Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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台本通りに物語は進まない

――死に戻り。それは、王都で起きた事象だ。

 エルザに殺され、一定の時を戻された。それと似たようなことが今起きたのだ。

 

「お客様?」

「あー、ちょいまち。寝起きだから頭が回らない。悪いけど少し一人にしてくれ」

 

 こちらの様子に不審がるラムとレムに大丈夫だと手で示す。

 

「あと、できればもう一人、俺と一緒に来ているはずのスバルを呼んできてくれないか?」

 

 とりあえずは基点であるだろうスバルがいなければ話にならないと思い彼女たちに呼んでくるように頼む。しかし、

 

「……それが」

「どうかしたの?」

 

 眉を下げ、申し訳なさそうな表情を浮かべる二人に何かあったのだろうかと尋ねる。だがその答えを聞くよりも早くに、声がした。

 

「もう……来てるぜ」

 

 声の聞こえた方向には顔色が青く、なんとか扉に寄りかかるようにして立っているスバルがいた。

 

「おー。すごい顔色、流石寝起きの悪さに定評があるな」

「大丈夫、なのですか、お客様」

 

 心配するレムの言葉で確信する。

 

 ――たぶん、双子に対して変な態度をとったんだな。

 

 予想外の再び始まったループに動揺は隠せないだろう。事実シャオンも動揺を隠すことは難しかったのだから。

 だから、彼女たちはスバルに対して今もいぶかしげな眼を向け、少し距離をとったような発言をしているのだろう。

 変なイメージをつけているのも良くないので、すこしでもイメージを払拭するようにからかうようにスバルの顔色の悪さを口にする。

 

「お二人さんも何かスバルの挙動がおかしかったとしても許してくれ。寝起き、くそ悪いからさ」

「はぁ、では失礼します」

 

 いまだ警戒は解いていないようだが、礼をして扉を出ていくラムとレム。

 そして扉に耳を立て、立ち去っていく足音を聞いてスバルに向き直る。

 

「さて、何があったかわかるか?」

「……わからない」

 

 小さな声でそうこぼすスバルの表情には余裕が微塵も感じられなかった。だが、立ち止まっている時間はあまりない。早く立ち直ってほしい。

 

「お互いの状況を確認しようか……でも、その前に顔洗え。本当に顔色ひどいぞ?」

「ああ、そうする」

 

 シャオンの指示に素直に従い、二人で洗面所への扉を開いて、

 

「……は?」

 

 ――大量の書架が並ぶ、禁書庫にその身を滑り込ませていた。

 

「おいおい……」

「いろいろとありすぎてわけわかんねぇ中に、さらにこんな追加イベントかよ……」

 

スバルの言葉にはキレがなく、乾いた笑いは虚無感を際立たせるばかり。それが気休めに過ぎないと当人もわかっているのだろう。

繰り返し、繰り返し、最後に深く大きい呼吸を繰り返す。と、

 

「――ノックもしないで入り込んで、ずいぶんと無礼な奴なのよ」

 

 薄暗い部屋の奥、小さな木製の机の前に座るのはクリーム色の髪の少女。いつでも変わらず、いつでも揺るがず、こちらとの距離を保ち続けたロズワール邸の禁書庫の番人――ベアトリスだ。

 彼女は手にしていた本を音を立てて閉じると、その小さな体には大きすぎる冊子を片手に抱いたまま不機嫌そうに眉を寄せながら歩み寄る。

 

「どうやって『扉渡り』を破ったのかしら。……さっきといい今といい」

「……さっき、か」

 

 ベアトリスの言葉に今の時系列の確認ができると思い、問いを投げる。

 

「ベアトリス、俺のこと知ってる?」

「ふん、知らないのかしら。まぁ? そこのニンゲンとはちょっとからかったことはあるかしら」

「あれが、ちょっとかよ」

 

 二人の間に何があったのかは詳しくは知らないが、相も変わらず冷たい対応を示すベアトリス。

 だがこれでおおよその時系列がわかった。

 

「今の俺らがいるのは……ロズワール邸に初めて来た日、戻ったのは五日後から、四日前までか」

 

 かろうじて記憶に引っかかる光景が思い出され、シャオンは合点がいく。

 メイドの双子が揃って起こしにきたのはあの日だけ。しかも、客室のベッドを利用する身分だったのも初日だけのことだ。

 些細な違いはあるが、つまり――

「やっぱり、”また”なのか……?」

「ああ、王都の時とは大分戻る時間が伸びているようだけど」

 

 正しく現状を見つめ直し、スバルは今の状態をそう定義し、シャオンもそれに同調する。

何がしらかの不可思議な力の導きにより、再び時間を遡行したのだ。

 

「うそ、だろ」

 

 その現実を理解はできる、だが納得はそれとは別の話だ。特にスバルが感じているショックは大きいものだろう。

 なにせ、この屋敷に来てから初めての労働を経験し、働くことの苦労、そして楽しさを覚えたのにそれがなくなってしまったようなものだ。それに加え、わずかながらに築いてきた屋敷の住人達との絆も霧散したのだから。

 だが失意に押しつぶされているつもりはない。こうして戻ってきてしまった原因が何なのか考える。

『時間遡行』が起こったのは、異世界召喚された初日の、一日だけだ。二度の死を糧にエミリアを救い、ループから抜け出したものと判断していた。

 そう思うのも仕方がないのだ。事実、『死に戻り』と定義した時間遡行はこれまで行われず、ロズワール邸での四日間は極々平和に過ぎていたはずだ。

 それがここへきて、突然の時間遡行――前触れも何もあったものではない。

 

「前回とは条件が違う、のか? 死んだら戻るって勝手に思ってたけど、実は約一週間で巻き戻るとか……」

「いーや、だとしたらこの日を選んで巻き戻ったのかの理由がつかない」

 

 時間遡行の原理は不明だが、あの繰り返した時間を思えばある程度のルールは存在したはずだ。そのひとつに、ループの開始点がある。

 もしもあのループから逃れられていないのなら、二人が目覚めるのはまたしても八百屋の店主の前でなくてはならない。だが、今回のループの開始地点はロズワール邸だ。これが意味することは、

 

「ということはセーブポイントが更新された……?」

「そう考えるしかねぇよな……これからどうすればいい?」

「わかんないな」

 

 スバルも信じたくはない気持ちが強そうだが理解はしてきているようで、対抗策を考える余裕もできてきたようだ。

 だが正直、対策も何も立てられない手詰まりの状態が現在の状態だ。

 なぜ、死んだのか、他殺か、それとも事故か。

――なにひとつ、わからないのだ。

 

「……原因がわかるまで、できるだけ同じ行動をする。っていうのはどうだと思う?」

「いいんじゃないか。なんで死んだのかわからないんだし」

 

 スバルが出した作戦に同意する。

 つまり今までの生活を台本通りになぞって生活していきそうして、最後だけ手直しをするのだ。そう、大事なのは結末だけ。

 

「……やっぱり、俺が死んだのか。お前が死んだって可能性は?」

「一度目の世界では、お前が死んだから俺も死んだからそれはないと思う。逆に俺が死んでもお前が巻き添えで死ぬかはわからないけどな」

 

 もしも。そう、もしもシャオンが死んでしまえばスバルも道連れになるなんて結果になってしまうことがあれば、シャオン自身も今後の行動は慎重に行わなければならないだろう。

 

「話は終わったのかしら?」

 

 煩わしそうに少し離れた場所でこちらを眺めているベアトリス。その瞳には早く出て行けとでも言いたそうだ。

 

「おう、ベア子! 無事男同士の内緒話は完了したぜ! ナイスなお仕事であった」

「不名誉なのよ……いまベティのことなんて言ったのかしら!?」

 

 そんな彼女の心の中を知らず、サムズアップとともにベアリスに感謝の言葉を述べるスバル。だが対する彼女の視線は変わらず絶対零度そのものだ。

 

「ふん! さっさと出ていくかしら!」

 

 ついには堪忍袋の緒が切れたのかベアトリスの魔法で二人まとめて禁書庫から追い出されてしまった。

 

 

 前回と同じようにスバルとシャオンはロズワールに王都での功績に対して褒美をもらい、使用人としての立場などを確立した。

 シャオンも無事ロズワールに鍛えてもらうことを約束してもらい、保留の三個目の褒美までもしっかりと取り付けてきた。

 順調に進んで行っている。そう、思っていたのだが。問題は中庭での初めての授業で起きたのだ。

 

「……君、魔法だけでなく肉体も鍛えてみないかーぁい?」

「肉体、ですか?」

 

 ロズワールの予想外の申し出に質問に質問で返してしまう。

 

「一応私には武の心得も少しはある。君は気づいていると思ったけどね」

 

 確かにロズワールの身のこなしにはわずかながらに武心得があるような雰囲気があった。

 

「そこでぇ? 君には魔法以外も鍛えてあげようと思ってね」

「いいんですか?」

 

 力を得られるなら願ってもない申し出だが、ロズワールは仕事に追われて忙しい身だ。今でもだいぶ時間を割いてもらっているのにこれ以上縛ってしまってもいいのだろうか?

 

「なーぁに、基本的な鍛錬方法を教えてあとは君自身が時間を見つけて修行すればいいさ」

「……では、よろしくお願いします」

 

 なぜ、今までとは違う流れになってしまったのか疑問に思う。だが、断る理由もそこまでないし、これぐらいの逸れは影響しないだろうと判断しロズワールの申し出を快く呑んだ。

 

 

「ふぅ」

 

 湯気立つ浴場でスバルは大の字に浮かびながら、シャオンはその隣で一日目を振り返る。

 正直、すべて精細にトレースできたとは思えないが、大まかな話の流れは前回と同様のものを辿ったはずだ

 方針通りに前回の流れを踏襲し、そのまま勢いに乗れると判断したのはいいが、ロズワールの件とは別に、一つ予期しない問題が立ちふさがったのだ。

 それは、

 

「……あー、疲れた!」

「ははは、絶対仕事量増えてやがる」

 

 ラムが二人に課した仕事の内容だ。

 台所周りであったり、単なる部屋の掃除であったり、あるいは衣類の洗濯や片付けであったりしたそれらの仕事。前回のループでもこれらの内容に変わりはなかったが、問題はその難易度だ。

 業務の内容が二倍三倍に圧縮されたかのようにつらくなっていたのだ。

 

「特に今回の場合、戻った理由がわからねぇからな……」

 

そう、普通に寝て、起きたら戻ってしまったのが今回のパターンだ。

 死んで戻った前回の明解さとは違い、いつくるのか予想がつかない今回への対処法は考えるだけで骨が折れる。

 

「こんだけ違っちまうと、もう記憶は当てにならねぇのか……?」

「諦めんなよ。俺も原因考えてみるからよ」

 

思わず弱音をもらすスバルを励ます。

 するとスバルは気を取り直すように湯の中に体を沈めた。

 シャオンも熱いタオルを顔の上に乗せる。  

 慌ただしい勤労の中でまとめ切れなかった思考、がタオルが帯びている熱でどうにかまとまり始める

 

「ああ、落ち着くぜ」

「本当にな」

 

 スバルの隣で同意し、タオルを目の上から寄せると、

 

「――やぁ、ご一緒していいかい?」

 

 目の前に、変態(ロズワール)がいた。

 ――後悔した、タオルをとってしまったことに。

 当然、風呂場にいるのだから長身は全裸。貴族の嗜みか、それとも浴場に至るものとして当然の気構えか、腰のご立派様を隠す気配もない全裸。

 腕を伸ばせば届きそうな距離に全裸が立ち、風に揺れる”あれ”が一緒にこちらを見下ろしている。イチモツに見下ろされる感覚、それはひどく屈辱的で、

 

「貸し切りです、お断りします」

「私の屋敷の施設で、私の所有物だよ? 私の自由にさぁせてもらうよ」

「だったら聞かないでくださいよ」

「おや、手厳しい。使用人と弟子とたのしーぃい触れ合いをしたいのに」

 

 ロズワールは片膝を付き、湯船の中からじと目で見上げる二人に体を寄せる。それから伸ばした手で、顎を

くいっと、つまみあげる。

 

「そう、裸の付き合いでね」

 

 スバルは顎を摘まんだ不快な指先をわりと本気で噛み、シャオンはゆっくりと距離をとる。互いが互いの反応をとってロズワールから距離を取った。

 

「これはこれは手厳しいね」

 

 湯船の広さは目測だが二十五メートルプールの半分ほどもある。無意味に巨大なスペースは貴族の道楽趣味丸出しでセンスはないが、ゆったりとひとりでくつろいでいると無意味な支配感に浸れる優れモノだ。

 ただそれは前回の話だ。今回のようにロズワールと湯浴みの時間が重なることなど一度もなかった。それどころか魔法の特訓以外は彼の姿を目にすることはなかったほどだ。

 

「また想定と違う展開だよ……」

 

 特別入浴時間を変えたりはしていないので、変わったのは向こうの方ということになるのだが。なにか彼に入浴時間を変えさせる理由があったのだろうか?

 

「まったく、ほんのわずかにエミリアたんが恥ずかしがりながらも混浴しに来たのかと思ったのに」

「本当に欲望に忠実だーぁね……おっと、隣に失礼するよ」

 

 浮かぶスバルの隣に身を置き、ロズワールは湯船の中に沈むと長い吐息を漏らす。湯浴みの快感は世界共通、無言の意思疎通の賜物だ。

 自然に隣に寄り添う痩せぎすの体躯から微妙に離れつつ、スバルは警戒を解いたように体を伸ばしながら、

 

「んでもって、旦那様。ずいぶんと遅めの入浴ですね?」

「少々、仕事が立て込んでいてねぇ。片付けている間にこんな時間だ。」

 

 笑いながら疲れをアピールするように 肩を軽く回すロズワール。どうやら本当に疲れているらしい。

 

「もぉっとも、君達とこうして語らう時間が持てたのはとても喜ばしい。……初日はどうだったかな?」

「有意義に過ごさせてもらったよ。俺の体の各所の筋肉の話、聞きたいか?」

「最っ高に、無駄な時間を過ごすからやめてくれ」

 

 自身の筋肉をぴくぴくと動かしているスバルに割と本気で止めるように頼み込む。

その様子に苦笑しながらもロズワールは話をつづけた。

 

「ラムとレムはちゃんとやぁっているかな? 二人は屋敷で働いて長いから、後輩との接し方についても弁えてはいるはずなんだけど」

「レムりんとはあんましだけど、ラムちーとは仲良くしてんよ。むしろ、ラムちーはちょい馴れ馴れしすぎねぇ? 先輩後輩の関係だからとかじゃなく、俺がお客様の立場の時点から変わんねぇよ、あの子」

 

 確かに彼女の立ち振る舞いは同僚になる前と後では微々たる変化もない。恐らく、

 

 

「なぁに、足りない分はレムが補う。姉妹だから助け合わなきゃ。そういう意味じゃ、あの二人は実によくやっているよ」

「あまりいい言い方ではないですけど、聞く限りじゃレム嬢が万能型、ラム嬢は妹の劣化版って話ですが」

 

 あらゆる家事技能での優劣を、姉妹共々ではっきりと断言されているし、前回のループでも実際にその差は見てきた。

 あらゆる技能で妹に一歩及び二歩及ばない姉、普通に考えれば劣等感に苛まれひと悶着程度は起きそうだと思うのだが。

 

「聞いたら、『姉だからラムの方が偉い』って即答ときたもんだ。俺を見習って謙虚に生きてほしいものだぜ」

「神経の太さで言ったら、君もなぁかなかだと思うけどねぇ……でもそうか。そんな風に答えていたかい。それはそれは……」

 

 ロズワールはしみじみと首を振り、横目にスバルを見る。

 その感情のうかがえないオッドアイに見つめられ、スバルはかすかに身をよじる。しかしすぐにロズワールは破顔し、晴れやかな笑みを浮かばせた。

 

「ずけずけと踏み込んで、だいぶ遠慮がないねぇ。いーぃことだよ」

 

 含みはあるが、素直な感謝の言葉にスバルは照れたのか顔を背けた。

 

「俺ってなんでもそのまま受け止める性質だから皮肉言うとき気をつけようぜ? 学校で先生が『今すぐ帰れ!』とか怒鳴ると、本気で帰る奴だから」

「うわ、めんどくせぇ奴だ」

 

つまり彼は場の空気をかき乱して、最悪の雰囲気にする人間だと言っているのだ。

ロズワールはスバルの発言、そしてシャオンの反応に小さく笑う。

 

「皮肉でもなんでもないとも。実際、いーぃことだと思ってるよ。あの子らは少し自分たちだけで完結しすぎているからねぇ。君たちのように新しい風を招き入れればきっといい変化が得られると私は信じているとも」

「そんなもん?」

「そんなもんですともぉ」

 

 三人して湯船に首まで沈めて向かい合い、ぬくぬくとした感覚に全身をふやけさせながらぼんやりと感嘆を交換。

 それからふと、スバルは思い立ったように眉を上げた。

 

「そだ、ロズっち。ちょっと聞きたいことあんだけど?」

「慣れないねぇ、渾名。で、質問かい? まぁ、私の広く深い見識で答えられる内容なら熟考した上で構わないよ」

「自分、物知りですってそんな迂遠な言い方する奴を初めて見た。……それはともかくとして、この風呂ってどんな原理で働いてんの?」

 

 浴槽の底をこんこんと叩き、スバルはずっと思っていた疑問を口にした。

 シャオンたちの浸かる浴槽は、その材質を石材で固定している。触り心地は滑らかに磨かれていて、見た目のざらつく感じは実際にはほとんどない。風呂の場所は屋敷の地下の一角であり、浴場は男女兼用だ。

――浴場は男女兼用。つまりスバルの想い人であるエミリアも使っている。

 彼の性格、性癖から考え出たことが一つ。 まさかとは思いたいが念のために訊ねることにする。 

 

「……飲んだのか?」

「ば、馬鹿野郎! さすがに飲む前に気付いたわ!」

 

 飲もうとした事実は否定しないスバルに若干の引きを覚えたが若さゆえの過ち、ということで追及は避けることにする。

 

「ともあれ、その答えは簡単だ。でーぇも、ここでは私の教え子に答えてもらおう。このお風呂の仕組みはどんなものだい?」  

 

 ロズワールはウインクをしながらこちらに問う。シャオンに問いかけたということはこの問題は、魔法の授業を初日に受けた自分にも答えられるようなものだということだ。

 

「スバルくんも答えを考えてみるといい。案外、簡単な仕組みだーぁからね。当てられたらご褒美を上げよう」

 

 その言葉にスバルの目が輝き始める。

 

「うっし! その言葉は本当だなロズっち! 考えろ、俺。今こそ灰色の脳細胞を輝かせるのだ……」

 

 顎に手を当て、考えをまとめる。

 恐らく直接火で温めているわけではないはずだ。かといってこの世界にヒーターのような発達した電化製品があるわけがない。ならば、考えられる答えはある程度絞られる。

 そして、このようなお風呂は屋敷以外にも普及されているだろう。つまり誰にでも扱えるようなものが利用されている……ならば答えは一つだ。

 

「魔鉱石、ですか」

「なんじゃそりゃ?」

 

 見知らぬ単語が出てきて首をかしげるスバルをよそにロズワールに成否を問うと、

 

「せいかーい」

 

 ゆっくりと丸のポーズをとった。

 魔鉱石。ラムからもらった書物の中にあった単語で、原理などはわからないが属性などをその石に付加し、簡単な魔法を誰にでも使えるようにしたものだ。

 

「浴槽の底のその下に、火の魔鉱石を敷き詰めてあるのさ。入浴の時間になると、マナに働きかけて湯を沸かす、これも常識的なことだーぁよ?」

 

 料理の際に使ったヤカンとかもそういう原理なのだろう。前回の世界ではうまく扱えず、それっきりだったが今だったら普通に扱えそうだ。

 

「なんかさぁ、マナがどーたらって魔法使いじゃねぇとどうにもならねぇの?」

「そぉーんなことはないよ、ゲートは全ての生命に備わっているんだ、動植物もね……それより、精霊との接し方といい、今朝の朝食の場でのことといい、君はちょこぉっと不可思議なくらい常識に疎いねぇ。ラムもぼやいていたよぉ?」

「それは……育ちが良すぎたってことで」

 

 ぼやくスバルにロズワールは「ふむ」と考え事をするように顎に触れながら吐息。それから指をひとつ立てるとにんまり微笑み、

 

「よし、こぉこはひとつレクチャーしようか。少し無知蒙昧な君に魔法使いのなんたるかを教授してあげようじゃぁないの」

 

 そうしてスバルに対して魔法とは何たるかの教えが始まった。

 基本的には前回の世界でシャオンに教えたこととほとんど同じ内容になりそうなのでシャオンは聞き流しながら今回の”死に戻り”の原因を考える。

 まず一番に考えなければいけないことは”死因”だ。

 自殺、はないとして。考えられるのは他殺、病死、事故死ぐらいだろうか。

 もし病死だったらどうしようもないが……他二つだったらまだ対処はできるだろう。

 ――他殺の場合は誰が? 何の目的で?

 ――事故死ならば事故の要因は? 事故の規模は?

 考えなければならないことはだいぶ絞ったと思うがまだこんなにもある。まったく見当がつかない、まるで先の見えない霧の中をさまよっているみたいだ。

――やはり、タイムリミットまで待つしかないのだろうか。

 

「もぉちろん、私ぐらいの魔法使いになると、もう触っただけでわかっちゃう。ま、実際はゲートの構造に踏み込んで確認するんだけどねぇ」

「マジかよ! マジかよ! うわ、キタコレ、すげー期待度高いよ! シャオンもボーっとしてないで耳を澄ませてろよ?」

「ん? ああ」

 

 スバルの呼びかけに意識を思考から切り離す。どうやらスバルの属性を調べる流れになったらしい。 

 しかし、調べるためとはいえ、互いに全裸なのも忘れてゼロ距離に等しいほどまで近づく光景を見せられるのはいい気持ではない。その気持ちを察しているのかロズワールも苦笑いを浮かべながら、その掌をスバルの額に当てる。

 

「よっし、んじゃちょこぉっと失礼します。あ、痒いとこあったら言ってね」

「尻が痒い! けど自分で掻くよ! その分の労力も俺のリサーチに費やしてくれ! うおお、マジで震えるぜハート!」

 

 スバルの気持ちも少しはわかる。今だけはあらゆる不安材料を全て忘れて、目の前に広がるロマンそのものに思いを馳せていたいのだろう。

 恐らくそこには期待があり、夢があり、そして確信めいた感覚があるのだろう。

 唇の端を歪めた笑みは、三白眼の眼光と合わせるとやたらと好戦的に輝く。爛々と双眸を光らせ、ただ診察結果を待つスバル。そして、

 

「――よぉし、わぁかったよ」

「きた、待ってました。なにかな、なにかな。やっぱ俺の燃えるような情熱的な性質を反映して火? それとも実は誰よりも冷静沈着なクールガイな部分が出て水? あるいは草原を吹き抜ける涼やかで爽やかな気性こそ本質とばかりに風? いやいや、ここはどっしり悠然と頼れるナイスガイな気質がにじみ出て地とか出ちゃったりして!」

「うん、『陰』だね」

「ぶっ!」

 

 長ったらしく自身の持つ属性は何か予想をしていたスバルの考えを容赦なく粉砕するかのように伝えられた事実に思わず吹き出す。

 

「ALL却下!? つかそこ笑うなっ!」

「いや、だって……に、似合いすぎ……」

 

 強面顔に、適応する属性は陰というもの。 その様子が似合いすぎて想像するだけで吹き出してしまうのも仕方がないのだ。

 しかし当人はそんな気分にはなれず、耳を疑う診断結果が飛び出して、思わず悪い病気を告知されたような反応になってしまった。そして、実際になんかそんな感じの雰囲気になったままロズワールは重く口を動かし、

 

「もう完全にどっぷり間違いなく『陰』だねぇ。他の四つの属性とのつながりはかなぁり弱い。逆に珍しいもんだけどねぇ」

「つか、陰ってなんだよ! 分類は四つじゃねぇの? カテゴリーエラってるよ!」

「四つの属性を除いて『陽』と『陰』って属性もあるんだよ。どちらも珍しいものだからさ、そこまで落ち込むなよ」

 

 その極々わずかな可能性を引いた、ということらしい。

 そんな話を聞かされて、少々空回っていた気持ちも落ち着いてきたのだろう、スバルは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ということは、なんか実はすげぇ属性なんだろ。五千年に一度しか出ない的な!? 他の系統では扱えない魔法が使えちゃう的な!?」

「そうだねぇ、『陰』属性の魔法だと有名なのは……」

 

 ロズワールの返答を子供のように目をキラキラと輝かせながら待つスバル。そして、

 

「相手の視界を塞いだり、音を遮断したり、動きを遅くしたりとか、それとかが使えるかな」

「デバフ特化!?」

 

 スバルの頭の中ではスゴイ魔法が使えるとか、闇の空間に敵を引きずり込んだりとか、そういう強力無比なのを期待したのだろう。

 異世界召喚されて、武力も知力もチート性能は与えられず、

 

「唯一の魔法属性はデバフ特化……」

「ちぃなみに見た感じ、魔法の才能は全然ないねぇ。私が十なら、君は四ぐらいが限界値だよ」

「さらに聞きたくなかった事実! もはやこの世には神も仏もいねぇ! いたとしたら、もちっと俺にやさしくしろよっ!」

 

 ロズワールの追い打ちにお湯を激しく弾いて絶望のアクション。大の字に浮かぶスバルを気の毒そうな視線が刺さるが、わりと本気で失意のスバルは反応する余裕がないようだ。

 ロズワールはそれでもどうにかスバルを励まそうと、

 

「まぁま、意外と便利だよ、陰系統。見られたくないことするときに他人からの視線をオフできるし、聞かれたくないことするときに音が漏れないようにもできるしぃ」

「なるほど、密談ってーか密会に特化してるわけだ。こいつはいいね、HAHAHA!」

「……それ、かっこいいか?」

「……」

「……」

 

 シャオンの一言にスバルはおろかロズワールまで口を閉ざしてしまう。

 

「……悪い」

「ゴホン……まぁ? 努力すれば伸びはすると思うよ?」

「そうだよなぁ。魔法、魔法か……デバフ特化と判明しても、やっぱり捨てるには惜しい。クソ、どうすれば」

 

 頭を悩ませるスバルに、しかしロズワールはあっけらかんと、

 

「使いたいなら教わればいーぃじゃない、シャオン君のように。幸い、『陰』系統なら専門家がここにはちゃぁんといるからね」

「そうか、なるほど、その手があったか! 魔法を教えてもらう、という口実が成立すればこの際、実際に魔法が使えるようになるかどうかはどうでもいい!」

 

 片手を天に、片手を腰に当て、水面を割りながら急浮上。水飛沫を上げて全裸が跳ね、そしてロズワールとシャオンの両者の視線を浴びながらポージングする。

 

「魔法のレッスンで意中のあの子に手取り足取り腰取りレッスン、よりどりみどりの放課後レッスン。そして互いに手に手を取り、明日に向かって舵を取り、やがて二人にコウノトリ! イェ!」

「流石にロリに手を出すのは俺が止めるぞ?」

 

 スバルの頭の中にはもはや前回の内容を踏襲しようという初目的が微妙に頭から消えている。しかし、

 

「ん? エミリアたんってそこまでロリ顔じゃなくね?」

 

 シャオンの指摘にスバルは疑問の声を上げる。

 

「……勘違いしてるみたいだから訂正するけど、『陰』属性の専門家はエミリア嬢じゃないぞ」

「なんでだよっ! 確かにエミリアたんにはそんな陰属性なんて黒いものに合わないと思ってたけど! ぶっちゃけ小悪魔エミリアたんを想像して興奮してたけどっ!」

 

 勢いを引きずったままロズワールに指を突きつけ、半ばキレ気味に叫ぶ。

 

「じゃ、誰だよ、お前か! 宮廷魔術師様か! 全属性ALL適正持ちの超エリートッスもんね! がっかりだよ!」

「いーや、違うよ」

 

 ロズワールは笑いをかみ殺しながらも否定する。

 

「ならお前か? シャオン! お前も俺と同じく陰なるものか!?」

「違うって」

 

 呆れながらも否定の言葉をシャオンは口にする。

 

「じゃあ一体――」

「ベアトリスだよ」

「もっとがっかりだよ!!」

 

 ばっしゃーん、と盛大に水飛沫を跳ね上げて、今宵最大の叫びが炸裂した。

 

 

 文句を垂れながら入浴所から外に出たスバル。そんな彼の去った方向を見て音を鳴らしてロズワールは笑う。

 

「まったく、彼は面白いね」

「あまりいじらないでくださいよ。突っ込むのも大変なんですから」

「そう? 意外とたのしそーぉに見えたけど」

 

 確かに彼の相手をするのは楽しいといえるだろう。だが、限度というものもあるのだ。特に、考え事をしているときや真面目な場面でやられてしまうと楽しさよりも鬱陶しさが勝る。

 

「あ、ちょうどいい機会なので聞きたいことが」

「うん? なんだーぁい?」

 

 ちょうど今日の業務でできた切り傷をロズワールに見せる。そして、その傷に軽く、拳をたたきつけて癒しの拳を発動する。

 拳を寄せてみるとそこに会った傷はきれいさっぱりと無くなっていた。

 

「この力、水の魔法の一種ですか?」

「――――」

 

 顔を上げて見るとロズワールは絶句していた。どうやら彼の知識にもなかったことらしい。やはり、この力は魔法とは違う別のものなのだろうか。

 

「……いーや、弟子の力になれなくて悪いけど私のひろーぉい知識の中にもそんな魔法はないねぇ」

 

 申し訳なさそうにロズワールは自身の知識が役立たなかったことを詫びた。

 いくら天才でも知らない物もあるのだ、ならば仕方ない。そう思ってシャオンも浴槽から出ようとすると、呼び止められた。

 

「……待ちたまえ、シャオン、君に話がある」

「……なんです?」

 

 真剣な表情でこちらを見るロズワールにいやな予感を感じながらも応じる。先ほどこちらの質問に答えてくれたのだ、断ることはできないだろう。

 浮かした腰を再び湯船に戻す。

 一体どんな爆弾が彼の口から投げられるのか不安に思いながら待っていると、彼の口がゆっくりと開き、

 

「ヒナヅキ・シャオン。――エミリア様の騎士になるつもりはないかい?」

「――はい?」

 

 そう、口にしたのだ。

 

 




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