ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第35話 『一撃』

 

 スクリーン一面に映し出されるのは、木々の間を走る鋼の車体。

 唸る履帯に、吠える砲口、ターレットが回り照準が定まれば、スムースボアの砲身を榴弾が駆け抜ける。

 GMBT-208-II アストラッド――このマシンの登場は、オレンジペコにとっては完全に予想外であった。

 

「まさか……こんな手があったなんて」

「一輌導入するだけで劇的に戦力を底上げできるという意味では、確かに妙手だと言えるわね。一輌でAT五機分の枠をとってしまうのはいただけないけれど」

 

 大洗対サンダースの試合時同様、椅子にテーブルに衝立(ついたて)にティーセットと、聖グロリアーナ流の観戦セット一式を揃えて、ダージリンとオレンジペコの2人は大洗対アンツィオの試合の行末を見守っていた。

 

「……ダージリン様はそれほど驚いてはいらっしゃらないんですね」

「ええ。だって知っていたんですもの。アストラッドは装甲騎兵道の試合で使えるってことはね。何せ――」

 

 相変わらずの優雅なダージリンの姿に、オレンジペコの呈した疑問は想定外の事実を明らかにした。

 

「私自身、あれをわが校に導入しようと考えたこともあったから。結局止めたのだけれど」

「え? ダージリン様もアンツィオと同じことを考えていた、ということですか?」

「All is fair in love and war……ルールとコダワリの範囲内なら使えるものは何でも使うのがわたくしの流儀よ。装甲と火力。確かにアストラッドの攻撃能力はとても魅力的に見えたわ……でも、費用対効果その他様々なデーターを突き合わせて考えた結果は、NOよ。実戦ではともかく、装甲騎兵道の試合に用いるには欠点が多すぎるから」

「欠点……ですか?」

 

 試合中継用の大モニターに描き出されるアストラッドの猛威と勇姿。

 一撃でATを撃破判定に追い込む105mm滑空砲の威力を目前にして現状、それに呑まれてペコにはアストラッドの欠点などまるで思いつかない。

 だからこそダージリンの言葉に強い興味をひかれた。それに気付いてダージリンも、得意気に軽く微笑んだ。

 

「ペコ、戦車最大の敵は何かしら?」

「え? ……相手の戦車ではないんですか?」

 

 ペコの答えにダージリンは首を横に振った。

 

「答えは『歩兵』よ。戦車は圧倒的装甲と攻撃力を手にするのと引き換えに、視界と小回りを失ったの。圧倒的走破性を誇る無限軌道も、ロールスロイスのように優雅にターンを決めることは出来ないわ」

「なるほど……歩兵ならば戦車の死角に入り込んで弱点を突くことが出来るという訳ですね」

「正解。だから現代の戦場では戦車には必ず、その死角をカバーする歩兵、あるいはATを伴うのが常識なの」

「ATは訓練された歩兵の延長ですからね。ダージリン様、つまりATは戦車にとって……」

 

 こちらの言いたい事に即座に気がつく利発さは流石オレンジペコだと、我が後輩ながらダージリンは鼻高々となる気分だった。ダージリンは嬉しそうな声で言った。

 

「そう。ATもまた戦車にとって最大の敵よ。ATの機動力ならば容易く戦車の視界の外へと入り込み、履帯、排気口、ターレットリング、上部装甲……戦車のウィークポイントを的確に攻撃できるの」

「アストラッドの砲の射程と威力は恐ろしくても、懐に飛び込みさえすれば!」

「そう飛び込みさえすれば勝てるわ。――飛び込めれば、の話だけど」

 

 ダージリンは意地悪そうな声音でそう告げながら、スクリーンを走る戦車へと視線を戻した。

 

「当然、アンツィオ隊長の彼女もそんなことは承知済み。だから山頂からの遠距離砲戦に持ち込んだ」

「ですが、大洗側もアストラッドの位置に気付いて攻撃部隊を繰り出しました」

「山頂への寄せ手の指揮官はみほさんね。……ATが戦車最大の敵であるのと同時に、戦車もまたAT最強の敵。その装甲と火力は装甲騎兵を相手にするには過剰な程。でも――」

 

 モニターに映るみほの駆るパープルベアー。その姿を見たダージリンの口から出てきたのは、断定の言葉だった。

 

「みほさんならやるわ。絶対に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  第35話『一撃』

 

 

 

 

 

 

 

 

『全機散開!』

 

 みほの声に沙織は即座にペダルを踏み込みローラーダッシュをかける。

 左のターンピックを打ち込み方向転換、ATが完全に左を向いた所で鉄杭を抜き、そのまま木の陰へと駆ける。

 同様にして四方にあんこう分隊は散ったが、その残像を射抜くように馬鹿でかい砲弾が文字通り目にも留まらぬ速度で後方へ飛び去っていく。砲弾は木に命中し、それをへし折ってなお進み、藪の向こうに消えた。命中した箇所は粉微塵に叩き砕かれ、その衝撃の凄まじさを物語っている。

 

「ちょちょちょちょっと待って待って! あんなの有りなの!?」

 

 誰に向けて言うでもなしに、自然と驚きの声が口から漏れ出してくる。

 

『徹甲弾です! 当たれば一撃で終わりです!』

『あのぶんだと木は盾にならないな』

 

 無線からは珍しく慌てた様子の優花里と、いつも通りの眠そうな麻子の声が聞こえてくる。

 麻子の言う通り、確かに木ではあの砲弾の盾にはならない。慌てて別の木の陰目掛けてダッシュをかければ、間一髪、砲弾はさっきまで隠れていた木を紙のように引き裂き飛び抜けていく。

 

「やだもー!? どーすればいいのよー!?」

 

 恐らくは肩の塗装が目立つためだろう。自機を追う砲口から必死に逃れながら、沙織は叫ぶ。

 

『落ち着いて! 旋回能力はATに比べれば低いはずです。落ち着いて砲の死角に潜り込めば当たりません!』

 

 対するみほは冷静そのもの。沙織へとアドバイスを送りながら、自分へと注意を逸らすためかヘビィマシンガンをバルカンセレクターで連射する。しかし無限軌道を覆う装甲に銃弾は弾き飛ばされ、びくともしていない。

 

「こっちの弾も通らないし、どうするみぽりん!」

 

 試しに沙織もヘビィマシンガンでアストラッドを狙い撃ってみるが、正面装甲を射抜くことはできない。どうやら部位に関わらずヘビィマシンガンであの装甲相手に撃破判定を出すのは難しいようだ。

 

『アストラッドは装甲でATを圧倒していますが……しかし弱点がないわけじゃない! まずは履帯を狙って足を止めます!』

『だったら私に任せて下さい! このロケット弾で!』

 

 みほから飛んだ指示に真っ先に応じたのは優花里だった。

 左肩に負ったロケットポッドを構え、敢えてアストラッドの正面へと躍り出る。

 砲塔は相変わらず沙織に狙いをつけていた。完全に隙を突く格好だ。

 

『行きま――ってうわぁっ!?』

「ゆかりん!?」

 

 しかし先に火を噴いて撃破されたのは、優花里のゴールデン・ハーフ・スペシャルのほうだった。

 ミッションパック付近から白煙を上げ、頭部からは白旗を揚げる。背部のチェーンが切れて、予備ロケットポッドがごろごろと転がった。沙織は混乱した。アストラッドの砲口は相変わらず自分を狙っているのに、なぜ優花里が撃破される!?

 

『新手です! 方向は三時!』

 

 その訳に最初に気付いたのは華だった。射撃を得意とするだけに弾道を読むのも素早い。

 華に言われた方を見れば――気づけば三時と言われてパッと方角と解るようになった自分がいる――、こちらへと猛スピードで向かってくる3機のATの姿がある。デザートイエローに塗られた機体の左腕にはパイルバンカー付きの盾が備わり、頭部には鶏冠状の飾りがある。ベルゼルガタイプだ! 優花里と違って詳しい型番までは解らないが間違いない。

 

『沙織さん! 一旦後退します! ロケット弾で相手を撹乱して下さい!』

「了解みぽりん!」

 

 ターレットを回転させ、精密照準カメラにセットをする。

 ミサイルと異なりロケットには誘導装置が入っていない。しかしスコープドッグ自体に備わったFCSと背部の火器管制システムの合わせ技で多少は相手を狙い撃つ事ができる。ミッションディスクが連動し、バイザースコープの画面には次々と数式や図形が現れては消える。その意味は沙織には解らないが、機能を疑ったことはない。これを組んだのは他ならぬみほなのだから。

 

「ターゲット……ロック!」

 

 赤い画面のもと、その中に捉えたアストラッドと三機のベルゼルガへと、電子音と共にロックオンマーカーが重なる。今だ! 沙織は右レバー上部のカバーを親指で弾き開け、その下の赤いボタンを力いっぱい押し込んだ。

 バックファイヤーはポッドの裏側の排気口から逃されるため反動は殆ど無い。白煙と共に9つのロケットは次々と吐き出され、標的へと曖昧に向かっていく。相手は避けたり防いだりして、直撃は殆ど無く、撃破は全く無い。

 問題はない。最初から目的は目眩ましだ。

 

『後退します! 付いて来て下さい!』

 

 みほの指示に従い、沙織はペダルを踏み込み、グライディングホイールを回した。

 しかし退きながらも、自分の方へと転がってきていた優花里の予備ロケットコンテナを拾うのだけは忘れなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「遅いぞカルパッチョ!」

『すいませんドゥーチェ! 遅れました!』

 

 アンチョビはヘッドセットを一旦外して額の汗を拭った。

 相手を一機撃破出来たが、それも運が良かっただけで内心は大慌てであったのだ。

 歩兵やATの援護のない戦車ほど脆い物はない。そのことをアンチョビはよおく知っている。

 それだけにカルパッチョ率いるベルゼルガDT部隊と合流し、これのカバーを受けることで死角を無くし、その上で麓とへと一挙に攻め下る作戦――これが『ハンニバル作戦』の要諦だった。アルプスを越えてローマに攻め込んだ古代の将軍の名を借りたこの作戦は、ベルゼルガとアストラッドの連携に全てがかかっている。ベルゼルガの盾がアストラッドを守り、アストラッドの装甲と火砲がカルパッチョの駆るフラッグ機を守る。どちらが欠けても作戦は成功しない。ところが操縦手が頑張りすぎて予定よりずっと早くに合流地点へとアンチョビ達は到達してしまったのだ。そこに襲いかかってきたのが大洗の部隊だ。相手もアストラッドに出くわして驚いたのか攻撃が散漫だったのが救いだった。ガチで攻められればあっさりと撃破されていただろう。

 

「まあ良い! ベルゼルガはアストラッドの前と左右を固める。カルパッチョ、フラッグ機はアストラッドを盾にしつつ追従! この隊形を維持しつつ山を下って敵主力を叩く! 戦車前進! 一気に突っ走れ!」

「了解ドゥーチェ! 飛ばしますぜーッ!」

 

 アストラッドが前進を始めれば、それに合わせてベルゼルガ隊も行動を開始する。

 装甲騎兵と戦車が合わさればもはや敵はない。

 

「問題はさっきの部隊がどう動くかだ。麓に降りた所で背後を突かれるのだけは避けたい。道すがらで撃破できれば御の字だが――」

 

 アンチョビは小さく声に出して呟きながら、思考を巡らせる。

 アンブッシュ(待ち伏せ)をかけてくる可能性も充分にある。あのパープルベアーに乗っているのは大洗側の隊長、すなわち西住みほだ。正々堂々と正面から相手を蹂躙することを信条とする西住流の家元の子にしては珍しく、彼女は搦手を好むと既に装甲騎兵道界隈では噂になっている。さっきは退けたが、次はどんな手で来るだろうか……。

 

「――考えてもしかたがないか」

 

 アンチョビは思考を打ち切った。

 頭の回転は速いし優れた作戦立案能力もある。弱小のアンツィオをここまで立て直した指導力も特筆すべき資質だ。運も良い、腕もある。優れたボトムズ乗りであり、良い指揮官だ。

 ――しかしそうである以上に、アンチョビはノリと勢いを重んずるアンツィオ乙女であった。

 嵐が吹かねば太陽が輝かぬとするなら、迷わず大地を走る無謀な風となるのがアンツィオ流だ。思考の深みに入って足元をすくわれるぐらいならば、己の血の滾りに身を任せたほうが余程良い。

 今、アンツィオは勢いに乗っている。それに賭けて前進する。無論、勢いだけに任せて総崩れになるつもりなど毛頭ない。装甲と火力という裏打ちがあるからこそ、心置きなく勢いに身を任せられるのだ。

 

「どこからでも来るが良い! 西住流だろうが島田流だろうが今の私たちは負けない! いや勝つ!」

 

 そんなアンチョビの強気の発言に応えたわけでもあるまいが、果たしてソリッドシューターの弾は飛んできた。

 

「おわぁっ!? ……被害状況報告!」

「右側面に被弾! 損害軽微! ハッハー! この程度の攻撃が戦車に効くかよって!」

「油断するな! 敵の位置を弾道から割り出せ!」

 

 しかし位置を割り出す前に次弾が飛んで来る。

 これは射線に割って入ったベルゼルガが見事に盾で防いでみせたが、そのお陰でアンチョビは落ち着いてソリッドシューターの弾道を観察することが出来た。

 

「いたぞ! 左11時の方向! 弾種徹甲弾――いや、ここは機銃で攻撃だ!」

「了解! ぶっ放すぜーっ!」

 

 左右の砲身下部に備わったヘビィマシンガンが発射され、そこに混じった曳光弾が森の木陰の下を露わにする。

 見えたのは赤い、いやピンクの肩のスコープドッグ。例のレッドショルダーもどきだ。

 

「ベルゼルガ隊3番と4番は攻撃開始! 2番は後方警戒! カルパッチョはアストラッドの側を離れるな! 戦車はそのまま前進!」

 

 アンチョビはマイクに向かって次々と指示を出す。

 本当はハッチから体を出して周囲を細かく見回したいが、撃ち合いが始まった以上そうはいかない。

 このまま戦うしか無い。

 

「右5時の方向にもいるぞ!」

 

 今度はヘビィマシンガンの銃弾が飛んでくる。砲塔とカメラを向ければパープルベアーがちょこまか動き回るのが見える。例の西住流の隊長機だ。

 

「適当に応戦しながら前進を続けるぞ! 良いか忘れるな、狙いは飽くまで敵フラッグだ!」

 

 左右から大洗側は撃ちかけて来るが、積極的に飛び込んでくる様子はない。

 恐らくは麓にアストラッドが辿り着くのを遅らせるのが狙いだろう。しかしそうはいかない。

 

「装填手、榴弾用意!」

 

 こういう場合は敵を森ごと吹き飛ばしてしまうに限る。

 直撃させる必要はない。榴弾の火力でビビらせて後退させれば良いのだ。

 その隙に山を下りきってしまえばこっちのものだ。

 

「また来ました。左10時、右3時!」

「左砲身で例の赤肩もどきを撃ったあと、右砲で隊長機を狙うぞ!」

「ドゥーチェ! 相手の動きが速くて砲塔の回転が――」

「細かく狙わなくて良い! だいたいで良いんだ! そのための榴弾だ!」

 

 砲塔が回転し、例のピンク肩のスコープドッグを追う。 

 ターレットレンズが回転し、精密照準カメラに切り替わる。

 FCSが作動し、ターゲット……ロックオン!

 

「今だ! う――」

 

 アンチョビの号令はそこで途切れた。途切れざるを得なかった。

 突然の上下方向の揺れに、アンチョビは座席から転げ落ちそうになる。

 そこを何とか堪えて、椅子にしがみつきつつ、上ずった声で叫んだ。

 

「状況報告ーっ!」

「右の履帯が吹っ飛びました! 転輪も損傷! このままじゃ走行が!」

「なんだってーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 突如地面が爆ぜた――とアンツィオ側からは見えただろう。

 アストラッドの右側のキャタピラが煙を噴いている。その損傷は遠目にも明らかで、あれではもう走れまい。

 華はターレットレンズを精密照準から標準カメラへと切り替えると、機体を地面から起こした。

 黒煙をあげる地面の穴の中、カメラをズームにすれば、アストラッドから出たものとは異なる金属片が散らばっているのが見える。優花里機が残した予備のロケットポッドコンテナの破片だった。

 地面に埋めたそれを、華はソリッドシューターで狙い撃ったのだ。ロケットポッドコンテナは地雷と化して、アストラッドの履帯を吹き飛ばした。

 流石に重い車体をひっくり返す、といった派手な一撃は与えられなかったが、しかし相手の足は奪った。

 つまり――勝負はこれからだ。

 

『全機、一斉攻撃を開始します!』

 

 みほの号令に、華はペダルを強く踏み込んだ。

 

 

 






 友と呼ぶべきか、好敵手と呼ぶべきか
 あるいは、その両方だったのかも知れない
 昔なじみの腐れ縁、競い合う女と女
 大洗とアンツィオ、激突する二校の戦いの中で
 もう一つの戦いが今、火蓋を切って幕が開く  

 次回『雌雄』 ぶつかり合う剣戟が、火花を散らす

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