ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第29話 『アンチョビ』

 

 

『有効! フラッグ機撃破を確認! よって――大洗女子学園の勝利!』

「……勝ちましたね」

「ああ」

 

 ――決着は思いの外あっさりとついた。

 どうやらサンダースは小細工を逆手にとられたらしい。主力は見事なまでに囮に引き寄せられ、その隙にフラッグ分隊は大洗本隊に殲滅された。傍から見れば大洗の張った罠へとのこのこハマった形だが、実際はそう単純でもないのだろうとエリカは考える。現にサンダース主力の先遣隊はフラッグ機とあと一歩で合流を果たせていたのであり、仮に合流後サンダースが態勢を立て直せばどうなっていただろうか。

 大洗側は砲撃戦力――ロケット弾にアンチ・マテリアル・キャノン――を殆ど喪失しており、あのまま撃ち合いになれば火力で押し切られ負けていたかもしれない。H級主流の相手と比べれば大洗ATは継戦能力も低い。じわじわと追い詰められ、最後には一機残らず壊滅だ。そういう可能性は十分にあった。

 

「サンダースが妙な小細工をしなければ、どうなっていたか解りませんね。大洗の戦力で西住流を行うには余りに不足です」

「だがみほにはみほの流儀がある。今回はそれで勝利した。それだけだ」

「……私が見るに、相手の自滅というのが正確かと思いますけど」

「それでも、勝利は勝利だ。事実は、誰にも否定し得ない」

 

 それはそうなのだが、と思いつつもエリカはまほの物言いにどことなく釈然としなかった。

 鉄の乙女といった余人が覚える印象とは裏腹に、まほは妹のみほに甘い。少なくとも、エリカの眼にはそう見える。みほは西住流の流儀から外れた選手だ。それを西住流そのものとも言えるまほが認めると言う――血を分けた姉妹故の甘さでなくてなんだと言うのだ。エリカとてみほの実力は、甚だ遺憾だが認めている。彼女は強い。だが流儀に外れた『外道』である事実に変わりはない。

 ――敗北を背負って戦うという、家元の子としての、そして黒森峰副隊長としての責任から背を向けたことにも、変わりはないのだ。

 

「結果が全てだ。みほは結果で証明してみせた」

「……隊長は、この先もあの子が勝ち上がるとお考えで?」

「……さあな。だが確かなことは」

 

 少し間を開けて、まほは言い放った。

 

「対峙することとなれば、全身全霊を以って迎え撃ち、完膚なきまでに粉砕する」

 

 そこには肉親の甘さなどかけらもなかった。

 血を分けた姉妹といえど、戦うとなればまほはどこまでも西住流だ。

 エリカは改めて、我が隊長を尊敬の眼差しで見つめるのだった。

 

 

 

 

 

  第29話 『アンチョビ』

 

 

 

 

 

「いやぁうまい具合に勝てたね~」

 

 運搬用のビッグキャリーに一通りATを積み終わった所で、背中越しにみほに話しかけてきたのは会長だった。

 

「ATの傷も最小限で済んだし、1回戦から上々だねぇ~この調子で頼むよ~」

 

 会長は上機嫌にみほの肩をポンポンと叩いたが、傍らの桃はと言うと不機嫌そうにムスッとした顔をしている。

 

「それにしてもフラッグ機を囮につかうなどと……こんな危険な作戦は二度とゴメンだぞ」

「まぁまぁかーしまぁ、結果オーライじゃん」

 

 会長も最初にみほから相手フラッグ機への囮とトドメの役を任された時は、ちょっと驚いた様子だったが、すぐに快く応じてくれたのだ。体は小さいが、思った以上に器の大きい人らしい。正直、第一印象が最悪だったせいか苦手意識は強いものの、それも少しは和らいだ気がする。

 

「HEY! ミホー!」

 

 みほへとかけられた次の声は、誰からのものだろう。

 聞き覚えのあるような無いような声に振り返れば、サンダース隊長のケイが、みほのほうへと歩いてくる所だった。

 

「Congratulations!」

「!」

 

 そう言うなり、ケイはみほへと熱いハグをしてきたので、驚いたみほは声も出ない。

 

「つまらないことしちゃってごめんなさいね」

「え……いえ。こちらもそれを利用して作戦を立てたのでおあいこです。それに、正面切って戦ってたらむしろ不利だったのはこっちでしたから」

「次に戦うときは、フェアな条件で正々堂々とね! 私達のぶんも、じゃんじゃん勝ち上がってくれること、期待してるわ!」

 

 ウィンクしながらサムズアップするケイに、みほも若干照れながらサムズアップしてウィンクし返した。

 見れば、華や優花里も、ファイアフライ隊の隊長、ナオミと健闘をたたえ合っているのが見えた。

 聞けば華とナオミは射撃戦で相討ちにまでもつれ込んだとのこと。

 共に優れた射手である。通じ合うものがあるのだろう。

 

「じゃあね! See you again!」

「え、えーと。ばいばーい!」

「HAHAHA! ナイス・プロナンスィエーション!」

 

 相手のノリに合わせたつもりが、笑われてしまった。

 みほは思わず赤面するのだった。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 この後、ダージリンとオレンジペコのコンビが戦勝祝いの挨拶とばかりに襲来したり、祖母が倒れたとの急報に麻子が珍しく取り乱したり、偶然居合わせたまほが麻子のためにとATフライ(と操縦手のエリカ)を貸してくれたりとすったもんだあったが、麻子も祖母は幸い大事に至らず、大洗の生徒たちには怪我人も居ないし相手校と不必要に喧嘩することもなかったりと、実に理想的な形で全国大会一回戦を突破することができた。

 無名の大洗の初戦突破、それも強豪サンダースを下しての初戦突破のニュースは大会参加校並びに装甲騎兵道関係者の間を駆け巡り、少なからぬ驚きを皆に与えた。

 そしてそれは、マジノ女学院を破り大洗の次の相手となる高校、ノリと勢いに乗ったアンツィオ高校においても同じであった。

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

「ムムム」

「どうしたんすか姐さん。難しそうな顔なんてして」

 

 昼下がりのアンツィオ高校。

 石畳の道路の上、カフェテラスのように白い円卓に白い丸椅子を並べ、日よけパラソルを広げたその陰の下、ノートPCを前にうんうんと唸っているのは、特徴的なツインの巻き毛をした少女だった。

 安斎千代美――と彼女を本名で呼ぶ者は少ない。多くのは彼女をアンチョビ、あるいはドゥーチェと呼ぶ。ドゥーチェとは統帥を意味する称号であり、アンツィオ装甲騎兵道指揮官たる彼女の呼び名であった。

 果たして、画面に映った動画――中継されていた大洗VSサンダースの試合の模様を真剣な眼で眺めるアンチョビに話しかけてきたのは、彼女の副官ペパロニである。

 黒髪を短めにカットした、どことなく男勝りな雰囲気のペパロニは、アンチョビの背中越しにPCの画面を見つめつつ、しかしすぐにそこから眼を離して、注目したのは机上の安っぽいトレーだった。

 

「あーまーたダボフィッシュなんて食べて。そんなもんばっか食べてるから顔色も悪くなるんじゃないすか?」

「ええい静かにしろ!  集中できないじゃないか! それにダボフィッシュは確かに味はひどいが値段は安い。ペパロニ、お前も少しは経費削減に協力しろ」

 

 トレーの中身は食べかけの何かの魚の煮付けのような料理だが、深海魚のように眼がギョロッとした魚、ダボフィッシュは見た目からして既に美味しそうではなかった。少なくとも、食に関しては高校装甲騎兵道随一のアンツィオ生の審美眼に叶うような魚ではない。

 

「嫌っすよダボフィッシュなんて。それ食べるぐらいならまだ砂モグラでも食べたほうがマシっす」

「え~砂モグラ美味しいのに」

 

 歯に衣着せぬペパロニに、ハスキーな声で茶々を入れたのは、対称的な黄金色の長髪の少女だった。

 彼女はカルパッチョ。ペパロニがアンチョビの右腕ならば、彼女は左腕ともいえる存在だ。

 

「あ、それ大洗の試合ですね」

「うむ。大洗とサンダースの試合……見れば見るほど互いの動きが不可解な試合だ。しかしこれではまるで次の試合の参考にならないなぁ……」

「え、なんでですか? 大洗のATもサンダースのATもガンガン撃ち合ってるところが良く撮れてるじゃないすか」

 

 ペパロニが言うのに、アンチョビは顔を左右に振って否定した。

 

「個々の選手の技量を知るのも大事だが、もっと大事なのは各校ごとにあるドクトリン、つまりは戦術思想を知ることだ。でもこの試合だけだと、一番肝心な互いの戦術がまるで解らんじゃないか」

 

 サンダースが通信傍受を行っていたらしいという噂は既にインターネット上を駆け巡っている。

 そしてこの噂に関しては、ある程度事実なのではとアンチョビは睨んでいる。そうでもなければ、互いの部隊の動きが理解できないのだ。しかしそんな変則的な試合を見せられても、次の戦いの為に何の参考にもならない。アンチョビが知りたいのは、大洗の戦術の基本方針なのだ。

 

「大洗はウチ同様、ここんところずっと装甲騎兵道はご無沙汰だった学校だからなぁ。過去の試合データなんて実質ゼロみたいなもんだ」

「……そう言えば大洗の隊長は西住流の家元の子だと聞いています。それなら、黒森峰のデータが参考になるんじゃないですか」

 

  カルパッチョが言うのに、ペパロニも同意する。

 

「あ、その噂、私も聞いてまっす。西住流とかマジなんすかねぇ。もし本当なら半端ないっす」

「西住流なのは間違いないだろう。学校は違うが、去年も全国大会に出てた選手だ。西住みほ。あの西住まほの妹だ」

 

 高校装甲騎兵道にその人ありとうたわれた、西住まほ――の妹、西住みほ。

 その存在は偉大な姉の陰に隠れて、どうにも判然としない。

 

「どうも姉のほうとは違うっぽいんだよなぁ。戦術機動が西住流らしくないというか……むしろウチに近いんじゃないか?」

「ノリと勢いってことっすか?」

「少なくとも、西住流特有の真正面からパンチ! パンチ! パンチ! って感じじゃないなぁ~」

 

 アンチョビは腕組みしたまま、口をへの字に曲げて悩んだ。

 考えれば考える程、解らなくなってくる。ATの機種編成を見てもまるで寄せ集めと言わんばかりにてんでんばらばらで、そこからはいかなる戦術的意図も読み取れない。

 

「初戦突破でウチは勢いに乗っている。このまま2回戦も勝ちたい所だが、こういう相手はやりにくい……」

「あ、私、大洗に通っている友達がいるんですけれど、ダメもとで色々と聞いてみましょうか?」

 

 カルパッチョが提案するのに、アンチョビは頭を振る。

 

「相手とて馬鹿じゃないんだ。口裏合わせとか色々としてるだろうし、練習の風景を覗きでもしないと――」

「アンチョビ姐さん?」

「ドゥーチェ?」

「そうだ偵察だ!」

 

 アンチョビは不意に立ち上がると、パチンと指を鳴らした。

 装甲騎兵道は事前の偵察がルールで認められているじゃないか!

 

「直接出向いて、覗いてやれば良いんだ。相手の選手の様子も見れるし、一石二鳥だ!」

「偵察するんすか! 面白くなってきたっすね!」

「でもドゥーチェ。誰が行くんですか?」

「……」

 

 ここでドゥーチェは二の句が継げなくなった。

 偵察。密偵。スパイ。

 これは繊細さと注意深さが要求される仕事だ。だがアンツィオ装甲騎兵道の選手で、この任務に適した選手など――皆無だ。

 ペパロニは性格的に不向きだし、他の選手も大半はそうだ。カルパッチョは相手に顔が割れている。

 ならばどうする? 選択肢は一つしかない。

 

「……私が行く」

「え?」

「アンチョビ姐さんが?」

「ああ私が行く。私以外に、誰が居る!」

 

 半ば廃れかかっていたアンツィオ装甲騎兵道を一人で立て直し、全国大会に出るまでに引っ張ってきたのは、他ならぬアンチョビだった。その戦術眼と、ノリと勢い以外取り柄がないとまで言われたアンツィオの手綱を握るリーダーシップには定評があり、彼女自身少なからずそれを自負している。

 アンツィオにおいてスパイという仕事が完遂できるのは、自分をおいて他には居ない。

 

「でもアンチョビ姐さんがいないあいだはどうするんです? 練習は? ミーティングは?」

「どうせ前の試合で派手に壊したATの修理が終わるまで、本格的な練習再開は無理なんだ。基本練習だけならば、私がいなくてもお前達二人で充分にまわる。……それに例の『秘密兵器』もまだ届いていないしな」

「マジノ戦で結構ガタが来てましたからね。むしろ修理が無事終わるかも心配のような……」

「言うなカルパッチョ! それ私も心配してるんだからな!」

 

 アンツィオの主力は、デザートイエローに塗ったL級ATの『ツヴァーク』に、同色の旧式ベルゼルガである『ベルゼルガDT』、そしてハッタリ満載、レッドショルダー部隊仕様のスコープドッグ・ターボカスタムだ。

 対マジノ戦では、ミサイルポッド代わりに背負った大型スピーカーからレッドショルダーマーチを大音量で流す神経戦作戦、『アリーヴァノ・イ・マリーネス作戦』で見事に相手を翻弄することに成功した。レッドショルダーマーチとド派手なジェットローラーダッシュに相手が気を取られている隙に、ツヴァークとベルゼルガがちまちまと相手を攻撃する作戦だが、これが上手く行った。

 しかし何度も使える手では無い上に、ジェットローラーダッシュで酷使したスコープドッグRSTCはスクラップ同然になってしまった。懐事情に乏しいアンツィオでは古い機体をそのまま使い続けている。それだけに、ちょっとした無茶ですぐにATにガタが来てしまう。実質的な主力機であるツヴァークは機体重量が軽く機動力に優れる反面、その装甲材はまさかの特殊プラスチックであるため傷つきやすい。アンツィオ生はノリと勢いに優れるため攻撃能力は申し分なしだが、一戦越えることにATを毎回ボロボロにしてしまうのは頂けなかった。

 

「まぁ毎度のことだから整備の勝手も解ってきてるだろうし、大丈夫だろう。……大丈夫だよな?」

「なんで私に聞くんすか?」

 

 いずれにせよ、修理が終わるまでは空き時間が多い。この余分な時間を有効活用するに限る。

 

「『秘密兵器』が来るまでは、次の練習にも取り掛かれない……それにしても来るのが遅い。大きな注文とはいえ、もうとっくに発送されてもいいころだぞ」

「そう言えば、姐さんの言う『秘密兵器』っていったいなんなんすか?」

「私たちにすら秘密ですからね。ヒントはダメなんですかドゥーチェ」

「フフフ……ヒントすらダメだカルパッチョ。今回の『秘密兵器』は正真正銘の『秘密兵器』。火力不足なアンツィの現状を一挙に解消する特注品だ。ギリギリまで情報は伏せておかないとな」

 

 3度のおやつを2度に減らし、ドゥーチェ自らダボフィッシュで飢えを凌いで、それ以外にも数々の涙ぐましい努力を重ねてこつこつ貯めた、そのお金でようやく手に入れた『秘密兵器』なのだ。

 しかもこの『秘密兵器』の正体は、全国大会にエントリーする全ての高校を等しく驚愕させるに違いない珍品だ。おそらく殆どの選手は『アレ』が装甲騎兵道の試合に出れることすら知ってはいまい。何を隠そうアンチョビ自身、ルールブックを読み直している時に偶然気づき閃いた妙手だったのだから。

 

「『アレ』を万全に活かすためにも、やはり偵察は欠かせない……よし! 思い立ったが吉日だ! 私は行くぞ! 大洗に!」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 その日、大洗学園艦へと接舷したコンビニ定期便のなかに、密航者がいたことに気づいた者はいなかった。

 三つ編みに瓶底眼鏡。完璧に変装した彼女を誰もアンツィオ統帥とは思わない。

 

(ふふふ……大洗の秘密。必ずやこのアンチョビが持ち帰ってみせるぞ!)

「うまい具合に潜り込めましたね、アンチョビ姐さん」

「ああそうだ……ってなんでお前がいるんだ! てかその名前で呼ぶな気付かれるだろ!?」

「私もいまーす」

「カルパッチョお前もか!」

 

 ――策謀の魔の手が、大洗の地へと迫っていたッ!

 

 





 暴くべき秘密など、本当にあるのか
 謎など、いったいどこにあるのか
 余りにあからさまで、余りに明快で
 その事実が、アンチョビを翻弄する
 そして、カルパッチョは叫んだ
 タカちゃん!と

 次回『遭遇』 必然足り得ない偶然はない




【アリーヴァノ・イ・マリーネス】
:アルファベットで書くと『Arrivano I Marines』
:要はレッドショルダーマーチのこと。意味は『水兵の帰還』か
:元は古いイタリア産戦争喜劇映画の曲で、フリー音源となっていた
:だからボトムズサントラには載らない名曲。スパロボなどではよく似た別の曲が流れる


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