『今です!』――というみほの号令一下、カエルさん分隊は一斉に煙幕の向こうを目掛けて走り出した。
脚部、人間で言うところの
大洗が陣取る台地は元々が不整地だった上に、黒森峰のハンマーキャノンの砲撃で今や地面のコンディションは最悪を通り越している。麻子の言葉を借りるならば『悲惨』の一言だ。
タイプ20、スコープドッグ・ターボカスタムは極めてバランスの悪いATだ。ジェットローラーダッシュユニット起動時には確かにサブホイールが展開されるし、これは姿勢制御やサスペンションの役割を担ってはいる。しかしその効果は限定的で、このATがかつて正規採用された際には事故が頻発し、調達は僅か半年で打ち切られたという不名誉な逸話まであるほどだ。そんなATをこんな凸凹な場所で用いれば、即座の転倒は免れ得ない。
――普通であれば。
「行くぞー!」
『『『そーれっ!』』』
だが、それを駆る典子らバレー部四人娘は並のボトムズ乗りではない。
両足を奇麗に揃えてジェットを吹かし、起伏の激しい斜面を駆け下りる様はまるでスキー競技のモーグルだ。
しかも、一列に突き進む四機の隊列には全く乱れがない!
「煙幕抜けるぞ! 河西!」
『はい! 準備出来てます!』
ファッティー乗りであった彼女たちがこのピーキー極まる暴れ馬、ならぬ暴れ顕微鏡面犬を乗りこなすのは並大抵のことではなかった。勝手の違うATな上に仕様は極めて独特、加えて練習のための時間は極わずか。それでもなお、こうしてタイプ20を自在に操っているのは、元々が黒森峰印のカスタム機で質が非常に良かったこと、そして彼女らの持つ人並み外れた反射神経と運動能力のお陰だった。
(――くっ!)
だが、常人離れした彼女らを以ってしてもタイプ20は御し難い代物だった。
急カーブ、急ターン、勾配による跳躍のたびに体にはGがかかり、そのまま機体を横転させてしまいそうになる。
典子は歯を食いしばり、重力に耐えて操縦桿を切る。
彼女らが元々愛機としていたのはファッティーだ。ファッティーは基本性能こそスコープドッグに大きく劣るものの、後発機体だけあってコックピットも広く造られていて乗り心地はずっと快適であり、また構造がシンプルであるから取り回しも良い。また本来は宇宙空間用であったこともあって、ローラーダッシュの代わりに足裏のジェットノズルを用いたホバー走行を採用している。これも細やかな機動性はスコープドッグに劣るが、反面動きが単純で使いやすかったのだ。
それを思えば、ファッティーからタイプ20への乗り換えは、自動車で言えば軽自動車からF1カーに乗り換えるような無茶苦茶な機種転換であったのだ。
それでも、彼女らはタイプ20を受け入れ、これを使いこなすべく特訓した。
与えられた僅かな時間のなかで、全力で練習に練習を重ねた。
――ATとは鍛えられた身体の延長である。
元々タフネスと運動能力に関しては大洗随一のバレー部一同だ。
ATという鋼の騎兵を、半ば力尽くで己が躰の一部とすることを成し遂げたのだ。
ほんの数カ月前まではアーマード・トルーパーのアの字も知らなかった少女たちであったことを思えば、これは驚嘆すべき事実であった。
「根性ーっ!」
典子は吼える。
自分の操るのはとんでもないじゃじゃ馬だ。
それを御するのは根性だ。何が何でも根性だ。
上りも下りも横揺れも縦揺れも、砲弾もミサイルも全部根性で乗り越えるのだ。
『根性ーっ!』
『根性ーっ!』
『ど根性ーっ!』
忍が妙子が、あけびが続いて吼える。
根性でATを抑えこみ、手綱を引いて突撃する。
煙が晴れる――。
煙の向こうには、隊列を組んだブラッドサッカーの黒い連なりが待ち構えているのが見えた。
数えきれないほどの銃口が典子たちへと向けられ――ほんの一瞬、ぶれる。
煙幕をくぐり姿を現した敵機は、かつて身を預けた黒い騎影であったのだ。
反射的に、銃口をそらしてしまいそうになったのだろう。
生じた隙は一瞬に過ぎなかった。黒森峰はこの程度で動揺してくれるほど甘くはない。
だが、典子達にとっては隙はその一瞬で十分だった。
「河西!」
典子が再度叫ぶ。
忍がその声に応じて、鋼鉄の右手を高々と掲げた。
その掌のなかには、円筒形状の何かが握りこまれている。
側面のランプに赤い光が灯った。――『秒読み』の開始だ。
『アターック!』
忍のバレーでのポジションはアタッカーである。
ATでバレーをやったこともあったが、その時もポジションに代わりはなかった。
機体が段差によって低く跳躍した瞬間、掲げられた右手を思いき振り下ろす。
握りこまれた指を開けば、掌底の一撃が弾け飛ぶ薬莢と共に打ち出される。
――アームパンチ。その強烈な勢いに押し出され、掌中の円筒は砲弾のように黒森峰戦列へと撃ち込まれた。
その動き、その様は、あたかも女子バレー強豪校選手のスパイクであるかのような力強さ。
敵ATの予期せぬ動きに、黒森峰のブラッドサッカーたちは思わず地面に突き刺さった円筒へとカメラを向ける。
円筒の正体は、AT用の手榴弾だった。
慌てて散開する間もなく、手榴弾は炸裂!
数機のブラッドサッカーが吹っ飛ばされ、この一撃に白旗を揚げる。
つまり、敵の戦列に穴が空いたのだ。ここを一気に畳み掛けて、突破口をこじ開ける!
「近藤!」
『はい!』
サービスエースに定評のある妙子が撃つのはミサイルだ。
忍同様、傾斜を活かした小ジャンプからの、見下ろした形のミサイル攻撃。
右肩に装備した12連発の大型ミサイルランチャーのうち、6発が発射されて手榴弾の魔の手を逃れたブラッドサッカーたちへとトドメの撃破判定を下した。
何機撃破出来たか正確には解らないが、それでも突破口は開けた。
後はこれを維持するのがあけび、そして典子の仕事だ。
「佐々木!」
『はい!』
カエルさん分隊きっての射撃手、佐々木あけびの今回の得物はソリッドシューター。
華などにはまだ及ばないものの、彼女の腕も相当なもの。
手にするのはサンダースや黒森峰と違って旧式のSAT-03ではあるが、装弾数だけならともかく威力は十分。
態勢を立て直し、妙子や忍、そしてキャプテンを狙うブラッドサッカーを優先的に狙う。
電磁加速とロケット推進の合わせ技は素晴らしい加速を生み、真鍮色に輝く砲弾は避ける間もなくブラッドサッカーを吹き飛ばす。ジェットローラーダッシュ中とはとても信じられない精度だ。
「うぉぉぉぉっ!」
先頭を行く典子のタイプ20の両手には、二丁のショートバレル・ヘビィマシンガンだ。
短い銃身故に射程距離はいまいちだが、このような戦局では取り回しの良さが何よりも重要なのだ。
典子の雄叫びと共に、バルカンセレクターが二条の火を放つ。
命中弾は少なく、当たっても撃破判定には程遠い、大雑把な銃撃。だがそれで良い。敵を圧倒し、後続への道を拓くことこそが、典子達の役割だ。
二丁のヘビィマシンガンに続いて、再度忍が手榴弾を投げ込み、隊列を崩す。
今度はあっさりと退避され、爆炎は黒い騎影を掠めもしない。
妙子は武器をHRAT-23に切り替え、ロケット弾をばら撒き、あけびは相変わらずのソリッドシューターだ。
しかし、態勢を立て直した黒森峰には命中弾はない。それどころか、反撃は間近を掠め、典子の耳にも装甲の表面を銃弾が擦る異音が響き渡る。ジェットローラーダッシュのスピード故に、かろうじて避けている状況だ。
それでも、それでもバレー部一同の奮闘に、黒森峰の戦列に空隙が出来る。
だが、長くは保ちはしないのは解りきった話。
「隊長!」
典子は無線でみほを呼ぶ。
今、この瞬間しかチャンスはない!
――◆Girls und Armored trooper◆
『返り撃ちにしなさい!』
エリカの号令に、小梅は攻撃態勢を整えた。
赤星小梅はその配下たる第3分隊の僚機たちと共に、黒森峰の隊列中央左側にいた。
そして見た。煙幕を突き抜け、自分たちへと襲いかかるかつての乗機、黒く塗られたタイプ20の姿を。
一瞬、動揺した。だが、それも一時のことだった。
即座に平静に戻った小梅は、僚機達へと指示を飛ばす。
「全機、攻撃用意。あのタイプ20部隊が味方の戦列を通り抜けたら、指定した座標目掛けて一斉射撃」
昨年度は試合中に機体を水没させ、結果黒森峰の敗北のキッカケを作ってしまった小梅だが、しかし彼女はその後ろめたさを何とか乗り切ってここまで戦ってきた。
今では実力もメキメキとつけ、分隊長としての経験も十分に積んでいる。
故に彼女の判断は迅速かつ的確だった。
あのタイプ20部隊はただの尖兵に過ぎない。本命は、あの部隊がこじ開けた脱出路目掛けてやってくる。
彼女の分隊は全機、X-SAT-06 ハンディソリッドシューターを得物としている。
小型かつライフル型のソリッドシューターであるが、装弾数はともかく威力では大型のものと全く同じだ。
その一斉射撃を前にすれば、いかに防御を固めた重ATでもひとたまりもない。
『煙幕の向こうに影!』
「よし、これより攻撃――」
二番機からの報告に、射撃開始の号令を小梅は下すつもりであった。
しかしそれは、全く逆の方向から来た砲弾に遮られた。
『きゃぁっ!?』
「っ!?」
二番機が、一発で撃破される。
小梅は反射的な動きで操縦桿を切りペダルを踏んでいた。
相手のFCSを混乱させるためのクイックターン回避に、小梅は即座に飛んできた次弾を回避した。
『うわっ!?』
『うそっ!?』
ただし、僚機のほうはそうはいかなかったが。
三機の僚機から一瞬のうちに白旗をもぎ取る早業。その主が、小梅には直感的に解った。
「みほさん!」
カメラを向けた先には、煙のうちより姿を表わす継ぎ接ぎだらけの奇怪なATの姿がある。
黒光りするブラッドサッカーとは対照的な、明らかにスクラップから拵えたと解るシルエット。
顔は黒森峰時代からみほが愛用していたステレオスコープ仕様。焦げ茶色の塗装は極めて地味だが、反面、その装備品はバランスが悪いぐらいにゴテゴテだ。
右肩には硝煙吐き出すドロッパーズ・フォールディング・ガンを負い、左肩には何やらクローのようなものがついた巨大なシールドを備え、あちこちの装甲板を外して軽量化すると同時に、必要最低限の急所は追加装甲で強化している。
――『パープルベアーMk.Ⅳスペシャル』。
この最後の戦いのために拵えた、みほのATに他ならなかった。
――◆Girls und Armored trooper◆
「優花里さん! 麻子さん!」
『ハイィッ!』
『ほーい!』
声質の正反対な返事と共に、パジャマドッグとタイプ20がみほ機の背後より左右に飛び出す。
『予期せぬ方向』からの攻撃に、ブラッドサッカー達は今度こそ本当に慌ててブラッディライフルの照準をみほ達へと合わせようとするが、優花里と麻子の動きはそれを凌いでいる。
装甲を限界まで削ったが故の、黒森峰特製のカスタマイズを施されたが故の、圧倒的なその速さ。
相手の銃口が自機へ向き直るよりも先に、二人は攻撃を開始する。
ガトリングガンが銃弾を吐き出し、ブラッドサッカーが一機沈んで両隣は慌てて散開する。
ファッティー用のGAT-42ガトリングガンをベルト給弾式に改造し、背に負った弾薬用ドラムと連結させてあるのだ。これならば弾幕を途切れなく張ることができ、パジャマドッグならではの装甲の弱点を補うことができる。
一方、麻子のほうの得物はダイヤルマガジン式のヘビィマシンガン・ショートバレルであった。ダイヤルマガジンとは二基の120発マガジンを連結させ、240発仕様に改造した代物だ。極端に重心が前に移動したバランスの悪い武器ではあるが、至近距離での火力は絶大であるし、多少の取り回しの悪さなど、冷泉麻子にとっては一切問題にならない。
二機が弾幕を張る影では、みほがドロッパーズ・フォールディング・ガンで次なる獲物を見定め、さらにやや遅れてやって来た沙織が、レッドショルダーカスタムならではの大火力を展開する。
『ええ~い! やー!』
沙織らしいどこか様にならない掛け声と共に、機銃が唸り、ソリッドシューターが咆哮する。
さらに背後からは、ウサギさん分隊、さらにまだ煙幕で見えないが後続のニワトリさん分隊も突撃を開始する。
戦線の反対の端からも、ウワバミ、そしてアリクイさんの分隊も攻撃を開始していた。
黒森峰の選手たちの殆どは、先に突撃し突破口を開いたカエルさん分隊に残りの大洗部隊が真っ直ぐそのまま続くと考えていた。それが最短経路であるからだ。
みほはその思考読んで、敢えて逆を行った。
戦線の両端からの、弧を描く二方面突撃。カエルさん分隊の怒涛の攻撃に意識を奪われていた黒森峰選手達にとっては、完全に不意を突く形になっていた。
戦線が長く横に伸びすぎていたのが問題だった。何せ黒森峰は総勢百機。
この場所だけでも64機のATがひしめいている。まほ、そしてエリカという優秀なボトムズ乗りを以ってしても、予期せぬ方向からの攻撃に即応させるのは困難であった。
後学のためにと試合観戦にきていた某知波単学園の某西絹代ら装甲騎兵道選手達が見事な突撃ぶりにモニター目掛け拍手喝采するなか、そんなことは知る由もないみほは、凛とした声で号令する。
「全機、中央部へと目掛け、突撃します!」
騎軍と騎軍がぶつかり合う戦場に、余りに似つかわしくないもの
古式ゆかしい、人と人との決着の方法
決闘
この埃臭くも危険な遊戯が、あるいはこの戦場には相応しいか
強大なる敵に一矢報いるべく、一人の少女が、捨て身の勝負に打って出る
次回『決闘』 切っ先に込めるは、致命の一撃
AT講座は、黒森峰のシークレットATが判明する回と合わせて行いたいと思います
もっとはやくそこに行き着く予定でしたが、まだ先になりそうです