

自らの時間を捧げ、自らの体を捧げ、自らの心を贄に捧げた。傷ついても心折れることなく貢献してきた。

全てはあの娘のために、全てはあの娘のためにーー全てはあの娘のために。

だが――いつからだろう。あの娘のためが、自分のためになったのは。

 

 

「だぁー! ちくしょーめぇ! なんなんすかあの目つき悪い男は! ナツキスバルだよ知ってるよっ!」

 

グラスをカウンターにたたきつけ、がなり散らすアリシア。勢いよくたたきつけたようだが、グラスに罅一つ入っていないことから加減はしていたようだ。

アリシアとシャオンがいるのはとある酒場だ。

というのもルツが奢るからと無理矢理連れてきたのだ。

スバルとの一件で落ち込んでいたシャオンを見てアリシアからルツに相談があって、気分転換に飲みに行こうという結論になったようだ。

 

「もう一杯!」 

「……アリシアはなんでこんなに荒れてんだよ」

 

 自らの娘が荒れているのを見て、呆れを抱きながらもシャオンに理由を尋ねてくるルツ。

 ユリウスとスバルのやり取りを聞いていないのか、そもそもスバルのことをルツは知らないのだろうか。

 

「お前らが王城に向かったとき俺は鉄の牙で仕事してたからな」

 

 アリシアから話は聞いたらしいが少しだけだったのだろう。ということはそもそも王間でのやり取りも把握していないのか。

 

「ああ、いい! 喋りにくいんだったら喋らなくて。お前さんの顔見ればなにか面倒なことが起きたのは察しがついた」

 

事情を話そうと口を開こうとしたシャオンに、ルツは手を振り喋るのを止めさせる。

 

「……まぁ、色々あって、それで俺の代わりに吐き出してくれてんですよ、この子は」

「シャオンもシャオンすよ! なんで言われっぱなしなんすか! 少なくともあんたは間違っていないでしょ!」

 

 シャオンの発言に反応したかのようにアリシアは赤ら顔でこちらにかみつく。絡み酒ではあるのだが、こちらを心配してのものだ、可愛い絡みとでもいうべきか。

 

「それで? 話は少し変わるが、これからどうすんだ」

「一応、エミリア嬢には待ってもらうように頼みました。アリシアも色々と準備が必要でしたし」

 

アリシアを軽く相手しながらルツにこれからの予定を説明する。

 もともとはすぐにロズワール邸に戻る予定ではあったがアリシアの準備が必要だったためもあり、もう一日アナスタシアの屋敷に留まることになったのだ。

「うー、もう一杯!」

「ほらよ」

 

まともに相手にされていないと気づいたのか、不満げにアリシアは酒を要求。

ルツから新たに中身の入ったコップを奪い取るようにもらい、アリシアは喉を鳴らしながら一気に自らの体に注ぎ込んだ。そして――

 

「――お茶じゃないっすか! コレ!」

 

律儀に中身を飲み干してから突っ込みをいれたのだ。

 

「うぇーい、くそぅ」

 

耳まで顔を赤くさせ、酒臭い息を吐きながらいまだに酒をのみ続けるアリシア。呂律も回っておらず、酔いが大分来ているのがわかる。

流石に不安になり保護者であるルツに判断を託そうとするが、

 

「あの、ルツさん。アリシア、やばくないっすか?」

「ああ、大丈夫だ。まだ鬼化してないから」

「その基準はどうかと思いますが!?」

 

吐いていないからセーフ。倒れていないからセーフのような判断をされても遅いのだ。ましてや鬼化していないから大丈夫というのは意味がわからない。

「冗談だよ、そろそろ潰れるはずだから安心しな」

 

ルツの言葉通り、アリシアの意識は結構朧気で、そしてついにはーー

 

「ふがっ」

 

顔面をカウンターに強打、彼女は動かない。

 

「大丈夫かー?」

「むにゃ……シャオぉん、おんぶー」

「はいはい、思う存分甘えてろ。それじゃあお会計にいくか。俺はまだ飲みに行くが、お前さんはアリシアを頼むわ」

 

心配していたルツだったがすぐに呆れ、突き放す。

そしてシャオンをみて「指名だ」と言いたげに指差す。仕方ないので彼女を背負い、この店を出ることにする。

軽い体だったので酒が入っていても無事に屋敷まで連れていけそうだ。

 

「とりあえず、明日ゆっくりしていきな。これからは敵同士になるんだ、今少しは仲良くやろうぜ」

 

会計で笑いながら彼は財布からお金をだし、釣り銭をもらわずに立ち去る。

その豪快さに、気前のよさに色々とあったが彼は悪い人間ではないのだと、認識を改めたシャオンだった。

 

 

「なるほどなぁ、それでアリィは二日酔いで寝てると。アホやないの?」

「ごもっともで」

 

笑いながらアナスタシアは駒を動かす。

現在シャオンはアナスタシアに呼ばれて彼女の部屋にいた。

なにか用事かと覚悟していたが、「暇ならやらへん?」という言葉で始まったこのシャトランジという遊技。

囲碁や将棋、チェスなどを合わせたようなこの遊技。癖はあるが、独特の楽しさがある。

そして素人ながらに善戦していると、彼女が口を開いた。

 

「あんな、ヒナヅキくん」

「はい?」

「ウチの陣営にこうへん?」

 

 ピタリ、と一瞬だが駒を持つシャオンの手が止まる。

しかしそれも刹那ほどの瞬間で、すぐに盤上に駒が置かれる。

 

「あのですね、アナスタシア嬢。何度も言いますが――」

「ヒナヅキくん」

 

 アナスタシアの強い呼掛け。仕方なくシャオンは頭ごなしの否定の言葉ではなく、理由を訊ねることにした。

 

「……貴女の陣営が人手不足というわけでもないでしょう」

「勿論、鉄の牙以外にも金をかければほかにも伝手はある。でも、それとは別にほしいんよ」

 

王を目指す理由が欲そのものである彼女らしく、ただほしいという願望でシャオンを勧誘している。そして、彼女はナツキスバルとのやり取りも知っているはずだ。

 

「弱っているときに狙うなんて、いい女ですね。この女狐」

「弱っている獲物に躊躇なんてせえへんやろ? それと同じこと……かわいいわぁ、兎みたいで」

 

皮肉を込めた言葉に、皮肉で返される。

だが即興での舌戦で勝てるほど甘い相手ではない

 

「ウチにつくなら望むもんは全財産以外だったらすべてあげてもええよ。勿論ーーウチをもらてもええよ」

 

襟を胸元が見えるようにさげ、僅かだったが薄い桃色の下着が見えた。

そして怪しげな光を瞳に宿らせこちらを見る彼女は妖艶で、シャオンもドキリとさせられてしまう。だが、頭を振り不埒な欲望を振り払う。

 

「なんでそこまで期待されてんですか」

「ウチの勘が言うてるんよ。ヒナヅキくんを手元におけば”必ず得する”って」

 

――勘。

たったそれだけで、自らの貞操を差し出そうと言うのか。

彼女のその剛胆に舌を巻くが、もっとその身を大事にして、周りにいる彼女を慕う者達の気持ちも考えてやってほしい。

だがその懇願は口に出さずに飲み込む。それは彼女の方針に口を出すことになる可能性がある。

 

「そんで? 答えは?」

 

ただ否定したところですんなりと納得される可能性は低い。だから、

 

「保留、ということでも」

「ええよ、ただ時期が長引くほどウチに来たときつろうなるよ?」

 

それは十分に承知の上だ。

アナスタシアに下るとなれば、今までエミリア陣営で得た情報を洗いざらい話す必要がある。そうすればシャオンの心は罪悪感に襲われる。

契約による口止めも考えられるがそれはそれでアナスタシア側に対しての罪悪感が湧くかもしれない。

話したいのに、話せない。

そんな状態になるのは勘弁してもらいたい。只でさえ"死に戻り"について言及出来ず辛い思いをしているのだから。

 

とにかくこの話はあまりしたくない。だから――

 

「――詰め、です。負けですよ、アナスタシア孃」

まずは話を変えるために、彼女との勝負を終わらせる。

敗北を告げられたアナスタシアは盤上とシャオンを交互に眺め、

 

「思いの外、ウチも緊張してたって、わけやな」

 

たはは、と。アナスタシアは僅かに染めた頬を照れ臭そうにかいたのだ。

 

アナスタシアとの対戦を終え、彼女は仕事をするために出ていき、シャオンは手持ちぶさただ。

縁側に似た場所でなにも考えずに外を見ているとこちらに近づく足音。

 

「なにやってるんすか」

「うん? うーん、瞑想?」

 

やって来たのはアリシア。ようやく目を覚ましたらしい。

 

「よくわかんないことしてるっすね」

 

隣に座るアリシア。彼女の顔色はいつも通りではあるが若干の隈が残っている。

 

「二日酔いは醒めたかい?」

「まぁまぁ。でも流石に組手を挑むほど万全じゃないっす」

 

恥ずかしそうにしている彼女は昨日荒れていた人物とは同じようには見えない。酒の力って怖い。

 

「荷作りも大分終わったので、気分転換に縁側で一服しようとしたら、悩みを抱えているおじいちゃんがいたっすから」

 

「おじいちゃんて」

 

だが、確かに端から見ればそう見えていても仕方ない。それほどまでに暗い雰囲気を醸し出していたのだろう。

 

「ほらほら、悩める若人よ。あたしに話してみるっすよー」

「ええい、暑苦しい」

 

まとわりつく彼女を無理矢理引き離すも、彼女の表情からは話すまで離さないと言いたげだ。

それを見てシャオンは仕方なく"本音"を話すことにした。

 

「俺が今までやってきたこと、スバルにとって迷惑だったのかな、と」

 

彼の言葉を、回想し、シャオンがポツリと溢す。

 

「前も似たようなことがあって、結局俺は学んでいないんだなぁって。やっぱり前に出すぎたのかな」

 

話の中心に入らず、外側から見守り手助けをする。主にならず、ただ寄り添う。

それがシャオンの行動指針であり、役割だと考えていた。

それを今回、ロズワールの思惑のせいではあるが破ってしまい、その結果が現在だ。

 

「ーーシャオン」

 

名を呼ばれ、顔を彼女の方へ向けると、

 

「ていっ」

「あたっ」

 

デコピンをされ、思わず仰け反る。

彼女の行動に文句を唱えるよりも早くアリシアは指を立て、

 

「確かにスバルにとっては、シャオンがやって来たことはいい顔できないと思うっすよ。彼の立場なくなっちゃったすから」

 

取り繕うことなく、彼女は自分の意見を口にする。

シャオンが不安に思っていることをあえて同意し、話を続ける。

 

「でも、シャオンがやってきたことで救われる人物もいる。確実に一人は」

 

胸元に手を当て、彼女は思い返すような仕草をしている。

内容はあの時のーールツとシャオンが戦ったときのことを思い出しているのだろう。

シャオンとしてはボロボロにされた恥ずかしい出来事ではあるが、彼女にとってはエミリア陣営につくことになった大事な出来事なのだろう。

 

「それを、忘れないで。ヒナヅキ・シャオン、貴方は私を救ったの」

 

真剣な表情でこちらを見つめる彼女に、思わず目をそらしそうになるが彼女はそれを許さず、こちらの顔を両手で押さえ若葉色の瞳がシャオンを真っ直ぐにとらえ続ける。

どれくらいたっただろうか、満足したのかアリシアは花笑みを浮かべてシャオンを離す。

 

「なぁに、スバルもすぐに機嫌をなおしてくれるっすよ! 」

 

「ーーそんなもんかねぇ」

「そんなもんすよ」

 

納得がいったような、いっていないようなそんな感覚。

だが、それでも心が僅かに軽くなったのは事実だった。

 

 

「きぃつけてや、最近は物騒やからな」

 

屋敷をたつ日、アナスタシア達が見送りに来てくれた。

 

「悪いっすね、竜車も貸してくれるなんて」

 

「構へんよ。親友」

 

申し訳なさそうにいうアリシアに対してアナスタシアは短く気にするなと言う旨を伝える。

そのやり取りを見て彼女らの仲の良さが十分にわかった。

二人を見ていると、袖を引っ張られた。

ちらりと見るとそこには小さな獣人の女の子と男の子。彼女達はルツとシャオンの決闘をみて、シャオンのファンになったのだ。

彼女達も見送りに来てくれたのだろう。

 

「サインありがとうございましたー!」

 

「お安いご用だよ。あ、ちょっと聞きたいんですけど、王都からだと屋敷までどれぐらいですかね?」

 

 記憶が確かならば、屋敷から王都までの道行にかかった時間はおおよそ七、八時間前後であったように記憶している。ともなれば、移動にかかる時間は長く見ても半日のはずだが、

 

「竜車を乗り継ぐことも考えると……二日、ないしは三日かかるはずやね」

 

「三日!?」

 

 それでは行きと帰りのかかる時間の差が大きすぎる。昼夜問わず走り続ければ、そこまでの差はつかないはずだ。

 しかし、シャオンの当然の疑問はアリシアの首振りに否定される。

 

「来る時に使えたリーファウス街道が今は使えないっす。時期悪く『霧』が発生する時期っすから遠回りすることを考えないと」

 

「霧?」

 

「――白鯨の霧。やっこさんに万一遭遇したら命がないやろ? 大人しく迂回しとき」

 

周囲はそれ以上語る必要はないと言うように口を閉ざす。

事情はわからないが、ここは合わせるようにした。

 

 

竜車を走らせて六時間はたった頃、二人は竜車を止めお昼をとり、用意されていたおにぎりを口にしながらこのあとの予定を話していた。

 

「このペースだと到着するまえに日が暮れちゃうっす。夜間の移動は夜盗や魔獣と遭遇する確率も高くなるから今日は近くの村で宿を取るべきだとおもうんすけど」

 

「近くの村……ってのは、ハヌマスとかって名前だったけど、その村か?」

 

 事前に教えてもらった村の名前を口にするが、アリシアはおにぎりを食べ終えてからゆっくりと首を横に振る。

 

「ハヌマスまで行くにはまだまだかかるっすね。もうすぐ見えるのはフルールって村っす」

 

 指についた米を舐めとり、アリシアは太陽を見る。

 

「残念っすけどここからハヌマスまで行くと到着するのが日付の変わる頃になるっす。そうすると宿が取れない。まぁ、どちらにせよ竜車の手配は夜中には難しいのでゆっくり行くっす」

 

「それもそうか。ハヌマスに着けば終了って話じゃない、か……ならフルールで泊まって竜車を休ませるのは?」

「あ、それいいっすね。朝イチで出れば明日中にはアーラム村に戻れるはずっす」

 

シャオンの提案にアリシアは首肯し、お茶を飲み干す。

 

「それじゃあ出発進行っ!」

 

アリシアが御者台に乗り、シャオンも乗り込む。そして勢いよく竜車を走らせようとしたその矢先。目の前に、正確には竜車を引く地竜の前になにかが現れた。

 

「ま、待ってくださーい!」

「うわっ、と!」

間一髪手綱を引き、接触前に地竜を止めることができた。

事故を起こすことがなく二人して安堵の息を吐く。下手すれば死人を出してしまっていたかもしれないのだ。とにかく止められて良かった。

 

「あ、あぶねぇっす! どこに目ぇつけてんですか!――って」

 

安心して、怒りが湧いてきたのか怒鳴るアリシアだったが、飛び込んできた人物を見ると怒りがどこかに消え、目を丸くして驚く。

 

「リーベンスさん、なにしてるんすか!?」

 

地竜の前にいたのはずり落ちそうになっている眼鏡を慌てて直す――リーベンスの姿だった。

 




前回の話のあと、スバルとエミリアはどうなったかというと、
①エミリアがスバルと話終わったシャオンを見て何かあったと気づく。
②エミリアがスバルに聞く、スバルはシャオンの気持ちをわかっていないとエミリアに言われる
③スバル激怒、エミリアとの原作よりも激しい口論。
となっております。

そして次回ついにーー

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