Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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原作と変わらない部分はカットしていますが、要望があれば幕間で載せます(前回のスバル視点の最期など)


分水嶺

 ―――――世界は廻る。

 ぐるり、ぐるり、ぐるり、と渦が回る。

 記憶を運び、世界を戻し、また、回り、廻り、めぐる。

 

「――――」

 

 流れ込んでくる記憶の波、その量もさながら、内容もひどいものだった。

 シャオンは目を覚まし、それに耐えきれず、すべて吐き出した。

 胃からの吐しゃ物は、黄色く薄い膜に覆われて未消化のままの形で出てきた。

 込み上げてきた胃液が鼻に回って苦しいのに、吐き気は波が寄せるようにやってくる。

 無理やり吐き続け、涙が止まらない中、ようやく冷静に頭を働かせることができた。

 

「なん、だよ」

 

 隣に寝ているエミリアたちは目覚める気配はない、答えなど帰ってくるわけがない、苛立ち交じりの問いを投げる。

 思い出すことすら忌々しいが、今シャオンの記憶の中にあるのは惨劇だ。

 聖域に住む、いや、村人たちや大切なものを蹂躙する姿。

 それを――自分が行ったのだ。

 丁寧に、料理の下ごしらえをするかのように自らの手で、殺し、そして生きているままあの兎に喰わせ――

 

「ぅ、スバル……エミ、リア嬢。アリシア」

 

 喰わせた。

 なんの意味があるのかはわからない。

 記憶の中にある自分と同じ格好をした、いや、自分の身体を使ったアケロンという存在が行った猟奇的な行為を思い出し、再び吐き気がこみ上げた。

 しかし、もう体から出てくるものはない。強いて言うならば生理的な痛みと、精神的な苦しみからくる涙だけが零れ落ちた。

 

――自分の様な化け物が、彼らと共にいていいのだろうか?

 

「――――っ!」

 

 ふと、そんな考えが頭に過る。

 幸いにも『死に戻り』で無かったことになったようだが、そんな奇跡が続くわけがない。なにより、それを頼りにしてはいけない。

 あの存在が自分とは違う存在、だったとしても関係がないわけではない。

 アケロンが暴れているなか、意識だけは自分もしっかりと残っていた。大切なものを、『死に戻り』によってなくなるとはいえ、それでも手にかけた自分が。

 

――何もできなかった己は、そんざいしていいのか?

 

”あの時から”逃げていた問題に、シャオンは思わず立ち上がり、

 北西の方向にある印、いや、とにかく誰にも会わないような場所へと逃げ出したのだった。

 

 履物は途中から投げ出した。

『聖域』からここまではそんなに距離がなかったはず。

 だが、隠された場所であり、よっぽど用事がなければ来ない場所に、シャオンは走る。

 そう、

 

「ここなら……」

 

『裏の聖域』。

 少なくとも、自身と関わりがある大切な人物はいないはずだ。

 もし誰かがいるのであれば、それは、守り人である、彼だけだろう。

 そんな希望にも似た予想は、すぐ様に的中したのだった。

 

「お早いご到着。ついでにいうならば体調は最悪の御様子」

「カロン……!」

「はい、カロンです」

 

 復唱するその姿は、前の世界の彼とは変わらない。

 黒と白の不気味なその姿--前の世界で、あのアケロンと共にいた少年。

 

「それにしても何の用です? 試練を受ける気に?」

「お前は、お前は――知っていたのか? しって、いるのか?」

「何を?」

 

 無理やり問いをなげるが、カロンは気にした様子はない。

 首をコテン、と傾げるさまは人形そのもの。

 生物らしさを感じさせない動作に、普段であれば不気味に思うが、不思議と今は僅かに気が楽になる。

 

「俺が、俺が……あの」

 

 どもりながらも、言葉が出てこなくても、何とか絞り出す。

 今、自分に起きていることを知るために。

 

「シャオン、なのか? 『怪人』と言われていた、お前の師匠、なのか?」

 

――自分が、何者なのかを知るために。

 

 沈黙が続く。

 放った言葉は取り返せない。

 もとより、取り消すつもりはないが、可能であればそれを願う自身がいることに驚き、そこまで弱っている自身に自嘲気味に笑う。

 そして、沈黙を割く最初の音が、ゆっくりとカロンのその端整な口が開き――

 

「はあ」

 

 気の抜けた、理解ができないとばかりの言葉が返された。

 

「はあ、ってなんだよ。こっちは真剣に」

「そう言われても、少し前に、貴方と師匠は全然違うと答えたはずですが」

「うぐっ」

 

 抗議の言葉は正論によって断ち切られる。

 アレは裏の聖域に来た時のことだったか、確かに少しではあるが話題にはしていた。

 だが、忘れていたのは仕方ないだろう、あれからシャオンにとってはだいぶ時間がたっているようなものなのだから。

 ただ、それはあくまでもシャオンの話だ。カロンに文句を言うにも『死に戻り』を知らない彼にとっては1日ほど前の出来事。

 覚えていて当然のことだからだ。

 

「なら、俺は、誰なんだよ」

「いや、知らないですよ。貴方は貴方でしょう?」

 

 またもや返されるのは正論、思わずこちらも言葉に詰まってしまう。

 確かに、カロンの言う通りいきなり『自分は誰だ』などと話しても知らないとしか答えられないだろう。

 焦っていた気持ちが、彼の冷静な答え方に静まり、落ち着く。

 その様子を見て、ようやく話しができると思ったのか、カロンのほうから話しかけてきた。

 

「どうしても知りたいなら――方法はあります。『表の聖域』で――エキドナに問えば、答えは出るでしょう。貴方ならば資格は有しているでしょう」

 

 エキドナ。

 確かに、彼女であれば今の自分に対して的確な答えを与えてくれるだろう。勿論、対価は必要だろうが、確実に欲している答えをもらえることは、彼女の性格から保証できる。

 ただ、それを、その事実を、自身が何者なのかという、疑問を確定してしまう、確定させてしまうのが、怖い。

 だから、

 

「彼女ならば、貴方が傷つかない塩梅で答えを教えてくれる、どうです?」

「……少し、考える。その間、ここで匿ってくれ」

 

 逃げた。

 いや、ほんの少しでいいから時間が欲しかった。

 その解答に、カロンは珍しく目を少し開き驚いた様子を見せる。

 

「ほう、意外。それに匿うって……何かしたんですか? 興味」

「別に悪いことはして――いや、勇気がない。色々あるんだよ」

「そう、ですか。では時間がかかるならば紅茶を淹れましょう。シュガーの数は2つで?」

「……なんで俺の好みはこう、広まっているんだか。合っているよ」

 

 呆れた様に、少なくとも深く聞いてこなかったことに、若干の安堵を覚えながら笑うと、カロンもつられるように、僅かにうれしそうに笑い、紅茶の準備をし始める。

 その様子を見ていると小さくスキップもしているようで、ほほえましく思ってしまう。

 だからこそ、自身の記憶に残る前回の最期の彼の様子と今の姿が重ならない。

 あの時の彼は無機質な人形そのもの。アケロンの言う通りに事をなしていくだけの存在だった。だが、今は年相応の少年で、別人だと言われた方が信じられる。

 それに、彼だけでなくシャロも、普段とは様子が違っていた。

 最初にあったときにわずかに見せた大人びた言動で、ガーフィールと渡り合っていたのだ、普段は年相応の言葉遣いなのに。

 

「……なあ、お前は何なんだ」

「哲学的ですね」

 

 つい零れた言葉に、自分でもそう思う。

 だが、よほど答えが欲しがっていたのか、それとも気分がよかったのかカロンは答えてくれた。

 

「私は今は『裏の聖域』の守り人です。それ以外に話すことといえば、人工精霊というやつです」

「シャロ嬢と同じ、やつか」

「疑問。どうでしょうかね、私は失敗作ですから」

「失敗作?」

 

 そぐわない言葉に思わず繰り返す。

 

「私は他の3人と違って能力が劣っているのです」

 

 鼻歌と共に紅茶を茶菓子と共に置かれ、目線で飲むように促される。

 まるで、エキドナと対話している時のような感覚に、これから彼女の元に向かうことからは逃げられないのかもしれないという感じる。

 ただ、カロンはそんな気はないようで話を続ける。

 

「肉体が最強に近い存在、魔法が最強に近い存在、条件次第で最強な存在という能力が付与されて生まれています」

「それが、シャオンの娘たちって存在?」

「ええ……ですが、私だけは、僕だけは何もありません。同じく彼から作られた存在なのに、何もない。だから失敗作」

「何も、そんな卑下する発言「リューズ、リューズ・ビルマの正体については、ご存知でしょうか」」

 

 フォローなどいらないとばかりに、カロンはシャオンの言葉に口を挟む。

 

「えっと、あまり。長生きしていて、この場所で管理をしている人だってこと以外は」

「彼女と私は似た様な存在です……リューズ・ビルマはエキドナが知識を焼き付け繰り返す器として作った複製体です」

「――――は?」

 

 頭が痛い。

 遅れて、理解するが、話が数段階飛んでしまったかのように、理解が追い付かない。

 

「エキドナが嫉妬の魔女に滅ぼされたことで実験は中断され、器を生みだす仕組みだけが残った。その器の管理をリューズはしています」

「待て待て、どういうことだ!? 頭が、追いつかねぇ、複製体……繰り返す?」

 

 恐らく、複製体というのはそのままの意味で、コピー。クローンと言い換えてもいいだろう。だが、それが繰り返され、リューズがその存在で?

 なにより、その仕組みがまだ生きている、というのなら訳が分からない。

 

「なんの、ために」

「『強欲の魔女』エキドナは、自身の命が尽きるのを許せず、強欲にも不老不死を目指したのです。その不老不死を達成させるために、複製体は必要だった……理由は今は、それでいいでしょう。気になるなら、エキドナ本人に聞いてください。近いうち、向かうんでしょう?」

「……まぁ」

 

 痛いところを突かれ、黙ってしまう。

 

「さて、本題はそれではありませんね。彼女の話よりせっかくだから私の話をしましょう」

 

 こちらの気分とは正反対にウキウキしながら話を始める彼の様子を見て、今リューズの話に戻って気分を害して追い出されても困ってしまうと考え、黙って話を聞く体制を取る。

 

「なにも不老不死を目指したのはエキドナだけではありません、シャオンも、同じでした」

「……」

「私もシャオンが考えた不老不死の方法のひとつ、彼の作ったある人物の複製体です。まぁ、私が元になった人物はどのようなものだったのかはしりませんが、彼の弟子というのは同じことです」

 

 リューズと似た存在がカロン。

 その前置きから予想はついていたが、外れてほしかった。

 

「ですが、リューズとは違い私は増殖する複製体ではありません。複製体の増殖装置、とでも言えばいいのですかね。それはこの聖域にしかありませんから」

「そして、それはエキドナが所有しているような物。シャオンも手は出さなかった」

 

 言葉を継ぐように答えるとカロンは指を弾き、「正解」と答える。

 正解などしたくなかったのだが、彼にとっては嬉しいことなのだろうか、明らかに笑顔が見えている。

 

「増殖もしない、不老不死の器にもなれない、ただの精霊モドキ。ちなみに私は魔法を、というよりもマナをゲートに通すこともできませんし、精霊の特徴であるマナで体が覆われているわけでもありません。世界の外側にではなく内側に存在しています」

「だから、失敗作」

「ええ。精霊の短所と人間の短所が合わさった存在。それが私、カロンです。あちち」

 

 恐らく、嘘はついていない。

 正直、信用に値するかはわからない、だが、少なくとも、こちらに害をなす存在でもないはずだ。

 それゆえにこのような少年に『失敗作』といわせてしまうような運命に変えた存在、あるいは自分の存在を許すことはできない。

――目の前で、火傷した舌を冷ます少年は、無害なのだろう。だから、これは賭けでもある。

 

「頼みがある」

「……はい?」

「スバルに、ナツキ・スバルに伝えてほしい」

 

 これから、いつあのアケロンになり替わるかわからない。

 そんな不安定な存在は、スバルの傍に、エミリアの目指す王への道の妨げになる存在はいらない。だから、ここが、分水嶺なのだろう。

 自分が沙音なのか、シャオンなのか、それとも、あのアケロンなのかをはっきりとさせる、最後の機会。

 恐らく、これをはっきりとさせずに進んでいくことは、可能だろう。だが、

 

――限界は、見える。

 

 思ったよりも自分の心は弱っている。

 レムを救えなかったこと、自分の存在、全てが重荷になっている。

 だから、解決しないと、もうついていけなくなる。

 そう、悟ったのだった。

 

「……スバルは、大丈夫だろうか」

 

 夜、今シャオンがいる場所は『聖域』だ。

 『裏』ではなく『表』聖域にシャオンはいた。

 誰にも気づかれずに、静かに、忍び込む。

 人の気配を感じない『聖域』の様子を見て、どうやら、エミリアは試練を乗り越えることはできなかったのだと察する。今は、彼女は休んでいるのだろうか。

 そうなると、頼りになるのはスバルだが、今は彼も試練に挑んでいなかったことに安堵する。

 そう、今からシャオンは試練に挑むのではなく、『彼女』に会いに行くためだけに『聖域』を、墓所を利用するのだ。

 それにしても、

 

「……この『裏の聖域』もこのために用意されていたとかは、ないよな」

 

 裏から表の聖域がつながる道は、入口からは気づかれない、出来過ぎていると思うほどに。

 

「どう、おもう?」

 

 答えてくれる人物はいない。

 それは、明確に『解』を欲していないからだろう。

 

「――知りたい」

 

 時間もない、本題に入ろう。本当に知りたいことを知るために。

 

「――知る必要がある。俺が、何者なのか、シャオンとは何なのか」

 

『――それが、君にとって毒であっても?』

 

「ああ」

 

『――それが、君を殺すことになっても?』

 

「……ああ、今は――知る必要がある」

 

 頭に響く声に答えていく。

 そう、知る必要があるのだ。

 自分が何者なのか、その真実を。

 犯したであろう業を、それと向き合う必要が、あるのだろう。

 できる、かはわからない。

 でも、知ろうとしないことは駄目だろう。

 なにも動かないことは駄目だろう、それは、シャオンの、雛月沙音の価値を下げる行為だ。

 それだけは――できない。

 アケロンが話したこと、自身がシャオンの器であるということ、なぜなのかを知る。

 今はただ、それだけを、知りたい。

 

『――再び、君は資格を得た』

 

 世界が変わる。

 生気のない墓所から、明るい、青空が広がる草原に。

 その中にある、異質な存在。

 もう、いたるところで見た紅茶の用意。いや、あれは紅茶ではなく体液だったか。

 どちらにしろ、たどり着いたのだ。

 

「――招こう、魔女の茶会に」

 

 強欲の魔女の元に。




Q.シャオン知っていること忘れている?
A.一部は本能的に忘れています。今は

次回、メインヒロインと再会

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