少女――サテラが壁側に佇み、まるで祈るような体制をとっているのが目に入った。よくみると唇がかすかに動いているのがわかる。その様子にスバルとシャオンが首をかしげる。
「彼女はなにしてんだろうな」
「微精霊とお話をしているんだよ、スバル」
スバルの問いかけに答えたのはシャオンではなく、先程消えたと思ったパックだ。
「あれ? 消えたと思ったのに。あと一時間もないんでしょ? 出ていられるの」
「出られなくなるのは夜。つまり五時ぐらいだね。僕はこーんなかわいい見た目をしてるけど精霊だから」
「精霊だと出られる時間が限られてるのかい?」
シャオンの問いかけにパックは悩み、サテラの方を見てさらに数秒悩んでようやく口を開いた。
「うん、まだ時間がかかりそうだし、二人とも精霊に関しての知識があまりないみたいだから少し教えよう」
こほん、とわざとらしく咳払いをしてこちらに説明を始める。
「精霊っていうのはマナが活動力の源でね、蓄えが十分に溜まっていないと眠気が続いたりするんだ。これでも僕は位の高い精霊だから結構なマナが必要なんだ」
「あー、だから現れるのに時間が限られているんだ」
「うん。五時を過ぎたら彼女の持つ結晶の中でゆっくりと眠るんだ。すやぁ」
手を合わせて眠るようなポーズをするパック。
「それで、彼女が今語りかけてるのは微精霊。僕ら精霊よりも知識が身についていない言わば精霊の赤ちゃんだね」
「精霊の赤ちゃん、ということは成長したら精霊になるんですか? 先生」
シャオンの疑問にパックは頷く。
「うん。時間をかけたら微精霊、準精霊と過程を経て精霊になるんだ」
「へぇー」
精霊というのは漠然としか知らなかったが予想より複雑なものらしい。
空を見上げ、ため息をこぼす。
「……はぁ」
今のことで改めて実感したがこの世界は意外と厳しいものらしい。文字は読めず、道案内なども見当たらない。幸いにも話す方の言葉は通じるが、常識的なことがわかっていないからか下手に話せば頭のおかしい奴だと思われてしまう可能性大、だ。
それ以外にも気になるのは人以外の存在だ。亜人なども町では見た、それにサテラだってエルフという人外の存在だ。今は人に友好的な存在ばかりだが、人間に敵対心をもつ種族もいるかもしれない。そうなればなにか戦う手段がなければ元の力で劣っているこちらは瞬く間に殺されるだろう。
「――ひゃっ!?」
そんな憂鬱の気分をサテラの小さな悲鳴が打ち破った。慌ててサテラのいる方向を見てみるといつの間にかスバルが幻想的な風景をぶち壊すかのように微精霊、光の粒を珍しいものでも触るかのような手つきで触っていた。
「おー、パニくってる。すげ」
パックの先程の時間がかかりそうだという発言、そして微精霊と会話しているということから察するに徽章の情報もとい盗った少女の行方を聞いていたのではないのだろうか? つまりスバルの今の行動はその会話を邪魔しているのと変わりない。
「おい、スバル――」
「あー! いなくなちゃったじゃない! スバルのおたんこなす!」
「うわーぅ、ごめーん!! でもおたんこなすって今日日聞かないね!」
静止の声をかけようとしたがどうやら間に合わなかったようだ。辺りに漂っていた光は今では微塵も残っておらず、残ったのはサテラの怒鳴り声と、スバルの謝罪の声だけだ。
「あー、すいませんねパックさん」
「あはは、別に構わないけど制御下にあるから大丈夫だっただけでスバルはいま、危なかったよ」
肩の上に乗っているパックはてっきり怒っているのかと思ったがそんな様子を感じさせず、ただ苦笑いを浮かべながら長いしっぽを振る。
「危ない? どゆこと?」
「もう、パックの言う通りよ」
パックに対して言葉の意味を聞こうとしたが、こちらの話を聞こえていたのか代わりにサテラが説明をする。
「未熟な精霊術師に今みたいなことしたら……ぼかん、よ」
「ぼかんて」
要は下手をすれば死んでいた、もしくは大けがをしていたといいたいのだろう。サテラの表情は冗談を言っているようには思えないほど真剣だったが、いかんせん言葉が可愛いいので緊張感が感じられない。
「探し物の心当たりを聞き出せないかなって思ったんだけど……消えちゃった」
落胆するサテラ、そして予想していた通りサテラが徽章の行方を調べていたようだが、スバルが足を引っ張ってそれを無駄にしてしまった。
「スバル?」
「すいません。はい、ほんとに」
責めるような視線に耐えきれず、スバルは頭を下げる。その様子にサテラもそれ以上は責める気が起きなかったのか頭を押さえながらため息をつく。
「気にしても仕方ないわ。とりあえず人通りが多い表通りに行きましょう」
◻
表通りにつき、誰に声をかけようか三人であたりを見回しているとサテラが何か発見したのか声をかけてきた。
「――ねぇスバルとシャオン。あの子、迷子かしら」
「ちょいまち、落ち着こう」
サテラの指さす先には一人の小さい女の子が涙目で立っていた。年は7歳にも満たなそうなほど幼い少女に対してサテラが言いたいことは予想できる。
彼女は呪いとでもいえるほどにお人よしだ。おそらく、いや考えるまでもなくあの子供を助けようとするだろう。しかしそうすることで時間はどんどん進んでいく。
しかし、シャオンの静止に聞く耳を持たず、サテラは今すぐにでも駆け出していきそうだ。
「落ち着いている暇があったらあの子はもっと困っちゃっていくわ。それにどこかいっちゃうかもしれない」
「あー、自分で言うのもなんだけど、俺のヘマもあって時間はだいぶロスだ。売り払われたら手元に戻せなくなるかもしれない」
「それはそうかもしれない、けど」
スバルもシャオンの意見に賛成のようでサテラに止めるよう遠まわしながらも忠告する。時間を割いてしまっている要因の一つである身としてはあまり強く言えないが、ここでまた時間をとってしまっては捜索を再開するころには陽は落ちてしまっているだろう。
しかしサテラは頑なに首を振ろうとはしない。
「あの子は、今泣いてるの。そうでしょ? だったら助ける理由はあるじゃない」
梃でも譲らない、そういう意思が秘められた瞳で見つめられ二人は何も言えなくなってしまう。
数秒、沈黙が続いたがサテラが口を開く。
「付き合いきれないならそれまで、ここまでね。ありがと、あとは私で何とかしてみるから」
決別の言葉は厳しい。しかし、その言葉にはこちらに愛想が尽きたというよりは自分のわがままにこれ以上付き合せたくないという彼女の配慮が感じられていた。
そういってサテラは童女のもとに小走りで走る。その足音に童女は顔を上げる。その瞳には希望の色が宿っていたが、駆け寄ってきたのが探し人でないと知るとその色は霧散する。
サテラが声をかけていくが、童女はおびえていくばかりだ。当然だ、知らない人に声をかけられては誰だって警戒する。年端もいかない子供ではおびえもするだろう。
しばらくそのやり取りを見ているとシャオンの横を通ってスバルが二人に駆け寄っていった。
「……はぁ」
確実に面倒なことになるのはスバルもわかっているはずだ。だが彼は見捨てられないだろう――だって彼は自分とは違い主人公なのだから。
「君はいかないの?」
スバルの健闘をみているといつのまにかシャオンの頭にのっていたパックに訊ねられる。その問いかけに軽く笑ってしまう。
「俺が行ったところでなーんもできませんよ。それに」
視線の先には無事、童女を笑顔にできたらしく、まるで子持ちの家族のように間に子供を挟みながら仲睦まじく歩いていくスバルとサテラ、二人の姿が見える。
実際に血はつながっていない、それどころかあの三人は全員が今日知り合ったのだ。だがその光景は本当に、家族のように見える。そんな光景を見ながらシャオンは小さな声で
「あの光景をぶち壊したくはないから、かな」
そう答え、わずかに離れた距離を保ちながら見失わないよう後を追いかけることにした。
◇
「本当にありがとうございました」
「いえいえ、無事に見つかってよかったです」
幸いにも目立つ服装の二人のおかげでだろうか、女の子の保護者はほどなく見つかった。保護者の童女の母は何度もお礼を言いながら歩いて行った、今度は離れないようにしっかりと童女の手を握って。
「それで? だいぶ寄り道しちゃったけども! 今度はどーんなメリットがあったと主張するんですか?」
「簡単よ」
スバルの皮肉めいた軽口にフフン、と得意気に笑い、
「これで気持ちよく徽章を探すことができる」
腰に手を当てて堂々と言い切った。その姿は一筋の後悔もなく、嘘偽りのない答えだとわかった。
「ぷっ」
思わずスバルが吹き出す。それにつられシャオン、パックと連鎖して笑いが起きる。しかし当のサテラはなぜ笑われているのかわからず、頬を膨らませて不満顔だ。
「な、なんで笑うの? パックも」
「いや、君が君らしくてね」
「なにいってるのかわからないけど馬鹿にしてない?」
「ほめてるのさ」
パックの言葉に更に不満げに口を尖らせる。
「それより、どうして手伝ってくれたの? 乗り気じゃなかったのに」
「え? あーっと。それには海よりも深ーい理由が……」
問い詰められ返答に困っているスバルに助け船を出す。
「一日一善、だろ?」
「そうそう!そのモットーを守るため! というわけでこれは俺の俺自身のために繋がることだから!」
自分自身のため、そう口にすることで暗に気にすることではないとサテラに告げる。しかしサテラは首をかしげる。
「……それだと徽章探しはしなくてもよくなっちゃうんじゃ?」
「あ。えーと、すいません、前倒しで」
そう小さく笑いながらのスバルの言葉にサテラは呆れたように肩をすくめる。
「ほんとおかしな子」
おかしな子、その言葉にスバルは疑問を感じたのかサテラに質問をする。
「女性に年齢を聞くのはどうかと思うけど君って何歳?」
途端、サテラの表情が曇る。
「あ! いや、気に障ったなら謝るけど、子ども扱いするからちょっと気になってさ。そんなに俺らと年の差ないだろ?」
機嫌を損なわせてしまったと思い急いで謝罪するがサテラの口から出たのは予想外の言葉だった。
「……その予想は当てにならないと思う。私は――ハーフエルフだから」
ハーフエルフ、つまり純粋なエルフではなく何かとの混血であるということだ。
「なるほど、出会った時からエルフだとは思ってたけどハーフエルフかぁ……」
そのスバルの言葉にサテラの瞳に諦観と、失望。そして底知れない悲しみが混ざった不可解なものが浮かんでいるのをシャオンは目にした。しかしそれとは対照的にスバルは太陽な笑みを浮かべる。
「――どうりでかわいいと思った!」
「え?」
きょとんとサテラが目を丸くする。
「うんうん。で、やっぱりハーフエルフでも見た目と実年齢って全然違ったり?」
「勇気あるな、スバル。女性に年齢を聞くとか俺の国だと死刑だぞ?」
「俺とお前は同郷だろーが! いつから日本はそんな国になったよ!?」
二人で笑いながら話しているとサテラは
「――――ぁ」
かすかに喉を震わせ、サテラは二人から顔をそらして後ろを向く。そして距離を少し取り銀髪に手をやり頭を抱え込んでしまった。その奇行にシャオンとスバルは顔を見合わせる。するとパックが二人の前に現れる。
「とりゃ」
そしてノータイムでパックが突如二人の頬を肉球で優しく殴りつけてきた。
「いきなりなにするんだい、痛くないけど」
「むしろ柔らかいまである」
理由を尋ねるとパックは唸る。
「堪えがたいむずむず感を形にしたくて」
「そんなフワフワとした理由で殴られたらこっちとしては納得いかないよ」
そういってシャオンは仕返しとばかりにパックの鼻を、スバルは尻尾を触る。パックもされるがままに受け入れる。
「ボクも別に怒って叩いたわけじゃないよ、むしろ逆」
「逆?」
意味が分からず再び顔を合わせる。しかしそんな様子を見てもパックは愉快そうに笑うだけで教えてくれない。
「もう、二人のオタンコナス。それより早く行きましょ」
いつの間にか近くに来ていたサテラの照れた顔を見て、気にしないようにした。
用語説明
『ルグニカ王国』
世界のもっとも東に位置する大国。人口30万ぐらいの王都ルグニカを中心に、六茫星を描くように人口20万から30万クラスの大都市が六つ配置されている。それ以外にも小規模都市が点在しており、町、村落、集落レベルで下がっていく。人間族に限れば大体が村落レベルに住んでいるが、亜人は集落レベルを 山や森に作って暮らしているケースもある。仲は積極的にはよくない。
『親竜王国ルグニカ』と呼ばれ、ずっと昔から王族と竜に結ばれた盟約によって繁栄を助けられてきた。
『マナ』
魔法を使ったり、魔獣の食事であったり、精霊の糧として必要なもの。
これを体の中で循環させる器官が『ゲート』。ちなみにマナをため込む器官を『オド』という。
『ハーフ』
半分の意味、今回は混血という意味で。
『ぼかん』
その言葉通りぼかんとする。