ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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stage18 『アサルト』partB

 

 ――大洗から、撃破機が出た。

 大学選抜側は既に無数の脱落機を出している中での、ようやくの一機撃破。何の事情も知らぬものが見れば、そう映るシチュエーション。

 だが島田愛里寿は視界の端を過る撃破ログを無感動に見送った。

 彼女からすれば、全ては予定通りの展開。いや、彼女からすれば自分にとっての真の試合は、ここから始まったと言っていい。

 少数からなるコマンド部隊を縦横無尽神出鬼没に運用する、ゲリラ的とも言える戦法こそが、島田流の忍者戦術の本領。そして各コマンド部隊の分隊長達は、アズミ、ルミ、メグミの大学選抜三羽烏、バミューダの三人娘だ。彼女らの実力は愛里寿も信を置いている。此処から先は、完全にこちらのペースに成るはずだ。

 

 本来ならば、最初からこうするつもりであったのだ。

 

 スコープ越しに見えるのは、高地の稜線の半ばで動きを止めた地上戦艦。その周りに転がるのは、撃破されたスタンディングトータスの山だ。

 愛里寿にとっては共に無価値なそれらを、冷めた眼差しで一瞬見つめ、すぐに視線を高地頂上の戦闘へと移した。

 総勢150機による物量作戦。

 地上戦艦による一方的な蹂躙。

 これら全ては、文科省の役人、辻廉太が一方的に進めたことだった。

 いかにも素人考えらしい、必勝への方程式。だが愛里寿からすればいずれも邪魔なものでしかない。

 元々大学選抜チームは『選抜』の名を冠するだけあって、全国から選びぬかれたメンバーで構成されている。故にその正規隊員数は本来ならば50名。しかしその50名はいずれも一騎当千の古強者ばかり。真っ向圧殺の西住流に対し、少数精鋭のゲリラ戦法こそが島田流の本来のありかただ。

 では、今のチームを構成する残りの100機はどこからやって来たのか。

 それは辻がその権限を用いて、本来ならば選抜から漏れたはずの選手たちをかき集めからに他ならない。

 まほ達が地上戦艦から出撃してきたAT達をたやすく撃破できたのも当然なのだ。愛里寿が最初に繰り出したのは、彼女としては指揮するに値しない二流選手たちばかりなのだから。

 しかしそんな連中でも役には立ってくれたと愛里寿は冷たく考える。彼女らが目くらましになってくれたお陰で、アズミのコマンド部隊は難なく奇襲を成功させた。時間差でルミにメグミの部隊も攻撃に移るはずだ。

 愛里寿は大洗連合の戦術を既に読み切っている。オーソドックな『鎚と金床』戦法。効果的だが、それだけに読みやすい。

 

 ――『O-arai Saunders-03』

 

 また新たな大洗側の撃破――サンダースのアリサだ――が視界の端を流れるのを見ながら、愛里寿はATを前進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

『うぎぁぁぁぁっ!?』

 

 絹を引き裂くような悲鳴をあげながら、アリサのスタンディングトータスは白旗揚げて地面へと倒れ伏す。

 

「チィィッ!」

 

 続け様に自分へと飛んでくる銃撃に、エリカは機体を小刻みに左右させながら、反撃のソリッドシューターを放った。だがエリカの一撃は標的をそれて、その背後にいたスタンディングトータスへと直撃する。撃破判定。揚がる白旗。しかしエリカはそんなものは見ていない。彼女が追うのはただ逃した獲物だ。

 いや――と、エリカはふと考える。

 果たして獲物は私達かアイツらか。胸中に湧き出た不安を、即座に弱気と断じ、犬歯も剥き出しにしてエリカは咆える。

 

「なめんじゃないわよ!」

 

 左手の内蔵機銃を展開。相変わらず異様な素早さで鈍亀達の間をすり抜け走る、灰色のスコープドッグの予測進路上に狙いを定め、トリッガーを弾く。残弾を考えてのセミオート射撃。相手はターンピックで機体を急速反転してこちらの攻撃を凌ぐが、エリカの追撃は続く。逆行する形で逃れる相手に、銃撃で追うエリカ。運悪く射線に割り込んだ鈍亀を一機撃破しさらにスコアを稼ぐも、黒森峰のエースは一切意に介さない。

 

「隊長!」

 

 本当の狙い、もうひとつのターゲットゾーンへと標的が入った、その瞬間に叫ぶ!

 ただその名を呼ぶだけで良い。示しを合わせる必要すらない。まほの駆るブラッドサッカーは既に得物の銃口を向け終えていた。マズルフラッシュが煌めき、直後爆発音。撃破判定の白旗が、音を立てて頭頂部から揚がる。

 

「――クソ!」

『素早い。流石だな』

 

 思わず吐き捨てるエリカに対し、まほは相変わらず冷静そのものだった。敬愛する隊長のそんな落ち着き払った姿に、エリカも激する感情を抑える。仕留めそこねた標的頭の中から消して別の相手をエリカは探す。

 

『くそ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ!』

『DAM IT! すばっしこいわね!』

『ちょっと速すぎなんですけどー!?』

 

 桃の叫び声が、ケイの苛立った声が、あやの驚きの声がマイクロフォンより響き渡る。

 自分や、隊長だけではない。バイマン中隊の全員が、あの突如現れた新手に翻弄されているのが解る。

 今だからこそ解るが、地上戦艦も最初の一大攻勢全て囮に過ぎなかったのだ。斜面を翔ぶように遡行してきたあの若干10機程度の分隊こそが、敵の、島田流の本命。相変わらず真っ向攻め上がってくる味方を時に盾にすらしつつ、現れては消え、現れては消えを繰り返し、着実にこちらにダメージを蓄積させていく。

 

『うわお!? ……これ以上食らうと流石にまずいかなぁ~』

『くそう! 戦車の装甲と言っても限度があるんだぞぉ~』

 

 ATとしては規格外の堅牢さを誇るウワバミ分隊のストロングバッカスも、装甲厚だけなら大洗最強のアストラッド戦車も、共に蜂の針のように刺さる一撃を受けて、刻一刻と撃破へと近づいていく。他のATからも、いつ撃破判定がでてもおかしくはない。

 対するこちらは、目くらましのトータスを撃破できても、肝心の敵エースのスコープドッグを一機たりとも撃破するに至っていない。

 

『姉住ちゃん、どうする~? このまま踏みとどまって戦うのはマズイと思うんだけど』

『……』

 

 踏みとどまるか、後退か。

 まほには珍しく即座に次の指示が出ない事実に、エリカは驚いた。逆に言えば、それだけ相手、島田流の戦術が読みづらいということなのか。

 

『撤退だ』

 

 数秒後、まほは静かに言い放った。

 西住流家元の娘としては、極めて不本意な選択。しかし今の彼女は飽くまでみほのチームの一員。ここでコレ以上の犠牲を出すわけにはいかない。

 

『こちらバイマン中隊、高地頂上を放棄して退却する。三中隊、再度合流して戦術を再編する必要がある』

『わかりましたわ』

『了解です! グレゴルー中隊も後退します!』

 

 ダージリン、みほの返信は極めて素早かった。今、試合のペースは完全に相手側に握られている。仕切り直しのためにも、一度戦場を変える必要性は、三中隊長共通の考えであったのだ。

 

『合流ポイントは――』

 

 ブラッディライフルを単射しつつ、通信を続けるまほ。

 エリカはそんな彼女をサポートすべく、ブラッドサッカーの死角へと愛機を滑り込ませる。

 

『まほ! 危ない!』

 

 だが、次なる一撃はまほも、そしてエリカも予期せぬ所からやって来た。

 ケイからの警告も虚しく、曲射軌道を描くロケット弾は斜め上方から襲いかかってきて、ブラッドサッカーの左肩へと叩きつけられた。

 

「隊長!?」

『慌てるな。撃破されていない』

 

 まほの声は飽くまで冷静だ。

 しかし吹き上がる白煙のなかから転げ落ちたのは黒い鋼の腕だ。

 左手は完全に吹き飛ばされ、ショルダーアーマーもひしゃげて破れており、かろうじて肩部のみが繋がっているに過ぎない。

 中隊長機の被弾に一同に動揺が走るが、しかし敵が態勢を立て直すのを待つ者などいるはずもない。

 

『また来た!』

『こんどは東からだよ!』

『ピンチじゃんピンチじゃんピンチじゃん!』

『もういやぁ~』

『……』

『みんな落ち着いて!』

 

 うさぎさん分隊の一年生達が悲鳴をあげたのは、ブラッドサッカーの左手を奪い取った当事者たち、大学選抜三羽烏の一人、メグミ率いるコマンド部隊が高地東側の斜面を駆け上ってくる姿だ。

 いや――新手は東側のみではない。

 

「ッ――全機警戒! 前方敵集団後方より、敵別働隊!」

 

 それに気づいたエリカは即座に回線を開いて全中隊機へと呼びかける。

 やはりアンカーロッドとジェットローラーダッシュの組み合わせで急速登坂を成し遂げるのは、三羽烏最後の一人ルミ率いるコマンド部隊だった。

 2方向からの新手が誰かまでは知らずとも、彼女らが本命のエース部隊であることは明白。

 

「隊長!」

『……』

 

 エリカが次の指示を乞うのに、まほは答えない。

 否、答えられないのだ。退却すべきは明白。されど敵の追撃は必至かつ苛烈。ならば誰かが囮になるしかない。

 

「――」

 

 ならば既にATが傷ついた自分こそがそれをなすべきだ。

 まほがそう考えていることを察したエリカは、それは駄目だと声を張り上げようとした。

 だが、エリカが声を発するよりも先に、行動を起こした少女たちがいる。

 

Avanti(アヴァンティ)!』

 

 快活にイタリア語でそう号令し前進したのは、アンチョビ達の駆るアストラッド戦車。

 ペパロニ、そしてカルパッチョのアンツィオ乙女二人も、その後に続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

『安斎』

「アンチョビだ! アンチョビ! ……こんな時くらいちゃんと呼んでくれ」

 

 まほからの通信にお約束通りにそう返す。

 いつも通りの、彼女らしい元気な声だ。だがそこに微かに漂う哀愁の色を、まほは聞き逃さなかったのだろう。

 

『アンチョビ』

 

 すぐに呼び直してみせた。

 アンチョビもまた、まほの静かな声に潜む苦しみを感じ取る。だから敢えてもっと明るく言い放った。

 

「後は任せた!」

『頼む』

 

 通信はそれで終わりだったが、互いにとってそれで充分だった。

 九連覇校の黒森峰と、初戦敗退ばかりのアンツィオ。

 率いるチームの実力こそ違うかもしれないが、共に三年選手、知らぬ仲でもない。

 アンチョビの決意を理解し、それを無駄にしないために即座にまほ達は撤退を開始する。

 

「……せっかくの晴れ舞台なのに、こういう役目に付き合わせてしまってスマンなぁ」

 

 アンチョビは砲撃用のターゲットスコープから眼を離すこともなく、寂しげに呟いた。

 

「なにいってんすか!」

「むしろオイシイっす! 大勢相手に大暴れっす!」

「腕がなるぜ!」

 

 だが砲声爆発音のBGMに負けぬ大声で気勢を上げるのは、ジェラート、アマレット、パネトーネの一年生の少女たち。まだ経験は乏しいが闘志は充分だ。

 

『ドゥーチェ』

『水臭いっすよ。なんで何も言わずにしれっと前進してるんすか』

 

 アンチョビからは見えないが、声の主二人、カルパッチョとペパロニがアストラッド戦車のすぐ傍らにいることはすぐに解った。言わずとも死地についてきた彼女らの心意気に感じ入るものがありつつも、アンチョビは敢えて言う。

 

「お前たちも後退しろ。足の遅いアストラッドと違ってお前たちは逃げ切れる」

 

 だが彼女らの答えは即座の否だ。

 

『何言ってるんすかドゥーチェ。戦車は意外と死角が多いって言ってたのドゥーチェ自身じゃないスか』

『弾除けぐらいにはなりますから、ドゥーチェは存分に暴れてください』

「お前ら……」

 

 アンチョビは嬉しさ半分呆れ半分で独り苦笑いした。

 だがそれもすぐに消えて、アンツィオ乙女らしい明朗なる獰猛さを浮かべ、犬歯を剥き出しにする。

 

「ならば行くぞ! 今こそノリと勢いだ! カルパッチョ! ペパロニ! 怪我しない程度についてこい!」

『はい! ドゥーチェ!』

『付き合いますよ! それこそ、地獄の果てまで!』

 

 そして三人は揃って鬨の声を挙げた。

 

『『「Avanti(アヴァンティ)!」』』

 

 アストラッドから撃ち放たれるスモークディスチャージャーが四方に飛び、辺りは白煙に包まれる。

 二門の砲から絶え間なく105mm弾が発射され、白煙が時に爆煙によって切り開かれる。

 戦車の自身を顧みぬ突撃には、大学選抜の精鋭達も応戦せざるを得ない。

 

 

 

 アンチョビたちが時間を稼ぐ中、まほ達はなんとか撤退を成功ささせる。

 

「……」

 

 まほは、その最後尾でATのハッチを開き、高地の方を顧みた。

 頂上付近に広がる白煙のなかから、ちょうど3つの爆炎が吹き上がるのが見えた。

 それらが意味するところは、まほにもすぐに解った。

 

「……」

 

 だが鋼の乙女は感情を顔に出すこともなく、ハッチを閉じて後退を再開する。

 感傷に浸っている間に、アンチョビ達の稼いでくれた時間を無駄にすること。

 それだけは、絶対にあってはならないのだが。

 

 





  ――予告

「試合の風向きが変わったみたいだ。あっちには追い風、こっちには向かい風。でも向かい風に真っ向挑むだけが正しい道とは限らない。敢えて風の流れに身を任せれば、見えないものも見えてくる。みほ、時にはそういう決意も大事ってことさ」

 次回『ランナウェイ』

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