ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第45話 『籠城』 

 

 

 パープルベアーは身軽さ素早さを優先し、装甲を薄く設計されたATである。

 つまり防御は最初から捨てており、ただでさえ戦闘兵器としては脆いと評判なアーマード・トルーパーのなかにおいてもさらに脆い。故にその基本戦法はヒット・アンド・アウェイとなる訳だが、そのアウェイができないとなれば最早どうしようもない。

 相手の、雪中より飛び出してきたエクルビスのタイミングは完璧だった。

 それでもかろうじて防御体勢をとることが出来たのは、みほの実力と日々欠かさぬ訓練のたまものだったろう。

 撃破されることだけは避けることが出来た。

 逆に言えば『撃破されていない』というだけに過ぎない。

 

「っ!?」

 

 左手の三本の鉄爪に腕を掴まれ――もしなかった。相手はただ、振りかぶり、振り下ろしただけだ。

 それでいて、この威力! パープルベアーが脆いことを差し引いても、肘から先を二本分持っていく一撃は尋常じゃない。もう一発喰らえば、もう後がない。

 みほは操縦桿を思い切り引きつつ、ペダルを力いっぱい踏み込んだが、しかし既に相手は第二撃の準備を終えている。右手のパイルバンカーで、今度こそ止めを刺すつもりだ。

 後退は間に合わない。ならばどうする?

 みほは操縦桿を手放すと、左手でATのバイザーカバーを開きつつ、右手では同時に、腰に吊るしたアーマーマグナムを抜いていた。バイザーカバーを開けば、外の景色が顕になる。

 エクルビスの赤い一つ目と、みほの双眸が真っ向向かい合う。

 一つ目へと向けて、みほはアーマーマグナムの銃口を向けた。

 単に一矢報いるだけのつもりが、意外にも、相手は驚いた様子であたかも人間のように肩をビクッと震わせ、一瞬、ほんの一瞬だけ動きが止まる。

 

『タアッ!』

「優花里さん!?」

 

 そこを狙って優花里が仕掛けた。

 ATの重量は6トンを超え、H級ならば7トンにも達する。

 そんな鋼の巨体が全力で駆ければ、例え雪原上とは言え単なるタックルでも下手な銃弾を凌ぐ威力を持つ。

 ましてや優花里特製のゴールデン・ハーフ・スペシャルは、追加装甲にロケットポッドにとかなりの重武装機。体当たりの強さは尚更だ。

 

『逃げて下さい、西住殿!』

 

 しかし相手のエクルビスの反応速度は、みほの目から見ても信じられない程だった。

 完全に不意を突く形での優花里のタックルにも、エクルビスは即座に対応した。その場でターンを描けば体当たりを見事にいなし、逆にゴールデン・ハーフ・スペシャルの肩へとアイアンクローで掴みかかる。

 

『うわぁっ!?』

 

 そのまま腕をひと薙ぎすれば、圧倒的なマッスルシリンダー出力そのまま優花里のATは赤子のように振り回される。そして遂には肘から先が引きちぎられてしまった。

 

『このお! みぽりんゆかりんから離れろー!』

『みなさん、撃って下さい!』

 

 両腕を、そして片腕を失ったみほや優花里へと追い打ちかけんと動くエクルビスに、沙織に華が得物を向けた。

 沙織はヘビィマシンガンを、華はそのショートバレルを撃ちかける。

 

『うそー!?』

『ATに、こんな動きが!?』

 

 粉雪を白煙と舞い上げて、黒い鋼の異形は宙を舞った。

 白雪降り注ぐ黒く灰色の空にあってなお、遥かにどす黒いエクルビスの姿は闇に映える。

 しかし動きは凄くとも回避手段にジャンプを選んだのは悪手だ。

 基本的にATは空を飛べるようにはできていない。つまり跳べばかならずいつか着地する。

 そして着地の瞬間はどうしても無防備になる。そこを狙う。

 沙織や華だけではない。大洗チームのほぼ全員が、着地の瞬間を狙うべく銃口砲口を向けている。

 例外は5人。みほ、麻子、杏、紗希、そしてカエサルの5人はまるで別の方向に視線を向けていた。

 みほは叫んだ。

 

「全機周囲警戒!」

 

 瞬間、雪の天井を突き破って、白く塗られたファッティー、チャビィーの群れが一斉にその姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

  第45話『籠城』 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 カエサルはクエントセンサーの映し出した敵へと向けて、手当たり次第に銃弾を叩き込んでいた。

 ベルゼルガ用のアサルトライフルは装弾数が少なく、あっという間に弾切れになる。しかし撃ちまくった意味はあった。雪から顔を出しかけていた相手のチャビィーやファッティーは、殆ど無防備な状態の時に一撃貰うことになったのだから。当たりどころの悪かったATからは白旗が揚がり、急所を避けた者も不意を撃つつもりが逆襲されて混乱している。カエサルと違って『見えていた』訳ではないが、相手の意図を読んでいた麻子や杏、そして紗希も牽制の銃撃を放ち、半包囲の形で出現したプラウダ部隊へと若干の混乱を引き起こす。

 だがそれも長くは保つまい。早くも比較的後方に出現したチャビィーやファッティーは態勢を立て直し、コチラに銃口砲口を向けている格好だ。

 

『今です! 全機13時方向に向けて全速力で走って!』

 

 西住隊長の鶴の一声。

 走る先は、包囲のされていない方向……ではなく、包囲網の一角、カエサルが開けた穴。

 その意図を考えている余裕はない。今はただ、我らが隊長の指揮に従うのみ。

 

「いくぞぉ!」

『南無三!』

『後退的ブリッツクリーク!』

『それ、要は撤退ぜよ!』

 

 ニワトリさん分隊もカエサルの命令一下、盾持ちを前に押し出しながらの突破軌道をとった。

 左衛門佐の赤いスコープドッグが煙幕弾を撒き散らし、続く部隊のための目眩ましをする。

 銃弾が盾に当たる音が鳴り響き、奥歯を強く噛みしめる。

 

『ぎゃあ!? 何か今真上を掠めたぁ!』

『うそぉ! 左腕が持ってかれちゃった!?』

『鉄砲落としちゃったよ~』

『重くて走れない~』

『みんな落ち着いて! 優季! 勝手にミサイルをパージしないで!』

 

 ウサギさん分隊の方からは悲鳴が次々と飛んできて、聞いているカエサルのほうも生きた心地がしない。

 

『キャプテン! 激しいスパイクの連続です! もう駄目かもです!』

『みんな、こんな時こそ根性だ! せーの!』

『こんじょー!』

『こんじょー!』

『こんじょー!』

 

 カエルさん分隊はと言えば良くも悪くもいつも通り。

 彼女らに関しては心配いるまい。

 

『ヒバリさん全機、フォーメーションZ! シールドを構え防御形態』

『凄い数の攻撃だよそど子』

『これもう駄目なんじゃ』

『パゾ美! ゴモヨ! 泣き言はやめなさい! こんなの暴徒鎮圧と一緒よ! 普段の風紀委員の仕事と変わらないわ!』

『……そんなことしたことあったっけ?』

『大洗に暴徒なんていないんじゃ……』

 

 ヒバリさんのほうも通信内容はともかく、声の調子は落ち着いている。

 シールド持ちであることを活かし、逃げる大洗の最後尾に陣取っている。

 

『それじゃ私達も殿しよーか』

『ついにこの子の力をお披露目か~』

『待ちに待った出番っしょ』

『へっへっへ~100ミリの装甲を抜けるかっての!』

 

 今回初参戦の筈の『うわばみ分隊』こと自動車部の面々も、相も変わらずの飄々(ひょうひょう)っぷりである。

 ヒバリさんの脇を固める形で、列の後方、一番危険な役を買って出てくれている。

 

「私らも負けていられないぞ! 一旦囲みを抜けたら反転、味方の突破を援護する」

『煙玉! 焙烙玉! がんがんいくぞ! 川中島の戦いだ!』

『幕末で霧といえば母成峠の戦いぜよ』

『寒くて霧と言えばバルジの戦いだろう』

「『『それだ!』』」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「ダージリンさま、大洗のピンチです!」

「落ち着きなさいオレンジペコ。大洗は包囲を脱したわ」

 

 見晴らしの良い高台の上。

 降り注ぐ雪を意に介することもなく、ダージリンとオレンジペコはいつものように大洗の試合を観戦していた。

 辺りは身を切るような寒さだが、ATスーツを防寒具代わりに纏えば問題はない。

 加えて傍らには携帯式の湯沸し器に、淹れたての紅茶が注がれたティーカップまであるのだ。

 湯気の熱さは降り注ぐ雪が触れたら溶けてしまう程で、外気で冷ましながら飲めば五臓六腑がたちまち火を入れたようになる。それが心地よい。

 

「少なくとも、この場だけは何とかしのげたようね」

「プラウダ高校のATは全部で75機……。先程の戦闘で何機か撃破はしましたが……」

「カチューシャは攻撃の手を緩める気はないようね」

 

 脱出した大洗部隊へとすぐさま、カチューシャ駆るエクルビスに率いられたファッティー、チャビィーの大群が追撃を仕掛けている。どのファッティーもチャビィーも、足にアイスブロウワーを装備するか、あるいは雪原用のカスタマイズを施されていて、その速度では大洗側に勝っている。このままでは確実に追いつかれるだろう。

 それに加えて、観覧席からは別働隊のプラウダ部隊の姿をみとめることができた。

 ノンナ駆る赤いチャビィーに、一年生のニーナとかいう選手率いる量産型エクルビス部隊。

 大洗への包囲が完成するのも時間の問題だ。

 

「初撃で強烈なのを貰っていましたいけれど、みほさんは大丈夫でしょうか」

「あら、その様子じゃ貴女もすっかり彼女のファンね」

「……貴女『も』?」

 

 ペコが聞き返すのに、ダージリンは微笑で応えた。

 

「あら、それこそ今更ですわ。わたくしはみほさんのファンですもの」

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 

「全機反転! 追いつかれる前にこちらから迎撃を仕掛けます!」

 

 みほは瞳に投影された電子地図を手繰りながらも、みほは大洗一同へと指示を飛ばす。

 プラウダ相手に雪原で正面から戦いを挑むなど普段なら決して採らない作戦だが、しかしこのまま逃げ続けてもいつか追いつかれるのは明白だ。背中から撃たれるよりは、まだ正面から撃ち合うほうがマシだ。

 パープルベアーに残された最後の武器、ステレオスコープを最大限に駆使し、闇の彼方のプラウダ部隊の姿を探る。追撃部隊の数は30機以上。この場に限って言えば数的に差はない。射撃戦で勝負を決めるのは困難でも、一時的な膠着状態を作る程度ならば可能だ。

 ――よし!

 

「あんこうを中心に置きつつ、左右に延翼してください! AT同士は10メートル、いや15メートル間隔! 横列を組みつつ、各個に撃ちまくってください!」

 

 横に広い戦線を構築し、乱射の射線によってプラウダ追撃隊を足止めする。

 相手が隊形を組み射撃戦に備えたならば、準備が整った所を見計らって全力で後退する。

 これがみほが立てた作戦だった。

 

(H43地点……向かうべきはここ!)

 

 電子マップからみほが割り出した、大洗が向かうべき先。

 H43地点周辺には廃村がある。つまり雪や風を凌ぐ屋根も、遮蔽物となる壁もある。

 今は目の前にいるのは30機程度に過ぎなくとも、プラウダには都合あと40機の別働隊が控えている。

 右から来るか、左から来るか、はたまた背後か、それは解らない。

 とにかく、相手が戦力を合流させ、こちらを完全に包囲殲滅する形を作ってしまう前に動かねばならない。

 

「っ!」

 

 撃ち始めた味方に合わせ、自分も攻撃を仕掛けようとして、ATの両腕がもがれてしまったことを思い出す。

 なんと歯がゆい。戦いたい時にそれができないことが、こんなにも歯がゆいとは!

 

(……違う。今するべきことはそうじゃない)

 

 冷静になれ。

 自分は隊長だ、指揮官だ。

 得物はなくとも、戦うことはできる。隊長としての戦いが。

 ミッションディスクをイジェクトし、別のものへと入れ替える。

 カメラ性能の最適化に特化した、偵察用のプログラムだ。

 念の為と持ってきていたが、まさか本当に使うとはみほも思ってはいなかった。

 

(今はコレだけが頼り、かな)

 

 ディスクの読み込みを知らせる赤いランプが灯り、バイザーモニターに投影された画面の質がガラリと変わる。

 細かく走る細いグリッド線に、外気温をはじめとするコックピット外界の状況が数値化されて画面端に表示される。ATの全センサーが探知観測へと動員され、CPUは全リソースをセンサー系オペレーションへと向ける。普段は火器管制などに回しているリソースを、探知システムの方へと全振りしたのだ。

 ――故に気づくことができた。

 

「っ!」

 

 警告の電子音が鳴り響き、サブカメラが捉えた新手の到来を告げる。

 メインカメラを向ければ、まだハッキリとは見えぬ朧な白影の群れが彼方に踊っている。

 その中央部に灯った赤い火。あれは火ではなくATで。あの血のように赤いATは、プラウダのノンナ、ブリザードのノンナに他ならない。

 センサーと内蔵データーベースが、迫るAT群の機種と数を割り出して映し出す。

 画面の脇にて、白線で次々と描かれるのはワイヤーフレームのプラウダATだ。

 だがファッティーとチャビィーばかりで、エクルビスの姿は見えないが、それでも数は30機。

 特に遮るもの、身を隠すもののないこの開けた場所で、迫る敵中には狙撃手がいるのだ。

 

「ニワトリさん、ヒバリさん、左翼に展開! シールドを前に突き出し防御線を構築して下さい!」

『え!? なによいきなり! でも解ったわ!』

『こちらニワトリ、Why not(了解)!』

 

 盾持ちのATが左翼に展開を始めると同時に、パッと彼方で何かが光り輝いた。

 光が、そして砲弾が音を置き去りにして飛んで来る。

 おりょう駆るホイールドッグのシールドが弾け飛ぶ異音にすら遅れて、暗がりの向こうから銃声が追いついてくる。

 

(高速徹甲弾!)

 

 間違いない。報告にあったノンナ機専用装備、AT用スナイパーライフルだ。

 

『い、いっぱつで盾がお釈迦ぜよ!?』

『下がれおりょう! 私が前に出る!』

『忍法霞隠れ! ――って煙幕弾が切れた!?』

『左衛門佐落ち着け! 再装填だ!』

「全機、これから指定するポイントへとミサイル、ロケットで砲撃をしかけてください!」

 

 混乱するニワトリ分隊とは対照的にみほは一貫して冷静だった。

 指揮に徹するしかないという状況が、却ってみほの思考を冴え渡らせる。

 いかにしてここから撤退し、H43近辺の廃村まで辿り着くかを考える。

 

「相手の進路上に砲撃を仕掛けます! E21-5044、5046、5048!」

 

 パープルベアーの原型機は、偵察用あるいは弾着観測用に使用されていたATだ。

 その外見的特徴たるステレオスコープをフルに使えば、砲兵への標的指示などお手の物。

 

『西住殿、相手も撃ってきました!』

 

 優花里が叫んだ通り、左の、そして正面から迫るプラウダ部隊から一斉に放たれるロケットの群れがみほにも見えた。弾道観測、弾着予測。みほは即座に指示を飛ばした。

 

「あんこう、カエル、ヒバリ10メートル後退! それ以外の部隊は一切動かずやり過ごして下さい!」

『正気か西住!?』

 

 桃の泣き声同然の叫びが聞こえるが、今のみほにはそれに返事をする余裕もない。

 必要なのは間髪入れずの反撃だ。ミサイル、ロケット持ちのATへと通信を飛ばす。

 

「今です!」

 

 まず沙織が、次いで優花里が、次いでウサギさん分隊がと次々と発射されるロケット弾。

 微かな放物線を描いて飛ぶ敵味方のロケット弾は空中で交差し、その様はあたかも花火の用に暗闇に映える。

 そして着弾。砲火、砲煙、そして雪煙が暗がりの空の下を舞った。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「ココアとコーヒーがありますけれど、どちらにします?」

「じゃあコーヒーのほうで」

「はい、西住殿」

「ありがとう優花里さん」

 

 優花里が差し出した紙コップの中身を喉に流し込めば、苦味が口いっぱいに広がってむせそうになる。

 そこを堪えて熱いコーヒーを飲み込めば、少し呆としていた頭がくっきりしてきた気分だ。

 

「あ、ゆかりん。私コーヒーちょうだい!」

「わたくしもコーヒーを」

「私はココアだぞ」

 

 沙織、華、麻子も寄ってきたので、優花里も含めて5人並んで地べたに座り、各々の自機も様子を眺めた。

 

「よくもまぁ撃破判定がでなかったもんだな」

「ホントだよね」

「よく頑張ってくれました」

「……わたくし、ここまで辿りつけたのが正直不思議でなりません」

 

 みほもまた皆に倣って愛機パープルベアーの姿を仰ぎ見た。

 両手は既に失われ、アンテナはへし折れ、ステレオスコープの片割れは既に割れている。

 あちこちに競技弾が突き刺さったままになっており、もしもカーボン加工がなければ穴だらけになっていたのではないか。

 優花里のゴールデン・ハーフ・スペシャルは片腕がなく、随所に貼り付けてあった戦車履帯流用の追加装甲は、その殆どが既に剥げ落ちている。

 沙織、華、麻子のATはみほや優花里ほど全体的な損傷は酷くないが、それでもあちこちに受けたダメージの痕跡がハッキリと見受けられた。

 特に麻子機は頭部の一部に一発もらっていたので、撃破判定が出てもおかしくはなかった格好だ。

 他の分隊もほぼ似たような状況で、多かれ少なかれどこかが傷ついている。

 中でも特に酷いのは、自動車部の駆る4機のストロングバックスだった。

 

「いやぁ、ボロボロだねぇ」

「やられもやられたり、か」

「でも撃破はされてない」

「100ミリの装甲は伊達じゃない、ってね!」

 

 自動車部の面々はと、表面がスクラップのようになった四機のストロングバックス、否、ストロングバッカスを誇らしげに見上げていた。酒の神の名を冠するATは、しかし確固たる二本足で揺るぎなく屹立している。

 ウワバミ、大酒飲みの大蛇のエンブレムを掲げた4機のH級並のカスタムATは、ツチヤが得意げに言うように100ミリの装甲を(一部だが)有している。危険あふれるバトリングの選手が好んで使うだけあって、その頑丈さはATのなかでも折り紙つきだ。むろん、そんな重装甲カスタムを施せば機体はあらゆる意味で重くなる。自重に加えて、その自重が機体の機動力そのものの足かせになる。機動力が命のアーマードトルーパーというメカにおいてそれは致命的のようにも感じるが、そんなマシンを実用に耐えうるよう改造したのは自動車部が高校生とは思えぬ隔絶した技術の持ち主達だからだろう。

 撤退する大洗部隊の最後尾を陣取り、文字通り我が身を盾としたのだ。

 

「……」

 

 みほは立ち上がって、逃げ込んだ先、廃村中央の元教会のとおぼしき建物のなかを見渡した。

 神の棲家というよりは瓦礫の山と呼ぶにふさわしい場所を占めるのは、アーマードトルーパーというよりガラクタと言ったほうが適切な大洗のAT達の姿だ。

 かろうじて、一機も撃破はされていない。

 しかし、単に撃破されていないというだけで、実質戦闘不能なATもちらほらある。

 隊長機の筈のみほのパープルベアーがその筆頭だった。

 

「ロケットもミサイルも撃ちつくしちゃった……」

「私もガトリングガンの予備マガジンはあと2つだな」

「アンチ・マテリアル・キャノンのほうはともかく、私もヘビィマシンガンのほうは弾切れです」

「一応予備のロケット弾は持ってきましたが、右腕部も吹っ飛びましたし、実質武器はそれだけです」

 

 撃破を避け得たのはなりふり構わずロケットにミサイルと重火器をぶっ放して目眩ましにしたからだ。

 その結果が、沙織達が口々言うような弾切れ状態だ。

 他の分隊も同様で、残された弾薬は僅かだし、使える武器の種類も限られている。

 対するプラウダはいまだ70機前後が健在で、弾薬はたっぷり、エクルビスのような特機まである。

 今は攻撃の気配はないが、村をぐるりと取り囲み、攻撃の機会を窺う、その殺気のような気配はひしひしと感じ取ることができる。

 

(……)

 

 みほは考える。

 こんな状況で、どう勝つ?

 どう戦えばいい?

 遮蔽物のある廃村まで逃げ込めたのは良いものの、逆に言えば大洗が今プラウダに勝っている部分はそれだけだった。そんな優位も、相手の飽和攻撃で簡単に消し飛んでしまうだろう。

 

(どうすれば)

 

 みほは今までの人生で、ただ一度の例外を除いて勝負を途中で投げ出したことはない。

 勝つにしろ負けるにしろ、ぎりぎりまで考え抜き、戦い抜いた結果だった。

 そんなみほですら、考えれば考える程絶望的な状況だった。

 迂闊に前進し、先手をとられた時点で既に形勢は――。

 

「何だお前たち! 何をぼさっとしている!」

 

 広い廃教会のドーム内に、虚しく反響したのは桃の怒号だった。

 今しがた抜けてきたプラウダの集中砲火に、疲れて座り込む一同へと向けて、睨みつけ叱責している。

 

「敵はもうすぐそこまで来てるんだぞ! 反撃だ! すぐにでもこんな所を抜け出して、反撃を食らわせるんだ!」

「いくらなんでも無茶です!」

 

 さすがのみほの、この状況での桃の言い様は看過しかねた。

 あの砲火を脱落無しでくぐり抜けただけでも賞賛に値するというのに、これ以上何を求めるというのか。

 

「みんな既に疲れきっています! 心身ともに調子を整えなきゃいけないし、ATの応急修理だって!」

「知った事か! 今すぐ立ち上がって戦うんだ! とにかく反撃だ! 反撃するんだ勝つために!」

 

 桃は果たして誰に向かってそれを言っているのだろう。

 みほには、それが自分を奮い立たせるために、敢えて無茶苦茶なことを言っているようにも見えた。

 だからみほは桃の物言いに対しての、怒りよりも不審が勝った。なぜそうも勝ちにこだわる?

 

「勝つ、勝つと口で言うのは簡単だが、どう勝つつもりだ。こっちには武器も弾もないんだぞ」

 

 みほへの助け舟か、麻子の冷静な指摘が場を鎮まり返させた。

 どうしようもない現実を前にして、桃もグッと言葉を呑んだ。

 

「それにですよ! 私達、初出場で準決勝まで勝ち上がったんですよ」

「準決勝っていえば、ベスト4だよね!」

「初出場でベスト4入りなんて、装甲騎兵道始まって以来の快挙かもしれませんよ」

 

 優花里、沙織、華も麻子に続いた。

 ベスト4入りという事実を思い出し、にわかに空気が明るくなる。

 そうだ、例えここで負けても、誰に言っても誇れる快挙なことに変わりはないのだ。

 そりゃどうせならもっと上に行きたかったけど、それこそ実質初心者集団にしては高望みじゃなかろうか。

 そんな雰囲気に、みほもこんなことを口にした。

 

「例え負けても、来年度があります。ベスト4まで勝ち抜いた実績があれば、来年の履修者はもっと増えるはずです。ゆっくりと練度を上げて、次の戦いに――」

「……来年?」

 

 みほの言葉に、桃は肩をビクリと震わせた。

 みほの言葉が、引き金になったのか。

 流れ出るように、嗚咽混じりの叫びが桃の口から吹き出した。

 

「何を言ってる! そんなものはない! 勝たなきゃ、ここで勝たなきゃ我が校は今年で無くなるんだぞ!」

 

 

 






 誰が仕組むのか、誰が望むのか
 大洗に忍び寄る策謀の魔の手が、その一端が明かされる
 告げられた真実、溢れ出る絶望
 だがその絶望を乗り越えた先の、ただ一筋の希望の灯を目指して
 みほは走る、皆は走る

 次回『決意』 求めるものは、ただひとつ









【100mmアーマーストロングバッカス】
:自動車部の駆る特注製カスタムAT
:ボトムズTVシリーズ『ウド編』にて、PSと互角に戦うという大活躍を見せた
:「100ミリの装甲だ!そんなもんじゃビクともしないぜ!」
:設定担当の井上幸一氏曰く「これはハッタリですね。体型が変わっちゃいますよねぇ」
:自動車部のカスタム機も、100ミリの装甲板を貼ってるのはごく一部に過ぎない
:それでもATとしては例外的な頑丈さを誇る



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