スバルの登場に広間の空気は冷え込んでいた。
パックが現れたときよりもより冷たく、痛いほどに。
「あれ……? 俺的にはここで拍手大喝采の展開が予想されてたんですけど」
スバルは予想と違った反応を見せた周囲を見渡し、困惑の表情を浮かばせる。
そんな彼の背後に忍び寄る影がーー
「へぶっ!」
「なにしてんすか!」
文字通りスバルの体が床にめり込む。
犯人はアリシアだ。彼女が暴挙に出たスバルの頭を殴りぬいたのだ。
「ばっ! お前っ! ど、んだけ力入れてんだ!」
「大分加減したっすよ」
「お前の加減は当てにならんわっ! 三割程度の力っていってて、素手で薪割りしているお前の加減はなっ!」
起き上がったスバルの苦情にアリシアは悪びれもしない反応。それを見たエミリアは彼らに駆け寄る。
「アリシア! ダメでしょ! これ以上スバルがおかしくなったらどうするの!」
「妙な心配してくれてありがとう! でも根本的な問題はそこじゃないよね!」
焦っているからか、エミリアの言葉にも余裕がない。だから空気が読めず、今現在進行形で口論が続いているのだろう。
「あー、エミリア嬢にスバル……ついでにアリシア」
腕を組んでそっぽを向くエミリアに、食い下がるように地団太を踏むスバル。それらをどうするべきか、再び頭を叩くべきか、素振りをしながら様子見しているアリシア。
視線だけで三人がその声に応じると、彼は無言のままに仕草で広間全体を見渡すようなジェスチャーを行い、
「ぁぅ」
「ようやく気付いた?」
そこまでしてようやく、広間の空気がかなりの困惑に満ちていることに気付いたようだ。
アリシアとスバルはこのような空気になれているのか、そこまで動揺していないが、エミリアの表情の変化は著しいものだ。顔を青くさせ、どうすればいいのか判断できないようだ。
「大変お騒がせして、申し訳ありません」
「……っあ! 申し訳ありません!」
シャオンの謝罪で現実に戻ったエミリアもスバルの頭を無理矢理下げ、謝罪の言葉を口にする。
「この子のさっきの発言は忘れてください。えっと……彼は私の知己で、ロズワール辺境伯の従者ではありますけど、さっき言ったような……」
「待った待った待った! なかったことにされるのは困るって!」
エミリアが混乱している場をどうにかまとめようとした話に、再度スバルが割り込んで止める。
彼女はそろそろ本気で余裕のない眼差しをスバルに向けて睨む――いや、あれは懇願の視線だろう。
「お願いだから静かにしてて。バツが悪くて引っ込みがつかないのはわかってるから……」
「思ってもねぇこと口走って自棄になってるわけじゃねぇし、そもそもこんな場面で心にもない戯言ほざけるほど度胸座ってねぇよ!」
先ほどの宣言の一切を信じてくれないエミリアに、スバルは声を大にして言い募る。さしものエミリアも、そのスバルの態度に頑なな姿勢でい続けることはできない。
押し黙るエミリアの姿に会話の中断を見たのか、それまで沈黙を守り続けていた壇上――即ち、マイクロトフが小さく咳払いすると、
「そちらの御仁の意思は固いように思えますな。ふぅむ、ロズワール辺境伯の見解はどうなっておりますかな」
今のやり取りにヒゲを整えながら、ロズワールへと矛先を向ける。向けられたロズワールは「そーぅですねえ」と胡散臭げに笑みながら、
「王候補の皆様にはそれぞれ、信を置く騎士がついていらっしゃる。私としては愛弟子を推薦したんですが……残念無念、ふられちゃいましてーぇね。それだったら、なーぁんて考えてもいいですが」
「だろだろでしょでしょ!」
「ロズワール!」
スバルをエミリアの騎士にすることに反対の意思を見せず、むしろ楽しげに、首肯しているロズワールへエミリアの激が飛ぶ。
しかし興奮したスバルは大袈裟な動きで指を高く掲げ、シャオンを指差し、その指をスバルは自身へと向けた。
「それに! シャオンもいってたろ! もっとふさわしい人がいるって! ズバリそれおれ! 俺それ!イェア!」
なぜかラップ調で説明するスバルをみて、シャオンは頭を抱えそうになる。
確かにシャオンはスバルがエミリアの騎士に相応しいと思っているし、なってほしいと思う。
ーーもっとふさわしい人がいる。
先程行った演説中で口にしたことではあるが、あの場ではスバルを矢面にたたせないためにあえて個人名を出さなかったのだ。
まぁたった今、スバルのせいでその配慮は無駄になったのだが……
それにスバルがエミリアの騎士にふさわしいと考えたのは今の話ではなく、未来の話だ。
いまのスバルには、足りない部分が多く、お世辞でも騎士だとは言えない。
現状、フォローは難しい。どうしたものか悩んでいると、
「ーー話の途中で失礼します。ですが、どうしてもそちらの彼に聞かなくてはならないことができてしまいました」
彼、とユリウスが掌を向けるのはスバルだ。
指名された側であるスバルはその横槍に顔をしかめ、優美な青年の仕草を迎え撃つ。
もとより、スバルは彼に対して良い印象を抱いていないようで、はっきり言うならば嫌いな相手なのだろう。
気障ったらしい、漫画などでよくある嫌味な貴族――シャオンでもそんな印象を拭えない相手であるユリウスは、スバルの表情の悪変化すらなんともないように受け止め、
「そんなに警戒することはない。私が聞きたいことはひとつだけだし、それが済めば君は君の為すべきところを為すといい」
口にした内容はスバルの心情を慮っているかのようであったが、それを語る彼の表情は酷く真剣味を帯びており、自然とスバルの表情もそれに負けじとばかりにきりりと引き締まる。
ユリウスは「その前に」と言葉を継ぎ、
「道化じみた芝居はこの場には不釣り合いだよ。君が真実、エミリア様の騎士を自称するのであればね」
「……あ?」
片目をつむり、ユリウスはスバルの体を上から下まで眺めている。その視線から身をよじり、顔を歪める
「……悪いが察しのいい方じゃねぇんだ。明快に、噛み砕いて、言ってくれ」
耳の穴をほじりながら、スバルは態度悪くユリウスに対して応じる。彼はスバルの不作法には触れず、ただこちらの癇に触るような優雅な仕草で己の前髪に触れ、
「わかっているのかい、君。君はたった今、自分が騎士であると表明したんだ。――恐れ多くも、ルグニカ王国の近衛騎士団が勢揃いしているこの場でだ」
手を広げて、ユリウスは己の背後に立ち並んでいる騎士団を代表してそう語る。
そのユリウスの言葉に、反応するかのように整列していた騎士たちが一斉に姿勢を正し、一糸乱れぬ動きで床を踏み鳴らし、剣を掲げて敬礼を捧げる。
「随分と練習したんだな、学芸会だったら優勝間違いなしだ」
「ガクゲイカイの意味は存じていないが、侮辱の言葉と受けとるよ……しかも、先程シャオンが言ったことをまるで理解していない」
「だーかーら! シャオンは俺のためにーー」
「ーー君も、本当は気づいているんじゃないのかい?」
「ぅ……」
スバルは声を張り上げ、ユリウスに力説しようとした
しかし、彼は更なる問いかけでその声を切り伏せた。
「本題に入ろう――君が騎士として相応しいか、我らの前でそう名乗るだけの資格があるのか、改めて問おう」
「……」
即答できず、沈黙が生まれる。
それこそがユリウスの問いの答えであり、隠せない真実だ。
スバルもそれがわかっているのだろう、彼の様子は先程と違い僅かに狼狽がみえる。
いまだに続く沈黙の間、数秒の間。
その間のあと、スバルはか細いながらも言葉を声にだした。
「……俺の実力が不足してんのは百も承知だ。俺は剣もろくに振れなきゃ、魔法だって手習い以下……騎士とはほど遠い」
実力不足に色々不足、それらは全て承知の上。ダダをこねたところで現実が変わるわけではない。
その答えを受け、ユリウスは端正な面持ちの中にわずかな当惑を覗かせる。
当然だ。ようやく纏まった空気をぶち壊してまで名乗りを上げておいて、それをやらかした当人が自身の無能を高らかに謳い、明快な挑戦に対してあっさり白旗を上げたと思しき返答を返すのだから。
「けど、忠義だの忠誠心だのって話があったな。ああ、確かに俺の実力は全然足りねぇよ、たぶんここにいる誰よりも弱ぇ自信がある」
スバルはユリウスから視線をはずし、背後に立っているエミリアの姿を見る。
シャオンもチラリと横を見るとエミリアはただ唇を引き結び、怒っているような、あるいは泣き出しそうにも見えるような顔つきで、スバルの次なる言葉を無言で待っている。
「忠誠心って言葉とは違う気がするけど、俺はエミリアた……エミリア様を、王にしたい。いや、王にする。他の誰でもない、俺の手で」
スバルは彼女を王にするといったのだ。
それは、その答えはーー
「傲慢。そうは思わないのかな」
「……」
スバルの言葉に、ユリウスはまるで夢物語を聞かされたように嘆息し、
「実力不足を嘆いてもいて、あらゆる面で能力不足である点を自覚している――ならなぜ強くなろうとしない? 弱いことを認めるのは大切なことだ、だが、誇ることではない」
「一つ教授しよう」とユリウスは指を立て、無言のスバルに言い聞かせるように続ける。
「人には生まれながらに分というものがある。器といってもいいかもしれない。人は自らの器を越えて、なにかを得ることはできない。また、求めることをしてはならない」
ユリウスは自らの腰に備えつけた騎士剣を外すと、鞘の先端を床に打ちつけて音を立てる。鋭い音が広間に響き、刹那ほど遅れて音が続いていく。背後にいた騎士もユリウスに賛同するように
「騎士に求められるものは、先程も彼が説明したね。たしかにどちらも、騎士を名乗る上では決して欠かせまい。だが、私はその他にも大切なものがあると考える。わかるかい?」
「――――」
問いかけるようなユリウスの言葉はスバルではなくシャオンへと向けられたものだ。
以前、ユリウスと話を交わしたことがある。だから、その問いの答えをシャオンは知っている。
知っているが、それをシャオンに口にさせるようにさせる辺り、ユリウスもいい性格をしている。無意識かもしれないが。
気は重いが、答えなければ話が進まないので、渋々先を述べた。
「……歴史だよ」
「そう、歴史だ。私はルグニカ王国に代々仕える伯爵家、ユークリウス家を背負っている身だ。爵位を持つ我らには、国を支え、守り続けてきたという自負がある」
腕を振り、その速度で袖の破裂音を立てる彼は背後を示す。
その彼の動作に後ろに並ぶ騎士たちが誇らしげに顔を上げ、賛同を示すように足を踏み鳴らす。
「近衛騎士団には出自の確かでないものは推薦されない。シャオンが言っただろう、出自の確かさが、血筋が王国に仕えてきた歴史の重みを語り、保証となる。積み重ねてきた歴史こそが、我らの騎士たる矜持を支えると」
故に、と彼は言葉を継ぎ、
「このルグニカで、出自すら確かでない君やシャオン、そしてアルと名乗った人物を、私は騎士として認めてはいない」
「そんなもん、当人にどうにかできる問題じゃねぇだろ……!」
「そうだとも。故に私は言ったはずだよ。人には生まれながらに分があると。それは己の生家すらもそうだ。人は生まれながらに、平等足り得ない」
絞り出すようなスバルの声に、いかにも貴族らしい断定でユリウスが応じる。
「だがそもそも、血筋の問題をなんとかしようと努力を積み、見合う力を持つものもいる」
シャオン、それに遠くで頭を抱えていたアルをみやりユリウスは演劇をしているかのような、声でーー
「『血筋問題は確かに大きな差となる。しかしそれは決して埋まらない差ではない、必ず埋められる差だ。だからこそ、人は努力をする』……なるほど、と。私はその意見を耳にしたときそう思ったよ」
シャオンがいつぞやに口にした言葉をスバルに告げ、ユリウスは瞳を鋭く尖らせ、改めて問いかけた。
「さて、それを踏まえてもう一度確認しよう。力も歴史もない君は、どうするのか」
◻
ユリウスの言葉は全て事実だ。
くやしいが、本当に悔しいが、否定できない。
ナツキスバルは弱者で、この世界でも下から数えた方がいいぐらいの実力で、エミリアを守ることなどできずむしろ守られる側になってしまう。
だが、
「俺は、エミリアを王にする」
「――まだ言うのか。君にその立場は遠く高い。血の重みが足りなければ、力もない。騎士としての素質など何一つない」
スバルの呟きをユリウスは呆れたように、いっそ鼻で笑うように受ける。
だが、それでも。
「それでも、俺はエミリアを王にするよ」
「君は――」
「騎士の資格がないってんなら、それはそうなんだろうよ。さっきも言った通り、俺は欠けてる部分が多い人間だ。騎士って名誉に値するかどうか以前に、そもそも人としてどうなのよって部分が多いのも自覚してる」
声にいつもの気楽さはない。
語っていることは本心であり、スバルが隠していたかったことの一つだ。
「それでも、俺はエミリアの力になりたい。一番の力でありたい。この場に立つのが従者って立場じゃ足りないのはわかってる。シャオンの方が騎士に向いているなんて俺だって重々わかってんだよ。ただ、この場に立って、顔を上げて、彼女の力になりたいと思うなら、『騎士』でなくちゃならないんだろう。なら」
顔を上げて、スバルはユリウスを真っ直ぐに見つめる。
整った顔立ちに勇壮な近衛制服、拵えの立派な騎士剣に堂々たる振舞い。
まさしく、物語にて描かれる騎士像そのものだ。
対するスバルはあちこち這いずり回って薄汚れている感さえある使用人服、端正や精悍とは程遠い目つきの悪い人相。物語で言えば小物だ。
あまりにも、望むべきところは遠い。だが、
「そうでなきゃ話にならないなら、俺は『騎士』をやる。騎士でなきゃ隣に立てないんなら騎士になる……俺の答えはそれで終わりだ」
「なぜ、そうまでしてそこに立つことを望むんだい?」
もはや言葉で説き伏せることを諦めたのだろうか。
ユリウスは瞑目し、小さく首を横に振りながらそのスバルの行動の原点に問いかけてくる。そうまでして、なにを望んでいるのかと。
エミリアを見るために振り返りはしない。その勇気がない。
ただ少なくとも存在を背中に感じられるから、スバルは躊躇いながらも、
「――彼女が、特別だからだ」
そう答えた。
その答えを受けて、ユリウスは小さく同じ言葉を口の中で呟く。そうして何がしかの結論を得たかのようにかすかに顎を引き、
「ちなみに、どういう意味かを聞いても?」
などと聞いてきた。
それに対するスバルの答えはひとつだ。
「――この場では、言いたくねぇ」
そして、それを受けたユリウスの方はといえば、そんなスバルの明確でないが故に明確な答えに満足したように、あるいは諦めたように肩をすくめたかと思えば
「……君のその気持ちはーー」
「ーーそこまで」
スバルの目の前に黒い執事服を纏った男、シャオンが再び現れた。
「ユリウス、わるいけどそこまでにしてもらえないかな、これ以上は陣営同士の争いになる」
「……そうだね、私としたことが思っていたよりも熱くなっていたようだ」
前髪を書き上げながらユリウスは反省したように、詫びの言葉を口にして踵をかえす。
不完全燃焼で終わってしまったユリウスとのやり取り。そんな結果にさせたシャオンに文句を言おうと肩をつかんで振り向かせようとしたとき、
「ーーナツキスバル」
スバルは最初それが誰の声だったのか気づかなかった。
それほどまでに普段の彼の声とはかけ離れていた。
「本当に、エミリア様の騎士を目指すなら気づくべきだ……彼女の気持ちを」
シャオンの言葉は、棘がないが、スバルに大きな衝撃を与えた。
スバルは悪寒じみたものすら感じて、背後の様子をおそるおそるうかがう。そこにはエミリアが立っていて、どんな顔をして今の話を聞いていたのかはわからない。
ただ、振り返ることは恐ろしくてできなかった。無言の彼女の態度が、今のスバルの言葉をどんな心境で聞いていたのか、悪い想像ばかりを働かせていた。
「い、いい身分だな! シャオン‼ 上から見やがってよ! そ、それに騎士様も逃げやがってよ‼ 俺と舌戦で勝てる自信はないから逃げんだろ?」
だから、スバルの口から次に出たのは、震えるような負け惜しみでしかない。
それがわかり切っているからだろう。シャオンは振り返らず、遠ざかるユリウスの足も止まらない。だが、それでもスバルは自分を守るために薄っぺらい言葉を重ねていく。
「この場で最優の騎士だなんて持ち上げられちゃいるが、巷じゃ騎士の中の騎士って称号は別の奴のもんになってる。……その態度をみて納得だぜ」
「ナツキ・スバルと言ったかな。安易に他者を貶める言葉を口にすることは、己の価値だけでなく、君の周囲の人物の価値にすら傷を付けると知るべきだ」
スバルの安易な挑発に、ユリウスは激昂するでもなく淡々と応じる、いやむしろスバルを哀れんでいるようにも感じられた。
すでに彼の姿は候補者の列に戻り、主君であるアナスタシアの隣に収まっていた。
その姿はそこにあるのが当たり前、そう感じられるほどに違和感はない。
その並び立つ姿を真っ向から見て、そして彼らの他にもそうしている候補者たちを見て、そしてスバルの背後にいるエミリアの姿を見て、そのとなりでスバルと違う、立派な騎士の立ち振舞いをしているシャオンの姿を幻視してーー不覚にもお似合いだと、そう思ってしまった。
「ナツキ・スバル。――それは、美しくない」
それまでのスバルの言動、行動の全てを総括し、ユリウスがそう述べる。
見れば、候補者の列からもスバルに向けられる白けたものを見る目。
そのさらに背後に控える近衛騎士団の列からは、自分たちの代表者たるユリウスに対して無礼な発言を受けたからだろう。敵意に近い感情を向けるものが多い。
それなのに、今のスバルは体を固くして、その場から身を動かすこともできない。
世界中を敵に回すどころか、広間にいるほんの百にも届かない人数を敵に回しただけで、いとも簡単に決意の炎を揺らめかせてしまうのが今の自分。
それがあまりに情けなく、あまりにもみっともなく、涙が出そうになる。
先程までエミリアのために覚悟していたことが、決意が、反転する。
彼女を守る息巻いていたが、いまでは彼女だけには守られたいと弱音じみたことを思う。
それでも、そんな状態でも、周りの全てが敵になってしまうような状況でも、それでもせめて、彼女だけが味方でいてくれたなら、そう願う。
――だが、その希望は、
「不要なお時間をとらせて申し訳ありません。すぐに下がらせます」
スバルの袖を引きながら、そう言ってエミリアが賢人会へ頭を下げる
最初と違い、スバルはエミリアに抵抗しない。
腕を引かれ、抵抗することもできずに舞台から引き下ろされるスバル。それに続いていくシャオンとアリシア。
スバルはこちらの腕を引いて前を行くエミリアの顔を、やはり見れない。
ただ、頑ななまでにこちらを見ない彼女の態度から、怒りのような激情すら感じ取ることができないことが、自分の行いの無為さを証明しているようで辛かった。
そんな背中に、
「有意義な時間、そう判断できる部分もありましたよ、エミリア様」
壇上から、マイクロトフのしわがれた、しかし不思議と通る声が届く。
足を止めない四人にマイクロトフは言葉を続ける。
「あなたが世に恐れられる、ハーフエルフとは違うのだと少なくとも彼は示した。シャオン殿とは別に――よい、従者をお持ちですな」
「――スバルは」
ようやく足が止まった。先頭のエミリアが振り返る。
彼女の視線の先は壇上の賢人会であり、傍らに立つスバルは視界の端にも入っていない。けれど、スバルには振り返った彼女の顔がはっきりと見えた。
その顔は、感情の凍えた冷たい目をしていて、ばっさりとなにかを切り捨てるように、平坦な声音ではっきりと、
「私の、従者なんかじゃありません」
はっきりと、先までのスバルの言葉を拒絶してみせたのだった。
歴史が動いたこの日、自信も、覚悟も、相棒も、そして守りたい彼女もスバルのもとから離れーー自称騎士は、一人になった。
こっからあとは下っていくだけ、番外編以外は暗いよ‼