Re:ゼロから寄り添う異世界生活   作:ウィキッド

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二話投稿です


裏への挑戦

「――気に入らない状況だわ」

 

 明朝、集落の入り口にやってきたラムが開口一番、不機嫌な顔で語っていた。

 

「それを俺に言われても……」

「はっきり言って、気に入らない状況だわ」

「改めてか……」

 

 実に彼女らしい言い分に苦笑しながらも頭を掻く。文句を言われている当人であるスバルも苦笑、を越えて泣きそうになっている。

 どうやら昨晩の話し合いの結果スバルは一度屋敷に帰ること、そしてフレデリカへの対策、という名目でエルザへの対策としての護衛を要求したのだ。

 だが、聖域から出られないアリシアとシャオンは勿論、只の商人であるオットーは論外として戦力になるのは限られている。

 現実的に見るならば、用意できる戦力はラムしかいない、当然そのことに難色を示していた彼女だったのだが、一応は折れてくれたのだ。折れた後の愚痴や怒りがなくなる訳はないのだが。

 

「ロズワール様のお体が万全でない今、ラムがそばを離れるのは不安で仕方ないわね」

「……怪我の包帯巻いたのはガーフィールだったろ、お前」

「馬鹿馬鹿しい、適材適所よ。ラムがやってロズワール様の怪我が悪化したらどう責任取るのよバルス」

「えぇ……」

 

 自身の能力不足を堂々と隠さない彼女に呆れながらも、いつも通りの様子の彼女を見てどこか安心していることにシャオンは驚く。

 どうやら自分はこの聖域に入ってから、色々なことを気にしすぎているきらいがあるようだ。

 

「……とりあえず二人とも、無事でな」

「この男がラムに手を出す勇気があるとでも? エミリア様にも手を出せないこの男に?」

「あのなぁ……出す勇気がねぇのは事実だがだしたらただじゃ済まねぇし、する気はねぇよ」

「スバル」

 

 後回しにしていたことを、彼女(・・)のことを話すのなら今だろう。

 だが、それを行うのはシャオンではなく、彼だ。

 そう告げようとしたが、上手く口が回らない。そうしていると、スバルが優しく笑みを浮かべ、

 

「――ああ、気遣いありがとうよ。その役目は譲れねぇ」

「助かる」

 

 二人にしかわからないやり取り。

 それを見届けたラムは僅かに首を傾げながらも、地竜、パトラッシュにスバルと共に乗り、去っていく。

 その姿はあっという間に小さくなり、やがて見えなくなった。

 

「さてさて、どうしたものか」

 

 見送りを終え、現在シャオンがいるのは聖域の出口、つまりは結界の出口だ。

 こう見ると何も変わらない光景だ、まるで結界などないかと思うほどに。

 

「実は、抜けられたら話は簡単なんだが」

 

 思わず、シャオンは手をゆっくり伸ばす、そして、それが恐らく結界の淵にたどり着くその時、

 

「やめたほうがいいかなー? シャロ、おとーさまが抜け殻になるのいやだよー?」

 

 暗い雰囲気を明るくするような、ソプラノボイスがした。

 声のしたほうを見ると、鮮やかな桃色の髪を揺らし、ニコニコ笑う少女、シャロがいた。

 

「やっぱり、ダメなのか。この結界を抜けることは」

「だめじゃないよー? でもやめたほうがいいかなー、じしゅせいをそんちょうはするけどねー」

 

 シャロは遠まわしに危険であることと、その危険に飛び込むことを否定しない。

 間延びした声のため緊張感はないが、どうやら本気でこちらを心配しているようだ。それを受けてとりあえずは伸ばしていた手をゆっくりと降ろす。

 するとシャロもニッコリと笑みを浮かべ、

 

「よかったー、特に今のおとーさまだとまだむりだからねー? まざってるからねー」

「混ざってる?」

「うん」

「なにが……?」

「ん-? えへへ」

 

 何と何が混ざっているのかまでは教えてくれない彼女に、シャオンは思わず問いただすべきか考える。

 正直、何という回答が来るのか不安だったが勇気を出して口を開く。それと同時に、彼女も口を開いた。

 

「それにしてもー、なんでそんなにでたいのー? シャロもいるのに不自由があるー?」

「いや、屋敷で……いや、まてよ。君」

「シャロだよー」

 

 口調は変わらずとも隠し切れない圧力。

 口には出していないが自身を名前で呼べと、そう告げてくる。

 いくら他人の空似だとしても、自身を父と慕ってくる女性をどう扱えばいいのか悩んだが、その悩みを晴らすように頭を何度か掻き毟り、シャオンはあきらめる。

 

「……シャロ、嬢。君は強いよな?」

「うん。まほーは苦手だけど、喧嘩じゃ負けたことないよー。ガーフにも」

 

 名前を呼んでくれたことにわずかに口角を上げ、腕をグルグルと回し、彼女は質問に答える。

 

「……本当に?」

「あー、疑ってるーめせんだー。」

 

 唇を突き出して不機嫌を隠さないシャロ。だが、疑うのも仕方ないことだ、争いとは無縁そうな子供の見た目の彼女が、あのガーフィールにも勝る実力者とは思えない。

 思えないが、彼女は『人工精霊』と話していた。

 ならば屋敷にいる彼女と同じ実力を持つ可能性はある。その考えに至ると同時に、背後から声がかけられた。

 

「クソッたれだが、事実だよ。狐野郎」

「……ガーフィール」

 

獣のように牙をカチ鳴らし、こちらに近づいてきたのはガーフィルだ。

 

「ようやく見つけたと思えばこんなところで何だべってやがる」

 

 名前を呼ぶと、ガーフィールは舌打ちをしながらもシャロを見る。

 

「俺様は最強を認めるが、こと殴り合いの喧嘩に限って言えばシャロには勝ったことがねェ」

 

 言い訳もせずに、自身よりもシャロのほうが強いと伝えるガーフィール。自信の塊である彼のそんな行動に少し驚くが、それは彼なりの意地、というよりもプライドからくるものだと表現したほうがよいだろうか。

 それか、妙に素直な性格、根っからの悪人ではないのかもしれない。で、あれば何かきっかけがあればまだ話もつけられるかもしれない。

 だがそのきっかけが見当もつかない今、優先すべきことではないだろう。

 

「でも、シャロはにくたいとっか、まほーはむりなのだー」

「無理? 苦手ってこと?」

「苦手っていうものじゃねぇよ、致命的なほどにこいつは魔法に耐性がねぇ」

 

 魔法に耐性がない。

 普通に考えれば魔法が使えないということだが、どうやらそれだけではないようだ。

 

「どんなに弱い魔法であっても、それが魔法であるなら致命的な一撃になる。だから治療魔法も受けられない」

「正確には違うけど、まぁそんなかんじだねー、よくできましたー」

「さわんじゃねぇ!」 

 

 頭を撫でられるガーフィルだが、力づくでは離せていない。あるいは、離せないのだろうか。彼も小柄ではあるが、シャロはもっと小柄、身長差があるせいで愉快な光景が目の前で繰り広げられている。

 それを微笑ましく見ながら、つぶやく。

 

「……なら、だめか」

「んー?」

「いや、頼みたいことがあったんだが、そんな理由があるならやめておこう」

 

 恐らく魔法とは違う癒しの拳があれば、シャロの魔法耐性のなさもクリアできるかもしれない。

だが、恐らくの話だ。もしも最悪のケースを引く場合は……

 

「えー、きになるなー。いうだけ言ってみなよー」

 

 話すまで諦めない、という強い覚悟が瞳に宿っている。こうなると大抵の人物、特に女性は文字通り死ぬまであきらめないのを知っている、というよりアナスタシアに聞いたことがある。そんなときは早めに折れるのが大事だとも。

 だいぶ前にも思える彼女とのやり取りを思い出し、その成果を見せるようにシャオンは無駄な抵抗はせずに白状する。

 

「――聖域の外に出て、ある人たちを助けてほしい。その、戦力に君が欲しい」

 

 シャロは珍しく、というよりも初めて表情という物を見せた。

 だがその表情は明るいものではない。困っている、というよりも悲しみに近いものだろう。

 そして、その表情と同様の声色で彼女は手を合わせ、謝ってくる。

 

「ごめんねー、期待させておいてあれだけど、それだけは無理なんだー」

 

 

 改めて否定されると意外に響くものがある。

 というよりも、希望を抱いた分絶望がでかいというのはこのことだろうか。

 

「うん、まぁもともと君の体調を聞いてからは無理強いはする気はなかったんだけど……一応、理由は? ガーフィールたちと同じようにロズワールに賛成するって立場じゃないだろう?」

「んー、うん。ロズワールには興味がないよー、寧ろ可能だったら協力したいくらいー」

 

 であれば、別の理由。

 彼女自身では解決できないような内容の問題がある訳だ。

 今後の為に、聞いておいても損はないだろう。何かの交渉につかえるかもしれない。

 

「でもねー、シャロも外に出れないのー。ハーフだからー『魔女』同士の」

「……は?」

 

 魔女同士のハーフ。

 いや、そもそも『魔女』というのであれば女性だ。女性同士で、その、子供ができるのだろうか?

 真剣に考えるシャオンとは逆に、ガーフィールはため息を吐きながら説明をする。

 

「そいつのたわごとは本気にしねぇほうがいいぞ『ケニーの英雄譚は9割が嘘』って奴だ」

「その格言通りなら1割は本当なんだが……」

「むー! たわごとじゃないよー」

 

 地団駄を踏むシャロを馬鹿にするようにガーフィールは鼻で笑う。

 

「魔女同士のハーフなんてアタマがおかしいと思うのが正常だろうがァ。……実際の所、そいつも混ざりもので、聖域からは出られねぇからな」

「そうなの、だからシャロは役立たずなんだー。たはー」

 

 頭を軽く書きながら照れ臭そうに笑う。そんな彼女に嫌なことを話させてしまったことを申し訳なさそうに思っているとガーフィールが突然こちらに語り掛けてきた。

 

「……今までの話は聞かなかったことにしてやらぁ、代わりに俺様の頼みも聞きやがれ」

「いや、聞いたことにしていいから、一つ教えてほしい」

「あん? オマエ、主導権がどっちに「俺達は平等だろ、ガーフィル」……あん?」

「俺たちは平等なはずだ、少なくともいまこの聖域の中にいる間は」

 

 ガーフィールの圧に押されてはいけない、譲れない点。

 自分たちは互いに利用し合う関係で、仲の良し悪しを除けば自分たちは同じ位置にいることだ。

 それを彼もわかっているのか小さく「言ってみろ」とこぼした。

 

「お前のお姉さん、フレデリカ嬢について聞きたいことがある」

「……姉貴について?」

 

 完全に予想外、という表情を浮かべるガーフィールだったが、少し考えてこちらの質問には答えてくれた。

 

「……まぁ、俺にはかなわねぇよ。だが、少なくとも亜人だ。そんじょそこらの奴に負けるほどなまっちゃいねぇはず」

「なるほど……」

「……テメェ、何考えてる?」

「別に、ウチの陣営の戦力を考えているだけだよ」

 

 今行っている問答はフレデリカが戦力としてどれくらいのものなのかを明らかにするもので、その結果自体は頼りになる回答をもらえたが……もしも、彼女がフレデリカが、敵であった(・・・・・)場合は別だ。

 それは、絶体絶命を示しているのでは? 抜けていた考えが保管され、するりと背中に汗が伝う。

 

「……気を付けろよ、スバル」

 

 この場所から出られず、役に立てない自身に歯噛みしながら、屋敷に戻っている相棒の無事を想う。

 そんなシャオンの嫌な予感をあざ笑うかのように、空はただ青く、高いのだった。

 

「そう言えばガーフィルはなんでここに?」

 

 少なくとも気軽に雑談を交わすような仲ではないはずだ。それに喧嘩をふっかけに来たわけでもない。

と、なると決まっている。碌でもない仕事の話だ。

 

「テメェにしかできない仕事の呼び出しだ。……裏の聖域の試練、あれはテメェが受けろ、エミリア様には資格がなかった」

 

 乱暴に唾を吐き捨てながら、ガーフィールはようやくこの場に来た理由を告げ、シャオンは嫌な予想が当たったことに再度頭を抱え、空を仰いだのだ。

 

 

「……なるほど。で、お前は俺には資格があると」

「にわかには信じられねぇが、可能性は0じゃねぇ」

「自分でもそう思うよ……あの時試せばよかったな」

 

 ガーフィールとシャオン、それにいつの間にかシャオンに肩車をしてもらっているシャロの3人は歩きながらこれから向かう、いや、これから行うであろう試練についての話をしていた。

 勿論、エミリアについての話もだ。

 

「エミリア様はババアの提案で裏の試練に挑むことになった、んで資格がなかったから試練が始まらなかった。ただそれだけだ」

「……リューズ嬢の提案か、それまたなんで」

「気分転換も、とはいかねぇな。エミリア様も試練に行き詰っているからよ、何か進展が欲しいって話だ」

 

 なるほど、それなら合点がいく。

 第1の試練で躓き、聖域の空気もエミリアの体調も悪くなる中、気分転換というよりは新しい道を作るのは正しい判断だろう。問題だったのは、彼女にその資格がなく、結局のところ行き詰ったわけだが。

 スバルは資格がなかった、アリシアが受ける可能性もあるが信頼度を考えるとお株が回ってきたのがシャオンだということだ。

 

「納得はしてねぇ。俺様はテメェが試練を受けるのも、そもそも資格があるのかすら信じられねぇ」

「そりゃ随分な評価で」

「だが『ケンドリーの唯一の才能はムシと話すこと』って話だ。さっきも言ったがもしもの可能性もある、ってなると見逃せねぇ……ほら、ついたぞ」

 

 1つの、小さな家。いや、一度中に入ればその認識はガラリと変わる。

 最初に案内されたときと同様に、鍵はかかっておらず、眼前に出現したのは無機質な石造りの部屋、とその部屋の奥に更に続くであろう扉だ。

 そして、このタイミングでふと、前回と違うことがあることに気付く。

 

「今回はついてくるんだな、ガーフィール」

「もしも試練を受けることができるのに、できない、なんて嘘を吐かねぇのを確認するためだ」

 

 そんな事をしていったい何になるのだろうか、という疑問を口に出さなかったのは偉いと思う。

 下手に喧嘩の種を蒔く必要はないだろう。

 そう口の中でつぶやきながら、扉を開ける。すると、以前と同様の無数の書架が広がっていた。

 慣れることのない光景――シャオンたちがいるのは、石造りで円筒形の部屋中心だ。

 目立った特徴のない、同じだけの広さの空間に所狭しと書架が並べられており、背の高い本棚には無数の本がぎっしりと詰め込まれている。

 そして、その本棚の前に横になっている少年がいた、いや床に横になっている変な姿だ。

 

「今度は珍しいお仲間を連れてますね」

「君は……珍しい態勢でいるね、カロン」

 

 白黒で構成された奇妙な少年、カロンはその妙な風貌とは別に奇妙さを感じさせる体制のままこちらを見上げている。

 独特な目はこちらを覗き込んでいるように思え、慣れないと不気味だ。

 カロンはゆっくりと立ち上がり、背中に着いた埃を払って向き直る

 

「せっかく私が新たな視点からこの部屋を見ていたのに邪魔をするとは……憤怒」

「意味わかんねぇな、相変わらず」

「おー! カロン。相変わらず根暗だなー!」

「そちらは無駄に明るいですね、対極」

 

 ハイタッチをするシャロとカロンの様子を見て、どこかほほえましく思う中、ガーフィールが空気を読まずに舌打ちをし、事態は進んでいく。

 

「おい、試練を受けさせろ、蝙蝠野郎」

「おや、貴方には資格がないと思いましたが、獣風情」

「テメェ……」

「あ、資格がないと思った(・・・)のではないですね。ないです、はい。確定的」

 

 額に血管を浮かび上がらせながらもガーフィールは未だに拳を押さえている。

 それほどまでにカロンが実力者なのか、それともこの場所が『試練』の場所だから暴れることができないのか。

 どちらの理由にしろ、彼はカロンの煽りに言い返すことはなく押し黙る。

 それを見てカロンも得意げな笑みを珍しく浮かべ、話を続けだした。

 

「改めて説明を、試練を受けるためには『誰かを一番に想う気持ち』と『自身を思いやる気持ち』『変わろうとする気持ち』の3つが必要です。試練の内容は私からは口に出せません。どんなものがあるのか。簡単なのか、難解なものなのか、何も。完全な未知」

 

 脅しているようにも聞こえるカロンの声色は以前と同じく変わらず、まるで結末を知っている映画を見に行くかのように、冷めた目をしているのみ。だが、シャオンにはそんな彼の心情を考える余裕はない。

 今、裏の聖域で、試練を乗り越えたならばガーフィル達の評価も変わるかもしれない。

 エミリアが受けられなかったという事実は響くが、試練に失敗してダメだったという結果よりはマシだろう。

 だから、どんな試練があろうと、

 

「それでも――受けますか? 資格があるかどうかはわかりませんが」

「受けてみる」

 

 そう勇気を出して呟いた。

 対してカロンは「そうですか」と無感情に呟き、以前と同じく手で行き先を示す。

 そこにあったのは木の扉、だがそれは資格を有する者のみを通す門と同じ意味を持つ扉だ。

 

「『試練』を受ける資格があれば扉の先は必然的にその場所へつながります。後は、中の人物に従ってください」

 

 ガーフィールとシャロ、カロンに見守られながらシャオンは扉のノブに手をかける。

 そして、緊張する心情とは裏腹に、意外にもすんなりとノブは回り、扉は開かれた。

 

『――――自身と向き合い、打ち勝て。』

 

 そんな言葉と共に、自身以外を置き去り、シャオンの視界は広がる。

 そして、シャオンは自身が白い部屋にいることに気付く、ガーフィール達は見当たらない。

 部屋はまるで中に入ったものを逃がさないように、狭く、出入り口はない。

 歩みを進めると、体が重くなったような感覚を覚える。

 謀られた、という可能性に至る前に目の前に男性がいることに気付く。

 髪は白く、床につくほど長い。だが、どこか男性らしさもあるその姿をどこかで見たことがあるように思うのは気のせいだろうか。

 

「おや、予想よりも早い到達だね。シャオン」

 

 その声は異質だった。

 高くもなく、かといって低くもない。どこか次元がずれたような、とでもいうべきだろうか。そんな異質な声色。癪に触るような、虫の羽が擦れるような不快な音。

 初対面の人物に対する評価としては、シャオンにしては珍しく最悪だ。

だが、カロンは中の人物に従えと言っていた。

 前回資格のないスバルが挑もうとした時とは様子が違うことから資格はあったのだろう。

だからカロンの言葉に従い、目の前の男ととりあえず対話を試みることとする。

 

「おまえ、誰だ」

「――シャオン」

 

 男のふざけた解答に怒りを覚えることはなく、息を呑む。

 喉が渇き、変な音がなり、緊張が全身を包む。

 

「ボクはシャオン、今はただのシャオンだよ、ヒナヅキくん。あー、いや、正確には、ボクはアケロンの舟を管理していた頃のシャオンだ」

 

 アケロンの舟。

 聞いたことはない、ないはずなのにその単語に本能的な拒否反応を覚える。見たこともない光景、消滅する街、そして祈るーー

 

「――ッ」

 

 吐き気を気合いで堪え、なんとか倒れることは防ぐ。そして、この不快感を八つ当たりのように目の前の、自身と同じ名前を持つ男にぶつけた。

だが、目の前の男は薄く笑みを浮かべ、歓迎する様に告げた。

 

「さあ、試練を始めよう」

 

 


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