ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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stage03  『アンダーシージ』

 

 深呼吸をひとつすれば、鉄のにおいが鼻を突き、鉄の軋みが耳朶を打つ。

 目を見開けば、スコープ越しに見えてくるゆらめく赤い影、青い影。

 標的はふたつ。いずれも素早く、その軌道は不規則だ。

 視界を覆う画面に映しだされた白い照準線を、沙織はまっすぐに見つめる。

 

 ――なんだか隅っこでガイドが色々とうるさいが、そんなものは無視して感覚で撃てば良いんだ。

 

 と、神がかった操縦技術は持つも射撃はからきしな幼馴染はのたまった。

 話半分に聞いていれば、今度は逆に天才的な射撃センスを持った親友は言う。

 

 ――わたくしもガイドのほうは余り見ていません。華を活けるように集中して、銃口と意識がまっすぐになるように引き金をひけばよろしいかと。

 

 何だ、銃口と意識がまっすぐになるようにって。天才タイプ特有の抽象的な説明に沙織は頭を抱える。

 親友はいずれ華道の家元になろうという少女だ。弟子にも解るように話す稽古は受けている。しかし装甲騎兵道と華道では勝手が違うのか、手ずから教えてくれようと頑張っているのは解るのだが、明らかに説明に悪戦苦闘していた。

 

 ――大事なのは、自機と標的機との距離と速度ですよ、武部殿。相手の動きを見て、その進む先を読んでトリッガーを弾くんです!

 

 そう力説してくれたのは、戦友にして新たなる親友の1人となった、装甲騎兵道マニアの癖っ毛少女だった。

 持ち前の知識を活かし二人の天才少女の言葉を、沙織にも解りやすく噛み砕いて説明してくれるのは実に有り難かった。沙織も、そのお陰で随分と射撃の腕が上達したと思っている。時々、解説に熱が入り過ぎるのが玉に瑕かなぁ、ともちょっぴり思ってたりもするが。

 

(ええと……ガイドを参考にしながら、中央の菱形に相手を入れて――)

 

 画面上に表示された戦闘情報をつぶさに見ながら、沙織はヘビィマシンガンの銃口を動かす。

 照準線とセンサーから相手の距離と速度を割り出し、白線の交わる場所に備わった菱形の位置、すなわち銃口の向く先を走る標的の前へと据えた。

 

(1、2の――)

 

 精神を集中し、トリッガーボタンに指をかける。

 

「3!」

 

 掛け声とともに、赤いボタンを勢い良く押した。

 放たれた銃弾は、微かな放物線を描きながら、青い標的――青く塗られたスタンディングトータスへと吸い込まれるように着弾した。蛍光色の塗料が、その青い装甲へとぶち撒けられる。

 沙織は息を一つぎすると、矢継ぎ早に赤い標的へと照準を合わせ、トリッガーを弾く。

 赤いスコープドッグの装甲もまた、蛍光色に染まった。

 

「やったぁ!」

 

 沙織はコックピットの中で快哉すると、ハッチを開いてゴーグルを外した。

 見れば、標的役を努めてくれた二人も、ハッチを開きゴーグルを外して沙織を賞賛していた。

 

「武部殿! やりましたねぇ!」

「まさか沙織に当てられるとはな……不覚千万だ」

 

 青いトータスタイプに乗っていたのは優花里で、赤いスコープドッグに乗っていたのは麻子だった。

 安全な所で見守っていた華も、とたとたと小走りに寄って来て、小さく拍手する。

 

「見事な射……沙織さん、お見事です」

「えへへ……華に褒められちゃった」

 

 射撃の天才、五十鈴華に褒められたとあっては沙織も照れてしまう。

 頬を赤らめながら、くしゃくしゃと自身の髪を掻いた。

 ――大会が終わったからといって、装甲騎兵道が終るわけではない。

 夏休みを利用し機体を修理改良改造し、大洗ではAT戦の練習が再開されていた。

 みほが居ない間も、あんこうの皆は――否、大洗装甲騎兵道チームの皆は練習の手を抜かない。

 

「あああああ!? なぁぜだぁぁぁぁぁぁ!?」

「桃ちゃんまた外してる……」

「いやぁ芸術的なまでに下手くそだね~」

 

「見たかぜよ! この砲撃! 」

「うむ! オットー・カリウスもかくやといった腕前だ!」

「パルティアの弓兵顔負けだな」

「それを言うなれば雑賀孫市並の手並みと言うべきであろう」

「「「それだ!」」」 

 

「いい! 桂利奈が相手の進行方向に撃って動きを止めて、すかさずそこを優季が撃つの! 解った!」

「あいぃっ!」

「まかせて~」

「梓もすっかり分隊長が板についてきたね」

「ホント! 目指せポスト西住隊長!」

「ちょっと……変におだてないでよ! 紗希までちょっとおもしろがってるじゃない!」

「……」

 

「レシーブ!」

「トス!」

「スパイク!」

「根性ーっ!」

 

「うほぉっ!? すごいすごい! ATがあんな高くジャンプしてる!」

「ATってマシンは基本『跳ぶ』ようには出来てないはずなんだけどねぇ~」

「見た感じ、降着機能と脚部MCの伸びをうまく同期させてるみたい」

「あれ、うまく応用したらもっと高く跳べるAT造れないかな」

「くぅぅ~! 俄然燃えてきましたなぁ!」

 

「あ、そこ! リスポーン地点押さえて!」

「相手チーム、えらいマナー悪いっちゃ」

「でも陣地は先にこっちが確保したなり! これでこっちの優位が――ってうわぁ!?」

「「「隠して隠して!」」」

 

「もう遅いわよ! やっぱ練習中にゲームしてたわね貴方達!」

「夏休み中の自主活動中なんだから、目くじら立てることないんじゃないかなぁ、そど子」

「越権行為だよ、そど子」

「黙りなさい、ゴモヨ、パゾ美! 世間が夏休みだろうと、風紀委員の仕事に休みはないのよ!」

 

 ――まぁ一部手を抜いている人々もいないではないが、おおよそ手を抜かずに頑張っていると言える。

 

「じゃあ、次は麻子の番ね」

「……別に相手を倒すなら、殴ろうが撃とうが変わらんだろう」

「もう! 露骨に嫌そうな顔しないの! ……今じゃあんこうで一番射撃下手なの麻子なんだからね。私よりも下なんだよ」

「……体よく乗せられるのは癪だが、沙織以下はもっと癪だ」

「なら頑張ろ!」

「流石は武部殿は、冷泉殿のことが良くわかっていますね!」

「幼馴染って素敵です」

 

 幼馴染同士というより保護者と手のかかる子どもな二人を見ながら、沙織と華はねーっと言いながら笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 練習を終えて、一休みする。

 大洗装甲騎兵道チームのみなは、思い思いのメンバーで固まって雑談したりゲームをしたりしていた。

 あんこう分隊はと言えば、ベンチに四人、横並びに座って干し芋アイスの冷たさを味わっていた。

 

「美味しいですねぇ」

「だよねー」

 

 日に当たったアイスのように、沙織と優花里は顔をとろけさせる。

 麻子は言えば目を爛々と輝かせながらスプーンを動かし、華は他の三人の2倍、いや3倍の量を黙々と消費していた。

 ひと仕事した後の、晩夏の昼下がり。

 アイスを食べるにはもってこいの日和だった。

 

「みぽりん、早く帰ってこないかなぁ」

「新学期が始まる。今日明日にも戻ってくるだろう」

「是非、みほさんには上達した沙織さんの腕前を見ていただきたいものですね」

「わたくは、月のアリーナでのお話を西住殿から聞かせていただいたら、もう感動です! わたくし、恥ずかしながら月のアリーナを実際に見たことがなくて……」

 

 あんこう娘、四人よれば自然と話の種は不在の隊長、みほになった。

 

「ねぇ……今度は逆に私らで月にいかない?」

「いいですねぇ! 日帰りならばそこまで費用もかかりませんし!」

「静かの海で食べるアイスは絶品と聞いた」

「みほさんオススメのレストランに皆で行って、乾杯しましょう!」

 

 皆、みほが帰ってくるのを楽しみに待っていた。

 ――沙織はふと思った。

 みながこうして笑顔でいられるのも、みなみほのおかげなのだと。

 みほのおかげで、こんな楽しい日々が続いているのだと。

 そして、これからもこんな日々が続くのだろうと、なんとなく思った。

 なんとなく思いながら、沙織は空を仰ぎ見た。

 

「……あれ?」

 

 視界の端、雲の切れ目に、光り輝く何かが過ぎった。

 気になって目を凝らしてみると、光点は徐々にその数を増し、そして大きくなっていった。

 沙織の視線につられて、華も、優花里も、麻子も空を見た。

 やや離れた所では一年生たちも空を見て何だろ何だろと首を傾げている。

 正体はすぐに明らかになった。

 機体を陽光に銀色に輝かせる夥しい数の飛行機、それも大型の四発ジェット輸送機……それが光点の正体であった。数は、およそ二十。空を埋め尽くすかと思うほどの、大編隊であった。

 

「なんだこれは!? 今日は学園艦上を編隊が飛ぶなど聞いてないぞ!」

「無線機で問い合わせてみるね!」

「まったく、困ったもんだね。学園艦から飛び立つ飛行機がいたらどうするつもりなのかねぇ~」

 

 桃と柚子が叫び、杏がぼやくのがジェットの音に混じって聞こえた。

 

「あっ!?」

 

 ――と、叫んだのは誰だっただろうか。

 沙織たちの見ているなか、上空を飛ぶジェット輸送機の後部ハッチが開き、何かが宙へと次々と投げ出された。

 白い大きな布の傘が開き、紫色に塗られた鋼鉄の騎兵が舞い降りる。

 雪のように降り注ぐAT降下部隊を前に、皆一様に声すら凍った。

 

 ずっと続くと思っていた平穏な日々は、当然に打ち砕かれた。

 それは、みほが大洗学園艦へと舞い戻る、わずか12時間前の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 ――stage03

 『アンダーシージ』

 

 

 

 

 

 

 みほは半ば反射的に、風防から自分たちを囲むスコープドッグたちへと視線を巡らせた。

 自分たちを取り囲む騎群の数、その装備を即座に観察する。

 見える範囲だけでも十三機。さらに後続のATがこちらに向かってくる様が視界に入る。

 敵はこちらを完全包囲しているらしいのが機体の駆動音や、ローラーダッシュ音で解った。

 機体のセンサーモニターに目をやれば、機体を取り囲む赤い点が見えて、みほの感覚の正しさを裏付ける。

 改めて、機外にみほは視線を飛ばす。

 得物はいずれもヘビィマシンガン。それもセレクターは『バルカンセレクター』に合わせられている。

 つまり、あちらがその気ならば、この機体も瞬く間に穴だらけのスクラップに変えることができるのだ。

 

(退路は……)

 

 みほは自分自身でも驚くぐらいに冷静だった。

 氷のように冷たく冴えきった頭脳がフル回転し、ローズヒップや絹代が呆気にとられている間にもこの危機的状況を打開すべく策を練る。

 

 ――何が起きたかは解らないが、少なくとも、今何が起きているかは理解できる。

 大洗女子学園は今、文科省の紋を掲げるAT集団に占拠されている。

 それ以外は不明。皆の安否も不明。

 この状況でまず自分がするべきはここを脱し、せめて我が身や戦友二人の身の安全だけは確保すること。

 情報収集も皆の安否の確認も、我が身の自由がなければ元も子もない。

 

 西住みほという少女の本領は、土壇場や突発的かつ危機的状況において最大限に発揮される。

 決断力こそは彼女の最大の武器だった。

 

 ――相手が動き出す前に、こちらが動かねばならない。

 

 みほは凛とした声でローズヒップへと指示を飛ばした。

 

「ローズヒップさん! 機体を離陸させてください!」

「え!?」

 

 これにはさしものローズヒップも驚いた様子だったが、彼女が固まっていたのもほんの一瞬のこと、良くも悪くも落ち着きのない少女は指示を受けて再起動した。

 

「かしこまりましたわ!」

 

 威勢の良い返事とともに、ジェットが地面へ向けて蒸され、土煙砂埃が舞い上がる。

 吹き付けられる爆風に、文科省のスコープドッグたちがひるむ。

 包囲し、数で圧倒し、銃口で射竦め、そして降りてくるように命令するつもりだったのだろう。

 VTOL機の突然の、予期せぬ動きには、相手も相当に面食らったらしい。

 慌てた様子で通信をこちらに飛ばしてくる。

 

『ま、待て! 即座にエンジンを止めて機体を降ろせ! さもないと――』

「撃つとでもいうか? やるならやってみろ!」

 

 銃口を突きつけながら叫ぶ相手に、啖呵を切ったのは絹代だった。

 突撃魂一筋、知波単学園装甲騎兵道チーム隊長は伊達ではない。

 握ったままだった無線マイクへと、絹代はきりりとした声で爽やかに恫喝をしかけた。

 

「こちらは星間飛行も可能な機体だ。エンジン、燃料ともに特別仕立てだ。そこに銃弾なんて撃ち込んでみろ、すぐさまドカンとなって、貴様らもただでは済まんぞ!」

 

 ローズヒップが「え!? そうだったんですの!? わたくしも知らなかったでございましてよ!?」と言った調子の、ギョッとした顔で振り返るのに、絹代はその唇に人差し指を当ててみせた。

 ハッタリである。だがこれにはみほも静かに頷いた。

 今大事なのは、機体が飛び立つまでの時間を稼ぐこと!

 

『は……ハッタリだ! かまわん! 翼を撃て!撃って着陸させろ! 』

 

 一瞬の間が空いたあと、相手の指揮官らしい男が号令する。

 それに対して、ローズヒップが犬歯を剥き出しに笑い返した。

 

「もう遅いですわよ!」

 

 エンジンはフルスロットル。機体は垂直に浮かび上がり、吹き付けるジェットに、文科省のAT部隊はその動きを止められる。

 

「今だ! 南南西方向に突撃!」

「アイアイサー、ですわ!」

 

 すかさず絹代が指示を飛ばせば、ローズヒップは南南西に舵を切って、みほ達を乗せて一目散に飛び出した。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「……ええ。そのまま見逃してください。はい。あとはこちらがなんとかしますので。はい。それでは」

 

 飛び去る聖グロリアーナ連絡艇の機影を見据えながら、文部科学省学園艦教育局長、辻廉太は通信を終えた。

 七三分けの髪に眼鏡に背広と、絵に描いたような役人然とした出で立ちのこの男は、感情を見るものに伺わせぬ鉄面皮か、さもなくば愛想笑いを浮かべているか、必ずどちらかの表情を顔に張り付かせているのが常だった。

 生徒会室、杏の席の傍らに陣取り、念願の大洗学園艦の文科省による接収を果たした彼の顔に浮かぶのはしかし、彼には珍しい苦虫を噛み潰したような渋面だった。

 彼はやや躊躇ってから、それでも役人としての役目を果たすべく、携帯通信端末の回線を開いた。

 目当ての相手は、すぐに電話に出た。

 

『こちらでも彼女が飛び去るのを確認した。果たして向かう先は聖グロリアーナか、あるいは……まぁどちらでもかまわん。ビーコンは確かに取り付けたんだな?』

 

 電話の相手は、低く威厳のある、それでいてどこか諧謔に満ちた声で辻へと向けて問う。

 文部科学省学園艦教育局長ともあろう辻が、相手からは見えないにも関わらず条件反射で思わず頭を下げながら慇懃に返答した。

 

「はい。右翼、第2エンジンの下部に、確かに取り付けました。たとえ月に向かったとしても追跡可能です」

『当然だ。地球製ならばともかく、ビーコンは我がバララントから私が直々に持ってきたものだからな』

「はい。貴重な最新技術をご提供いただきまして、感謝の念にたえません」

『追従は結構だ。先に退去させた娘達の、場所の手配は済んでいるな?』

「はい。すでに彼女たちは例の場所に向かっております」

『よろしい。今しばらくは西住みほへの監視を続けろ。彼女の行動次第で、こちらの動きも変わってくる』

「はい、しかと――」

 

 相手に見えていないことをこれ幸いにと、辻は通信機の向こう側の人物へと精一杯の嫌悪の表情を浮かべる。

 政府からの直々の命令とあっては、高級官僚たる辻と言えど、否、文科省そのものが一丸となってこの人物の要望を叶えるべく動かなくてはならない。たとえ相手の望みがが文科省の目論見通りの、大洗女子学園学園艦廃校であったとしても、かくも露骨な内政干渉には、一役人として忸怩たる想いがあった。

 しかし、辻に何ができるだろう。

 なにせ相手は――。

 

「承りました。ジャン・ポール・ロッチナ閣下」

 

 ――星の海を越えてやってきた、銀河を2つに分かつ超大国、バララントからやってきた男なのだから。

 

 

 

 





 ――予告

「からくも窮地を脱したみほ達だけれども、状況はちっとも良くなってない。学園艦は、大洗の友たちはどうなったのか……肝心なことは何一つ明らかになってないんだからね。こればかりは風まかせともいかないから、みほは自ら動かなきちゃいけない。真実を明らかにする、そのために。さぁ、みほ、いったいどうしょうか?」

 次回『エスケープ』








劇場版ならではのゲストキャラ登場



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