Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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 基本原作通りです。
 本格的に動き出すのはもうちょっと先


不穏そして五人目

「なぁ、アリシア。俺の目がおかしくなければあそこにいる目つきの悪い男性に見覚えがあるんだけど」

「気のせいっすよ。あんな目つきの悪い男なんて知り合いにいないっす」

 

 二人して現実逃避の言葉を唱えても、時間は止まることはなく時を刻み続け、現実からは逃げることはできない

 スバルの先の行動はシャオンに向けたものではなく、エミリアに向けたものだろう。そしていまだに先ほどのポーズのままなのは彼女が何らかの反応を示すまで動く気はないということだろうか。

それを受けさせられたエミリアは言葉を求めるように唇を震わせ、考えをまとめようと努めるように瞳をさまよわせていた。

 そして、彼女の唇が引き結ばれ、なんらかの結論を得たかのように紫紺の瞳がスバルの黒瞳を真っ直ぐ見た。

 

「妾の小間使いをジッと見て、なにかあったか、混ざり者」

「おうふ」

「え?」

 

スバルの背後から伸びてきた腕が胸板と首を艶めかしい仕草でロックする。

つい先ほどスバルとともに入室してきた、橙色の髪の少女――その少女の顎が後ろからスバルの肩に乗せられ、顔を隣り合わせる形でエミリアと向かい合っている。

 

「なにが小間使いだ、エミリアたんに誤解され……」

「ほう、妾の小間使いでないと。ならば王城内を堂々と歩き回れる貴様の身分は、いったいなんであるというんじゃろうな?」

「うぐ……ッ」

 

 スバルの反応を見て察する。彼は正規の方法できた訳じゃない。不法侵入にも等しい方法でこの王城に入ってきたのだ。

 さらに、詳しい事情は把握できていないが、女性の使用人という体で入室できたようだ。だが、どうやらスバルはエミリアの前で彼女以外の女性に従うつもりはないようで、

 

「エミリアたんの前で、誰かに頭垂れるなんて真似はできねぇ」

 

「……ほう、面白い。ならば貴様は、己をなんとするのじゃ」

 

からかうつもりであった少女の表情が一変し、冷徹さを感じさせる口調のまま問いを投げる

彼女の騎士だろう鎧兜の男がフォローしようとしているが、そんな彼の厚意を踏みにじるようにスバルは静かに息を吸い込み、

 

「俺はこの城に……」

「失礼、この度は当家の使用人がとんだご迷惑を。まさか城内で迷うとは思いませんでした」

 

スバルの言葉を遮り、シャオンは女性の前に立つ。

 今止めるタイミングを逃してしまえばスバルはよくて投獄、悪ければ首が吹き飛ばされていただろう。普段だったら軽口で済んでいただろうがこの場にいるのは冗談など通じないメンツなのだから。

 

「このお礼はいずれ。重ね重ね、当家の人間が失礼いたしました」

「ほぉ……」

 

恭しく礼をするシャオンを女性は値踏みするような視線を向け、

 

「まぁ、いいじゃろう。そこな道化と混ざり者のおかげでそれなりに楽しんだ。感謝せよ、人形もどき」

 

 女性は鼻をならし、シャオン達から背を向け候補者の並びに加わる。どうやら危機は去ったようだ。

 

「わり、助かった……何でシャオンが?」

「アナスタシア嬢に送ってきてもらったんだよ、演説を聞いてほしいって言われたからな。それより頼むから無茶はしないでくれよ」

 

 呆れ半分、注意半分でスバルに頼むと彼は軽い口調で謝罪を口にしただけだった。いつも通りのスバルだったが、この場ではもう少し考えをもって行動してほしい。

 

「まーぁさか、本当に来るとは思ってもいなかったよ」

 

コツコツと靴音を高く鳴らし、手を広げ歓迎しているかのようにも見える態度で近づいたのはロズワールだ。そして彼はいつものようにスバルに語り掛ける。そしてその隣にいるのは、

 

「どうして……」

「ん?」

 

 訳がわからないとでもいいたそうに、瞳を揺らすエミリアだ。

 聞き返すスバルに彼女は一度首を振り、それから改めてスバルを見つめ返すと、

 

「どうやって……じゃなく、どうして。どうして、スバルがここにいるの?」

 

「そこを話そうとすると、実は深いようでいて浅くて重いようでふわっふわな理由があったりなかったりするんだけど」

 

「茶化さないで。スバル、私、言ったでしょ? 覚えてないの?」

 

いつになく厳しい口調でスバルを追求するエミリアの様子を見て、ただ事ではないと想像がつく。対するスバルも心当たりがあるようでバツが悪そうな顔を浮かばせる。

 

「スバル、詳しいことはわからないけど何かしたのか?」

「いや、ちょっと約束を――」

「――皆様方、お揃いになられました。これより、賢人会の方々が入場されます」

 

 スバルとエミリアの話し合いを遮るように、王座の間の扉が開かれる。

 音に振り向くと正面、大扉を開いて最初に入ってきたのは、入場前に会話を交わした騎士。

 頑健さを感じさせる表を被り直した兜の下に隠し、堂々たる態度で歩を進める。その姿はまさにお伽噺で見る騎士そのものであり、自然と背筋を正されてしまうような圧迫感だ。

 そうして歩く彼の背後に、数名の老齢の団体が続いている。

 全員が場と身分に則した装いに身を包んでおり、振舞いと物腰からかなり位の高い人物たちなのだろうと察せられる。どの顔にも長く重い経験が深い皺となって刻まれており、威厳ある佇まいが端々から感じられた。

 その団体の中でも一際目を引くのが、集団の真ん中を歩く白髪の老人であった。

 真っ白に色の抜け落ちた白髪が長く伸ばされ、その髪と長さを競うようにヒゲもまた長く長く整えられている。身長の低さもあって、弱々しい印象を与えるが、そんな印象を切り捨てるかのような『刃』の切れ味を思わせる眼光の持ち主。

ただ者ではなく、いくつもの修羅場を乗り切ってきた風格がある。

 

「あの方が賢人会の代表――つまり、王不在の現在のルグニカにおいて、最大の発言力を持つ人物。マイクロトフ様ってわーぁけ」

 

 隣に並ぶロズワールが密やかな声で注釈する。

 その内容に納得する。ただものでないのが一目でわかる人物は、やはりただものではなかったらしい。

 王不在のルグニカの代表、そして賢人会という団体の名前にも聞いた覚えがある。

 

「確か王様に代わって国の運営とかしてる機関でしたよね」

「名目上は補佐なんだーぁけどね。今は実際の運営も賢人会頼み……とはいえ、王家が存命のときからそのあたりはあんまり変わっちゃいないんだけどさ」

 

 呟きに対して肩をすくめるロズワールの応答。ようは国を動かす能力に欠けた先王の時代から、賢人会がほぼ運営を任されてきたという実績があるらしい。

「それより、オレらはあっちだぜ、兄弟」

 

 そうスバルに声をかけたのは先ほどの女性と共にいた鉄兜を身に着けた異形の男性だ。

 おそらく彼が先の女性――プリシラ・バーリエルの騎士だろう。

 男が指示した場所は先ほどまでシャオンがいた位置、騎士たちが並んでいる場所だ。

「ってな具合なんだけど、俺はあっちでよかとですか?」

「正しい措置としーぃては、このままさらっと君を外へ送り出すのが正しかったーぁりするんだけど……面白いから、君もシャオンくんと一緒に並びなさい」

「ちょっと、ロズワール」

 

 屋敷での態度と変わらぬロズワールに、こちらも屋敷での接し方と変わらず怒り気味のエミリア。彼女は軽々しいロズワールの言葉に物申すと詰め寄るが、

 

「残念ながら、今はエミリア様の正論に従っている時間はありません。正しく事態を明らかにすると、スバルくんはここでおさらば……長い永い意味でーぇね」

 

「だからってこんな場所に一緒にいさせたら、スバルが……」

「意見を交わすのは後回し。エミリア様、他の候補の方々が集まられています。そちらの方に」

 

 ロズワールが促した先には最後に到着したプリシラを含め、王選候補者が並んでいる。

 それを見てエミリアは待たせるわけにはいかないと思い、スバルを名残惜しそうに見ながらもそちらの列に加わった。

 

「ほら、行こう。ちゃんと後で謝らなきゃいけないけど今は邪魔になる」

「お、おう」

 

 半ば強引にスバルを、連れ騎士たちが位置する場所に連れていく。

 詳しい事情を聞きたいが、今は時が悪い。ゆっくりと時間をかけて仲介人を用意して話を聞く必要があるだろう。

 

「――やっぱり、君がきたね、スバル」

 

列に戻ると赤毛のイケメンが片手を上げて、二人の来訪を微笑で出迎える。

 

「シャオンとも話し合ってたけど、エミリア様が出席されるのを聞いて、まず君がくるんじゃないかと思ったよ」

「なんで俺が議題に上がってたのかわかんないんだけど」

「エミリア様を凶刃から守ったのはもちろん、それ以外の面でも君は最善を選び続けた。当然のことだと思うよ」

「なんだこのイケメン……!」

 

嫌味ゼロの顔つきでラインハルトは恥ずかしげもなくそう言い切る。 

 むしろ後光が差しているようにも見え、スバルが焼かれているようにも幻視する。

 そんな様子を見てラインハルトは青い瞳をきょとんとさせるのを余所に、身を焦がされたスバルは気を取り直し、

 

「こないだはホントに助かった。つか、礼を言う暇もその後の連絡の方法もなかなか選べなくて悪かった。もっと早く話せたら良かったんだけど」

 

「それについては事情もわかってる。仕方のないことさ。君達は名誉の重傷で、僕もこのところは少し立て込んでいたから」

 

 小さく肩をすくめるラインハルトは、それでもスバルの感謝の言葉を受け取ると嬉しそうに唇をほころばせる。

「ラインハルトとスバルきゅんって、知り合いだったんだ。いっがーい」

 

 そう言いながら、フェリスが軽い声音で割り込んできた。

 彼女は手刀に見立てた手を額に掲げ、敬礼のような仕草でウィンクすると、

 

「ほんの二日ぶりだね、元気してた? みんなのフェリちゃんは元気にしてたよ」

 

「聞いてねぇよっていうか、先日はどうも。またお会いできて光栄デス」

 

堅い言葉でフェリスに挨拶の言葉を口にする。

 

「スバル。フェリス嬢とは顔見知りなのか?」

「ああ。お前が出て行ってからだけどな。ロズワールのとこに、今日の出席確認にきたのがこの子。てっきり下っ端の小間使いかと思ってたけど……」  

 

 気安くスバルの肩に触れて、緊張をほぐすべしと呼びかけてくる少女。そんな彼女とスバルのやり取りをラインハルトも少し驚いた顔で見て、

 

「そうか、エミリア様のところにはフェリスが行っていたんだ。僕の手が空いていたら、ぜひ僕が行きたかったんだけど」

 

「剣聖を王都から離すとか、そんなのマーコス団長が許すわけにゃいでしょ。これ以上、団長の気苦労を増やしてあげたら可哀想だよ。ただでさえ三十前なのにあの老け顔……今後は顔だけじゃなく頭にもいっちゃう恐れが」

 

 冗談めかしたフェリスの言葉に、ラインハルトがわずかに微苦笑。さすがに内容が内容だけにおおっぴらに笑うわけにもいかない。マーコスと呼ばれたあの騎士は三十前には見えない、最初は四十歳にみえていたととてもではないが口になどできない。

 

「そろそろ、私の方にも彼を紹介してくれないかい?」

 

 と、声をかけたのはユリウスだ。

 しかし、彼の姿を見たスバルの変化は見るからに不機嫌そうに変化していた。

 フェリスに対する女性への免疫のなさからくるものではなく、むしろ敵意に近い雰囲気で彼を迎えている。

 

「どうしたよスバル。そんな今にもかみついていきそうな顔で」

「詰め所でエミリアたんの手にキスしやがった奴だかんな。けっ」

 

 スバルの説明を聞いて、その態度にも納得が行く。

 これがユリウスでなければまだしも、彼の性格と立ち振舞いはスバルと相性が悪いと思う。それにエミリアに手の甲とは言え接吻をしたのだ、スバルにとっては敵とも言える存在だろう。

 

「こりゃ自己紹介が遅れまして、ナツキ・スバルってケチな野郎でさぁ。どうぞ、頭の隅っこにでもせせこましく置いといてくだせい、へへっ」

「急にずいぶん卑屈な感じだね、スバル」

 

 ラインハルトがスバルをたしなめ、ユリウスに対して向き直り、

 

「気を悪くしないでほしい、ユリウス。スバルは少し、こうして他者に侮られる振舞いをして相手を試す節があるから」

「ラインハルト、スバルはそこまで考えていないよ。多分、単純な嫉妬」

 

ラインハルトのスバル買い被りはかなりの領域にある。

もっとも、功績を考えればあながち間違いではないが、すべて正しいとも言い難いという何とも言えないものだが。

「――賢人会の皆様。候補者の皆様方、揃いましてございます。僭越ながら近衛騎士団長の自分が、議事の進行を務めさせていただきます」

「ふぅむ……よろしくお願いします」

 

席に着いたまま手を組み、かすかに顎を引いて頷くのは賢人会の代表マイクロトフだ。彼の老人の返答にマーコスは恭しく一礼し、それから巌の表情の眉を寄せ、

 

「此度の招集は次代の王の選出――王選に関わる方々への重大な通達があってのことです。王城までご足労いただき、賢人会の皆様にもお集まりいただいたのはそのため」

 

 朗々と響く声はさほど大きくないにも関わらず、王座の間にいる全員の耳に等しく届く。生まれながらに他者に聞かせるための資質、声にすらそれが表れているのを感じ取り、隣にいるスバルでさえ軽口を挟む気すらわかずにその声に聞き入っていた。

 

「事の起こりは約半年前――先王を始めとした、王族の方々が次々とお隠れになったことに起因しております。王不在の事態は王国としてなによりの窮地、特に親竜王国ルグニカにとっては、『盟約』と深く関わることになります」

 

 盟約――というのが、王国がドラゴンと交わしたとされる約束事のことだろう。魔法の勉強をした際にも、軽く触れていたことであり、絵本にも題材になっていることだ。

 

「盟約の維持は王国の存続に大きく関わる。それだけに王の一族が一斉に病魔に侵されたのは痛恨事。一刻も早く、ドラゴンと意思を通わせることのできる『巫女』を新たに見出さなくてはなりませんでしたな」

 

「そのために我ら近衛騎士団一同、賢人会の皆様の命を受け、竜殊の輝きに選ばれた巫女を探し出すため、任に当たってまいりました」

 

懐を探るマーコスが掌に乗せているのは、見覚えがある小さな徽章――宝玉の埋め込まれた王選参加者の資格だ。

歩くマーコスが整列する候補者たちの前に向かい、彼女らに一礼すると、

 

「皆様、竜殊の提示を――」

 

 呼びかけに呼応して、少女たちがそれぞれ自らの徽章を前に掲げる。

 いずれの宝玉も彼女たちの手の中で眩い輝きを放ち、それぞれ異なる彩りで王座の間に光を散らし始めていた。

 それを見る騎士たちに感嘆の吐息が広がり、賢人会の老人たちも皺の深い顔に安堵と喜色めいた感情を浮かばせている。

 

「こうして、候補者の皆様にはいずれも竜の巫女としての資格がございます。それらを見届けました上で、我々は竜歴石に従い――」

 

「あんな?」

 

 厳かに議事を進行するマーコス。彼はその重々しい口調のまま話を進めようとしていたが、そこにふいにおっとりとした声で待ったがかかった。

 振り返るマーコスに声をかけたのは、はんなりと小首を傾け、僅かに不満そうに眉を寄せるアナスタシアだった。

 

「団長さんがぴしーっとお話進めたいんはわかるんやけど、ウチも忙しいんよ。カララギでは『時間は金銭に等しい』って言うてな?」

 

 穏やかな口調とおっとりした顔つきのわりに、直球で要求を突きつける少女。彼女は竜殊をしまうと手と手を合わせて音を立て、

 

「わかりきった話を繰り返すくらいなら、ウチらが集められたお話の核心が聞きたいなーってのが本音かな」

 

 柔らかい言葉ではあるが、きちんと最後に要求を告げ、笑顔で締め括る、

 その態度にマーコスは少しばかり面喰ったようだ。

 

「おいおい、関西弁とか嘘だろ」

「カララギでは一般的なものらしいよ」

 そしてスバルの驚きとは違う、かすかなどよめきが広間に蔓延しかける中、それを押しとどめたのは別の凛とした女性の声だ。

 

「道理だな」

「――クルシュ様」

 

腕を組み、顎を引いて同意を示すのはクルシュだ。彼女の反応にマーコスはその名を呼び、わずかに困惑を浮かべて眉を寄せると、

 

「格式を重んじる気持ちはわからなくもないが、それで本題が蔑にされるのは本末転倒と言えるだろう。我々が集められた理由に早々に触れるべきだ。もっとも」

 

女性は片目をつむり、マーコスのさらに奥、賢人会の歴々を視界に入れながら、

 

「おおよその想像はついているが、な」

「ほぅ、なるほど。さすがはカルステン家の当主。すでにこの召集の意味がわかっておりましたか」

 

 周囲のざわめきの声とマイクロトフの感心したような言葉に頷き、女性は凛々しい面を持ち上げ、玉座の前で開かれるこの集りの真意に触れる。それは、

 

「ああ。――酒宴だろう? 我々はいずれ競い合う身であるとはいえ、今はまだ互いに知らないことが多すぎる。卓を囲み、杯を傾け合い、腹を割って話せば自ずとその人柄も知れようと……」

「いや、違いますが」

 

 荘厳な感じで飲み会の段取りを決めようとする女性に、たまらず老人が口を挟む。

 彼女はその態度に驚き顔を作り、それからゆっくり自らの騎士フェリスのほうに顔を向け、

 

「フェリス。聞いていたのと話が違うが」

「やーだなー、もう。フェリちゃんはただ、お城にいっぱいお食事とかお酒が運び込まれてるから『酒宴でも開くのかもですネ』って言っただけじゃないですかー、やだー」

「そうか、私の早とちりか。許す」

 

懐の広いような振舞いだが、会話の内容が明らかにおかしい。

前に向き直り、今のやり取りを踏まえた上で女性は軽く吐息を漏らすと、

 

「そんなわけで、私のさっきまでの話は取り消してくれ。恥ずかしいのでな」

「ねぇ、フェリス嬢。クルシュ嬢って、意外と抜けてる?」

「にゅふふ、かわいいでしょークルシュ様」

 

 質問に態度で答えるかのように、頬に手を当てて身悶えるフェリス。顔を赤くして腰を振る彼女は主に誤情報を流した点は気にしていないようだ。というか、今のを見るにわざとな気もするが。

 

「クルシュさんが引いてもウチの意見は変わらんよ。今さら王選の上辺のことなんか話さんでもみんな知ってることや。そやろ?」

 

 アナスタシアが手を叩き、それた話をもとに戻す。

 身を傾けて、同意を求めるように並ぶ三者に尋ねる少女。

 彼女の問いにクルシュは頷き、プリシラは退屈そうな顔つきで小さく鼻を鳴らし、エミリアは緊張に強張る唇を震わせ、

 

「わ、私はちゃんと話を聞くべきだと思うけど……」

「悪いけど、ウチはアンタ様の意見は聞いてないんよ」

 

 が、ただひとり応じたエミリアへの彼女の態度は断ち切るようなものだった。

 

「てめ、なんだその態度……「うははーい! オレ、王選がどうとか知らないから先が聞きたかったりすっかなー!!

 

 前に踏み出し、怒号を放ちかけたスバルをたくましい腕が遮って止める。そのまま口から飛び出す予定だった罵声も、被さるような声によって広間に上書きされて響いた。

 スバルの感情での行動を遮ったのは鎧の男だ。彼は広間中の視線を一身に浴びながら、それらを気にせずに隻腕で己の漆黒の兜の金具をいじってリズミカルに金属音を立てている。

 豪胆というより気遣いの心を落っことしてきたようなその振舞いに、ラインハルトを始めとした周囲もさすがに面喰った様子だが、

「プリシラ様。彼はあなたの騎士とうかがいましたが……説明は?」

 

「妾がせずとも長話好きの貴様らが勝手にするじゃろ? 妾は妾の無駄を省いたにすぎん。繰り言など寝言と変わらん。寝言など、寝ててもするな」

 

マーコスだけがどうにか冷静に応対する中、尊大な口調でプリシラが煽る。

 

「すいません。助かりました」

「いやいや、気にすんなよ」

 

親指を立て、シャオンの謝罪に気楽に応える。

スバルが激昂し、あの場で声を荒げていたとしたら、流石にここまでうまく乗り越えるとはできなかっただろう。それを彼は前に出て、非難を一身に浴びた男性が肩代わりをしてくれたのだ。そう考えると見た目は変人だが、意外にも中身はできる男性らしい。

そしてその騎士の主であるプリシラは緋色の扇を広げ、

 

「妾が凡俗を意に従えるのは天意である。喜び、掌で踊るがよいぞ。続けよ、マーコス。妾の騎士に、妾が如何にして王となるのか教えてやれ」

「他人に丸投げするんをそこまで言えたら立派なもんや。ウチももうなんも言わん」

 

 肩をすくめて、プリシラの態度に匙を投げるアナスタシア。

 そうして二人の意思が統一されたのを見ると、マーコスは小さく咳払いして「よろしいですか?」とエミリアとクルシュにも確認。二人が頷くのを見届け、

 

「では少し脱線しましたが、話を戻しましょう。――竜の巫女の資格を持つ皆様がこうして集められたのは、竜歴石に新たに刻まれた預言によるものです。石板に刻まれた預言はこうありました。『ルグニカの盟約途切れし時、新たな竜の担い手が盟約の維持と国を導く』と」

 

「ふぅむ。石板が示したのはまさに天意。王国誕生のときより同じだけ歴史を積み重ねてきた竜歴石は、王国の命運を左右する事態に呼応して文字を刻む。その内容に従うことの重大さは皆お分かりだろう」

 

マイクロトフの述懐に、他の賢人会の老人たちも厳かに頷く。

ようは今後の方針は預言板に丸投げ、というかなり豪快な解釈もできるが、魔法ありの世界の預言と考えると効果があるのかもしれない。

ともあれ、その預言に従い、エミリアたちは王候補――というより、ドラゴンと意思を通わせる巫女としての役割を買われて集められたということらしい。

と、そこまで考えてふと脳裏に疑問が浮上した。

それはつまるところ、

 

「ドラゴンと盟約が云々ってんで話をするっていうなら、王様がどうのとかって話に加わる必要はなくないか?」

「そうそう。竜の巫女って役割を担う一族みたいなのがいればいいわけで」

 

 浮かんだ疑問を小声で、隣にいるラインハルトに向けてみる。スバルもその意見に賛成し彼に尋ねると、ラインハルトは苦笑を口の端に上らせながら、

 

「もっともだと僕も思う。けれど、そうはいかない」

「なぜに?」

「答えは、王国繁栄の盟約はドラゴンと王の間に交わされたものだからだよ。ドラゴンは自分と意思の疎通が可能なだけの存在と盟約を結んだわけじゃない。その人物が王国を背負う王であったから、盟約を結ぶに至った」

 

 ラインハルトの説明が示す通り、ドラゴンと人の契約はそれこそ綿々と受け継がれてきたその歴史の重みであり、それを少しでも遵守しようというのが賢人会を始め、近衛騎士団の総意なのだろう。だが、

 

「それならなおのこと、急ごしらえの巫女かつ王様なんてドラゴンのまさに逆鱗に触れるんじゃねぇか?」

「一応仮初めの王様を用意して、そのあと本物が見つかるまで仕事をしてもらうっていうことも考えられるけど、それだったら賢人会の人たちで十分だよな」

「うん。そのあたりの意見はかなりぶつかり合ったって聞いてるよ。でも、実際に王国に伝わる預言板、竜歴石はその綱渡りの手段が正しいと天意を示した。そして賢人会の方々もそれを認めて僕らに命を下したんだ。悪いようになるとは思いたくないね」

 

 確証はない、がそれ以外の手段もない。ならば最善を尽くすのみ、というのが今の親竜王国ルグニカの在り様というわけだ。

 肝心のドラゴンがこの王国の人間の判断にどんな沙汰を下すのか――それは今は誰にもわからない。あるいはそれを知るのは、神のみぞ知るということだ。

広間の視線を集める巌の騎士は並ぶ候補者四人に振り返り、

 

「そして預言にはこう続きがあります。『新たな国の導き手になり得る五人、その内よりひとりの巫女を選び、竜との盟約に臨むべし』と」

 

 マーコスが朗々と述べた内容、それを読み解き、うなって納得するしかない。預言板に、ひとりを選べと刻まれているのならばそうする他にないのだろう。

 と、そこまで考えてふと一部分が引っかかる。

 

「五人……?」

「そう、五人だ」

 

スバルの疑問にラインハルトが頷きで応じる。

 

「つまり、四人しか候補者がいなかった現状――王選はまだ、始まってすらいなかったということさ。そこは五人目の候補者を見つけられずにいた、近衛騎士団の不甲斐なさを責めてもらうしかないんだけど」

「人口五千万とかって話でしょ? そっから五人探せって話じゃ厳しいと思うけど」

 

 実際、通信手段が確立されて、国民調査がいっぺんに行える環境が整っている日本とかなどでないと、かなり難しい条件であると思う。日本でですら、そういった条件をくぐって例外となり得る存在はいくらでもあるだろうと予想できるのだ。

 近衛騎士団がどれほど人数がいる面子で、どれだけ優秀なのかはわからないが、短期間で四人の候補者を選出しただけでもかなりのお手柄だ。

 

「ま、意外と竜殊を光らせられる潜在的巫女がゴロゴロいるとかって話なら遠慮なく俺はお前を責めるけどな。この節穴……ッ」

「五千万の国民全てを調べられたとは断言できないけど、八割以上を調べた上での四人だ。騎士団を労ってほしいと僕は思うよ」

 

それだけのことをしてきた、と自負があるのだろう。ラインハルトの態度には恥じ入るところは一切ない。母数が多いのだ、むしろ四人も見つけられた時点で十分な功績だろう。

 ただ、

 

「その五人目が見つからないから、こうして我々は競り合うべき相手を見知っていながら、なにをすることもできずにいた。歯がゆいことだな」

「そうそう。事あるごとに呼び出されて商談の邪魔を何度もされとるし、ユークリウス家と繋がりが持てたってだけじゃ、その内にわりに合わんくなるわ」

 

クルシュの言葉にアナスタシア少女が同意。言い方はあれだが、皆同じことを思ってはいるようで否定の言葉は出てこない。

 

「とにかく、ここまでのお話はみんなも知ってること。これでお姫様は満足しました?」

 

「どうじゃろな。アル、わかったか?」

 

「うーい、了解。わざわざあんがとさん、そっちのカララギ弁の嬢ちゃんも」

 

 ひらひら隻腕を振る男性――アルの答えに、プリシラが「だそうじゃ」とアナスタシアに応じる。アナスタシアはその主従のいい加減さに瞑目。それから改めて賢人会を見上げ、

 

「話があるなら早くしてな? ウチも暇やないから、このあとにもやりたいこといっぱいあるんよ」

 

 諭すような言い方は、しかし相手が目上だとわかっている現状ではからかっているようにしか感じられない。思わず場が荒れるのでは、と警戒に身を固くしたが、そこはアナスタシアもすでに場数を踏んでいる人物だけあってギリギリのラインの見極めができているらしい。

 敬意に欠けた発言を受けた賢人会の面々の、いずれにも今の彼女の発言を咎めるような雰囲気は見当たらない。それどころか、マイクロトフなどは楽しげに、

 

「忙しいアナスタシア様には悪いですが、もう少し老体の話にお付き合いいただければ幸いですな。なにせ……今日は王国史に刻まれる一日になりますから」

 

 何気ない会話の最後、ふいにマイクロトフの声が低くなる。

 それを聞き、それまでどこか最初の緊迫感が失われつつあった広間に、誰もが背筋を伸ばさずにいられないほどの雰囲気が駆け抜けた。

それから彼は眉の濃い視線をマーコスに向け、目配せをもって合図とする。

それを受けたマーコスは胸に手を当てて一礼し、

 

「――騎士ラインハルト・ヴァン・アストレア! ここに」

「はっ!」

 

 突然、広間に響き渡るマーコスの声。

 呼びかけられるのを待っていたようにラインハルトが返答。それから彼は流れるような身のこなしで中央に進み出ると、候補者の四人に一礼を捧げ、それから騎士団長のマーコスの前へ。

 

「では、ラインハルト、報告を」

「はっ」

 

一歩場を譲り、マーコスが壇上前の中央を空ける。そこに進み出たラインハルトは観衆の視線をひとり占めにして、欠片の気負いもない表情で賢人会に向き合い、

 

「名誉ある賢人会の皆様、近衛騎士であるこのラインハルト・ヴァン・アストレアが、任務完了の報告をさせていただきます」

 

ラインハルトは一礼してから振り返り、広間の全員の前で堂々と背を伸ばす。そして全員に聞こえるように通る声で、報告を切り出す。

 

「竜の巫女、王の候補者――最後の五人目、見つかりましてございます」

 

おお、とどよめきが立ち並ぶ騎士たちの間に広がり、候補者たちの表情がそれぞれの強い感情に呼応して変わる。

今までの話の流れからして、そういう話になるのは目に見えていた。そしてラインハルトが報告の場に選ばれた理由。それも周囲の面子を考えれば予想はつく。

アルがプリシラ。フェリスがクルシュ。ユリウスがアナスタシアの関係者。

 全員が王選に関係している人物である。

よってこの場に加わっていたラインハルトの立ち位置もまた明白で、彼が主と仰ぐであろう人物の正体もある程度察しがついていた。

 

「お連れしてくれ」

 

その声を受けた門前の衛兵が敬礼し、それから扉がゆっくりと開かれる。

 そうして開かれた扉の向こうから、侍女らしき格好の女性数名を伴って、ひとりの人物が王座の間の中に招き入れられた。

 その人物の姿を見て、スバルは怪訝そうに眉を寄せ、エミリアは驚愕に目を見開き、唯一予想できていたシャオンだけは顔を引くつかせた。

 薄い黄色の生地のドレス。肘まで届く白い手袋とスカートを揺らし、いかにも履き慣れていないような踵の高い靴で絨毯を踏む姿。小柄で華奢な体躯は抱きしめれば折れてしまいそうなほど細く、衣服と同色の金髪が儚げな印象に良く似合う。

 しかし、意思の強い炎のように赤い双眸の彼女が、そういった弱々しさと無縁であるのを、短い時間ながらも共に生死のやり取りをしたシャオン達は知っている。

 

「自分が王として仰ぐ方――名を、フェルト様と申します」

 

少なくない動揺が漂よう広間にラインハルトのその声は何度も何度も繰り返すように響き続けていた。

 


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