冷泉麻子。
学年でもトップクラスの成績ながら、その体質故に遅刻魔の十字架を背負ってしまった少女。
そんな彼女とみほは、地の底、ならぬ船の底で巡り合った。
「沙織か」
「沙織か……じゃないよ麻子! こっちは死ぬほどびっくりしたんだから!」
「安心しろ。沙織はその程度じゃ死にゃしない」
「そりゃそうだけど、そういう問題じゃない! とにかく何やってんのー! こんなところでー!」
麻子へと食って掛かる沙織の傍ら、みほは気絶した華を抱き起こしていた。
慌ててATから飛び降りた優花里も、傍らへと走り寄ってくる。
「五十鈴さん! 華さん!」
「五十鈴殿! 大丈夫ですか!」
「そうだよ華! 大丈夫!?」
沙織も華の様子に気づいて駆け寄ってくれば、三人囲んで声をかける。
幸い、華はすぐに意識を取り戻した。
眼を覚ました華の視界に飛び込んできたのは、自分を心配そうに見つめるみほ、優花里、沙織の顔。
そしてその頭越しに――。
「ひぃ妖怪!」
「ッ!?」
覗き込んできた麻子の顔に、華は幽霊の影を見る。
ついでに当の幽霊も幽霊の影を見る。青ざめた顔で、辺りをしきりに見回していた。
「華、よく見てよ。麻子だよ麻子」
「あ……すみません。取り乱してしまって」
ガラにもなく慌てたせいか、華はちょっと頬を赤くする。
大丈夫そうなのでみほ達はほっと胸をなでおろす。ついでに麻子も胸をなでおろす。朝より怖いお化けはいないらしい。
「それで、話を戻すけど、麻子ホントにこんな所でなにしてたのよ」
「寝足りなかったから寝てた」
「寝てたって……こんな所で!?」
「ここなら絶対に邪魔ははいらん」
「それは……そうですけど。授業のほうは大丈夫なんでしょうか」
「……」
華が言うのに麻子の鉄面皮に僅かなゆらぎが見えた。
みほが思うに、それは焦りの色だった。
「いま、何時だ」
「ええと……」
右手の内側を差し出し、優花里は夜光塗料で薄緑色の輝きを放つ文字盤を麻子へと見せる。
その長針が指す時刻を見て、麻子の顔は鉄面皮を崩してうげぇと呻いた。
「寝過ごした……」
「ちょっと! 麻子、何時間ここで寝てるのよ!」
「じゅ……いやはち……いや……なんでもない」
もごもごと口ごもってしまう麻子の姿に、むしろ沙織のほうが嘆息した。
要するにこの天才寝坊助は半日近くここで寝ぼけていたらしい。
我が友ながら、その破天荒さというかぐーたらぶりには呆れるというかなんというか。
「もう……いくらテストで成績良いからって単位大丈夫なの? ただでさえ遅刻常習犯なのにサボりまで」
「大丈夫、な、筈だ……」
「筈、じゃだめじゃない」
「それより、一体こんな所に何の用だ」
「あ、ごまかした」
「何の用だ」
話題を変えたがっているのが見え見えだったので、みほは助け舟を出してあげることにした。
「装甲騎兵道に使う、ATを探しに」
「ATか。たしかにここならそこいらじゅうにあるが……」
「それよりも、どうやってここを見つけたんですか、ええと……」
「冷泉、冷泉麻子だ」
「あ、ご丁寧に。私は秋山優花里です。話は戻しますけど、冷泉殿はどうやってここを? ATやダングならともかく、歩きなら1時間以上はかかりますし」
今度は、麻子のほうが優花里の言葉に怪訝な顔になった。
「学校から、五分そこらで来れるぞ」
「……え?」
「ほら、そこのエレベーターを使えば」
麻子が指差した方向をみほたちが見れば、薄暗がりの向こうに確かに、大型のエレベーターらしきものが見えた。
「学校の裏にハッチがある。藪に隠れて見えないが、そこからなら簡単に出入りできるぞ」
――◆Girls und Armored trooper◆
「ほんとうだー。ここ学校の裏の林だよ」
「こんな所に、船の中に通じる道があっただなんて」
「私も気づいたのはつい最近だ。昼寝してたら、ハッチの角に頭をぶつけた」
「サボり場所を見つけるきっかけがサボりってどうなの」
「勘違いするなさぼってない。足りない睡眠時間を補っているだけだ」
エレベーターに揺られること五分強。
みほ達は学校裏手の林の一角の、地面から顔を出していた。
外から見ればもぐらのような状況だが、すぐに頭のみならず手が出て胴が出て足が出た。
太陽の下に出て、一番手の沙織は軽く伸びをする。
「ううう……私の苦労は……方眼紙使ってマッピングするのに何日も掛かったのに~」
「ま、まぁ秋山さんが見つけてくれなかったら、そもそも私たちは気づかなかったわけだし!」
一方、地面に膝を突いて無念の声をあげる優花里を、みほは励ましていた。
あの部屋まで来る道筋の複雑さ長さを思えば、彼女がいかに頑張ったのか解ろうもの。
その努力が一瞬で無駄になってしまったのだから、無念の男泣き、いや女泣きも当然の反応であった。
「じゃあな。私は帰る」
「え? 麻子帰っちゃうの?」
「知ってると思うが私は書道選択だ。装甲騎兵道は沙織が頑張れ」
「冷泉さん、どうせなら装甲騎兵道の様子も覗いてみればいかがですか? これから皆で探してきたATをお披露目するので」
「五十鈴さん、お誘いはありがたいが、私は眠い。帰る」
「あんだけ寝てまだ眠いのか……」
――それじゃまた、と言い残して冷泉麻子は去っていった。
みほ達は暫く、遠ざかるその背中を見送る。
「相変わらずマイペースなんだから……」
「でも、冷泉さんのお陰で、見つけたATを運ぶのは随分と楽になりましたね」
「そうだね。……秋山さん。とりあえず使えそうなATとパーツを運ばないと。もう一度ATの操縦、頼めるかな?」
「西住殿の頼みなら! 喜んで!」
みほが頼めば即座に優花里は復活した。
敬礼を一つすると、すぐに自作ATの元へと駆け戻っていく。
「……ふぅ」
さて、大変なのはここからだ。大仕事の予感に、みほは頬を叩いて元気を入れた。
第5話『閲兵』
「ご苦労。これで全員分のATを一応は揃えることができた」
「中身が大丈夫か、まだ解かんないけどね~」
優花里のATの力を借りつつ、みほ達はAT墓場からサルベージした諸々を地上――厳密には甲板上――の倉庫に運び込むことができていた。
みほたちが作業を終える頃には、他のグループも各々の成果を元に倉庫へと戻ってきていた。幸いなことに、どのグループも放置されたり遺棄されたり、あるいは物置にほったらかしにされていたATを見つけることに成功していた。
「こうして見るとなかなかに壮観ぜよ」
「閲兵式と言ったところか」
「むしろ馬揃えだな」
「騎兵だけにか」
軍帽を被ったり、赤鉢巻を締めたり、赤マフラーを巻いたり、羽織を纏ったりしている四人組のほうから、そんな会話がみほにも聞こえてくる。
(……)
確かに壮観ではある。しかしみほが黒森峰で見飽きるほど眺めた黒い戦列に比べると、些か見窄らしいのは否めない。機種はバラバラだし、状態が良い物は殆ど無い。錆が浮いていたり、パーツが歪んでいたり。見た目は大丈夫でも中身は大丈夫とは限らない。
「ドッグ系にトータス系、ビートルタイプにファッティーに。おまけにベルゼルガまで! それもプレトリオタイプですよ西住殿! 私実物は初めて見ました!」
しかし傍らの優花里はと言うと、色とりどりのATの群れにテンションだだ上がりで、今にも小躍りし出しそうな様子だった。
「私、どうせ乗るならかわいいのがいいかなぁ。ふぁってぃー……だっけ。あれとか良さそうじゃん」
「私はあの騎士然としたATがよろしいかと。あの盾に取り付いた鋭い槍……まるで剣山のようで、少しゾクッとします」
「華なんか怖いよその言い回し」
沙織と華も横並びのATを次々と眺めてまわり、アレが良いコレが良いと盛り上がっている。
他のチーム、体操服の四人組や、小さな一年生チームも似たような様子で、なんとも楽しげな雰囲気だ。
(……ふふふ)
人間、まわりが楽しそうだと自分まで楽しくなってくるものだ。
みほもなんだかしらないが気分がウキウキとしてくる。
「パーツが一通り揃っている機体は、『スコープドッグ』がその系列機を含めて六機」
そうこう言っている内に、クリップボードを携えた河嶋桃が、揃えられた機種を読み上げ始めていた。
「ファッティーが四機。ベルゼルガが二機。ダイビングビートルが一機。そしてスタンディングトータスが八機です」
桃がそう言い切った所で、軍帽を被った少女が怪訝な顔をした。
優花里も同じような顔をして、彼女はと言うとわざわざ挙手してハイ! と大きな声を添える。
「なんだ。二年C組、秋山優花里」
「失礼ながら、ベルゼルガは二機ではなく一機かと」
「……なに?」
「右側のATをもう一度ご覧ください」
言われて桃が改めて件のATを見て、優花里の言葉の意味を理解しうげっと呻いた。
「なんだコレは! よく見たらスコープドッグじゃないか!」
「いわゆる、ベルゼルガ・イミテイトです。ベルゼルガは高級機なので、手が出せなかったボトムズ乗りが、他のATを改造して見た目だけでもそれっぽくすることが良くありまして……」
「ええい。書き直さなきゃならないじゃないか。……ボールペンで書かなきゃ良かった」
訂正する桃に追い打ちをかけるように、今度は軍帽の少女も続けて挙手をした。
「ええい今度はなんだ、2年、松本里子」
「エルヴィンだ。付け加えて言うなら、トータスは2タイプが混じっている」
「どういうことだ、解りやすく説明しろ」
「スタンディングトータスには、初期型と後期型の二種類があるんです」
説明を引き継いだのは、思わず話に割って入ってしまったみほだった。
全員の視線が集中し、ちょっとしまったと思いつつも、説明を続ける。
「H級のトータス系は、本来後方支援を目的に設計されたので、初期型には接近戦のためのアームパンチ機構もないし、ローラーダッシュ用のグランディングホイールもありません」
「つまり初期型はアームパンチもローラーダッシュもできない、のろまな鈍亀ということか?」
「まぁ、そういうことになります」
改めて見てみれば、八機中六機が初期型だ。
一昔前ならいざしらず、今時のATでローラーダッシュもできないのは色々と痛い。
「どーりでね~。お古のATにしちゃ妙に綺麗だと思ったら」
「売れ残りだったんですねぇ」
「売れ残り?」
疑問に思ったみほの問いには、今度は杏会長が答えた。
「いやーバトリング部が解散になって装甲騎兵道がなくなって、その時にめぼしいATはみんな売っちゃたらしいからさぁ。だから綺麗なのが見つかったって聞いた時は、ちょっと不思議に思ってたんだけどね」
「……つまり現状は錆だらけの中古品と売れ残りと鉄くずしか我らにはないということだ」
最後に、クリップボードの修正を終えた桃がそう締めくくった。
「それをどうにか使えるようにしなくてはならない」
「そういう訳で――」
杏会長はポンと手を叩くと、満面の笑顔で一同にこう告げた。
「今度はAT作ろっか」