勝負はほぼ一瞬で決した。
『我らの歴史に……』
右腕を引っこ抜かれた、ベルゼルガ・イミテイトが瓦礫の山に沈んでいる。
『幕が、降りた……』
センサーを粉砕され、右足を撃ち射抜かれたベルゼルガ・プレトリオが横転している。
『無念なり……』
全身隈なく銃弾に叩きのめされ、凹凸だらけになった黒森峰仕様のタイプ20は、白旗揚げたまま五体投げ出し空を仰いでいた。
大洗女子学園随一の精鋭部隊、ニワトリ分隊。
おりょうが欠けての三機になったとは言え、そう易々とやられる彼女らではない――筈だった。
しかし彼女らの前に現れたのは、悪鬼羅刹のごとき一騎のストライクドッグ。
『敵打つ猛犬』の名に相応しく、左腕のアイアンクローで手足を殴り裂き、内臓機銃で滅多打ちにすれば、歴戦の歴女達でさえひとたまりもなかった。
『て……手も足も出ないなんて……』
『と、言うより手も足も出せない、って言うほうが正確かも』
『何よそのAT! 反則よ! 校則違反よ! 色なんて青く塗っちゃってまるで不良じゃない!』
ニワトリ分隊と行動を共にしていた風紀委員三人娘はと言えば、彼女らの駆るバウンティドッグの得物、ワイヤーアンカーによって逆に彼女ら自身が雁字搦めにされ、ひとまとめにされて白旗を揚げている。
やったのはストライクドッグの僚機、三機のスナッピングタートルだった。
隊長機にこそ及ばないものの、彼女らのスピード、動きの冴えも並ではない。大洗女子学園チームのなかでも比較的新参なヒバリさんでは、相手取るのは荷が重すぎた。
両分隊が瞬く間に撃破される様は、観客席のモニターにもまざまざと映し出され、ウサギさん分隊の大健闘に明るい雰囲気に包まれていた大洗応援団も、今では一転、一様に沈み込んだ顔をしている。
それはダージリンら他校の観戦組も同様で、特にアンツィオ乙女たちの反応などは顕著そのもの、応援旗は垂れ下がり、いつもの活気は鳴りを潜めて、緊張した面持ちでモニターを見つめている。
当然だった。黒森峰のブラッドサッカーを25機一挙に撃破したのは大戦果だが、大洗の負った損害のほうが遥かに深刻なのだから。数の上では六機に過ぎずとも、これで大洗は全戦力の約四分の一を失った計算になる。
カチューシャもやはりノンナの肩の上でもじもじと落ち着きがなく、動じることの少ないケイですら難しい顔をして大洗チームを見守っていた。
そんな中で、いつも通りの様子なのはダージリンである。
カップを脇に置くと、ふと、唄うように引用を紡ぐ。
「『One man is no man.』……」
そしてこちらもいつも通りなオレンジペコが、即座にその出典を当ててみせた。
「ギリシア由来の古いイギリスのことわざですね。『独りとは人無きなり』という意味だったかと」
嬉しそうにダージリンは微笑むと、その引用の心を述べる。
「いかに優れたボトムズ乗りでも、独りで戦う限り、それは匹夫の勇に過ぎない。装甲騎兵道はバトリングに非ず、集団対集団の競技なのだから。エースの頑張りに依存している今の黒森峰ならば、大洗にも十分勝機はあるわ」
「でも、逸見エリカ選手の戦闘能力は、もはや匹夫の勇という域を超えています」
楽観的なダージリンに対して、オレンジペコは彼女らしく慎重な指摘を返す。
これにはダージリンも頷かざるを得ない。聖グロリアーナもまた、準決勝の戦場でエリカには煮え湯を飲まされている。
「悔しいけれど、それは事実ね。なにせ、逸見エリカはあのローズヒップを一撃で下したんですもの」
聖グロリアーナ乙女としてはいささかそそっかしいのがローズヒップだが、しかしボトムズ乗りとしての腕前だけで言えば彼女こそが聖グロリアーナ一番なのだ。指揮能力を含めた、装甲騎兵道選手としての技量はともかく、一対一のバトリングであればダージリンと言えどローズヒップに必ず勝つという自信はない。
「でも……『勇気の最上の部分は分別にある』」
「シェークスピア、『ヘンリー四世』ですね」
ダージリンは頷き言った。
「蒼い猛犬を打ち倒すのに必要なのは勇猛さじゃない。冷静な計算に立った、捨て身の精神よ」
第68話 『修羅』
ATに宙を舞わせ、ワイヤー伝いに台地を確保する。
こちらが砲撃で応ずれば、煙に巻いて風のように走り去る。
足止めの一撃で橋を壊した筈が、いかなる手段でか見事河を渡り切る。
万が一にと廃墟の街に伏せた隠し玉のブラッディドッグは、敵を一機墜としただけで返り撃ちにあった。
今や砲兵隊は壊滅し、さらには二十五機もの味方を一挙に失う大失態だ。
事ここに至るまで、アイツの策に翻弄されてきた。
実際、見事なものだった。
口では邪道、邪道とこき下ろしても内心、アイツが矢継ぎ早に繰り出してくる奇策に舌を巻いていた。
だが、快進撃もここまでだ。
『周辺に敵影無し』
『分隊長。どうやら、この区画の敵はコイツらで全部のようです』
眼前に広がるのは、自分と僚機で撃破した大洗のAT達が白旗を揚げて地に伏している姿だった。
ブラッディドッグの操縦者が撃破前に飛ばしてきた通信から察するに、このベルゼルガ達がコッチの隠し玉を撃破した連中だろう。
腕は良い。元が無名の弱小校――というよりも殆ど素人同然であったことを考えれば、この技量の成長は驚異的ですらある。
それでも、自分には及ばない。
「よし。このまま市街地中央部へと向けて移動する。大洗フラッグ分隊は、隊長があっちのキルゾーンに入るのを待ち構えているはず。コッチが、逆にそれを叩く」
エリカは静かな声でハッキリと指示を飛ばした。
数で劣るアイツがこっちに勝とうと思えば、フラッグ機、すなわち西住まほ隊長を直接狙う他はない。
そしてその役を担うのはアイツ自ら率いる分隊である筈だ。
アイツの性格的にも、あるいは大洗選手の技量面から考えてもそれ以外無い。
『副隊ちょ――じゃなかった、元副隊長と戦うんですね』
「そうよ。ここまで長かったけど、ようやくケリを付ける時が来たってことね」
『……勝てるんでしょうか?』
「……まだそんなこと言ってるの?」
同じ蒼い色を纏った第24分隊の僚機達からは、その駆るスナッピングタートルの勇姿に似つかわしくない恐れの気配が漂ってくる。
アイツ自身はあまり自覚していなかったようだが、西住みほという選手は未だ黒森峰のボトムズ乗りの間で一目置かれている。みな知っているからだ。去年の決勝、その敗北が決するギリギリの所まで、隊長西住まほの指示を完璧にこなし、チームの勝利を影から支えていたのは誰かを。
だからこそエリカは黙って去った彼女へと怒り、僚機達は畏れを抱く。
「アイツは邪道に堕ちた。だったら王道の私達が負けるはずはないわ」
そう答えるエリカの声には、ゆらぎは一切ない。
彼女は確信している。最後に勝つのは自分たちであり、西住まほ隊長であるのだと。
「私が、それを証明してみせる」
しかしエリカは無意識の内に、操縦桿を強く握りしめていた。
――◆Girls und Armored trooper◆
エリカが無意識的に感じ取っていた危惧を、まほはより明確に認識していた。
『こちら第5分隊! 例のウチのお古部隊の強襲です!』
『こちら第9分隊! トータスタイプがちょこまかと――ええい逃げるな!』
『こちら第1戦闘団! 敵の狙撃を受けています! くそう! どこから撃ってきて――』
「……」
――翻弄されている。
敵の分隊が見せる不規則な動きに、骨の髄まで叩きこまれた王道の精神がかき乱されているのだ。
みほが戦術を変えてきたことを、まほは既に理解していた。
恐らくは各分隊は各分隊長の独断で動いているに違いない。
部下たちから寄せられる報告、そこから割り出される敵の位置や動きはまるでバラバラで一貫性がないのだ。
まほに思考を読まれたことを、最初の砲撃で見抜いたのだろう。
だからこそ、みほは敢えて自分で考えることを止めた。
(……みほらしいやり方だ)
こういう思い切りの良さは流石はみほだと感心する。
同時に、羨ましくも思う。こうもあっさりと各分隊に自由な戦いを許せるのも、相手のことを信頼しているからこそ成り立つことだ。
どうしてもマニュアル型の装甲騎兵道になりがちな黒森峰では、そこまで思い切った采配は振るえない。
(それでも、勝つのは我々だ)
25機を一挙に撃破された心理的ダメージもあり、今はいつになく慌てている黒森峰選手たちも、少し経てば落ち着きを取り戻す。そうなればATの数、性能、そしてボトムズ乗りの技量に勝る黒森峰が必ず勝つ。
故に、廃市街の各所で展開されている戦闘に関してまほは心配などしていない。
彼女が懸念しているのは、やはりみほだ。
(どのタイミングで、どこで仕掛けてくるか)
みほは慎重に考え過ぎると
特にひとつの目標へと一直線になった時が一番恐ろしい。
他の分隊に陽動を任せている間に直接自分を狙うのがみほの手であろうが、相手がみほだけにどんな不意打ちを企んでいるものか――。
(ならば……)
まほは傍らに控えている僚機たちへと回線を開き、言った。
「13区画中央部、バトリングコロシアム跡地へと向かう。等間隔を保ち、本機を先頭に単縦陣をとれ。敵の後方からの奇襲に警戒せよ」
――◆Girls und Armored trooper◆
『西住殿! 黒森峰フラッグ分隊が移動を開始しました!』
優花里からみほへと、待ちに待った報告がもたらされた。
朽ちたペンシルビルの上に登って、電子双眼鏡でずっと敵フラッグの動きを見張っていたのだ。
まほのブラッドサッカーの血のように赤い右肩は、遠くからでもよく見えた。
「どちらへと移動していますか?」
『待ってください。ええと……どうやら第13区画へと向かっている模様です』
「第13区画……! バトリングコロシアム!」
廃市街の地図をバイザーの画面に映し出せば、みほにはたちまち、まほが何を考えているかが理解できた。
眉根を寄せ、不覚といった様子のみほに、沙織が疑問を呈する。
『どうしたのみぽりん? コロシアムなら一対一で戦うのに一番良い場所じゃん』
『お供のATはわたくし達に任せて、みほさんがお姉さんとタイマン張って、やっつけるんですよ!』
華も珍しく興奮している様子だった。
普段はおっとりとした彼女だが、こういう『アクティヴ』な状況には奮い立つものがあるらしい。
『五十鈴さん、沙織、だからこそだ。だからこそ隊長は悩んでいる』
しかし麻子はと言うと彼女らしく冷静な様子で、的確に状況を把握しているらしかった。
彼女も、みほと同じことを考えているのだろう。わざわざコチラにとって有利な場所へと、相手が移動する意味を。
『誘われている……ということですか?』
『なるほど。そういうことですか?』
『? ……え? 何が?』
優花里が察し、華が頷く。そして疑問符を浮かべているのは沙織だ。
みほがその疑問を解くために口を開く。
「あの場所が私たちにとって有利なことは当然、お姉ちゃんも解ってる。解って、敢えて私達に見せつけてる」
『……あ! わかった! そうやって私達を誘い出そうっていうんだ!』
沙織がポンと手を叩いて言った通りだった。
まほは敢えて隙を見せることで、こちらの攻撃を誘導しようとしている。
(どうしよう)
みほは悩んだ。
目前に晒されているのは、待ち望んだ格好の機会。
だが、その機会の先では狙う相手が手ぐすね引いて待ち構えている。
現状、不規則な味方の動きで黒森峰を翻弄し、まほはみほの出方が読みきれずにいる。だが敢えて解りやすい攻撃の筋道を自分か用意することで、みほの出方を限定しようというのだ。
攻める者が守る者に対して有利なのは、攻める側は自由に攻撃の場所・時間・規模を決定できるのに対し、守る側はそれに合わせて動かねばならないからである。まほの動きは、まさにこの攻める者の優位を崩す為のものなのだ。
(でも……)
ここを逃せば攻撃の機会が巡ってはこないかもしれない。
みほ達に残された時間は少ない。ウサギさんもカエルさんも、今は黒森峰を相手に見事な立ち回りを見せているが、それもいつまでもは続かない。数と経験でこちらに優る相手が、かならず勝つ時間がやってくる。
その前に、みほは決着をつけなくてはならない。
「……」
みほは目をつむり、思考を巡らせた。
その時間は、僅か数秒に過ぎない。その数秒の間に、みほの脳裏を電光のように策が飛び交い、思考が弾けた。
みほは目を見開いた。
そして決断した。
――◆Girls und Armored trooper◆
まほが第13区画を目指すと聞くやいなや、エリカは敬愛する隊長の意図を理解した。
エリカは、回線を全黒森峰ATへと開いて、大声で号令した。
「敵の攻撃を振り切り、全機第13区画へと急行せよ! そこに敵のフラッグがいる!」
銃声砲声越しに分隊長達の応答を聞きながら、エリカは自らの分隊へも号令する。
「私達も第13区画へと急行するわよ。あそこにはコロシアムがある。アイツは……みほは必ずそこに現れる!」
エリカの指揮のもと、蒼い精鋭は迷いなく目的地へと走り出す。
流石は隊長だと、我が事のようにエリカは誇らしい気持ちであった。
アイツが何を望むかを読み、アイツの前に欲しいものを差し出してみせる。
それが罠と知りつつも、アイツは飛びつくしかない。
勝つためには、それしかないのだから。
(でも……アンタが戦うのは隊長じゃないわ)
私だ。
私、逸見エリカが西住みほを倒す。
いよいよもって、エリカは闘犬のように犬歯を剥いて笑った。
――◆Girls und Armored trooper◆
敵の血潮に濡れたとばかりの、黒味がかった赤で右肩を染めた、黒い鉄騎兵を駆って西住まほはやって来た。
両脇と背後に影のようにピタリと従うのは、二年生選手のなかでも随一の腕を持つボトムズ乗り達だ。
四機のブラッドサッカー達が相対するのは、既に廃墟と化して久しいバトリングのコロシアムである。
人間だけでなくATやその運搬車が通れるように、かなり大型に造られた正門が、まほ達を出迎えた。
センサーで辺りを探るも、敵影は無い。
だが、じきにみほ達も追ってくるだろう。
まほが鋼のハンドシグナルを出せば、右脇の二番機が先頭に立ってスタジアムの門を潜る。
三番機が続き、まほもその後を進んだ。
色褪せたコロシアムの正門、そこに掲げられた闘う鉄騎兵達のレリーフを一瞥して、まほも敷居を跨ぐ。
しんがりの四番機が警戒しながら門を潜った。
配線はとうの昔に断絶し、通路は真っ暗だった。
ただやや離れた場所に白く四角い光が見える。そこを目指して、まほ達は前進する。
トンネルを抜ければ、待っていたのは円に仕切られた闘技場だった。
足元には一面、砂が敷かれ、過ぎた年月故にさらに埃や砂利が覆いかぶさっている。
まほがセンサーをぐるりと四方に廻せば、今は人影ひとつない観客席が見えた。
かつて無数のカリギュラたちが座席を埋め尽くし、そのギラつく欲望に晒された拳闘士が、ただ己の生存を賭けて激突したであろう場所。
今、このコロッセオに身を置く者は、誇りと青春を懸けて鉄騎兵を駆る乙女たち、黒森峰の乙女たち四人だけだった。
いや――そうではない。
「……来たか」
まほ達が潜った門とは真向かいの所に、設けられたもうひとつの門。
ぽっかりと開いた闇の口から、特徴的なステレオスコープのATが姿を見せた。
開けっ放しの僚機との回線を通じて、戦友たちが思わず息を呑むのが解った。
あからさまにジャンクを繋いで造ったと思しき、あまりにも不格好な褐色の装甲騎兵。
にも拘わらず、その纏った気配は歴戦のボトムズ乗りのそれ。
当然だった、あれに乗るのは血を分けた自分の妹なのだから。
(2……いや3)
みほの駆るMk.Ⅳスペシャルに続いて、左肩の赤いスコープドッグに、黒森峰仕立てのタイプ20が姿を見せた。
コロシアムは広い。
みほとまほ。二人の率いる騎軍は、互いの必殺の間合いの外で向かい合った。
まほは、みほへと向けて回線を開いた。
この通信は審判員、そして観客席にも伝わる公開回線だ。
装甲騎兵道は武道である。鉄騎兵の上でも挨拶を交わすことができるようにとの配慮だった。
「……こうして正面からフラッグ分隊で戦えば、勝てるという計算か、みほ」
『……』
みほからの応答はない。応答はないが、構わずまほは話し続けた。
「バトリングでの模擬戦ではいつも私が勝っていた。単純なボトムズ乗りとしての技量なら私はみほに勝る」
別に驕るでもなく、誇るでもない、淡々とした口調だった。
みほも反論しない。それは紛れも無い事実だから。
「それでなお、私に挑むのは、何か策があるのか、それとも追い詰められたが故か。いずれにせよ、西住流に後退はない」
それは自分へと、そしてみほへと向けられた言葉だった。
ただみほは一言、こう返しただけだった。
『受けて立ちます』
それが合図であったのだろうか。
――突如、異音が響き渡る。
『! た、隊長!?』
「うろたえるな」
僚機を窘めながら、まほは冷静に現状を観察していた。
異音と共にせり上がってくるのは、コロシアムに備わった障害物だった。
かつての興行主にとってバトリングは飯の種だ。会場のどの施設よりも、闘技場の設備に細心の注意を払ったのだろう。長い年月を経てもなお、それは起動した。
『たいちょ――ザザ――待って――今――』
ノイズの混じったエリカの声が無線から聞こえてくる。
どうやらみほは他にも何か仕掛けをしているらしい。
だが、まほにとってそれはどうでもいいことだった。
「……行くぞ」
ただ、配下へとそう告げた。
そして、展開された障害物の迷路へと迷いなく踏み込む。
いずれにせよ、西住流に後退はない。
――◆Girls und Armored trooper◆
エリカもまた、第24分隊を率いてコロシアムの中へと突入する心づもりだった。
だが、それは果たせなかった。阻む者たちがいたからだ。
「チィッ!」
自身を狙う砲弾を、右足を軸としたハーフターンで回避する。
続く一撃を、今度は左足を軸のターンで避ける。
「そんなモノ! 裸のマヌケにしか効きはしないわよ!」
エリカは吠え、そして反撃した。
X・SAT-01 ソリッドシューターが火を吹き、攻撃の主へと砲弾を降らせる。
相手は弾の切れた得物、アンチ・マテリアル・キャノンを投げ捨てながら跳び、飛びながらも背部の旧型ソリッドシューターの砲口をこちらへと向けていた。
迫る真鍮色の砲弾を見るまでもなく、エリカは手近な瓦礫の陰へと飛び込んだ。
背後で爆発。されどこちらは無傷。
全速で瓦礫の裏を駆け抜け、飛び出しざまに左手の内蔵機銃を展開する。
狙うのは相手砲手の着地硬直の瞬間だ。
『分隊長!?』
僚機の警告よりも、エリカの反応の方が優っていた。
グライディングホイールの回転と、足首の動きを連動させたクイックターン。
自分を狙ったガトリング弾を最低限の動きで逃れれば、左の11mm機銃はもう一機の敵へと向けられた。
トリッガーを弾けば、マシンガンが唸る。
だが銃弾は相手の残像を貫いただけだった。素早い。それもそうだろう。なにせ、あの纏った布切れの下には装甲板の一枚もないであろうから。
「邪魔よ! どきなさい!」
エリカは吠えるが、相手は意に介さない。
二機の大洗AT。華と優花里の駆る二機のスコープドッグは、足止めを仕掛けるべく、蒼い猛犬たちへと敢然と立ち向かう。
――◆Girls und Armored trooper◆
「はい。これで良し。こっからは次のお仕事だね~」
ナカジマは配電盤の蓋を閉めると、制御室を飛び出し、降着モードの愛機へと跳び乗った。
立ち上がり、視界が機体のセンサーと同期すれば、待ち構えていた仲間たちの姿が画面に映る。
ストロングバッカス四機。
何とかここまで生き残って来たが、本当の仕事はここからだ。
『もうすぐお客さんが来るからね』
『精一杯、出迎えるといたしますかぁ!』
『新機能のちょうどいいテストにもなるしね』
程なくして黒森峰の部隊がこのコロシアムへと押し寄せるだろう。
ウサギさん、カエルさんの皆も精一杯押しとどめようとするだろうけれど、全ては無理だ。
ウワバミさん分隊四機。自動車部の四人に課せられた任務は、100mmの装甲板を以って黒い騎軍を受け止めることに他ならない。
「じゃあ、行こうか」
いつも通りの気軽さで、ナカジマ達は戦場であれば死地と言うべき場所へと向かった。
――◆Girls und Armored trooper◆
観客席では最早、誰一人話す者も居なかった。
今、この瞬間から、いよいよ勝敗を決する最後の戦いが始まるのだと気づいていたから。
独り離れた場所から、試合を観ていたのは西住しほだった。
氷の様に冷たい表情で、しかしその裏に隠しきれぬ熱狂の炎を燃やしながら、彼女は視る。
彼女の視線の先では今、彼女の娘達二人の、姉と妹との、西住流を継ぐ者と背を向けた者との戦いが始まっていた。
いよいよクライマックス、いよいよ大詰め
舞台に立った全ての者が、雌雄を決する時が来た
猛犬か戦友か、大洗か黒森峰か、継承者か反逆者か、姉か妹か
万雷の拍手にも似た轟音と共に、眩しすぎるカーテンコールを受けるのは誰だ?
次回、『決着』 全てを得るか、地獄に落ちるか