少女がシャオンたちの手を取って、徽章を探し始めてから約1時間たった頃。シャオンたちは何の成果も得ることができず、捜査は滞っていた。
「まさかこんな事態になるとはこのスバルの目をもってしても見抜けなかったぜ」
「濁ってるからな、スバルの目」
「うるせぇよ! お前も似たようなもんだろ!その糸目の怪しさったらラスボス級だぜ!」
「あー酷い! 傷ついた。猫さんや、癒しておくれ」
癒しを求めモフモフと猫の体を両手で包み込むように優しくさわる。
洗いたての毛布のような柔らかさ、確かにこれはスバルが言ったように癖になる。モフモフし、傷ついた心がふさがり始めた頃、少女が少し怒ったような声を出す。
「……手伝って貰っている身で悪いけど、真面目にやってもらえるかしら?」
「すんません、えっと……」
流石に悪いと思ったのかスバルと一緒に頭を下げ、謝罪をする。そこであることに気づいた。
「そういえば、まだお互い名前すらしらないね。自己紹介とかしてないんじゃないか?」
「そういやそうだな。んじゃ、俺の方から」
こほんと咳払いして、スバルはシャオンにしたようにその場で一回転、指を天に向けてポーズを決める。
「俺の名前はナツキ・スバル! 右も左もわからない上に天衣無縫の無一文! ヨロシク!」
「ないないづくしだなぁ」
「うん。それだけ聞くともう絶体絶命だよね。そしてボクはパック。よろしく」
友好的に差し出したスバルの手に、パックと名乗った猫が体ごと飛び込んできてダイナミックな握手。片方は手で片方は全身なので、傍目から見るとスバルがパックを握り潰しているように見え、動物好きにはなんとも言えない猟奇的光景だ。
それからスバルの視線は傍らの少女へ。彼女はひとりと一匹の心温まる? やり取りを白けた目で見ながら正論を吐く。
「なんでその不必要に馴れ馴れしい態度を普通の場面に分けられないの?」
「縋れそうな糸見つけて焦ってんだよ! 悪いが絶対逃がさないぜ、この出会い……情けないが、生きるために依存してやるんだ!」
「すごーくしょうもない決意。……そもそも、今、あなたがどういう名目で私たちと同行してるのか自分で覚えてる?」
「もちろん。探し人のためだな。そしてその尋ね人の特徴を知っているのは俺とシャオンのコンビのみ……お払い箱にされてたまるか……!」
「聞き込み中に後ろでぼそぼそ『金髪で……八重歯が、あ、やっぱいいです』とか言ってたから大まかな特徴は割れちゃったぞ?正直もうお払い箱一直線さ」
固く決意するスバルだったが、シャオンの言う通り捜査中にスバルがぼそぼそと犯人の情報を口に出していたのだ。だからスバルの持つ情報はすでに少女たちに伝わっており、正直言うとスバルとシャオンは価値がなくお荷物になっているのだ。
「なぜ、黙ってたんだ!?」
「なんか考えあんのかなと思ったからさ。悪かったな」
シャオンの指摘に頭を抱えてその場にかがみこむスバル。
その気持ちは分かる。スバルの行動は謂わば持ち札見せながらポーカーしたようなものだ。それで交渉とは片腹が痛い。
そんなスバルの葛藤を見ながらパックが苦笑して、
「ま、お互いに事情はあるよね、事情は。スバル達の方の事情はあとで聞くとして、こっちの話を先に片付けちゃおう。それにしても、スバルにシャオンか。珍しい名前だけど、いい響きだね」
「そうね、二人ともこのあたりだとまず聞かない名前。そういえば髪と瞳の色も、服装もずいぶんと珍しいけど……どこから?」
「テンプレ的な答えだと、たぶん、東のちっさい島国からだな!」
異世界ネタなら使い古されたパターン。 他国との国交がほぼない国で、そこから流れ着いたと聞けば大抵の人が納得してくれるという魔法のようなお約束。
ついでに言うならその国は巫女とか侍がいるイメージだ。
しかし、少女はシャオン達に憐れみに近い視線を向けてきた。その理由をすぐに彼女は語った。
「ルグニカは大陸図で見て一番東の国だけど」
つまりこの国より東の国はないということだ。
「嘘、マジで!? ここが東の果て!? じゃあ、憧れのジャパン!?」
異世界のテンプレは実際に異世界に来た場合には適用されていないようだ。
「自分のいる場所もわかってなくて、無一文で、人と会話が恐くてできない。……大丈夫?」
慌てふためくスバルに対して、少女はそわそわ落ち着かない目をし始める。
素直じゃないわりに、だいぶ世話焼きっぽさが端々からにじみ出る少女だ。あまりに無防備なスバルの様子に気が気でないのだろう。強いて言うならば彼女はオカン体質といえるだろう。
てっきり疑いの目線が強まると思ったがその体質のお陰で心配は要らないかったようだった。
こちらのやり取りを微笑ましげに見守っていたパックだったが話を進める。
「とりあえず、そのあたりはおいおい詰めていこう。今はとにかく奥へ……といっても、ボクが顕現できるのはあと一時間もない行くなら急がないと」
「――行くわ。どの道、今を逃す気なんてない。手の届かないところへ持っていかれてからじゃ遅いんだから」
パックの問いにそう応じて、それから少女はこちらに向き直る。
「じゃあ、行くけど……この先の路地からは今まで以上に警戒して。暗くなるからよからぬことを考える連中もいるだろうし、荒事慣れしてる人たちが住んでるところだから。恐いようならここで待ってるか、さっきまでと一緒で私の後ろについてきて」
「ここで待ってるとか言い出したら俺どんだけチキンハートだよ! 行くよ! 背後霊のように!」
「うわ、ストーカー発言。スバル、流石に引くぞ?」
「だまらっしゃい!」
「前に出る選択肢はないのね……」
スバルとシャオンのコント染みた会話に呆れ、もう何度目になるかわからない少女のため息が溢れた。
出会ってから、その表情を曇らせてばかりだ。思い返せばまだ、少女の笑顔ひとつ見ていない。きっと笑うと最高に可愛いだろうに。
そんな感想を心の中で抱いていると、スバルが何か企んでいるような表情を浮かべていることに気付く。そして、スバルは高らかに宣言した。
「アルミ缶の上にあるミカン!!」
空気が凍った、というのはこういうことを言うのだろう。少女も猫も、そしてシャオンですらも白い目でスバルを見つめる。
「……急にどうした?」
「やめて!そんな冷たい目でみないで!」
恥ずかしさに顔を押さえながらうずくまるスバル。どれほど恥ずかしかったのか耳まで赤く染まっているのがわかる。
「急に言動に異常をきたしてる……『呪い』の影響とかじゃないでしょうね」
「そんな呪いがあるんだったら笑えるけどねぇ」
「いや自発的なものだよ。やたらと一生懸命ではある。無意味な方向に」
スバルの悪戦苦闘の根本を察したのか、それとも同じオスだからか、パックはわりと好意的な解釈だ。一方でスバルが狂ったようにしか見えない少女には不信感を植えつけただけの結果だが。
「足が痙攣したから家にけえれんとかどう?」
ようやく現代知識に依存しないパターンが出たようが、正直無理がある。言った本人も自覚あるのか顔がひきつっている。
それに加えて少女の反応はいたたまれずに顔を背けるというもの。いや、これ以上は付き合っていられないという意思表示か。どちらにしろ、いい反応ではないことはわかる。
恐らく、いや絶対スバルは彼女の笑顔を見たかったのでダジャレを言ったのだろう。だが欲求に従った結果は不発に終わった。それどころかスバルは大火傷、見ているこちらにも飛び火した。
これ以上は続けても糠に釘もいいところで下手をすれば少女の機嫌を損ね見放されるかもしれない。そうなれば路頭に迷う運命まで分かれ道無しの一直線だ。なので止めに入ろう。
「――気は済んだか?スバル? というより済め、俺の方が見ていてつらい」
「……おーう、もう十分だ。真っ白に燃え尽きたぜ……」
どこぞのボクサー選手のようにうなだれているスバルに対してため息をこぼす。そこまで傷つくなら一回目に失敗したときにやめればよかったものを。
「結局なにしたかったの?」
「スバルのプライドのためにも聞かないでくれ」
流石にスバルの行動の意味を説明するほどシャオンは意地が悪くはない。
「さて、急ごうか」
急いでうなだれているスバルを起こし探索を再開する。これ以上時間を浪費するのは誰も得はしないのだから。
◇
路地の中へと歩みを進めるその背中に続きながら、スバルが口を開く。
「なぁ、彼女目的を果たしても、俺たちを見捨てるつもりがないんじゃね?」
確かにスバルの言う通り『ここで待っていて』というのは、探し物が見つかったあとに戻ってくる意思があるということだ。嘘をつく可能性もあるにはあるが……まともな嘘がつけない性格であるのは、この小一時間でわかっている。
「やべぇ。俺、超かっこ悪ぃ」
ふとスバルがつぶやく。
確かにかっこいいとは言えないだろう。少女に命を救われ、足を引っ張りさらには気を使われているしまいだ。
だが、なんの庇護も、説明もなく別の世界に落ちれば、誰もがこうして路頭に迷う。シャオン自身も表面上は見せていないが混乱している。そのことを悪いことだとは思えない。しかし、スバルは気合を入れるように頬をたたく。
「おんぶにだっこはかっちょ悪い。せめて、後ろ歩くぐらい自分でやれよ、俺」
その言葉、その瞳には先ほどまでなかった『熱』というものが小さいながらも宿っていた。漫画や映画の主人公のようなどんな困難でも打ち砕くような『熱』が。
「ようやく覚醒したのに出来た目標が小さいな、俺」
自嘲ぎみに笑うスバルに、肩を軽くたたき、
「でも目標が出来たならそれは前進だぜ?」
とフォローする。
「フォローありがとな。あとそういえば、なんだけどさ」
斜め後ろから声をかけると少女は振り返らず、その銀髪の隙間からちらりと視線だけ向けてくる。その白い横顔にスバルは問いを投げた。
「けっきょく飼い猫、いや飼い精霊? の名前は聞いたけど、君の名前は聞いてないなと思ったり、そして聞きたいなぁと思っちゃうんですが」
「お、確かにそうだな。いつまでも二人称で呼ぶのもなんかへんだし。名前を教えてくれないか?」
茶目っ気まじりの問いかけに、少女は視線を前に戻してしばし沈黙。
その態度になにか失敗したのかと内心で焦る。さっきの場面で喋らなかったということは、名前は言いたくないと暗に言っていたのかもしれない。
だがいつまでも彼女では呼びづらいのだ、我慢して教えて欲しい。
「――サテラ」
「お?」
ポツリとした少女の呟きをのがしてしまいそうになる。
少女は振り返ることもなく、無感情に、ただ決まったことを言うようにもう一度だけ、呟く。
「サテラとでも呼ぶといいわ、家名はないの」
名乗っておきながら、そうと呼ぶのを拒絶、嫌悪するような態度だった。恐らくは深い事情があるのだろう。だったらそこまで深くかかわり合うことはしない。誰にだって踏み入れられたくない事情はあるのだから。
だから銀髪に埋もれ消えるパックがふと一言、
「――趣味が悪いよ」
とだけ呟いたことをシャオンは聞かなかったことにした。
だいぶ遅くなりました。
あと、連絡ですがしばらく書き溜めて、次投稿するには連日投稿したいと思います。具体的には一章が終了するぐらいまで書き溜めます。
また、質問、アドバイス感想は随時、随時! お待ちしていますので。