Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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幕間です。
四章での登場人物が出てくるのでネタバレ注意です。


幕間、いつかの記憶
強欲と憤怒


 どこかの時代のどこかの野原。一人の少女が静かに、紅茶を飲んでいた。

 背中にかかるほどの長さの少女の髪は雪を映したような儚げな純白で、まるで世界から隔離されているようだ。

 露出の少ない肌もまた透き通るほどに美しい。理知的な輝きを灯す双眸と、身にまとう簡素な衣装のみが漆黒で、二色で表現できる彼女を端的なまでの美しさで飾りつけている。

 目にすれば、誰もが見惚れてしまうほどの美貌、だがその黒い瞳の奥には常人が見たら狂いそうなほどの未知を求める強い欲が潜んでいるのがわかる。

 

「――ふぅ」

 

 ため息をこぼした姿すら神々しく、声をかけることすらためらってしまうほどだ。しかし、そんな存在に声をかける人物がいた。

 

「エキドナ先生。今お時間よろしいです?」

「ああ、別に構わないよ、シャオン」

 

 呼びかけられた声に振り返るとそこには長髪を後ろで束ねた青年がいた。

 男とは思えない相貌で、エキドナよりも色素の薄い白髪は傷や染みひとつない。女であるエキドナよりも女らしいかもしれない。

 そこに羨望も嫉妬心もないが、もっと男らしくすればいいのではないかとは時折思う。

 

「テュフォンにプレゼントを送りたいのですけど、どうすればよろしいですかね」

「プレゼント? それまたどうしてだい?」

 

 シャオンの言葉に驚きの声を上げる。

 彼が個人にたいして物を贈るという行為は非常に珍しいことだ。何故なら彼が特別視することはほとんどないからだ。ましてや、その贈り物の内容を他人に相談するなど想像もできなかったことだ。

 

「母上様に頼まれ、僕は彼女の兄に任命され一年経ちました。だったら愛する妹のために贈り物を送らないといけないのです。愛する人のためには贈り物をしないといけないのです、と聞きました」

「そこまで思われているならテュフォンも幸せだろうね」

 

 その気持ちを彼女に伝えれば十分だとは思う。回りくどい言い方や思いなどは彼女に対して意味がないのだから。

 

「……ちなみにその情報はどこから聞いたんだい?」

 

 ほぼ誰が言ったのか予想できるが念のために尋ねてみる。するとシャオンは胸を張るように誇らしげに答えた。

 

「カーミラです。彼女には熱心に愛について教えてもらいました」

「そうか。それで、君はなんて返したんだい?」

 

 恐らく、カーミラは遠まわしに自分にも何かプレゼントが欲しいと伝えたかったのだろう。だがシャオン相手にもテュフォンと同じく回りくどい言い方は伝わらないだろうに。

 

「……? ただお礼を言っただけですが」

「……報われないね、彼女も」

 

 案の定彼には真意が一切伝わっていなかったようだ。もう慣れてしまったことだが彼女の不憫さには同情してしまう。

 

「……まぁプレゼントを贈るという考えは悪くないと思うよ? 物を送るという行為は思いが伝わりやすいと聞くしね」

 

 事実、エキドナに対して知恵を求めに来た人間の何人かからは貢物や契約の対価として物を献上されたことがある。

 

「それこそセクメトに聞けばいいじゃないか。彼女もテュフォンと仲がいいだろう?」

「母上様はエキドナ先生に訊けとおっしゃいました。」

 

 恐らく、面倒ごとだと思って押し付けたのだろう。どちらにしろ彼女にこのような相談事を持ちかけてもまともに答えてくれるかわからないが。

 

「――もしかして答えられませんか?」

 

 黙って考えていると、シャオンの声が氷のように冷たく、低くなる。

 彼の体から個人のものとは思えないほどに黒く、禍々しく何かが揺らめき始め、そしてエキドナですら息を呑むような量のマナが彼の周囲に集まり始める。

 

「いや、答えてもいいんだ。ただ、ワタシが答えをそのままあげるというのは意味がないと思ってね」

 

 そう答えると先程まで漂わせていた圧力が水にとけるかのように消えた。

 

「そうでしたか、すみませんでした」

 

 納得したように頭を下げるシャオン。

 言葉を間違えていたらエキドナはシャオンに殺されていただろう。

彼の性格は嫌いではないが、価値がなくなると直ぐに殺そうとするのはどうなのだろうかとおもう。それもまた彼の魅力なのかもしれないが。

 魔女といっても始まりは人間なのだ。喜怒哀楽の感情からも、物の好悪にも、接する相手の得意不得意からも人間であるという縛りがあるから逃げられない。

 しかしシャオンは違う。現在ではレイドやボルカニカなどの例外ができてしまったが、それ以外はすべてを愛しすべてに羨望し、だからこそ全てに平等に接する。

例外を除いて全てを愛するからこそ全てに嫉妬し、価値が下がったらその価値を守るために殺そうとする。

 ――それはまさに、

 

「嫉妬の塊、か。本当にあの女じゃなくて君が……」

「先生? やはり、ご迷惑でしたか?」

 

 考えていたことが表情に出ていたのか心配そうにシャオンは顔をのぞき込む。

 

「なんでもないよ。では答えよう――先生からの宿題だ、自分で答えを見つけ渡しなさい」

「……答えではないのでは? それは?」

 

 若干の反感を含んだ目でこちらをみるシャオンにくっくと小刻みに笑う。

 

「仕方ない、ヒントを上げよう。贈り物というのはその人が使っているものを想像できるものがいい」

「想像、ですか?」

「そう。使っている様子が思いつかないものは贈り物として適していない……とまでは言わないがあまり良くないと思うよ」

 

 酒を嗜まない者に酒を送るのは意味がない、文字を読めない者に本を送るのは意味がない。

つまりはその人にどんなものを贈るかが大事ではない。その人に合うものをよく考え、贈るものを通して相手に思いを伝えることが大事なのだ。

 しかし意味が分からなかったのかシャオンは小首をかしげている。

 

「ダフネに食べ物じゃない物を与えても意味がないだろう? それと同じことだよ」

「ああ、なるほど」

 

 身近な人物の例を出すことでシャオンは納得したように頷いている。

 

「流石先生ですね、ありがとうございます」

「なに、かわいい生徒のためさ。これぐらいはなんてことない」

「ではこれで、僕は少し考えてみます」

 

 そういうとシャオンは頭を垂れた後、髪の毛を数本抜き、祝詞を口にする。

 するとシャオンの体が歪み、渦を巻いていく。あの魔法は以前にエキドナが教えた転移の魔法をアレンジしたものだ。

 色々と発動条件が複雑なこと、発動する際に消費するマナが魔法の効果に見合っていないことからあまりエキドナ自身が使うことはない魔法だ。なぜだかわからないが彼はこの魔法を好き好んで使用している節がある。

 その様子を眺めていると彼の体は完全に消え去った。恐らく別の場所に転移したのだろう。

 

「……お茶ぐらい飲んでいけばよかったのにね」

 

 口のつけられた様子のない、彼のために淹れた紅茶を寂しそうに眺め、エキドナは息を吐いた。

 

「君もそうは思わないかい? ――ミネルヴァ」

 

 同意を求めるようにテーブルの下をのぞき込むとそこには息を殺した様子で体を丸めている金髪の少女がの姿があった。

 

 

「いつまでそうしているんだい?」

 

 流石にテーブルの下にいる状態の人物と話し続けるのはどうかと思い、出るように促す。

 

「……エキドナ、シャオンはもうどこか行った?」

「うん、もういないよ」

「ふぅ、よかった」

 

 エキドナのその言葉に安堵のため息を漏らしながらテーブルの下からはい出る彼女。

 土で汚れたウェーブがかかった金髪と短いスカートを払いながら、エキドナの向かい側になるように椅子に腰を下ろす。

 

「珍しいね、君が彼を邪険に扱うなんて。何かあったのかい?」

 

 新しく紅茶を淹れながらミネルヴァに問いかける。

 

「だって、愛する人に贈るものは何がいいなんて言われたら、こ、困っちゃうじゃない」

「……彼の言う愛は恋愛的な意味のものではないんじゃないかな」

 

 頬を染めている彼女に呆れの眼差しを向ける。彼女自身はこういった話に慣れていないからかすぐに顔を真っ赤にしてしまう。耐性をつけなければ将来はどうなってしまうのだろうか。

 

「ん? それは……」

 

 彼女の将来を懸念しているとふと、彼女の手に一冊の古びた書物が握られているのがわかった。

 

「……まだ、探しているのかい?」

「癒すついでにね――あたしは絶対に諦めない」

 

 エキドナの呆れのこもった声色と対照的にミネルヴァは碧眼に怒りと、覚悟を滲ませながら手に持つ書物を握りしめる。その握りしめる強さから彼女の意思の固さが伝わってきた。

 

「正直、ワタシはもう提示した方法以外ないと思うけどね」

 

 ミネルヴァは多くの生き物を癒すために世界を駆けまわっている。文字通りその足でだ。

 野山を走っては怪我人を癒し、川を渡っては怪我人を癒す。

 なので彼女はたいていの場所に足を運ぶ。その行く先々で彼女は探し求めているのだろう、彼を癒す方法を(・・・・・・・)

 

「彼、シャオンは”模倣の加護”でワタシ達魔女の権能すら真似ている。当然すべての力を万全に使えるわけではないが7,8割は使えるかもしれない」

 

 模倣の加護。

 見ただけでその仕組みをすべて理解し、自らのものにできる加護だ。

 剣の達人の動きを一度見れば習得し、魔法を一度見れば彼自身も使用できるようになる。非常に強力な加護と言える。だが――

 

「強力、だからこそ負担が大きいんでしょ? 何度も聞いた話だわ。そして! 何度も何度も治療したわよ! ああもうっ!」

 

 そう、何事にも代償は存在する。

 魔法を使うのにマナやオドを用いる必要があるのと同じように得るためには失う必要があるのだ。いくら便利な加護であってもその決まりからは逃れることはできない。

 ――彼はその加護を使いすぎる度に血反吐を吐き、体中の骨が砕け命の危機に襲われる。

 当然だ、魔女たちの因子の適性がないのに魔女たちの権能を使おうとした罰のようなものでもあるのだ。

だが彼はそれでも、自身の体がボロボロになっていっても加護を使い続けていくのだろう。

 

「あんたは、それでいいの? あの子が無茶するようになったのはあたしたちの責任でもあるのよ?」

「それが彼のとった選択で、決断だからね。先生としては別の道筋を示してあげたかった、という気持ちも勿論ある」

 

 彼との付き合いはそれなりに長い。だから意固地さも十分にわかっているつもりだ。彼は一度決めたことはなかなか曲げようとはしない。それこそ力づくで止めるならばセクメトやテュフォンに助けを借りるしかない。

 

「それに、カーミラもなにか企んでいるようだし、もしかすると奇跡、なんてものが起きるかもしれない」

 

 色欲の魔女、カーミラ。

 あの自己愛の塊である彼女が他人である彼に心酔しているのだ。恐らく全力をあげて彼を助けようとするだろう――それこそ多くの犠牲を出してでも。

 その際に出る犠牲について想像し、静かな怒りとともにミネルヴァはエキドナをにらむ。

その怒りをこちらに向けるのは理不尽じゃないかと思ったが、止めるそぶりを見せずに傍観している時点で同類なのだろう。

 

「だが、多くの犠牲が出るやり方ならば、それこそ彼自身が止めるだろうね」

 

 彼は他人のための行為ならいざ知らず、シャオン自身のための行動で多くの犠牲が出てしまうなら彼は止める。たとえ彼自身が命を犠牲にしても彼は多くの命を、多くの価値を守るために戦うのだろう。

 当然、そんな返答をすれば目の前の心優しき魔女は――

 

「ああっもう! みんなバカばっか! もうしらないっ!」

 

 怒りをあらわに、地面を踏みつけ、その衝撃でクレーターができる。周囲の緑は捲れ、砂埃が周囲に舞う。

 

「君の性格からこうなることは十分に予想で来ていたからこのテーブルが汚れないようにしておいたけど、少しは配慮してほしいものだ」

 

 エキドナの言葉すら聞かず、ミネルヴァはどこかに走り去っていく。

 しかし彼女は数秒後こちらに戻ってきてテーブルにつき、エキドナが入れた紅茶を勢いよく飲み干す。

 

「――あちっ」

 

 淹れたての紅茶を冷まさずに飲み干そうとすればそうなるのはわかっていただろうに。

 感情のままに行動する、彼女らしい行動だ。

恐らく、今もエキドナがわざわざ淹れてくれたのにその好意を無駄にするのはどうなのだろうと思い、戻ってきたのだろう。

 

「君のそういう所、ワタシは好きだよ」

「なっ!なによ、バカ! もう、信じらんない! バカ! バッカ! バーカ! バカじゃないの! バカみたい! そんなこと言われたって、うれしくないわよ! 本当にバカ!」

 

 素直にほめるとミネルヴァは照れたように顔を赤く染め、そのままどこかに走り去ってしまった。もう少ししたら茶会が始まるというのにいったいどこに行くのだろうか。

 これで本当に周りには誰もいなくなった。ただ、風の音だけがエキドナの耳に入る。

 ――時折、思うことがある。

 もしも、彼を助けることができるならば自分は助けるのだろうか、と。

 その方法があったとして自身は動かず、周囲の人間が、彼を慕う魔女たちがエキドナ自身に想像できないような方法で助けるのを期待してしまうのではないか、と。

 そんな未知なことに対して期待し、彼を見捨てるのではないかと。

 結局のところ、それはわからない。強欲の魔女として本能に従うか、エキドナという人間としての情に従うのか今はわからない。

 だから、今は――

 

「……さて、お茶会の準備をしようか」

 

――いずれ来る終わりのことは今は考えないようにしよう。もうすぐ楽しいお茶会が始まるのだから。

 




魔女たちの口調ってこれであっているのでしょうか、と不安に陥ってます。

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