増築に増築を重ね、有機体染みた不規則かつ複雑な構造。
何層にも重なり、数定かならぬ地階を有する廃墟の街。
その曲がりつじの陰、瓦礫の裏側、朽ちた橋の上、廃屋の闇の中、そして延々と広がる地面の下……。黒森峰本隊が到着するまでの僅かな間に、大洗女子学園一同は所定の位置についていた。
「全機、そのまま静かに待機していてください。指示があるまで攻撃は避けてください」
みほは廃墟の街で2番目に高い場所、墜落した宇宙船を再利用したらしきビルの一室から黒森峰を窺う。
手にした電子双眼鏡を通して、街の外に展開した黒森峰の戦列が一望できた。
その数、七十あまり。まだこちらの2倍以上はいる。
だが、その標的となるのはたったの一機。姉であり、西住流を体現したボトムズ乗り、西住まほの駆るブラッドサッカー1機。
どれほどのカスタマイズを施そうとも、その内側にどんな隠し玉を仕込んでいようとも、同じATを駆る者同士の戦いであることに変わりはない。
「相手は市街地攻略のセオリー通り、まずはハンマーキャノンでの砲撃を仕掛けてくると思います」
みほは再び、無線で皆へと語りかけ始めた。
「試合開始地点からの行軍距離から考えると、黒森峰もPR液をかなり消費しています。だからここで決着をつけるべく、全戦力を投入した総攻撃に出てくる筈です。残弾を全て使い切る、激しい砲撃が予想されます。ですが、砲撃が止むまでは絶対に反撃は堪えてください。数で劣る私達が勝つには、市街地での奇襲攻撃しかありません。黒森峰と私達の、我慢比べです」
みほは話を続けつつも双眼鏡でもう一度黒森峰の陣容を見た。
予想通り、ハンマーキャノンが運び込まれ、設置作業が行われている。
先の小競り合いで砲撃手のスコープドッグを撃破された為か、ブラッドサッカーまでもが作業に加わっていた。
「偵察を出している様子が見られないので、恐らくはこちらの奇襲を警戒して、飽和砲撃を仕掛けてくるようです。音と爆発は凄まじいですが、精度は高くは無いはずです。落ち着いて、慎重に凌いでください」
そう話している内に、相手の砲撃準備も終わったらしかった。
「砲撃……来ます!」
最初の一門が火を吹くのを合図に、ハンマーキャノンは次々と砲弾を吐き出し始めた。
急な放物線を描きながら、殆ど真っ直ぐに市街地へと砲弾は突き刺さった。
十の爆発が途切れなく続くが、どれも大洗のボトムズ乗り達が伏せている所とはまるで違う場所でのことだった。
『凄い音……』
『大地が震えてます』
『この廃棄都市は底ががらんどうだからな……屋台骨が軋んでいるらしいな』
『ハンマーキャノンは要塞攻略用ですからね。威力も絶大です』
ビルの麓に待機している沙織達が言う通り、見当はずれな所に着弾しているにも拘らず、轟音は腹腔にズシンと響く。だが、その恐怖や驚きは虚仮に過ぎない。各分隊の配置場所は事前に試合場の地図を見て、こういう状況になった場合の為にと考えておいたものだ。早々見つかる場所ではない。
『うわ!? また来た!』
『でも全然見当はずれみたい~』
『とりあえず大砲でドーン! ってちょっとワンパターンだよね』
『わんぱたーん、わんぱたーん!』
『ちょっと! まだ始まったばかりなんだから油断しないでよ!』
『……』
二度目、三度目の一斉砲撃も、やはり狙いを外している。
まるで攻撃が当たらない様子なので、ウサギさんチームなどは明るく賑やかな素の部分が出てきている程だ。
だがみほも声にこそ出さないが、内心では一年生たちに共感する部分があった。
未偵察での飽和砲撃であればもとより精度など有って無きが如し。
事前の台地での戦闘もあって、皆この馬鹿でかい砲撃音にも慣れてきている。恐慌を来し、先走る心配もない。
(これなら――)
みほはみたび双眼鏡を覗き込んだ。
前衛後衛に分割された黒森峰の戦列の内、突撃要員らしい前衛には動きが見えない。
一方、先程から的外れの砲撃を繰り返していた後衛の方には動きがあった。
最初の3回の砲撃の時も少しずつハンマーキャノンを動かしてはいたのだが、今度はかなり大幅な調整を行っているらしいのが見て取れる。
「……」
――嫌な予感がする。
理屈ではなく、第六感のようなものだった。西住の勘とでも言えば良いのか、まるで自分が狙われているかのような、そんな悪寒めいたものを感じるのだ。
「……」
倍率を上げて、砲の向きや角度を詳細に観察する。
迫撃砲タイプの砲であるために、遠目に見ただけで弾道を完璧に読み取ることなどみほにも不可能だが、しかし大まかな向きぐらいは解る。そして気づく。
「ッ! 全機伏せて!」
大声で叫びながら指示を出すと同時に、みほは身を窓から外へと踊らせた。
西住みほを西住みほ足らしめているのは、その圧倒的決断力だ。
決断即行動。時にそれは突拍子もない行動と人の目には映るが、しかし彼女の勘はパイルバンカーの尖端よりも鋭い。
この時も彼女は、己の直感に即座に従った。それ故に危機一髪の所で難を逃れた。
彼女が飛び降りた直後に、廃棄宇宙船ビルへと砲弾が直撃していた。
第66話 『砲火』
ビル壁面に通された排水パイプに手をかけて減速しつつ姿勢制御。
着地寸前にパイプから手を離し身を宙に躍らせれば、迫るアスファルトの地面に両足裏を揃えて向ける。
着地――と同時にATの着地降着と同じ要領で膝を折り、体を捻って接地、衝撃を分散させる。ここにカーボンコーティング済みの耐圧服が加わることで、全くの無傷でみほは飛び降りに成功していた。
すぐさま立ち上がると、愛機目掛けて走る。
『みぽりん!?』
『みほさん!?』
『西住どのぉぉぉっ!?』
『大丈夫か?』
心配して駆け寄ってくる沙織達のATを手で制すと、降着モードのMk.Ⅳスペシャルへと跳び乗り、ATを起動させる。
「各隊、状況を報告!」
みほが問えば、コンマ一秒と置かずに返信が飛んできた。
『こちらウサギ! 間近に着弾しましたが全員無事です!』
『あやです! ついでに言っておくと耐圧服のポッケに入れといたメガネは割れました!』
『こちらニワトリ! ビッグバーサもかくやといった調子だが……全員健在だ!』
『こちらカエル! 凄まじいサーブでしたがラインは超えてました。問題ありません!』
『こちらヒバリ! 頭ギリギリ掠めたけど何とか凌いだわ』
『こちらウワバミ! 隣のビルが吹っ飛んだり、破片に降られたりしたけど大丈夫』
『100mmの装甲舐めんなっての!』
『こちらカメ~いやぁ西住ちゃん、何とか大丈夫だよ~わたしらはね』
『……凄い衝撃でしたね』
『し、死ぬかと思った……』
みほは返って来た答えにホッとした。
今の一撃で全滅も十分にありえた。それが一機も欠けずに済んだのは天佑としか言いようが無い。
何せ黒森峰隊長、我が姉西住まほは、完全にみほの考えた部隊配置を読んで、砲撃を仕掛けてきたのだから。今思えば最初に外したのはブラフであり、砲を調整するためのテストを兼ねていたのだ。
「全分隊、即座にその場を離れてください! 第二撃が来る前に早く!」
『離れるって……』
『隊長、どこにですか?』
梓に聞かれて、みほは一秒ほど悩んだ。
一秒間の間に、頭脳の中を稲妻のように思考は走り、ジャストコンマ一秒後に結論は出た。
「街の外縁部、黒森峰のいる方向へ真っ直ぐです! 敵がすぐにでもやってきます、迎撃してください!」
――◆Girls und Armored trooper◆
みほが皆へと迎撃の指示を出したのと同時に、黒森峰戦列中央最前に陣取ったまほは、愛機の掲げた右手をスッと正面へと降ろした。
その水平に揃えられた五本の指が指し示す方へと、黒森峰前衛部隊は一挙に攻撃を開始する。
赤い肩を掲げたまほの真横をすり抜け、真っ黒なブラッドサッカーの群れは地を駆け流れるが如く進む。
それは奔る大河そのものであった。誰が果たしてこの濁流に抗し得よう。そう見るものに思わせる、見事な進軍だった。
先頭を進むのは、逸見エリカ駆る蒼いストライクドッグ。
その両脇と背中にはやはり青のスナッピングタートルが付き従う。
普段、まほはエリカをいざという時のためにと控えさせることが多いが、今は違った。
恐らくはコックピットのなかで狼のような獰猛な笑顔を浮かべていることだろう。
彼女は本来、攻めのボトムズ乗りだ。今は、その本領を発揮させる時だった。
「……」
まほが思うのは、我が妹みほのことだった。
キルログも流れず、アナウンスもかからない以上みほは健在なのだろう。
だが、完璧な待ち伏せの態勢を一撃で崩され、そのフォローにおおわらわな筈だ。
そこを西住流らしい、一極集中の突撃戦法で貫き通す。
(みほ……)
西住みほについて、誰よりも知っているのは自分、西住まほである。
この点においては、母西住しほですら自分には及ばない。そう、まほは考えている。
何せ一番彼女の近くにいたのは、誰でもない自分なのだから。
(だから解る)
みほの指揮と機転と奇策には、自分では勝てない。
まほは妹が自分にはない種類の才覚の持ち主であるとありのまま認識し、そして誇らしくも思っている。
だが同時に思う。奇策とは確固たる基本の上にこそ成り立つもの。ではみほとまほの依って立つ基本とは何か。
――西住流に他ならない。
そしてその西住流においてこそ、まほはみほを遥かに凌駕している。
みほが考えた迎撃配置図は、いかにして西住流を抑え込むかという、言うなれば西住流の応用的発想に過ぎない。だとすれば読むのは容易い。
まほはみほ達の立てこもった廃都市図を見て、すぐさまその戦術を見破ったのである。
(だが、本当の戦いはむしろここからだ)
みほが定石で来れば必ずまほが勝つ。
しかし一旦定石を崩された時にこそ、みほは本領を発揮する。
初撃でみほを仕留められなかったということは、寝た子を起こす真似をしでかしたとのと同じだ。
みほはいよいよ機転を効かせ、まほの及ばぬ才を全力で発揮してくるだろう。
それは自軍が不利になるということに他ならないが、しかしまほは悪手を打ったとは思っていない。
全力を出さぬみほを倒したとて、それが一体なんになるだろう。
――フッ。
珍しく、まほが笑った。滅多に見せぬその笑みは、獣が牙を剥く様に似ていた。
王道で奇策を破る。それこそが西住の流儀に他ならない。
――◆Girls und Armored trooper◆
『カメさんだけは、陣地を放棄して後退してください!』
みほは矢継ぎ早に指示を繰り出してくる。
つい今しがた、完璧なる待ち伏せを崩されたばかりだと言うのに。
彼女が指揮官で本当に良かったと思う。彼女でなければ、ここまで来ることは出来なかったから。
「ごめんねぇ~西住ちゃん。それ無理」
努めて明るい声でみほへと返す。
迫るブラッドサッカーの群れが間近に見えて、武者震いがする。
らしくもないぞ角谷杏。そういうのは隣の河嶋桃のキャラじゃないか。
『え?』
「逃げたくても逃げられなくなっちゃってさぁ~……ね、小山」
『……はい』
杏達が陣取っていたのは、街外縁部に近い廃屋の中。
かつては何かの公共施設だったのか、頑丈に造られたこの建物は即席のトーチカとして使えた。
杏達はここに立てこもり、敵の最前衛にドロッパーズ・フォールディング・ガンをお見舞いして退くのが務めだった。
だが――。
『さっきの砲撃で、出入り口が塞がれて……』
『終わりだ! もう終わりだー!』
柚子の言う通り、彼女らが入ってきた通路は崩落し瓦礫に塞がれている。
ATを降りて機甲猟兵になれば、建物の色んな隙間から逃げ出すこともできようが、そんなことをしても意味をなさない。迫る敵、逃げ場のない袋小路。
人並み以上には頭が回る方だと自負する杏でも、この状況を切り抜ける策は思いつかない。
「せいぜい時間は稼ぐし、何人かは道連れにするから、後はよろしくね~」
『……解りました。任せてください』
「それでこそ隊長だねぇ~」
杏はみほとの通信を切って、目の前の敵へと集中した。
柚子も覚悟を決めたのか、建物に開いた穴から覗く、黒い機影へと照準を合わせる。
桃もやけくそになったのか、右手にヘビィマシンガン、左手にハンディソリッドシューターを携えて二機に並ぶ。
「行くよ小山!」
『はい!』
「河嶋は援護!」
『わかりました!』
手近な相手へと照準を合わせ、トリッガーを弾く。
超高速の徹甲弾は敵ATの装甲に突き刺さ――らない。
残像を射抜くも、ただそれだけだ。
柚子と共にD・F・Gを連射するも、当たらない。
敵は見事なターンで、僅かな軌道修正だけでこれを避ける。
弾速は素早いから見て避けたわけではない。つまり、弾道が読まれているのだ。
「黒森峰は伊達じゃない……ってか。やっぱ九連覇校は甘くないかぁ~」
狭い自然の銃眼に頑丈な壁は敵の射撃を受け止めてくれるが、そのぶん射角も狭くなってしまう。
射角が固定されてしまえば、黒森峰のボトムズ乗りなら避けるのは簡単ということだ。
「それでも……ね!」
杏はトリッガーを弾く。
一発でも当てて、一機でも仕留める。
その心意気で挑むも、敵は健在のまま近づくばかり。
そのまま敵はトーチカへと取り付いて――。
『ええい喰らえ喰らえ喰らえー!』
桃が破れかぶれに撃った弾は、見事にブラッドサッカーの正面へと吸い込まれ、機体を吹っ飛ばした。
白旗揚げて地に転がったそのATは、ちょうど杏の撃った弾を避けた直後の機体だった。
「! 小山!」
『はい!』
四六時中連れ添った柚子だから、ただ名前を呼ぶだけで通じる。
杏と柚子がそれぞれ撃った弾を避けたブラッドサッカーへと、桃の撃った『狙いを外れた』弾が叩き込まれる。
下手くそ極まる鉄砲玉に撃破される僚機を見て、敵の進撃が少し鈍る。
「! 小山!」
『はい!』
そこへすかさず杏と柚子が撃つ。
それでも相手は避けるが、桃の流れ弾が狙ったように吸い込まれて撃破されてしまう。
この異様なる光景に、杏は爆笑した。
「ぷぷぷ……あーはっはっはっはー! こりゃまいったわたははははははは!」
『か、会長!?』
杏が何に笑っているかが解らない桃が戸惑うのを他所に、杏は一通り笑い、そして言った。
「この試合、勝ったね小山」
『……かもしれませんね』
『!?!?!?』
独り疑問符を浮かべる桃へと杏が解いて曰く。
「河嶋のへなちょこ弾に当たるような相手なら、西住ちゃんなら楽勝ってことだよ」
『桃ちゃんの弾に当たる相手ですもんね! 絶対勝てますよ!』
『会長!? 柚子ちゃん!? 何かしれっとひどいことを言って――』
答えてゲラゲラ笑う杏へと抗議の声を桃が上げようとした時、遂に敵がトーチカに取り付かんとしていた。
杏は、柚子は、笑いながらも油断せずにヘビィマシンガンを向けたが、しかし相手は取り付く直前にクイックターン。
――逃げた? 否。単にそれ以上近づく必要が無かっただけだ。
必殺の一撃を、投げ入れた今となっては。
「あ」
『あ』
『あ』
三機の足元に転がっているのは、投げ入れられたAT用の手榴弾である。
拾って投げ返す間も無かった。灯っていた、赤いランプが消える――。
「やーらーれーたー」
――爆発。装甲騎兵道用に威力は抑えてあったが、十分だった。
角谷杏、小山柚子、河嶋桃。
大洗女子学園『カメさん分隊』三機。撃破。
――◆Girls und Armored trooper◆
カメさん分隊の三機が撃破された事実が、キルログに流れるのを横目に追いつつ。
みほは最後の作戦を発動せんとしていた。
泣いても笑ってもこれが最後。
土壇場で思いついた作戦をみほは叫ばんとした。
その名は――
入り組んだ街路にひしめく、敵味方の機影
錯綜する戦場では混乱が混乱を呼び
敵味方入り混じって銃火を照らす
その最中にあって、冷厳と策を練る者
人は、その者のことをこう呼ぶ
次回『哲学者』 怒涛のドミノ倒しが始まる