ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第28話 『追撃』

 

 

 ――よもや避けられるとは思っていなかった。

 まさかいきなりフラッグ機と出くわすとは思っていなかったから、ほんのちょっぴり、慌ててしまった感はある。

 しかしそれを差し引いてもなお、この間合い、このタイミングなら必殺だとエルヴィンは思っていた。

 そこを避けられたのだから、心底驚いた。

 相手は腐っても強豪サンダースの一員ということか、鉄杭は僅かにトータスの装甲に掠り傷をつけるに留まる。

 

「チッ! 左衛門佐!」

『応よ!』

 

 エルヴィンのベルゼルガ・イミテイトの背後より、赤備えのスコープドッグが躍り出る。

 ヘビィマシンガンのフルオート射撃。注がれる銃弾に、フラッグ機のトータスが背負ったブレードアンテナが吹き飛ばされるが、機体本体にはかすめもしない。ターンピックのないトータスでも、グライディングホイールの使い方次第で急速ターンは可能とは言え、この小回りの冴えは乗り手の技量だ。

 

『御首頂戴!』

 

 ローラーダッシュで間合いを詰める左衛門佐は追撃の銃撃を――すると見せかけてヘビィマシンガンの銃床でフラッグ・トータスへと殴りかかる。相手は台尻を片手で受け止めると同時にアームパンチ! 衝撃によろよろと後ずさる左衛門佐機に逆襲の胸部機銃を浴びせる。左衛門佐は咄嗟にレバーを切って上体を斜めにし、角度を活かして致命傷を避けるが、それでも装甲は銃撃にべこぼこと凹み出す。

 

「代われ、左衛門佐」

『任せた!』

 

 後退する左衛門佐と入れ替わりにエルヴィンは盾を構えつつフラッグ・トータスへ突っ込む。

 フラッグ機の得物はショートバレルのヘビィマシンガン。ベルゼルガ用の盾の強度なら、至近弾でも完全に防御が可能だ。シュトゥルムゲベールをセミオート射撃しつつ彼我(ひが)の距離を縮めて行く。

 

『エルヴィン、左だ!』

「チッ!」

 

 あと僅かでパイルバンカーの射程距離、という所で邪魔が入った。

 慌てて駆けつけてきたのか、相手フラッグ分隊の僚機だろう。手にした『HRAT―30』は22連装の手持ちロケット砲。瞬間火力だけで言えばAT用の火器でも上位五指に入る。

 

「左衛門佐、カバーだ!」

『合点承知の助!』

 

 雨のように降り注ぐロケット弾をかろうじて避けつつ、左衛門佐のヘビィマシンガンの援護に合わせて手近な木を盾に後退する。しかしその隙に、相手のフラッグ機はこの場から離脱を図っていた。

 

「カエサル、おりょう! 敵フラッグが逃げる! 回り込めないか!」

 

 銃声砲声を伴奏にカエサルとおりょうから返ってきた答えは芳しくない。

 

『こっちも相手の近衛軍団3機と交戦中だ!』

『良い動きぜよ! 流石は御親兵!』

「感心してる場合か!」

 

 返答にエルヴィンは素早く頭を巡らせた。あっちに3でこっちにはフラッグ含めて2。

 敵の主力は全機、みほの欺瞞情報に引っかかって囮部隊に引き寄せられている。

 そしてサンダースは1個分隊5機の編成だ。

 

「ならば強行突破だ! シュトゥルム・ウント・ドラング! 畳み掛けるぞ!」

『ならば車懸りの陣だ!』

「二機しかいないがな!」

 

 逃げるフラッグ、追うエルヴィンと左衛門佐。

 護衛機は絶対に通すかと、ニワトリさん分隊の二機に立ちふさがった。

 

「こちらニワトリ! 隊長、敵フラッグは北北東に向けて逃走中!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 第28話『追撃』

 

 

 

 

 

 

 

 

『こ、こちらフラッグ! 大洗の攻撃を受けています! 現在、僚機を足止めに後退中!』

 

 いよいよ128高地にトドメの総攻撃をと考えていたケイの所に、不意を突くようにアリサからそんな連絡が飛び込んでくる。その内容にケイは思わず眉をしかめた。

 

「……落ち着きなさい。相手は何機? 少数の別働隊なら、そっちだけで応戦できるでしょ。僚機には腕利きを揃えてあげたんだから」

『それがその……うひぃ!? え! 嘘!? ……まだ増える!? お、大洗主力全機、こちらに向かってきています!』

「はいぃ~!?」

 

 しかしアリサの口から飛び出してきたのはのっぴきならない事態だった。

 

「ちょっとちょっと。どうしてそういうことになるわけ?」

『そ、それが……こちらの無線傍受を逆手に取られたかと』

 

 ああやっぱりそういうことか。

 ケイは腑に落ちない部分がストンと降りてきた気分だった。

 アリサが優秀なのは認めているが、彼女はエスパーでも魔女でもない。

 いくらなんでも相手の動きが読めすぎていると思っていたが、種を明かせば単純な手品だ。

 自分だけズルして相手の手札を見て、プレイしていたに過ぎない。

 

「ば~~~~~~~~~っかもん!」

『ヒィ! ……申し訳ありません』

 

 もともと小細工に走りすぎて裏目に出ることの多い後輩であり、それを承知でケイは彼女を重用してきた。

 しかし今度ばかりは、そんなケイでもアリサの所業は許容し難かった。

 

「何よりも大事なのはFairPlayのスピリットだっていつも言ってるでしょうに! ……合流するならどこ?」

『え、あ、はい! ……0765地点です。ここなら合流できます』

「じゃあFullSpeedでそこに向かうから、それまではとにかくがんばって生き残りなさい。手がもげようが足が千切れようが、這ってでも生き残ること! 解った!」

『イエス、マム!』

 

 ケイは口をへの字に曲げた。

 装甲騎兵道は武道でありスポーツ。正々堂々、ルールを守って全力で戦うから楽しいのだ。

 たとえ勝てても、正しくない勝ち方では楽しめない。そんな使われ方すればATだって泣くに違いない。

 それがケイの揺るぎない信念であり、口酸っぱくアリサにはそのことを教えてきたつもりだが、どうにも彼女は勝ちを急ぎすぎて本当に大事なモノを見落としがちだ。試合が終わったらみっちり反省させてやらねばなるまい。

 

「……でもまずは試合に勝たないとね」

 

 まずはアリサを助けなければならない。キングが落ちればクイーンが残っていても無意味だ。

 しかし大洗側もそれが解っていたから『ここ』にクイーンたる自分たちをおびき寄せたのだろう。

 

「丘の上のスナイパーが健在なうちは迂闊に動けないわね……ナオミ」

『……ラジャー、ダット』

 

 ケイが分隊機を率いて前進するのに、ナオミは意図を即座に察したらしい。

 こちらの動きに合わせて、ファイアフライ隊を展開させる。

 

「ジョージ、ハウの分隊は作戦を変更し、0765地点へと急行」

『しかしスナイパーに背中を晒しては……』

「私と分隊が囮になるからNoProblemよ。エイブル分隊、本機を基軸にラインを保ったまま前進。合図したら射角35で三点バーストの一斉砲撃よ。大洗ATに当てる必要はないわ」

 

 横一列、間隔を開けながらケイの分隊は微速前進する。

 ジョージ、ハウの二個分隊は急速に戦域を離脱、他の分隊はロケットやミサイル、ソリッドシューターの砲撃でそれを援護し、その砲煙に紛れてナオミのファイアフライ隊は着々と配置についている。

 

「Run!」

 

 ケイを含めた4機のトータスがローラーダッシュで丘を登り始める。

 128高地は相次ぐ砲撃で土がめくれ上がり、造成地のようになっていた。

 その土山状の丘の頂上付近に大洗のATとタコツボはある。

 タコツボの残存機が機銃をぶっ放し、その陰で例の砲手が得物を構えている。

 

(さぁ狙って来なさい。隊長機が直々に出てきてあげたんだから)

 

 ここまで近づけばハッキリと見える相手の得物は、ATが両手で抱えてやっと持てるほどの長大なライフル砲だった。アンチマテリアルライフルか対戦車ライフルか。ちょうどああいった調子の大型火器だった。存在自体はケイも知識として知っていたが、まさかあれを試合に持ち込む学校があろうとは。

 センサーをサーマルに切り替え、相手の動きを探る。

 僅かに見える、ATの微妙な挙動。それはAT内部のマッスルシリンダーの動きでもある。

 サーマルを通して見れば、マッスルシリンダーの動きは温度の動きとして見ることが出来る。

 動くATならともかく、座して撃つATならば、これで読める。

 

「――ハッ!」

 

 タイミングを読んで、間一髪で回避のターン機動。

 ギリギリだった。風を切って唸る砲弾に、ケイといえど冷や汗が額を湿らす。

 しかし、こちらも間合いへとたどり着いた。

 

「今よ、Fire!」

 

 少数でここまで自分たちを手こずらせた相手に敬意を表しつつ、ケイはトドメを刺すべく号令した。

 4門のソリッドシューターが火を吹き、計12発の砲弾は大洗スナイパーのちょうど真ん前の地面をえぐり、爆ぜ、舞い上がる砂と土で煙幕を作り上げる。これには、相手も一瞬動きが止まる。そこが狙い目だった。

 合図するまでもなく、ナオミらファイアフライ隊はその土の煙幕の向こう、大洗のスナイパー、五十鈴華のスコープドッグを狙い撃っていた。直接見えずとも、位置さえ解れば良い。ドロッパーズフォールディングガンの高速弾ならば、止まって撃つ限り標的は外さない。

 土煙が晴れた時には、紫色のスコープドッグの頭部からは白旗が揚がっていた。

 だがそれと同時に、ファイアフライ隊の、それもナオミのATからも白旗が揚がっている。

 見ずとも見えていたのは、ナオミたちだけではなかったらしい。

 ケイは改めて大洗のスナイパーに賞賛を送った。

 あのナオミと相打ちに持ち込むとは。無名と思っていた大洗には、どうやら虎が潜んでいるらしい。

 

「でもスナイパーを撃破すれば問題ないわね。全機急速回頭! アリサを助けに向かうわよ!」

 

 しかし試合は試合。勝負は勝負だ。

 最大火力の華機が落ちた時点で命運は決していた。

 ウサギさん分隊の残存機、梓と紗希のトータスは残りのファイアフライ隊の猛攻に奮闘むなしく撃破、これにて囮部隊は全滅した。しかし問題はない。彼女たちは自分たちの役割を十全に果たしたのだ。

 あとは、みほ達の頑張り次第――。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 逃げる。逃げる。逃げる。

 とにかく逃げる。遮二無二逃げる。ひたすら逃げる。

 コックピットのアリサは必死だった。ヘルメットの中は汗びっしょりで、今すぐ脱いでしまいたいのだがそれをする暇すら無い。一心不乱に操縦桿を動かし、背後から飛んで来る銃弾を必死に躱す。

 大洗のAT達がサンダースの猛攻を凌いだのと同様、木々が盾になって直撃を防いでくれる。

 お陰でアリサは何とかほぼ無傷で予定の行程の半分を消化することに成功していた。

 

「アーッハッハッハーッ! なめんじゃ無いわよこのスタンディングトータスを! あんたらの使ってるようなポンコツATとは違って、新造品な上に足回りも改造したカスタム機よ! 見なさい、この機動力!」

 

 ついさっき、分隊の護衛機が全滅したことがキルログで解った。

 つまり、本隊と合流しない限り、彼女は敵地のど真ん中でひとりぼっちということ。

 自分を落ち着かせ、なけなしの闘志を絞り出すために、コックピットの中でアリサは一人叫び続ける。

 

「装甲は頑丈でコックピットもATにしちゃ広くて居住性も高い。力持ちで重い装備もがんがん載せられるから火力も絶大! それでいてPR液浄化装置もついてるから稼働持続時間も長いのよ! 言うことなしの傑作AT! あんたらの乗ってるタコ頭の貧乏ATとは格が違うのよ格が!」

 

 そこまで言い切った所での至近弾。

 残っていたアンテナの基部が爆ぜて、今度こそ使い物にならないレベルで破壊される。

 

「よよよ良くもぶっ壊したわね! これ新品で買ったら高いのよ! あーもうこれじゃ修理するの不可能じゃない! あんたら弱小校と違ってこっちはまだ来年があるのよ! どうせなくなるような学校! 今すぐ潰れちゃえば良いのに!」

 

 追いかけてくるのはベルゼルガもどきの砂色のスコープドッグに、伊達か冗談かバトリング用かのように真っ赤に塗られたスコープドッグ。さらにその背後には何機ものATが木々の間に見え隠れする。

 敵はありったけの戦力を、残存する大洗のATの全てを投入してきたらしい。

 フラッグ機だけあって逃げ回れるように、足回りをカスタムしてあるアリサ機故に何とか追いつかれるには至っていない。しかしもともと足回りに関してはスコープドッグの方が上なのだ。このままでは追いつかれるのは時間の問題だ。

 

「喰らいなさい!」

 

 狙いもつけず、銃口だけ背後に向けてヘビィマシンガンを乱射する。

 しかし敵の弾を防ぐ木々の盾は、自分の弾を遮る壁でもあるのだ。

 マズルフラッシュでいたずらに自機を目立させるだけで、まるで牽制にもなりはしない。

 

(こんなことならミサイルの一発二発持ってくれば良かった! どっかに、使えそうな武器は――)

 

 道端にミサイルやロケットが落ちている訳もないのに、ついつい探してしまう。

 すると見つかった。ミサイル。

 

「え?」

 

 ただし、自分の方へと飛んで来るミサイルが。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

 右腕が吹っ飛んだ。

 オマケに体勢が大きく崩れる。ギリギリの所を踏ん張って、何とか立て直すも、アリサは動揺で吐きそうだった。

 

「どどどどこから」

 

 ふと、左側面の小窓から見えた影に、ATを左に向けてみる。

 木々の向こうに見えたのは、回りこんできた赤い肩をしたスコープドッグだ。

 

「れれれレッドショルダーですって!? なによそれ反則じゃない!」

 

 しかし落ち着いてよく見れば赤く塗られているのは左肩。

 

「偽物じゃない! 肝心な所間違えて赤っ恥よ! ざまぁみなさいバーカ!」

 

 もうアリサ自身自分が何を言っているのか良くわかっていない。

 思いつくまま適当に叫んでいるだけなので、論旨も糞もなく滅茶苦茶だ。

 

「もう少しよ、もう少しで森を抜ける! 抜ければ勝ちよ! 逃げ切ったら勝ちよ!」

 

 右腕を吹っ飛ばされた怪我の功名か。

 重量が減ったおかげの更なる加速を以って、偽赤肩を振り切りひたすらに走る。

 微かに見える、白い光。

 あれは森の出口。その向こうから飛んでくる希望の光だ。

 それを目指してアリサは駆ける。

 

「――! 見えた! 見えた! 見えたぁっ!」

 

 ああ、かすかに見える。

 森を抜け出た先、草原の上、こっちへと向けて走るATの姿。

 おそらくは隊長が派遣してくれた援軍。トータスが何機か。これで勝てる!

 

「たあぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁしぃぃぃぃぃぃっ!」

 

 片思い人の名前を叫びながら、救いのトータス目掛けてアリサは駆けた。

 ああもう少し。もう少し。そうだ、援軍はもう目の前に!

 

「――え?」

 

 目の前? 目の前の訳がない。まだ味方の援軍は遠い。

 じゃあ、目の前にいるトータスは誰だ。

 そうだ。味方には紫色のトータスなどいない。

 援軍と自分との間に割って入ったコイツは味方なんかじゃない。

 

「ああああああああ!?」

 

 背中のミッションパックから伸びた旗竿に、青い三角旗!

 フラッグ機! 大洗のフラッグ機だ!

 一瞬、アリサの思考は大混乱しショートした。

 逃げねばという気持ちと、倒したいという欲望とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたようだった。

 結論を出すまでコンマ1秒。胸部機銃を使ってコイツを仕留めてやる!

 だがそのコンマ1秒は、至近距離でのAT戦においては致命的な隙だった。

 相手のフラッグ機、杏が駆るカスタムタイプのトータスの手にしたGAT-42 ガトリングガンが火を噴くのは、アリサの決断より一瞬早かったのだ。

 脚部に増設された大型グライディングホイールを活かした急加速と、敢えてフラッグ機に進路を塞がせるという奇策、疑似餌に獲物を引っ掛ける真の『ちょうちん作戦』。それが決め手になった。

 降り注ぐ銃弾の雨に、アリサのトータスが背中から倒れこむ。

 白旗が揚がり、審判は会場全体にマイクでこう告げた。

 

 

 

 

 

『有効! フラッグ機撃破を確認! よって――大洗女子学園の勝利!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 勝利とは、戦いの終わりではなく、新たなる戦いへの入り口
 次なる敵が、新たなる敵が、勝者の前には常に立ちふさがる
 挑戦者は勝者を観察し研究し、座より引き下ろさんと策謀する
 今、大洗の秘密を暴かんと、密偵の魔の手がみほ達へと迫っていた

 次回『アンチョビ』 勢いに任せ、虎口を覗く

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