ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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色々考えた結果、第64話をリライト致しました
それに合わせて第63話の末尾部分も若干書き換えました


第64話 『羅刹』(リライト)

 

 最初、カエサルはそれがATだとは解らなかった。

 それはあまりに大きく、そして規格外だったから。

 闇の奥から、影の向こうから姿を見せたのは、砂、茶、緑の三色で波状に迷彩が染め抜かれた魁偉(かいい)かつ怪異な巨人だ。

 

『……AT?』

『ATなのか?』

『だとすれば反則ぜよ……』

 

 エルヴィン、左衛門佐、おりょうの声にも戸惑いと驚きが入り混じっているのが解る。

 当然だとカエサルも思う。戸惑いと驚き以外に、どんな感想をあのデカブツに対して抱けというのだ。

 膨れ上がった両脚の形状はアイスブロウワーを履いた姿に似ているが、シルエットはずっと太く、殆ど脹脛同士が接着しているように見える。足の両外縁には、恐らくはパイルバンカーを流用したであろう大型ターンピックが備わっている。

 胴体と両腕には然程変わった部分は見られない。ドッグ系のもの、それも恐らくはスコープドッグのマイナーチェンジ機である『ラピッドドッグ』から持ってきたものだろう。

 ただし、頭部は別だ。このATの頭部は、他に類例のない極めて奇怪な形状をしている。

 スリットカバーのついた二基のステレオスコープ式のセンサーに加えて、両側頭部にも小型のカメラがびっしりと埋め込まれている。頭部中央には不可思議なスリット群があり、緑に発光していて不気味だ。あれもセンサーの一部なのであろうか。

 そして一際目を引くのが、背負い込んだバックパックユニットだ。普通のATならミッションパックなどを装着している場所からは、二本の特大アームが伸びているのだ。長さだけでAT一機分はありそうなアームには、右は三本爪のアイアンクローが、左には三連装式のパイルバンカーが装備されている。特大アームは左右ともシールドと一体化しており、さらに左シールドからはトータスタイプの顔が生えているから異様だ。

 カエサル達からは見えてはいないが、よく見ると背負っているのは上下逆さまにしたビートルタイプであって、二本の特大アームもその脚部マッスルシリンダーを改造したものと解る。さらに、背負い込んでいる8トン以上の重みに耐えるために、腰部にはグライディングホイール付きのスラスターユニットがマウントされ、三本目の脚の役割を果たしていた。

 何から何まで異常なATだった。それも単に見た目が異常というだけではない。

 

「マズイな」

『マズイ』

『南無三……』

『いかんぜよ』

 

 本体部分には肩部左右二基のミサイルポッドを有し、腰部からは左右二基のガトリングガンが顔を覗かせ、おまけに左右の手にそれぞれショートバレルのヘビィマシンガンとペンタトルーパーを構えているのだ。

 瞼が開くようにツインアイのカバーが開けば、妖しく緑に煌く機械の眼が、カエサルたちへと向けられる。

 そこには、乗り手の闘志が映し出されていた。

 

「全員退却ー!」

『退避ー!』

『退け! 退け!』

『逃げるぜよ!』

 

 慌てて逃げ出すニワトリさん分隊目掛けて、ミサイルがガトリングガンが、そしてマシンガンにペンタトルーパーが一斉に火を吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第64話 『羅刹』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『隊長、敵だ! それも物凄いやつだ!』

 

 無線を通して聞こえるカエサルの声は焦りに上ずっていた。

 どんなピンチの中でも、歴史になぞらえた台詞を拵える余裕のあるのがニワトリさん分隊の面々だ。

 しかし今の彼女らにそれはない。つまりそれだけ状況が逼迫(ひっぱく)しているということ。

 

「敵の詳細を報告してください!」

 

 みほが問えば、砲声爆音に混じりながらも、カエサル達の状況報告が次々と届けられる。

 

『背中から二本の腕が生えてる! それも盾持ちで頑丈! まるでスクトゥム! いやテストゥードだ!』

『喰らえ! ……こちらの攻撃をものともしない! まるで織田右府めの鉄甲船だ!』

『大きい……五メートルはある。巨砲に装甲なら、まるで甲鉄艦、あるいは東艦ぜよ!』

『陸戦で大火力・重装甲といえば、ドイツの超重戦車マウスでしょ!』

『『『それだ!』』』

『言ってる場合!?』

 

 そんな余裕はない筈だが、しかしそこは彼女らなりの意地なのか。

 焦った声でも歴史ネタを手放さない歴女の面々に、沙織がおもわず突っ込む。

 一方、優花里はというとニワトリさん分隊からの情報で、相手の正体を既に割り出していた。

 

『背中から生えた二本の腕……巨大な盾……五メートルの巨体……』

 

 ハッと何かに気づいたのは優花里だった。

 

『カエサル殿! そのATのメインカメラはステレオ形式で、各々の眼に二基のセンサーが入っていませんか!?』

『その通りだが……知っているのかフォークト!』

『はい! その特徴ならば間違いありません……「ブラッディドッグ」です! そうですよね、西住殿!』

 

 優花里の推測は当たっていた。みほは厳しい表情で頷く。

 

「うん。何年か前に、いざという時の切り札用に造ったって話は聞いたことがあったけど。まさかこのタイミングで……」

 

 どんな相手も全力で叩き潰すのが黒森峰の、西住の流儀。

 それにしてもあの怪物を引っ張り出して来るとは――。

 

『「ブラッディドッグ」!? 聞いたこと無いATぜよ』

『フォークト! 説明してくれ!』

 

 エルヴィンにソウルネームで問われて、アンドレアス・ヴァン・フォークトこと秋山優花里は答えて曰く。

 

『「ブラッディドッグ」というのは、かつて悪名高いバトリング選手ペイガンが駆ったとされるカスタムATのことです。ベースとなっている機体はドッグ系列のローカルマイナーチェンジ機「ラピッドドッグ」ですが、改造に改造を重ねた為に最早原型を留めていません。ライバルだったバトリング選手に勝つために火力と格闘性能を追い求めた結果、トータスタイプやビートルタイプのパーツを流用、機体に増設することで元々の機体性能の枠を超えた怪物的ATです。脚部にはアイスブロウワー式の長靴を増設、腰部には走行補助用ブースターユニットをマウント、機体を安定させた上でさらに速力をライト級並に引き上げています。そしてこのATの眼玉とも言えるのが、背部にAT一機を丸々逆さまに取り付けるという豪快なカスタムです! これによってAT二機分のマッスルシリンダー出力を得るばかりか、背負ったATの腕部脚部を改造した四本のアームを使うことができるようになります。特に脚部を改造した特大アームは、左右ともシールドと一体化していて防御力が高く、右のアイアンクローに左の三連パイルバンカーの格闘戦能力の高さは計り知れません。他にもミサイルポッド二基にガトリングアーム二基を装備し、射撃戦においても十分な火力を有しています』

 

 ――優花里の解説を要約するなら、射撃も格闘も秀でた、ATの枠を超えた怪物であるということだ。

 

『弱点は!? 弱点はないのか!?』

 

 必死に問うエルヴィンへの優花里の答えは芳しくない。

 

『これといった弱点は……強いて言えばその巨体故の稼働時間の短さに死角の多さ、それと複雑すぎる操縦系統でしょうか』

 

 優花里の答えを裏付けるようにみほは静かに頷いていた。

 ブラッディドッグは凶悪無比なATだ。使いこなせる者は限られているが、黒森峰のボトムズ乗りであれば――。

 

(……どうしよう……どうすれば?)

 

 一難去ってまた一難。

 渡河作戦をやっとの想いで成功させたかと思えば、次なる脅威がもう立ちはだかっている。

 

『うわぁっ!?』

『掠めた!? 今ギリギリを掠めたぞ!?』

『えいい! 喰らえ真田の――ってうわわわ』

『お供の攻撃も激しいぜよ』 

 

 加えて、無線の向こうのカエサル達の声は刻一刻と緊迫感を増している。

 みほは頭を振って迷いを振り切ると、飛び交う砲声に負けぬ大声で指示を下す。

 

「ニワトリさんとにかく逃げまわってください! 生き残りを再優先で! 私達も全力で駆けつけます! それまでなんとか持ち堪えてください!」

『りょ、了解!』

「E21ブロックで合流しましょう。地図によればここは廃物置き場です。物陰を上手く使って、ここでブラッディドッグを撃破します!」

『……ならば逃げの一手! 島津の退き口よ!』

『ダイナモ作戦開始!』

『函館で巻き返しを図るぜよ!』

『ここはファビウス・マクシムスの戦法だろう』

『『『それだ!』』』

 

 士気の上がるニワトリ分隊だったが、しかし傍らの優花里は意外とばかりに疑問の声をあげる。

 

『五十鈴殿や会長達を待たなくても良いんですか?』

 

 優花里が疑問に思うのも解る。

 相手は規格外の超火力超装甲の怪物ATだ。攻撃力と射程に優れた華達の加勢を待つほうが得策に思える。しかしみほはそう判断しない。

 

「黒森峰の主力に追いつかれる前に市街地を確保しないと、挟み撃ちになります。ブラッディドッグは規格外のマシンですが、ベースがATであることには変わりません。必ず倒せる筈です。だから――」

 

 みほは号令を下す。

 

「一気に攻めます!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「逃げの一手……と請け合ったものだが」

 

 エルヴィンは頬を伝う冷や汗を感じながら、操縦桿を切り機体を小刻みに蛇行させた。

 照準を外されたロケット弾が、僅かにそれてジャンクの壁を穿ち、破片を撒き散らし爆煙を上げる。

 煙をくぐり抜けながら超信地旋回の要領で機体をクイックターン。

 得物のStg-5Aシュトゥルムゲベール改を向け、トリッガーを弾く。

 本来はオーデルバックラー用の新式機銃は決勝戦に備えてわざわざ取り寄せた虎の子だった。

 しかし――。

 

「やはりか!」

 

 吐き出される銃弾は巨大な盾に阻まれ、ブラッディドッグの本体まで届くことはない。

 それどころか、その図体の大きさに似合わぬ超機動力で間合いを詰めてくれば、そのまま相手は巨大な右腕を伸ばし、鉄の三本爪で掴みかかってくる!

 

「くっ!」

 

 エルヴィンはペダルを踏み込み、敢えて迫るクロー目掛けて踏み込む。

 完全に爪が開ききるその前に、巨大な手首を抜けて腕までベルゼルガ・イミテイトは走る。

 エルヴィンが間近に迫れば、ブラッディドッグはヘビィマシンガンで出迎える。

 読まれていたのだ。

 

(避ける暇は――)

 

 エルヴィンは、右の操縦桿を思い切り前に倒した。

 

(ない!)

 

 下がっていたシュトゥルムゲベール改の銃身が跳ね上がる。

 ぶつかり合う鋼と鋼。銃口を逸らされたヘビィマシンガンは明後日の方向を撃ち、今度は逆にエルヴィンの銃口が奇怪な顔を捉える。形勢逆転!

 

「もらった!」

 

 エルヴィンは快哉(かいさい)するも、次の瞬間には衝撃に、体が揺れる。

 バランスが崩れそうになるのを、機体を回転させることで持ち堪える。

 

「蹴られた!?」

 

 あの肥大化した脚に、そんな真似ができるのは計算外。

 虚を突かれたが、呆けている暇もない。

 間合いが開いたとばかりに、ブラッディドッグは左右の得物をエルヴィン目掛け構える。

 

「チイッ!」

 

 咄嗟に盾で防いだ。

 カエサル同様、エルヴィンもベルゼルガ系ならではのこの装備の使い方を熟知している。

 使いこなすための練習を欠かしたこともない。それ故の反応速度だ。

 

「!?」

 

 それでも、一度に防げる方向は一箇所だけ。

 ローラーダッシュの音に眼を向ければ、自分めがけ得物を構えるブラッドサッカーの姿。

 

(不覚っ)

 

 あの巨体はあまりに大きすぎる。嫌でも、意識はそっちに向いてしまう。

 そこに隙ができて、その隙を小さなお供が的確に突く。上手いやりかただ。

 エルヴィンは撃破を覚悟した。だが、予期した衝撃は来なかった。

 

『エルヴィン!』

「応!」

 

 ジェットノズルを蒸かし、黒い稲妻がフォローに割って入る。

 エルヴィンは即座に退いて、左衛門佐が躍りかかる。

 ジェットローラーダッシュの突撃は完全な不意打ちだった。黒森峰のボトムズ乗りといえど、反応する暇もない。

 

『討ち取ったり!』

 

 すれ違いざま、至近距離からのミサイル攻撃にブラッドサッカーは白旗を揚げる。

 駆けつけた僚機がブラッディライフルで左衛門佐の背中を狙うが、今度はエルヴィンがフォローする番だ。マシンガンが吼えれば、相手は銃口を逸らす。その隙に、左衛門佐のタイプ20は走り去る。

 ブラッディドッグがかけようとした追い打ちは、カエサルとおりょうが気を逸らさせた。

 エルヴィンは物陰にへと駆け込み、状況を再度確認する。

 

(これで相手は残り3。だがお供はともかく、あのデカブツを我らだけで倒すのは無理か……)

 

 彼女らが今いるのは、約束のE21ブロックの手前、E20ブロックであった。

 バラックの残骸が立ち並ぶこの場所は、適度に広い上に適度に障害物がある。

 追いつかれたのがこの場所で幸いだった。

 ――ここでなら、何とか時間を稼ぐことができる。

 

『! ……朗報だ皆聞け! 西住隊長たちの機影がレーダーに映った!』

 

 さらにカエサルからの嬉しい知らせだ。

 エルヴィンは即座に回線をみほへと開く。

 

「こちらニワトリ。E21ブロックへと敵を誘導する」

『あんこう了解! E21で待ちます!』

 

 ――さて、ここからが大変だ。

 残弾の少なくなったマガジンを入れ替える。

 あのバケモノを相手に、立ち回りを演じながらリロードするなど自殺行為だから。

 

「まずは僚機を仕留める。誘導はそれからだ。左衛門佐、おりょうは『マウス』の相手を任せた」

『承知!』

『任されたぜよ』

「カエサルと私はお供をやるぞ!」

『よし。合図は任せた』

 

 今やニワトリ分隊は全機物陰に隠れて機を窺っている状態だ。

 相手の方はと言えば流石は黒森峰、適度な間隔を保ちながら周辺の警戒を怠らない。

 だからこそ、僚機をまず撃破しなくてはならないのだ。

 そもなくばあの怪物を打ち倒すなど夢のまた夢だろう。

 

(『マウス』が左衛門佐達に背を向けた時がチャンスだ)

 

 ブラッディドッグを超重戦車になぞらえながら、エルヴィンは息を殺してチャンスを待つ。

 クリアリングをしながら進む彼女らの隊列が、左衛門佐、そしておりょうの隠れた瓦礫を通り過ぎる――。

 

(今だ!)

 

 エルヴィンがあらぬ方を撃って、銃声を鳴り響かせる。

 一斉に黒森峰が自分の隠れた方を向くやいなや、左衛門佐とおりょうのタイプ20が瓦礫から飛び出した。

 完全なる奇襲――とは言え、これであの怪物を撃破できるとはおりょうも左衛門佐も思ってはいない。

 それでも背後をとれば鬼だって驚く。注意をひきつけ、陽動するならもってこい。

 ――の筈だった。

 

『――なっ!?』

「左衛門佐!?」

『何故ばれた!?』

 

 ブラッディドッグの腰部に据えられた二本のガトリングアーム。

 それらは今や背後に向けられて、おりょうと左衛門佐を狙っている。

 おりょうはギリギリの所で避けたが、左衛門佐は右手に直撃弾を受けていた。

 右手の肘から先が吹き飛ばされ、千切れたケーブルとマッスルシリンダーの断面が晒される。

 

『くそぅ!』

『喰らうぜよ!』

 

 三連装の銃身が回転し、銃弾が吐き出される。

 必殺を火線を、左衛門佐は見事な操縦で躱してみせる。

 おりょうはミサイルを放ち、アーム基部を狙うが、これはシールドに防がれる。

 

(何故だ!?)

 

 最早段取りも何もない。飛び出し銃撃するエルヴィンの脳裏を満たすのは無数の疑問符だった。

 いったいどうやって背後からの奇襲を見越すことができたのか。

 背中に眼でもついている訳じゃあるまいに――。

 

(!?)

 

 シュトゥルムゲベール改をぶっ放しながら、エルヴィンは気がついた。

 左シールドから生えた、トータスタイプの三角形の顔。

 あれは単なる飾りか何かかと思っていたが、違う。

 センサー部分が、確かに動いているのが見えたのだ。

 

「おりょう、左衛門佐! 奴の背中に顔はあるか!?」

 

 突拍子もない質問だが、二人は即座に応えた。

 エルヴィンがこの状況で意味のない質問などしないことは、二人にとっては言わずもがなだ。

 

『あるぜよ! ビートルタイプのが一個、スコープドッグが一個!』

『壊せばいいのか!?』

「頼む!」

 

 そして行動に移すのも即座だった。

 まずおりょうがミサイルをぶっ放す。出し惜しみなし。残弾すべてを叩きつける。

 これに合わせて、エルヴィンのシュトゥルムゲベール改もまた吼える。

 カエサルがブラッドサッカーをひきつけている間の、前後両方からの攻撃。

 しかしまるで前も後ろも同じように見えているかのように、左右の特大アームを使って器用に防ぐ。

 ――だがこれでは『本命』は防ぎ得まい!

 

『南無八幡大菩薩!』

 

 ミサイルの降ろした煙の帳を貫いて、飛び出してきたのは左衛門佐。

 二基のガトリングアームが器用に動いて左衛門佐を狙うが、射線が合い、トリッガーが弾かれた瞬間、黒い機影は射線より外れる。

 果たして、走りながらの降着で射線より逃れた左衛門佐は、低くなった視線の先、まっすぐ先にあるスコープドッグの頭目掛けて、ヘビィマシンガンの銃弾を叩き込む。

 

『獲ったぞ!』

 

 これでひとつ。

 

『続くぜよ!』

 

 すかさずおりょうもビートル頭目掛け、30mm弾を雨よ霰よと叩きつけた。

 これでふたつ。

 

『替われ!』

「よしきた!」

 

 ブラッドサッカーに追い立てられたカエサルと代わり、エルヴィンが銃撃をしながら相手を買って出る。

 退いたカエサルはその実退いてはいない。退くと見せかけ、スピードを手にした槍先にのせる。

 そう槍先だ。背部にマウントしていたパイルバンカー槍を、アサルトライフルの代わりに手にしているのだ。

 

 『見た!』

 

 カエサルは、槍を逆手に持ち替えると、まるで投げ槍の選手のように得物を構えた。

 

『来た!』

 

 気合の一声と共に、槍は投げ放たれた。しかし単に投げたのではない。

 改造により、本来は備わっていないアームパンチ機構をカエサルのプレトリオは有する。

 このアームパンチの発動に合わせて、ブラッディドッグ目掛け槍を投げたのだ。

 以前、同じ技をダージリン駆るオーデルバックラー目掛けて使ったことがある。

 その時は失敗した。

 だが今は違う。ここに来るまでに、幾つもの戦いを乗り越えてきた。

 だからこそ――。

 

『勝った!』

 

 槍は見事、シールドに張り付いたトータス頭のど真ん中に突き刺さった。

 これでみっつ。

 目に見える『サブカメラ』は全て叩き潰した。

 目に見えて、相手の動きが変わる。

 素早く動きまわるカエサルを、おりょうを、左衛門佐を、怪物は追いかけることができていない。

 

「やはりか!」

 

 状況を察知し、フォローに入らんと激しい銃撃を加えてくるブラッドサッカー二機を相手取りながら、エルヴィンは快哉した。

 あんなデカブツを頭部のセンサーだけで動かすのは無理がある。 

 その為にあちこちにATの頭部を装備したのだろうが、それももうこれで終わりだ。

 

「隊長を待つまでもない! 我々が先に倒してしまっても構わん! アルデンヌの森を越え、マジノを突き破ったロンメルのようにな!」

『ルビコンを渡れ!』

『首級をあげよ! 兜首じゃぁ~!』

『甲鉄といえど回天の斬りこみにかかれば……やってやれんことはないぜよ!』

 

 エルヴィンがお供を抑えている間に、三機は一挙に勝負を決するべくブラッディドッグへと飛び掛かる。

 最初に仕掛けたのはおりょうだったが、ふとエルヴィンは思った。

 ――宮古湾海戦は幕府側の負けじゃなかったか?

 

 果たして、三連パイルバンカーがおりょうを向かえ撃ち、その三連撃の一撃に、敢え無く白旗が揚がった。

 

 

 





 ゴリアテは一石を額に受けて首を掻き切られた
 アキレスは、その腱を射抜かれて地獄に落ちた
 ならば、目の前の怪物の、その急所はいったいどこにあるのか
 圧倒的、余りに圧倒的な暴力の奔流に、少女たちは打ちのめされる
 それでもなお、心は萎えず、炎は消えず
 帰るべき住処を、ただ護るがために

 次回『鬼神』 ただ突き立てよ、その牙を








塩山紀生先生のご冥福をお祈り致します
先生の描くキリコが大好きでした


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