ひとまず落ち着く場所、ということでガーフィールを含め全員竜車の中へ移動する。
寝ている二人の他に4人。合計6人が竜車にいる現状。狭苦しく感じるのは気のせいではないだろうが、竜車内の空気がより一層にそれを拡大化させているのだろう。
だが、そこを気にしないで話に切り込むのはスバルだ。
「お前がガーフィールで、ロズワールの知り合いでいいんだよな? いきなりの接触でビビりはしたけど、今は敵対の意思とかなしってことでよろしいか!」
「ぴーすか騒ぐなよ、やかまっしい。んな慌てなくても取って食いやしねェよ」
「さっきまでのお前の凶暴な態度で誰がそれ信じるんだよ……?」
耳に指を突っ込んで苛々した様子のガーフィールだが、スバルの訴えに「それもそうか」と納得の姿勢。イマイチ考えの読めない部分はあるが、話が通じないわけではないらしいことにどうにか安堵する。
「そ、だ……それどころじゃねぇ! 二人が急に倒れちまって目を覚まさないんだ。さっきまで普通に話してたってのに、てかシャオンも倒れていたのに、まだ起きていないんだ」
「倒れたって、そのハーフエルフと半鬼かよ。そら、当たり前だろが。ここがどこだと思ってやがんだ、慌てることかよ」
苦しげな二人の身を案じると、しかしガーフィールは小馬鹿にしたような態度で肩をすくめただけだ。その訳知り顔にスバルが「どういうことだよ」と問いを発すると、彼は怪訝に眉根を寄せ、
「そこの男が早く起きた理由ははっきりわかんねぇが、ロズワールとフレデリカに、この場所がなんなのか聞いてっきたんだろ? んなら倒れるのはあって当たり前の」
「……いや」
「……まさか、知らねェのか?」
説明に入る前置きの段階でシャオンが首を横に振ると、ガーフィールは忌々しげに舌打ちする。彼は口の中だけで「あの変態野郎……」と誰のことを言っているのかわかりやすい罵声を噛み殺し、
「フレデリカもなにも言ってねェってのか。あの性悪、しっばらく見ねェ間に飼い主の性格に似ちまったってことかよ。救えねェ」
首を横に振って、ガーフィールは苛立ちを荒い鼻息に乗せて吐き出す。それから彼は問いたげなスバルの目に気付くと手を軽く持ち上げ「わかったわかった」と言い、
「具合悪そうに見えっけど、命に別条はねェよ。ただ、それ以上苦しそうな面が見たくねェってんならこっからとっとと離れろ。村までは案内してやっからよ」
「ここ離れたら、意識戻るのか?」
「だーっから、そう言ってんだろが。とっとと行くぜ、オラ」
説明不足にもほどがある説明以上をする気がないらしく、ガーフィールは野卑な態度を隠しもせずに振り返り、御者台へ足を向けるとオットーの座席を蹴りつける。
その蹴りを受け、いまだオットーは「あうっ」と苦鳴を上げ、
「御者だろ、村まではてめェが動かせよ。ウスノロはケツがへっ込むまで蹴っ飛ばすぞ」
「ってか、これどういう状況なんですかねえ!? 今の話の流れを聞く限り、完全に勘違いだったようですが!?」
あんまりといえばあんまりな言い分にオットーが沸騰し、立ち上がってガーフィールに物申す。ついさっき行った戦闘を見ていたはずなのに、剛胆なものだ。
それを目にしたガーフィールも同意見のようでこちらに振り返り、
「なァ。こいつ、いつもこんな元気な野郎なのか?」
「その人らに僕の評価聞いても正当な評価得られそうにないのでやめてほしいんですが!!」
「あァ!? てめェ、急に元気溌剌としてきやがって、俺様舐めてやがんのか!? 大目に見ろやァ!」
「お前ら二人ともうるせぇよ! エミリアたんがそうしてる間も苦しんでんだろうが、とっとと手綱握れ!」
「あーもう! 全員うるせぇよ! 俺も含めてな! ほら、オットーも仕事はする! ガーフィールも悪いと思ってんなら素直に謝れ!」
男4人でギャースカ騒ぎながら、御者台の上で罵り合いが始まる。
荷台に置かれ、いまだ原因不明の意識消失からエミリアとアリシアは目覚めない。しかし、彼女達は、
「……うるさぁい」
「……ふふっ」
と、小さな声で寝言のように呟いたのだった。
◇
「それで、改めて自己紹介だ。俺の名前はヒナヅキ・シャオン」
「あぁ、そうだな……俺様はガーフィール……ただのガーフィールでいいや。最強の男だ。よろしく頼むぜ」
「俺はナツキ・スバル……え? 今、なに? 最強って言った? 素面で?」
「いつものことだよー、シャロは、おとーさまの一番娘、シャロ。よろしくねー」
「「は?」」
動き出した竜車の荷台で向かい合いながら、4人は自己紹介を交わす。
改めて再確認という意味もあるのだが、予想外の出来事があったようだ。
「……んで? シャロ。本当にこの男がお前の言う父親なのかァ?」
「んー? なにかすれ違いがあるみたい―? ガーフィールに頭を打たれた? それなら面倒だけど仕置きするけど」
「おいおい、『ソムルの顔は言葉よりも重い』だぜ? 俺様は何もしてねぇよ。悔しいが、そいつも急所は避けていやがったからなァ」
「ソムルの顔どんなんだよ……まぁ、確かに頭とかは避けている」
意識が混濁するような怪我は負っていないし、能力による副作用もそこまで重くない。
あれ以上戦闘が続けばまた話は別だろうが。
「んで、狐顔。細かい事情は知らねぇけどまずは確認しておきてぇことがある……オマエ、腕は確かだけどッよぉ、故障中かァ?」
「きつ……そんなところかな」
「はん、完治したらまッさきに伝えやがれ。次はその顔面殴り抜いてやッからよォ」
つまらなさそうに鼻を鳴らし、乱暴に足を組む。
明らかに歓迎していない態度、他のメンバーよりもそれが顕著に表れている。
それはシャオンの気の所為ではなく、他のメンバーにもそれは伝わっているようだ。
「……なんでお前そんなに嫌われてんの?」
「さぁ?」
「簡単な話だとおもいますぞー」
シャオンの膝に腰かけている少女、シャロが答えた。
深紅の瞳をこちらに向けて、まるで出来の悪い弟のことを語るときのように楽しそうにわらい、
「ガーフィールは自分が最強だと思ってるからなー、おとーさまが思ったよりも強くて驚いているんだろー、胃の中のなんとやらってやつだー」
「それ蛙消化されない? 妙な言い回しで伝わってんな……」
「それより一番娘、ってどういうことだい? 俺はまだ子供を産んだ記憶はないんだけど」
「認知してねぇってことか――いてっ」
本気なのかわからないトーンで冗談を言うスバルの頭を軽く小突く。
生憎と純粋な女性関係は縁遠いシャオンにそれはない。
「んー、あー、そういうことかー。えぇ? そうなの? そうだよねー」
「一人で会話して納得していないで教えてくれねぇか? 今、ただでさえ俺らは解決しなきゃいけない問題が多すぎてパンク寸前なんだよ」
「ん。なら教えられるところだけ伝えましょー」
スバルの言葉にシャロは少し考えるそぶりを見せ、言葉を吟味し始める。
そして、最初に放たれた言葉は、
「私は『人工精霊』です。貴方に作られた」
「人工、精霊」
今までとは違う、子供らしさが抜けたようなそんなはきはきとした口調。
それに驚きつつも、言葉の意味を理解しやすくするように、復唱する。
文字通り、人の手によって作られた精霊、ということなのだろう。
それが、できるかどうかは置いておいて……シャロの言葉にはもっと追求しなければいけないことがある。
「おいおいまてよ、シャロ、だっけ? こいつはこの世界……あー、この国に来てからそんなに経っていない」
それはスバルも、いや、スバルだからこそわかる事象だ。
当然、シャオンと同様の疑問を持った彼はシャロにより詳しい説明を求める。
「そんな短期間でそんな大層なことできるわけがないと思う。いやそりゃ、こいつが無職のプー太郎で時間が余っているなら話は別だけど」
「おい」
「ふーん。だけど事実だぞー?」
若干不機嫌になりながらもシャロはスバルを見る。
その視線を受けたスバルはたじろぐが、事実を告げた彼は逆に開き直り、睨むように見つめ返す。
シャロはその反応に表情を変えないままこちらへと顔を向けた。
だが、こちらも答えは変わらない。彼女には申し訳ないが、
「――いや。ごめん、やっぱり記憶にない」
シャオンの言葉にシャロは表情を変えない。
それがむしろ不気味に感じたが彼女がそれを察したのかすら読み取れない。
だが、シャロは少し考えた後に、
「そうですか……なら、その答えもこの『聖域』にあります。――そこで、明らかにしましょう、私と貴方の関係について」
はっきりとした口調で、告げたのだ。
□
竜車は順調に聖域へと進んで行く。
竜車の中には眠っている二人の僅かな寝息と、ガーフィールの貧乏ゆすりによる振動だけが響いていた。
今いるメンバーで談笑し合うような仲ではないが、会話が一切ないのはつらいところもある。
だが、その静寂のおかげかスバルは気になることがあったことを思い出す。
「……」
――シャオンの娘。
少し前の世界でスバルは『シャオン』と名乗る男にあっている。
勿論、『雛月沙音』とは別人であろう。
シャオンと同じくらいの髪を白髪に染めた男性。纏う雰囲気も、持つ威圧感も何もかもが違う存在。
彼は去り際にスバルへ確かにこう告げていた。
『いずれ来る娘を、頼む。その子はきっと君らの運命に大きく関与するだろうからね』
同じ名前の人物、娘、そしてそれがスバルの、いやこちらのシャオンの前に現れた。
偶然、あるいは勘違いであるにして出来が過ぎ来ている。
なにかが、あるのかもしれないがその考察をするには『沙音』の存在がすべてを否定する。
――同じ世界から来た存在であり、知識も有している。詳しくは見ていないが道具だって同じものを使っていた。
この世界に関与する機会は、スバルがこちらに来たタイミング以降だけであり、それ以前は不可能なのだ。
「スバル?」
「なんでもね」
彼自身嘘を吐いているようには見えないし、なにより同じ世界から来た仲間でもあり、『死に戻り』を共有できる唯一の仲間でもある。
ただでさえ色々と負担をかけてしまっている彼に、これ以上確定じゃない情報を与えて重荷にさせたくはない。
やはり伝わってこない言い回しに首を傾げるが、ガーフィールはそれを説明するつもりはないらしく、頭の裏で腕を組むと座席に体重を預けてリラックス体勢。どうにも話題が途切れて、スバルは小窓から外を眺めつつ、膝上に寝かせたエミリアの銀色の髪をどさくさ紛れに指で梳く。
いまだ、目覚めないエミリアだが表情は先より安らかなものになっている。同様にシャオンに寄りかかるようにしているアリシアも先ほどよりは表情は柔らかくなっている。
ガーフィールの主張通り距離を取ると影響は遠くなってくるようだ。
と、そう考えて気にかかるのは、
「なぁ、さっきは聞きそびれちまったけど、お前はロズワールの知り合い……だよな」
「俺様の名前っぐらいは聞いたことあんじゃねェか? 一応って頭につけっけど、俺様はロズワールの関係者じゃぶっちぎりで最強だからよ」
「要領を得ねぇ……有力者とか、聞いてた覚えがあるけど」
まさか武力持ちだから『有力者』などと呼ばれていたわけではあるまいか。だとしたらガーフィールとは、政治的な意味での協力者ではなく、脳筋的な意味での協力者ということになるのか。
「なんで、こう。俺らの周りには素直に政治的な意味での権力者、って言うか協力の当てがないんだろうか」
「そりゃ、おまえ。ロズワールが関わっているからだろう」
シャオンの言葉にスバルは容赦ない事実を突きつける。
頭を抱えるシャオンは滑稽ではあるが、確かに『聖域』を目前にして、警戒すべき相手と一応は友好的な接触ができたのは拾いものだが、頭痛の種が増えてしまったというのは悩みどころだ。
「結局『聖域』でロズワールに聞きたいことがまた増えちまった。問題解決するために動いてるはずなのに、問題が増えてる気配しかしねぇぞ、どうなってんの?」
頭を抱えて、スバルは前途多難の難がさらに増えたことに表情を曇らせる。が、それを聞きつけたガーフィールは小さく舌を鳴らし、鋭い犬歯をそっと覗かせながら、
「『聖域』――ね」
意味ありげな呟きにスバルが顔を上げると、ガーフィールは小さく手を振る。それから彼は立ち上がって進行方向――即ち、目的の『聖域』の方へ顔を向けると、
「ロズワールに言われたこと鵜呑みにしてやがっから、そんな呼び方してやがんだよな。知らねェってのはともかく、知らせてねェってのはクソのやるこった」
「俺も正直同意見だけど、いないとこで陰口とか性格悪いにもほどがあるからやめとこうぜ。……つか、なんか気に触ったか?」
明らかに『聖域』という単語を耳にしたことで不機嫌になったガーフィール。スバルは失言があったかと様子をうかがうが、それに対する彼の反応は端的なものだ。
即ち、似合わない皮肉げな笑みを口元に作り、
「そろっそろ、お姫様が目覚める頃だと思うぜ。結界からけっこう離れたっからよ」
「結界ってなにが……と、エミリアたん?」
疑念の声を上げる前に、スバルは自分の膝の上で身じろぎするエミリアに気付いて声をかける。うっすらと瞳を開いた彼女は、ぼんやりとした眼で竜車の中を見回す。まだ意識が覚醒し切っていない中、その紫紺の瞳でスバルを見つめ、
舗装されていない道を進んでいるにも関わらず、車内にその揺れが及ぼす影響はごくごく軽微。何度味わっても、実際に利用するに至ってもこの『加護』とやらは不可思議な効力を持っているものだと思う。
「あ、れ?_しゅばる?」
「寝起きも超絶可愛いけど、それどころじゃないぜ、エミリアたん。どっか調子おかしかったりとか、頭痛かったりしてない?」
「ぇっと、全然? なんにも変な感じしないけど……っ」
受け答えの最中で意識が完全に覚醒したのか、勢いよく起き上がるエミリアにスバルが慌てて頭を後ろへ。危うくヘッドバッドを交換するところだった二人だが、エミリアはその間一髪に気付かない様子でスバルを振り返り、
「だ、大丈夫だった、スバル? 私、守るなんて言ってたのに倒れちゃって……ッ」
「そんな心配しなくてもどうにか切り抜けたよ! 対話によるコンタクトの成果が出た。人は言葉というコミュニケーションツールで繋がり合える、その第一歩をここにこうして踏み出せたんだよ。俺、コミュ障だけど」
詰め寄ってくるエミリアの肩に触れて落ち着かせ、適当を言いながら彼女の様子を観察。立ち上がって歩けたところも、目の動きや顔色も、言葉が呂律が回っていなかったりすることもない。
「なァ? 言った通りだったじゃねェか。そこの女も、もうじき目が覚めんだろ」
「……むしろまだ寝てんのかこいつは」
ガーフィールに顎で指されながらも、小さく寝息を立てているアリシアを軽く小突く。微塵も起きる気配はない。
よほど疲れがたまっていたのか、眠りは深い様だ。
その光景が面白かったのか、ガーフィールが笑い、そしてエミリアは初めてこの場に見知らぬ存在が増えていることに気付いた様子で驚き、すぐにスバルを背後に庇うような立ち位置で彼に向かい合い、
「――誰!? 言っておくけど、スバルには指一本触れさせないから」
「エミリアたん、大丈夫だから! あとお願いだから俺のヒロインポジ確立させるような発言重ねるのやめて! 俺のゲージはそろそろギリギリよ!」
「もうないようなものだよ、気にするな」
「気にするの! 男の子だもん!」
スバルが後ろから取り縋ってエミリアの迎撃態勢をほどかせ、シャオンはガーフィールに向き直って彼を示す。
「彼はガーフィール。みんなが意識を失った時に竜車に入って……迎えってわけじゃないだろうけど、今は『聖域』まで同行中」
「ガーフィールって……この人が? フレデリカの言ってた人?」
「なんって言われてたのか気になっけど、それは後回しにしておくとしようぜ。そら、そろっそろ村に到着しちまうっからよ」
先のスバルと同様の感慨を覚えるエミリアに対し、ガーフィールは状況を整理する時間も与えずに顎をしゃくる。その彼の示す通り、行く先にはどうやら森が開け、目的地である村の外観が見えてきたようで――。
「歓迎するぜ、エミリア様とその御付き共」
敬称付き、だが言葉の節々、何より彼の表情からは敬意や好意などは含まれておらず、むしろ敵意すらあるほどの歓迎の言葉。
そして、こちらの訝し気な視線に牙をカチ、と鳴らした。
「ロズワールの糞野郎は『聖域』なんてきれいな言葉で読んでいるが、そんな言葉とは程遠い、半端モノの寄せ集めが暮らす、行きつまりの実験場だ……俺様ァ、『強欲の魔女の墓場』って呼び方のほうが正しいと思ってけどなァ」
忌々し気に、その最悪な名前を口にしたのだ。