ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第40話 『狙撃』

 

 コンクリートとアスファルトで隙間なく舗装された広大な地面には、所狭しとATが並べられ、幾つもの列を描いている。ATの内訳は陸戦型のファッティーに、そして『チャビィー』。小太りを意味するアダ名のこのATはファッティーに比べ小型で取り回しが良い高性能機だが、コスト等の問題から生産台数は決して多くない。高校装甲騎兵道では主力機としてチャビィーを使用しているのはプラウダ高校ぐらいだろう。

 列なすファッティーにチャビィーはどれもが雪原対策にと白か灰に塗られているので、日光を反射して実に眩しい。補習島とは対照的にプラウダ学園艦の天気は快晴で、一層強さを増した反射光に、エリカは思わず目を細めていた。プラウダ高校が装甲騎兵道受講者の為に割り当てた区画は、実に広大だった。

 

「いやぁ~ほんとうに凄い数ですねぇ。ATも、それに生徒の数も!」

「あたぼうですぅ。全国のどこの高校と比べても、プラウダの装甲騎兵道は大きさじゃ負けないですよぉ」

 

 隣を歩く優花里はと言うと相変わらずの様子で、キラキラした瞳を並み居るATたちへと向けつつ、ニーナへとしきりに話しかけている。

 確かに生徒の数の多さにはエリカも驚いた。プラウダ校がマンモス学園艦なのは知っていたが、実際に足を踏み入れてみればエリカの想像よりもずっとずっと大きいのだ。修理や整備のためにと、今も夥しい数の生徒がATの列の合間を走りまわっている。赤い詰め襟シャツに茶色掛かった深いアーミーグリーンのジャケットと、あまり女子高生らしくないプラウダ制服姿の娘もいれば、似たような配色のATスーツに身を包んだ姿も見える。大洗や黒森峰で使っているのとは違うタイプのもので、ヘルメットと酸素ボンベが一体化したタイプのやつだ。バイザーの上下機能もないやつで、エリカは個人的にこのタイプのATスーツは好まない。肉眼で外を見たい時にいちいちヘルメットを脱がなきゃいけないのは、エリカ的には実に不便だった。

 

「それはそうと、ニーナさん……『例の場所』まではまだなんですか?」

「もう少しですけんど……くれぐれもぉ、内緒でお願いしますぅ」

「大丈夫ですよ。口が固いのが私達のイイトコロですから!」

(それこそどの口が言うのよ)

 

 優花里が言う『例の場所』とは、プラウダ秘密の格納庫のことだ。

 1回戦、2回戦はチャビィーで参加したニーナだったが、決勝戦、場合によっては準決勝でも『特別なAT』に乗り換えをする予定らしい。喫茶店でAT関連の話題で(主に優花里とニーナが)盛り上がってる時に、うっかりニーナが口を滑らせたのだ。詳細を聞き出そうと優花里はしつこく食いさがったが、ニーナは首を横に振るばかり。

 

『秘密です! これは例え先輩でも、同じプラウダの生徒でも教えるわけにはいかねぇです』

『そうですか……』

 

 しかしここで優花里が顔を俯かせ、あからさまにしゅんとした様子で声を(すぼ)ませたのが効いた。

 ニーナは罪悪感をありありと顔に出しながら、左右を何度か見回し両隣の席に誰もいないのを確認してから、優花里の耳に顔を寄せて言ったのだ。

 

『絶対に、絶対に内緒ですよ! 他の誰にも言っちゃいけないんですがらね!』

 

 ニーナという少女は良くも悪くも素朴で素直な娘らしい。

 優花里が見せたパァッ! という擬音が聞こえてきそうな爛漫の笑顔に、あっさりと陥落させられていた。

 単に口頭で説明するのみならず、その秘密兵器とやらを実際に見せてくれるという所まで、あれよあれよと話は膨らんでいた。

 決勝戦にて敵味方で相まみえるかもしれない相手ながら、エリカはニーナがこの先に詐欺にでも遭いやしないかと少し不安になった。

 

「ここです! ながにはぁ……今は誰もいねぇみたいですので見るなら今のうちです」

 

 エリカが回想に浸っている内に、目的地には着いたらしい。

 一見すると何の変哲もない倉庫のようだが、正面の扉には巨大な南京錠が掛かっている。

 ニーナが懐から大きな鍵を取り出し、扉を開く。

 促されて優花里、エリカとニーナに続いて中に入る。

 

 そこで二人を待っていたものは、彼女たちの想像を遥かに超えたものだった。

 

「エクルビスが!?」

「6機!?」

 

 雪上迷彩の白に塗られた、ザリガニ頭の巨体が6つ。

 そこには鎮座していた。

 

 

 

 

 

 

  第40話『狙撃』

 

 

 

 

 

 

「ここからの眺めは何度見ても最高ね、ノンナ」

「はいカチューシャ。特に今日のような綺麗に晴れた日は」

 

 プラウダ高校から装甲騎兵道用にと割り当てられた区画に、その塔はある。

 通信用のアンテナ施設で、巨大な見た目の割には居住階は7階までと決して高いわけではない。

 しかし回りが丈の低い建物ばかりな為に、やっぱり7階からの眺めはプラウダでは格別だった。

 7階のなかでもっとも眺めのいい部屋がカチューシャ専用の事務室となっている。

 窓が高いため、やはり専用のお立ち台の上からカチューシャは地上もとい甲板上の世界を見下ろしていた。

 

 カチューシャはここからの風景が大好きだ。

 特に、今みたいに装甲騎兵道の訓練の前の、慌ただしい準備の光景を見下ろすのが格別だ。

 

 カチューシャも昔はあそこにいた。小さい体をフルに使って、ファッティーとチャビィーを整備してまわっていたものだった。あの頃のカチューシャは常に誰かに見下されていた。先輩たちと、同級生の間ですら、面と向かい合えば自然とカチューシャが『下』になる。それがたまらなく嫌だった。

 だが一旦ボトムズ乗りとしてATに乗り込めば体格など関係がない。

 そして今年、カチューシャは隊長の座にまで上り詰めたのだ。

 あの頃のカチューシャは常に誰かに見下されていた。今は違う。今はカチューシャが全てを見下ろす側で、皆が自分を見上げるのだ。隊長の責務は重いが、それすら今のカチューシャには心地良いものだった。

 

「今年も勝つわよ。ノンナ」

「はい。カチューシャはそのための準備を入念に進めてきましたからね」

「当然よ。黙って勝利の方からこっちに歩いてくるなら苦労はしないわ。準備と作戦。戦う前に勝負を決めちゃうのがカチューシャのやりかたよ」

 

 去年の勝利は天候と、そして黒森峰のミスで勝利を拾ったと陰口を叩かれているのはカチューシャも知っている。

 

(見てなさい……プラウダは運なんかじゃない、実力で勝利を手に入れたってことを世間に明らかにしてやるんだから)

 

 だからこそカチューシャは機体のオーダーを始め多くの部分にカチューシャ流の新方式を導入し、復讐戦に燃えているであろう黒森峰がどんな手をとろうと絶対に勝てると確信できる段階にまでプラウダを引っ張ってきた。個々の選手の判断力、アクシデントへの即応力といった部分に過大要素というか不安要素はあるが、しかし、そこは指揮官たるカチューシャの戦術と腕の見せ所。プラウダに二連覇の栄光をもたらすのはこのカチューシャだ!

 

「ところでカチューシャ」

 

 優勝旗を抱きながら皆に胴上げされている自分を想像し、ニヤニヤと空想の世界に浸っていたカチューシャをノンナの静かな声が現実へと引き戻す。……今のニヤケ面、ノンナに見られてなかっただろうか。照れ隠しの咳払いでごまかしつつ、カチューシャはノンナに何事かと聞く。

 

「え? あ、なにかしらノンナ」

「あそこ……例の『秘密の格納庫』へと入っていく三人を御覧ください」

 

 言われて見てみれば、確かに三人分の人影が『秘密の格納庫』に入っていく姿が見えた。

 カチューシャの視力では顔の詳細までは解らないが、背格好から判断するにあれはニーナ達だろう。

 ならば問題ない。ニーナを『秘密兵器』の操縦者へと抜擢したのは他ならぬカチューシャ自身なんだから。

 

「ああ。ようやくシベリアからのお帰りのようね。これ以上補習に時間をとられると訓練にも体調にも差し支えるから、ニーナにももう少しシャキッとしてもらわなきゃね」

「はい。確かに先頭はニーナでしたが。残り2人はギガント分隊のメンバーではありません」

「……なんですって」

 

 ノンナの口から飛び出した不穏当な内容に、カチューシャの雰囲気は一変した。

 緊張感に表情がキュッと締まり、隊長らしい面構えに変わったのだ。

 

「ノンナ、間違いない?」

「ええ。私ならばこの距離でも顔の判別も可能ですが、ニーナに続く2人はギガント分隊員でないばかりか、装甲騎兵道受講者ですらありませんでした」

「……直ちに機甲猟兵科の連中を集めなさい! ATもスクランブル! 倉庫を囲んで一網打尽にしなさい!」

 

 即座に状況を理解したカチューシャはノンナへと号令を下した。

 一斉放送でも同じ指令を出すべく、事務机上の内線機へと手を伸ばす。

 それを、ノンナが静かに制した。

 

「いえ。ここは私に、そしてクラーラにおまかせを」

「どうしてよ!?」

「下手にことを荒立てれば、却ってスパイに逃げる隙を与えてしまいます。ここは少し泳がせてから確実に捕まえましょう」

「……確実に捕まえるのね?」

「はい」

 

 ノンナは落ち着いた、しかい確固たる声で断言した。

 カチューシャは黙って頷き、それを受けてノンナは動き出す。

 携帯電話を使い、必要な人員へと必要な指示を下す。

 

「クラーラ、至急同志カチューシャのオフィスへと来るように」

「アリーナ、私のATの準備をしておきなさい。武装は……2番タイプを用意しなさい」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

(想像以上ね)

(想像以上ですね)

 

 エリカが耳打ちしてくるのに、優花里も頷き返した。

 プラウダがエクルビスを保有していたのは例のバトリング喫茶で彼女ら自身が披露していたから誰もが知っている。しかしこれほどの特機、用意できるのは恐らくカチューシャ用の一機のみだろうと、あれはいわばハッタリ用の見せATで、いざ試合となれば例年通りファッティー・チャビィー中心の構成で来るだろうというのが装甲騎兵道関係者の大方の予想だった。だが現実はどうだ。エクルビスが確かに6機、立ち並んで優花里たちを見下ろしているのだ!

 

「これが私のAT! 残りは同じギガント分隊のATです!」

「つまりこれはカチューシャ隊長の分隊機……ということになるんでしょうか?」

 

 優花里の質問に対し、ニーナは首を横に振る。

 

「いいえぇ。カチューシャ隊長にはカチューシャ隊長専用のエクルビスがありますんでぇ」

「え!? じゃああのエクルビスが全部で7機もあるってことなんですか!?」

「はいぃ! といってもぉ、カチューシャ隊長のとわたしらのとじゃちょーっと作りが違うんですけれども」

「……そういうこと? 詳しく聞きたいものね」

 

 基本、ニーナへの質問は優花里に任せきりだったエリカまでが口を開いた。

 彼女もH級特機がこれだけそろっているという事実に衝撃を受けているらしい。

 

「本物のエクルビスはカチューシャ隊長用の一機のみでぇ、私達の六機はその図面をもとにうちの学校で作ったものなんです! 私もここの辺りとか溶接しました!」

「作った!? このATを!? 全部!?」

「はい!」

 

 恐らく黒森峰ではATは買うもので、学校ではせいぜいカスタム改造がメインなのだろう。

 大洗ではジャンクからATを(こしら)えるのが当たり前だったから、優花里にはエリカほどの驚きはない。しかしパーツの削り出しなど1から始めて6機も拵えるとなると尋常じゃないのは確かだ。

 

「もしかしてファッティーやチャビィーのパーツを流用して……」

「はい。使えるパーツはなんでも使いました。他にもスコープドッグや、トータス系のパーツも入ってます」

「なるほどぉ……それにしても凄い出来ですねぇ! 私、写真や映像での知識しかありませんけど、本物と見分けがつきません!」

 

 装甲をペタペタと撫で回し、しまいにゃ頬ずりまで始めた優花里の姿に、ニーナは得意満面の様子だった。

 一方エリカはもう冷静になったのか、機体の構造、関節部の形状などを細かく観察し、想定しうる性能表を頭に思い描いているらしい。もともと目つきは厳しい彼女だが、殆ど睨みつけるような格好になっていた。

 

「コックピットを見てもよろしいですか?」

 

 スパイであることを隠す余裕もないらしいエリカに気づき、優花里はあわててニーナへと話を振った。

 しかしこれまで快く応じてくれていたニーナの顔が、ここに来て始めて曇った。

 エリカのほうもニーナが気になったのか彼女の方を見ている。

 

「もうしわけねぇです。先輩といえど……いえ、実は私ですら、勝手にこのATに乗り込むことはできなくてぇ」

「? ……ニーナさんは、このエクルビスの操縦手なんですよね?」

「はいそうです。だども、ですけど、その、このATのコックピット、ちぃと普通のATと変わってて……」

 

 要領を得ないニーナの答えに優花里とエリカは顔を見合わせた。

 

「私、詳しい理屈はわがんねぇですけど、なんでもたまげた値段の、たまげた装置さ使ってる話で、下手に触って壊したら……」

「あー……解りました。無理言ってスミマセン。それに、外から見るだけでもこのATの凄さは十分に解りました」

「ホント。今日はいい物を見せてもらったわ」

 

 優花里とエリカが言うのに、ニーナの顔がまた明るくなった。

 

「今度、『鳥のミルク』でも御馳走させてください。今日のお礼に」

「ホントですか! 私、実はまだアレ食べたことないとですよ!」

 

 『鳥のミルク』というのは東欧やロシアで好まれるケーキで、最近プラウダでも出す店ができたとのこと。

 スパイたるもの、そうした細かい部分の調査も万全だった。

 優花里は『鳥のミルク』が解らないらしいエリカのほうをちらりと見て、ニヤリと得意気に微笑んだ。

 エリカは軽くむくれた。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 これから訓練なので着替えがあります――。

 そう言ったニーナと別れて、優花里とエリカはまたもATの連なる訓練場へ戻ってきていた。

 

「今年のプラウダは手強いわ。対策は立ててたつもりだったけど……プランの練り直しが必要かも」

「ボンプル戦やヴァイキング戦は例年通りの構成でしたからね。恐らくは決勝戦の切り札として隠しておいたんでしょうね」

 

 小声で話し合いながらも、2人は堂々と連れ立って歩く。

 こういう時、こそこそすると却って目立ちやすいもので、まるでここにいるのが当たり前かのように動くのが味噌だ。

 不審者とは不審な行動をするから不審者なのだ。

 

「それにしてもエクルビス内部の特殊な操縦装置とやらも気になります」

「予定の変更が必要かもね。場合によっちゃここで一晩明かして、例の倉庫にもう一回……」

「夜襲ですか! わたくし、ちょっとわくわくしてきました!」

「……貴女もたいがい呑気な娘ね」

 

 一般的にいってこの手の特殊工作は緊張を要するタイプの仕事の筈なのだが、優花里はというとまるで緊張感がない。むしろ楽しくてしかたがないといった様子で、そんな姿を見ているとエリカも緊張感が緩み、気が楽になる感じだった。

 

「い……ルスケさんは帰りの方法は考えてあるんですか?」

「そうね。例の補習用の島への定期便にもう一回乗り込んで、そこで仲間と落ち合う予定よ」

「奇遇ですねぇ。私も殆ど同じプランを考えてました。私の場合は完全に独り仕事ですけど」

「……ここへは大洗のため? それとも『あの娘』のためかしら?」

「……」

 

 エリカが言う『あの娘』など、独りしかいない。

 

「両方ですよ。それにチームのみんなのためもあります。……でも、やっぱり西住殿のためって部分が一番大きいですかね」

「……あの娘のため、ね」

 

 エリカは優花里から視線を外した。

 何か考えこむような、思い悩むようなその仕草をエリカは見せた。

 その姿に、何を言えば良いのかは解らないが、何か言わなくてはという気分に優花里はなった。

 

「あの――」

 

 だが、そんな優花里の言葉は、掛けるハズの相手のエリカによって掻き消された。

 

「しっ!」

 

 不意にハッと目を見開いたエリカは人差し指を押し当て優花里の言葉を塞ぐ。

 目を白黒させる優花里をよそに、静かに周囲の気配を探り、確信を得た所でボソリと、優花里にしか聞こえない程度の声で呟いた。

 

「……囲まれた」

「……え!?」

「右に2、左に2、後ろに4。正面はまだ開いてるけど……」

 

 優花里が回りをキョロキョロと見渡しそうになるのを、今度は人差し指を頬に当ててエリカが抑える。

 

(キョロキョロしたら相手にこっちが感づいたってバレるじゃない。いい、合図するまでは気づかないふりをして)

 

 小さな小さな囁き声に、優花里は視線で肯定の意を示した。

 そしてそのまま何事もないかのように2人は歩き続ける。

 エリカが振ってきた何気ない雑談にも、優花里は挙動不審にならないよう、努めてフランクに返事する。

 ――合図とやらは、突然にやってきた。

 

「走るわよ!」

「はいっ!」

 

 合図に合わせて全力疾走。

 尾行者達は慌ててこちらの逃走経路を塞がんと、左右のATの陰から躍り出る。

 エリカと優花里は、今度も殆ど同時に各々の得物を抜いた。

 それぞれの標的目掛けて、それぞれのトリッガーを引く。

 ピンク色の蛍光塗料が制服の腹部に広がり、プラウダの生徒はその場にフニャッと崩れ落ちた。

 死んだふりをする生徒の真横を駆け抜ける二人の耳に、背中越しにプラウダ生達の怒鳴り声が突き刺さる。

 

「ばかたれ! 今は試合中じゃねぇんだぞ! 撃たれたからって死んだふりする必要なんざねぇ!」

「あっ! しまったぁ!」

「つい、いつものくせでぇ!」

「追え! 追え! 追え!」

 

 鳴り響くサイレン。にわかに慌ただしくなる周囲。

 エリカも、そして優花里もそれぞれ探す。待機状態で、今すぐ起動できそうなATは何処だ!?

 

「あった!」

「見つけた!」

 

 体育座り型の降着姿勢のファッティーとチャビィーがそれぞれ一機ずつ。

 パイロット達が慌てて立ちふさがるのには銃口を向ければ、装甲騎兵道選手の哀しい性か、とっさに回避行動をとってしまい道を開ける。

 

「しまった!」

「くそう!」

 

 嘆いても遅い。

 エリカはファッティーへと、優花里もチャビィーへと乗り込み、機体を立ち上がらせる。

 

「機体を奪ったらこっちのものよ! 補習島への定期便まで走るわよ!」

「はいっ!」

 

 ハッチを開いて直接叫ぶエリカに、優花里は勢い良く応えた。

 パイロットスーツはないので、座席に置いてあったヘルメットのみを被り、センサーとバイザーをリンクさせる。

 見た目は格好悪いが、そんなことを言っている場合でもない。

 エリカがファッティーを走らせるのに続いて、優花里もチャビィーの足を一歩進めた。

 

 その瞬間、前方のエリカのファッティーの、その右足が突然『裂けた』。

 

 膝関節から下が吹っ飛び、急に支えを失ったエリカのファッティーは正面から地面へと倒れこむ。

 何が起こったか解らない優花里の耳に、銃弾より遥かに遅れた銃声が響き渡る。

 

『そこのスパイ2機。ATを捨てて投降しなさい』

 

 拡声器越しに反響する声は永久凍土のように冷たく、優花里は背筋がゾッとした。

 声の方へとカメラを向ければ……見えた。

 巨大なライフル状の得物を携えた、血のように赤黒く塗られたチャビィーが一機。

 肉眼では豆粒同然の大きさにしか見えないだろう距離から、エリカのファッティーを狙撃したであろうその赤いチャビィーのことを、優花里はよぉく知っていた。

 

「ブリザードのノンナ……」

 

 血のように赤いパーソナルカラーは、プラウダきってのエース『ブリザードのノンナ』のものに他ならなかった。

 

 





 銃弾を掻い潜り、監視を通りぬけ
 肩を並べて走る乙女
 敵同士であるはずの二人の、奇怪なる共闘
 目指すは廃棄された鉄道の駅、遠い過去の時代の遺物
 線路の繋がる先は、天国か地獄か。二人の己の運を占った

 次回『終着駅』 歩廊の闇が、茶番を隠す


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