Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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容疑者探し

「……まったく、なんでこうも扉渡りを破る輩がでてくるかしら」

「さぁ? スバルと違って俺は案外正解引く確率低いからそれで許してよ」

 

 眉を八の字に曲げ、来訪者であるシャオンをにらみつけるのはこの書庫の主であるベアトリス。

 禁書庫に入ると毎回必ず来訪者を出迎える彼女はよっぽどスバルが苦手なのか彼には当たりが強い。

 

「それで? なんのようかしら。まさかオマエもあの男と同じように無意味にベティーの時間を奪いに来たのかしら」

 

 やはり、というべきだろうか、彼女の機嫌はあまり良いわけではないようだ。

 なので出来るだけ礼儀正しく、下手に出るように声をかける。

 

「紅茶、お持ちになりました。お嬢様?」

 

 まるで執事のような言い方になってしまったが、一応丁寧な物言いではあるだろう。

 シャオンがここに訪れた理由は一つ、彼女の力を借りたいからだ。流石に手ぶらではどうかと思い、紅茶とお茶菓子を用意しての来訪だ。

 それでも彼女が喜んでくれる可能性はかなり低いが、

 

「――」

「どうした?」

 

 ポカンと言う表現が似合いそうなほどに、間抜けに口を開けているベアトリス。

 なにか更に機嫌を損なわせてしまったのだろうか。

 もしそうならば時期を改めたほうがいいかもしれない。

 肩を落とし、禁書庫から外に出ようと踵を返したその時、

 

「はぁ、そこに座るのかしら」

 

 シャオンの予想を裏切るように引き留める声が彼女から聞こえた。

 振り返るとそこにはいつの間に用意されていたテーブルに座り、早く用意をしろとでも言いたそうに口を尖らせているベアトリスの姿があった。

 

「――かしこまりました」

 

 彼女の期待に沿うべく、丁寧に紅茶を注ぐ。

 ベアトリスはその光景を静かに眺めている。そして、彼女の小さな口がティーカップにつくと、

 

「まずっ! まずいかしらっ!」

「ははは、紅茶入れるのなんて初めてだったからな」

 

 ベアトリスは口に含んだ紅茶を勢いよく吹き出し、文句をシャオンに言う。

 シャオンもカップを手に取り、紅茶を口にする。

 

――まずい。

 

「うん、すげぇ渋い」

 

 これは飲めたものではない。何も知らずに口にすればシャオンも噴き出していたかもしれないほどだ。

 レムやラムが淹れるのを真似ただけだったので味に期待していなかったが、これほどまでに酷いとは思わなかった。

 これでは彼女の機嫌はぶっちぎりに最悪になるだろう。

そう予想していたが、

 

「待っているのかしらっ!」

 

 ベアトリスはその怒声とともに、禁書庫から出ていってしまった。かと思うとすぐに戻ってくる。

その手には新しい、花のマークがついた紅茶器具があり、そのまま椅子に座らずに、シャオンと自分用に新しく二人分の紅茶を淹れる。

 

「おぉ……」

「ふん、これくらい大したことないかしら」

 

 シャオンとは違う手際の良さ、そして漂ってくるいい香りに感心するように息を漏らすと彼女は得意げに笑みを浮かべる。

 目の前には四角い角砂糖――シュガーが二つ用意されている。

 

「ん?」

「なにかしら、シュガーの数は二つであっているはずなのよ」

「いや、確かに俺は紅茶呑むときいれる砂糖の量は大体二つだけど、話したっけ?」

 

 その言葉に彼女はわずかに肩を震わせ、ゆっくりと口を開いた。

 

「――あの男がぺちゃくちゃ話してきたのよ。聞いてもいないことをべらべらと、腹立たしいかしらっ!」

 

 彼女の瞳が段々とつり上がっていくのを見て、地雷を踏んでしまったと焦る。

 ここで彼女の機嫌を損なってしまえば本来の目的を達成できないまま部屋から追い出されてしまう。

 慌てて話をもとに戻すことにする。

 

「は、話を戻そう。実は君の力を、知恵を借りたい」

「……オマエがベティーの手を借りたい?」

 

 シャオンの言葉にとりあえず怒りを抑え、話を聞く姿勢を見せてくれる。

 

「ああ、呪術師について詳しく知りたい」

「相変わらず意味の分からないことに情熱を注ぐのよ……それで? 何が知りたいのかしら」

 

 呆れながらもしっかりと話を聞いてくれる彼女のやさしさに感謝しながらベアトリスに訊ねる。

 

「呪術の防ぐ方法、みたいなのない?」

 

 シャオンとスバルだけが知っていること、それは”呪術師の襲撃がある”ことだ。

 なにが起こるのかがわかっているならば防ぐ方法を考えるのは当たり前のことと言えるだろう。だが、

 

「ないのよ」

「――へ?」

「呪術は発動したら防ぐ手段はない、発動に手間がかかるのだからそれぐらいの効果はあるのかしら」

 

 ベアトリスの言葉に頬が引きつる。

 防ぐ手段はない、彼女はそう口にした。つまりは、発動したらゲームオーバー確定だ。

 それだったら、村に行くことをやめさせるほうが先決だ。

 だが、屋敷で過ごす以上誰かが買い出しなどで村に行く必要がある。

 現に今までのループでもレムとスバルが、シャオンとラムが村へ出向いているのだ。正当な理由がなければ止めることはできない、もしも要求が通ったところで長続きはしない。

 

「――ただし、発動前ならなんとかなるかしら」

 

手詰まりかと思っていたシャオンへ光明が差すかのようにベアトリスの言葉がかけられる。

 思わず顔を上げると彼女はシャオンの様子を気にするわけでもなく、紅茶にシュガーを三つほど入れ溶かしていた。

 

「ベティーやにーちゃはもちろん、ロズワールも恐らくは出来るのよ。ただあくまで、発動前という条件があるかしら」

「つ、つまり、発動する前なら後遺症なしに呪術を無効にできるんだな?」

 

 シャオンのどもりながらの確認とは対照的にベアトリスは静かに首を縦に振る。

 その反応にシャオンは心の中でガッツポーズをとる。これで一つ進展した。たった一つだが大きな進歩だ。

 流れに乗るようにもう一つの問題について助言を求めることにした。

 

「それと、もう一つ聞きたいことがある。気配だけでなく物音すら消す魔法、なんてあるか?」

「……陰魔法の大抵はそれかしら」

 

 陰魔法。いわゆるデバフ系統の魔法だ。

 確かにあの系統の魔法ならば気配だけでなく音すらも遮断できるだろう。

 だが、魔獣に陰魔法を使うことができるのだろうか? そもそも陰陽の魔法は適性があることが珍しいらしい。 可能性に入れてもいい選択肢ではあるが確信はできない。他に、何か手掛かりはないかと記憶を探る。そして――

 

「――石」

「は?」

 

 つぶやいた言葉にベアトリスが眉を顰める。だが、今のシャオンにはそれに反応する時間すら惜しい。

 頭によぎったのは魔獣の舌裏についていた碧色の石だ。あれがただの装飾品なはずがない。

 そして気配を消せるような魔法は陰魔法、魔獣に陰魔法が使えるかという疑問。それらを組み合わせて作り上がった考えは、

 

「その効果を出せる魔鉱石、あるか? つまりは、陰魔法の魔鉱石」

 

 魔鉱石の使用、その可能性だ。

 魔鉱石はマナを扱うことができればたいていの者が使える代物、知能があまり高くない魔獣にも扱えるというのは以前書物で呼んだことがある。

 ならばあの舌の裏についていた輝石が陰の魔鉱石で、気配を消していたのではないかと考察する。

 自らの考察が正しいことを期待して彼女の返答を待つが、

 

「確かに陰の魔鉱石は存在するかしら。ただ、大体は魔法器、『ミーティア』の魔力補充に使われているのよ。そのまま陰魔法を使うために魔鉱石を用いるなんてめったにないのかしら」

「まじか……」

 

 希望が打ち消され崩れ落ちそうになるのを何とか堪える。

 そんなことを気にする様子を微塵にも見せず、ベアトリスはお茶請けを口にしている。

 

「他には何か聞きたいことがあるかしら? なければベティーはもう眠らせて――」

「よぉベア子! あれ、相棒もご一緒で?」

 

 ベアトリスの声をかき消し、スバルが大きな声と共に禁書庫に侵入してきた。

 シャオン自身時間をかけてたどり着いた書庫だが、彼はすぐに見つけることができたらしい。

 

「ああ。といっても俺のほうは俺のほうで解決したけど……どうする? 俺も残ろうか?」

「そうだな、できればお前と相談もしたいからここにいてくれ」

「なんで、ベティーを無視して話が進んでいるのかしら!」

「そう吠えるなよ。ほら紅茶でも飲んでクールダウン」

 

 怒鳴るベアトリスをなだめながらスバルは、椅子に腰かけ、シャオンが淹れた紅茶の残りを口にし、

 

「まずっ!」

 

 勢いよく紅茶を吹き出した。

 

 

禁書庫でのベアトリスとの会談から一夜明けて、今は三日目の朝に突入している。

 昨夜の禁書庫でのやり取りで今後の方針はだいぶ定まったといえるだろう。

 魔獣の件についてはいまだ不透明なところが多いが、一つだけ対策を練ることができた。現在は対策を立てることができたからか、わずかながらに心にゆとりを持ちながら仕事をしている。

 そして、今はラムとレムと共に朝の業務の確認をしているところだ。

 粗方の確認を終え、いざ仕事にとりかかろうとするとしていた時、

 

「姉様、姉様。スバルくんという薄情者が来ましたよ」

「レム、レム。バルスという穀潰しが図々しくも来たわね」

「相変わらずの毒舌でスバルくん心は折れちゃいそうです……とりあえず」

 

 双子の毒舌にスバルはげんなりとした表情を見せながらもスバルがこちらにやってきた。

 そして、大きな声で、

 

「昨日はマジすんませんでしたー!」

 

 謝罪の言葉と共に、頭を床にこすりつけるようにする。

 

「本当に昨日はすまんかった。……まぁ、いろいろあってリフレッシュできたから今日は、いや今日からはしっかりと心機を一転しちゃいますぜ?」

 

 ウィンクを決めながらやる気を見せるスバルに三人は目を合わせ、

 

「膝枕ですね」

「膝枕だわね」

「膝枕だからね」

「待って! 俺のプライバシーが筒抜けなんですがっ!?」

 

 三人そろって”いろいろ”の部分をあえて口にするとスバルは顔を赤く染め、うずくまる。その姿があまりにも滑稽だったのでその場にいたスバル以外が吹き出し、さらに顔を赤く染める。

 

「さて、そろそろ朝のお仕事に入りましょうか、姉様」

「そうね、バルスにかまっていたら貴重な時間が、貴重な時間が無駄になるもの」

「切り替え速いな!」

 

 わざわざ二回も口に出し貴重な時間の部分を強調するラムに苦笑いを浮かべるスバル。

 

「タンマタンマ。仕事を始める前にちょいとお願いがありましてね」

「お願い?」

「……面倒ごとね」

 

 片方は単純に疑問を、もう片方は察しながらスバルの話を聞く体制をとる。

 

「決めつけはよくねぇよ? 姉様。実は村に行ってみたいんだ。近くにあるだろ?」

「ああ、あの小さな村。確かに買い出しとかがあれば業務を中断せずに寄れるだろうけど……」

 

 スバルの提案を初めて聞くようなそぶりを出すが実はこれは昨日考えた作戦だ。

 今夜、禁書庫での推測を確かめるため、今日中にでも村へ足を運びたい。そう思い、買い出しの日程を今までよりも一日ずらすことにしたのだ。

 

「香辛料が切れていたので、明日村に降りて買いに行こうかと考えていましたが……」

「いいんじゃないかしら」

「姉様?」

 

 悩む妹の代わりにあっけらかんと応じたのは、桃髪に軽く触れながら片目をつむるラムだった。彼女は妹の疑問の声に視線を向け、

 

「買い出しにはいかなければならないし特別急ぎの用事もない。二人の荷物運びもいるようだし、この機会にこき使えばいいわ」

 

 ラムの援護射撃は正直、予想外だったが結果として助かる。

 二人をどう説得するか、そのことに関してもスバルとシャオンは本気で頭を悩ませていたのだから。

 

「……姉様が、そういうのなら」

 

 しばしの間を経て、レムもまた肯定的な意見を述べた。

 彼女の行動の指針は基本的に姉の意見を優先する、ということはこれまでの接触からわかっている。

 ラムが偶然とはいえ口説き落とせた時点で、この交渉の結果は決まっていたといってもいい。

 レムは買い出しが加わった一日の予定を組み直しているのか、頭の中を整理しながらせかせかと歩き出す。

 

 「ま、俺が言うのもなんだけど……仕事しますか、先輩」

 

 その背中を見送りながら、スバルも遅れて後を追う。だが、ラムが「待ちなさい」という声に歩みを止めた。

 

「その前に、さっきの庭園での魔法だけど……」

 

 その言葉にスバルは手を合わせ頭を下げた。

 

「ああ、無様で悪かった。とても使い物にならねぇ。ありゃしばらく封印するわ。具体的には使いこなすのに二十年かかるらしいぞ」

「そういうことじゃないんだ、スバル」

「――どゆこと?」

 

 シャオンの言葉の意味がわからないからか、スバルは疑問符を頭に浮かべる。そんな彼にシャオンは自らの右頬を指差し、説明する。

 

「庭園の一角で、エミリア嬢の周囲を目隠しのシャマクで撹乱――慌てたレム嬢を食い止めた俺に、スバルくんは感謝の言葉をかけても罰は当たらないと思うんだ」

「あ……あーあー、あー、そーねそーよね。どーりでお前の頬腫れてるわけだ」

 

 未だに頬に感じる熱に痛みや怒りを通り越して感心してしまいそうなほどだ。

 庭園で陰魔法の発動が見えた瞬間、レムが鬼気迫る表情で現場に向かおうとした。

 勿論、その行動は間違っていない。屋敷の主とも同等と言えるほどの人物が襲われているかもしれないのだから。

 ただ、彼女の表情にはスバルを殺してしまいそうなほどの殺意がにじんでいたので慌てて止めたのだ。

 当然、立ちふさがったシャオンをレムは吹き飛ばし、その直後にラムが止めてようやく落ち着いたのだが。

 

「そういえば、ラム嬢とレム嬢どっちがついていくんだ?」

「なにを言っているの?」

 

 ラムはシャオンの言葉に首をかしげるがその様子にこちらも首をかしげる。

 

「ラムも、レムも、二人とも行くわ。きれいな花に囲まれてさぞ幸せでしょう? 男ども」

 

 スバルとシャオンの表情がラムの答えに引きつったものに変化したのを感じる。

 

「その花、毒あるんじゃないかな。とても強い」

 

 できればその毒が致死性が高くないことを願い、今日の業務をするためにそれぞれの持ち場に足を運んだ。

 

 

 その村を訪れるのは、通算で二度目のことだった。

 ラムと回った村落。領主の屋敷のすぐ側にある村にしては規模が小さく、住んでいるのはせいぜいが三百人前後。

 だが、三百人前後、などと簡単にいっても、その全員を調べて回ることなど不可能だ。ましてや時間は、楽観的に考えても今日、明日しかない。

 

「それにしても、ずいぶんと早く仕事が終わりましたね」

「人手がいつもより多かったのもあるけど、バルスが気味悪いくらい冴え渡ってたのよ。なにがあったやら」

「ふふん、俺の中の眠れる潜在能力が開花したんだろ。ラムちーも変に照れずにストレートに褒めていいぜ。ただし惚れるなよ!」

 

 午前中の仕事内容を高く評価され、かなり有頂天なスバル。

 午後の買い出しを確実なものとするため、必須の仕事を終わらせるのに全力を傾けた結果だ。おかげで村で活動できる時間を大幅に取れただろう。

 昨晩のベアトリスへの質疑応答で得た、呪術師が呪術をかける条件――それは、対象との肉体的接触。

 その対象に触れるなりの接触行為を行わなくてはならない。呪術師を純粋に暗殺者として考えた場合、これはかなりリスキーな条件だ。

 その対価を払うからこそ、発動後の絶対の呪術の発動、”死”が約束されているともいえるが。

 ともあれ、

 

「犯人の条件は変わらない――俺が過去に村に訪れた二回で、どちらも遭遇してる村人に限られる」

「そして、お前以外にレムも接触している」

 

 そして、その人物がこの数日以内の外来の存在であればほぼ確定だ。絞り込みは容易に行われる。

 こじんまりとした村だ。だがいくらそんな村でもどう頑張っても出会った全ての人物を把握することはできない。

 これまで屋敷の中に向いていた目を急に外に向けて視界を広げたのだ。ほぼ除外していたラインだけに、古い記憶を探るのも一苦労なのである。

 

「とりあえず記憶にあるのは……『若返りババア』と青年団。『ラムレム親衛隊』と『ムラオサ』と、ガキ共ってとこか」

「ネーミングセンスについてはいささか疑問が残るけどね」

 

 だが、名前の通り村の中で特に印象深いのがこのあたりの面子になる。

 『若返りババア』は、好色そうな笑みを浮かべてスバルの尻をまさぐっていった。勿論シャオンもその魔の手にかかったことはいやな記憶として新しい。

 『青年団』はそのまんま、村の若者で結成された集団だ。体育会系っぽい声の男がリーダーで、肩をバシバシと叩いてくる元気のいい男たちだった。

 『ラムレム親衛隊』は便宜上そう呼んでいるだけで、実際に当人たちが名乗ったわけではないらしい。そもそもシャオン自体彼等には出会っておらずスバルが語る印象しか知らない。

 一見、青年団によく似たメンバーで構成されていて、角刈りのリーダーが統率している。ラムとレムに親しくする男が気に入らないらしく、肩をバンバンと叩かれたとスバルが嘆いていた。

 そして『ムラオサ』は、背の低くて腰の曲がった爺さんだ。白く、まっすぐに伸びた立派な髭と、鋭い眼光も合わせて見た目は完璧に『できる村長』といった雰囲気の村民である。

 

「こうして思い出すとアレだね……ちょっと全員怪しすぎるだろ」

「ほんとにな。しかもさりげなく全員が俺と接触してるじゃねぇか。あとは……考えたくねぇががきんちょも候補にいれる」

「結局ぶち当たっていくしかないのか」

 

 結論としてはそうなる他ない。

 いちいち、体当たりな方法しか見当たらないことに情けなく思ったのか、スバルは大きなため息を吐く。と、そんな彼の物憂げな様子に、

 

「どーしたー」「お腹痛いのー?」「お腹減ったのー?」

 

 立て続けに反応する声は、頭の上から届いた。

 首をめぐらせ、スバルの後ろ、ちょうど背中あたりにしがみつく、小さな人影を見やる。

 茶髪を短く揃えた少年だ。年齢は十歳に満たず、小学校低学年くらいだろうか。そして、それ以外にもスバルの足や腰には小さな影がまとわりついている。

 いずれもスバルの腰あたりまでしか身長のない、小さな子どもたちだ。その数はスバルにしがみつく子だけで四名、そして周囲を見渡せばざっと十名には届くだろうか。

 そしてその手はシャオンにも及んでいる。スバルとの違いはその数が少ないのと、女の子が多いことぐらいだろうか。

 

「お前らは時空を越えても俺に絡みにくるな……」

「なに言ってんだー?」「頭ぶつけたー?」「お腹壊したー?」

「相変わらず好かれるね、子供たちに」

 

 笑顔で背中に上った子どもに頬を引っ張られているスバルの姿に感心の声を上げる。

 

「なんでか昔っからガキとお年寄りにはわりと受けいいんだよ。正味、俺はこの世でたったひとりに受けが良ければそれでいいのに」

 

 体を回して背中に乗せた子どもをあやすように揺らす。

 揺れに合わせ、きゃいきゃいと嬌声が響き、次は自分だなんて声が乱舞するのを聞きながら、スバルとともに子どもを引き連れて村を歩く。

それに倣い、軽く体を揺らしながら立ちあがる。

現在、シャオンはスバルと二人で自由行動中だ。

子供たちにあちこちしがみつかれているせいでとんだ自由行動だが、ラムやレムと同行していないという意味では自由行動中である。

 共に村へ訪れたメイド姉妹は、

 

「姉様、姉様。手分けして軽いものだけ集めてしまいましょう」

「レム、レム。重くて持ちづらいやつは男どもに任せましょう」

 

 などと後々に気が滅入るであろう発言を残し、足早に買い出しに散ってしまったのだ。

 おそらく、村を見てみたいといったことに対する気遣いなのだと思うが、どちらか片方は残っていてほしかったというのが本音と、そして監視の役割としてそれはどうなんだという疑問が残る。

 

「……二人がいれば、超緊張しながら容疑者挨拶回りしなくて済んだのに」

 

 呪術師の探索において、スバルが選んだ手段は非常に簡単なもので――自らの身を囮に、呪術師自体を誘き出すというものだ。

 といっても自暴自棄になって、身を差し出すわけではない。その前段階、つまり呪術の術式を刻まれる段階にあえて踏み込もうと考えているのだ。

 非常にリスキーな判断だ。その気になれば呪術師が呪術を発動させた瞬間にこのループのタイムリミットを迎えてしまうということになるのだから。

 

「少なくとも、術式自体はベアトリスが解ける」

「あのロリが拗ねなきゃな」

 

 呪術の術式解除はベアトリス、そしてパック、ロズワールにも可能という話だ。パックの場合は自然とエミリアを巻き込んでしまうため避けたいが、ベアトリスが非協力的な場合にはその手段もやむをえまい。胡散臭いロズワールに頼るのは最終手段だ。

 

「ん?」

 

ふと、頭になにかが掛けられたような感触を感じる。手でその感触の原因を確かめようとするが、

 

「……だめ、さわっちゃ花冠が崩れる」

 

 声と共に背後から小さな暖かい手が伸び、シャオンの手を止めた。

 その手の主は赤髪の少女だった。おそらく彼女も村の子供だろう。

 

「ほぉ、器用なもんだな、俺にはないの?」

「うん、ペトラお姉ちゃんのおかげ。スバルには……また今度、うんきっと、たぶん作るから」

「その今度が果てしなく遠い気がするんですが!?」

 

 自分の分はないのかと要求するスバルに悪気のない毒舌が刺さる。恐らく悪気はないのだろう、だからこそえげつないのだが。

 

「えっと、ありがとう?」

 

 礼を言うと恥ずかしがるように、しかしシャオンから離れようとはせずにただ背中に顔をうずめる。

 その様子にスバルがからかうような笑みを浮かべた。

 

「モテモテだな、おい」

「お前もな」

 

 互いの背中には大勢の子供が引っ付いている。離れさせようにも離れない。重く、動きづらいことこの上ないが、

 

「ま、悪くないか」

 

 そう、思える重さだった。

 

 

「そろそろ自由時間も終わりだからって見にきてみれば……」

「まぁ、まぁ。別に変なことをしているわけじゃないし、もう少しで終わるからさ」

 

ラムは呆れと怒りが混ざった声を出したのでそれをフォローする。

視線の先ではスバルはのびのびとダイナミックに体を動かし、その動きを真似して、子どもたちも同様に、そしてそれを取り囲んでワンテンポ遅れてついてくる老齢の集団や青年団の姿もある。

最後に深呼吸を行い、全員で息を整え、それから締めの一発として両手を空に伸ばし、全員で声を揃えて、

 

「――ヴィクトリー!!」

 

形式としては一応ラジオ体操だと思うが……なにか妙なアレンジがされており、よくわからないような踊りになっていたそれはようやく終わりを迎えたようだ。

やり切ると歓声が上がり、周囲の人々とスバルは手を打ち合う。わずかに汗のにじむ額を拭い、こちらにスバルが戻ってくる。

 

「それでこれはなんの余興?」

「余興て、そんなたいそれた話じゃねぇよ? ただがきんちょたちをまとめて相手するにはちょうどいいかなと」

「まぁ、思った以上の好評で俺も驚いたけど、それよりも驚いたのが――」

「アリィお姉ちゃんヴィクトリー!」

「はいヴィクトリー!! これ楽しいっすね。よし! もう一回!」

「あの子供たちよりも子供っぽい反応をしている奴がいるってところだよな」

 

 いつの間にか金髪の女性、アリシアもラジオ体操に参加し、子供たちよりもはしゃぎながら体を動かしていた。

そのはしゃぎっぷりは体操が終わった後もまた、一人で続けようとしているほどだ。

 本人の性格が相変わらず子供っぽいからか、子供たちと仲よく遊んでいても違和感がない。

 

「それで、お望みの村は堪能したの?」

「――ああ、その点に関しちゃ、滞りなく」

 

 村の散策、とは名ばかりの容疑者たちとの接触――それはあっさりと叶った。

 もともと目立つ面子であったこともそうだが、そもそも彼らの方も新しい人間へ接触したいという意識があったからだろう。

 探すまでもなく顔を出してくれたので、流れはともあれ肉体的接触に関しても前回と同じかそれ以上にあった。

 

「でも、流石に離れてほしいかなー」

「ああ、動きにくくて仕方ねぇ」

 

 いまだに体中にまとわりついている子どもたちに嘆息。一度避ければまあ諦める大人陣営と違い、子どものバイタリティには頭が上がらない。

 

「じゃ、俺らは仕事あっから離れろ、お前ら。いやぁ、残念無念。もっと時間があればもっと遊んでやったのに。はは、残念」

 

 レムとの合流を急げと視線で合図してくるラムに続く。が、

 

「お?」

「ん?」

 

 ふいに引っ張られるような感覚を感じる。振り返るとすぐにその原因がわかった。

さっきまで積極的に絡んできていた面子と違い、一歩引いた位置から、こちらをうかがっていた子がスバルとシャオン二人の袖を引っ張っていたからだ。

 

「どした? 言いたいことがあるなら聞くぜ?」

「えっとね……こっち」

 

 少女が指差すのはレムとの待ち合わせの反対方向だ。

 スバルは許可を求めるようにこちらを見る。

 残念ながら行動の決定権はシャオンではないので先輩であるラムにその視線を受け流す。

 彼女は小さく嘆息して、

 

「もう少しだけ、勝手にしたら?」

「悪いな、それじゃあついていこうぜ」

「ああ、そうしようか」

 

 ラムの許可を無事得ることができ、手を引かれるまま少女についていく。

 ついていくと集まっていたのは、さっきまでと同じ子どもメンバー。彼らは一様にその顔に悪戯っぽい笑み浮かべ、小さい声で囁き合っていた。

 

「あーあー、そういえばこのイベントもあったよなぁ……」

  

 納得の声を出すスバル。駆け出した少女。少し大人しめな彼女が息を弾ませ、ソレを腕に抱いてスバルの前へ戻ってくる。

それは褐色の体毛をした『子犬』っぽい生き物だった。

まだ生後間もないといった様子で、体長はいっぱいに体を伸ばしても三十センチに届くまい。つぶらな瞳に柔らかそうな体毛を生やすそれは見た目は紛れもなく犬だ。

 

「ふかーっ」

「やっぱりこうなるか……」

 

 スバルが歩み寄った瞬間、全身の毛を逆立てて威嚇してくる。

 小さな体をめいっぱい警戒させる姿に、子どもたちも驚いたような顔で、

 

「いつもは大人しいのにー」「スバルにだけ怒ってるー」「なにやったんだよー、スバルー」

 

「それは俺が聞きたい勢いだよ。三度が三度、これだと単純に俺とこいつの相性って話なのかねぇ」

「ふーん、どれどれ」

 

 悲しそうに肩を落とすスバルの隣で子犬に向かってお手をする。すると、

 

「おお、やわらかい肉球の感覚が」

「……できれば俺にもそんな反応だったら嬉しかったりしたなぁ」

 

 普通の犬のように前足をシャオンの手に載せてくる、その子犬の反応の違いにスバルは恨めしそうにこちらを眺める。

 

「ふむ……ならば胡散臭そうな笑みを浮かべて」

 

シャオンを見習ってか愛想笑いしながら媚びを売るスバル。と、その効果が出たかどうかは置いておいて、子犬が警戒を解いたように身をほどく。

 

「では、失礼して。うぉう、さすが夢にまで見たモフっ子。なかなかのモフリーケーションじゃねぇか。でもやっぱ野良は多少毛触りに難ありだな。そこは毎日のブラッシングと愛情が決め手」

 

 柔らかな手触に心を癒され、スバルの表情が緩む。

 

「モフっ子とモフリストは惹かれあう運命にあるわけだな。俺、詩的。そしてお前は超素敵。とはいえ、ちょいちょい気になる箇所あんな。おっと、頭頂部に十円……いや一円ハゲ見っけ。白っぽくなってっけど、お前どこにぶつけ――あいたー!」

 

 コンプレックスを指摘されたのがポイントだったのか、それまで大人しくしていた子犬が突如として牙を剥いた。

 がぶり、と左手に小さい犬歯が食い込む。

慌てて引き抜いたようだが、手の甲を軽く血が伝っている

 

「なんというイベント補完率。傷の位置までほぼ同じとか、ひょっとしてお前、タイムリープしてね?」

「ああ、そういえばそうだったな」

 

 一度目の世界でもスバルは手に傷を負っていたことを思い出す。確かにかまれたと言っていたがそのイベントはこのことだったらしい。

 子犬は警戒心を隠すことなく小さく唸る。

 再び溝の開いたひとりと一匹のやり取りに、それを傍観していた子どもたちが、

「やっぱ調子乗ったからー」「あれだけ勝手に触られたらねー」「それにこの子はメスだしねー」

「微妙に問題点がずれてく気が……そして誰も俺の心配をしてくれない。そろそろデレるツンデレが出てきてもいい頃だよ!」

「大丈夫? これでOK?」

「お前じゃないよ! でもありがとう!」

 

 シャオンの裏声での心配に、スバルが大きな声を出して突っ込んだからだろう。びくっと体を震わせた子犬が、少女の腕の中から身をよじって飛び出し、そのまま茂みの方へと駆けていってしまう。

 その光景を見てスバルを除く全員がスバルを非難する目で見つめる。

 

「ついに全員でひと揃いかよ! 悪かったよ!」

 

 地団太を踏み、ひとしきり謝って、それから子犬を探しにいくという子どもたちと手を振って別れる。

 最後まで盛大に二人の体のあちこちにその痕跡を残していった彼らと別れ、待たせていたラムのところへ慌てて戻る。

 

「悪い、待たせた」

 

 腕を組み、塀に背を預けていた態度のでかいメイド。彼女は片目だけ開けて視線を向け、

 

「すぐ済むだろうと思って送り出した後輩の一人が、左手から血を流してる件について」

「それこそ悪かったよ! 色々あったんだよ、見りゃわかるだろ」

「そうね。視てたからだいたいは知ってるわ。早く戻るわよ、レムが待っているから。ついでにその傷もレムに治してもらいなさい」

 

 と、ふいにラムがスバルに歩み寄り、その袖を引いて先導を始める。

 彼女からスバルに接触するのは珍しかったからかスバルは瞬きを数回する。

 そして、動かないスバルに疑問を覚えたからかラムは首をわずかに後ろに向け、

「バルス? こないの?」

「……今行くよ、ちゃんとついていくよお前に」

 

 照れが入ったようなスバルの返事にラムはわずかに口角あげ、再び前へ進む。

今度はスバルもそれに合わせて歩みを進めていく。

 

「……これは信頼度は十分だね」

 

 そう、ひとりごち、彼等の背後をのんびりと、シャオンは一人で、ついていった。

 




リアルが忙しいので十二月中旬付近まで投稿できなくなるかもしれません。
一応簡易プロットはできているので今年中に三章には入ると思いますが。

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