ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第46話 『決意』

 

 

 ああ、ついにバレちゃったかぁ――というのが杏が真っ先に考えたことだった。

 今にも泣き出しそうな、いやもう既に眼は潤んでいるのだけれど、とにかくそんな桃の顔と声と、何より飛び出してきた言葉の内容に皆がしんと静まり返ってしまっている。

 常に一生懸命なのだが、どこか努力の方向性が斜め上で力みすぎて空回りしてしまう……それが河嶋桃という少女だ。そんな彼女が彼女なりに精一杯クールを装って胸の内側に溜め込んできた色んな感情が、いよいよ暴発してしまったらしい。

 傍らを流し目に見れば、柚子は柚子で青い顔をしているし、間に挟まれている自分の居心地の悪さったらない。まぁ廃校の事実を隠しているように命じたのは他ならぬ自分なんだから、この居心地の悪さも自業自得と言えなくもないか。

 

「……河嶋の言っていることは本当だ」

 

 みほを筆頭に、一同の視線が桃から自分へと移るのを感じ、杏は自分のほうから先に口を開いた。

 あれほどひた隠しにしてきた真実なのに、一旦口にしてしまえば、自分で驚くぐらいスラスラと言葉は紡ぎ出た。

 

「この全国大会で優勝しなければ……今年度をもって大洗女子学園は廃校になる」

 

 杏は淡々と告げた。

 それが却って、皆に自分の言っていることが冗談でもなんでもない、本当のことだということを知らせたらしい。

 ざわりと、青褪めた空気が走り、一同の不安げな双眸(そうぼう)が杏へと向けられる。

 杏は口を(つぐ)んだ。視線が一瞬踊り、みほのほうを見た。

 ああ、自分らしくないなぁとぼんやりと杏は思う。

 内心はどうあれ、見た目だけはどんな時も余裕綽々な調子で乗り切ってきたから、こういうの本当に調子が狂う。こういう真面目で深刻なのは、自分のキャラじゃないのに。

 声にならない声を僅かに漏らした後、杏は意を決して告げた。

 

「学園艦も解体される。私たちに来年は、ない」

 

 

 

 

 

 

 

  第46話『決意』

 

 

 

 

 

 

『動きませんね』

『ええ。そうみたいですね』

 

 傍らのクラーラがロシア語で言うのに、ノンナもまたロシア語で返した。

 普段ならここでカチューシャがすかさず「日本語で話しなさいよ!」とプンスカ膨れながら口を挟んでくる所であるが、今に関してはそれはない。何故なら、カチューシャはわざわざATに試合会場まで曳かせてきた専用のベッドソリの中でお休み中だからだ。

 

「……」

 

 暗視装置付きの双眼鏡から眼を離しノンナが振り返れば、ソリのなかで毛布にまるまったカチューシャの姿が見える。普段であればノンナが傍らで子守唄でも歌う所だが、今回はその必要もない。それほどまでにカチューシャの疲労は大きく、眠りが深かったのだ。

 

「……」

 

 ノンナは視線を正面へと戻すと、暗視装置によって薄緑に光る景色が眼を覆う。

 大洗女子学園の部隊が逃げ込んだ廃村、その悄然(しょうぜん)たる姿は、ノンナ達がいる丘陵から一望することができた。

 廃村はすり鉢状の盆地の中央にあり、四方360度を緩やかな傾斜に囲まれているのだ。

 プラウダが誇る総勢70あまりのAT部隊は稜線に沿って戦線を描き、完全に廃村を包囲している格好だ。

 

『オオアライは中央の教会に入ったきり、出てくる気配はありません。ミサイルで砲撃しましょう』

『待ちなさい。同志カチューシャの休息が終わるまでは待機です。ニーナ達を起こすのも禁止です』

 

 クラーラが提案するのに対し、ノンナは首を横に振った。

 部隊長は、指揮官は飽くまでカチューシャだ。つまりプラウダの勝利はカチューシャの勝利だ。そうでなくてはならない。それがノンナの考えであった。

 

『30分待機します。その間に大洗側に動きがあれば、そこは臨機応変に。しかし、こちらから先に手を出すのは厳禁です』

『わかりました』

『クラーラ。貴女も塹壕の設営に協力しなさい。ここは私が見張ります』

 

 立ち去るクラーラを見送り、そのまま視線を下げてノンナは眠るカチューシャの様子を窺った。

 普段のお休みの時は寝言のひとつやふたつは呟くカチューシャだが、今日はいつになく静かな姿だった。やはり、眠りがかなり深い。それだけ体に負担が掛かっている、ということに他ならない。

 

「……アリーナ、聞こえますか?」

『あ、はい! こちらアリーナ、ちゃんと聞こえてます!』

 

 携帯無線を使ってアリーナを呼び出す。

 自分が眠るカチューシャを見守っているのと同様、アリーナの役割は休息中のニーナ達の付き添いだ。

 

『ニーナ達なら、全員ぐっすりと眠っています。いびきひとつたてません』

「今から30分後にカチューシャがお目覚めになりますから、あなたもニーナ達をそれに合わせて起こしなさい。いいですね」

『あ、はい。わっかりましたです』

 

 伝えるべきことを言い終われば、通信を終えて意識を廃村への監視へと戻す。

 相変わらず、廃村では何の動きも見えない。例の廃教会からも、誰一人AT一機出てくる様子はない。

 

(……どういうつもり?)

 

 こちらが攻撃してこないことを良い事に、一時休息をとっているのか、あるいは単にこちらが沈黙しているがゆえにどう動くべきか解らず、出方を待っているのか。

 いずれにせよ、カチューシャが起きた時、それが大洗チームの最後だ。

 それだけは確かだった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 まず、最初に抱いた想いは困惑だった。

 何を言っているのかが、何について話しているのかが解らない、そんな印象だった。

 だが桃に続いた杏の冷静な言葉が、否応なくみほに現実を認識させた。

 ――大洗女子学園は廃校になる。そんな現実を。

 

(ああ……だから)

 

 ようやく腑に落ちた。

 何故、こんなにも急に装甲騎兵道を復活させたのか。

 何故、一選択履修科目に過ぎない筈の装甲騎兵道にこうも力を注いでいるのか。

 何故、あそこまで自分に対し、脅迫まがいのことまでして装甲騎兵道の履修を迫ったのか。

 全ての意味は、『廃校』という言葉を鍵に解くことができる。

 

「廃校を避けるためには、何か解りやすい成果を挙げる必要があった……ってことだったんですね」

「その通り。全くもって西住ちゃんの言う通りだよ」

 

 みほの言葉に、力なく笑いながら杏は頷いた。

 

「なぜ、装甲騎兵道だったんですか?」

「昔は盛んだったって話だし、それにバトリングのほうなら数年前までやってたって聞いてたしね。設備とかATとか多少は良いのが残ってないかなぁ~って期待もあったし」

「……残ってなかったじゃん」

「いやぁゴメン、ゴメン。まさかめぼしいのは全部売っちゃってたとは予想外過ぎてね~」

 

 思わず横合いから突っ込んだ沙織への応えも、どこか弱々しい。

 表情自体はいつもどおりの真意の知れない笑い顔ではあるが、そこには隠し切れない(かげ)りがあった。

 

「でもさ、装甲騎兵道を始めれば助成金も出るし、ATは比較的値段も安いからそれで何とかなるかなぁってね。それに、これは完全に偶然だったけど西住ちゃんもいたし」

「でも初出場で優勝なんて……」

「無茶ですよ~」

「無茶だな」

「無茶ですね」

 

 人気も高く競技人口も多く、従って競争も激しいバレーという競技に身をおく典子達の表情はそろって険しい。強豪集う全国大会勝ち上がることがいかに難しいか、種目は違えど彼女たちはよく知っていた。

 

「それしか……それしかなかったんだ。古いというだけで、なんの特徴もない学校が生き残るには、それしか……」

 

 しかし桃の口から訥々(とつとつ)とこぼれ出た言葉に、場は再び静まり返った。

 桃の言うことは最もだったからだ。歴史は古くとも、良くも悪くも『普通』であって、特色のない地方校。

 それが大洗女子学園だった。

 

「ここでしか咲けない、花もあるのに……」

 

 華が呟いた。

 それに触発されたか、一年生の中には泣き出す者まで現れて、やはり涙ぐむのを我慢している梓が必死になだめようとしている。いつも元気なバレー部一同や、いつもマイペースな歴女チームの面々ですら沈み込んだ様子で、場の空気は最悪だった。

 

「……」

 

 みほは立ち並ぶAT達を見返した。

 皆もそれに倣って愛機たちの姿を見た。

 そこにあったのは、勇姿と言うのは余りに程遠い、撃たれ、叩かれボロボロになったスクラップ寸前の装甲騎兵達だった。加えて言うなら弾薬は不足し、数でプラウダに劣り、しかもこの廃村に追い詰められている状況だ。何故か相手は攻撃を中断し、沈黙していたが、この不可解な休戦状態が破られるのも時間の問題だろう。

 

「わたしたち、バラバラになっちゃうのかな」

 

 沙織が誰に対してでもなく言った。

 

「そんなの嫌です」

 

 答えたのは優花里だった。

 

「やっと、やっとみなさんと仲良くなれたと思ったのに……友達に、なれたと思ったのに……」

 

 優花里の言葉は、みほの心にも強く響いた。

 優花里の言っていることは、みほの想いと全く同じだった。

 この学校にきて、友達が、仲間ができた。それだけじゃない。見失いかけていた、装甲騎兵道の楽しさ。それを思い出させてくれた。

 ――だからこそ、負けるわけにはいかない。

 

「まだ勝負はついていません」

 

 みほは努めて大きな声で、なおかつ落ち着いた声で皆へと言った。

 

「状況は確かに最悪です。ATの多くは損傷し、弾薬は残り僅か、敵は大勢で、それに包囲までされてます」

「最悪ぜよ」

「それって勝ち目ないってことじゃない!」

 

 おりょうとそど子が言うのに、みほは首を横に振った。

 

「それでも私たちは勝ちます。必ず勝ちます」

「……そこまで断言するからには、理由があるんだよね、西住ちゃん」

 

 みほは杏へと頷き言った。

 

「……昔、おかあ――西住流現家元に聞いたことがあります。『異能者』と呼ばれる存在について」

「『異能者』?」

 

 柚子が疑問を(てい)するのに、みほは即座に答えず、敢えて逆に皆に問いかける。

 

「不思議に思ったことはありませんか? 私たちは一部を除いて初心者揃い。ATの性能も、装備も貧弱です。でもここ迄勝ち抜いてこれました。何故ですか?」

 

 皆が顔を見合わせる。

 それでいい。疑問に思ってくれ、疑問を感じてくれ。

 私が、それに対する『答え』をあげるから。

 

「『異能者』とはごく僅かに、ある種の突然変異によって生まれる人たちのことを指します。彼ら彼女らのその大きな特徴は電子機器、特にコンピューターへの適性が極めて高いことです。そして、ATに対する適性も」

「私達が、その『異能者』かもしれないってこと?」

 

 絶妙なタイミングで、杏が問いを挟んでくれた。

 流石は腹芸に長けた会長だ。みほは自分の意図を読んでくれた杏に感謝した。

 若干の胸の痛み、仲間をペテンにかける罪悪感がみほの心をよぎった。 

 だがしかし、毒を食らわば皿までも!

 

「みなさんは腕もいいですし、用心深くもあります。時には策略も用いました。そして何より運がいい。……でもそれだけでしょうか。それだけで勝ち続けたというのでしょうか? 違います。それは――私達が『異能者』だからです。だから負けないんです。絶対に勝つんです」

 

 皆がまたも顔を合わせ、囁きあった。

 沙織が、みほのことを見ていた。みほは見返した。これで沙織も、みほの意図を察した。

 沙織は、彼女の持つ演技力の全てを駆使して、ごくごく自然な調子で言った。

 

「そういえば不思議だよね。私達、みぽりん以外は素人の集まりじゃん。それが全国大会の準決勝だよ! 普通じゃ絶対ありえないよ!」

 

 優花里、華、麻子も沙織に続く。

 

「そうです。何か、何か理由がなくては変です」

「装甲騎兵道は過酷な競技です。それを私たちは勝ち抜いてきたんです!」

「私達を勝たせうる、何か大きな要因があると考えたほうが自然だ」

 

 ざわめきが大きくなってきた。

 誰とはなしに、誰に言うでもなく、この言葉を口にしていた。

 

「私たちは負けない」

「そうだよ、私たちは負けない」

「だって異能者だもん!」

「いのーしゃだもん!」

「そうだ! 私たちは負けない! 私たちは負けない!」

 

 いつしか言葉は、重なりあい、響きあい、堂内を満たし、外へと響き渡り始めた。

 

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けない!」

「私たちは負けないんだ!」

 

 締めくくるようにみほは叫んだ。

 

「そうです私たちは負けません! 勝つんです! 絶対に勝つんです!」

 

 空気は、一変していた。

 そうだ、でまかせでもなんでも良い。

 今この瞬間、すがれる何か、信じられる何かを支えに戦い抜く。

 今は、それだけでいい。 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 応急修理は急ピッチで進み、手の空いた者は偵察を、あるいはみほの立てた『作戦』の準備に奔走していた。

 そうこうしているうちに、よくやくプラウダ側でも動きが見えた。

 相手は廃村をぐるりと囲んだ丘陵地帯に塹壕を作り、そこにATを配置している。

 雪の中の動きが慌ただしくなったのが、サーマルで捉えられる熱の動きや、カエサルの持つクエントセンサーで解った。

 

「西住殿、やはり敵は既に攻撃の態勢を整えたようです。すぐにも砲撃が来ると思います」

「わかりました。ありがとう優花里さん」

 

 教会の鐘楼に登って偵察をしていた優花里が戻ってきた。

 みほも窓から外を見れば、急に外が明るくなって、思わず目を瞑る。

 薄目を開けて窺えば、空から落ちてくるのは数々の照明弾。

 言うまでもなく総攻撃の予兆だ。

 

「『もぐら作戦』を開始します! 全員、ATに乗り込んでください!」

 

 みなが慌ただしく走り回る。

 みほもまた、愛機パープルベアーのもとへと駆け寄っていた。

 

「……西住ちゃん」

 

 不意に、背後から杏が呼びかけた。

 みほは振り返り、彼女のほうを見た。

 

「今までありがとう。私達をここまで連れて来てくれて」

 

 白い光の雨が雪と共に降り注ぐなか、照らし出された杏の顔。

 そこにあったのは、みほが今まで一度も見たこと無いのものだった。

 どこか寂しげで、しかし翳りはひとつも見られない、清々しいものだった。

 恐らくそれは、会長の仮面の下に隠れた、角谷杏という一人の少女の顔だったのだろう。

 ――だからこそ。

 みほは不敵に笑った。こんな顔をするのは、まだ流派の枠などなかった、幼き日以来のことかもしれない。

 見慣れぬみほの表情に珍しく驚く顔の杏に、みほは不敵に言った。

 

「感謝なら、この試合に『勝った後』に言ってください」

 

 杏はキョトンとして、破顔して、ニヤッしつつ言った。

 

「そうだね」

 

 

 





 己が異能者であるなどと、己が神に愛された子であるなどと
 そんな夢物語を信じる者は誰ひとりとしていない
 それでもなお、『私たちは負けない』と叫ぶのは
 その身に背負った覚悟の現れか
 ならばなろう、大地を走る無謀な風に
 嵐が吹かねば、太陽が輝かぬとするのなら
 
 次回『死線』 負けられぬ戦いが、始まる








【異能者】
:古代クエント人のなかに現れた突然変異種
:彼らの成れの果てがあの『ワイズマン』である
:キリコもこの異能者であるという話だが……
:異能生存体の設定が登場してからは、どこかうっちゃられた感がある





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