ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

65 / 101
第60話 『奪取』

 

 鳴り響く試合開始の号令。

 それを合図に、黒い戦列は一斉に走り始めた。

 総勢百機の大軍勢。回る車輪が巻き上げる土煙砂煙だけで辺り一面が覆われる勢いであり、彼女らが通った後は原野も耕された後のように剥き出しになってしまう。

 先頭を行くのは、黒いフラッグを掲げたブラッドサッカー。

 黒く塗り固められた黒森峰仕様のブラッドサッカーの戦列にあって唯一、右肩が赤く塗装されている。

 それこそが、彼女が精鋭黒森峰の隊長である証だ。

 西住まほの愛機であった。

 

「全機最大戦速。試合場中央部の台地を奪取する」

 

 まほから飛ばされる簡潔な指示に、麾下(きか)の選手たちは即座に応じた。

 黒森峰お得意の速攻戦術。フルスロットルで目指すは、試合場の中央部にある台地だ。

 ここが戦略上重要な地点となる。みほも狙ってくるだろう。だが、ここを押さえるのは自分たちが先だ。

 総勢百機もの大軍勢でありながら、その動きには全く淀みがない。

 日々重ねられた訓練と、鉄の規律のなせる技だった。

 

「第22分隊、遅れてるわよ!」

 

 それでも人のやることだけにミスもある。

 だがそこにはまほの後方に控えたエリカからの指示が飛び、即座に修正させる。

 彼女が駆るのは愛用の黒のストライクドッグ――をわざわざ決勝戦用に青く塗り直したモノだった。

 黒森峰の校章と、部隊番号である24の数字がスカートアーマーに染め抜かれている。

 従うのはスタンディングトータスをフルチューンした『スナッピングタートル』が3機。当然全てが青色だ。

 規律を重んじる黒森峰において、基本的にはパーソナルカラーなど許されない。

 それが許されたエリカは、例外となることが許容されるレベルの選手であるということであった。

 ――さて、ここで決勝戦に臨む黒森峰女学園装甲騎兵道チームの編成を改めて見てみよう。

 

 【第1分隊】西住まほ直属部隊4機

 ブラッドサッカー(レッドショルダー)×1

 ブラッドサッカー×3

 

 【第2分隊~第15分隊】総勢56機

 ブラッドサッカー×4×14

 

 【第16分隊~第18分隊】総勢12機

 バーグラリードッグ×4×3

 

 【第19分隊~第23分隊】総勢20機

 スコープドッグ黒森峰カスタム×4×5

 

 【第24分隊】逸見エリカ率いる精鋭突撃隊4機

 ストライクドッグ×1

 スナッピングタートル×3

 

 【第25分隊】シークレット部隊4機

 ???×1

 ???×3

 

 ――合計100機。

 第25分隊はこれまでの試合では参加することが無かった、黒森峰とっておきの部隊である。

 その編成内容すら秘密とされ、試合経過を伝える巨大モニター上でもクエッションマークが並んで詳細は不明であった。

 さらにやはり準決勝戦までは試合に出ていなかった、予備の旧型スコープドッグ部隊も今回はエントリーしている。新旧入り交じる形での、今の黒森峰の総戦力がこの試合場に集結していた。

 西住まほの号令一下、百の装甲騎兵は進む。

 対するみほも、大洗三十二機を率いて行動を開始する。

 百対三十二。

 常識で考えれば勝ち目のない戦いだが、しかし試合場を見つめる観客たちの視線は熱い。

 大洗女子学園はここに至るまでに、常識はずれの勝利を重ねてきた。

 ましてやそれを率いるのは、西住まほの妹、西住みほ。

 何もかもが型破りな、空前絶後の姉妹対決。

 ダージリンが、アンチョビが、ケイが、カチューシャが、蝶野亜美が、そして西住しほが見守る中、試合は動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第60話 『奪取』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、まほの予測に反して、みほが目指していたのは試合場中央の台地……ではなく、そのやや手前の廃鉱山であった。

 改めて試合場の地形について書けば、おおよそ以下のようになる。

 廃墟と化した市街地を北西部に有し、北から西へと斜めに流れる川があり、試合場中央部には巨大な台地が広がっている。北東部と南西部にはそれぞれ山があり、特に廃鉱山である南西部の山は大きい。

 みほの目的地は南西部の廃鉱山のほうだが、まほはこの廃鉱山にはあまり注目していなかった。

 確かに、戦略上重要な地点である。試合場内では一番標高が高い場所であるからだ。

 だが、かつて鉱山と使われていただけあって、山道などが整備されすぎている。つまり、登るのは容易ということだ。大洗は少数で数にまさる黒森峰に立ち向かう以上、必ず、地形を利用し陣地を構築し、城を枕に立ち向かってくるとまほは読んでいた。そう考えれば、廃鉱山は飽くまで通過点に過ぎない筈だ。

 廃鉱山上に偵察用の何機かは配置するかもしれないが、みほはここを通りすぎて必ず台地に向かうとまほは考える。試合中央部の台地は大きく、しかも地面は剥き出しで土砂で起伏に富んでいる。防御線を張るならここしか無い。

 戦略台地を先に獲った側が、試合の主導権を握る。

 みほはそのことは理解していた。そして自身の姉が、そんな自分の考えを読んでいるだろうことも。

 みほは思う。だからこそ、自分は姉の、まほの考えを上回らねばならない、と。

 そのための策を携えて、今日、試合に臨んだのだ。

 

『西住隊長、廃鉱山が見えてきました!』

 

 先行していたカエルさん分隊、典子から通信がみほの耳へと届く。

 ステレオスコープの倍率を上げれば、確かに見えてきた。

 幾つもの山道が周囲をめぐる廃鉱山。

 大洗のATであっても、この廃鉱山ならば簡単に登ることができる筈だ。

 単純なスピード勝負ではどれだけ急ごうと大洗に勝ち目はない。

 ならば、何らかの形でショートカットして、戦略台地に先回りをかける他はない。

 

「全機、廃鉱山北側に向かいます! 優花里さんにヒバリさん分隊は用意は良いですか?」

『任せてください、西住殿!』

『了解よ!』

 

 優花里とそど子からの力強い返事が来た。

 みほの作戦は彼女らがキーパーソンになる。

 優花里のATに、そど子らヒバリさん分隊のATは、その装備品が些か奇妙なモノとなっていた。

 パジャマスコープドッグの背中には、当初搭載されていた弾薬用ドラムの代わりに別のモノを背負っている。

 元は『ラウンドムーバー』であったのだろう。スコープドッグの宇宙空間戦闘用のジェットパックであるが、それを改造して下方向きにノズルを集中させたものであるらしかった。

 両の脇には幾重にも折りたたまれた板切れの塊のようなものを抱えている。

 ヒバリさん分隊のバウンティドッグはと言うと、基本的には元のバウンティドッグとは変わっていないが、装備の規模に関しては著しく拡張されている。背部には通常の数倍の大きさのワイヤーリールが備わっているのだ。既成品にはこんなものは無いので、廃材から拵えた自家製品らしい。使用するワイヤーは細くともカーボン加工が施されているから、リールの大きさから察するに相当な長さを伸ばすことが出来るだろう。ワイヤーの先のフックにはロケットが取り付けられ、長距離を飛ばすことが出来るように改造されていた。

 しかし優花里にしてもそど子達にしても、その謎の装備品が邪魔になって武器は一切携帯できないでいる。

 代わりにウサギさん分隊などが手分けして彼女らの武器を運んでいた。

 

『廃鉱山の麓に到着しました! まだ黒森峰の姿は見えません!』

 

 先鋒の典子からの再度入電。

 

(予定通り……かな)

 

 そう、ここまでは予定通りだ。

 台地までの到達競争はともかく、この廃鉱山ならば必ず自分たちが先にたどり着ける。

 だが黒森峰の動きは素早い。作戦の準備のために残された時間は僅かだ。

 

「カエルさん分隊はそのまま先行してください! 私達も後に続きます!」

 

 廃棄されて随分経つとの話であったが、山道は十分使用に耐えうる状態だった。

 みほを先頭に、優花里にヒバリ、沙織、華、麻子と続けばニワトリ、ウサギ、カメ、アリクイとすいすい登っていく。殿を務めるのはストロングバッカス改を駆るウワバミ分隊だ。

 廃鉱山北側斜面の中腹には、かつては重機や資材を置く用途であったろう広い踊り場があった。

 雑草がまばらに生い茂った荒れ地に、三十二機のATが勢揃いする。

 

『みぽりん!』

 

 沙織が叫ぶ方へとセンサーを向ければ、舞い上がる土埃が見えた。

 黒森峰だ。黒森峰の大軍勢だ。

 百の鋼の群れは今や戦略台地に迫りつつある。

 今からまともに地を走っても、先を越すことは不可能だ。

 ――ならば、それ以外の道をとる他はない。

 

『優花里さん!』

『はい! 五十鈴殿! 武部殿! お願いします!』

 

 優花里から例の折りたたまれた板切れ状のものを受け取った沙織機、華機は、それらを開き伸ばしていく。

 たちまちそれらは飛行機の翼のようなモノへと姿を変えた。

 ただし嫌に薄く、軽そうではあった。

 沙織達は二枚の翼状のものをパジャマスコープドッグの背中、例の改造ラウンドムーバーへと取り付けた。

 外れないように金具が正しく嵌っているのを確認した後、みほは叫んだ。

 

「これより、『ふわふわ作戦』を開始します!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『目的地まであと僅か! 大洗側の機影は確認できません』

「当然よ。マシンのスピードがまるで違うんだから」

 

 先行する部隊からの入電に対し、エリカは獰猛な笑みを添えて返した。

 第25分隊を別働隊としつつ、依然96機の黒森峰部隊は試合場中央の台地までわずかの地点にまで迫っていた。このペースで進めば確実に黒森峰側が台地を先に奪取できる筈だ。

 

(そうなればどんだけアイツがじたばたしても何もかも無駄よ!)

 

 エリカの言うとおり、大洗側が黒森峰に勝利するには地の利の助けを借りるしか無い。

 だがその地の利を先に黒森峰が得てしまえば、もはや大洗には勝ち目がないと言うわけだ。

 みほのことだから、セカンドプランとして試合場北西部の市街地へと向かうかもしれないが、そこには別働隊の第25分隊が待ち構えている。第25分隊のATは特別だ。対プラウダを想定して用意された秘蔵の特別機だ。どれだけ西住みほが知恵を絞ろうとも、勝てる筈は――。

 

『ふ、副隊長!?』

 

 エリカの思考を遮ったのは、僚機から飛び込んできた慌て声だった。

 

「何? いったい何があったの?」

『あ、あれを! 空を、空を!』

 

 空?

 エリカはひとまず空へとカメラを向けることにした。

 そして視界に入ってきた光景に、我が目を疑い、驚きのあまり、思わず目をこすろうとした。

 拳がヘルメットにぶつかって、自分が馬鹿げたことをやらかしたのに毒づきつつ、センサーの倍率を上げて再び空を見た。

 ありえない光景がそこにあった。

 ATが――空を飛んでいる!?

 

「……バカじゃないの!?」

 

 思わず叫んでいた。

 ここにはいない西住みほへと向けて叫んでいた。

 いったいどこの誰が、ATに飛行機のような羽を背負わせて宙を舞わせるなどと考えるのか。

 果たして、迷彩色の布カバーに覆われた奇妙なスコープドッグが、背中から飛行機のような翼を左右に伸ばして空を駆け抜けているのだ。

 

『撃ち落とせ』

 

 そしてこんな状況でも、西住まほは冷静沈着だった。

 黒森峰の全選手が唖然とするなか、彼女だけは現状をありのままに受け止めていた。

 あの空飛ぶATが向かう先は、まほ達が目指す台地に他ならない。

 たかが一機先に乗り込まれてもどうということはないが、みほのことだ。必ず次の策を打ってくる。

 そうなる前に、叩く!

 

「攻撃開始!」

 

 エリカも冷静さを取り戻し、まほの命令を復唱する。

 一斉に手にした武器を構え、トリッガーを弾く。

 機関銃が火を吹き、砲が噴煙を上げる。だが命中弾はない。

 当然だ。装甲騎兵道のATは対空戦など想定していない。センサーは正常に機能せず、銃弾砲弾は何もない空中を飛び交うのみ!

 

「ッ!」

 

 エリカはストライクドッグのソリッドシューターを構え、狙いを絞った。

 ストライクドッグならではの高性能センサーをフル動員し、慣れぬ空中の標的をロックオンする。

 

「今!」

 

 エリカは撃った。

 そしてそれは命中した。

 相手の右の翼。そこを見事にぶち抜いた。

 だがエリカは叫んだ。

 

「なんでよ!?」

 

 翼を貫かれても、相手の動きは全く止まらない! 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「飛行機じゃないんです! そんなもの効きません!」

 

 強気の言葉とは裏腹に、優花里の頬を冷や汗が伝い、心臓は自身が感じられる程に高鳴っている。

 しかし、まだこのATは落ちていない。それで十分。あとほんの僅かな距離さえ保ちさえすれば。

 ――『ふわふわ作戦』。

 限界まで重量を減らした優花里機の特性を活かし、背中にグライダー用の翼を取り付け、改造ラウンドムーバーの力で離陸、あとは滑空して台地へと舞い降りる。

 装甲騎兵道の常識を無視した、あまりにも奇想天外な作戦は、最初聞かされた時は流石の優花里も驚いた。

 しかし優花里は即座に、みほからの任務を承知した。

 西住殿が、あの西住みほが直々に任せてくれた仕事だ。

 全身全霊をかけて遂行するのみだ。

 対空砲火をくぐり抜けて、見事、優花里は台地へと到達することに成功していた。

 ラウンドムーバーを使ったのは最初の離陸時だけ。そこで全燃料を使いきってATを飛ばし、後は風を受けて滑空するのである。エリカに撃たれても墜落しなかったのはこのためであった。

 

「……5、4、3、2、1」

 

 地表が近づいたことをセンサーが知らせ、ブザーが鳴り響く。

 視界の端に点灯するカウントダウンを復唱しながら、優花里は着陸態勢に入った。

 

「ゼロ!」

 

 着地と同時に降着し、落下時の衝撃を殺す。

 見事、優花里は台地へと降り立った。

 用済みの翼を取り外し、ラウンドムーバーも除装して、即座にみほへと無線を入れた。

 

「西住みほ殿! 不肖、秋山優花里! 作戦成功しました!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 ダージリンも、オレンジペコも、このまさかの試合展開には言葉も無かった。

 特に驚くべきはダージリンの反応だろう。彼女は常に優雅で、綽々(しゃくしゃく)としている。

 そんな彼女が、唖然とした顔のまま固まっているなど、滅多にないことだった。

 

「……ATって飛べたんですね」

「そのようね」

 

 ペコがかろうじてそんな言葉を発するのに、ダージリンもウィットに富んだ返しをする余裕もない。

 そうこう言っている内に、みほの作戦は次の段階に入っている。

 廃鉱山から台地へと向けて、打ち出される三発のロケット弾。

 白煙を引き、放物線を描いて飛ぶロケットには、ワイヤーが括りつけられている。

 ワイヤーのもとは、他ならぬダージリンが提供したバーグラリードッグだ。

 

「……さすがね、みほさん」

 

 ダージリンは素直に脱帽した。

 あんな使い方をするだなんて、いったい誰が考えつくだろう。

 三機のバーグラリードッグから発射されたワイヤーロケットは台地へと着弾、フックの先端を優花里が地面深くアームパンチを使って叩き込み、それが済むやいなや、みほは次なる行動を開始する。

 廃鉱山から台地へ。

 真っ直ぐに渡された三条のワイヤー。

 それを伝って、大洗のATは次々と、台地目掛けてゴンドラのように滑り降り始めたのだ。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「第16、第17、第18分隊に告ぐ。状況を報告しろ」

 

 まほは冷静だった。

 予想外の事態にも、即座に対策の手を打っていた。

 バーグラリードッグで構成された三個分隊を、試合場北東部の山へと即座に向かわせたのだ。

 廃鉱山と違って未開発の山地であるため、通常であれば登るのに時間がかかるだろう。

 だがバーグラリードッグにはトランプルリガーという、不整地でこそ真価を発揮する装備があるのだ。

 

『第16分隊、配置につきました』

『第17分隊、攻撃準備完了です』

『第18分隊、いつでもどうぞ!』

 

 まほの判断が迅速だったこともあり、既に三個分隊は所定の位置に到達したようだ。

 

「攻撃を開始せよ。目標、台地上の敵ATだ」

 

 ワイヤーを滑車で滑り降りている大洗のATに命中させるのは、この距離では不可能だろう。

 だが、台地に降りた直後の無防備な状態ならば当てることも出来るはずだ。

 

『了解! 攻撃開始!』

『撃ち方始め!』

『射撃開始!』

 

 山の中腹に達したバーグラリードッグ隊が、ドロッパーズ・フォールディング・ガンを展開するのが見えた。

 まほはカメラを台地の方へと戻した。これで、何機か大洗のATを削れる筈だが――。

 

『た、隊長!?』

「状況報告」

 

 第17分隊分隊長からの悲鳴にも、まほは冷徹に対応した。

 

『て、敵スナイパーが廃鉱山頂上付近にいます! 砲撃は精確かつ猛烈! この状況では台地を攻撃できません!』

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 廃鉱山の頂上付近。

 次々と台地へと滑り降りる戦友たちを他所に、彼女らは彼方の山地の上に陣取った、黒森峰バーグラリードッグ隊へと猛烈な砲撃を浴びせていた。

 カメさん分隊の、杏と柚子のバーグラリードッグ。

 そしてアンチ・マテリアル・キャノンを構えた、五十鈴華のスコープドッグだ。

 背部のスペードを展開し、がっちりと地面でATを支え、強烈な反動をものともせず、華は攻撃を続ける。

 

『五十鈴さん、三機目撃破です』

『いやぁ華ちゃんも凄いもんだねぇ』

『信じられん……』

 

 柚子が、杏が、そして一応は観測手兼弾薬運びとして同行している桃が驚嘆の声を上げるのも、華の耳には全く届いていなかった。

 華の意識は完全に、スコープの向こう、仲間たちを、友たちを狙う黒森峰の砲手達へと注がれている。

 

(……風力3。東から。修正マイナス0.3、プラス0.7)

 

 僅かに砲口をずらし、敵を狙う。

 皆の、沙織の、優花里の、麻子の、そしてみほの邪魔をさせるわけには絶対にいかない。

 『ゴンドラ作戦』の成功は、大洗の勝敗を大きく左右する。

 みほは言った。この台地こそが、黒森峰の喉首になると。

 

(撃ちます)

 

 だからこそ、絶対に邪魔はさせない。

 華の撃った砲弾は、はるかな距離を音を凌ぐ速度で飛び越えて、黒い稲妻を掲げる機影へと突き立った。

 

『4機目です』

『私らも撃破したいなぁ』

『信じられん……』

 

 彼方で、新たな白旗があがった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

『到着なり~!』

『無事辿り着いたっちゃ~』

『緊張で心臓が飛び出しそう……』

 

 ねこにゃー達、アリクイさん分隊が滑り降りたことで、『台地チーム』全員が無事にここまで来れたことになる。

 ワイヤーは切り離され、彼方でそど子達がそれぞれの得物へと持ち変えるのが小さく見えた。

 華を除くあんこう分隊4機に、カエルさん、ウサギさん、ニワトリさん、ウワバミ、アリクイさんが台地で、華、カメさん、ヒバリさん達は廃鉱山でそれぞれの役割を果たす。

 

(……これで、やっと勝負ができる)

 

 みほはひとり生唾を飲み込んだ。

 そうだ。これだけやってもなお、まだ黒森峰とマトモに勝負できる状況に持ち込んだに過ぎない。

 本番は――ここからだ!

 

「各分隊、配置についてください! この台地で迎撃します!」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「隊長、全機配置完了です」

『そうか』

「山地からの偵察によれば、大洗は台地の端に沿って既に防御線を固めています。そこでこちらを迎え撃つともりかと」

『想定通りか……よし』

 

 突発的な状況を前にしても、西住まほは揺るがない。

 エリカは、頼もしい気持ちで一杯だった。

 自分もが取り乱してしまう中、まほだけはいつも通りであったのだから。

 しかも、この予期せぬ事態への策を、既に打っているのだから。

 

(……それにしても)

 

 まほの戦略眼にエリカは舌を巻いていた。

 第19分、第20、第21、第22、第23分隊の五個分隊20機に持ち込ませた、『あの装備』。

 何故わざわざあんなものをこの試合場に持ち込むのかと、エリカですらまほの真意を読めず首を傾げたものだが、今ならば解る。隊長は想定していたのだ。台地を大洗に、みほに、アイツに先に獲られるという可能性を。そして事前に予防線を張っておいたのだ。

 

『座標指定は問題ないか』

「廃鉱山からの砲撃が激しく、偵察は限定的なものにとどまりましたが……問題はありません」

『そうか。ならば――』

 

 まほは、第19分隊から第23分隊の5個分隊へと指示を飛ばした。

 それを隣で聞きながら、エリカは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑った。

 見てなさいみほ――今度はこっちがそっちの度肝を抜いてやる番よ、と。

 

 





 空気を裂く雷鳴、台地を揺るがす轟音
 驟雨のように降り注ぐ、火の玉の群れ
 天から、麓から、襲いかかる黒い戦列
 白煙をばらまき、煙に巻き、繰り出される反撃の一手
 攻めるか、退くか。互いに繰り出される戦術と策謀
 丁々発止の火花が散る

 次回『砲撃』 硝煙の彼方の、光を目指す






【ATの空中戦】
:実はATは空を飛べるのは意外と知られていない
:ただし重力の弱い惑星であるとか、ワイヤーの助けを借りるなど、条件は厳しい
:TVシリーズでもサンサ編において、AT同士の空中戦のシーンがあったりする
:宙をふわふわ飛び交うスコープドッグとストライクドッグの違和感と衝撃は凄い




 秋山優花里のAT講座は、諸般の都合により次回とセットで行います




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。