――皆の様子を眺めていると、なんだか楽しい気分になってくる。
ATバレーで大いに盛り上がる大洗女子装甲騎兵道一同の姿に、みほの心は温かいモノに満たされていく気分だった。もし、黒森峰でこんなことをしたいなどと言い出したらどうなっていただろう。周りは「副隊長、ご冗談を」と軽く流してしまうだろうし、エリカは「なにアホなことを言ってんのよ」と呆れたと言った調子でこちらを見てくるだろう。姉は、まほはどうだろうか。我が姉ながら、いったいどんな反応を返してくるのか、まるで見当もつかない。
「……」
降着状態のパープルベアーの鋼の胸に背中を預け、ぼんやりとバレーを観戦する。
桃は自機の激しい挙動に早々に目を回して、コート外でぐったりとノびている。代わりに入った柚子は思いの外そつなく後衛レフトの役割を果たしている。AT同士の試合なのだから、身長体格の差も関係がない。会長などは特にノリノリな様子で、エキサイトしているのが機体の挙動にありありと現れていた。
バレー部の皆も熱中してくれているらしい。彼女らのストレス解消になれば良いと思ったが、これは上手くいきそうだ。それにしてもATの操縦とバレーの技量は無関係な筈なのに、彼女たちの動きがウサギさんや生徒会の面々と比べて明らかにキレが良いのは、やはり経験がものを言うというやつなのだろうか。
「西住殿」
あんまりにもぼんやりとATバレーを見ていたものだから、傍らに優花里が歩み寄っていたのに気づかなかったらしい。みほはちょっとびっくりしつつ、優花里のほうへと目を向けた。
「おひとつどうですか?」
「あ、ありがとう」
緑のパッケージに黄色い字で『Uoodo』と書かれているのは、大人向けなビターな味で有名な缶コーヒーの銘柄だった。よく冷えていて、蓋を開けて中身を喉に流し込めば、コーヒー特有の苦味に冷たさが加わって眼がすっきりする。
「すいません。本当ならスポーツドリンク辺りを持ってくるべきだったんですけど、それしかなくて」
「ううん。お陰で目が覚めたから」
「……」
「? ……どうしたの優花里さん?」
お礼を言ったみほの顔を優花里はまじまじと見つめたあと、ニコニコと嬉しそうな顔になったのだ。
別に面白いことを言った記憶もないし、理由が解らずみほはほんのちょっぴり戸惑った。
「いえ。西住殿が楽しそうな様子ですので、なんだか私もつられて楽しくなってきただけです」
「え? ……私、そんなにやけた顔とかしてたかな?」
みほが赤面するのに、今度は優花里のほうが慌てた。
「いえいえ! 別にそういう意味で言ったんじゃあ……その、何というか、雰囲気が明るいというかなんというか……あうう、上手く言葉にできません」
「……そうか。そうかもね」
優花里が言うこともあながち間違ってはいないというか、実際それが正解なのだ。
今、西住みほは装甲騎兵道を楽しんでいる。それは紛れも無い事実だった。
(……黒森峰にいた時は、こんなこと考えたこともなかったけど)
黒森峰にあったのは、鋼のような厳しさだけだった。
いや、装甲騎兵道も武道である以上、厳しいこと自体は当然かもしれない。
――だがそこには厳しさ『しか』なかった。
西住流の重みに周囲の期待。偉大なる姉という存在に、副隊長の重責。
もはや成し遂げて当然という十連覇という偉業が、みほの『ミス』によって失われた時、みほの心はそういった諸々に遂に押し潰された。打ちひしがれたみほに、母は冷たかった。
――『あなたは道を誤った』。そう言い放ち、突き放しただけだった。
故に、みほは装甲騎兵道を捨てた。捨てた筈だった。
「西住殿?」
「ん、あ、いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」
ゆらめく影のごとく、不意を打つようによみがえる悪夢。
たとえそれが夢の中の出来事であろうと、思い出すもおぞましいことがある。
ましてや、この身、この体に染みついた鉄と油と火薬の臭いが、逃れられぬ過去を引き寄せる。
さよならは言ったはずだし、別れもした筈の過去。鉄の騎兵に身を預ける限り、真の意味で決別することは叶わないのだろう。だが――後悔はない。
「優花里さんの言う通りだと思う」
「え?」
「大洗に来てから私、装甲騎兵道のことが楽しいから」
「西住殿……」
狭くて暑くて脆い。そんな鉄の棺桶に体を押し込む。
それでも昔、ずっとずっと小さかった頃、みほは装甲騎兵道を楽しいモノだと思っていた。
その頃の気持ちを、何かに盗まれた過去をまた見つけられた気がするのだ。
「それに、みんな楽しく一生懸命やってると、私までウキウキ嬉しくなっちゃって」
「あ、それ解ります。カエルさんチームのみなさんも、楽しんでくれてるようで何よりです」
「うん。ATでバレーとか、実は言い出した私も出来るかどうか不安だったり」
「サンダースはATでバスケをやったことがあるそうですよ。ナオミ殿から聞きました」
「ナオミさんから?」
「はい。五十鈴殿もそうですが、メールアドレスを交換したので」
「そうだったんだ」
「西住殿にもよろしくお願いしますとのことでした。昨日の敵は今日の友、ですね~」
「うん」
以前の練習試合の後、みほもダージリンとアドレスの交換をしたし、ケイにもいつでも練習試合を申し込んできてくれとお誘いを受けていた。ダージリンに関しては先日、サンダース戦の勝利のお祝いという名目でメールももらっている。実際は『決勝戦で必ずや再会しましょう』と、どちらかと言えば挑戦状に近い文面ではあったけど。
高校装甲騎兵道最強の学校と名高い黒森峰だけに、練習試合の申し込みなどは後を絶たなかったが、しかし他校との交流に関してはもっと無味乾燥だった記憶がある。頂に立つ黒森峰は、他校とはどこか一線を画した所があったからだろう。隊長のまほも厳しさが服を着たような少女なのだから、歓談を楽しむようなタイプでもなかった。
「それにしても……ATのバスケなんてあったんだ」
「結構操縦の練習になるって話でしたけど、西住殿もご興味が? 良かったらわたくし、ナオミ殿に詳しい中身をお聞きしておきましょうか?」
「うん、お願いしてもいいかな。ちょっとどんなのか気になるし」
「お任せください!」
ATスポーツを肴に、誰かとこうして語り合ったり、笑い合ったりできる。
それだけでも、大洗に来て良かったと、みほには思えるのだった。
第31話 『相乗り』
「ごめんね華~。重いのばっか持たせちゃって」
「いいえ。これぐらいでしたら食後の腹ごなしにはちょうどいいですから」
左右各々の手に、大きなウォータージャグ――蛇口付きの携帯式タンクを携えながらも華の足取りは普段と変わらない。中には満タンのスポーツドリンクが入っている筈なのに、華の様子だけ見るとまるで空のタンクかと思うほどだった。同じものを一個両手持ちにしているだけで、すでに足がふらついている沙織からすると、華のパワーは同い年の女子のものとは思えない。思えば前にATの腕を一人でひょいと抱えたりしていたし、ひょっとして華の家系にはクエント人の血でも混ざってるんじゃないか、と沙織は考えてしまう。
粉末式のスポーツドリンクを、空のペットボトルに水で溶かして冷蔵庫に冷やしておき、ウォータージャグに入れて飲むというのは運動部などがよくやっていることだが、直接体を動かすわけでもない装甲騎兵道にそんなものが必要なのかと、疑問に思う人もいるかもしれない。しかし『ATとは鍛えられた身体の延長』なのであり、手足をこまめに動かすATの操縦は見た目以上に体力を消耗する。ローラーダッシュやターンピックを用いた急速旋回などでは、操縦者にかかるGも大きい。ボトムズ乗りが耐圧服を着るのは耐Gの意味合いもあるのだ。
ATでバレーをするとなると、さぞかし喉も渇くであろう。
沙織は彼女らしく気を回して、冷たい飲みものでもと、華を誘って準備してきた訳だ。
「そろそろみんな疲れてきてるだろうし、丁度いいタイミングかもね」
「次はわたくし達も加わりましょう。わたくし、アクティブなことには目がない方なので」
装甲騎兵道を履修してから、親友のこれまで知らなかった部分を沙織はいくつも発見した。
もともと凄まじい健啖家であったりと、華が見た目通りの正統派大和撫子ではないことを沙織はよおく知っていたが、彼女が思った以上に華はパワフルでアグレッシブな乙女であったのだ。最近だと彼女は花を生けるのと同じぐらいに、操縦桿を握り、長大な砲を構えるのが似合うように見えてきている。
「……なんか一般的な女子高生からどんどん遠ざかってる気がするんだけど私達」
「それ今更言うことですか?」
そんな取り留めもない雑談を交わしながら、二人は例のレンガ倉庫へと戻ってきていた。
倉庫の外からは、ATの駆動音が盛大に響いており、試合の激しさが伝わってくる。
「あんな風に動かしてAT大丈夫かな? 試合前に壊しちゃったりしそうで……」
「バトリングの試合では殴ったり蹴ったり組み付いたり締め付けたりするらしいですから、球技ならば問題ないんじゃないかと」
「まあそれはそうなんだけど――ってあれ?」
沙織の目にとまったのは、修理用整備用の資材の山に隠れて、なにやらこそこそやっているらしい二人組の姿だった。大洗の制服を着てはいるが、その後姿に見覚えはない。
「あの――」
「なにか御用でしょうか?」
「!?」
沙織と華が声をかければ、ビクッと肩を震わせて二人は振り向いた。
三つ編みに瓶底眼鏡に活気有りそうな黒い短髪の二人組。
やはりその面相には見覚えはないが、三つ編み瓶底眼鏡の左腕を見た沙織は『それ』に気がついた。
「あ、放送部のかたですか?」
「ア、はい! そうです! 取材にきました!」
赤い腕章は大洗女子学園放送部の証だ。
放送部と言ってもかなり本格的なもので、新聞を作成するのみならず特派員を送って部活動の試合中継を行ったりと、ちょっとしたぷちマスコミと言っていい規模と行動力があるのだ。
一回戦を突破した直後などは、生徒会が大々的に煽り立てたこともあって結構な数の放送部員がこの倉庫にも押しかけていたのを沙織も華も覚えている。
それにしても、このタイミングでいったい何の用だろうか。アンツィオ戦に対する意気込みでも取材に来たのだろうか。
「あ、私。放送部の……ええとバージル・カースンと言います」
「ば、ばーじる・かーすん?」
「まるで異人さんのようなお名前ですのね?」
「え、ええ。父がイタリア人でして! それでこんな名前なんですよ!」
何やら挙動不審だが、みほも最初の頃は若干人見知り気味であったし沙織も華も特に疑問には思わない。
なので続けて、その傍らのボーイッシュな少女に問いかけた。
「そちらのかたは……」
「あ、ペパロニっす。アンツィオのペパロニ」
「へぇアンツィオの」
「ペパロニさん……」
――ん? んん? んんん!?
「このアホ! 自分から正体をバラす奴があるか!」
「すいません、つい癖で」
「……正体?」
「……ばらす?」
「あ」
「あ」
「……」
「……」
「……」
「……」
4人の間を気まずい沈黙はものの数秒で破られる。
「みぽりーん! ゆかりーん! 麻子ーっ! 誰でも良いから来てー!」
「間諜ですわ! スパイです! 007です!」
「マズいっすよ! ズラカリましょう!」
「誰のせいだ! 誰の!」
――◆Girls und Armored trooper◆
レンガ倉庫のほうから聞こえてきた異音。
それを耳にした瞬間、みほの表情は瞬時に変わった。
ほんわかとした優しげな表情は一変し、凛とした
ATに乗る時、試合の時、みほはいつもこういう顔になる。
優花里は普段の穏やかなみほも好きだが、こういう時のみほの顔が好きだった。憧れているし、尊敬している。
戦士の顔というか、一流の選手の顔というか、ピンと一本の筋が通った凛々しい顔だった。
――しかし今は、それに見惚れている暇はない。
「優花里さん!」
「はいっ!」
言われる前から既に体は動いていた。
降着モードの愛機の前に立ち、ハッチを開いてコックピットへと跳び込む。
横一列に並んだトグルスイッチを順々に入れていき、ATの人工筋肉に火を灯す。
電流が走り、マッスルシリンダーが伸縮する。
ゴーグルと操縦桿とをケーブルでつなぎ、目にかければ即座にハッチを閉じる。
レンズ越しに見えていた狭いコックピット内部の景色は消え去り、晴天下のグランドの景色が視界を覆う。
『倉庫に向かいます! みなさんついてきてください!』
みほの声が無線越しに聞こえてくる。
自分のみならず、この場の全ATへと発信しているらしい。
バレー参加組みも普段の練習の成果か、みほの声を聞いた直後にはもうレクリエーションの空気を捨てて試合同様の真剣モードへと入っている。そんなチームメイトの姿は、優花里は同輩として誇らしいと思う。
『倉庫から何か出てきます! あれは――沙織さん!』
鉄扉の向こうから飛び出してきたのは、沙織の愛機レッドショルダーカスタムだった。
しかし、その挙動はどこかおかしい。みほ達の姿を見るなりレッドショルダーカスタムはターンピックで進行方向を変えると、倉庫の裏手、校庭とは反対側へと逃げるように駆けていく。――否、逃げるようにではない。あれは実際に逃げているのだ。それを証拠に、倉庫から続けて飛び出してきたのは、武部沙織当人だったのだから!
『捕まえてー!』
『あれに乗っているのは、アンツィオの人たちです!』
沙織と、その背後の華が二人して叫んだ内容は、実に由々しきものだった。
アンツィオ――次回の対戦相手の生徒が大洗にいる理由など、ひとつしかない。
「西住殿!」
『うん! みなさん、アンツィオのスパイを捕まえます! 全機フルスロットル!』
みほが号令を下せば、大洗AT一同一斉に駆けだ――そうとして、バレー組が次々と膝を突く。
『みなさん!?』
『た、隊長すみません!』
『PR液が!』
『全然動かないよー!?』
『うわあバレーではりきりすぎたからぁ!』
そう、PR液の劣化限界が来ていたのだ。
激しい挙動を伴うATバレーは当然、PR液を消耗する。
普段の練習なら別に問題のない話だ。PR液を浄化装置にかければいいだけなのだから。だがそんなことをしている暇は、今はない!
「西住殿! 私達のATもそう長くは保ちません!」
『ッ! ……どうすれば……』
予期せぬアクシデントに焦るみほ。
だがそんな彼女のもとに、救いの主は現れた。
『問題ないわよぉ西住さん!』
無線機を伝わってきたのは、一回聞いたら忘れられないような特徴的な声だった。
『あなたは――』
『風紀委員、園みどり子。栄えある初任務よ! 不届き者を捕まえてやるんだから!』
特徴的な声の主、風紀委員のドン、園みどり子は無線を広域周波数に合わせると、大洗女子学園全域へと向けて号令を発した。
『全風紀委員に通達! 緊急出動! スクランブル発進! 相手は他校のスパイよ! 風紀委員の名にかけて、必ずやスパイを捕まえるのよ!』
――◆Girls und Armored trooper◆
「くそぉぉぉ! あっちも敵こっち敵。右も左も後ろも前も敵だらけじゃないか!」
「どうするんすかアンチョビ姐さん! このままじゃ私ら捕まっちまいますよ!」
「だぁれのせいだと思ってるんだ! ペパロニも少しは頭を使って逃げ道を考えろ!」
「はぁ~残念。もう少しでたかちゃんに勝てそうだったのに」
「カルパッチョも言ってる場合かぁ!」
必死に操縦桿を切って盗んだ、否、一時的に拝借したATを駆けさせるアンチョビの行く手には、ことごとく白い装甲車両が通せんぼして来るのだ。『ガーシム』という名前の六輪駆動の装甲車で、側面にはでかでかと大洗の校章が掲げられている。乗り手はみな揃いのヘルメット――ではなくて揃いのおかっぱ頭で、やはり揃いの黒い腕章をつけている。白く染め抜かれた風紀という文字から察するに、風紀委員であるらしい。
「アンチョビ姐さん! 装甲車風情がなんでスか! 無理やり押し通りましょうや! 」
「ガーシムはああ見えて頑丈なんだぞ! 正面から力勝負すれば負けるのはコッチだ! ってええいカルパッチョ! 髪の毛が邪魔になってるからどかせぇ!」
「すみませんドゥーチェ」
3人は今どこに居るかと言えば、驚く無かれ、スコープドッグのコックピットの中なのである。
――スコープドッグの狭いコックピットに3人も入れる訳ないだろ!
と、おっしゃる方も多いとは思うが、確かにそれは当然の反応である。あんな狭い部分に3人も入れるとは普通は考えない。しかしスコープドッグに二人乗りしたケースは実在し、それは耐圧服を来た男性兵士二人の話である。軽装の、体格も小さい少女3人ならば、不可能ではないのだ!
「マズいぞマズいぞ。じきに大洗のATも出てくる。そうなったら本当に逃げ切れんぞ」
「戦って血路を開くってのはどうですアンチョビ姐さん」
「このATにはアームパンチ以外武器がないんだ! 近くにあったから咄嗟に選んだけど、こんなことなら武器のあるやつを探しておけば……」
「言っても仕方がないですし、今あるものでなんとかしないと……いっそATは乗り捨てて歩いて逃げれば」
「そしたらそれこそガーシムに追いつかれて……って待て」
カルパッチョの言葉に何か思う所があったのか、アンチョビはゴーグルを上にずらしてカルパッチョの顔を直接見た。
「閃いたぞ! カルパッチョ、良い助言だ!」
「え? ……何が良いのか解らないけど、光栄ですドゥーチェ」
「閃いたって、何がっすかアンチョビ姐さん」
ペパロニに得意げな顔を向けて、アンチョビは言い放った。
「名づけて『マカロニ作戦』だ! これは絶対にうまくいくぞ!」
頑丈な装甲、連なる履帯、唸る転輪
圧倒的な質量で、圧倒的な火力で、圧倒的な走破性で
それは大地を踏み潰し、相対する敵を粉砕する
あり得るのか、反則ではないのか
そんなみほ達の疑念すら、大いなる火砲は吹き飛ばす
次回『戦車』 アンツィオに潜むものは、何だ
【スコープドッグの2人乗り】
:ペールゼン・ファイルズ第6話で明らかになった衝撃の事実
:キリコとザキがたしかにスコープドッグに二人乗りしている
:どう考えても入るわけないけれど、実際出来ているからどうしようもない
:地味にPF仕様のスコタコは肩幅がTV版よりも広いので、一応理屈は成り立つ