「ねぇ秋山さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「はい! 何でしょう西住殿?」
分隊の編成と機体の割り振りも終わり、日も落ちてきたので今日は解散という運びになった。
一同がばらばらと帰り始めるなか、ふと、みほは優花里へと声をかけた。
「この辺りにATショップか、AT関連の品物を扱ってるお店ないかな? 知ってたら教えてほしいと思って」
「そ、そういうことなら是非とも私にお任せください! 何がご要望ですか!? 耐圧服ですか? それとも対ATライフル!? あ、ソリッドシューターを格安で売ってる店私知ってますよ!」
「ううん。ちょっとミッションディスクを買いたくて」
「ミッションディスクですか?」
みほの口から出てきた単語は、優花里にはちょっと意外なものだった。
ミッションディスクとは、ATの挙動パターンをプログラミングしたデータディスクで、これを用いることである程度のオート操作が可能になる。基本動作制御のプログラムも入っているため、ジャンクや中古でもないかぎりは必ず一機に一枚備わっており、ATが比較的シンプルな操縦システムでああも複雑な動きができるのも、このミッションディスクのおかげといって良い。無論、ミッションディスクに全く頼らないマニュアル操作も不可能ではないが、当然、難易度は大幅に違ってくる。自動車のマニュアルとオートマチックの違いを思い浮かべれば解りやすいだろうか。
「確かに大事なものですが、AT本体が授業用のものですし、ミッションディスクのほうも生徒会のほうで用意するのでは?」
優花里の最もな問に、みほは首を横に振って答えた。
「そうかもしれないけれど、とりあえずチームみんなの分は今晩中に先に組んでしまいたいから」
「……もしかして西住殿、A分隊全員分のプログラムを組んでくださるんですか!?」
「うん。そのつもりだけど」
「わ、悪いですよそんなの! 西住殿ひとりに全部やらせるなんて! 四機ぶんもプログラム組んでたら徹夜になっちゃいますし!」
心配する優花里にみほはありがとうと返しつつ、しかし次のように続けて言った。
「実は前の学校にいた時に幾つか作ったやつをUSBに入れて持ってきてたから……ある程度は流用が利くし大丈夫だよ」
「前の学校……黒森峰女学園ですね。……あ」
「……知ってたんだ」
「あ、はい」
その名が出た瞬間、何とも気まずい空気が二人の間に流れた。
みほも優花里も、互いに急に口ごもってしまって、何も言えなくなる。
「……あ、あの!」
その嫌な空気を先に破ったのは優花里のほうだった。
「わたし、あの時の西住殿の行動は――」
「ねぇねぇ何の話~?」
しかし二人の間の深刻な空気は、沙織が会話に割って入ったことで瞬時に霧消した。
みほと優花里が二人で話し込んでいたから気になったのだろう。華も一緒だった。
優花里は言葉を遮られ残念そうな様子だったが、みほのほうはホッとした様子だった。
機を逃さず、みほは沙織へと会話を振る。
「あ、秋山さんと一緒に、ATのお店に行こうって話してて」
「え、なにそれ。買い物なら私付き合うよ」
「じゃあ武部さんも一緒に来る?」
「行く行く。私そういうお店行ったことないし! 華も一緒に行くよね!」
「ぜひともご一緒させて頂きますわ。わたしく、段々とATについてもっと知りたくなってきましたから」
そのまま、どこのお店に行くのー、秋山さんが知ってるよーなどと話していれば、黒森峰云々についてはすぐに有耶無耶になった。
優花里はまだ何か言いたそうであったことに、みほは気づいていた。
しかし敢えて寝た子を起こすようなことはしなかった。
今は、過去のことについてはそっとしておいて欲しかった。
そう、明日に繋がる、今日ぐらいは……。
第7話『準備』
電子音を伴奏に自動ドアが開けば、みほには懐かしい雰囲気が彼女を待ち受けていた。
一見するとカー用品店やホームセンターのようにも見えるが、違う。明るい照明とBGMで多少緩和しても隠し切れない鉄と油の臭い。そして陳列棚の奥に覗く降着状態のATが、ここが何の店なのかを来訪者へと教えた。
「こんな所にATのお店があったなんて、わたくし知りませんでした」
「見て見て! 奥にAT置いてある! あれ装甲騎兵道で使えないかな!」
「残念ですが、このお店実機は作業用しか取り扱ってなくて……一部の装備品は中古で置いてあるんですけど。あとプラモデルだったらココが一番品揃えが良いですよ!」
沙織達がキャッキャと話している一方で、みほはというと店内の様子をつぶさに観察していた。
雑誌、書籍、整備用品に各種カスタムパーツ……と陳列棚を順々に眺めていき――見つけた。
「あった!」
目当ての棚へと小走りに駆け寄ると、みほはすぐに品定めに入った。
幾つも手にとって、パッケージ裏の表示を見比べるみほ。
その背中越しに、追いついて来た沙織達も、みほの手の中のものを見た。
「みぽりん、何それ?」
「うん。ミッションディスクっていって、ATの制御に必要なものなんだけど……」
「まるでフロッピーディスクみたいな見た目ですね」
「ごめん華。まずそのフロッピーディスクが解かんない」
ミッションディスクは黒い長方形の、四つの角の一つを切り落としたような形状をしている。
マイクロSDをカードを縦長に大きくした感じだろうか。厚さもSDカード同様に薄っぺらい。
「ミッションディスクというのはですね――」
と、優花里が沙織と華に説明している間も、みほは静かに性能表示を見比べている。
黒森峰時代に使っていたメーカーのを使えればいうことなしだが、寮で一人暮らしの身分の今のみほには正直懐に厳しい金額だ。しかたが無いので、そこそこの容量かつ値段も安価なモノで妥協する。
「ねぇみぽりん、それ四枚全部みぽりんがお金出すの?」
不意に、沙織がそんなことを聞いてきた。
「え? うん。これは私が自分のわがままで買うものだから……」
「そんな! みぽりん私達の為に作ってくれるんでしょ、それ! だったら私も出すよ!」
「わたくしも出させて頂きます」
「西住殿、私も出します!」
「どうせみんなでお金出すんなら、折角だしこの一番高いやつ買っちゃおう!」
「そ、そんな、みんなに悪いって」
「いいのいいの、みんなで使うものなんだから!」
しばし出す出さないでやいのやいの言っていたが、結局黒森峰時代と同じモノを買うことになった。
「悪いよ、みんなに出してもらうなんて……」
「だから良いって、結局私らもそれ使うんだから。それにいざとなったら授業で使うモノだって言って生徒会に出して貰えば良いし」
「そうですよ! これも立派なAT用の備品なんですから! 領収書切って経費で落とせば良いんです!」
「良いのかな、勝手にそんなことして……」
「みほさんは生徒会のわがままを、これまで全部呑んできたんですから。少しはあちらにも呑んでいただきませんと」
「……あはは」
お金まで出させてしまったのだから、これは全力で良い物を
早速、帰って作業にとりかからなくては。
「それじゃあ、私は帰るね」
「みぽりん、もう帰るの? もうちょっと店のなかを見てまわらない?」
沙織の誘いに、みほは首を横に振る。
買ったばかりのミッションディスクを掲げ、言う。
「時間をかけてゆっくり仕上げたいから」
「何かお手伝いすることはありませんでしょうか?」
華が聞くのにも首を横に振る。
「大丈夫だよ。リーダーとパソコンさえあれば、プログラミング自体は家で――」
しかしそこまで言った所で、みほの体が固まった。
「西住殿?」
「みぽりん? どうかした?」
「顔色がすぐれないようですが」
三人が様子に気づいて声をかけるも、みほはあああと呻いて頭をかかえるばかり。
「忘れてた。実家にリーダーもパソコンも置いてきちゃったんだ……もう使わないと思って……」
どうしよう、どうしよう。折角みんなで買ったのに、これじゃあ間抜けすぎる。
そう胸中で自嘲しながら、どうすればいいだろうかとみほは思案する。
そんなみほの姿に、優花里はスッと手のひらを挙げて言った。
「あの~パソコンとリーダーでよろしかったら、私の家にあるのをお貸ししますけど」
「え! いいの!? 凄い助かる!」
みほは思わず優花里の両手を握ってぶんぶんと振った。
「そ、そんなに感謝されると照れてしまいます~。それに、正直そんなに性能が良いわけでもないですし、西住殿のお眼鏡に適うかどうか……」
「大丈夫だよ! 道具さえあればあとは私の方でどうにかするから!」
二人の話を聞いていた沙織が何か思いついたかポンと手を叩いた。
そして言った。
「よし! じゃあみんなでみぽりんの家に行こうよ! 何か、手伝えることがあるだろうから!」
――◆Girls und Armored trooper◆
「コーヒー入れたけど、みぽりん飲む?」
「うん、ありがとう」
「ドーナツもあるけど、食べる?」
「いただきます」
沙織がキッチンから苦そうなコーヒーと、チョコレートで覆われたドーナツを持ってきた。
みほはコーヒーを少しだけ飲むと、すぐに目の前のモニターに向かって一心不乱にキーボードを叩き始める。
華も、優花里も、沙織も、ただ後ろからその様子を静かに見ていることしかできない。
みほは自身の部屋に戻ってきてからというもの、優花里から借りたパソコンに向かって作業に没頭してしまった。
その様子は話しかけるのも躊躇われるほどだったので、残りの三人はというと晩ご飯でも作りますかという話になった。
みほは帰ってきてから休むことなくプログラミングに取り組んでいるため、終わった時はお腹が空くだろうと気を利かせたのと、ぶっちゃけた話他にやることがなかったからだった。
「みぽりん凄い集中力」
「まるで華を活けている時のような緊張感ですね」
「お手伝いしようにも、私程度だと足をひっぱりそうです……」
下準備を進めつつ三人は努めて囁くように話し合った。
「私、恥ずかしながらミッションディスクを組んだことは余りなかったもので」
「てかATって毎回ああいうことしないと乗れないもんなの?」
「いえ、大半のかたは購入時についてくる既成品で済ましてしまうもので。私はマニュアル操作のほうがATを直に感じられるので、最低限の動作以外は入力しないようにしてますが」
「良く解らないけど、マニュアル通りに行くか、自分の考えでアタックするかってこと? 私だったらマニュアル通りにまずは映画から誘っちゃうかなぁ~」
「……なんの話をしてるんですか」
そんなことを話しながらも、三人とも手は休めない。
時々、華が危なっかしい動きで包丁を触るのを沙織が横から手伝ったりしつつ、優花里は優花里でご飯を炊いたりしていた。
やっている内に時間は過ぎて――。
「できたぁ!」
ちょうど夕飯の準備が終わる頃、みほはそう言ってガッツポーズをした。
「お疲れ様! ちょうど肉じゃが出来上がった所だよ」
「あ、ほんとだ。凄い良い匂い……ってごめんなさい! お料理してるの全然気づかなかった!?」
「こちらこそ全然手伝えなくて、申し訳ありません」
ひとまずパソコンなどを脇に置いて、慌ただしく遅めの夕食の準備をする。
腹がグーと鳴くなか、四人は机を囲んで、揃っていただきますをした。
「それにしても西住殿のミッションディスクへのこだわりは凄いですね。私、感服しました」
優花里が眼を輝かせて言うのに、みほの顔はほんの少し曇った。
「ううん。単に私の場合は、こだわらざるを得ない事情があっただけだから」
「事情、ですか?」
「うん。私ね、実はあんまりATの操縦が上手くなくて……」
「え!? 今日、あんなに上手く操縦してたのに?」
沙織が驚いて言うのに、みほは静かにそれを否定する。
「私よりも操縦の上手い人はたくさんいるから。私の場合は、その差を他のモノで埋めなくちゃいけなくて」
みほの脳裏に浮かぶのは、二人の少女の姿。
西住まほ、逸見エリカ。
姉と、同輩。特にエリカの猛犬のような獰猛さは、今でも強い印象としてみほの心に刻まれている。
「……でも良いじゃない。スポーツできないんなら、勉強で頑張れば良いんだし! インテリ女子はモテるんだよ!」
「沙織さんはどちらをがんばってるんでしたっけ?」
「どっちも頑張ってない! って言わせるな」
湿っぽい空気になりそうな所を、沙織がフォローを入れてくれた。
すぐに空気は明るくなって、そんな様子にみほは思う。
(良いなぁ)
沙織の快活さと気配りが、素直に羨ましいと思えるのだった。
次回『模擬戦』