決戦前日。
この日は大洗でも練習を休んで、明日への準備に使う日となっていた。
校庭にAT達が一列に並べられ、一斉に点検が施されている。
大洗女子学園装甲騎兵道チーム、全32機。
その内訳は以下のようになる。
【あんこう分隊】
みほ:パープルベアーMk.Ⅳスペシャル
沙織:スコープドッグレッドショルダーカスタム
華:スコープドッグwith自家製スペード
優花里:パジャマドッグ
麻子:黒森峰仕様タイプ20
【カエルさん分隊】
典子:黒森峰仕様タイプ20
忍:黒森峰仕様タイプ20
妙子:黒森峰仕様タイプ20
あけび:黒森峰仕様タイプ20
【カメさん分隊】
杏:黒森峰仕様バーグラリードッグ
柚子:黒森峰仕様バーグラリードッグ
桃:黒森峰仕様バーグラリードッグ(砲無し)
【ウサギさん分隊】
梓:スタンディングトータス
あゆみ:スタンディングトータス
紗希:スタンディングトータス
桂利奈:スタンディングトータス
優季:スタンディングトータス
あや:スタンディングトータス
【ニワトリさん分隊】
カエサル:ベルゼルガ・プレトリオ
エルヴィン:ベルゼルガ・イミテイト
左衛門佐:黒森峰仕様タイプ20
おりょう:黒森峰仕様タイプ20
【ヒバリさん分隊】
そど子:バウンティドッグ
パゾ美:バウンティドッグ
ゴモヨ:バウンティドッグ
【ウワバミさん分隊】
ナカジマ:ストロングバッカス改
スズキ:ストロングバッカス改
ホシノ:ストロングバッカス改
ツチヤ:ストロングバッカス改
【アリクイさん分隊】
ねこにゃー:レイジング プリンス
ももがー:ヘルミッショネル
ぴよたん:トロピカル サルタン
以上32機。
100機投入してくるであろう黒森峰と比べれば、あまりに頼りのない陣容。
しかし、今はこの戦力で戦い抜くほかないのだ。
みほは現実を前にして、改めて決意を固めるのだった。
第59話 『決勝』
ついに来るべき日はやってきた。
泣いても笑ってもこれが最終決戦。大洗の命運はこの日決するのだ。
長い列車での旅を経て、大洗装甲騎兵道チーム一同は、この地へとやってきた。
百年戦争の古戦場……かつて実際に鉄の騎兵が蠢いていた土地である。
装甲騎兵道の決勝にはもってこいの場所であった。
「随分と広い場所なんですね」
華がそう漏らしたように、今度の試合場は実に広大だ。
何せ、最大百対百の二百機のATがぶつかりあう試合場である。当然、広くとらねば溢れてしまう。
廃墟と化した市街地を北西部に有する試合場には、北から西へと斜めに流れる川があり、試合場中央部には巨大な台地が広がっている。
北東部と南西部にはそれぞれ山があり、特に廃鉱山である南西部の山は大きい。
戦略上、真っ先に確保すべき地点なのは間違いないだろう。
「……」
みほは振り返った。
急場拵えのプレハブドッグには、大洗のAT達が並べられ、最終チェックを受けているところであった。
自動車部の皆が走り回り、その指示を受けて皆も動き回っている。
あんこうチームの皆……といっても華、沙織、麻子の三人であるが……は華のスコープドッグのチェックにとりかかっている所であった。その背中に取り付けられた、『スペード』のチェックをしているのだ。
スペード……
アンチ・マテリアル・キャノンを用いるのであれば、本来、ATにもこれを取り付けねばならない。
しかし華はと言えばこれまではスペード無しでアンチ・マテリアル・キャノンを使いこなしていたのだ。それ自体は見事なことであるが、しかし黒森峰を相手とする段となって、そうも言っていられなくなった。
みほと優花里のATをこしらえた後、余ったパーツで自家製のスペードを完成させたのは試合の数日前のこと。
一通りの動作テストは済ませてあるが、本番で壊れては洒落にならない。入念なチェックが欠かせなかった。
だが、いつもなら誰よりも率先して作業の先陣を切る少女の姿が、今はない。
優花里だ。彼女には珍しいことだが、今はこの場にいないのだ。
秋山優花里は、誰よりも皆のことを、チームのことを、そしてみほのことを優先して行動する。そんな彼女が、自分の都合でいなくなるのは本当に稀なことだ。
申し訳ないと謝る彼女を、みほ達は暖かく送り出した。
いつもの彼女の頑張りを思えば、当然のことだった。
どんな理由であれ、彼女にとって大事なことならば、優先させてあげるべきだろう。
みほは心のどここかにほんのちょっぴり寂しさを感じながらも、確かにそう思うのだった。
――◆Girls und Armored trooper◆
逸見エリカにとっても今日は待ちに待った特別な日であった。
あの、西住みほと、アイツとついに真っ向対決する……そんな特別な戦いの日であった。
だからエリカは、朝から決意を固めてここに来た。
アイツと戦う……そんな決意を固めてここに来た。
果たして、そんな彼女をニコニコで出迎えたのは、そんな決意を固めて戦う相手の一番の友だちみたいな少女だった。エリカ的にはノコノコとエリカの前に現れた彼女が、例の天真爛漫な笑みでこちらに向けると、開口一番。
「逸見殿! お久しぶりですー!」
と笑いながら手をふりふり言いやがってくれたのである。
これには、近くにいいた黒森峰選手が一斉に自分の方を見てきたので、慌ててエリカは優花里の手を引くと、彼女を木陰まで連れて行った。そしてなぜか嬉しそうな彼女を前に、エリカは思わず大声をあげていた。
「バッカじゃないの貴女! ここをどこだと、今をいつだと思ってるのよ!」
「え!?」
「え? じゃないわよ! あのね、貴女と私は今日敵同士なの! 今日互いに戦う相手なの! そんな風にヘラヘラと挨拶に来るような状況じゃないでしょうが!」
「そ、そんな……」
――まただ。
自分がこう言うと決まって優花里は傷ついたような顔をする。
それを見るたびエリカは戸惑うのだ。なんだこれは。これじゃ自分が悪者じゃないか。
「そんなおかしいです! ATを降りたら私たちは同じボトムズ乗り同士の仲間じゃないんですか!」
「んなわけあるか! 今日は試合の日なのよ! 貴女、もう少し殺気というか闘志というか、そういうのはないわけ!?」
ああ、こういう声を荒らげるのは自分のキャラではない。
私はこう見えて冷静沈着な副隊長で通っているのだ。確かに試合中に怒鳴りつけることはあっても、それは状況が必要としているからに過ぎない。だが優花里のなかの自分は、常に怒っているキャラになっているような気がする。それが実に不本意だ。
どうにもこの優花里という少女には調子が狂う。
何せエリカの周りには、こういうストレートでなんの目論見も裏もない好意を向けてくる相手など殆ど居ないから。
黒森峰は徹底した実力主義だ。あの西住みほですら、一度のミスでその地位を失い、結果的に彼女は学校を去るまでに追い込まれてしまった。エリカが副隊長の座にあるのは何もなりゆきだけが要因ではない。彼女がこの地位を保つために人一倍努力を重ねているからだ。
優花里のことは嫌いではない。
嫌いではないが、彼女の険のなさがエリカの調子を狂わせる。
今思えば、みほにもそんな所があった気がする。
「エリカ、どうした」
「え、あ、隊長!?」
そしてよりにもよってこんな場面に現れたのは、我が敬愛する西住まほ隊長その人ではないか!
相変わらず一部の隙もなく黒森峰の制服を着こなした彼女は、優花里の制服とエリカの制服を見比べて、ちょっとだけ不思議そうな様子でこう言った。
「そうか。エリカも大洗女子学園に友達がいたんだな」
「へ?」
意外というか、そういう言葉が隊長の口から出てくるとは予想外だった。
何と答えたものだろう。エリカはちらりと横目に優花里の顔を見た。
期待半分不安半分なうるうるとした目でこっちを見てくる優花里に押されて、エリカは思わずこう言っていた。
「はい。彼女は大洗での私の友人です。以前に知り合う機会がありまして」
ぱぁっと優花里の顔が明るくなったのが、見ないでも解った。
まほは顔を僅かに綻ばせ、本当に微かな微笑を浮かべると、エリカを窘め言った。
「そうか。それならばエリカ、さっきの態度は歓心できないな」
「はい!?」
変な声で返事をしてしまったエリカだが、しかしそれはそれだけ驚いていたからだ。
目を丸くし、変な顔になったエリカには特に何の反応も見せず、まほはただ静かに言葉を続けた。
「装甲騎兵道は礼に始まり、礼に終わる。だが武道を修める者として、試合の外にあっても礼儀正しさは必須だ。いかに試合の前で気が昂ぶっているとはいえ、友人を怒鳴りつけるのはよくない」
「 」
唖然であった。
いや、言っていることは真っ当ながら、よもや西住まほ隊長からそんな言葉が出てくるとは予想外にも程がある。
だって貴女自身、四六時中殺気と厳しさの塊みたいな人じゃないですか。いや、根が優しいのはご存知ですけど。それにしたっていつも無表情で雰囲気は人を寄せ付けないですし――。
そんな想いがエリカの胸中に渦巻いているのを知ってか知らずか、まほはエリカの肩をポンと叩くと言った。
「肩に力が入りすぎだ。少しリラックスするといい。それにええと……君は確かみほの部隊の――」
「あ、わたくし、妹殿の西住みほ殿の部隊員をさせていただいております、秋山優花里と言います! あの西住まほ選手と直接会えて、わたくし、光栄でありますぅ!」
「そうか」
まほはあっさりと返した。
「みほとエリカを頼んだぞ。ふたりとも方向性は違うが、不器用なのには変わりはないからな」
それを貴女が仰りますか、とはエリカの素直な心情であった。
――◆Girls und Armored trooper◆
「~♪」
「……」
いったい私はなにをやっているのか。
そんな事を思いながらも、目の前の鉄板上で芳香を立てる洋麺の魅力には逆らえず、黙々とフォークを動かす。
「いやぁ相変わらず絶品ですね!」
「だろうぅ~!」
優花里が言うのに対し、コックコート姿のボーイッシュなアンツィオ生徒――確か装甲騎兵道チームの副官だったような――は胸を張って得意げな様子だった。
全国大会の決勝戦ともならば観戦客もこれまでの戦いとは比較にならなくなる。
そのチャンスを、万年金欠で小遣い稼ぎには目のないアンツィオが見逃すはずもなく、ここら周辺にはアンツィオから出張してきた屋台が軒を連ねている。ついさっき、アンツィオの隊長が幟旗で飾り立てたアストラッド戦車で宣伝に回っていたのを見かけた程であった。
「今日は大洗の応援も兼ねてるっすからねー! さぁもりもりたべてもりもり元気出してもらわないとー!」
「ありがとうございます! 今度、練習試合などもできたらいいですね!」
「……」
それにしてもアンツィオにも知り合いがいるとは、秋山優花里という少女は顔が広いらしい。
鉄板ナポリタンを食べながら、ケチャップで口元が赤くなっている優花里を横目に見た。
本当に変わった少女であるし、大いにこっちを引っ掻き回してくれる。
だが、悪い気もしないのは、徹底して優花里に悪意がないからだろうか。
「あっちで座って食べませんか」
「そうね」
誘われるまま、揃ってベンチに腰掛けてアンツィオ名物鉄板ナポリタンを二人は味わった。
名物と名乗るだけあって確かに旨い。アンツィオは装甲騎兵道は弱いが飯は旨いというのがもっぱらの評判だった。
「……どうしても、試合を前にしてお伝えしたいことがありまして、それでここまで来たんです」
優花里は現れた時と同じように唐突に言った。
「逸見殿が、去年のことで西住殿に何か
「……」
エリカは黙って優花里の言葉を待つことにした。
「でも、それでも私は、去年の西住殿がやったことは間違ってはいなかった思っていますし、今度の試合には過去の禍根を持ち込むようなことはしたくないって、わたくし、その思ってしまいましてですね……その」
何やら肝心の部分になると、優花里は急にしどろもどろになった。
人一倍度胸があって快活な少女なのに、こういう場面では慌てるとは意外だった。
「とにかく、西住殿にも逸見殿にも、去年のことなどは関係なしに、精一杯正面から装甲騎兵道の試合をしてもらいたい! わ、わたくしが言いたいことはそれだけです!」
顔を真っ赤っ赤にして、優花里は一気に言い切った。
エリカは少し間を空けて、返事した。
「そんなの当たり前じゃないの」
「え」
「いざ試合が始まれば、余計なことを考えている余裕は元々ないわ。ましてや西住みほが相手ならばね」
「逸見殿……」
「ま、でもアイツの装甲騎兵道は邪道よ。それを王道で叩き潰すだけだわ」
本当にそれだけだ。
黒森峰の戦い方は王者の戦い方だ。
それを、ただ貫くだけだった。
「あんたも気を引き締めてかかってきなさい」
「はい!」
嬉しそうに優花里が言うのに、やっぱりエリカは調子が狂う心持ちであった。
――◆Girls und Armored trooper◆
「たのもぉ~!」
そんな呼び声に振り向けけば、彼方から砂塵を上げてこちらに近づく車影がひとつ。
その特徴的なシルエットに、来客が誰かはみほには直ぐに解った。
「安斎さん!」
「何しにきた安斎」
みほがその名を呼んで、たまたま傍らにいた桃もその名を呼んだ。
「安斎じゃなくてアンチョビ! アンチョビ! 何度言えば良いんだ!」
言いつつも怒っている様子はない。
アストラッドからピョンと飛び降りると、つぶさにみほの表情を観察し、うんうんと一人頷いた。
「元気も良さそうだし、緊張している様子もない。流石は西住流といったところだな!」
安心した安心したと重ねて言う所を見ると、どうやらアンチョビは激励に来てくれたようだ。
「応援してるぞ! このアストラッドを破って決勝戦まで勝ち上がったんだ! 黒森峰だろうとみほならば一捻りだ!」
「ありがとうございます」
アンチョビが右手を差し出すのを、みほは握り返した。
「あっちこっちに屋台を出しているから、てっきり商売で来ているものだと思っていたが」
桃が言うのに、フフンと笑いながらアンチョビは顔を横に振った。
「それもあるが、メインは大洗への応援だ。それを証拠に、御覧じろ!」
アンチョビが例の指揮鞭の指す先には、アストラッドに括りつけられた鮟鱇型アドバルーンがある。
鮟鱇は大洗の象徴だ。
「今回は特別メニューに鮟鱇の肝いりパスタも揃えてあるぞ! あと杏との約束通りに干し芋パスタもだ!」
宣伝用の幟旗にもハッキリと、干し芋パスタやあんこうパスタの文字が見える。
今回の為にわざわざ作ったのだと思えば、実に手の込んだことだ。
「材料は全て大洗の商店から購入した。つまり地域振興にもなる! これぞアンツィオ流の応援術だ!」
「……商工会に代わって、礼は言おう」
桃にしては珍しくあっさりと礼を言った。
商工会にはこれまでの試合の後援でも世話になりっぱなしだ。こういうやりかたは素直にありがたい。
「まだあるぞ。応援に来ているのは何も私達だけじゃない」
アンチョビの呼び声に応じて、戦車のハッチが開き次々と乗客たちが顔を見せる。
「数日ぶりですわね」
「HEY、みほ!」
「ミホーシャ、カチューシャが来てあげたんだから!」
ダージリンにオレンジペコ。
ケイにナオミにアリサ。
そしてカチューシャにノンナ。
後からは「たかちゃーん!」と言いながらカルパッチョも顔を出してきた。
「みなさん!?」
みほが驚き顔になったのに、アンチョビは得意満面だ。
「応援に来たいと聞いたので、どうせならばと同乗してもらった」
「アストラッドに乗れると聞いたら、是非にと思いまして」
「一度、これの運転をしてみたかったのもあるけどね!」
「ま、一度は乗ってみるのも悪くはないかなって思っただけよ」
確かにアストラッドを操縦する機会はそうそうないから、ボトムズ乗りならば乗ってみたいのも同意だった。
ダージリン達は次々とみほの前に立つと、それぞれの激励の言葉を順々に述べていく。
「『悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見い出すが、楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見い出す』」
「チャーチルですね」
「状況は悪いけれど、必ずや勝機はあるわ。まぁわたくしがわざわざ言わずとも、みほさんならば常に実践していることでしょうけど」
「そうよ! みほの戦術眼はジョージ・パットン級なんだから。今回もExcitingでCrazyな戦い方、期待してるわよ!」
「何よりもこのカチューシャに勝った以上、決勝だって勝たないと承知しないんだから! このカチューシャが応援に来た以上は絶対に勝ちなさいよ! 負けたらシベリアでチヂリウム掘らせるんだから!」
口々に言いながら差し出された手を、みほは握り返す。
彼女らは一様に笑っている。それは単にみほを励まそうと思ってそうしているのではなくて、彼女らは確信しているからであった。みほならば、きっとのあの黒森峰相手にも一矢報いてくれるだろうと。
「それでは御機嫌よう。試合、陰ながら応援させて頂きますわ」
「最初から最後まで、ばっちりと観戦させてもらうわね!」
「じゃあねぇ~ピロシキ~」
「До свидания」
みほは皆へと一礼しつつ言った。
「みなさん、ありがとうございます! 頑張ります!」
――◆Girls und Armored trooper◆
そうこう言っている内に、遂に来るべき時がやってきた。
十メートルほど間を空けて、相対する二つの戦列。
戦力の差は明らか。
黒を基調とした耐圧服に身を包んだ大洗女子学園は若干32名。
対する伝統的な赤い耐圧服に身を包んだ黒森峰女学園は総勢100名。
決勝戦のエントリー上限まで投入された黒森峰の戦力は圧巻で、ずらりと並んだ赤い百人の威圧感よ。
だが、みほは若干表情を固くしつつも、それでも緊張に固まった様子は見られない。
堂々たる様子でみほは審判たちの控える場所まで桃を伴って歩を進める。
反対側からも、懐かしい赤い耐圧服姿のまほに、特注製の青い耐圧服姿のエリカが歩み寄ってくる。
蝶野亜美に審判三人娘を間に、両校の代表が向かい合った。
「――」
エリカの口が何がしか言おうと動き、止まった。
これにはみほは却って戸惑った。皮肉や嫌味の一つは言われるのを覚悟していたから。
「それでは正々堂々戦いましょう」
戸惑いからぬけ出すまもなく、蝶野亜美が言うのに、みほは大声を伴って一礼した。
「よろしくお願いします!」
これに続いて131名のボトムズ乗り達が一斉に一礼し、叫んだ。
「 よ ろ し く お 願 い し ま す ! 」
――◆Girls und Armored trooper◆
エリカが皮肉や嫌味を言うのを止めたのは、まほの言葉が脳裏に引っかかっていたからだ。
装甲騎兵道は礼に始まり礼に終わる、と。
だから今度ばかりは自重した。
それが何だ。アイツめ、こっちが自重したらしたで意外そうな戸惑い顔をしやがって。
お前の中の私はいったい、どういう人間になっているのかと。
「行くぞ」
「はい」
礼を交わして、互いに背を向けて互いのチームへと戻る。
だが不完全燃焼感のあったエリカは、敢えて歩みを止めて、振り返りながら何故か立ち止まったままのみほへと言った。
「邪道は叩き潰してやるから」
そう言うのが精一杯だったが、途端にみほは安心したような顔になった。
なーんだ、いつものエリカさんだ、と。
エリカは壮絶にムカついて、頬をふくらませながらプンスカとガニ股怒り肩で戦列に戻った。
――◆Girls und Armored trooper◆
「みほさん!」
戻ろうとしたみほを、駆け寄ってきた赤い耐圧服姿が呼び止めた。
ヘルメットを被ってしまうと誰だか解らないが、その声にみほは聞き覚えがあった。
慌ててヘルメットを取ったその下にあったのは、赤星小梅の顔である。
みほが去年の決勝戦で助けた少女だ。
「去年のこと……本当にありがとうございました! ただ、それだけが言いたくて――」
涙ぐみながらそう言う小梅の言葉に、みほの心の中の凍りついていた部分が溶け出す思いであった。
ずっと胸に残っていたしこり。罪の意識が、解れていくような、そんな感覚。
母は間違っていると言った。西住の流儀に倣えば、確かに間違っているかもしれない。
それでもあの時、助けたかった。だから動いた。
「みほさんが装甲騎兵道を辞めてしまったかと思うと……本当にそれが申し訳なくって……」
涙声で言う小梅に、みほは優しくこう返した。
「私は止めないよ」
――◆Girls und Armored trooper◆
試合開始前の最終ブリーフィング。
緊張した面持ちの皆を前に、みほは最後の作戦確認を行う。
「敵の黒森峰は速攻をその基本戦術としています。試合開始地点は離れていますが、例えそんな状況だろうと会敵までの時間に余裕はありません。とにかく迅速に動いて、先手を取る必要があります。まずは一路、廃鉱山を目指します。ここを確保できなければ、私たちに勝利はありえません。全力でまずはこの地を押さえます!」
一同に作戦内容が染み渡ったのを確認して、みほは叫ぶ。
「それでは、全員、搭乗!」
――◆Girls und Armored trooper◆
陽光浴びて、並び立つ鉄騎兵。
その二つの戦列の双方の先頭に立つ少女たちは、ほぼ同時に、同じ言葉を発した。
それは古い戦車乗り達の言葉。
伝統重んじる黒森峰がそれを受け継ぎ、戦いの鬨の声としてきた言葉。
みほは敢えて、封印してきたその言葉を、ここで発した。
「「Panzer―― / 装甲騎兵―― 」」
みほは、まほは、互いの誇りと意地にかけて、その言葉を発した。
「「――Vor!/――前進!」」
決勝戦、ついに開幕。
空を駆け、大地を走り、ただひたすらに前へ
彼女らが目指すは、あの台地
何よりも大事な、あの台地
ここだ、ここが黒森峰の喉首だ
必勝の覚悟を胸に、鋼の群れの先頭を行くは、いつも――みほ!
次回『奪取』 兵は、神速を尊ぶか
久々に秋山優花里のAT講座をやる予定です