カーミラちゃん可愛いよ
「あの、エキドナ。いや、エキドナ先生」
「なんだい?」
呼び方が引っ張られているような感覚に違和感を覚えながらも、エキドナに問いたいこと、もとい頼みたいことがあり呼びかける。
それは、
「カーミラが離れてくれません。というよりも、なんで」
「え、へへ」
あの再会の後、エキドナが再び現れて、残りの時間で最低限伝えるべきことを伝えると話になり、お茶会が再度開始されたのだが……照れ臭そうに笑うカーミラは、シャオンの膝の上から離れようとはしない。
おまけに、
「ん-、あに。テュフォンもいるぞー」
「あっ、と。そうだね、ゴメン」
カーミラに場所を取られているからなのか、それとももともとの定位置なのか、『傲慢の魔女』テュフォンは、シャオンの後頭部にしがみつく形で抱き着いている。
そもそも、この場所ではエキドナが出現している場合は他の魔女は出てこられないのではなかったのだろうか。
「ああ、君が何を聞きたいのかわかった。――ワタシがこうしてこの場にいるのに、他の魔女が顕現しているのが不思議でならないんだね?」
「正直……エキドナ先生の代わりに現れることができるって認識だったから……」
「別に、一緒に出れないとは口にしていないさ。事実、魔女をこの場に呼び出すのは、負担もリスクも大きいことだ。場合によっては他の魔女にこの場の主導権を奪われる可能性があるし、そうでなくても彼女らのような強力な存在を形作るのにはけっこうな労力を必要とするからね」
どうやらエキドナが言うには、死後、精神体となってなお世界の膨大な知識を身の中に収め、その中には彼女の友人であった『傲慢』『怠惰』『憤怒』『暴食』『色欲』の5人の大罪魔女の魂と生前の軌跡も余すところなく「蒐集」しているとのこと。
そして、呼び出すことはエキドナが主導権を主に握っているが、今回のように自由に出てくることもあるらしい。
魔女たちが我が強いのか、それともエキドナが甘いのかわからないが、それでいいのか?
「なんだい? なにか魔女たちがここまで揃うことに不満が? まぁ、正常な反応ではあるけども……ワタシも含め全員それなりに顔は整っていると思うけど」
「いや、不満はないですよ」
こちらの疑問の根源が野暮な理由としてとらえられてしまうのは嫌だったので即座に否定する。エキドナも冗談だったのか、笑みを深くしただけだった。
「確かにみんな美人ではあると思いますけど」
「う、うん……そう、だよね。で、でも、わ、私は、シャオンくんなら、その……好かれてもいいから」
「あー、うん。でも、今はそれどころじゃ、なくて」
そう、シャオンにとっては今、それどころではない、自分は今『雛月沙音』の部分と『シャオン』の部分でせめぎ合っているのだから。
その影響で両方の知識が混ざっているのが現状……だが、あくまでも『知識』として知っている部分だけで、彼女らと関わり合いがあったシャオンが持っていた彼女らに対する感情や、彼女達から向けられていた詳細な感情までは把握できていない。
要は内面までは知りえない、もしもそれをはっきりと知覚できるようになる時は、『雛月沙音』としての意識が完全に消えた時になるのだろう。
だから、その、
「~♪」
鼻歌を歌うカーミラと、テュフォン。その様子を見て笑うエキドナ……なんというべきだろうか、気まずい。
なので、正面で優雅に紅茶を飲むエキドナに目線で訴えかける
――助けてください、この状況。
――仕方ない、任せたまえ。
言葉に出さずとも伝わる仲。
今の自分には知るよしもないが、きっと彼女はいい師匠だったに違いない、そう思う。
そんな偉大な師匠様は、
「カーミラ」
「な、なに? エキドナちゃん」
「彼は今完全に戻っていない状態だ、その状態の自分が君達と仲よくしていてもよいのか不安がっている、雛月沙音と、シャオンの人格のせめぎ合いにあっている状態なのもあるが、大変不安定だ」
「う、うん」
「つまり――彼はワタシ達と過ごした記憶がない状態で、好意を向けられて申し訳ないと思っているのだろう。そこのところ、君はどうなんだい? カーミラ、なにか気まずさを感じていたりするかい?」
――師匠様、いきなり、ぶっこみすぎでは?
そういう意味での視線を、敵意交じりにぶつけるがエキドナは笑顔で難なく受け止める。
というよりも、妙にどや顔しているのが腹が立つ。
しかし、その地雷のような発言は、不発に終わったようでカーミラは首を傾げながらエキドナの質問に答えた。
「え、と、その……シャオンくんは、シャオンくんだよ?」
「んー、そうだぞー。あにはあにーむずかしいはなしじゃないだろー?」
カーミラはさも当たり前だとばかりに答え、同様にテュフォンも同じように、何を当たり前のことをという表情をしている。
「でも、俺は、君達との記憶は、ないぞ?」
「そ、それでも……わ、わたしが好きなのはシャオンくん、で、その、器とか難しい話は……わ、わからないけど」
たどたどしく、気弱な声色の中、
「シャオンくんだったら、好き、大好き、うん」
唯一そのことだけは誰にも否定されないように、しぉつかりとした意志で答えた。
「あー、どうも」
愛の告白にも近い言葉を、頬を染めながら口にする。
そして、我に返ったかのように長いマフラーで顔を覆う。
「そ、それに、今のシャオンくんは……やっぱり、わ、私の知ってるシャオンくんに……ち、ちかいもん。ふふ」
「さいですか……」
「君の場合は『無貌の花嫁』が通じていなかったのは『シャオン』だったから」
一体彼女とはどんな仲だったのか、自分のことながらも好奇心満々になっていると、エキドナが意地悪そうな笑みを浮かべながら口を開く。
「しかし『雛月沙音』と混ざっている彼ならば、君の権能の餌食になるかもしれないよ? それでも構わないのかい?」
カーミラの権能は『無貌の花嫁』という、人を魅了する、誤認させる能力だ。自分が持つ能力で言うと『魅了の燐光』に当たるだろう。
というよりも実は先ほど、自身の能力の相談をエキドナにしたときに、カーミラが名前をお揃いにしようとしていたが、それでいいのだろうか魔女よ。
そんな魔女のいい加減さにどこか懐かしさを覚えているとカーミラは、不満げにエキドナの質問に答えていた。
「そ、それは、すこし……嫌、だけど」
「異性の好みはダフネのように、君に無関心な人物だが、それでも愛を貫けるのかな?」
「それは、それ、だよ? 好きな人は、好き……『私の愛は霞まない』」
力強い発言と共に、発光するその体。
気弱な表情は消え、僅かな敵意をエキドナに向ける。
思わず殺し合いでも始まってしまうのではないかと危惧していると、エキドナは「やれやれ」とばかりに肩をすくめた。
「と、いうことだよ、シャオン。君に関してはこの程度のからかいでも、ワタシに敵意を向けるくらいには君は愛されていたんだ。それは器であろうキミでも同じくらいにね」
「あー、実感しました」
「……今のキミは不安定だが、ワタシ達のことを気にする必要はない。それくらいで困るのなら、魔女を名乗れないさ」
わかりずらいが、エキドナはこちらの心情を察して、心配はいらないということを伝えてくれたのだろうか。
魔女のスケールというよりも、心の広さ? という物を実感しつつ、一応一般人である自身にはそのような生き方はできそうにないと思い、この問題は後回しにしておくこととする。
そうなると、もう一つ疑問というほどではないが気になっていることが明るみになってくる。
魔女として気まずくないのであれば、他の二人――知識にある二人がこの場にいない。
「……『憤怒の魔女』と『暴食の魔女』は……ミネルヴァ、とダフネ、だな」
争いを嫌悪し、怒り、自身が恨まれても、傷ついていない振りをする、『憤怒の魔女』ミネルヴァ。
世界の飢えを嘆き、自身が満たされるために、魔獣という本来存在しないものを生んだ『暴食の魔女』ダフネ。
と、いうのが今のシャオンの中にある彼女たちの知識だ。
それらの不在に対して訊ねると、
「ミネルヴァは、今のキミに会わせる顔がないと引きこもってるよ。ダフネはそもそも興味がない」
「なるほど……?」
後者は、まぁある意味普通の反応だろう。むしろ会話した全員がここまで好意的なのがおかしいのではないだろうか?
だが、それはそれとして、前者のミネルヴァという魔女に関しては一体どういうことなのだろうか
「理由に関しては流石に伏せさせてもらうよ? 下手に話して、彼女の常に突かれているような怒髪天を突くようなことはしたくないからね」
「えぇ……?」
先回りするかのようにエキドナは、片手をこちらに向けてストップの意思表示をする。
「あ、ちなみにセクメトがあそこまで能動的に動いたのは久しぶりでね、その点は誇っていいかもしれないよ」
赤紫色の毛玉と評してもおかしくない『怠惰の魔女』セクメト。どうやら母親代わりらしい彼女だったが、それでも性格には何があるらしく、自身に対してもその片鱗は見られたがまだましだったようだ。
と、なるとやはり彼女からもそれなりに親愛はあるようで、改めて好意の度合いはあるが、全員に好かれていることに妙にむずがゆい気持ちになる。
そこで、もうひとつ気づく、話題にしばらく出ていない、本来であれば真っ先に出るであろう有名な魔女の存在が欠片もない事を。
「嫉妬の魔女――サテラは?」
「――――」
――嫉妬の魔女。
世界の半分を文字通りのみ込んだと呼ばれる、魔女が畏怖される存在となった原因。
その魔女が、ここにはいない。
先ほどのエキドナの説明にも大罪の名を冠する魔女の中で『嫉妬』だけがいなかった。
その理由は、恐らく今も彼女が生きているからだと推測するが、ふと口から出た疑問だった。
そんな軽いものだったのだが、明らかに空気が冷え込んだのをシャオンは感じる。
エキドナは不機嫌に眉をしかめて口をへの字に曲げ、カーミラは恐怖から逃げるようにこちらに体重を預け、唯一何も変わらないテュフォンだけは二人の反応を見て首をかしげている。
「……失言だったか?」
「……いや、些細なことだよ。恐らく今現在進行形で有名な嫉妬の魔女、話題になるのは当然だろう」
憎悪、にも似通ったその感情を含んだ声色。
その声色を常に余裕綽々なエキドナが口にしたことに驚きながらも、続きを待つ。
「”アレ”を好んで呼び出すことはないよ、勝手に来ることは防げられないかもしれないが」
名前すら呼ばないほどの嫌悪感。
エキドナはそれを隠さずに、話を続ける。
「ワタシの境界を割ってここ、夢の城にまで無粋に足を踏み入れることはよっぽどじゃないとあり得ない。そして、そのよっぽどは――君では条件を満たせない」
――と、なると満たせる人物は。
頭に過るのは目つきの悪い一人の少年。
『死に戻り』があの魔女の影響であるならば、”よっぽど”のことを起こせるのも彼だけだろう。
そんな事態は起こさないでほしいし、起きないことを祈っているが。
「さて、そろそろ時間だ……今現状で話せることも情報も十分得られただろう?」
この場にいない少年の身を案じていると、エキドナが唐突に茶会の終わりを告げる。
「これ以上の情報を得るならば、それは」
「……雛月沙音としての意識はまた、薄れる」
「そういうこと。未だ決めかねている君にとってはここで小休止としたほうがいいと、ワタシは思うけど?」
「……気遣いどうも」
「『雛月沙音』」
「……はい」
「ワタシは、あちらの世界に戻ってから行うこと、君が考えていること、止めはしない。快いとはいわないが、否定しない。だが、ワタシとの契約も忘れないようにね」
「スバルと契約したら、って奴ですね」
エキドナがスバルと契約を結ぶことになったら、シャオンも彼女と結ぶことになる。
それが契約の内容だ、魔女との契約自体にデメリットがあるといえばそうだが、それ以外はこちらに利しかない契約に改めて疑問を抱いていると、腕の中にいたカーミラがつぶやいた。
「わ、わたしは、あのこ……嫌い、か、な」
「……アイツ会ってもいない魔女に嫌われているのか」
それを言うならば恐らくあっていない魔女に好かれている自分もおかしいのだが。それに関しては今は考えないでおこう。
考える時はきっと、自身がしっかりとどちらになるかを決めた時になる。
それまではそこに思考を割くのは、足枷になるだろうから。
「それと、2つ警告がある」
エキドナは傾けていたティーカップを置き、真剣な瞳でこちらを貫く。
「君が使用している能力は『模倣の加護』という加護によるもので、ワタシ達魔女の能力、『権能』を模倣して使用していると推測する。”不可視の腕”はセクメト、”魅了の燐光”はカーミラ、”癒しの拳”はミネルヴァだろう」
それぞれの能力についてはエキドナに教えていた。それに対応する魔女の権能の力は初めて聞いたが。
「能力の本質すべてを模倣するのではなく、”結果”だけを模倣する加護は無限大に可能性がある、強力なものだ」
例えば、シャオンから見て格段レベルが違う剣術の持ち主に、加護を使えば『剣術のみ』模倣することになり、体捌きやそれまでの経験などは真似できないだろう。
だが、エキドナはそれだけでなく、シャオンの認識によって模倣する事象が変わる可能性があると言っているのだろう。
目にも見えない速さで放つ斬撃を真似するならば、原理は不明だが、不可視の斬撃が、何もかも癒す能力があるならば、マナが持つ限りで何でも治せる力を得ることができる。
要は、いいとこだけを取るだけの能力ではなく、都合のいい考え方をすることで、どう成長するのかわからない能力だということだ。
「下手をすれば、ワタシ達のもつ権能を上回るものも出てくるかもしれない。だからこそ、頻繁に使用はしない方がいい」
「それは、『雛月沙音』としての意識が薄れていくからですか?」
「もちろんそれもある、でもそれよりもその能力の使用は負担が大きい。完全に『シャオン』として生まれ変わるならばまだしも、今のキミが使用し続けるならば、オドに影響が出て――廃人になる、いや、下手をすれば消えるだろう」
廃人、は予想で来ていても消滅は流石に想像できなかった。
オドとは言わば魂、それに影響が出て消滅するのというのは、まるで精霊だ。
だが、嘘ではないのだろう。いや、もしも嘘だったとしても――
「それでも、俺は、使う場面では、使う」
『模倣の加護』の存在はシャオンにとって大きな存在だ。
レムを守ることもできず、スバルを追い込み、全員を傷つけ、失望させた今、さらに力を落とすわけにはいかない。
そう、この先スバル達の元から離れてでも、影ながらサポートをする。そのためにはどんな力だって使う――――それが、今唯一残された自身の『価値』だから。
自身に言い聞かせるようにそう思っているとふと、手の甲がつねられた。
「――――?」
といっても、痛みを感じるほどではなく、僅かに違和感を覚える程度の物。
子供が注意を惹くために行うような行為で、その行為の主は、勿論膝の上座るカーミラだった。
「カーミラ?」
「じ、自分のことは、……大事に、ね?」
嗜めるように、カーミラはこちらに問いかける。
どうやら、自己犠牲が大きい思考が表情にまで出ていたのかもしれない。
あるいは彼女がこちらをずっと気にしていただけかもしれないが。
「優しいんだな、えっと、うん。申し訳なさは消えないけど、この優しさは慣れている気がする」
「え、えへへ」
「ふふ、意外と好戦的な彼女でもこの様子……惚れたものが負けるというのは本当のようだ」
「で、でも。ま、万が一の準備はしていたよ? ま、マフラーや、髪飾りが……」
「カーミラ、申し訳ないけどその話はまた後で」
「……ぷぅ」
不満げに頬を膨らませるカーミラの空気を指でつつき、抜いてやりながらも、シャオンは自身の意識が遠ざかるのを感じる。
その中で、エキドナは「もう一つの警告は」と思い出したかのように伝え始める。
「君も、この茶会に招かれる権利は常にある。だが、その権利を行使続けることは――雛月沙音としての要素は削れることに、注意してほしい」
――――そうだろう、と思っていた。
魔女と関われば、自分も心の中の何かが削れ、そちら側に天秤が傾くのだろうと、察してはいた。
ただ、それでも必要とあれば、シャオンは訪れるだろう。
「でも、個人的にはまた来てほしいものだ。愛弟子に会うのは何時だって心躍るものだからね」
そんな風に人の事情を考えていない魔女らしい笑みを瞼に映し、シャオンの意識は白く染まり、消えた。
□
目を覚ますと、整えられていない石床のような場所に、顔を伏せていることに気付く。
先ほどまでの春の訪れを感じさせるような草原はそこにはなく、反対に冬の様に冷え込む暗闇があった。
「……戻ってきたのか」
エキドナから夢の城、と言っていたがその場所から戻され、今自身は表の聖域にいることを確認する。
そして、目の前に垂れ下がる髪、その色が灰色から白色に変わっていること、そしてその理由についても、シャオンはしっかりと記憶に残っていることを確認する。
やるべきことは、一つだけわかっている。
正直、エキドナに話を聞くまでは、というよりも記憶に靄がかかった状態では感じられなかった使命感。
その正体を知るには――ロズワールの場所に向かう必要がある。
理由はわからないが、そうしなければいけないと心が、いやこの場合は魂と言い換えたほうがいいだろうか?
この感覚には覚えがある、そうこれは――契約によるものだ。
自分は恐らくロズワールと何らかの契約を交わし、その契約の内容の一部なのか、それとも別の理由があるのかはわからないが、その詳細を忘れているのだ。
「くそっ、前回の俺は一体何を契約したんだよ……」
碌でもないことは確かだろう。
記憶がない状態が契約の物でないのならば、可能性としてあるのは『シャオン』に切り替わった状態で行ったものだからだろう。
前回の世界では幸い、といってはなんだがしっかりと記憶に残っていたがその前の記憶は断片的だ。
だから可能性はゼロではない、であれば確かめにロズワールの元へと向かうことは最優先事項だろう。
「…………」
誰にも伝えず、まるで、人と関わることを避けるように、矛盾した動きをしていく。
今はまだ皆が知っているシャオンだが、それもいつ切り替わり、また惨劇を生むのかわからない。
だから、一人で行動するのは間違っていないはずだ、行動すべきだ。
そう――それが一番被害が少なくなるのだろうから。
□
ノックもなしに、扉を開けると、そこには、
「――そろそろ来る頃だーぁと、思っていたよ?」
「……ラムも席を立たせて、用意周到だな」
「おやおや、こわーぁい口調だ。ボクはキミに対してなーぁにもしていないはずなのに」
宛がわれた部屋の寝台の上で、急なシャオンの来訪を迎えたロズワールはそう言って、いつもの道化メイクのまま楽しげに微笑んでいた。
その”何も変わらない”様子が不気味で、寧ろシャオンにとっては冷静になれる要素でもあった。
「……もしも本当にそうなら、来る理由はないでしょう」
「そーぉだね。だから、ボクにはキミがこうしてここに訪れた理由が皆目見当もつかない。もしかして、ボロボロの身体をした師匠を慰めると? そーぉれはそれは恐ろしい」
「……契約の内容を、教えろ」
「ふむ、契約というと――」
「――エキドナと話をして、思い出せる範囲の物を思い出した」
「――――」
埒が明かないと判断し、直球でロズワールに話をする。
その効果があったのかロズワールの瞳がわずかに揺らぐのを確認した。
「だが、生憎と思い出せる範囲の物は限られているようでな、お前が何を考えていたのか、何をするのかをしっかりと理解するために、教えろ……少なくともアンタがスバルやエミリアに危害を加える真似はしないとは考えている、だから互いに認識の齟齬がないように、確認するんだ」
好機とばかりに、一気に用件を告げる。
『死に戻り』を除いて、知っていることを全て話しきり、それでも表情が変わらないロズワールを睨みつける。
「――お前は、俺と何を契約した」
「ふぅ……簡単なことだよ」
大きなため息を吐きながら、ロズワールの表情から”道化”が剥がれ落ちる。
白塗りの化粧も落ち、久しぶりに見る彼の素顔にはこちらに対して真摯に向き合うという気概が見られた。
「君が提案したことだ、君のことは書の記述にない、”いれぎゅらー”という奴だからね。だから驚いた」
「もったいぶらないでくれ、一体何を」
「――雪を降らせるんだ」
「は?」
雪を降らせる。
契約の内容がそれだけのこと、のはずがない。
そんな天気を操るだけのはずがない、また揶揄っているのかと頭に血が上っていく感覚が伝わる。
こちらには時間がないのだ、実力行使も辞さない、と詰め寄ろうとした。
しかし、ロズワールから発せられた、続く言葉でシャオンの考えはひっくり返された。
「君がこの『聖域』で雪を降らせるんだ――大兎を呼ぶためにね」
満足そうな笑みを浮かべるロズワールの表情は変わらない。
ただ、この部屋の中で、彼の考えを表すように、暖炉の火だけが不気味に揺れ動いていた。
エキドナと話した内容は主にシャオンの現状、能力等です