ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

96 / 101
stage18 『アサルト』partA

 

 

 

 眼下には、ひたすらにこちらを目指して斜面をのぼる、大学選抜チームの姿が一面に広がる。

 耳元で鳴り響くアラートの電子音。合わせて視界を覆う赤い警告の数々。スコープドッグのものとは若干違うレイアウトの画面の端には、自分への向けられたロックオンの数が表示されていたが、そんなものを見ている暇はない。

 左右のペダルを頻繁に踏んでは離し踏んでは離し、ブラッドサッカーを小刻みに動かす。機体の真横を唸りあげてソリッドシューターの真鍮色をした砲弾が通り過ぎていく。背後で幾つもの、立て続く爆発音。鼓膜へと届く頃には機械が補正をかけてくれている筈なのに、それでもなお騎中のボトムズ乗りの体を震わせる程の爆音。

 

 だが、西住まほの心は平静そのもの。

 

 横殴りに打ち付ける銃火も、地獄のように揺らぐ炎も、鉄の軋みもむせかえるほどの硝煙の臭いすらも、彼女の鋼の精神を揺るがすには役者不足だ。またも自分を狙う銃口を感じ、ペダルを踏み込んで僅かにATを後退させる。自動照準というやつは意外と繊細に出来ている。距離のズレから来る僅かな再調整のタイムラグを突いて、まほはブラッディライフルを三点バーストで撃ち放った。

 赤いトリッガーボタンを親指で押し込めば、リズミカルに銃声が短く鳴ってマズルフラッシュが煌めく。まほが次なる敵の攻撃に愛機を再後退させた時には、相手のスタンディングトータスは白旗上げて地面に倒れ込んでいた。後続がつかえ、動きが止まった所に攻撃をしかけたのはエリカだ。彼女の放ったソリッドシューターが爆炎で大学選抜を二機ほど吹き飛ばすのを横目に、まほは新手をバルカンセレクターで出迎える。

 まほの駆るブラッドサッカーの赤い右肩は昼間でもよく目立ち、相手はそれを目印に殺到してくるが、西住流の申し子を討ち取るには至らない。むしろ変に一点に攻撃を集中したがために、生じた隙をバイマン中隊の装甲騎兵乙女たちは容赦なく突く。

 

『近づかせるな! 機銃、弾幕張るぞ!』

『援護しますドゥーチェ!』

『しゃらくせぇ! まとめて相手してやらぁっ!』

 

 中でも際立った活躍を見せているのが、アンツィオメンバー、特にアンチョビらの駆るアストラッド戦車だ。榴弾に徹甲弾に機銃弾と手数も豊富なら、銃砲それぞれ二門ずつあるために攻撃できる範囲も広い。唯一の弱点はATに比べて小回りが利かないことが、それもカルパッチョとペパロニの援護のおかげで防御の死角が埋められ、正面からの攻撃は自慢の装甲で見事に受け止めている。

 サンダースメンバー他、基本的に重火力のATばかりを集めたのがバイマン中隊だ。H級を中心にした大学選抜側も重装備には変わりは無いはずだが、高低差と地面の凹凸を利用したバイマン中隊は見事に倍近い相手に渡り合っていた。

 否、むしろ押していると言っても良い。

 相手は数差を活かすどころか、むしろ数の多さが却って互いの連携を阻害してすらいる。

 

「……」

 

 しかし戦局の予想外の良さを前にしても、まほは鉄面皮を崩さない。それどころか、仮面のように動かない彼女の表情は、みほのような近しい者が見れば解る曇の色を見せていた。

 

『姉住ちゃーん。ちょっと良い~?』

 

 半ば反射的にATを駆りトリッガーを弾きながら、大きくなる懸念に注意を奪われていたまほの意識を戦場へと呼び戻したのは、ドロッパーズフォールディングガンの砲声をBGMにした杏の声だった。

 

『ねぇさぁ、これ、私の勘違いじゃなけりゃいいんだけど……相手、大学選抜の割に弱すぎない?』

 

 試合中とも思えぬ呑気な調子で、杏が続けた言葉に、まほは胸中の懸念が再び大きくなるのを感じる。

 

『会長ぉっ!? 何をおっしゃって――ててててまた掠った掠った!?』

 

 桃が横から異を唱えようとするも、自身に向かってくる攻撃を凌ぐの精一杯でそれどころではない。

 柚子がカバーに入る傍ら、異議を引き継いだのはウサギさん分隊の一年生達である。

 

『えー。単に私らが強くなっただけじゃなくてー?』

『私達、ゆーしょーしたんだもんね! このあいだ!』

 

 あやがヘビィマシンガンをぶっ放しながら言えば、桂利奈がロケットを発射しつつ声高に主張する。優季やあゆみがうなずく声も聞こえてくるが、まほはそんな楽観的な声を即座に切り捨てた。

 

「大学選抜チームはそんな甘いものではない。社会人チームにも勝った相手だ。その攻撃が、意味もなくこうも温いハズはない」

 

 大洗女子からすれば西住隊長のお姉さんであるまほの言葉だ。

 一年生チーム一同は特に強く響いたのか、意識を正面に戻して攻撃に再集中し始める。

 だが、彼女らがついさっきまで見せていた隙を突かれなかった事実が、何よりも今こうして攻撃をしかけてきている相手が、大学選抜と呼ぶに値しない実力しか備えいないことの証だった。

 

「……」

 

 弾幕を張りながらカメラを動かし、地上戦艦の様子を窺う。

 動く鋼の巨城は相変わらず奇妙な沈黙を守ったまま動くこともない。

 ただ自身の吐き出したAT部隊だけに我武者羅に攻撃を強いているだけなのだ。だが我武者羅に数で押す攻撃に不気味な地上戦艦の姿は、まほ達をこの場に釘付けにしておくのには最適な戦法だ。

 ちょうど、自分たちが相手に対して仕掛けようとしていた戦法と同じ――。

 

『お姉ちゃん!』

 

 電波に乗って鼓膜へと届いてきたのは、自分を公的に「西住まほ選手」と呼び直す余裕もない、切羽詰まった妹みほの叫び声。

 

『敵の精鋭が来る! 相手の本命はそっちで――』

 

 みほが全て言い終わるよりも早く、どこからか飛んできた砲弾が、バイマン中隊隊列へと突き刺さる。

 

『きゃぁっ!?』

『小梅!?』

 

 そしてその一発の砲弾は、一撃で赤星小梅の駆るATを撃破せしめたのだ。

 ATとしては大洗連合チーム最大火力を誇る小梅のカスタムスコープドッグは、その弾薬を半分も消費することなく白旗を上げる。大洗側では初の被撃破。既に大学選抜側を何機も撃破しているとは言え、数が劣る分一機の重みはまるで違う。無論、悪い意味で。

 

「来たぞ!」

 

 地面に突き立つアンカーを前に、まほが生き残った全機に警告する。

 みほが言うように、敵は西側の斜面から来た。

 灰色に塗られたスコープドッグ・ターボカスタムはその背中にミッションパック『ATU-MP-88』と、そのオプション装備のアンカーロッドを背負い、アンカーの勢いにジェットローラーダッシュを乗せて、まるでスキーが斜面を降りるような勢いで、それとは真逆に斜面を滑りのぼる。

 その数は僅かに十機だが、その実力は前座の大舞台の数倍、いや十数倍と言い切ってもまだ足りない。

 大学選抜きっての精鋭選手アズミ、そして彼女が率いる大学選抜のなかから選抜されたコマンド部隊であった。

 

 島田流の本領。

 それは少数部隊を用いた浸透戦術に他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage18

 『アサルト』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――時間は若干前後する。

 

「全機、このまま予定通りこの湿地帯を抜けて敵の背後を突きます。迅速に行動してください」

 

 地上戦艦の影に、まほからの救援不要の通信。みほの決断は素早かった。

 相手が想定外の代物を繰り出してきたとは言え、しかし戦局全体を俯瞰すればむしろみほの描いた絵図の通りに事態は進行している。大学選抜側は戦力を試合場中央部高地へと集中させ、その奪取を目論んでいる。ならば自分たちの役割は、ダージリン達ムーザ中隊同様、迂回して敵の背部を突くことだ。地上戦艦をどう撃破するか――その手段をどうするかは大問題ではあっても、足を止めて議論している時間もない。動きながら考えるしか無いのだ。

 

「この湿地帯を突破します。沙織さん、比較的深みの浅いルートを割り出せますか?」

『もうやってるよみぽりん!……やった! 少し遠回りだけど、抜けられそうな所があった』

 

 本来であればグレゴルー分隊の速度調整も兼ねて湿地帯は正面突破する予定だった。しかし今は最短コースで突っ切るのが最適なはずだ。みほ達にとって幸いだったのは沙織の存在だ。彼女のATの持つ高い情報処理能力が、こういう状況では最も役に立つ。

 

『データを送信します! 地図中に赤く示されたルートを通って前進してください! 』

 

 みほを始めグレゴルー中隊のボトムズ乗り達のバイザーモニターには、白線で描かれた地形図が表示され、そこには一筋の赤いラインがひかれていた。血のように赤い、その道を通って、みほ達は敵の背後を狙う。

 

「先遣隊を出してルートを確保しつつ、重ATを先頭部に配置して一列縦隊で進みます。偵察は――沙織さん、優花里さん、エルヴィンさん、ノンナ選手にお願いします!」

 

 みほは隊の陣容を改めて見定めるまでもなく、脳内のリストで即座に偵察隊を編制する。沙織のデスメッセンジャーの持つ機能は言わずもがな、優花里は優花里自身が偵察慣れしているし、エルヴィンはその乗機が偵察機の護衛に適している。そしてノンナのカスタム・チャビィーは色こそ派手だが高性能センサーの塊で、他のATには見えざる距離から相手を一方的に狙うことも可能だ。

 

『了解みぽりん! 先に行くね!』

『了解です西住殿!』

『先駆けを任されるのは武人の誉れ……アルデンヌの森を越えるが如く、駆けさせてもらおう!』

『ノンナ! 真っ先にやられてプラウダの面子を潰すようなら承知しないわよ! ミホーシャが直々に選んだんだから、なおさらなんだから!』

『はいカチューシャ』

 

 そして乙女たちのみほの指示に応える様もまた即座だった。

 瞬く間に彼女らは駆け去り、それを横目にみほ達は素早く縦隊を作る。

 エクルビスなどの重ATを前にすることで速度を自然に合わせるのが目的だ。

 

「偵察隊に続きます! 装甲騎兵前進(PanzerVor)!」

 

 みほは黒森峰式の古めかしい言い回しで、中隊の進撃を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あとは……この浅瀬を渡ったら終わりですね!』

『敵影は依然無し……まるで丘の上の戦闘が嘘のようだな』

 

 優花里にエルヴィンの言う通り、地上戦艦とそこから湧き出してきたATの大部隊によってここまで響くほどの大激戦を繰り広げているデライダ高地とは対照的に、沙織達の進む湿地帯は気持ちが悪いぐらいに静かだった。

 

「みぽ……中隊長も何分かしたらこっちに来るみたいです」

『……そうですか』

 

 沙織が告げた言葉に、平板な声で返したのはノンナだ。

 

(うう……やりづらい)

 

 何とも事務的な調子で、沙織は試合中ながら気まずさを感じずにはいられない。

 彼女の腕前は知っているし、敬愛するカチューシャの命令ありきとは言え大洗の窮地に駆けつけてくれたのだ。しかしブリザードの二つ名そのままな態度を味方にまで貫くのは、どうにも沙織には苦手な相手だった。

 

『相手はあの島田流……ここまで静かだと待ち伏せを警戒してしまいますが……しかし! ノンナ殿がいれば!』

『うむ。かのヴァシリ・ザイツェフもかくやという腕前、頼みにさせてもらう!』

 

 優花里にエルヴィンは余り気にしている様子はないようであるが。

 

『さぁ行きましょう武部殿!』

「あ、うん!」

 

 促されて、沙織は湿地帯の最後の浅瀬を踏破すべく、ペダルを踏み込もうとした。

 だが、何かが沙織の足を止める。何か、よく解らない予感めいたもの。しかしセンサーを見ても特に異常は検知してはいない。ただの杞憂と、改めてペダルを踏み込もうとして――。

 

「うひゃぁっ!?」

 

 突如やってきた背後からの衝撃に、機体ごと沙織はつんのめる。

 何事が起こったのか――それを理解する間もなく響いた、耳朶を叩く銃声に沙織は再度乙女然とした悲鳴を上げた。

 

『!? あんな所に!?』

『攻撃来るぞ! 散開だ!』

 

 続けて聞こえてきたのは、距離を置いてのマシンガンの発射音と、辺りに群生する葦が30mm弾の直撃に文字通り消し飛んでいく音であった。

 背部よりの圧力は唐突に失せて、急に機体の自由が戻ってくる。

 銃声を警戒し、沙織はATを敢えて起こさず機体を泥濘の上で転がし、カメラを上手く北へと向けた。

 いま進まんとしていたその先、湿地が途切れた先に控える鬱蒼とした森。

 その木々、枝葉を縫って見えるマズルフラッシュに、その輝きに合わせて迫る30mmの奔流。

 

 ――待ち伏せだ。沙織が覚えた違和感は、間違ってはいなかったのだ。

 

『……良い勘をしています』

 

 ノンナがそう無線越しに囁やけば、続けて鳴り響くのは彼女の得物、狙撃用ライフルの分厚い銃声。

 再度湿原の向こう側で、白旗のあがる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「沙織さん! みんな大丈夫ですか!?」

 

 みほ達が駆けつけた頃には、湿地はデライダ高地と変わらない激しい戦場と化していた。

 湿地帯北の森林からは相変わらず途絶えることなく銃弾が撃ち放たれ、時にはミサイルロケットの尾を引く噴煙がそれに混じる。

 

『みぽりん!』

『西住殿! お待ちしておりました!』

 

 沙織と優花里の返事には疲労が滲んでいたが、しかし声そのものは全くの元気そのもの、エルヴィンは得物のシュトゥルムゲベール改で応戦し、ノンナは平然とマズルフラッシュを目印にトリッガーを弾く。

 

「中隊各機、先遣隊を援護しつつ、散開して前進します! 敵の射線を分散させてください!」

 

 縦隊は糸が解けるように散兵線へと転じた。

 各々が敵の潜む森へと弾幕を張りつつの前進である。標的が余りに分散して、相手の射線が散らばり始める。

 

『今ね! 攻勢を仕掛けるわ! ニーナとクラーラは続きなさい! ノンナとアリーナは援護!』

『はいです!』

『Да! Катюша!』

 

 弾幕の密度が薄まれば自然、肉薄するのは容易になる。

 みほが指示を出すまでもなく、カチューシャは砲火と砲火の隙間目掛けて恐ろしい速度で駆け始める。流石はエクルビス、流石は地吹雪のカチューシャと言った所か、H級とは思えない程の身軽さで澱んだ水も泥濘もものともしない。

 このまま順調に進めば、大学選抜の背後へと迂回することができる。

 みほは森の中の敵を一掃すべく、キークより贈られたブラッディセッターのオプション装備を構えんとした。

 このオプション装備の火力に合わせてカチューシャ達が吶喊をしかければ、確実にこの地点を突破できる!

 

『――みほさん』

 

 トリッガーを弾く指を止めたのは、静かな呼び声。

 銃声砲声に覆われた試合上でも、澄んだ調べのその声色は、聖グロリアーナの隊長のものに他ならない。

 

「ダージリンさん?」

『「人生は歩き回る影法師、哀れな役者に過ぎぬ」』

「……え?」

 

 いくらみほと言えど、鍛えられたペコと違ってシェークスピアのマクベスからの引用を喋られても解るわけもない。

 無論、ダージリンもそれは承知の上。クスリと微笑すると、何事もなかったかのように本題へと入った。

 

『つい十数秒前からこちらでも敵と遭遇いたしました。でも様子が随分と妙なの』

「妙、とは?」

 

 森よりの砲火から眼は放さず、みほは意識の一部をダージリンの言葉へと向ける。

 

『攻撃は激しいけれど、それはただの見せかけ。影法師のように実態がない。恐らくは一機に二丁の武器を持たせたりして、手数を増やして実数をごまかしている。ビーラーゲリラよろしく、森を利用して撃っては隠れ撃っては隠れを繰り返しているわ。それも、無視をするのは難しい程度の絶妙な塩梅ね』

「――っ!? ちょっと待ってください!」

 

 みほはダージリンの言葉を一旦遮って、カエサルへと通信を繋ぐ。

 

「カエサルさん! クエントレーダーを起動してください!」

『え? あ? なんだ? 藪から棒に?』

 

 驚きながらもニワトリ分隊の一員だけあって動きは素早い。即座にカルパッチョ印のクエントレーダーを起動、そして見えた結果に今度は彼女が素っ頓狂な声をあげた。

 

『我らが、我らともあろう者が見たいと思う物しか見ていなかったとは!』

『どうしたぜよ、カエサル!』

『釣り野伏か!? あるいは天王寺の真田幸村か!?』

 

 オープン回線でカエサルはグレゴルー中隊全機に告げた。

 

『森のなかの敵は囮だ! あそこには僅かなATしか隠れてない!』

 

 やはり!

 みほは直ぐ様、ダージリンとの回線を再度開く。

 

「ダージリンさん! これは!」

『ええ。してやられたわね』

 

 そう全ては囮だ。

 こうして自分たちの前に立ちふさがったのも、ダージリン達を足止めしているのも、そして恐らくはまほ達を襲う大軍ですら。

 

「お姉ちゃん!」

 

 みほはまほへと無線を飛ばす。 

 

「敵の精鋭が来る! 相手の本命はそっちで――」

  

 だが、この警告は遅きに失していた。

 直後、モニターの端を流れたのは、赤星小梅の撃破表示であったのだから。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。