ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第62話 『決闘』

 

 大洗女子学園の見せた中央突破機動。

 その最後尾を務めることになったのがアリクイさん分隊であった。

 現状、大洗女子学園装甲騎兵道チームの中で、もっとも技量に劣っている分隊である。

 それは当人らも認めていることであり、周りもそれは仕方がないことだと思っている。

 チームに参加したのは最も遅く、しかも決勝戦の直前だ。正直な所、チームメンバーの大半が彼女らの活躍を期待してはいなかっただろう。百機の大軍勢を誇る黒森峰に対するうえで、少しでも数差が埋まるのならば――と、まぁこの程度の認識であっただろう。

 所が、実際はどうだろう。

 

「ねこ……にゃーっ!」

 

 特徴的な掛け声と共に繰り出される一突きはブラッドサッカーのカメラアイ、その緑に輝く光点をあやまたず穿つ。本来であればそのまま貫通してコックピットを串刺しにする一撃も、絶対安全のカーボンコーティングに阻まれてレンズを粉砕するに留まった。しかし、撃破判定を引き出すのには十分。

 敵ブラッドサッカーの白旗が揚がるのを確認するのもそこそこに、次なる相手を探して細身の長剣を振るう。

 レイピアを思わせる丸いヒルト――拳をガードする鍔のようなもの――に、針のような細く長い剣身。しかし特殊な加工を施されたそれは、容易に折れも曲がりもしない。『ストライクフェンサー』。これこそがねこにゃー駆るレイジング・プリンス、狂乱の貴公子の得物である。

 余りにもATらしからぬ優美な武器を操るのは、やはりATらしからぬ白銀のシルエットだ。

 パープルベアーをベースにしたこのATの表面は磨き上げられた白銀色で、陽光に砲炎に照らされて煌く様はとてもスコープドッグと同じ括りに入るマシンには思えない。

 マント形の装飾を背負う姿などは、ほとんど儀仗兵用のATさながらだ。

 しかしこのレイジング・プリンス、かつてはバトリング用のATとして歴史に残る大活躍を見せた名機であり、ねこにゃーが駆るのはその精巧なレプリカであったのだ。

 

『ももがーっ!』

『ぴよ、たんっ!』

 

 ももがーとぴよたんの駆るAT達もまた同様だった。

 円錐状の頭部が特徴的な、死神然とした異形のAT『ヘルミッショネル』、地獄の宣教師も。

 左右非対称で異様に長く大きな左手を持つドッグタイプ『トロピカルサルタン』、熱砂の皇帝も。

 共にかつてバトリング界で伝説的な活躍をした選手たちの愛機、その良く出来た模造品であった。

 ももがー駆るヘルミッショネルの得物は大鎌。それでブラッドサッカーの足をなぎ払い、倒れた所に鋭い石突を振り下ろす。ぴよたんは愛機のトレードマーク、長く巨大な左手で黒い機影を掴み、他の黒森峰機へと叩きつけた。アームホップと呼ばれるその技は、かつてトロピカルサルタンを駆ったボトムズ乗り、スラ・ムスタファの得意技であった。

 三機の見せる、八面六臂の活躍。その余りに手慣れた動きに、取り囲もうとする黒森峰選手たちですら躊躇いを見せるほどだった。――いったいどういうからくりか。

 

『猫田さん! 撤退してください! このままでは逃げ遅れます!』

「大丈夫だよ西住さん! このぶんならあと何機かスコア増やせる筈!」

 

 撤退を促すみほに対し、ねこにゃーは興奮に震える声で応えた。

 そんな彼女の手の内にあるのは、操縦桿ではなくて何故か携帯ゲーム機と思しき代物だった。

 操縦用コンソールとLANケーブルで接続され、本来ならばゲーム画面が表示されるモニターには数字と標準アストラーダ文字の連なりがめまぐるしく踊っている。

 ねこにゃーの、スコープ越しに見える世界の端、そこにブラッドサッカーが一機、新たに出現すた。

 

(BS、pop1!)

 

 FCSが赤いロックオンマーカーをブラッドサッカーに灯らせるのと同時に、ねこにゃーはちょうど格闘ゲームの必殺技コマンドの要領で、ジョイスティックとボタンを操った。

 入力されたコマンドに従ってミッションディスクが稼働し、コンバットプログラムを起動させる。

 ストライクフェンサーの長い剣身が、レイジング・プリンスへと向けられたブラッディライフルを絡めとり、その銃口をそらす。がら空きになったその胴体へと向けて、左手のAT用ハンドガンが火を吹いた。

 かつて本物のレイジング・プリンスを駆ったエル・ブリアンは、相手の技を受け流してからの攻撃を得意とした。

 ねこにゃーが今やって見せた動きは、まさにエル・ブリアンその人の動きであった。

 ――つまりはこういう仕組みだ。

 ミッションディスクにバトリング選手の戦闘データをベースにしたコンバットプログラムを書き込み、それを専用のインターフェイスを通じて格闘ゲームのコマンド入力よろしく打ち込めば即座に発動する。

 シンプルだが、しかしゲーマーとしての腕ならば大洗随一のアリクイさん分隊にはもってこいのシステムだ。AT操縦技能に劣る彼女たちが黒森峰相手に見事な立ち回りを見せているのも、コマンド入力の速度とタイミングが絶妙であるからに他ならない。

 当初の予想に反して、アリクイさん分隊は順調にその撃墜スコアを伸ばしていた。

 しかし――。

 

「次!」

 

 ねこにゃーは額に汗を滲ませながら、次なる標的を求めてカメラアイを回す。

 その姿には余裕はなく、むしろ焦りしか感じ取ることができない。

 無理もない。彼女たちはこの決勝戦が初めての試合なのだ。

 ましてや、足を引っ張ってはいけないという気負いもある。

 その上でなまじ撃墜スコアを得てしまったのだ。

 彼女らは戦況を見失っていた。

 初めての実戦の気に当てられて、焦燥と興奮で意識は完全にのぼせ上がっていたのだ。

 だが、装甲騎兵道は多対多の競技。しかも参加人数は両チーム合わせて最大二百。

 戦況を冷静に見極め、チームとして動けなければ勝ち残るのは難しい。

 ブラッドサッカーからの厚い弾幕に晒されて、みほ達は助けに戻ることもできない。

 全力でこの地を脱せんとする大洗の戦列から、彼女たちは取り残されつつあった。

 

「今の!」

『敵の』

『フラッグなり!』

 

 一瞬、視界を過ぎった赤い影。

 血の色に塗られた、大きな二枚の羽飾りを肩に負った姿は見間違える筈もない。 

 西住まほの乗るブラッドサッカー、すなわち敵のフラッグ機に他ならない。

 

(フラッグ機さえやっつければ――)

 

 ――勝てる。

 そんな健気な野心が、判断を誤らせる。

 三人の注意はまほのブラッドサッカーへと向いていた。

 それこそが、黒森峰隊長の狙いとも気付かずに。

 

『ふきゅうっ!?』

『だっちゃ!?』

「ッ!?」

 

 心の空隙を貫いたのは、稲妻のようにあらわれた青い装甲騎兵たち。

 重装備のスナッピングタートル三機がいつの間にか背部に回りこみ、ロケット弾を撃ちこんできたのだ。

 コンバットプログラムを起動させる間もなく、ももがーとぴよたんは撃破され白旗を揚げる。ねこにゃーのみがレイジング・プリンスのトレードマークとも言える背部マント、正確にはマント型の装甲板に守られて撃破を(まぬが)れる。

 必死にローラーダッシュで敵の射線から逃れ、反撃の機会を探る。だが、見渡す限り敵ばかり。攻撃を凌ぐだけで精一杯。

 

(せめて敵フラッグを――)

 

 それでも諦めず、赤い影を追う。

 だが、正面に割り込んだのは青い影だ。

 

「ボ、ボスキャラ!?」

 

 スコープドッグよりも一回り大きな青い巨体。

 スコープドッグと異なる複合センサータイプのカメラアイ。

 スカートアーマーに描かれるのは、黒森峰の校章と分隊番号。

 24分隊隊長機、黒森峰副隊長、逸見エリカ駆るストライクドッグ!

 

「し、死なばもろとも!」

 

 この時ねこにゃーが見せた指捌きは神速と呼ぶにふさわしいものだった。

 それに応えるレイジング・プリンスは定められた通りの動きを最大の効率でこなしてみせる。

 グライディングホイールをフルスロットルで回転させ間合いを詰める。

 それに合わせたか迫り来るストライクドッグと、相互の間合いからやや手前でホイールを左右逆回転。

 機体そのものの旋回に腰部ターレットリングの回転を同期させると同時に、腕を真っ直ぐに伸ばしストライクフェンサーをストライクドッグへと突き出す。機体、上半身の二重円機動に合わせての突きの一撃は、遠心力をその切っ先に込めることで加速する。

 その加速が頂点に達した、その瞬間にアームパンチ! 脚部、腰部の回転の勢いに火薬の爆発を乗せて、白銀の衝角は速く長く伸びた。生身の人間がやるには余りに高度なテクニック。こんなことがマニュアルでできるのは一流のボトムズ乗りのみ。だがミッションディスクを用いればそんなことは無関係!

 旗獲った! ――とねこにゃーは技が発動した瞬間に確信していた。

 繰り出すタイミングは完璧だった。アームパンチ分伸びた間合いは敵の虚を突き、避けることなど出来るはずがない。

 

「!?」

 

 ストライクドッグが見せた動きは僅かだった。僅かに、機体を屈ませたに過ぎなかった。

 それだけで必殺の一撃は空を切った。

 コンバットプログラムに則った機械仕掛けの攻撃は確かに完璧だ。だが、だからこそ読めば避けるのも容易い。

 攻撃を外され、体勢の崩れたレイジング・プリンスではH級ショルダータックルには耐えられない。

 あっさりと弾き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。

 何とか立ち上がった所に、視界を覆う鋭い鉤爪。アイアンクローのアッパーカットは優美なカメラアイをひしゃげさせ、そのまま撃破判定を引き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第62話 『決闘』

 

 

 

 

 

 

 

 表示されたキルログの連なりは、アリクイ分隊が全滅したことをみほへと知らせた。

 これで大洗側の戦力は29機。

 対する黒森峰は華やカエルさん分隊、そしてアリクイ分隊の奮戦もあって損害は与えているもまだ80機を割ってはいまい。戦力差は、未だ2倍以上に開いたままだ。

 しかも数少ない優位に戦える絶好の場所だった台地を放棄してしまっている。

 ここからの戦いは、むしろ大洗側が出血を強いられるものになりかねない。

 

「ウワバミさん分隊、後方の様子はどうですか?」

 

 みほが問いかけるのに、相変わらずナカジマは独特のゆるい調子の声で答えた。

 

『ん~とねー……バラバラと撃ってきてはいるけど、ありゃ単なる牽制みたいだね~。アチラさんも無傷じゃないから、態勢を立て直してる所みたい』

『猫田さんたちが頑張ったお陰かな』

「……そうだね」

 

 沙織が呟くのにみほは、ちょっと間を開けてから頷いた。

 アリクイさん分隊が独断で、というよりもその場の勢いに呑まれて攻撃を続けたのは褒められたことではない。

 結果的に彼女たちを置き去りにしてしまったこともみほにはどうにも引っかかる。

 しかし、彼女らの見せた奮闘は決して無意味ではなく、黒森峰主力部隊の足を止める結果をもたらした。

 みほの今すべきことは、この結果を活かして次なる戦略を再構築することだ。

 

「北西部の市街地を目指します」

『あそこならばゲリラ戦で黒森峰の大部隊にも対抗可能です!』

『そういうのの方が私も得意だからありがたい』

 

 優花里が嬉しそうな声をあげ、麻子がうんうんと同意した。

 彼女たちの言う通り、思い切りの良い分隊長ばかりの揃った大洗にとっては、市街地でのゲリラ戦のほうが野戦よりもずっと相性が良い。初期位置と黒森峰の進行速度の問題があって即市街地へと向かうことが出来なかったが、これでようやくベストポジションを獲るめどが立ってきた。

 みほは廃鉱山の別働隊へと回線を開いた。

 

「カメさん分隊、聞こえますか」

『はーい西住ちゃん! こっちもそろそろ撤収?』

 

 流石は角谷杏。みほが無線を入れたタイミングだけでどうするべきかを理解できるらしい。

 

「はい。廃鉱山の南側から出て、そのまま試合場西部の林道から市街地に向かってください。川を渡れば市街地はすぐそばです。そこには橋はありませんが、浅瀬があるので渡河できる筈です」

『ほいほーい。五十鈴ちゃんはどうするの? しばらくは私達と一緒?』

「はい。華さんにヒバリさん分隊と共同で市街地へと向かってください」

『りょうかーい』

 

 暫くは援護砲撃を受けられなくなるが、互いの安全を考えればこの方法以外ない。

 黒森峰が追撃を再開するまで時間はあまり残されてはいない。今はとにかく市街地へと向かって一直線に進むことだ。市街地の前には大きな河が流れている。橋はひとつだけ。浅瀬はあるが、そこを使えば遠回りになる。先に渡りきって、これを爆破すれば市街戦の態勢を整えることができる。

 

「隊形を変更します。あんこうを先頭に――……」

『どしたのみぽりん?』

 

 指示を出そうとしたみほの言葉が不意に止まる。

 不審に思った沙織が聞くが、みほは答えず、そして不意に叫んだ。

 

「全隊! 左10時の方向に旋回!」

 

 みほの緊迫した声に、疑問を挟むこともなく皆一斉に従った。

 大洗の戦列が、一個の生き物のようになめらかに左に曲がった。

 するとどうだ。直進していればそこにいたであろう位置が爆ぜ、煙が上がり土が散る。

 

「全隊! 右4時の方向!」

 

 次なる爆発もみほの指示で避けた所で、皆も何が起こってるかを理解した。

 砲撃だ。あの台地を砲撃したハンマーキャノンが、今再び自分たちを狙っている。

 

『見えた! 3時の方向!』

 

 クエントレーダー持ちのカエサルが叫んだ。

 みほもステレオスコープをそちらに向ければ、彼方からこちらへと爆走する黒い騎群が見えた。

 

『さっすがたかちゃん! ひなちゃんパワーぜよ!』

『でかしたぞたかちゃん、ひなちゃん!』

『見事だカエサル! じゃなかった、たかちゃん!』

『うっさい!』

 

 こんな状況下でも茶化し合っているニワトリさん分隊はともかく、みほはどうするべきか考えていた。

 マイクが拾った風切音から砲弾が飛んで来るのは判っていたが、よもや『あんな撃ち方』しているとまでは想定外だった。

 コチラに近づく敵スコープドッグ隊は恐らくは山越にこちらを狙っていた部隊だろう。動けぬ本隊の代わりに追ってきたのだ。しかし、彼女らの得物のハンマーキャノンは設置して用いる野戦砲だ。故に機動戦には本来は適さない。

 ところが相手は四機がかりでハンマーキャノンを抱え持ち、走りながらこちらに砲弾をぶっ放していたのだ。総勢二十機。ハンマーキャノンは五門。恐るべき大砲の数は減ったが、代わりに間合いが縮まったために脅威度ではむしろ倍以上!

 

(……ここで時間を使うわけにはいかない!)

 

 みほは即断し、即座に命令を下した。

 

「速攻を仕掛けます! 麻子さん!」

『ほい』

 

 名を呼んだだけで、天才少女は為すべきことを察した。

 ショルダーアーマーの備わったスモーク・ディスチャージャーから、煙幕弾が三発吐き出される。

 それらは黒森峰隊と大洗の間に煙幕を張り、互いの視界を遮る。

 

「ウサギさん分隊! 機銃お願いします!」

『了解です隊長!』

『喰らえおりゃぁ~!』

『喰らえ喰らえ!』

『バリバリバリ~!』

『鬼さんこちら~手の鳴る方へ~』

『……』

 

 トータスタイプのAT固有の武装、腹部の二連11mm機銃を、一年生たちは一斉に発射する。

 煙幕の向こうから飛んでくる機銃弾に苛立ち、敵は煙幕を吹き飛ばそうとするだろう。

 それを見越して、みほは次なる指示を矢継ぎ早に飛ばす。

 

「ウサギさん分隊は散開しつつ後退してください! カエルさんもPR液や弾丸を温存し後退! ウワバミさんにニワトリさんは細かく動いて相手を翻弄しつつ援護射撃!」

 

 そして最後に、華を除くあんこう分隊に号令した。

 

「あんこう突撃します!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 黒森峰砲兵隊は煙幕を吹き飛ばすべく砲を構えた。

 本来ならばこうした追撃を任されることもない筈の足の遅い砲兵隊に、敢えて追っ手を任せる……このまほの采配には当初彼女らも驚いたが、直ぐに頷いて追跡に掛かった。

 荷重となるハンマーキャノンを半分置き捨てて、二機で一門が規定なのを四機で一門持つことで速度の低下を抑える。これにより脱兎のごとく逃げる大洗に追いつくことが出来ていた。

 しかも、こちらには強力な砲が未だ五門もある。

 相手は煙幕越しに撹乱のつもりか機銃を撃ってくるばかり。恐らくは文字通り煙に巻いて逃げるつもりだろう。本隊はすぐにでもここに追いついてくる筈だ。相手もそれを解っているだろうから。

 ――ならばこそ、本隊と合流するまでもなく、ここで叩く。

 第19分隊から第23分隊の砲兵五個分隊は、まだ未熟な一年生を主体としている。

 本来ならば全国大会など出ることを許されぬ選抜漏れの選手たちだ。それだけに彼女たちには野心があった。少しでも撃墜スコアを稼いで、先輩たちに認めてもらいたいとする健気な野心。

 任されたのは足止めだけだったが、彼女らは余計な欲を抱いたのだ。

 しかし一流のボトムズ乗り、西住みほにとってそんな健気な野心は心の空隙でしかない。

 そこを――貫く。

 発射される砲弾が爆裂し、煙幕を吹き飛ばす。

 辺りに立ち込めるほのおのにおいは噎せ返る程。

 ならば、炎の向こうに待ち受ける、ゆらめく影は何だ。

 

『!?』

 

 驚いた時には、もう遅い。

 先頭の一機が、頭部を撃たれて白旗揚げる。

 慌てて反撃を期せば、立て続く銃撃は彼女らの得物ハンマーキャノン、その弾倉や砲口を狙った。

 爆散――必殺の得物が、自滅の地雷原と化す。

 散り散りになる戦列。何とか腰に吊るした各々のヘビィマシンガンに手を伸ばすも、狙いをつける間もなく地面に沈む。

 奇怪なる迷彩布で包まれた姿は余りに素早く、何とか影を追いかけることしかできない。

 そちらに気をとられていれば、己達が駆るのと同じATが、しかし肩には深海の捕食魚の紋章を掲げたATが拳を振り上げ、容赦なく叩き伏せる。

 敵の血潮に濡れたのか、真っ赤な肩をした針鼠が、機銃を唸らせミサイルを弾けさせる。

 砲火を潜り抜ければ、待っているのは見たことがない奇妙な敵フラッグ機。

 好機に飛びつけば、それは鮟鱇の罠。

 左肩のシールド――に備わったクローアームに捕えられ、逃げる間もなくゼロ距離の射撃が火花を散らす。

 もう、追撃どころではない。

 手柄も忘れ、得物も捨てて、逃げるしか無い。

 退きながら振り返る。

 硝煙の彼方に屹立するは、大洗女子学園精鋭あんこう分隊。

 一番目立つ左肩の赤いスコープドッグが、実は一機も落としていないのは秘密だ。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『何とかなりましたね、西住殿!』

『流石に連戦はきついな……少し休憩を入れたい』

『ひい、ふう、みい……私調子に乗って撃ち過ぎちゃったよ……弾が保つかなぁ……』

「大丈夫だよ沙織さん。いざとなったら相手のを奪えば良いから」

『そんなのできるのみぽりんだけだよ……』

 

 追撃隊を見事蹴散らしたあんこう分隊は目的の橋に到達することができていた。

 バラバラのタイミングで後退を開始した割には、あまり時間差もなく合流が果たせたのは嬉しい誤算だ。

 あんこう、カエル、ウサギ、ニワトリ、そしてウワバミの五個分隊は何とか欠けなくここまで辿り着くことができた。

 後は橋を渡って別働隊と合流を果たすのみだ。

 

「橋は老朽化しているので、慎重に渡ります。殿は……ウサギさん分隊お願いします」

『任せて下さい!』

『やったるよー!』

『あいあいあいーっ!』

 

 石造りの古い橋はAT部隊が一度に大勢渡れば崩れてしまうかもしれない。

 よって各分隊ごとに渡る。

 遠距離砲戦がこのなかで一番得意なウサギさん分隊に警戒を任せ、まずはウワバミが、次いでカエルが、アンコウが、ニワトリがと次々渡っていく。

 

『妨害もなし……この無事越えられそうですね』

『やったー……やっと一息つける』

『昼寝の時間でもとれれば最高なんだがな……そりゃ流石に無理か』

 

 対岸についた優花里、沙織、麻子も少し肩の力を抜いてリラックスした様子だった。

 しかしみほはと言えば、油断なく鋭い視線で向こう岸を見守っていた。

 

「……よし。それじゃウサギさん分隊、移動を開始してください」

 

 そう言った直後だった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 あんこう分隊に蹴散らされた黒森峰砲兵隊。

 地に倒れ伏し、白旗揚げて回収を待つAT達の下から、這い出てきた一機のスコープドッグ。

 僚機に巻き込まれて倒れ、下敷きになりつつも撃破は免れた彼女は、何とか這い出した所ですぐに行動を開始した。自分の為すべきことは一つ。黒森峰装甲騎兵道チームの端くれとして、相手に眼にもの見せてやること。

 彼女のスコープ越しの視線の先には、置き捨てられたハンマーキャノンがある。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 みほは大声で叫んだ。

 

「待って! 中止! 移動中止! 引き返して!」

 

 みほの声に、梓は即応し続く皆を踏みとどまって押しとどめ、急速バックで押し返す。

 何とか全機岸へと戻ったのと同時に、砲弾が、ハンマーキャノンの砲弾が石橋を直撃する。

 経年劣化で脆くなった石橋にはそれで十分だった。

 アッと叫ぶ間も無く、石橋は崩落し河へと落ちて水しぶきを上げた。

 もう渡ることはできない。ウサギさん分隊の駆るスタンディングトータスには潜水能力はない。

 

「――」

 

 みほは彼女には珍しいことだが一瞬言葉を見失っていた。

 ウサギさん分隊六機。大洗に女子学園にとっては数少ない重火力AT部隊と今、みほ達は完全に分断された。

 黒森峰本隊が追いつくまで、あと僅か――。

 

 

 





 余りに広く、余りに深く
 それ故に、それ故に忌々しいこの大河を
 必ずや渡らねばならぬとしたら
 橋なき大河を、渡しなき濁流を超えねばならぬとしたら
 姿なき道を、在り得ざる道を求めて、みほは考え、そして決断する

 次回『渡河』 心に浮かぶ、ただ一筋の道

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