音ノ木戦隊バトルミューズ   作:藤川莉桜

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2話目です。あくまでパロなのでお決まりな部分を抽出した内容となっています。


謎の女科学者登場!

「「「「「「「「「ミューズバスターーーーー!!!!!」」」」」」」」」

 

 もはやお馴染みの光景と化した採掘場にて、九つの光が悪の怪人の身体を貫いた。バトルミューズの切り札『ミューズバスター』から放たれる粒子ビームはあらゆる物質を原子レベルで崩壊させる究極兵器である。どんなに強大な悪といえど、直撃すれば無事では済まない。

 

「ピヤアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

「は、ハナヨ・ママン⁉︎」

 

 配下である花型怪人をいとも容易く灰塵へと還されてしまったエレナ将軍は、苦虫を噛み潰したような表情で背中を向けた。

 

「くっ……撤退だ!」

 

 残っていた数名の雑魚達と共に姿を消すエレナ将軍。今日も勝利を収めた正義の味方達は夕日をバックに、高らかに拳を掲げた。

 

「何度でもかかってこいにゃ!」

 

「その通りです!私達バトルミューズがいる限り!」

 

「「「「「「「「「地球の平和は必ず守ってみせる!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!忌々しいバトルミューズめ!またしても邪魔をしてくれたな!」

 

アジトにて床に苛立ちをぶつけるエレナ将軍。軍団随一のパワーは伊達ではなく、一撃でビリビリと床に亀裂が走る。それでも怒りが収まらないエレナ将軍の前に、コツコツとハイヒールの音を鳴らしながら人影が姿を現わす。

 

「あら〜また負けちゃったわねえ」

 

「……Dr.アンジュか。何の用だ」

 

 白衣の人影はアライズ帝国兵器開発担当の科学者Dr.アンジュであった。怪人からエレナ将軍のボンテージスーツ、一般戦闘員が使用する新兵器まで、多岐に渡ってその頭脳を遺憾なく発揮している。彼女の能力無しに侵略計画は成し得ないと言っても過言ではない。

 普段からぶっきらぼうなエレナ将軍の殊更そっけない態度に顔をしかめたDr.アンジュは、自身のウェーブのかかったロングヘアーをくるくると弄り始める。

 

「何の用だ、じゃないわよ。さっき貴女がみすみす死なせてしまった怪人ちゃんは私が苦労して作ったんですけどー?」

 

 天才の中の天才と呼べる彼女の欠点を挙げるとしたら、人をおちょくるのが大好きという難儀な性格だろう。アンジュの飄々とした掴み所の無い言動には、付き合いの長いエレナ将軍も幾度となく振り回されてきた。

 

「つまり私の不様な失態を笑いにでも来たのか?」

 

「うん、まあそんなとこかしらね」

 

「ずいぶんとハッキリ言ってくれるじゃないか」

 

 失敗続きであるのは事実とはいえ、ストレートに指摘されて傷つかない程、エレナ将軍は頑丈なハートの持ち主ではなかった。

 

「冗談は置いといて、そろそろ危機感を持った方が良いんじゃない、エレナ将軍?あなた最近はバトルミューズ撃破どころか、地球侵攻作戦の足掛かりすら上手くいってないじゃない」

 

「そ、それは奴らが邪魔をしてくるから……」

 

 武人気質ゆえに口下手なエレナ将軍は弁解もたどたどしくなってしまう。

 

「そんな言い訳で()()()()が許してくれると思ってるの?」

 

 『あのお方』の部分でエレナ将軍は冷や汗を流す。

 

「しかしな!どんなに秘密裏に作戦を進めてもあの連中は『やはりアライズ帝国の仕業か!』とか言って嗅ぎつけてくるんだぞ⁉︎こんな不条理があってたまるか!」

 

「まあ三十分番組ならそうなっちゃうわよね〜」

 

「せめて二話編成にしてくれ……」

 

「時間制限はこの世界を縛る絶対的な理だから気にしても仕方ないわ。そんな事より、我らが主、キラー・ツバッサー皇帝陛下も結果を出せない日々に大層ご立腹よ」

 

「そんなのわかっている!」

 

「これ以上の失敗は将軍という地位も危ないかもね〜」

 

「ぐぐぐ……」

 

 事実を指摘されて悔しさのあまりに言葉も出ないのだろう。歯ぎしりしつつも何も言い返せずにいるエレナ将軍。Dr.アンジュは直情型ゆえに憤りを隠せないエレナ将軍を楽しそうに見下していた。

 しかし、

 

『ずいぶん騒がしいようだな』

 

 加工された音声と共に、部屋の中央部に設置された立体映像発生装置から、ローブを纏った何者かが映し出される。途端、エレナ将軍とDr.アンジュの表情が凍りついた。

 

「「キラー・ツバッサー皇帝陛下⁉︎」」

 

 いがみ合っていた(と言っても客観的にはエレナ将軍が一方的にあしらわれていただけだが)二人はすぐさま跪いて主君を迎える。

 

「も、申し訳ございません!偉大なる我らが主キラー・ツバッサー皇帝陛下!次こそは必ずやあの憎きバトルミューズを……」

 

 エレナ将軍は失態続きの自分がどのような咎めを受けるかを想像して動揺するあまりに唇を震わせていた。いくら器の大きい盟主であっても、数々の敗北は決して看過できるものではないだろう。ゆえに、今度こそ命を賭ける覚悟で作戦遂行を誓おうとしたのだ。

 だが、当の皇帝はそんな矢継ぎ早く謝辞を並べるエレナ将軍を右手で遮った。

 

『もうよい。エレナ将軍、まことにご苦労であった。貴様にしばしの休暇を与えるとしよう』

 

「ですが……!」

 

 なおも食い下がるエレナ将軍を無視して、皇帝は隣のDr.アンジュへと仮面越しの視線を向けた。

 

『Dr.アンジュよ。次の作戦は貴様に一任する。成果を期待しているぞ』

 

「は〜い。やれるだけ頑張ってみまーす」

 

「なにぃ⁉︎」

 

 やる気を感じさせない気の抜けた返事のDr.アンジュ以上に、エレナ将軍は素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

 

「お、お言葉ですが皇帝陛下!Dr.アンジュは戦闘や作戦展開に関しては素人です!なにも前線に配置せずとも……」

 

『それで……戦闘のプロである貴様はどうだったのだ?』

 

 そこまで言われて、エレナ将軍はようやく引き下がるのだった。

 

『Dr.アンジュよ。例のあやつを使え』

 

「例ののあやつ?ああ、もしかして……」

 

 Dr.アンジュは怪訝そうに首をかしげた。彼女に『例のあやつ』には心当たりがあった。皇帝自らの指示を元に開発が始まった新型怪人の事に違いないと。

 だが、当の開発者であるDr.アンジュとしてはどうにも気が進まない様子であった。

 

「あれですか?うーん……未完成なんであんまり最前線に投入したくないんだけどなー」

 

『構わん。貴様が集めたデータ通りになら上手くいくはずのだろう?』

 

「まあデータ通りにいけば……ですけどねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼下がりの音ノ木坂学院高校。歴史の長い名門校であるここでは今日も多数の女子生徒が勉学に励んでいる。今は午前中のカリキュラムを終え、昼休みに入った彼女達は各々の形で休息を取っていた。これもまた平穏を象徴する一コマと言えよう。

 

「はあ……また小テストで0点取っちゃったよ……今日は補習代わりに宿題やっとかないといけないんだって……」

 

 もっとも、勉学に熱心ではない不真面目な生徒も混じっているようだが。

 

「だからあれだけ予習復習は怠ってはならないと言ったではありませんか。自業自得です」

 

「ぶー!海未ちゃんが宿題見せてくれなかったからでしょー!」

 

「またそうやって楽な道を選ぼうとする!それだから穂乃果は……」

 

「まあまあ海未ちゃんも落ち着いて。穂乃果ちゃん、再テストの範囲教えてあげるから一緒に頑張ろう?」

 

「えー……勉強やだー」

 

「まったくこの子は!ことりも甘やかしたらいけません!」

 

 堪忍袋の緒が切れそうになった海未が拳を振り上げた時だった。教室のドアが壊れそうな勢いで開けられた。

 

「た、大変ですぅ!」

 

 飛び出してきたのは三人の後輩にして友人の花陽であった。半泣き顔のまま、慌てて穂乃果達の下へと近寄ってくる。

 

「どうしたの花陽ちゃん?もしかして剣客商売の再放送の録画を忘れたまま登校して来ちゃったの?穂乃果はちゃんと録画予約しておいたからよかったらデータ貸してあげるね!」

 

「ち、違うよ!録画の予約してないくらいじゃこんなに慌てたりしません!そもそも私は剣客商売観てないから!第一なんでそんな渋いチョイスなの⁉︎」

 

「そうですよ。何を言ってるのです穂乃果。きっと八丁堀の七人の方ですよ。すいません花陽。私が代わりに……」

 

「ちがーう!だから録画は関係ないってば!なんで二人とも普通女子高生が見ないような番組に執着してるの⁉︎」

 

「はいはい、とりあえず落ち着こう?はい、かよちゃん」

 

「あ、ありがとう、ことりちゃん!」

 

 話が進まない一応の先輩達に業を煮やしつつあった花陽だが、ことりから手渡されたペットボトルのお茶を喉に流し込む。一息ついたおかげで少し落ち着きを取り戻していく。

 

「実は三丁目で謎の怪人を見かけたという情報が……!」

 

 次の瞬間、少女達の目は『正義の味方』のそれに変わっていた。

 

「それは本当なの花陽ちゃん⁉︎」

 

 肩を掴んで問いただす穂乃果に向かって、花陽は力強く頷いた。ネットの知識に優れる花陽はネットの掲示板サイトなどを通した情報収集役を担っている。なんだかんだで結構杜撰な地球侵攻作戦を仕掛けるアライズ帝国の動きを知るのにネットの噂話は馬鹿にできないのだ。

 

「そう言えば最近三丁目付近でおかしな事件が多発しているという噂を弓道部で聞いたことがあります。もっと早めに調査するべきでしたか」

 

 参謀役を務める海未は眉をひそめる。

 

「ああっ!穂乃果も思い出した!三丁目にあるパン屋さんの特製メロンパンが最近いつも品切れになってるんだよね!何か関係があるはずだよ、きっと!」

 

「いや、それはいくらなんでも関係無いんじゃないかなあ?」

 

 なおもボケを続ける親友にことりは苦笑いせざるを得なかった。

 

「とにかく、三丁目で何か怪しい動きがあるのは確かではないでしょうか」

 

『おそらくアライズ帝国の仕業に違いありませんね』

 

 突然会話に割り込む声の登場と共に、穂乃果達の右腕にセットされた腕時計型デバイスに女性の姿が映し出される。

 

「理事長⁉︎」

 

「お母さん⁉︎」

 

 音ノ木坂学院高校理事長兼音ノ木戦隊総司令官を務めることりの母である。

 

『バトルミューズ、出撃です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー……授業が潰れたのはラッキーだけど、こうやって廃工場付近を歩き回って情報収集しなきゃいけないのは苦痛だにゃー……」

 

「凛、もう同じことを10回以上は言ってますよ」

 

 理事長の手回しにより仮病で早退した9人は三丁目周辺をひたすら歩き回っていた。最初は全員が調査に意気込んでいたのだが、いくら探し続けても手がかり一つ見つかることはなかった。徒労に次ぐ徒労の重なりは、やがて少女達の体力だけでなく、気力さえも奪っていく。

 

「だってー、もういい加減疲れたにゃー。凛達は悪と戦うヒーローだよ?なんでこんな刑事ドラマみたいなことしなきゃいけないのー。このままじゃ日が暮れちゃうにゃー」

 

「仕方ないよ凛ちゃん。捜査員を入れる余裕とか無いんだし。予算的な意味で」

 

 地道な作業を苦手とする凛を嗜める花陽だが、それでも凛のやる気の無さは戻ってこない。凛だけではない。他にも嫌気がさしているらしきメンバーがいる。

 

「それにこんな街中で騒動を起こすわけにはいかんしね。大事になる前に、ウチらで早めに見つけて確実に撃破していったほうがええと思うんよ」

 

「でも、足が棒になるほど聞き込み調査しても何も見つからないよ?もしかしたら単なる見間違いとかだったんじゃないかにゃー?」

 

 なおも愚痴をこぼす凛の後ろで、真姫もうんざりした様子で壁に寄っかかった。

 

「私も今回ばかりは凛に賛成。これだけ探しても何も見つからないんだし、そろそろ諦めた方が良いんじゃないかしらね。これ以上も時間の無駄よ」

 

「にこもさっさと帰ってシャワー浴びたいんだけどー」

 

「早く帰って録画した暴れん坊将軍を観たいチカ」

 

 メンバーから次々と不満が噴出し始めた時だった。先頭を歩いていた海未が突如足を止めた。

 

「待ってください!」

 

 海未が指差した先に九人の視線が集まる。そこにいたのは明らかに不審な全身タイツの雑魚っぽい3人組。普段と違って巨大な風呂敷を背負っているが、絶対に見間違えるはずがない。

 

「ヒフミトリオ軍団!」

 

 思わず大声を出しそうになった穂乃果の口を慌てて希が抑える。

 

「こらこら、大声出したら見つかるよ、穂乃果ちゃん。せっかくの潜入捜査が台無しになってしまうやん?」

 

「んぐー!ぷっは!あー苦しかった!希ちゃん!いきなり酷いよ!」

 

「ごめんごめん。まー、でもアライズ帝国の連中に気づかれるよりは良いんやないかな思ったんよ。それにしても、こんな真昼間にあんな格好で街をうろつくなんて、あいつら何考えとるんやろうな……」

 

「ん?ねえ、あれって」

 

 真姫はヒフミトリオが背負っているパンパンに膨れた風呂敷を目にして首をかしげた。風呂敷の隙間からはメロンパンらしき物が覗き見えている。と同時に、パン工房から漏れ出てきたかのような芳醇なバターの香りが鼻に届いてきた。

 

「もしかしてあいつらが後生大事に抱え込んでる風呂敷の中身って、この辺のパン屋のメロンパンじゃない?大人気ですぐ売り切れるっていう特製なんちゃらって奴」

 

「ほーら!やっぱり穂乃果の言った通りじゃん!アライズ帝国が買い占めてるせいでメロンパンが売り切れになってたんだよ!」

 

「ええ……まさか本当にパン屋さんと関係してたの?」

 

 ことりがつい脱力してしまう中で、穂乃果と絵里が異様なまでに怒りを爆発させていた。ギリギリと歯ぎしりをしながら瞳の炎をメラメラ燃やしている。

 

「やっぱりアライズ帝国の仕業だったんだね!あいつらのせいで穂乃果は一週間近く特製メロンパンを口にできなかったんだ!地獄の方ががまだマシな目に合わせてあげないとっ!」

 

「ゆるせねえ……やはり悪は一匹残らずこの手で根絶やしにしてやるチカァ!」

 

 穂乃果と絵里が悪の壊滅を改めて決意する中、ヒフミトリオは人通りの少ない曲がり角で折れた。

 

「ああっ、廃工場の中に入っていくよ⁉︎」

 

 花陽の指先には既に廃棄されて久しいと思われる古びた工場があった。三匹の戦闘員達は何食わぬ顔で中へと入っていく。彼女達の姿が見えなくなった後、海未は廃工場のサビだらけになった看板を睨みつける。

 

「イツモノ工場……おそらくここにアライズ帝国の秘密基地があるのですね」

 

 十話程前に戦いの最中で崩壊した廃工場に、デザインや寂れ具合もそっくりなのはきっと気のせいだろう。

 

「ここは完全に閉鎖されてるって聞いてたけど、あいつらここを根城にしてたのね。道理で今の今まで見つからなかったわけだわ」

 

 アジトさえ突き止めてしまえば、後は侵入して居座っている怪人を撃破するだけだ。

 

「よーしっ!それじゃあ突入するよっ!」

 

「「「「「「「「おーーーーっ!!!!」」」」」」」」

 

 リーダーの号令に合わせて少女達は天に向けて高らかに腕を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、ここの通路結構狭いね」

 

 塗装が剥がれてボロボロになってしまっている壁一面を見渡しながら、穂乃果は呟いた。9人は腕時計に内蔵されたライトで周囲を照らしながら少しづつ進んでいた。

 

「なによここ。外装もそうだけど、中はもっと汚いし、空気も澱んでるし、もう最悪。さっさと終わらせてシャワーでも浴びたいわ」

 

 真姫は愚痴をこぼしながらコンコンと近くのパイプを小突く。僅かな振動ながら、古びたサビがポロポロとこぼれ落ちる。メンテの類は全くされていないのは明白だった。

 

「どうやらかなり老朽化してるみたいね。ここで下手に戦闘を始めたら長く保たないわよ。花陽、危ないから気をつけて進みなさい」

 

「う、うん。わかった」

 

 真姫は花陽の手を引いて階段を下っていく。

 

「くっくっく……」

 

「何者ですか!?」

 

 突然耳に飛び込んできた笑い声に九人は慌てて身構える。先頭の海未はほの暗い通路の奥をライトで照らす。そこにいたのは、九人と同じ年頃と思わしき、白衣を着た女だった。

 

「まんまと誘き寄せられたみたいね。正義のヒーローさん」

 

「ああっ!メロンパン!」

 

 女の右手には穂乃果の言う通り、件のメロンパンが握られていた。おそらく、先ほどヒフミトリオ軍団が買い占めていたメロンパンの内の一つだろう。女はニヤニヤと笑いながらメロンパンにかぶりつく。まるで出来立てのような芳ばしいバターの香りが広がると共に、クッキー生地がサクッと軽やかに裂ける音が通路をこだまする。

 

「んー♪やっぱりこのメロンパンったら最高ね♪外はサクサク、中はふんわり。そして、ジューシーなバターの香りとほんのりとした甘み。まさに格別だわー♪……せっかくだし、もう1個食べちゃおうかしら?」

 

「ずるーい!!穂乃果だってそのメロンパン食べたかったのに!」

 

「あら?あなたもこのメロンパン食べたいの?うーん、そうね。だったらアライズ帝国の地球侵攻作戦を見逃してくれたら1個分けてあげるわよ。悪くない取引だと思わない?」

 

 女が袋に入ったメロンパンを取り出すと、穂乃果は頭を抱えて唸りだした。口元にはヨダレが滴り落ちている。

 

「え?う、うーん、どうしようかな……」

 

「こんのアホノカ!迷うな!たかがメロンパン1個で買収されそうになってんじゃないわよ!あんたそれでもリーダーか!」

 

 ぽかっ!

 

「いたっ!うわーん!にこちゃん酷いよー!」

 

「うっさい!さっさとリーダーの座をよこせ!」

 

 ぽかっ!ぽかっ!ぽかっ!

 

「もー!にこちゃんのばかー!」

 

 にこは続けざまに穂乃果の頭にチョップを幾度も叩き込んだ。穂乃果も反撃を開始して、キリのない応酬が始まってしまった。見かねた海未が慌てて二人の間に入っていく。

 

「ちょっと待って!二人ともこんなところで喧嘩はやめてください!」

 

「あら残念だわ。せっかく切り崩し作戦が上手くいくかと思ったのに」

 

「貴女も穂乃果に変なことを吹き込まないでください!というか貴女はいったい何者ですか⁉︎」

 

「私?ふふふ……そういえば紹介が遅れたわね。私はアライズ帝国の兵器開発担当のDr.アンジュ。以後お見知り置きを」

 

 優雅にお辞儀するDr.アンジュ。武人ではないという彼女の肩書に、にこは面食らっていた。

 

「開発担当ぉ?なんで技術者風情が前線に出張ってんのよ」

 

「エレナ将軍はどうしたんだにゃ!」

 

 エレナ将軍の名が出てきた途端、Dr.アンジュは悲痛な面持ちで涙を袖でふき取る仕草を見せる。

 

「実は……エレナ将軍ったら先日ギックリ腰で倒れちゃってね。有給休暇消費も兼ねて温泉へ湯治に行ったわ。かわいそうなエレナ……」

 

「えー⁉︎ギックリ腰ー⁉︎」

 

 さっきまで臨戦態勢だった穂乃果達も思わず警戒心を解いてしまう程に呆気にとられていた。

 

「うわ〜。見た目は穂乃果達と同じくらいの歳だと思ってたんだけど、結構ババくさい人なのかな?」

 

「ご愁傷様やね……」

 

「次に会った時にサロンパスでもプレゼントしとこうかにゃ」

 

「西木野総合病院と懇意にしてるオススメの整骨院でも紹介してあげたほうが良いかもね」

 

 本人にバレたら折檻間違いなしの暴挙。Dr.アンジュは泣き真似の下で思いっきりほくそ笑んでいた。

 

「まあ、それはともかく今日は私が貴方達の相手をしてあげる。行きなさい!マキ・ママン!」

 

「ヴェエエエエエエエエエ!!!!!」

 

 Dr.アンジュの指パッチンに合わせて壁を破って姿を現した赤いタコ型怪人。二足歩行の人間体型に六本の触手を有する怪人はその内の一本を穂乃果達に向けて勢いよく伸ばしていく。

 

バシンッ!

 

「わわわっ!」

 

 寸での所で危うく餌食になりかけた凛は、思わず尻餅をついてしまっていた。鞭のようにしなった触手は金属製の床を容易く砕いてしまう。一見軟体動物を思わせる容姿を有しているようだが、そのパワーはやはり人知を超えた怪人達のそれであった。

 

「さあ!観念なさいバトルミューズ!今日こそは年貢の納め時よ!私達に逆らった事をあの世で後悔することね!ホーーホッホッホ!……いやあ、こういうセリフ一度言ってみたかったのよね」

 

「そうはさせないっ!」

 

 中央に立つ穂乃果が変身アイテムを握りしめる。それに続いて他の8人も同時に懐から取り出した。

 

「「「「「「「「「ラブチェンジ!」」」」」」」」」

 

 虹を思わせる鮮やかな光が九人の少女達を包み込む。光が消えた時には、少女達はそれぞれのパーソナルカラーで彩どられた戦闘服を見に纏っていた。

 ついでに通路は狭いため、全員広い倉庫室に移動していた。

 

「ほのかな香り!ミューズオレンジ!以下省略!」

 

「「「「「「「「「音ノ木戦隊!バトルミューズ!!!!」」」」」」」」」

 

 ちなみに室内ゆえ爆発は遠慮しておいた。

 

「出てきなさいヒフミトリオ軍団!」

 

パチンッ!

 

「ヒー!」

 

「フー!」

 

「ミー!」

 

 待機していたと思わしきヒフミトリオ軍団が、Dr.アンジュの指パッチンに合わせてぞろぞろとどこから押し寄せてきた。もちろん同時に画面に映るは3人までだ。

 変身を完了させた穂乃果ことミューズオレンジは新兵器ミューズカリバーを構えて立ちふさがる戦闘員達の群に飛び込んでいく。

 

「邪魔しないでっ!」

 

ザシュッ!

 

「ヒー!」

 

「フー!」

 

「ミー!」

 

 すれ違いざまにミューズカリバーで次々と斬り伏せていくミューズオレンジ。黄金の刃はアライズ帝国製の武器などと比べ物にならない強度を誇る。そして、そのミューズカリバーを操る戦士である、幾多もの戦いをくぐり抜けてきたオレンジの技量そのものも既に非凡の域に達していた。

 もはや彼女にただの雑魚戦闘員が勝てるわけがないのである。

 

「先手必勝!この一気に終わらせるっ!」

 

 労無くタコ型怪人との距離を詰めたオレンジは口元をニヤリと吊り上げ、兜割りの要領で勢いよくミューズカリバーを振り下ろした。

 

「必殺!ほのか斬り!!!!!!」

 

 だが、オレンジの後方で迫り来る雑魚戦闘員を葬っていたミューズブルーは冷や汗を流した。

 

「ダメです、オレンジ!敵の特性もまだわからないのにむやみやたらに攻撃しては……」

 

 ミューズブルーの制止も聞かずに飛び込んでいったオレンジは、タコ怪人ならではの伸縮自在の触手によってあっけなく囚われの身となってしまう。

 

「ぐわーっ!いきなり捕まったーーーーーっ!!!!!」

 

「オレンジ⁉︎ちっ!面倒かけてくれるわね!」

 

 ミューズピンクが慌ててオレンジを捕らえた怪人の本体をミューズブラスターのビームで撃ち抜く。だが、分厚い鋼鉄の塊すら撃ち貫く威力を持つはずのビームは、まるで車に突撃した羽虫の如く容易く打ち消された。どうやら見た目の割に防御力は高いらしい。

 ならばもっと柔い部分を狙う。そう考えたピンクは今度はオレンジを握りしめている触手の根元へと狙いを定めて引き金を引いた。しかし、今度はビームを別の触手を盾代わりに弾き飛ばされてしまう。

 

「なによこいつ!結構硬い上にずいぶん器用な真似してくれるじゃないの!」

 

「なら私が!」

 

 ハンドガンタイプのブラスターは通じなくても、連射性を犠牲にして貫通力と出力を高めた大弓型のビーム兵器、ミューズアローなら撃ち貫けるはず。そう読んだミューズブルーは弦を引き絞り、照準を触手の根元に定めた。

 

「ダメやブルーちゃん!下手したらオレンジちゃんにも当たってしまうんよ!」

 

「……くっ!」

 

 パープルの制止によってブルーはミューズアローの弦を緩める。同時に照準となるレーザーポインターも消失した。いくら弓の名手であるミューズブルーといえど、動く標的を正確に捉えつつ、人質に危険が及ばないように配慮するのはあまりにも難易度が高すぎる。

 

「もー!何やってんのよオレンジ!にこは認めてないけど、あんた一応リーダーでしょうが!」

 

「だ、だってー!」

 

 相変わらずオレンジが自身の自由を奪う触手を振り解こうと試みているが、全て徒労に終わってしまっていた。必死の形相でなおも抵抗を続けるが

 高みの見物を決め込んでいるDr.アンジュは愉快そうに不敵な笑みを浮かべていた。

 

「無駄よ。マキ・ママンの体液には力を奪う性質があるの。一度捕まれば振り払うのは不可能に近いわ。しかも、それだけじゃない」

 

 そこでオレンジはようやく気づいた。全身の違和感に。

 

「なにこれ!?ば、バトルスーツが少しづつ溶けてるー!?」

 

 オレンジは唯一自由に動かせる首を下に向けて驚愕していた。半透明の触手の内側は丸見えになっているわけだが、同時にオレンジ色の戦闘服が徐々に消滅していく光景も同じく丸見えとなっていたのだ。

 

「あら?お子ちゃまっぽい性格の割に身体はなかなか育ってるみたいね?どうりで皇帝陛下が執着されるわけだわ」

 

 残っていたメロンパンの欠片を全て頬張ったDr.アンジュが心底楽しそうに口元を釣りあげた。

 

「貴方たちのバトルスーツってあらゆる外部からの破壊行為を防いじゃうじゃない?どんなに強力なパワーでも引裂けず、どんなに高出力の光学兵器でも焼き尽くせなかった。だから、ほんのちょびっとずつ消滅させてもらうことにしたの。もちろん自動修復機能もストップさせてるから安心して生まれたままの姿になってね♪」

 

「い、いやーーー!!!」

 

 既に手足の部分は丸裸のなり、破壊は股間部や胸部まで及ぼうとしていた。正義の戦士といえど、やはりオレンジも年頃の少女である。自分の裸を人前に晒け出すなど御免だ。

 

「い、いけないにゃ!このままオレンジちゃんの柔肌が白日の下に晒け出されてしまうにゃ!」

 

「そんなあ……良い子のみんなが何かに目覚めちゃうよ!」

 

 だが、助けようにもイエローとグリーンは雑魚戦闘員の相手でどうにもならない。手をこまねいているイエローとグリーンは危機感を募らせているが、そう言っている間にもオレンジの肌はどんどん晒されていく。

 

「んはあっ……いやぁっ……このままじゃ……穂乃果の行けないところ、全部見られちゃう……」

 

「な、なんて卑劣な……は、破廉恥です!」

 

「くっ……このままじゃどうしようもないチカ!オレンジ!悪いけど、もう少し我慢してくれチカ!」

 

 しかし、なんだかんだで指の隙間からオレンジの肢体をガン見しているブルーとコバルトであった。

 

「いやー、誰か助けてよー!」

 

 ザシュッ!

 

 オレンジが半泣きで助けを求めたその時、閃光の如く、斬撃が颯爽と煌めく。次の瞬間、オレンジを掴んでいた触手が本体から切り離されていた。

 

「今よピンクちゃん!」

 

 その手にオレンジが落としてしまっていたミューズカリバーを握りしめたレッドが叫んだ。

 

「ったく、面倒かけさせんじゃないわよ!」

 

 空中に放り出されたオレンジをピンクが颯爽と受け止める。

 

「ありがとうレッドちゃん!ピンクちゃん!」

 

「ふんっ!礼なんかよりリーダーの座を寄越しなさいよね!次に醜態晒したら今度こそリーダー交代よ!」

 

 地上に降りたオレンジのバトルスーツが再び全身を覆っていく。溶解液から解放されたために自己再生能力も復活したようだ。

 

「さあ、仕切り直しだよ!」

 

 レッドからミューズカリバーを受け取ったオレンジは再び怪人と対峙する。

 

「へえ、やっぱりそう簡単にはいかないか」

 

 体勢を整えたバトルミューズに眉を潜めるDr.アンジュ。懐から不気味な蛍光色の液体が充満した一本の注射器を取り出し、ダーツの要領でマキ・ママンの首元へと投擲した。針は見事首元に突き刺さり、液体がマキ・ママンの体内に注入されていく。

 

「何をするつもりだチカ!」

 

 コバルトの不安は当然で、お約束的にこういう展開はロクなことにならないと相場で決まっている。

 

「別に何もしないわよ。ちょっと栄養分を補給してあげただけ♪」

 

「ヴェエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!」

 

 マキ・ママンがタコとは思えぬ凶悪な遠吠えを始めた。あまりの凄まじさにかなりの広さを誇る工場ながら壁や屋根がビリビリと振動する。

 

「気をつけるんや!どう見てもさっきまでとは違う!」

 

「何がただの栄養補給よ!めっちゃパワーアップしてるじゃない!ドーピングでもやったんじゃないの!」

 

 ピンクの懸念は正解である。バトルミューズ打倒を皇帝に命じられたDr.アンジュは怪人の強化プランを研究する中で、とある特殊な血清を開発した。その効能は怪人の持つ細胞と結合して特性をより強めるというシンプルなものであったが、即効性と実用度の高さから、間違いなく今後のアライズ帝国における戦力強化に貢献するであろうと見込まれている。

 今回投与したのはあくまでその血清の試験段階の物。しかし、もしこれが完成に漕ぎ着ければ、バトルミューズの苦闘は避けられないだろう。

 

「きゃっ!」

 

「ホワイトちゃん!」

 

 ミューズブラスターの銃口の向ける先を決めあぐねいていたミューズホワイトが突然足を絡め取られて転倒した。

 

「おのれホワイトちゃんの仇……にゃあっ!」

 

「イエローちゃ……ピャアッ!」

 

 グリーンとイエローが当時に宙を舞う。この二人でも避けられない程のスピードで触手が二本襲いかかったのだ。

 

「こうなったらウチが分析を……」

 

「させないわよ。ミューズパープルを集中攻撃しなさい!」

 

 のんたんアイを稼働させようとしたパープルだが、バイザーに手を翳そうとした瞬間に複数の触手が伸びて襲いかかる。慌てて避けようとするもワンテンポ間に合わず、容赦なく打ち据えられてしまう。

 

「くっ!あかん……うわっ!」

 

「パープル!クソォ!調子に乗るなチカァ!」

 

 勢いよく壁に叩きつけられた親友の姿を目の当たりしたコバルトの怒りが爆発する。脚に力を込めて大地を蹴り、空高く跳躍。そのままドロップキックを放つ。

 

「スーパーエリチカキック!!!」

 

 コバルトブルーは自ら流星の如き加速力を得て、マキ・ママンを蹴り貫こうとする。しかし、

 

「なに!?」

 

 本体に到着する前に触手を盾代わりにされたことによって、惜しくも阻まれてしまう。

 

「くっ……ありえないチカ!厳しい修行を得て身につけた新しい技が通用しないだなんて……」

 

 焦りは油断に繋がる。死ぬ思いで体得した新技をあっさり防がれて動揺していたコバルトは、足元に密かに迫る触手に気づいていなかった。

 

「しま……うぐっ!?」

 

 触手に捕まったコバルトは空中に投げ出され、そのままドラム缶の山に叩きつけられる。派手な音と共にドラム缶の山は崩れさっていく。

 

「コバルト!しっかりしてくださ……きゃあっ!」

 

 コバルトの身を心配して慌てて駆け寄るブルーまでもが触手の餌食になっていた。為すすべもなく苦戦する光景はDr.アンジュを満足させようだ。

 

「あらあら?どうしたの?あなた達ずいぶんボロボロになっちゃったじゃない」

 

 Dr.アンジュは愉快そうに笑っている。一方、バトルミューズは全員が全身を煤けさせ、肩で息をする有様であった。

 

「歴戦の戦士エレナ将軍を苦しめてきたのだからどんな強敵なのかと思ったら、とんだ拍子抜けねえ。ちょっとあっけなさすぎかもしれないけど、さっさとトドメを刺して帰っちゃおうかしら」

 

「……みんな、『あれ』をやるよ」

 

 九人の中で唯一膝を屈さずにいたオレンジが静かに言い放つ。

 

「そんな無茶です!確かにあの怪人にもダメージを与えられる可能性は高いですが、『あれ』は訓練でもまだ一度も成功していないのですよ!」

 

「けど、オレンジの考えは正しいと思うチカ」

 

 床に膝をついていたコバルトがフラつきながらもゆっくりと立ち上がる。その青い瞳はまだ光が消えていない。

 

「このまま闇雲にぶつかってもジリ貧だチカ!それに失敗を恐れては前を進めないチカ!ヒーローだったら確率なんて勇気で補えばいいチカ!」

 

「そのセリフ思いっきり他のサンライズアニメのパクリだけど、コバルトちゃんかっこいいにゃー!」

 

 コバルトとイエローだけではなかった。他の仲間達も続いて立ち上がっていく。その瞳には、強い闘志が宿っているように見えた。

 

「確かに、やってみる価値はありそうやな!」

 

「やられっぱなしは性に合わないものね!宇宙一のヒーローの面目躍如よ!」

 

「別に暑っ苦しいのが好きってわけじゃないけど、まあ付き合ってあげないこともないわ」

 

 再び立ち向かう意思を見せつける少女達を前に、Dr.アンジュは忌々しげに吐き捨てる。

 

「ふんっ、無駄なまねを……やりなさい!」

 

 触手が一斉に襲いかかるが、戦意を取り戻した少女達は跳躍して難なく回避してしまった。再び武器を手に、分散しながら駆け出す。

 

「行くよ!みんな!」

 

 オレンジは一個の揚げまんじゅう、その名もほむまんを何処からか取り出すとコバルトへと投げ渡す。

 

「まずは私だチカ!ピンク!」

 

 新技の起点となるのはコバルトだ。矢雨のように降り注ぐ触手を躱しながら

大ジャンプ。空中から地上のピンクへとほむまんを投げた。

 受け取ったピンクは小柄な体躯を活かし、ほむまんを持ったまま工場の中を所狭しと駆け巡る。

 

「失敗すんじゃないわよグリーン!」

 

 すれ違いざまにほむまんをバトンタッチの要領で渡すピンク。グリーンは最も腕力に優れた戦士である。その長所を利用して、ほむまんを天井に向けて勢いよく放り投げる。その先には、天井に張り付いたイエローが待機していた。

 

「いくよ、イエローちゃん!」

 

 ほむまんを受け取ったイエローは持ち前の脚力で壁を忍者のように走り抜ける。そして、触手を避けつつも、反対側の壁で待ち構えているレッド目掛けて投球した。

 

「レッドちゃん!よろしくにゃ!」

 

 レッドは無駄のない動きで攻撃を読みながら、空中を舞うほむまんをキャッチする。優雅に滞空ダンスを披露しながら、バイザーのセンサーをフル稼働していたパープルに目掛けてほむまんを投げつける。

 

「頼むわよパープル!」

 

 パープルはバイザーを下ろして視線を変えないままでありながらも、難なくほむまんを受け止めた。

 

「今度はウチやな!はい、ホワイトちゃん!」

 

 高い分析能力を持つパープルは、襲いかかる触手の抜け道を通すように正確なパスが可能であった。狙い通り、見事、ほむまんはホワイトの手元に届いた。

 

「ブルーちゃん!お願ぁい!」

 

 一見デタラメな方向にほむまんを投げ飛ばしたホワイト。しかし、ほむまんが放物線描きながら向かった先には、既にブルーが待ち構えていた。幼馴染のブルーを信頼しての行動だったのだ。そして。

 

「行ってくださいオレンジ!」

 

 ブルーが最後にリーダーのオレンジにバトンタッチ。ほむまんはバトルミューズのリーダーの手に託された。

 

「ほむまん!セットオン!うおおおおおおおお!!!!」

 

 気合を入れながら、オレンジは一口でほむまんを喉に押し込む。

 

「みんなの思い!正義と平和を愛する気持ちが流れ込んでくる!」

 

 ほむまんが胃袋に収められたと同時に、オレンジの体が光り輝き始めた。黄金の肉体は9人の少女達の想いに応え、オレンジに驚異的な力を与える。

 

「一体何がどうなってるの!?」

 

 Dr.アンジュが余裕を失う程の威容。これこそがほむまんの力。1つになった9つの想いを凝縮し、新たな力と変えるのが新兵器ほむまんの能力なのである。黄金の力を携え、オレンジは駆け出す。

 

「届けて!」

 

 自らを黄金の光に変え、何処までも加速するオレンジ。亜光速で迫るオレンジの動きをただの怪人が見切れるわけもなく、一瞬にしてミューズカリバーによる斬線が、マキ・ママンを真っ二つにした。

 

「何よ!?何が起きたの!?」

 

 Dr.アンジュは動揺していた。こんな物は彼女が有するデータにない。こんな無茶苦茶で意味不明な闘いがあってたまるものか。予想外の光景を前に天才的頭脳ですら思考能力を失ってしまっていたのだ。

 そんな混乱に満ちたDr.アンジュの心境とは反対に、工場内は不思議と静まり返っていた。何故か屋内でありながら、ヒラヒラと小さな粉雪が舞い落ちる。

 

「不思議や……」

 

「なんて切なさが込み上げてくる技なのでしょうか……」

 

 オレンジは最後に、斬った後の血を拭うかのようにミューズカリバーを静かに振り払った。

 

「穂乃果はたった今この切なさに名前を付けたよ……その名も……Snow halation……!」

 

 ドオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!!

 

 切断面から眩い光が溢れ出し、やがてマキ=ママンはあえなく爆散。炎が消えた頃には跡形も無く消滅していた。今まで余裕しゃくしゃくだったDr.アンジュの顔色が悪くなっていく。

 

「そ、そんな……私特製の血清を撃ち込んだとっておきの怪人ちゃんが……」

 

「Dr.アンジュ!次のあなたの番だよ!」

 

 オレンジにミューズカリバーの切っ先を向けられたDr.アンジュは口元を引きつらせながら後退りする。彼女の目の前には九人の戦士達が各々に闘志をDr.アンジュに向けて放っていた。

 直接戦闘は門外漢のDr.アンジュの狼狽振りはエレナ将軍以上だ。

 

「ちょ……九対ーだなんて卑怯よ!」

 

「それがどうしたチカァ!」

 

「ガイアが囁いとるんや……悪は決して容赦してはならないってな!」

 

「勝てば官軍!負ければ賊軍にゃ!」

 

「くっ……」

 

 追い詰められたDr.アンジュは突如バトルミューズの背後を指差した。

 

「あっ!あんなところに郷ひろみが!」

 

 9人は血相を変えて後ろに振り向く。

 

「え?偉大なアイドルの大先輩ヒロミゴー!?どこどこ!?どこにいるのかにゃ!?」

 

「マジか!サインくれチカ!」

 

 しかし、そこには郷ひろみはおろか人っ子一人いない。

 

「って誰もいないじゃないですか!」

 

「隙あり!」

 

 一瞬の隙をついてDr.アンジュが煙玉を床に叩きつけて煙を撒き散らす。煙が消えた時、既に彼女の姿は無かった。オレンジは泣き顔で地団駄を踏んだ。

 

「うわーんっ!結局逃げられちゃったよーっ!」

 

「腰抜けアライズ野郎!どこまでも卑怯な手を使いやがって!次こそは必ず息の根を止めてやるチカ!」

 

 さらにアライズ帝国への憎しみを高めるコバルトが拳をギリギリと握りしめる。何はともあれ、アライズ帝国の罠を脱したバトルミューズ。新たな幹部の登場に危機感を募らせつつも、つかの間の平穏を得たことに安堵するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あむっ!」

 

 音ノ木坂の平穏を取り戻りかえした穂乃果は満面の笑みを浮かべながらメロンパンに勢いよくかぶりついていた。

 

「いやー!今日もパンが美味いっ!」

 

「太りますよ」

 

 呆れ果てた様子の海未によるお説教が気に食わなかったのか、穂乃果は口を尖らせる。

 

「いいじゃん!あんなに運動したんだし!むしろ小まめにエネルギー補給してないといざって時に万全の状態で戦えないよっ!」

 

「そ、それはそうですが……一応限度というものがあります!」

 

「だいたい海未ちゃんだってこの特製メロンパン美味しー!って言ってたでしょ!」

 

「い、いいじゃないですか!私だってたまには……」

 

「海未ちゃん珍しく穂乃果ちゃんに押され気味にゃー」

 

バンッ!

 

「た、大変ですぅ!」

 

 壊れそうな勢いでドアを開けた花陽。

 

「どうしたの花陽ちゃん?花陽ちゃんもメロンパン食べたいの?」

 

「違うよ!」

 

 この温厚な少女が慌てている時はいつも何かのっぴきならない事態が発生している。だが、念願のメロンパンを獲得していた穂乃果にとってはそれどころではなかったのだ。

 

「急いでテレビ中継を見てください!」

 

 穂乃果は首を傾げた。いくらなんでも唐突だろう。

 

「テレビ?確か新・必殺仕事人の再放送があってたよね?」

 

「いいから早く!」

 

 どうにも要領を得ず慌てた様子の花陽を訝しげに思いながらも、テレビの電源を入れた。今の時間帯ならばワイドショーや古いドラマの再放送が始まっているはずだが、そこに映っていたのは予期せぬ人物であった。

 

『音ノ木坂の住民に告ぐ!我々はアライズ帝国!偉大なるキラー・ツバッサー皇帝陛下率いる、全宇宙の支配者である!』

 

「エレナ将軍!」

 

 画面映っているのは見慣れたボンテージ姿の女、エレナ将軍であった。彼女の隣ではDr.アンジュがクルクルと自身の髪を弄っている。

 

「そんな……確かエレナ将軍はギックリ腰で休養中のはずでは?」

 

「んな事はどうだっていいでしょ!なんでこいつらが電波ジャックしてんのよ!」

 

 皆を押し退けてようやくテレビを観れたにこが忌々しそうに吠える。新たな戦いの予感が少女達を焦燥に駆り立てる。

 

「アライズ帝国野郎!のこのこと現れやがって!待ってろ!このエリーチカが今すぐブチのめしに行ってやるチカ!」

 

「ちょっと待って!なんだか様子が変だわ」

 

 真姫の言う通り、エレナ将軍とDr.アンジュは妙なまでに自信に溢れた面持ちだった。エレナ将軍は口元をニヤリと吊り上げながら、演説を続けた。

 

『今すぐアライズ帝国に逆らう愚か者共、バトルミューズの身柄を引き渡せ!さもなくば……我々が開発した新兵器、音ノ木坂破壊爆弾をこの街に投下する!』

 

「「「「「「「「「「えええええええええええええええーーーーーーーーっ!!!!??」」」」」」」」」




この後なんやかんやで解決しました。
次回最終回。

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