ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第41話 『二人』

 

 エリカは咄嗟に操縦桿を起こし、ファッティーの両手で地面を突いた。

 流石は黒森峰のエース、逸見エリカだ。完全に転倒するのだけはギリギリで回避する。

 掌が地面を打つ衝撃が機体全体を走り、中身のエリカも揺さぶられるが、根性で堪える。

 頭を振って衝撃に揺らぐ頭をハッキリとさせると、まずは現状認識にとりかかった。

 

(撃たれた!? 損傷箇所は――っ! 右脚部が完全に破損ですって!?)

 

 瞳へと投影された画面には、ATの右足が完全にオシャカになったことを告げる警告表示が踊り狂っている。

 機体の体勢的に損傷を直接見て確かめることはできないが、警告表示が間違っていないことはペダルを踏み込んでみればすぐに解った。反応が全く無い。断線してしまっているのは確かだ。

 

『ブリザードのノンナ……』

 

 オープンになっていた回線を通して、優花里の声が聞こえてくる。

 出てきた名前に、エリカも得心がいった。ブリザードのノンナ。なるほど、彼女の仕業であった訳か。

 プラウダにその人在りと言われたボトムズ乗りにしてスナイパー。特にその狙撃技術に関しては高校装甲騎兵道界でも髄一という評判だ。

 

(脚部の関節部……そこをこうも精確に撃ち抜けるヤツなんて、プラウダには他に居ないわ)

 

 爆発の衝撃も音もなかったのに綺麗に足が吹っ飛んでいるのは、恐らくは超高速の徹甲弾を使ったからだろう。

 AT用の装備にもスナイパーライフルはある。使用者は限られているが、使い手は決まって凄腕だった。

 標的は射的のマトじゃなくてローラーダッシュしているATだ。その関節を一発でぶち抜くなど、ボトムズ乗りとしては自身も一流だと自負するエリカですら、出来ないと認めざるを得ない所業だ。

 

(……このATで逃げるのはもう無理ね)

 

 降着状態ならば一本足でもローラーダッシュは一応は可能だが、スピードが出ないしなにより降着している間にもう一発撃ち込まれて今度こそ終わりだろう。ならばATを捨てて生身で逃げるか? それも賢いやり方とは言いがたい。

 

『逸見殿! 大丈夫ですか!?』

 

 優花里の呼びかける声が聞こえてくる。

 不安に震えるその声に、エリカはやり場のない苛立ちを覚えた。

 心配されているというのか、この黒森峰の逸見エリカともあろうものが! 不甲斐ない自分に腹が立つ!

 

『今、助けに行きます!』

「必要ないわ! 私が時間を稼ぐから、貴女一人で逃げなさい!」

 

 何も秋山優花里を気遣ってこんなことを言ったわけではない。

 ただ単に、醜態を晒した挙句誰かの足を引っ張るのが我慢ならないだけだ。

 

「元々私と貴女は敵同士! ここからは慣れ合いは無しよ!」 

 

 ATはまともに使えない。生身で逃げるのはまるで不可能。それでも何とか逃げる方法は?

 叫びながらエリカは計算する。だが彼女は失念していた。優花里が、あのいけ好かない“アイツ”のチームメイトであったということを。そして“アイツ”ならこんな状況で、どんな行動をとるだろうかということを。

 エリカの望みとは全く逆の行動を優花里はとった。彼女を救うべく、優花里は我が身を敵の射程内へと晒したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

   第41話『二人』

 

 

 

 

 

 

 

 血のような赤に塗られた狙撃用のAT、と人が聞けば、狙撃用の機体なのに何で派手な塗装をするのか、と大半が疑問に思うことだろう。だが、それに乗るのがあの『ブリザードのノンナ』だと聞けば、ああ彼女ならばと、みんな納得するだろう。彼女は隠れる必要がない。むしろ、その存在を晒すことで畏怖させることこそ彼女の望み。

 ブリザードのノンナ。カチューシャの側近、右腕、親友、相棒、信奉者……そして、一流のボトムズ乗り。

 彼女の駆る真紅のチャビィーがもしも視界に入ったならば、あなたは即座に何かに隠れなければならない。

 何故なら、あなたにノンナの姿が見えているのなら、ノンナにもあなたのことが見えているからだ。

 ――つまり、彼女の『射程圏内』に入っているということだ。

 

(あのファッティーはもう逃げられない……チャビィーのほうは、まだATの列のなか)

 

 上手くこちらの照準から逃れているが、それも時間の問題だ。

 クラーラ達の別働隊が回りこみ、こちらの射程内に追い込んでくれる手はずだから。

 

(風……南南西、風力4。位置修正、射角マイナス0.3)

 

 瞳に投影された画面には様々な数値数式曲線直線が踊り、それを読み取って銃口の向きを調整する。

 ATの操縦はミッションディスクによるオート操作が多いが、ノンナは敢えて脚部駆動系を除いてマニュアル仕様に再設定を行っている。狙撃は繊細な作業だ。機械に頼りつつも、最後の最後だけは機械任せにできない。

 

「……」

 

 ノンナのチャビィーには3つのセンサーカメラが備わっている。

 元々装備してある頭部カメラに、得物の狙撃用カスタムライフルのスコープカメラ、そして背部ミッションパックへとミサイルランチャーと同じ要領でマウントした大型のサブカメラだ。この3つの視界を使い分け、あるいは複合的に使うことでノンナはより精度の高い狙撃を実現させていた。

 倍率の高い肩部カメラへと切り替え、足を射抜いたファッティーのほうへと向ける。

 なにやらもぞもぞと動いているが、無駄な足掻きだろう。念の為にもう一発撃ちこんで完全に撃破判定を出しておくべきか。

 ノンナが得物とするのはG・BATM-52G マシンガンをベースに狙撃用に改造し作成した、一品物のAT用ライフルだ。装弾数はたったの5発。弾丸が大型なのもあるが、銃全体のバランスを考慮して弾倉が小型なのが理由として大きい。腰部には予備マガジンもあるとはいえ、ノンナ専用チャビィーの武装はこのAT用狙撃ライフルのみ。白兵戦用の装備などは一切ない。だが問題もない。近づく前に全て仕留めればいいだけだ。

 

「!」

 

 ファッティーへと止めを刺そうと銃口を僅かにずらした、その瞬間だった。

 例の隠れていたチャビィーが、ATの列から飛び出してきたのは。

 しかしノンナは慌てない。照準を修正し、狙いをチャビィーのほうへと合わせる。

 照準器中央、狙撃スコープのように白線が十字を成し、その交叉点に標的が重なる。瞬間、トリッガーを弾く。

 ――命中! 激突する装甲と弾頭に火花が飛び散る。しかし、手応えがない!

 

「!?」

 

 手応えのない理由はすぐに解った。

 スパイの駆るチャビィーは飛び出す際に、自身の傍らの無人ATを引っ張り出し盾として使ったのだ。

 撃破判定の出た無人ATからは白旗が飛び出し、動きが完全に止まる。それが遮蔽物になって、その向こうのスパイ2機のATが狙えない!

 

「……やられた」

 

 すでに撃破判定の出たATへの攻撃は装甲騎兵道公式ルールで明確に禁止されている。故に試合用のATには必ず、撃破判定の出たATへの攻撃ができないよう、照準にロックがかかる仕様になっているのだ。つまり撃破された無人ATが盾になって、ノンナの狙撃を邪魔している訳だ。

 撃破済みのATを盾にするような行為もまたルールで禁止されているので、公式戦ならば審判が飛んできて止めさせる所だが、今は試合の場面ではない。

 

「……」

 

 ノンナは照準をATから外した。そしてその足元の地面を狙った。

 真下のアスファルトを抉り取られ、空いた穴に盾代わりの撃破済みチャビィーがバランスを崩す。

 ようやく、視界が開ける。

 

 スパイの駆るATは既に走り出していた。

 遠ざかる姿に、ノンナは焦らず狙いを定める。残弾は二発。

 相手は小癪にも蛇行を繰り返して照準を定まらせないつもりらしいが、問題はない。

 確かに複雑な動きをする標的を狙うのは難しい。ならば、その動きを止めれば良い。

 最初の一発は相手の予測進路の地面。絶妙のタイミングで出来た窪みに逃亡チャビィーがつんのめって止まった時には、既に銃弾は機体へと叩きつけられていた。撃破判定の白旗を上げながら、ATは倒れ伏す。

 ――しかしノンナは違和感を覚えた。手応えがない。

 

『ノンナ副隊長! 中には誰もいません!』

『こっちもです!』

 

 やられた!

 敵は既にATを捨てて生身で逃げる選択をしていたのだ。

 恐らくは無人ATの陰に隠れた一瞬の隙を突いて。

 

「……追いなさい。クラーラ。アリーナ」

Поняла(了解)

『わっかりましたです!』

 

 ノンナは空になったライフルの弾倉を投げ捨て、交換した。

 まぁ良いだろう。この場から逃げたところで、ここはプラウダ学園艦。

 つまりは私の、そして偉大なる同志カチューシャの庭だ。最後には必ず追い詰めて、カチューシャの前に引きずり出してやるまでだ。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「……ここまで逃げればひとまずは大丈夫ね」

「はぁ……はぁ……はぁ……そ、その、逸見殿」

「なによ優花里」

「息が……あがっちゃって……少し……休んでは」

「全く。まぁここまで付いて来たのは褒めてあげるけど。そんな体力じゃ黒森峰だと練習前のアップで潰れるわよ」

 

 薄暗く湿っぽく、そして塩の臭いの強い船底の一角。

 そこにエリカと優花里は逃げ込んでいた。

 上手い具合にエリカをファッティーから助け出した優花里は当初、例の補習島への定期船へと逃げこむつもありだった。そこを、エリカが手首を掴んで止めた。

 

『逃げるなら、もっと良い場所があるわ』

 

 言うなり全力疾走を始めたエリカを、優花里は必死で追った。

 どこをどう走ったかも覚えていない。動悸が、鼓動が、胸を打ち頭を叩く。自分の体を流れる血潮の巡りすら、はっきりと音として聞こえてくる。口からは息が漏れ、白くなって漂い、暗闇に呑まれ消えていく。

 だが、ひとまずは逃げ切った。自分たちを追う人影はもう見えない。

 どれほど疲労していたとしても、それを癒やす時間はあるはずだ。

 

「……もう廃棄されて長いとはいえ、流石は学園艦の中ね。ちゃんと電気が通ってるわ」

 

 エリカがスイッチを入れれば、今じゃすっかり姿を見なくなってきた白熱電球が灯り始める。

 経年劣化のためかその明かりは弱く、それにオレンジがかっているが、それでも光は光だ。

 船底の闇をいくらばかりか明かすことができた。

 

「……『プラウダ上野駅』?」

 

 さっきまでは闇に隠れて見えなかった看板。そこに書かれた文字が明らかになったが、しかし書いてある意味が解らない。何度か深呼吸して息を整えれば、ようやく周囲を見回す余裕が優花里にもできた。

 

「ここは……駅ですか?」

 

 しかし疑問は深まるばかり。目に映る景色はどう見ても鉄道駅のプラットフォームだが、しかし何で学園艦の底に鉄道の駅舎があるのだ?

 

「昔、何でも列車で運んでた時代の名残よ。港に接岸した時に、中に物資を乗り入れる為に使ってたみたいね。そう……ちょうど青函連絡船みたいなものよ」

「おお! 星間連絡船ですか! 一生に一度はメルキアに行ってみたいものですよね~」

「……その『せいかん』じゃないわよ」

 

 ボケたことを言う優花里に対し、エリカはこめかみを指で押さえつつも説明は続ける。

 

「今じゃどこもトラックで荷物を運ぶから、この駅も線路も廃線になったって訳。こんな所に逃げこむなんて、連中思いもしないでしょうね」

「なるほどぉ~! ……でも逸見殿はどこでそのことをお知りに?」

「プラウダ高校のホームページに書いてあったからよ。プラウダの歴史って記事にしっかりと」

「あ、ホームページに載ってたんですか。恥ずかしながらわたくし、そこは見逃していました」

「ま、基本自校を褒めることしか書いてないし、別にチェックはいらなわね。私があの記事見つけたのもたまたまだったし」

 

 説明しつつエリカは、ホームから線路へと跳び下りると、線路を伝って歩き出す。

 優花里も慌ててその後を追う。

 

「何か探しているようですけど、あの、何を?」

「ここは接岸時に物資搬入用に使ってた、って言ったでしょ?」

「物資搬入用? ……ああ! なるほど!」

 

 物資搬入用ということは、この線路の先には『出入り口』があるということ!

 つまりそこから脱出できるかもしれないということ!

 

「ですが、廃線になって久しいというお話ですけど、本当に使えるんでしょうか?」

「知らないわよ、そんなの。でも他に行く場所もないじゃない」

「それもそうですね。悲観的じゃダメだって、明るい物の見方をして、前途に希望を持たなくっちゃってオッドボール軍曹も言ってましたからね」

「……誰よソレ?」

 

 灯りが少なく、線路の上も薄暗い。

 足を引っ掛けて転んだりしないよう、ゆっくりと歩く内に自然と二人の間に会話は消えて沈黙が場を満たす。

 聞こえてくるのは、どこかで響く潮の音と、自分たちの足音だけだった。

 

「……ねぇ」

 

 なんとなく気まずくなって、何か言おうと優花里が考え始めた頃、先に口を開いたのはエリカのほうだった。

 

「なんであの時、私を助けた訳?」

「訳……と言われましても」

「たまたま今は利害の一致で協力し合ってるけど、元々私と貴女は敵同士なのよ。別に見捨てて逃げたって誰も咎めないし、私も別に恨んだりしないわ。少なくとも、私と貴女の立場が逆だったら、私は貴女を見捨てていた。でも、貴女は私を助けた。何故?」

「……何故でしょうかね」

 

 考えた上での行動ではなかった。

 エリカの声を通信機越しに聞いた時、地を這い身動き取れぬ騎影をスコープ越しに覗いた時、優花里の体は反射的に動いていたのだ。

 結局、優花里が出した答えはこんなものだった。

 

「強いて言えば……西住殿ならきっと、私と同じことをしたでしょう、ってことですかね」

「……アイツなら、ね。そうね。貴女はアイツのチームメイト、アイツの友達だものね」

 

 ――本当に甘っちょろいんだから。というエリカの呟きを、優花里は聞いていなかった。

 

「? ……どうしたのよ急に震え出して? 具合でも悪いの?」

「――もだち」

「はぁ?」

「わたくしと西住殿が友達……わたくしと西住殿が友達!」

 

 優花里は相好を崩して、癖っ毛を両手でわしわしと掻き始めた。

 

「わたくしが西住殿と友達だなんて光栄ですぅ~!」

「……変な奴」

 

 エリカは嬉しさに悶える優花里の姿に、呆れてふうとため息を突くのだった。

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

「見つけましたね」

「見つけたわね」

 

 エリカと優花里の前にせり立つのは、大きな大きな鉄の扉だった。

 チェーンとギアに接続され、機械仕掛けで開閉するらしい。線路はこの扉を前にして終わっている。

 聞こえてくる潮の音が大きい。この扉の向こうが海なのは間違いないだろう。

 

「あとはこいつを何とか開いて、外に迎えを呼ぶだけね。携帯は……よし使える!」

「ホント、便利な世の中ですよねぇ~」

 

 小梅への連絡手段は確保した。だが肝心の扉を開けないことにはそれも無駄骨になる。

 

「開閉装置は故障してるみたいだし、こいつを開くにはATが必要ね」

「ここに来る道すがら、ビズィークラブを見つけましたけど、あれ使えませんかね?」

「どうかしら。でも試してみる価値はあるわね」

 

 ビズィークラブと言えば旧式のATで、技術水準が低いためにマニピュレーターの代わりにハサミ型のクローアームがついている代物だ。右手は機銃か、作業用の機械に換装してあり、センサー系が未熟なためにコックピットはガラス張りで、直接自分の目で見て操縦する。所定の改造を施せば装甲騎兵道への参加も一応は認められているが、コイツを持ち出してくる高校は大昔ならともかく現代ではまずいない。作業用ならまだしも、試合に用いるには基本性能が低すぎるためだった。

 

「ガラスがホコリでベトベトね……」

 

 線路の片隅にそのビズィークラブは放棄されていた。

 一応は手も足もパーツは欠けなく揃っているが、果たして動くかどうか。

 エリカもこれに乗るのは始めての経験だが、見たところ、操縦系統はドッグ系のコピーであるらしい。

 これならば自分にも動かせる筈だ。動けばだが。

 

「……」

 

 コックピット横のトグルスイッチを順に入れていけば、電子音が鳴り響き、モニターが次々と点灯する。

 

「動いたわ。一応内部にカーボン加工もしてあるみたいね」

「解るんですか?」

「触った感触でね。それにしてもコイツを試合に使ってたかもしれないとは驚きね」

 

 ローラーダッシュ機能は備わっているらしく、一応それなりのスピードで動けるようだ。

 左腕部はクローアーム。右腕部は機銃の代わりに工作用のレーザートーチを取り付けてある。

 

「エネルギーが残ってるから、あのデカブツを何とかするぐらいはできそうよ」

「では早速試してみま――!?」

「!?」

 

 突然鳴り響いた異音の数々に、エリカも、優花里も頭上を仰ぎ見た。

 重いものを金属製の床に思い切り落としたような音が、次々と鳴り響く。

 何か大きな機械が駆動する時の重低音がそれに合わさった。

 エリカも、そして優花里も何が起きたかを即座に理解した。

 

「マズいです! 追手のATが真上に居ますよ!」

「ここに来るのに5分……いや10分……優花里」

「あっはい!」

 

 真剣な声で呼ばれるのに、優花里は慌ててエリカのほうを見た。

 

「貴女、機械は得意?」

「……人並み以上には」

「じゃあアレの修理は任せたわ。私は邪魔が入らないよう、コイツで時間を稼ぐから」

「ビズィークラブでファッティーやチャビィーに挑むんですか!?」

 

 優花里が叫ぶのに、エリカは笑みを返した。

 それは、牙をむき出しにする獰猛な肉食獣を思わせる笑みだった。

 

「私を誰だと思ってるの? 私は、黒森峰の逸見エリカよ!」

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

『あと一階降りたら、例の場所に着くんだよなぁ』

「ほんとに、厄介に所に逃げ込んでこれたなぁ~」

 

 アリーナは嘆息した。

 こんな学園艦の底の底に足を踏み入れたのは彼女もはじめての経験だった。

 敵がどこに潜んでいるかも知れない船底潜りの作戦は、あまり心臓に良いとはいえない。

 

『なんだども、相手は所詮生身だろう?』

「ノンナ副隊長が言うには、相手もたまげたボトムズ乗りだって話」

『ノンナ副隊長が言うんだから、相当なもんだよなぁ』

「んだんだ」

 

 アリーナ率いるファッティー四機はいわば斥候として本隊に先立ちここに辿り着いたのだ。

 狭い船の通路に機体をぶつけて壊さないかとおっかなびっくりしながらの行軍だったが、底に近づくにつれ作業のために道幅広くなってくれて助かった。ここから先はいつも通り、学園艦甲板上と同じように進めるだろう。

 

『でもいくらたまげたボトムズ乗りでも、肝心のATさ無かっらなぁ』

「それもそうだ。まぁとっとと見つけて船の上ば帰ろ」

『アリーナに賛成! こんな狭いところさいると息が詰まって詰まって』

 

 ノンナに油断するなと言われて警戒しつつここまで来たが、なんのことはない、何一つ攻撃はなかったのだ。

 訓練場から逃げられて、ノンナ副隊長も気が立っていたのだろう。

 よく考えれば生身二人、怖がる理由などない。

 

「じゃあさっさとその駅とやらを押さえて――」

 

 アリーナの言葉を途切れた。

 ローラーダッシュの音が聞こえてきたからだ。

 

「聞こえたか?」

『聞こえた』

『私らじゃねーな』

『上からの音でもね。あの通路の先から聞こえて来た』

 

 ATはないはずじゃなかったのか。

 4機は警戒しつつ、得物の銃口を通路の向こうへと向けた。

 暫時待てば、暗がりを横切る影一つ!

 

「撃て!」

 

 アリーナの号令を合図に四機一斉射撃。

 その影は瞬く間に穴だらけになり、粉微塵になって四散し、中のモノをぶちまけた。

 

『……ATじゃないね』

『ATじゃねーな』

『なんかの木箱っぽかったけど』

「……ちょいと見てくる」

 

 アリーナは生唾を飲み込み、ゆっくりと一歩一歩砕けたモノへと近づいた。

 カメラをズームすれば、何か大昔の雑貨品の残骸のようなものが床に散らばって――。

 

『アリーナ! 危ない!?』

 

 警告に反応する間もなく、ATに走る衝撃にアリーナは魂消(たまげ)た。

 何かを投げつけられた。恐らくはさっきと同様の木箱を。

 カメラに覆い被さった木箱を払いのければ、カメラいっぱいに映った、白髪碧眼のボトムズ乗りの顔。

 

「ひゅいっ!?」

 

 その凶暴な表情にアリーナが悲鳴を上げた直後。クローアームの一撃にファッティーは横っ飛びに吹き飛んだ。

 ――撃破判定。

 

『撃て撃て撃て!?』

『うそう! 何でこの距離で当たらな!?』

『化けもんだ~バケモンが出た~!』

 

 僚機三機がアリーナと同じ目にあったのはコンマ数秒後のことだった。

 

 





 船底の闇を、ただ行く。
 巨大な鉄の箱。そこから逃げ出すか、あるいは牢獄に繋がれるか
 闇を銃火が裂き、暗がりは装甲と装甲がぶつかる火花に照らされる
 着々と迫るプラウダの手に、エリカは、優花里は足掻いた
 天から降ろされる、か細い蜘蛛の糸を求めて
 
 次回「血路」。 掴んだ糸で、登るか、落ちるか






【ノンナ専用チャビィー】
:狙撃仕様にカスタムされたチャビィー。機体表面は真っ赤に塗られている
:『ガールズ&ボトムズ』オリジナルAT。カメラ増し増しの狙撃用AT
:元ネタはコマンドフォークトのカシェキン専用狙撃ファッティーに、ケスウリ専用チャビィー
:また同じくコマンドフォークトのゼトラ専用狙撃タコの要素も入っている
:狙撃戦に特化している以外は普通のチャビィーと性能上の差はない


【プラウダ上野駅】
:ドラマCD『あんこうチーム訪問します』に登場
:プラウダには夜行列車で来たかったと言う麻子のぼやきに、夜行列車はないがとノンナが紹介

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