「誕生日というものは嫌いだ」
「なんですかいきなり」
ワタシの拗ねたような声に青年は呆れた様に答える。
「ワタシの誕生の日から、死がその歩みを始めている。急ぐこともなく、死はワタシに向かって歩いている。確実にね、だからワタシは誕生日が嫌いだ」
手に持ったティーカップを静かにテーブルに置き、目の前に弟子に語り掛ける。
「ワタシはまだまだやりたいことが山ほどある。この世界全ての知識を得て、この世界全ての未知を体感したい」
だが、ワタシは不死身ではないのだ。ワタシの欲望が満たされることはない。
「誕生日というのはそれを実感させる最悪の日だ。勿論、生まれてきたことに感謝する、おめでたい日でもあることは否定しないけどね」
「そんなことより、主役なんですから急いでください」
ワタシの主張をバッサリと切り捨て、彼はワタシの体を引っ張る。
彼にしては珍しく強引な行動に目を白黒させてしまうが、彼はワタシのそんな様子を気にも留めずに無理やりワタシの体を椅子から立たせた。
「まったく、これでワタシがダダをこねていたらどうしたんだい?」
「四肢をもいで運びます」
「……君も、やっぱり異常だね」
迷いのなく、そして嘘偽りのない言葉に苦笑いをこぼしてしまう。
ワタシ達魔女もだいぶ異質な存在ではあるが彼も彼で異質な存在だ。
まぁ、そうでなければ魔女と付き合っていくことなど無理かもしれないが。
「皆待ってますよ」
青年の言葉を受け、耳をすますと、
「ドナー? まだなのかー?」
無邪気な魔女の声がワタシを急かし、
「あ、あのエキ、ドナちゃんが、来ないと。は、始まらないよ?」
人を惑わす魅惑の魔女の声が優しく呼びかけ、
「もぐもぐ。別にい、急ぐ必要はないですよぉ。ドナドナがこなくてもぉ、おいしい料理はぁありますしぃ……もぐもぐ」
生を堪能する貪食の魔女が食べ物を貪り、
「ちょっとセクメト! アンタこんな時でも寝ているの!? それにエキドナも早く来なさいっ! せっかくの料理が冷めちゃうじゃない!」
怒りをぶつける癒しの魔女が地団駄を踏み、
「ふぅ、逆に。アンタはこんな時でも、ふぅ。怒っているのかい。はぁ、難儀なもんさね」
安らぎを求めてさまよう怠慢の魔女が軽く流し、
「ほら、早くいきましょう」
全ての存在を妬む、ワタシの弟子が促す。
そんな彼らの元へ向かうと、ワタシの嫌いな存在もそこにはおり、こちらを見ていた。
思わず眉をひそめるが、相手は気にした様子はなく、長い銀髪を撫で、小さな、しかし確実にワタシに聞こえる声で言葉を発した。
「――――誕生日、おめでとう」
彼女の言葉を始めに、他の友人たちも祝いの言葉を口にしていく。
すると、心のどこかで何かが満たされる感触に襲われ、暖かな気持ちに包まれる。
きっと、これはうれしい感情なのだろう。この気持ちを抱いたのはいつぶりだろうか。ワタシはもう覚えていない。
誕生日は嫌いだ、だが好きでもある。
それを迎えると死は確実に近づき、だがそれと共に大事な思い出も増えていく。
なにより ワタシには祝ってくれる友人がいることを、実感させてくれる。
だから、案外、誕生日も捨てたものじゃないかもしれない。
「あ! 誕生日プレゼント用意していないじゃない! どうするのよっ!」
その怒鳴り声に笑いながら「大丈夫だよ」と答える。
ワタシが今欲しいものは一つ、この日々が長く続いていくことだ。
他に欲しいものなど今はない。
これが――強欲なワタシの、珍しくささやかな願いだ。
ミネルヴァ:7月20日。
セクメト:8月13日。
カーミラ;6月19日。
以上が現在わかっている魔女組の誕生日です。
ちなみにシャオンは4月10日。
とにかく、エキドナおめでとう。