ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第69話 『決着』前編

 

 

「――っふぅ……」

 

 みほは溜息をつきながら、手の甲で額を拭った。

 窓を全開にして風通しを良くはしてあるが、季節は既に夏なのだ。

 海の上の学園艦ではあるが、甲板上は地上と殆ど大差ない。

 外では虫達が大合唱し、天井から吊るされた蛍光灯には蛾が群がっていた。

 

「あれ? 西住殿?」

 

 ぼんやりと羽虫達の舞を仰いでいたみほに、横から声をかける者がいる。

 

「優花里さん」

「もうお帰りになられたかと思っていました」

「優花里さんも、こんな遅くまで何を?」

 

 自動車部から借りたのか、例の黄色いつなぎ姿の優花里は、親指で己の後ろを差しつつ答える。

 

「スコープドッグのパジャマの調整をしていました。手作りですから色々と細かい隙間があったので。西住殿は……その様子だとミッションディスクの調整ですね」

 

 みほの前の折りたたみ机の上には、大昔のマイコンを思わせるようなレトロな端末が乗っかっている。

 MS-DOS染みた真っ黒な画面には、緑色のアストラーダ文字に直線と曲線の幾何学模様が踊っている。

 みほは頷き言った。

 

「うん。やっぱり黒森峰と戦うなら、ミッションディスクの調整は不可欠だから……特に、お姉ちゃんや、エリカさんを相手にするのなら」

 

  ちょうど自動車が、運転者が誰であろうとも自動車の性能には変化を及ぼさないのと同じように、操縦するのが誰であろうと、ATは操縦者問わず同じ運動性能を発揮する。

 どんな運動パターンも、予めミッションディスクにプログラムされているからだ。

 だからこそATは百年戦争において億兆もの数が投入されたのだ。誰もが使えるということは、ATが『優れた』兵器である何よりもの証だ。

 

「確かに、逸見殿を相手にするならレディメイドのMDでは通用しませんね。専用のメモリーを作らないと」

 

 だが『より良い運動性能』を発揮させようと思うと、話は違ってくる。

 麻子のような天才的ドライバーならばマニュアル操作に切り替えることで、出来合いのプログラムには出せない動きを発揮することが出来るが、誰しもがそんなことが出来る訳ではない。少なくとも、みほにはマニュアル操作でまほやエリカに勝つ自信はなかった。

 単純にボトムズ乗りとしての腕を比べるならば、みほはまほやエリカに対して勝ち目がない。

 だからこそ、違う手で対抗しなくてはならないのだ。

 

「対エリカさん用と、対お姉ちゃん用のコンバットプログラム……何とか決勝戦までに仕上げなきゃ」

 

 みほが今組んでいるのは、黒森峰の二枚看板と互角に戦うためのプログラムだ。

 機種転換の結果、黒森峰選手の戦闘能力には僅かながら確かな低下が引き起こされたが、まほとエリカの二人は例外だ。いかなる時も西住流を貫くまほは、どんなATを駆ろうともそれを完璧に使いこなしてみせるし、エリカはストライクドッグという新たなる得物を手にしてむしろその戦闘能力は倍化されている。

 この怪物たちに立ち向かうのに必要なのは、その対策の為だけに組み上げられた専用のメモリーだ。

 そしてそれを組むことが可能なボトムズ乗りなど、まほとエリカの間近で共に戦っていたみほ以外に居るはずもない。みほだからこそ、みほだけにしか出来ない仕事であった。

 

「わたくし、コーヒーを淹れてきます!」

 

 優花里もそのことをよく解っているから、彼女の出来る形でみほを手助けするのだ。

 みほはあくびをすると、微笑みながら優花里へと注文した。

 

「出来るだけ濃くて、苦いのをお願い」

「了解です!」

 

 

 

 

 

 

 ――そんなやり取りを思い出しながら、優花里は耐圧服のポケットからミッションディスクを取り出した。

 みほが対エリカ様にと組んだ専用のメモリー。

 

「今は……これだけが頼り……」

 

 誰に対して言うでもなく優花里は呟くと、スロットに黒いデータディスクを挿し入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第69話 『決着』

 

 

 

 

 

 

 

 ――時間はやや前後する。

 

「チィィッ!」

 

 エリカは思わず舌打ちしていた。

 大洗のAT二機の予想以上の喰い下がりに、彼女はこの場に釘付けにされてしまっているのだから。

 ソリッドシューターの一撃を避けて、瓦礫の裏へと潜り込む。

 すぐさま飛び出して反撃したいが、迂闊に飛び出せば餌食となる。それだけ、相手の射撃は精確だ。

 

(相変わらず通信状態は悪い……隊長!)

 

 急に悪くなった通信状態。ノイズと銃声砲音が混じり合って、とても会話など出来る状況ではない。

 一刻も早く駆けつけたい。そんな想いに、エリカは焦り、頬を汗が伝う。

 ――敬愛する西住まほの身を案ずるなど、普段であれば己自身の杞憂を鼻で笑う所だ。

 しかし相手はあの西住みほなのだ。普通は在り得ないようなことを何度もしでかしてきたアイツなのだ。

 『まさか』は十分に起こり得ることだった。

 だからこそ、自分は向かわねばならない。

 姉妹相争う闘技場へとたどり着かねばならない。

 

『副隊長!』

 

 その焦りを感じ取ったのであろうか。

 一番機が、エリカへと無線を入れてくる。

 

『ここは私たちに任せて、副隊長は隊長のもとへ!』

『アイツラを蹴散らしたら私達もすぐに追います!』

 

 二番機、三番機とも続けて回線が繋がる。

 そして三機揃って促すのは、エリカが先行してまほを援護に駆けつけることだった。

 エリカは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 戦友たちにこうも気を使われる程に、自分は余裕のない気配を辺りに振りまいていたのだろうか。

 だが、今は彼女らの言うことが最適解なのは間違いない。

 よもや隊長がアイツに負けるとは思えないが、兎をも全力で屠る獅子に倣うのが西住の流儀だ。

 

「……連中を撃破したらすぐに私に追いつきなさい」

『了解!』

『分かりました』

『任せて下さい!』

 

 威勢の良い返事を背に受けながら、エリカはアリーナを目指し駆け出した。

 

 

 

 

 風のように遠ざかるストライクドッグの姿が、センサーを通して優花里の眼にはハッキリと見えた。

 ――行かせない! と思った時には足はペダルを踏み込んでいた。

 鋼の背中を追いかけて、優花里は走りだし、即座に引き返す。

 ターンピックを利かせた急旋回で、迫る敵弾をギリギリの所で躱し、瓦礫の陰へと逃れて凌ぐ。

 エリカの僚機の青い『カミツキガメ』が三匹、薄っぺらいパジャマドッグの表皮を噛み破らんと喰らいついてきたのだ。文字通り薄皮一枚しかない優花里のATは一発でも当たれば終わりだ。

 だが、あの強力な蒼い精鋭三機を前にすれば、装甲を犠牲にしてまで得た優花里の優位、圧倒的機動性ですらその効力を十全には発揮できない。それだけ、彼女らは素早く精確だ。

 

『――優花里さん』

『!? ……五十鈴殿』

 

 気がつけば真後ろに居たのは華だった。

 右手のSAT-03 ソリッドシューターに加えて、相手の得物を拾ったのかX-SAT-06 ハンディ・ソリッドシューターをいつのまにか左手に携えている。

 

『あの三機はわたくしが引き受けます。優花里さんは、あのストライクドッグを!』

 

 この華の提案に対して、優花里は即答した。

 

『五十鈴殿、よろしくお願いします!』

 

 優花里はエリカの跡を追った。

 振り返ることもなく前進する優花里のもとへと、飛び込んでくるのは無線越しに聞こえる華の決意だった。

 

『ここから先は、一歩も通しません! 』

 

 そして飛び交う砲弾の奏でる爆音の協奏曲が、優花里の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 ――追ってきている。

 エリカは既に気がついていた。

 センサーの感度を最大に上げれば、耳朶を打つのは独特の軽いグライディングホイールの駆動音だ。

 例の、妙ちきりんなパジャマ姿のスコープドッグに間違いない。

 空を飛んだりなんだりとやりたい放題の、あのATだ。

 

(……追いつかれるわね)

 

 あのスコープドッグはとにかくスピードが凄まじい。

 布切れの下は全く見えないが、恐らくは装甲板を残さず取り外しているのだろう。

 一発でも当てられればそれでオシマイだろうが、防御を完全に捨てて素早さを採っているだけはあって、そう易々と当てさせてはくれない。

 あのパジャマドッグに周りをウロチョロされたのでは、何時までたってもアリーナへと辿り着くことは出来ないだろう。ならば、ここで迎え撃ち、しかるのちに目的地へと向かうまで。

 エリカは機体を反転させた。

 追いかけて来ていたパジャマドッグも、その足を止める。

 互いの間合いの外で、暫し向き合う。

 

「……」

 

 何を思ったか、エリカはハッチを開き、我が身を晒した。

 ヘルメットを外し睨みつければ、何を思ったか相手もエリカに応じた。

 

「……やっぱり貴女だった訳ね」

「ええ」

 

 顕わになったには秋山優花里の顔だった。

 ただし、その表情は今まで見たことが無い類のもので、真剣そのものといった調子だった。

 

「止められるつもり?」

「止めてみせます」

 

 優花里の言葉に、エリカは笑みで応えた。

 牙を剥き出した、猛犬の笑みで応えた。

 ほぼ同時に、二人はハッチを閉じてシートへと身を沈める。

 カメラアイに火が灯り、互いの戦意闘志を受けて鉄騎兵は動き出す。

 

 

 

 優花里は耐圧服のポケットからミッションディスクを取り出した。

 みほが対エリカ様にと組んだ専用のメモリー。

 

「今は……これだけが頼り……」

 

 誰に対して言うでもなく優花里は呟くと、スロットに黒いデータディスクを挿し入れる。

 画面には白いグリッド線が縦横に走り、アストラーダ文字と方向指示の矢印が踊る。

 優花里はその指示に忠実に操縦桿を切った。

 

「西住殿のお力、お借りします!」

 

 

 

(――!?)

 

 初手でしとめるつもりだった。

 だが出し抜けに展開されたアイアンクロー内蔵の11mm機関銃が撃ちぬいたのは、標的の影だけに過ぎない。

 反射的に右ペダルを踏むと同時に左の操縦桿を前に倒す。

 左を軸足にATが半回転し、GAT-42ガトリングガンの横殴りの銃弾の雨をかろうじて回避する。

 立て続けに飛んでくる鉛の塊の群れを、小刻みなターンを繰り出すことで照準を外し、避ける。

 相手はジグザグ形の軌跡を描きながら、途絶えることのない銃撃を加えてきていた。陸戦型ファッティー用の得物をベルト給弾式に改造し、背に負った弾薬用ドラムと連結させているのだ。回転する三連銃身は代る代る高速弾を途切れることなく吐き出す。エリカの優れた機体操作が無かったとしたら、とうの昔に叩きのめされている筈だ。

 

「くっ!」

 

 ソリッドシューターを連射し、無理矢理に相手の射撃を中断させる。

 目にも留まらぬ速さで動く相手を、しかしエリカは動きを予測して、想定される軌道上に左腕機銃を割りこませる。そしてトリッガーを弾く。

 

「なっ!?」

 

 今度は声に出して驚いた。

 銃弾が当たるか当たらないかのギリギリで、パジャマドッグはターンピックで身を翻したのだ。

 またも必殺の連撃は空を切り、逆襲の連撃がエリカへと襲いかかる。

 

(読まれている!?)

 

 認めがたいが、認めざるを得ない。

 そうでなければ、優花里の動きは説明がつかない!

 

 

 

 

(凄い……見える。逸見殿の動きが完全に追える――!)

 

 対逸見エリカ用ミッションディスクは完璧に機能していた。

 常に戦友として共に試合場を駆け抜けたみほだからこそ作ることが出来た専用のメモリーは、逸見エリカの動きを余すところ無く読みきっていたのだ。

 

「たあっ!」

 

 再度トリッガーを弾けば、さっきまではギリギリの所で避けられていた銃弾が、相手の装甲の表面を掠った。

 火花が咲き、塗装が剥げ落ちて散る。

 撃破判定には程遠い、かす当たりに過ぎない。

 しかし、着実に相手を追い詰めている実感がある。

 

「西住殿のところには向かわせません! ここで逸見殿を倒します!」

 

 機動性を活かして一挙に肉薄し、至近弾を狙う。

 ストライクドッグはソリッドシューターを迫る優花里へと向け――当たらないと見たかその目前の地面へと照準を変えた。薄っぺらい路面はあっさりと穿たれ、地階への穴が開く。

 優花里は敢えてこれを避けずにスピードはそのまま跳び越える。

 ――秋山優花里が逸見エリカを追い詰めているのは、確かにみほが作ったミッションディスクのお陰である。

 しかし、ディスクが矢継ぎ早に出して来る指示通りに機体を駆っているのは、他でもない秋山優花里自身である。みほ、華、麻子といった腕利きのボトムズ乗り達の印象に隠れて見落としがちだが、彼女の腕前も並々ならない。そこに、みほの戦術が加わった今、秋山優花里は逸見エリカへと肉薄しつつあった。

 そして――。

 

(捉えた!)

 

 モニターに映しだされたコンバットプログラムのガイドと、実際のストライクドッグの動きが完全に重なり合う。

 優花里は、トリッガーを弾いた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 一方、第13区画のアリーナでも戦端は開かれていた。

 せり出してきたバリケードもまた、西住流の前進を止めるモノではない。

 黒森峰フラッグ分隊は、一機・一機・二機と分かれつつ別々の入り口から障害物の迷路へと迷いなく踏み込む。一見すると戦力分散の愚を冒したようであるがそうではない。入り組んだ地形での集団行動は却って危険だ。特に最悪なのは隘路において戦列が縦に長く伸びてしまうことだ。先頭と最後尾を撃破されれば、狭い場所で身動きがとれなくなる。そうれなれば残りは射的のマトと同じなのだ。

 

「連絡を密にしつつ進む。単独での攻撃は避けろ。敵影を見かけたらすぐさま報告せよ」

『了解』

『了解』

『了解』

 

 まほは真後ろにフラッグ護衛機を一機従え、自機を全面に出して進む。

 警戒すべきは背後からの攻撃だった。正面からの攻撃には、むしろ相手より先にコチラがトリッガーを弾ける。

 

(……地形図が無いのが気にかかるが、問題はない)

 

 試合場の全体の地図は事前に協会から支給されているし、事前の下見も綿密に済ませてある。

 しかし広い試合場内の一施設の、しかも一機能の詳細に至るまでは流石に誰もカバーしていない。

 そもそもこの朽ちたバトリング・コロシアムの障害物が稼働するなどと、今日この瞬間初めて知った人間が殆どだろう。恐らくは、これを仕掛けたみほですら現場に来て初めて気づいたのではなかろうか。

 そういう意味では、大洗は、みほは極めて幸運だと言える。

 みほ得意の不意打ちを封じるためにここに誘いだしたかと思えば、肝心のアリーナは彼女の望みの場所だったのだから。

 

(だが幸運を引き寄せるのは、他でもない自分自身の意志と行動だ)

 

 時に利己的に、時に利他的に取り巻く環境を変えてまで勝ち残る。

 そう。それが真のボトムズ乗りだ。

 みほは西住流を外れはしたが、真にボトムズ乗りであるという点に変わりはない。

 

(それでも、勝つのは我々だ)

 

 この迷路の構造を知らないという点ではみほ達も同じはず。

 

(奇襲、待ち伏せをしかけるならば、地形の把握は欠かせない。ならば――)

 

 まほの率いる分隊もブラッドサッカー達は、単なる僚機ではなくフラッグ機の護衛も兼ねている。まほ自身が卓越したボトムズ乗りであっても、不意を討たれる危険性はゼロではない。だからこそ、その僚機は精鋭で固められている。

 出会い頭の戦闘となれば、反応速度に勝る黒森峰側が圧倒的に優位だ。

 

『隊長、敵AT発見! 左肩の赤いドッグタイプです。……すぐに物陰に引っ込みました。逃げたようです』

「距離を置きつつ追跡」

 

 ――早速仕掛けてきたようだ。

 左肩の赤い、レッドショルダーもどきを繰り出して来たのは色彩でコチラの注意を引くためか。

 だとすれば相手の攻撃の本命は、逃げる偽レッドショルダーの陰に隠れている筈。

 

「左右に注意しつつ進め。……近くの障害物の高さはどうだ?」

『かなり高いです。ATで登るのは容易ではないでしょう』

 

 恐らくはリアルバトルの展開に多様性を持たせるためなのだろう。

 床からせり出してきた障害物はその大きさにかなりバラつきがあり、中にはATが簡単に跳び乗れるものもある。

 試みに左手で触ってみれば、かなり脆い材質だと解る。

 その気になれば、壁を撃ち抜いて向こう側の敵を攻撃できるだろう。

 

「壁越しの攻撃に注意。誘導役の動きから待ち伏せを割り出し、逆襲せよ」

『了解』

 

 最初に会敵した二番機は、順調に敵を追いかけているらしい。

 ブラッドサッカーの歩行音と、ローラーダッシュ音が交互に淀みなく聞こえてくる。

 それと同時に断続的に送信されてくるのは、各機から送られてくる迷宮の地図情報だ。

 黒森峰のATともあらばミッションディスクにオートマッピング機能も搭載されている。

 徐々に徐々に未知の迷路は、既知の『明』路と化す。

 そうなれば平野で戦うのと最早大差ない。大洗の優位は完全に消える。

 

『ショルダーもどきは袋小路に入った模様』

「そこで撃破せよ」

『了か――』

 

 まほからの指令に即応せんとした二番機からの無線が、不意に途切れる。

 機材の故障ではない。相手が絶句しているためだ。

 

『敵直上!?』

 

 そう叫んだ直後、マイクロフォンを砲撃音が震わせ、モニターの端にキロルグが赤く流れた。

 ――『Schwarzwald Sqd.01-02』

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 ブラッドサッカーが一機、白旗を揚げて沈み込む。

 それを為したのは、茶褐色の奇怪な継ぎ接ぎのATが、肩に負いたるドロッパーズ・フォールディング・ガン。

 特徴的な両眼で他の敵影を確認し終えた鉄騎兵は、ATならばすんなりと登れる筈もない高さの障害物から跳び降りた。着地の瞬間に降着し、衝撃を殺す。

 降りた所では、麻子のタイプ20が待っていた。

 

『何とか登れたな』

「うん。強度が心配だったけど、少なくとも一回の攻撃ぐらいは耐えられるみたい」

 

 アームパンチでもそのまま貫通できそうな脆い障害物だ。

 乗った拍子に崩れはしないかと心配はあったが、そこはバトリング用の障害物。絶妙な頑丈さで作られているらしい。

 ATでは登れぬ筈の障害物上からの攻撃は、完全に黒森峰側の意表を突いていた。

 ――種を明かせばどうということはない。

 沙織のATで誘い出し、麻子のATを踏み台代わりにして、障害物に登って上からの不意打ちを仕掛けたのだ。

 何度も使える手ではないが、少なくとも一機は撃破出来た。

 

『やったねみぽりん! これで一機撃破!』

『ようやく一機撃破だ』

 

 壁の向こうの沙織が嬉しそうに言うのに対して、麻子は相変わらず茫洋とした声で冷静に戦況を告げる。

 麻子の言う通り、『まだ一機』だ。黒森峰の援軍がここに来るまで、そう時間はかかるまい。特にエリカがここに来ればみほ達に勝ち目はなくなる。

 

「次は麻子さん、相手ATの誘導をお願いします」

『りょーかい』

『頼んだよ麻子。ばっちり相手を誘い出してよね。目指せ、モテ道!』

『モテる相手はATだがな』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『こちら三番機。敵ATを発見。今度は我が校のお下がり、タイプ20のようです』

「……追跡しろ。ただし攻撃は指示あるまで待て」

 

 まほは既に違和感を覚えていた。

 二番機が撃破されて間を置かずに、また別のATがその姿をチラつかせる。まるで誘っているかのように。

 その手際の良い動きは、この迷路の構造を理解し、こちらがどこに居るかをある程度予測していなければできない筈だ。

 ――だがどうやって?

 

(残された施設のどこかから、この試合場の構造図を入手した? だがそれをどうやってATに取り込む?)

 

 この廃棄都市は住民たちに捨てられてから結構な年月が経っていると聞いている。

 こうしてアリーナのリアルバトル用バリケードが機能しているだけでも驚くべきことなのに、電子機器などが生き残っているとは到底考えられない。

 仮にパーソナルコンピュータの類が残っていたとしても、短時間の間にデーターを抜き出せるものであろうか。

 

『隊長』

「なんだ」

 

 まほの意識は、三番機からの通信で思考から現実へと引き戻される。

 

『タイプ20が曲がり角の向こうで動きを止めているようです。壁越しに狙えます』

「確かか?」

『駆動音が止まっています。隠れて待ち伏せているつもりでしょうが、丸見えです』

「よし。攻撃しろ」

 

 即座に、三番機はブラッディライフルをぶっ放した。

 

 

 

 

 横薙ぎのバルカンセレクターは、わざと脆弱に造られたバリケードを撃ち射抜いた。

 エメンタールチーズのように穴だらけにされた障害物の向こうにはしかし、撃破された敵タイプ20の姿は見えない。それを三番機が疑問に思う間もなく、逆向きの銃撃が壁を撃ち抜いて襲いかかってきた。

 避ける間など、あるわけもない。

 ――『Schwarzwald Sqd.01-03』

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 相手の弾丸はうまい具合に『頭上』を通り抜けてくれた。

 麻子は降着モードだった機体を起こしながら、みほ達へと回線を繋いだ。

 

「しとめた。一機追加だ」

『えへへー。どうよ、麻子。私の言った通りだったでしょ』

「……悔しいが、上手くいった。沙織にしては上出来だ」

 

 待ち伏せをしている様をあからさまにすることで相手の攻撃を誘い、相手の攻撃から逆に位置を特定し壁越しの銃撃を叩き込む――という戦法は麻子自身の考えだったが、この場所を指定したのは沙織だった。他の分隊と通信する役を任されることが多いからからか、沙織は『地図』を読むのに慣れている。

 

『お姉ちゃん……相手フラッグ機は試合場の中央部へと進んでくる筈。ここは障害物が少なくて、比較的開けてる場所だから。どのバトリングのコロシアムでも、こういう部分の構造は変わらないはずだし、お姉ちゃんもそれは解ってるから』

「つまりそこに辿り着かれる前に仕掛ければ良い訳だな?」

『やっぱ、自分からグイグイいかないとね~』

 

 沙織が言うのをスルーしつつ、麻子は手元の画面に指を這わし、画像の目当ての部分を拡大し確認した。

 恐らくはみほも沙織も今、同じものを見ていることだろう。

 手元の携帯電話端末の画面に表示されているのは、試合場に広がる障害物迷路の構造図だった。

 構造図は、この設備の管理室にあった。ただし金属板に刻まれ、壁に打ちつけてる形で。

 思案するみほに、沙織が一言。

 ――ケータイで撮れば良いじゃん。

 果たして、大洗は構造図を機内に持ち込むことに成功していた。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 ――大洗は、この試合場の構造図を掴んでいる。

 まほは二番機、三番機の立て続く撃破でそれを確信した。

 相手は地形を知った上で、着実に待ち伏せを仕掛けてきている。

 これで2対3。数の上では逆転されている。

 

「……」

 

 だが、西住まほに動揺はない。

 多少の不利で心を乱すことが許される程、西住の道は甘くはない。

 幼少より叩きこまれたこの不動心こそが、西住まほの最大の武器なのだ。

 

(……試合場の中央部に進む予定だったが)

 

 この自分たちの動きを、おそらくみほは読んでいるだろう。

 ならば、逆手にとるまで。

 

 

 

 

 

 麻子は微妙な障害物の段差を利用し、階段のように跳び上がれば、最も高い障害物の上に出た。

 視界に一面広がるのは、つい数秒前まで壁と見えていたのが、今は飛び飛びの足場となったバリケードの数々だ。

 麻子がペダルを踏み込めば、折りたたまれていたジェットローラーダッシュ機構が展開され、ノズルに火が灯り一挙に加速した。バリケードの上を、滑るように走る。

 スピードはそのまま、バリケードとバリケードの間の空隙をも跳び越え直進する。

 目指すは予測される西住まほの進路上。広場に到着する手前で強襲を仕掛け、撃破を狙う。

 

(――見えた)

 

 突き進む先、障害物と障害物の間に覗く、ブラッドサッカーの黒い頭。

 その数はひとつ。隣に見える肩のブレードアンテナの先端は、黒い。

 

(フラッグ機は――ッ!?)

 

 赤い肩をしたフラッグ機を麻子が見つけ出そうとした瞬間、機体の下部から衝撃を受けた。

 彼女ならではのテクニックで制御されていた機体は、空中において手綱を放され、動きを失う。

 障害物の一つへと正面から飛び込み、質量と重力加速でそれを破砕しながら機体は止まった。

 同時に、頭頂から揚がる白旗。

 麻子には見えなかったが、彼女が最後に飛び越えようとした障害物の真下。床を背にした赤い肩のブラッドサッカーが得物を天へと構えていた。得物の銃口からは、紫煙が立ち上っている。

 まほはみほの思考を読んだ。

 自分の進路を塞ぐために、あるいは自分の行先へと回りこむために、みほがやりそうなことを考えた。そしてそれは的中した。

 これにて、戦力比は2対2――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

 丁々発止が続くアリーナを前にして、その朽ちた威容を見つめる鉄騎兵がひとつ。

 その蒼いATの右腕は吹き飛んでいるものの、左手にはまだ鋭い鉄の鉤爪が残っている。

 

 

 


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