「状況は?」
ノンナが振り返れば、すぐ後ろにカチューシャが立っていた。
特注製のATスーツに身を包んだ姿はシャンとしていて、顔つきもプラウダの隊長らしい凛としたものになっている。ついさっきまで、分厚い毛布に包まれてヌクヌクこっとり寝入っていた人間とはとても思えない。小さな暴君のアダ名にも相応しい、体躯の慎ましさを感じさせない堂々たる立ち姿だ。
「カチューシャがお休みの間も監視を続けましたが、相手は廃村に籠もったまま、出てくる気配はありません」
ノンナから双眼鏡を受け取り、自分自身の眼で廃村の様子を窺うカチューシャ。
暫し観察し、ノンナの報告と相違ないことを確かめると、カチューシャはちょっと考えこんだ。
「どういうつもり? 城を枕に討ち死にでも気取ってるのかしら」
「単純に打つ手がなくてあそこに籠る以外に戦いようがないのかもしれません。先ほどの戦闘であちらはかなりの弾薬を消費しています」
「ふふ~ん。貧乏校は哀れよね。我が校は武器弾薬に予備ATはたんまりとあるんだから。十年だって戦えるわよ」
「どれも訳有品を格安で買ったり、あるいは自前で組み立てたりしたものばかりですけどね」
「余計なこと言わないでよ! 限られた予算のなかで最大限の物資を調達するのも隊長の務めなんだから!」
カチューシャはノンナへと双眼鏡を投げ返すと、イカリ肩にがに股で周囲を威圧しながら自機へと向かった。
黒い巨体には若干ながら雪がつもっている。それを払い落としながらハッチを開き、カチューシャはエクルビスへと乗り込んだ。
そのコックピットの内装は、通常のATのそれとは余りに異なった様相を呈していた。
まずそのATの巨体さに似合わぬ狭さが目についた。所狭しと何やら謎めいた機械が並べられ、機械の間を無数の光ファイバーケーブルの束が走り、その中を正体不明の燐光が規則的に走っている。
コンソール系も通常機とはまるで仕様が違う。増設された幾つもの計器類が各々何らかの数値を映し出しているが、その意味するところは解らない。
ひとつだけ確かなのは、操縦席を覆い尽くす機械計器配線の全てが、カチューシャの座るシート部へと集約されているということだろう。
カチューシャはシート上に置かれたヘルメットを手にとった。シートの背もたれ、その裏側と無数のケーブルで繋がれたヘルメットである。他のプラウダ選手が使っているATスーツのヘルメットとは形状が異なり、その材質の良さなどから特注製の一品であるとうかがい知れた。
カチューシャがシートへと座り、件のヘルメットを被る。
大洗の使っている耐圧服付属のヘルメットと異なり、このヘルメットには肉眼で外部を見る機能は備わっていない。視界は真っ暗。このままでは視界ゼロだ。
だが問題はない。
カチューシャが手探りでトグル・スイッチを入れると、瞬間、ヘルメット内にATのカメラから外界の光景が投影されて――などといったレベルではないことが起こった! まるで肉眼で直接外を見ているかのような、クリアな視界が広がったのだ。
(積もった雪が鬱陶しいわね)
カチューシャは思った。
思ったと同時に、ATに鋼の巨体は我が身のように動き、身じろぎして雪を払い落とした。
回りを見渡そうと思えば、思ったが直後、一切のタイムラグなしに機体が動き、カメラが周囲の景色を拾う。
まるで……ATと肉体が一体化したかのような、そんな感覚だった。
比喩ではなく、言葉そのままに。
(フフフ……西住流がなによ。このエクルビスたんとこの新型操縦システムがあれば、軽く一捻りなんだから)
カチューシャが喜悦に口角を釣り上げると、それに合わせてエクルビスの肩もプルプルと喜びに震えた。
表情のないエクルビスの一つ目顔ですら、あたかも笑い顔であるかのように、外から様子を見守っていたノンナの眼には見えたのだった。
第47話『死線』
『カチューシャ隊長、ヒガシガワ、ハイチにツキました』
『カチューシャ隊長、こちらアリーナ、西側も準備万端です』
クラーラ、次いでアリーナから各方面部隊の攻撃態勢が整った旨の無線が飛んで来る。
カチューシャがATごと振り返れば、ノンナの真紅のチャビィーから相変わらず頼もしい静かな答えが返ってくる。
『同志カチューシャ。ノンナ五個分隊、全機所定の位置につきました。指示を』
「はらしょーノンナ。別命あるまで待機」
廃村の四方、東、西、そして北には塹壕を掘り進め、ATを等間隔に配置してガッチリ固めてある。
塹壕は廃村を囲む丘の稜線に沿って引かれているため、大洗側から攻める場合は『登り』になる。
ATには空を自由に舞う性能などない以上、堅固に構築された防御線を突破するには地道に攻撃しながら坂を上がるしかない。だが大洗にはそれを可能にする火力も弾薬も残っていまい。
「自然、がら空きの南に行くわよね。でもそうは問屋が卸さないわ。ニーナ、そっちはどう?」
『あ、はい! カチューシャ隊長、ギガント分隊、ちゃんと例の場所に隠れてまぁす』
「いい! 相手が近づいてくるギリギリの所まではちゃんと隠れてるのよ! 連中がノコノコと逃げ込んできた所を横合いから一撃、後は囲んでおしまい!」
『そううまく行くでしょうか?』
ノンナが無線で茶々を入れてきた。
「カチューシャの戦術にケチつける気! 相手は弾なし兵なしATなしのないない尽くしよ! これでもし負けたらカチューシャがノンナに土下座してあげても良いわ!」
『……それは楽しみにしてますとでも返すべきなんでしょうか?』
「楽しみにしてもらっちゃこまるのよ! とにかくニーナ! わざわざギガント隊を預けて上げたんだから、それに見合った働きは見せなさいよ! いいわね!」
『あっハイ! はいです!』
カチューシャはニーナへの個人回線を切り、プラウダ全機届くよう周波数を合わせた。
「全機攻撃準備! 15秒後にまずは照明弾をH43地点へと撃ちこむわ。それで動きが見えなかったらまた15秒後にミサイルとロケットで一斉砲撃よ! ノンナ! 秒読み始め!」
『はいカチューシャ、15、14、13――』
ノンナの静かで冷たく鈴のなるようなカウントが響き渡る。
『1、0』
「全機照明弾発射!」
噴煙が急角の放物線を描き、一旦空高く舞い上がった後、光り輝きながら目標地点へと雨のように降り注ぐ。
そう、それはまるで光の雨だった。
雪雲に覆い隠された黒い空を裂き、白光は雪原をスクリーンに乱反射する。
薄暗い廃村は朝日が昇ったように明るくなった。
しかし、やはり大洗側の動きは見えない。
「……そう。カメみたいに縮こまってるつもりね。でもそうはいかないわ。全機、ミサイル・ロケットによる砲撃準――」
『カチューシャ、教会からATが』
ノンナの冷静沈着な報告に、カチューシャはカメラをズームさせ廃教会から飛び出してきたATを見た。
肘から先が両手とももげた、ボロボロのパープルベアーだった。
大洗女子学園装甲騎兵道チーム隊長にして、例の西住流家元の子の妹の方、西住みほのATの筈だ。
「降伏にでも来たのかしら」
『そうではないようですよ』
ノンナの言う通り、パープルベアーは奇妙な蛇行を描きながら確実にカチューシャ達の陣地へと近づいてきている。
それにしても文字通り手も足も出ない癖にどういうつもりなのか。
「ノンナ、撃ちなさい」
『いいんですか? カチューシャは直々に撃破するって息巻いてましたけど』
「あんなの撃破した所でスコアにもならないわ。いいから足でも何でも撃って動きを止めなさい」
ノンナのチャビィーが狙撃用ライフルを構えた。
狙撃用に3つのセンサーを有するノンナのチャビィーにかかれば、あんな単調な蛇行軌道など赤ん坊のハイハイと大差ない。果たして構えてからものの数秒もしないうちに、ライフルからは銃弾が吐き出され、狙いを過たずパープルベアーの左足を撃ち抜いた。
姿勢を崩し、雪の上へと倒れ伏す。
――その瞬間だった。
「……は?」
思わず、そんな呆れ声が出た。
倒れ伏したパープルベアーが、爆発炎上したのだ。
それも尋常な爆発ではない。火薬に引火し、PR液が燃焼しているとしか思えない、そんな壮絶な爆発だった。
爆音と爆炎にカチューシャは思わず肩をびくっと震わせ、連動してエクルビスの肩もびくっと震える。
「ななな、ノンナ!?」
『審判に確認をとります』
装甲騎兵道は飽くまで安全に配慮された競技である。
PR液には燃焼防止剤が混ぜてあるし、カーボン加工によって万全の安全を期している。
それがご覧のとおりの爆発炎上だ。慌てないほうがどうかしている。
『問題はありません。競技を続行してください』
「ななな何でよ!? 燃えてるじゃない! 燃えてるじゃない!」
飽くまで冷静な審判に、むしろカチューシャのほうが慌てた。
『あのATには搭乗者はいません。操縦手は既に機甲猟兵として試合続行を申請し、それは承認されています』
――機甲猟兵だって?
つまりあのATは無人ということか?
「……やられた!」
陽動だ! とカチューシャが気づいた時には遅かった。
廃村の各所で、連鎖的に爆発が発生する。噴煙と噴炎は廃村を覆い尽くし、何がどうなっているのか、まるでわからなくなる。
「全機警戒! 敵の強襲よ! 即座に迎撃態勢!」
カチューシャのそんな急報ですら遅きに失していた。
カチューシャの視界の端を、撃破判定の数々が通り抜けていった。
――◆Girls und Armored trooper◆
「うぉぉぉぉぉ!」
エルヴィンは目の前のファッティーへと向けてパイルバンカーの先端を
圧縮空気で打ち出された鉄杭は容赦なくファッティーのカメラを粉砕し、実際はカーボンに阻まれながらも仮にカーボンがなければ貫通しパイロットを貫いていたということで撃破判定が下る。
「おりゃぁぁぁぁぁ!」
歴史になぞらえた台詞を
雄叫びを挙げながら、狭い塹壕内にひしめく敵へと、目に映る端からパイルバンカーを叩き込む。
アイスブロウワーの持つ塹壕構築能力。
これを最大限に活用し、塹壕と塹壕を繋ぐ。
広い平野ならまだしも、狭い塹壕内では数的差など有って無きが如し。むしろ白兵戦に長じた大洗の独壇場だった。
――西住みほ発案、『もぐら作戦』。
廃村各地に仕掛けたロケット弾の残りやPR液を爆発炎上させ、それを目眩ましにアイスブロウワーで一気に塹壕を掘り進む。アイスブロウワーの能力を用いれば、新雪が積み重なっただけの雪原に塹壕の線を引くことも容易い。いきなり雪の壁を割って出現した大洗のAT達に、プラウダの選手たちは咄嗟の反応ができなかった。
『御用改! 御用改である! 討ち入りじゃ! 斬りこみじゃぁ!』
おりょうが絶叫しながら出くわしたチャビィーの脳天目掛けスタンバトンを振り下ろす。
電撃が走り、煙を吹いてチャビィーが白旗を揚げる。
『武田信玄直伝、土竜攻め! とくとご照覧あれ!』
左衛門佐が
『今宵のグラディウスは一味違うぞ!』
カエサルがシールドバッシュで転ばせたファッティーへと目掛けて、柄を取り外し短くしたパイルバンカー槍を叩き込む。
『うおりゃぁぁぁぁぁぁ!』
『ぶっ潰せー!』
『ぶっ殺せー!』
『やっつけちゃぇ~!』
『みんな行くよ! ガンガン行くよ!』
『……』
何処か別の塹壕で進撃を続けるウサギさん分隊の怒号が無線越しに聞こえてくる。
ウサギさん分隊だけではない、カメさん、ヒバリさんと、プラウダ塹壕への突入組はいずれでも雄叫びを挙げ、手当たり次第にプラウダATへと一撃をぶち込んでいる。
「そうだ、私たちは負けない!」
『私らは負けんぜよ!』
『我らに敗北なし!』
『来た、見た、勝った!』
「『『『私たちは負けない!』』』」
まるで呪文のようにそう繰り返しながら、ただひたすらに塹壕を突き進む。
たまらんとばかりに塹壕から飛び出そうとしたプラウダATには容赦なく、燃え上がる廃村の、煙と炎の陰に隠れた五十鈴華駆るアンチ・マテリアル・キャノン装備のスコープドッグに撃ち抜かれる。
塹壕での白兵戦と、塹壕外の狙撃戦の混合作戦!
これがみほの編み出した大洗起死回生の一手だった。
『私たちは負けない! 絶対に負けない!』
どこかの戦場で河嶋桃が叫んだ。
『そうだよ桃ちゃん! 私たちは負けない!』
またどこかで小山柚子が相打った。
『私たちは負けない! 私たちは負けないんだ!』
会長が、あの角谷杏が、普段の姿からは想像もつかない雄叫びを上げた。
『『『私たちは負けないんだ!』』』
――◆Girls und Armored trooper◆
「突入するわ! ノンナ、援護しなさい!」
『よろしいのですか?』
「廃村のスナイパーを黙らせないと味方が塹壕外に出れないじゃない! あの様子じゃ他にも何機か隠れてるだろうし、今度こそ
ノンナのバックアップを受けながら、カチューシャの命令一下、エクルビスを先頭に合計20機余りのファッティーとチャビィーの群れが坂を下って廃村目掛け疾走する。
一機、敵の狙撃に撃破される。
即座にノンナから反撃の一発が飛び、敵の狙撃を中断させる。
『物陰に隠れました。思ったよりすばしっこい』
「撃破は狙わなくていいわよノンナ! とにかくあの鬱陶しい砲を黙らせて! あとはこっちでやるわ!」
雪原を駆けるのに最適化されているのに加えての下り坂だ。
瞬く間にカチューシャ率いる部隊は例の廃村へと駆け下りていた。
未だ噴煙噴炎が村を満たし、どこに大洗のATが隠れているか、まるで判然としない。
「ッ! ――右!」
カチューシャが真っ先に敵襲に反応した。
左肩を赤く染めたスコープドッグが、こちらへとヘビィマシンガンを向けた所だった。
「撃ちまくりなさい!」
全機一斉にそのスコープドッグへと銃弾を浴びせかける。
たまらじと建物の陰に隠れるが、建物ごと粉砕せんとばかりに銃撃は続く。
「ぶっ潰しちゃうのよ! 火力はこっちが上なんだから!」
『カチューシャ隊長! 16時方向に熱源!』
急報に振り返れば、新手が物陰から躍り出た所だった。
ブルーティッシュドッグ。旧式ながらエクルビスと同じく特機に分類されるATだ。
「面白いじゃない。カチューシャのエクルビスの凄さを示す、ちょうどいい踏み台よ!」
赤肩のスコープドッグを配下に任せ、カチューシャのエクルビスは雪蹴って跳ね、ブルーティッシュドッグ目掛けて宙を舞った。
――◆Girls und Armored trooper◆
「優花里さん、良い?」
『いつでもどうぞ、西住殿』
手にした得物の弾丸の装填を確かめた後、みほは自身が腰掛けた鋼の左手の主、ゴールデン・ハーフ・スペシャルと名付けられた自家製ATの主、優花里へと呼びかけた。彼女から帰ってきたのは快活な返事だ。
「じゃあ、合図したら突入するよ」
『……西住殿、本当に大丈夫なんですか?』
優花里の不安そうな声に、みほはヘルメット越しに、ATのカメラ目掛け微笑んだ。
「大丈夫だよ。機甲猟兵をやるのは今回が初めてじゃないんだから」
そんなみほの手の中で冷たく輝くのは、バハウザーM571、アーマーマグナムの黒い銃身だった。
最大装甲厚十四ミリ
わずか、たったの十四ミリ。だが薄かりしとは言え鋼の鎧
生身で装甲騎兵に挑むを思えば、天と地ほどの差がそこにはある
凍てつく白原、孤影を踏んで、手にした得物、拳銃ひとつ
バハウザーM571 アーマーマグナム
今この瞬間、コイツに全てを賭ける
次回『急襲』 さだめとあれば、心を決める