Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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欲の先

 なんの因果で、誰の謀で、こんな目に遭わなくてはならなかったのか。

『再び、君は資格を得た』

 小刻みに震えるスバルに対し、それは耳元で囁くような声だった。

 高く、弾むような声。今のスバルには聞こえても、意味を噛み砕くには至らない声。だがそれはひどく、今のスバルの内側にも響く声で──。

『招こう──魔女の茶会へ』

 次の瞬間、舞い戻ったばかりのスバルの意識は再び、現実感を喪失していった。

 

 青々とした草の生い茂る小高い丘には、春を思わせる涼やかな風が吹いていた。

 風はスバルの前髪と、背の高い緑の草を優しく揺らし、青い空の彼方へと駆け抜けていく。

 風にくすぐられた額に軽く指先で触れ、スバルは日差しの眩さに目を細めた。

 そして、ゆっくりと視線を下ろして前を見た。

 いつの間にか座らされている、白い椅子。同じように白い小さなテーブルを間に挟み、こちらの対面に同じような椅子に座って足を組むのは、白い髪と黒い服をまとった少女──否、その呼び方はふさわしくないのかもしれない。

 

「──強欲の、魔女」

「さすがに、前回のような態度はとれないようだね? ボクとしては少し残念だけど……」

「悪いが、そんなに余裕があるわけじゃなくてな、膝ガクブルしてる中こんな応対ができてるだけほめてくれ」

「おや、よほどあちらでひどい目にあったようだ」

 

 膝の上で拳を開閉し、スバルは苦々しい顔で空を仰ぎながらそうこぼす。

 それを聞いた魔女──エキドナは白いテーブルに頬杖をついて、スバルを観察するようにじっくりと上から下まで眺めながら、

 

「それで……このお茶会のお誘いは、どういう風の吹き回しだ?」

「ボクは『強欲の魔女』であり、求め、欲する心はボクにとって快いものであり、それが知りたいという欲求、何故と問いかけるものであるのならば最上だ」

 

 言いながら、彼女はテーブルの上の白いカップを口元に運ぶ。

 喉を鳴らしながらカップの中身を嚥下し、うっすらと微笑みながら、

 

「求めたのだろう? なぜと渇望したのだろう? だから、答えたんだ。君のその強欲に」

 

 手を振ってエキドナのもったいぶった言葉を切り捨て、スバルは身を前に乗り出す。眼前の白い美貌、それから目を離さないように睨むと、

 

「──シャオンは、雛月沙音は、なんなんだ」

「──勘違いしないでほしいな、ナツキ・スバル」

 

 悠長な態度に気がはやり、急かそうとしたスバルをエキドナが呼んだ。

 その声音は今までの彼女とは違い、逆らい難い力があった。

 

「確かにこのボクは強欲の魔女。知りたいことを求め続けた知識欲の権化ともいえるべき存在だ。でも……君の事情にその知識を分け与える、あるいは都合良く協力したり、助言したりするかは別問題なんだよ?」

「ぇ……」

 

 口をつぐむスバルの前で、エキドナは当然のことを口にした顔でいる。その彼女の思わぬ応対に、スバルはといえば困惑と落胆の色を隠せない。

 「あ」とも「う」ともつかない音を口から漏らし、視線をさまよわせ、項垂れた。

 

「ならなんで呼びかけに応えてくれたんだよ……」

「求める声を無視はしたくないさ、その後のことは応じて決めるよ」

 

 当たり前だろう?とばかりのエキドナの様子にスバルの視界が暗くなる。シャオンを、エミリアを、みんなを救うための手がかりは、スバル1人では知り得ない。

 そう、スバルが何も言えずにいると、エキドナは肩をすくめ、

 

「そんな見捨てられた子どものような顔をされると、ボクも困ってしまうよ。そんなに難しいことは要求していないつもりだけどね」

 

 言いながら、彼女は困った顔で首を傾けながら、伸ばした指で白いテーブルを弾くように三度叩く。つられてそちらへ視線を送ると、テーブルを叩いた彼女の指は一点を指し示している。――手のつけられていない、スバルに配膳されたカップを。

 

「君は魔女の茶会に招かれた。茶会の場で話し合いに花を咲かせるつもりがあるというのなら、まずは招待を受けた証を立てるべきじゃないかい?」

「……っ。わかり、づらいんだよ、お前」

「そうかい? 最低限『茶会』であるには必須だと思うけど」

「くそ、わかったよ!」

 

 テーブルの上のカップをひったくるように奪うと、中で揺れる琥珀色の液体を一気に喉に流し込む。

 味もわからないぐらいの一気飲み。やけどをしないのは魔女の秘密か、なんて考えながらスバルは口の端を伝う滴を乱暴に袖で拭い、

 

「さあ、飲み干したぞ。これで俺を、茶会の参加者として認める気になったか?」

「ボクの体液をそんなに勢いよく飲み干されると……流石に照れるね」

「うぉえっ、忘れてた――っ!」

 

 口に手を当てて嘔吐感を堪えるスバルを愉快げに流し見て、それからエキドナは「認めるよ」と精緻な美貌に微笑を刻み、

 

「君の何故という問いかけを資格に、茶会の扉は開かれた。そして、魔女の差し出した茶を口にした君は立派な参加者だ。茶会の主として、ボクには君を歓待する義務がある。――さあ、改めて言ってごらん」

 

 小さく手を叩き、エキドナはその双眸を好奇心に爛々と輝かせながら、こちらからの質問を待っている。

スバルはその様子を呆れ半分で見ながら、シンプルに尋ねた。

 

「シャオンについて、教えてほしい。400年前にお前らといたシャオンについて」

 

「ふむ……最近は彼に対する話をする機会が多いね。嬉しいことやら」

「なんだよ」

「こちらの話さ。まず、君の知るシャオンと、ボクがよく知るシャオンは別人だ」

「……よかったよ、それを聞いて今後のアイツとの接し方を考えなくて済む」

「彼はボク達魔女に近く、魔女とは永遠に遠い外の存在。オド・ラグナの化身だ」

「オド・ラグナってのは、あれだよな、マナの塊みたいな、世界の仕組みみたいな」

「まあ、今はその知識だけでいいよ」

 

知識不足の子供に話しかけたように小さく笑うエキドナにスバルは僅かに恥ずかしさを覚える。だが、魔法とは良い関係を作れなかったスバルには調べる気がないのは仕方ないのだ。

 

「化身については彼が語ったことだ、戯言の可能性もあったさ。ただ、実際に誰かがマナを大きく消費することで彼が大きく体調を崩すことが多々あった。それを見たボクからすると嘘と断じるよりも信じる方が簡単さ」

 

そう語るエキドナの表情は読めない。

悲しさを帯びているようにも見えるし、何も感じていないようにも見える。

ただでさスバルは他者の気持ちに疎いうえ、女性、さらには知り合ったばかりの女性ならば尚更だろう。

 

「だが、そんな彼も死んだ。ボク達魔女と同じ力を持っていながらもその摂理には抗えなかった」

 

そんなスバルの考えを他所に話は進んでいく。

 

「彼は死にたくなかった。元々責任感の強い彼のことだ。自身の使命が果たせていないことが気がかりだったのだろうーーそこで話に絡んでくるのがヒナヅキ・シャオンだ」

 

ようやくスバルの知るシャオンが話に出てきてスバルは思わず息を呑む。

 

「彼は過去に存在した『シャオン』の転生先だ。”器”と彼は称していたね」

「……続けてくれ」

 

 驚きはあった、だが今は話を全て聞くことが大事だ。そう思いスバルは努めて冷静を保つ。

 

「ありがとう。彼は、ヒナヅキ・シャオンを、器を、一から生命をつくろうとしたのさ、人工精霊という形でね」

「人工精霊……なんで、そんなことを」

 

スバルのつぶやきに、エキドナは首を傾げ、

 

「────そこまで意外ではないだろう? 誰だって長生きはしたいと思うのは」

「……」

 

 確かに道理だ。

 もしも彼の目的が長寿というなら寿命がないような存在を器とするのは当然の考えだろう。

 だが、もしもシャオンが精霊だとしたら、さらには本人が自覚をしていないというのだったら誰かが指摘するはず。

 特に屋敷に自分たちが訪れた最初の頃、信頼を得られていなかったあの時に屋敷の誰かが、少なくともパックやロズワールは問いただしているだろう。

 それがない、ということは。

 

「残念ながら彼は精霊ではない、そこは保証するよ。途中で計画を変えたのさ」

「だよ、な」

「うん。ただ、彼は人間でもない……正確には人工的に作られた人間という言葉が正しいだろう」

 

 エキドナはこちらの疑問を先回りするように答える

 精霊ではない。ただ、人工的に作られた人間、人造人間という奴だろうか。

 確かにどこか自分とは違う奴で、住む世界が違うとは思ったが、本当に違う存在だったのだ。

 

「シャオンはそれを知って、ショックを受けたわけだ」

「多分ね。ただ、彼の、人の心の中身は普通とは違うから、断定はできないよ」

 

 目を伏せてカップを傾けるエキドナの表情は相変わらず読めない。

 ただ、僅かに声色が沈んでいるように感じた。

 それを追求して、彼女とシャオンの関係性を調べる余裕は今のスバルにはない。

 だから、先に進む。

 

「エキドナ。今、あいつに何が起きている」

「──先祖返り、という言葉を知っているかな」

「先祖返りって……先祖さんがもっていた才能や、見た目が子供……子孫に現れるっていう奴だな?」

「博識だね、それに近い事象が起きていると考えればいい」

 

 元居た世界のラノベから得た知識程度だが十分だったようだ。

 

「でも、なんで急になんだよ。今までそんな素振りは……」

「原因はこの場所だろうね。この聖域は彼ともゆかりがある場所、そこに訪れたせいで先祖返り、もとい同化が発生している。このままならばヒナヅキ・シャオンがシャオンになるのは時間の問題だ」

 

エキドナの言葉にスバルは強く唇を噛む。

そんな状態になるまで真実を知らなかったこと、知ろうとしなかった自身に苛立ちを覚えたのだ。

そんな激情のなか、スバルに対してエキドナは意外そうに口を開いた。

 

「喜ばないんだね」

「当然だろ、あいつが苦しんでいる状態を──」

「でも、彼がシャオンとして覚醒すれば君が今陥っている状態を解決できる、といえば?」

「────」

 

 絶句するスバルを他所にエキドナは楽しそうに説明を始める。

 

「彼はボク達魔女と共に肩を並べる存在だ。実力も、その名も、性格ももちろんだけど。少なくとも彼が本来の姿になるのならば、例外を除いて君に降りかかる問題は解決できるだろう」

「そこまでなのかよ」

「誇張表現ではないよ、彼が本気を出すならば魔女の中でも”最終的な”強さは3番目になるだろうからね」

 

「さて、改めてだ。それを知って君はどうする?」

 

悪魔の囁きの如くエキドナはこちらに尋ねる。

どう答えるのか、彼女はスバルの選択を、葛藤を楽しんでいるのだろう。だが、侮るなよ魔女。

 

「──シャオンを、助けるにはどうすればいい?」

 

スバルの答えは変わらない。

助けられるなら助ける、それが困難な道であれ、ナツキスバルは『死に戻り』を繰り返して必ず達成させるのだ。

即断即決をしたスバルにエキドナはにこやかな笑顔のまま答える。

 

「色々方法はあるさ、一つの方法としては、彼が抱える悩みを解決すればいい」

「簡単に言うぜ……悩みの種もわからないってのに」

 

スバルの言葉にエキドナは少し考え、口に出した。

 

「……本来ならここまで急に同化の現象は起きない……なにか悩み事があったのじゃないかな? 彼の信念の根底を揺るがすような」

「……悩み」

 

『なんで──レムを守れなかったとき、誰も責めなかった』

 

 スバルの脳内に過るのは彼の言葉。

 レムを助けられなかった、シャオンの苦痛に満ちた、確かな叫びだ。

 おそらくあれが起因となっているのだろう。だが、ほかにもなにか理由があったのかもしれない。

 スバルの知りえない小さな悩み、それが積み重なって、爆発した可能性がある。

 

「これ以上はどうやっても推測の域を超えない。君の望みをかなえるのは──ボクでは不十分かもしれない」

 

 あきらめたようなエキドナの言葉にスバルは思わず縋るような目と声で彼女を見つめる。

 するとエキドナはくすりと笑い、

 

「求められる視線というのはいいものだね、特に君からというのは」

「……からかうな、何を考えてる」

「君は、ほかの魔女と対話する勇気はあるかい?」

「ほかの魔女」

「そう、ほかの魔女、だ。ボク以外に400年前のシャオンをよく知っているのは彼女たちだからね。今の彼の悩みにもたどり着けるかもしれない」

 

 ただ、とエキドナはスバルをまじめな表情で見つめ、

 

「”魔女”と対話する。その意味をもう一度考えて決断してほしい」

 

 大罪を関する魔女。

 それはスバルにとって、いや誰にとっても”災害”のようなものだ。

 それと対話をするという決断。

 それこそこのエキドナも同じ区分に入るのだろうが……

 

「────」

 

 彼女のように、こちらに友好的とは限らない。

 いったい何が起こるかわからない、この精神空間ともいえる場所で死ぬようなことがあったらどうなるかわからない。

 危険な賭けだ、得られるものも少ない。そんな賭け──

 

『────何がわかるっ!! お前に、俺の何がッ!!』

 

「……上等」

 

 泣きそうなほどに、絞り出された彼の声を思い出した。

 それだけで、覚悟は決まった。

 こめかみに当てた拳銃の、その引き金を自ら引く行為だ。だが、それでもスバルは彼を助けたい。

 自分が助かるために、そして、エミリアたちを含めて全員がハッピーエンドを迎えられるように。

 

「では、健闘を祈るよ?」

 

 エキドナはスバルの覚悟を見届け、満足そうに笑みを浮かべた後、その姿が霞のように薄くなる。

 まさに幽霊だな、という場違いな感想をスバルが抱き、瞬きを一つ。

 それだけで、エキドナという女性は目の前から消え、

 

「んー? おまえ、だれだー?」

「小さい、子供? か?」

 

 小さな子供が、代わりに鎮座していたのだ。


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