「ま、まさか、最優の騎士!?」
「最優?」
チンピラ達が口にしたその呼び名を初めて聞いたものだ。だがシャオンが彼に抱いた印象を表すにはその言葉は適したものでもあった。
「聞いたことないっすか? 騎士の中の騎士、ラインハルトと並ぶ模範的象徴。騎士団長マーコスに次ぐほどの腕前の持ち主」
シャオンが浮かべた表情を見て、説明が必要だと察したアリシアが、簡単ながらも説明する。
騎士団長に次ぐ実力。
実際にその団長とやらの力はわからないが、弱くはないだろう。そして、それに次ぐ実力の持ち主というならば、それだけで目の前に現れた男が只者ではないことは伝わってくる。
「じょ、冗談じゃねぇ! 俺は降りる!」
チンピラの一人が獲物を投げ捨て、走り去る。
それにつられ、周囲の男たちも程度の差はあれ怯えた表情で姿を消していく。
最後にはトンチンカンの三人だけが残ったが、彼らもこの状況で戦うほど馬鹿ではなく、お決まりの負け犬の遠吠えのような言葉を残して走り去っていった。
だがユリウスは追わずにそれらを一瞥し、すぐにこちらに視線を戻した。
「君がヒナヅキ・シャオンだね。アナスタシア様から話は聞いているよ」
先ほど名乗ったことが本当ならば、彼が王選候補者に仕える騎士、アナスタシアの騎士であるのだ。
つまり、かなり立場が上の人物という訳だ。そう意識してしまえばするほど緊張し、手が汗ばむ。
「そんなに緊張することはない。君の立場は客人であり、私より上だ」
「そういわれてもね、流石に気品の差がありすぎるといいますか」
彼の背後からは後光が差しているように見え、つい悪いことをしていないのに、罪の告白をしてしまいそうになってしまうほどだ。
「んぎっ!?」
「変に考えなくていいっすよ。アタシはともかくシャオンは言われた通り客人なんすから堂々としてるっす」
足を踏まれ、激痛と共に無理やり気を引き締められる。
「相変わらず、気障な男っすね。ユリウス」
「そういう君も相変わらずのようだ」
「後、つけてたんすね」
「……それに関しては、謝罪しよう。いくらアナスタシア様の命とはいえ、逢瀬を盗み見るような真似をしたことは事実だ」
「別に構わないっすよ。過保護のアナのことだからどうせ監視の一人ぐらい入ると思っていたっすから」
頭を下げるユリウスに、気にしないと笑うアリシア。
しかし、シャオンには彼女の表情が、僅かながらに悲しそうに見えた気がした。
◻
屋敷に戻る頃には星が見えるほどの暗さになっていた。にもかかわらず屋敷の外ではアナスタシアがシャオンたちの帰りを待っていたようだった。
こちらに気付くと、安心した様に手を振る。なるほど、確かに過保護かもしれない。
「もうルツは帰っとるよ。そんで、どうする?」
「どうするもなにもいくしかないっすよ。話し合いっす」
話し合いをするという彼女だったが、両こぶしを突き合わせている姿はどうみても殴り合いをしにいく姿にしか見えない。
「あ、それなんやけどヒナヅキくんは会話に入らんといてくれへん?」
「どうして、って聞くのは駄目ですよね?」
「まぁ、親子水入らずで話させたってよ」
手を合わせて申し訳なさそうにお願いされては断れない。それに、家族の問題に必要以上に部外者が立ち入ることもいいことではないだろう。アナスタシアの提案に素直に頷く。
「あんがとな。せやなぁ……ユリウス、ヒナヅキくんとのんびり世間話でもしといてや。退屈な思いさせたらあかんで?」
そう笑うアナスタシアは仕事があると言って案内された客間から出ていく。
残されたのは困ったように眉を顰めるユリウスと、同じような顔を浮かべたシャオンのみとなった。
「……ご趣味は?」
「いや見合いじゃないんだから」
ふざけているかと思うような質問をしてくるユリウスにスバルにするように突っ込みをいれてしまう。
やってしまった、と思ったがユリウスは照れ臭そうに小さく笑っていただけだった。どうやら機嫌を損ねたわけではないらしい。
「すまない、場を和ませようとしたのだが。やはり私にはこういうことは似合わないようだ」
「そうですね」
出来ればそうしてもらいたい。笑いどころがわからない冗談を聞かされても気まずい空気が流れるだけなのだから。
「そんなに硬くならなくてもいい。先ほども言ったが君は客人だ」
「それなら、敬語はやめさせてもらうよ」
「ああ、そうしてくれるとこちらも助かる。ところで」
ユリウスはそれまでの笑みを消し、騎士としての表情に変え、こちらに向き直る。
「君は、エミリア様の騎士なのか?」
急に質問が投げ掛けられ、その問いの意味を理解するのに僅かに時間がかかった。
ユリウスが言いたいことは、シャオンがエミリア専属の騎士かどうか、つまり『ヒナヅキ・シャオン』は『ユリウス・ユークリウス』と同じ、候補者を守る騎士なのかと聞いているのだ。
はぐらかすことも考えにはあった、だが目の前の男の瞳はそれを許さないほどの力強さがあった。
仕方なく、シャオンは椅子に腰を下ろしてユリウスの問いかけに答えることにした。
「……ロズワールさんに薦められてはいる、けど今は断っている状態」
「それは、なぜだい? ロズワール辺境伯の推薦があるなら簡単にその道を進むことができるはずだが」
「俺には騎士として重要なもの、それが足りていないから」
一の騎士としての資格――主への忠誠心、あるいは主君を守るだけの力。そして王となるべく邁進する主の道を切り開くなにかを持つ者でなければ騎士は務まらない。
初めてロズワールに騎士推薦を受けた時に自ら調べたことだ。その時も思っていたが、シャオンは騎士には向いていないと思ったのだ。
「あいにくと俺はそこまで強いわけではない」
もしもシャオンが強者ならば今までスバルが死に戻ることなどなかったはずだ。
それにエルザや魔獣たちとの戦闘には結果的には勝利できているが、あれは能力のおかげによるものが大きい。能力を除いたシャオン自身としての力では勝てなかったはずだ。
だとするならば、シャオンは騎士の名を騙れるほどの実力者ではないのだ。
「そして、俺はエミリア嬢にたいして忠誠を誓うというほど信をおけてるかわからない」
彼女と自分の関係もいまいちわからない。
スバルと共に彼女の命を救い、王選の脱落を防いだ恩人。さらにいえば彼女の推薦人であるロズワールが管理している領地を救った英雄のような存在。
そのような存在になるには多くの世界を過ぎてきた、だがそれを知覚できるのはスバルとシャオンだけだ。彼女はそのことを知らない。
だが、それだけなのだ。シャオンとスバル、そしてエミリアの関係とはそれだけなのだ。
そもそもなぜ彼女を助けたのか、その理由をスバルは話していない。シャオンもペナルティを恐れて口にできていない。
それだけじゃない。シャオンは、エミリアが王選に参加するのか、その理由すらわかっていないのだ。
これだけでも十分とした理由になるが、極めつけは別にある。
「なによりも、俺よりもふさわしい男がいるからね」
ナツキスバル。
彼がいる限り、彼がエミリアの力になりたいと思い続ける限りは、シャオンが彼女の騎士になることはない。そう断言できる。
もしも、彼がエミリアを置いてどこかに姿を消すことがあるならばシャオンは彼女を守るために命を懸けるだろう。だがよほどのことがない限りそのような事態にならないと踏んでいる。
それに友人として、彼が彼の想い人を守る騎士になってほしいという勝手な願いもある。
「……君の言う通り騎士に求められるものは、主君と王国に対する忠誠。そして、自らの尊ぶべきものを守り切るための力。それらは必要不可欠なものだ。どちらも、騎士を名乗る上では決して欠かせまい。だが、私はその他にも大切なものがあると考える。わかるかい?」
ユリウスはさらに問いを投げる。シャオンはすこし考え、
「血筋?」
「そう、歴史と言い換えてもいいかもしれない。事実、私が所属する近衛騎士団には出自の確かでないものは推薦されない。それは別に排他的な思考に因るものではなく、出自の確かさが王国に仕えてきた歴史の重みを語るからだ。積み重ねてきた歴史こそが、我らの騎士たる矜持を支えるからだ」
彼の言い分は理解できる。だが、それでは、
「それは当人にはどうにもできない問題じゃないか?」
「そうだとも。人には生まれながらに分がある。それは己の生家すらもそうだ。だから人は生まれながらに、平等足り得ない」
ユリウスはそう断言する。
言っていることは厳しいが、彼の言葉は真理でもある。ただ、その考えを聞いてシャオンは言いたいことができてしまった、珍しく、らしくもなく。
「うん、ならやっぱり俺は騎士にはなれないよ。『今は』」
「いつかは成し遂げると?」
「血筋の問題は確かに解決できないだろうね。俺の故郷はかなり田舎のようだし」
この世界にシャオンの故郷、日本は恐らく存在しない。だからこそ、血筋の話はそもそも問題外なのだ。だが、今の問題点はそこではない。
シャオンは言葉を続けていく。
「ユリウスは人には生まれながらに分があるといったね。そうだ、確かに始まりは一緒ではなく差は必ずある、どれぐらいの物かはわからないけど」
一年で達人になれる武術の天才もいれば、数十年努力してようやくその域に達する凡才だっているだろう。もしくはそれ以上かかる人もいるかもしれない。
だが、それでも必ず――
「でも、それは決して埋まらない差ではない、必ず埋められる差だ。だからこそ、人は努力をするんだ。だからこそ、人は立ち止まらずに進むんだ」
熱弁を終え、沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは、ユリウスの小さな笑い声だった。
「――――ふふ。なるほど、アナスタシア様とアリシアが気に入る訳だ。かくいう私もこの談義で十分得られるものがあったと思うよ」
「そりゃどうも」
この場にアリシアやスバルがいなくて助かった、彼らがいたらきっと"らしくない"と揃って口にしていただろうから。シャオンもそう思う。
こんな風に持論を語ってしまったのはリーベンスのところで飲んだ酒がまだ残っているからだろうか。
「だが、私の意見は変わらない。それでも君が騎士になろうとするなら、これから歩むであろう道は酷く厳しいものになるだろう」
「人生に厳しくない道なんてないでしょ。甘く見えても必ず辛いものがあるんだから」
「それも、そうだね」
してやられたとでも言いたそうに前髪を書き上げるユリウス。
その姿は気障ったらしくもみえ、それと同時に美しさも合わさっていた。様になっているともいえるかもしれない。
「さて、悪いが私は休ませて貰うよ」
そういわれ、魔刻結晶が黄色に染まり、冥日十二時近くを表していた。思っていたよりも時間がたっていたらしい。
「ああ、そうだ。最後に、一つ忠告しておこう。明日は、気を付けた方がいい。君も今日は早く体を休めるように」
詳しくは語らず、ただそう言い残してユリウスは部屋から出ていった。
◻
場所はルツの部屋。
彼の性格とは裏腹に部屋の中は片付いており、言われなければ部屋の持ち主が彼だとはわかりはしないだろう。むしろ自分の部屋よりもきれいなので腹が立つ。
理不尽な怒りを晴らすようにアリシアは備え付けられていたベッドへ勢いよく飛び乗る。僅かに軋んだだけで埃一つ飛ばないことに呆れてしまう。
「さて、と。アリシア」
「残念、心代わりなんてしないっすよ」
話し始めようとするルツの言葉に、喰いぎみで返答をするアリシア。失礼なその行為に彼も憤るかと思ったがそんなことはなく、むしろ嬉しそうに笑みを浮かべただけだった。
「ああ、そうだろうとも。アイツの娘なんだ。頑固なのは知ってるよ。アイツとも散々喧嘩したもんなぁ」
昔を懐かしむような、こちらを見ていないような態度にわずかに苛立ちを覚えたが抑える。ここで怒りをぶちまけてしまってはいつまでたっても話が進まない。
ルツもそれをわかっているのか、すぐに本題に戻ろうとする。
「だが、頑固さは俺も負けちゃいねぇ。よほどのことがない限り譲れない。特にこのことだけは、だ」
こちらを見つめるルツの瞳は今までに見たことがないほどに強固な意志を秘めていた、娘である自分でさえ、怯んでしまうほどに。
それでも意地でにらみ返すとルツは呆れた様にため息をこぼす。
「……そもそもお前、何があった? 家を出た時とは様子が全然違うじゃねぇか」
「べつに? ちょいと成長しただけっすよ」
「あの坊主か」
「それだけじゃないっす」
図星を突かれ、焦りを隠そうと早口で答える。
幸いにも追及はされなかったが、恐らくすべてお見通しなのだろう。目の前の男は存外に鋭いことは今までに過ごしてきた年月が知っている。
「お前が騎士になりたいっていうのを百歩譲って認めよう」
「え!?」
父の言葉に目を丸くする。
今までに頑として首をたてに降らなかったはずの父が急に許可を出したのだ。喜びよりも驚き、そして疑念の方が強い。
そして案の定、その予感は当たっていたのだ。
「だが、いくつか聞きたい。別に今すぐにってわけじゃなくてもいいだろう? あと数年、十年は必要ないだろうがそれぐらいの年月をかけてゆっくりとなればいい。なんで、そんなに急ぐ必要がある?」
「それは……」
答えることができず、彼の目を見ることもできずに自然と下を向いてしまう。だが父の追撃はやまない。
「今のお前はトラウマで剣をまともに握ることすらできないだろ。そんな奴が騎士になれるか?」
その通りだ。
「加えてお前は亜人だ。当然そのことを差別するつもりはねぇし、差別しようとするやつがいるなら俺が殴るさ。だが、世間はそんな事情知りもしない。お前も知っているだろ? ボルドー殿なんかの反応を見れば一目瞭然だ」
その通りだ。
「お前と同じようにフェリスの奴なんかも同じ亜人で、同じように剣術に優れているわけじゃないが、騎士になっている奴もいる。だがそれはアイツしかない力を持ち合わせているからされている評価だ。お前に、それがあるか? お前に力を持つ理由があるのか?」
――その通りなのだ、全て父の言うことは正しいのだ。
アリシアが今すぐに騎士になる理由もなく、過去にとらわれ剣を持つことすらできず、亜人だと差別をされることに恐怖を感じている。
そして、なによりも力を身につける確固たる理由がないこと、それらは全て変えようのない事実なのだ。
だが、それを認めてしまうことが怖い。もう立ち直れなくなってしまうことが、怖いのだ。
「……何も言えない、か。やっぱお前は騎士にはなれないよ」
落胆したようなその声を聞き、堪えられずに部屋から飛び出す。
不思議と背後からは追いかけてくる気配はない。
走って、走って、走り続け、辛くなったころにようやく足は止まり、近くにあった階段の脇、暗くなっているそこへ座り込み、体を丸める。最初はやる気十分で父に向かっていったが、結局はこの様なのだ。悔しくて、情けなくて涙が出てしまう。
そんな彼女の頭に、何かが投げられた。頭上にあるそれを手に取ってみるとそれは一つのハンカチだった。そして、このハンカチには見覚えがある。これは、
「だいぶしぼられたようやな?」
「アナ……なんでここに」
「アリィはつらくなった時は大抵こういう場所に隠れるやん、それなりの長さの付き合いや、わからんわけないやろ?」
いつの間にか現れたハンカチの持ち主に睨みを効かせると、彼女は気にした様子もなくおどけたように笑う。
「うん、取り合えずその泣きそうな顔拭くついでにウチの部屋こよか。ウチも話があるんよ」
「はなし?」
復唱すると、アナスタシアは珍しく悲しそうな、言いにくそうな顔を浮かべていた。アリシアはそんな彼女の表情を見て、嫌な予感で心の中が埋まっていった。
◇
アリシアとの話を終え、アナスタシアは自らのベットに顔を埋めていた。
そこまで他人を気にするような性格ではないのは自らも十分にわかっている。だが、やはり親友に厳しいことを言ってしまえば落ち込んでしまう。思ったよりも自分はまだ甘いのかもしれない。
そんな風に考えていると、乱暴にノックされる。こんなノックの仕方はリカードか、もしくはルツかだ。別に今入られて困ることはないので、入室の許可を出す。すると扉が開かれた先にいたのは後者の可能性、ルツだった。
「なぁ、お嬢」
「うん? なんやルツ。ウチは親友相手に厳しいこと言うてしもたから、悲しんどるんやけど」
「全然、そうは見えねぇよ。まぁいい、頼みがある。これはユリウスと以前から話していたことなんだけどよ」
ルツはアナスタシアに一つの提案をした。
はじめ、その話を聞いた時は驚き、何を馬鹿なことを言っているのだと思った。だが、それと同時に興味深い話だとも思ったのだ。
「――また面白いこと考えよるなぁ……うん、ええよ。許可出したる。ただ、あくまで本人が同意を示すこと、そして
こうは言ったがリスクは大きい。
手加減はできると思うが、娘が絡むと何をしでかすかわからないルツのことだ。もしも何かの間違いでエミリア陣営の使者でもある彼が命を落とすことにでもなったら、王選が始まる前から完全な対立が起きてしまう。
勿論挑まれても負けることはないが、無傷ともいかないだろう。そして、そうなってしまったらあとは他の陣営に狙い撃ちにされる。
なので少なくとも王選が始まる前、そしてどのように王を決めるのかを知るまではおとなしくしていた方が得策だ。
だが、それを承知したうえでルツの要求を認めた理由は――
「得られるものが多い、からに決まってるやん」
誰に言うでもなく、アナスタシアは笑みを深めたのだった。
◇
翌日、ロズワール邸で習慣がついていたのか仕事がないにもかかわらず、早く目を覚ました。
流石によその屋敷で仕事をするわけにもいかないので、体を動かそうかと思っていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「ちょいと話があるんだけど、大丈夫か?」
「はい、構いませんよ……えっと、ルツさん?」
「それはあだ名でな、本名はウルツァイト・パトロスだ。ヒナヅキシャオン」
来訪者はアリシアの父親、ルツだった。
昨日会った時と同じく、獣のような鋭い瞳でこちらを睨みつけている。
「朝っぱらから悪いがひとつ、話がある。お前さん、アリシアのことをどう思っている?」
「意味がわかりませんが。まさか、好きかどうかっていう話ですか?」
まさか彼も昨日のアナスタシア同様に自分と彼女が恋仲とでも疑っているのだろうか? だとしたらうまく説明しないと話がこじれてややこしいことになってしまう。
しかしそんな不安は杞憂だったようで、
「別にどう捉えてもらっても構わない。ただ、単純にどういう感情を抱いているかって話だ」
「嫌い、ではありませんね。男女の仲は考えずに言うと、好ましい人物ではあります」
「なら頼みがある。お前からも、アイツが騎士になることをやめるように言ってくれないか?」
それは、いつかは聞かれるだろうと思っていたことだ。
自惚れでなければアリシアとシャオンは一応友人関係ではあるはずだ。だから自分からも説得するように請われることもあるかもしれないと思っていたのだ。
なので、答えは用意してある。
「お断りします。それは、俺が決めることではありませんので」
こればかりはシャオンは譲れない。こればかりは、彼女の意見を尊重したいのだ、
シャオンの答えに、ルツは何も言わない。だが、僅かに頬を緩めた様に見えた。
「そう、か。なら決まりだな。ついてこい」
「どこにですか?」
てっきりなにか苦言を言われたり、からかわれたりするのかと覚悟をしていたが、予想外の行動に面を苦ありながらも行き先を尋ねる。
すると彼は、肩を回しながら答えた。
「場所は練兵場、用件は簡単な話だ――単なる、決闘だよ」
◇
場所は屋敷から移って、王城のような建物、その隣に独立した騎士団員詰所だ。
赤茶けた土で固められた地面に、長い時間の経過を感じさせる堅固な防壁。それに囲まれるのは衛兵たちが日々肉体を研磨し、実力を高め合うことを目的とした訓練施設。
敷地の広さはシャオンが通っていた高校の校庭、その半分ほどもあるだろうか。
駆け回るにせよ、剣を交えるにせよ、戦うには十分な広さを与えられた空間であるといえる。
そこに、鉄の牙の団員と、アナスタシアが待っていた。その場にいないのはアリシアとユリウスだけだ。
「こまけぇことは抜きに説明する。リカード! 頼む!」
「おう、お嬢から話は聞いとる。決闘の条件は簡単や。ルツが用いんのは肉体のみ。そんで兄さんが用いるもんは武器以外なら何でもええ」
立会人として選ばれたリカードが簡潔に説明をする。
「拒否権は?」
「別にいいぜ、ただ断ったのなら娘を誑かした輩としてまともに生きて帰れるかの保証はできなくなるがな」
はったりだ、そう言い切ることは簡単だ。
しかし、もしもそうでなかった場合、自分はどうなる? 簡単だ、
ロズワールがなんとかするかもしれないが、お人よしのエミリアはそうはいかないだろう。そして、スバルも納得がいかないはずだ。つまりこれはシャオン一人の問題ではないということだ。
「……魔法の使用は?」
拒否権はないものとし、覚悟を決めて決闘に応じる。
それを見てルツは獣のような牙を輝かせ、笑う。
「別に構わない。好きなように使ってもいい」
ルツは己の肉体のみ、対してシャオンはそれに加え、武器を使用しないのならば何を使ってもいいわけだ。つまりはこの決闘はシャオンに有利なものとなる。
「それでは、さっさと始めや!」
リカードの開始の合図と共に先手必勝、という意味を込め素早く相手の懐に潜り込み、拳を放つ。
屋敷での訓練で、以前よりも実力は増したはずだ。実際、今の攻撃も完全なタイミングで放てたと思う。
だが、
「筋はいい、だが――」
背後から声が聞こえ、額に嫌な汗が流れるのを感じる。
その次の瞬間――
「まだまだ青い」
激痛と共に世界が回転し、シャオンの視界は練兵場の高い空のみを映していた。
誤字、脱字があったら教えてください。
後、少し手直しするかもしれません。