ドッグ系やビートル系のATは乗り降りがし易いよう、操縦桿を手前に倒すことができる。
昔から何度となく繰り返してきた習性の哀しさか、みほの体は半自動的に動いていた。
折りたたまれていた2本の操縦スティックを起こし、操縦桿全体を自分の方へと引っ張り上げれば、小さく電子音が鳴って計器モニターが明るくなる。
機体のサビ具合から考えて、ポリマーリンゲル液もとうに劣化し使い物にならなくなっている……と考えていたみほは、この鉄くずみたいなATがまだ生きている事実に少し驚かされた。
「……」
どうせならこのATがどこまで動けるか試してみよう、という気持ちにみほはなった。
埃まみれでべたつくゴーグルを装着し、コックピットハッチを下ろせばATには完全に火が入った形になる。
プシュッとマッスルシリンダーの蠢く音と、がしょんという鉄の駆動音が合奏しながら、パープルベアーはまっすぐに立ち上がった。
『おぉぉっ~!』
『でかい!』
『高い!』
『うちのアタッカーに欲しい!』
外から、一同が驚きの声を挙げるのが聞こえた。
ドッグ系ATの全高は機種問わず4メートル弱。特別巨大という訳ではない。重機などにはもっと大きなモノもたくさんある。
だがATには人型であるという、他の重機にはない大きな特異性が備わっていることを忘れてはならない。
身長4メートルの鋼の巨人。それが目前で立ち上がったと思えば、驚くのも無理はない。
その錆びた眼差しに、とうに見飽きた筈のみほですら、ATの立ち姿には時々どきりとされられることがあるのだから。
「……あれ?」
パイロット用のゴーグルとATのスコープは有線接続され、外部の映像と音声をダイレクトに受け取ることができる。
しかし車で言えば既にエンジンが掛かった状態であるのに関わらず、視界は真っ暗なままで、何も見えてこない。
「あれ? あれ?」
コンソールを色々といじくってみるが、うんともすんとも言わない。
(やっぱり駄目か~。センサー系は完全に死んじゃってるみたい……古い機体みたいだから覚悟はしてたけど)
しかたがないのでバイザー部分のみを上へ動かし、直接外を見ることにする。
はっきり言って視界は良くないが、それでも何も見えないよりかはマシだ。
「えーっと……ミッションディスクは……無し、と」
ミッションディスク――機体制御補助に使うデータディスク――がなければ完全なマニュアルで動かす他ない。
ここ数年は競技用のカスタム機ばかり乗っていたから、ATを全て手動で動かすのは、みほにも久々のことだった。
「レバー良し。フットペダル良し……それじゃあ……」
操縦機器のチェックを済ませれば、まずは一歩、右足で前へと踏み出してみる。
――がしょぉぉぉん。
『わ!? 動いた!』
重苦しい駆動音に被さるように、沙織の驚く声が響いた。
沙織と眼が合ったので、みほは軽く微笑むとさらに一歩、今度は左足で踏み出してみる。
――がしょぉぉぉん。
『こうして見ると、本当に大きいんですね』
近づく巨体に、華が眼を丸くしている姿が見えた。
心なしか、少し嬉しそうな様子だった。
「前進します! 通路を開けてください!」
みほは自機へと注目したまま固まってしまった一同にそう声をかける。
すぐにモーセの前の紅海のように、皆はすぅーっと左右に分かれて道を開けてくれた。
『会長の狙い通りにいきましたね』
『当然、ボトムズ乗りだもんね~ATを見たら血が騒いじゃったかな』
何か会長と広報が言っている気がするが、みほにはよく聞こえない。
構わず、歩行のテストにとりかかる。
右、左と交互に踏み出してみれば、若干ぎぎぎと鉄の擦れる音が響くも、問題なく歩くことができた。
(サビ取りすれば、もう少しなめらかに動けるかな)
次は両手のテスト。
倉庫入り口の大きな扉を、開かせてみることにする。
掌を開いたり握ったりして、マニピュレーターの駆動を確かめれば、やはり錆が引っかかるも一応は動いてくれる。
両手を扉に押し当て、思い切り開いて外へと出た。
「わ……」
暗い倉庫からいきなり出た為に、光のシャワーが目に飛び込んできて眩しい。
センサーが動いていれば、こんなことはないのになぁと小さく呟いている内に、視界はもとに戻った。
「……よーし」
今度は思い切ってローラーダッシュをやってみよう。
ペダルを思い切り踏み込めば、足裏に設けられたグライディングホイールが独特の音と共に回り出す。
「……っ」
バイザー下の狭い覗き穴に風が一気に吹き込んできて、目に当たって痛い。
少し速度を緩めながら、コックピットハッチを開いて風量を調節し、ペダルを踏み込んで再加速。
――キュィィィィン、と一度聞けば忘れられないローラーダッシュの音が
土埃があがり、風に舞う。
『げほ! げほ! げほ!』
『けむーい!』
『目に砂入った~』
『やっぱりローラーダッシュは最高ですね!』
観衆の誰かが、それにむせる様子がかすかに見えた。
ローラーダッシュは一応問題ない。これ以上
「最後にターンピックの――ってあれ!?」
ドッグ系AT特有の軽快な機動力は、その脚部に取り付けられたターンピック機構にある。
地面に小型の杭を打ち込み、それを支点に機体を旋回させることができるのだ。
ドッグ系ATの醍醐味はまさにこのターンピックにあると、みほは思っている。
氷上のフィギュアスケーターのような華麗なターンは、このターンピックなくしてはあり得ない。
だが、肝心のターンピックが動いてくれないのだ。
「わ、わ、わ!」
ちょっと慌てながらも再度試すが、やっぱり動かない。
ターンピックが冴えない、なんてレベルではない。完全に壊れてしまっている。
「しょうがないかぁ」
壊れているものは仕方がないので、機体を斜めに傾けて大回りにターンしつつ、ゆっくりと減速する。
気づけば装甲騎兵道履修者一同は、倉庫の外に出てみほの操縦を見つめていた。
横一列に並んだ彼女らの、ちょうど真ん中辺りに、みほのパープルベアーは静かに止まった。
それは、みほの意図した通り角谷杏のちょうど真ん前だった。
「どう西住ちゃん、乗った感じは?」
手を振られ聞かれたので、みほは律儀に答えた。
「一応動けはしますが、ターンピックとセンサーが完全に壊れてますし、一回オーバーホールしないと試合には……」
「だよねーやっぱりねー」
「あの、他のATはないんですか! これだけの履修者いるんですから、最低十機はないと……」
当然な質問をみほに返されて、答えたのは河嶋桃のほうだった。
「心配は無用だ。ATはちゃんとある。ただし、ここにはない」
「どこにあるんですか?」
「どこかだ」
「……え?」
「どこかだ」
「……何の答えにもなってないぜよ」
列のうちの誰かが漏らした言葉に、みほは全く同意だった。
人が言葉を得てより以来、問いに見合う答えなどないとは言っても、この程度の問には正確に答えてくれないと困る。
「本校より装甲騎兵道が廃止される前に使用されていたATが、学園艦のどこかに必ずある。加えて言えば、やはり廃部になったバトリング部のATも学園艦のどこかにある筈だ」
「えっと……だから……それは……」
「ぶっちゃけるとさ、ぜんぜん解かんないのよね~」
頭をぽりぽり掻きながら会長は言うが、言い出しっぺの生徒会にも解らないものを一体全体どうしようと言うのか。
ここで杏の口より出てきた答えは、みほの想定の斜め上を行くものだった。
「だからさ、AT探そっか」
あまりにも簡単に言い放つ杏会長の姿に、またもみほは頭を抱えたくなった。
第3話『捜索』
とにもかくにもATがなければ装甲騎兵道は始まらない。
この学園艦の馬鹿でかい敷地のどこかに、生徒会の面々の言うようにATが本当にあるというのならば、手分けしてでも探す他ない。
各自チームに分かれて探すことになった訳だが、当然、みほは沙織に華の二人と同じチームとなる。
「言ってもさぁ、どこから探せば良いんだろ?」
「ATの置いて有りそうな場所と言えば……工事現場とか、建設現場とかでしょうか?」
「そういう所に置いてあるのは、作業用のAT。今回探すのは競技用のATだから、ちょっと違うかなって」
「そうはいうけど、みぽりん。だったらどこ探せば良いのかなんて、もー見当もつかないよ」
「うーん……」
沙織に言われてみほも考えるが、言われてみればみほにもそれらしい案など無い。
装甲騎兵道の家元に生まれ、ついこの間まで通っていたのは名門黒森峰。
気づけば当然のように傍らに置いてある――。みほにとってATとはそんな存在で、わざわざ探しにいくなんて経験は全くなかったのだ。
「じゃあ……駐車場とか」
「駐車場、ですか?」
「いやいや車じゃないんだから」
「でも法律上は一応軽自動車扱いだし……」
「え? そうなの?」
「うん。免許とかはちょっと違うんだけど」
「知らなかった~」
などなどととりとめもない会話を交わしながら、他にあても無いので駐車場へと向かう。
当然、そこにはATの陰も形も――。
「あった」
「ホントにあった」
「ありましたね」
あったのだ。
そう、ATは駐車場にあったのだ。
学園の、来客用スペースの隅っこ。そこに降着状態でデンと鎮座するATが一機。
「でも、駐車場に置いてあるってことは、誰かの私物なんじゃ――」
「とにかく確かめてみようよ! 忘れ物だったらめっけもんじゃん!」
「沙織さん、それは泥棒です」
三人して駆け寄ってみれば、みほはそのATに見覚えがあることに気づいた。
「このAT。今朝の……」
「え? あ! ホントだ!」
そう、沙織とみほがダングで登校して来た時、校門付近で見かけたあのATだ。
トータス系の手足に、ドッグ系の胴と頭。特徴的な機体構成に、見間違いはありえない。
「そういえば今朝。変わった乗り物で登校された方がいらしたと、少し噂になっていたような」
「なーんだ。本当に誰かの私物じゃん。折角見つけたと思ったのに~」
「……」
「あれ? みほさん?」
「みぽりんどうしたの?」
沙織と華に呼ばれるも、みほにその声は聞こえていなかった。
彼女の意識は奇妙な改造ATのほうに奪われていたからだ。
(ターレット機構は無し。標準モードカメラのみ……H級とM級の機体だけど、綺麗に繋げてる……左右の腕は、違う機体から持ってきてあるけど、形も対称になるように合わせてある)
このニコイチATのベースになっているのは、恐らくは『スタンディングトータス』と『スコープドッグ』の二機種。
スタンディングトータスはヘビー級、スコープドッグはミッド級と、機体の分類は異なっている。
言葉通り、ヘビー級は大型でミッド級は標準型なので、両者のパーツは当然規格に違いがある。
それを綺麗に繋いであるのだから、このATを組んだ人物はちゃんとした技術の持ち主に違いない。
そしてその人物は――。
「あの!」
「ハィィッ!?」
――みほ達の後方、木の陰でそわそわした様子の彼女なのではないかと、みほはそんな予感がしていた。
「このAT! 作ったのはあなたですか?」
「は、はい! わたくしめがつくらせていただきました……」
言葉の最後のほうはゴニョゴニョモニョモニョとなって掻き消えてしまっていたが、彼女は眼を伏せつつも確かに頷いた。
「あの、その」
「?」
「やっぱり……あんまり、よくできていなかったでしょうか……」
伏し目がちに、不安そうに、ややカールのかかった髪の彼女は聞いてきた。
みほは、首を横に振りつつ正直な感想を答えた。
「そんなことない! M級とH級を、違和感無く繋ぐなんて凄い! 左右の腕も別々の機体から持ってきてあるけど、違和感全然ないし!」
「ほ、本当ですかぁっ!」
みほからの全肯定な評価に、もじゃっとした髪の少女の顔は一転明るくなった。
ひゃっほうと喜ぶ彼女は今にも小躍りでも始めそうで、喜色満面の様子である。
「西住みほ殿からお褒め頂くなんて……本日は最高であります!」
「……? 名前?」
「あ、西住殿のことは存じあげてます! そ、その! 私のほうは、普通二科、2年3組の秋山優花里と言いまして――」
「秋山、優花里さん?」
「はい! 秋山優花里です!」
もじゃもじゃ頭のちょっと風変わりな印象の彼女は、とにかく秋山優花里と言うらしい。
――◆Girls und Armored trooper◆
「へぇ~じゃあ風紀委員会に怒られて、駐車場なんかに」
「はい。なんでも、既成品のATじゃないと通学用には認められないーって……」
「わたくし、そもそもATが通学用に認められていたこと自体知りませんでした」
「私も~てか自分でAT作っちゃうとかすごいね。てか作れるもんだね、女子高生に」
「はい。完成させるまで半年かかりましたぁ!」
ものの数分で打ち解けてしまうのだから、沙織も華もすごいなぁと、傍らで見ているみほは思った。
駐車場の片隅で、四人連なって座って交流を暖めている訳だが、さっきから沙織や華ばかりが優花里に話しかけて、自分はうまく会話に加われていない。いや、優花里は自分のほうへと度々話を振ってくれるのだが、さっきから自分はストライク三振ばかりで、沙織がフォローに入ってくれなければどうなっていただろう。
(駄目だなぁ……)
いくら自分が引っ込み思案だからって、ここまでひどくはなかった気がする。
それがこうも酷くなったのは――。
(やめよう)
思い出したくない過去へと意識が
深く考えないで済むように、頭を何か別の考えで一杯にしようとする。
そう、例えば優花里と何を話すのか、とか。
「……秋山さん、ちょっと良いかな」
「はい! なんでしょう西住殿!」
優花里の話した中身に気になる部分があったことに今、みほは気づいていた。
ハキハキと応える優花里へと、みほは次のように訊いてみた。
「優花里さんのAT。組み立てるのに半年掛かったって言ってたけど、そもそもATのパーツはどこから持ってきたのかなって、ちょっと気になっちゃって」
その問いに、優花里は待ってましたと意気揚々答えたのだった。
「それなんです! ぜひとも西住殿にも、武部殿にも、五十鈴殿にも見ていただきたい場所があるんです!」
かつて、あの重々しき歌に送られた戦士たち
競技に掛ける誇りを厚い装甲に包んだアーマード・トルーパーの、ここは墓場
潮香る夥しき鉄屑の山に、みほは何を見るのか
たくまずして仕掛けられた出会いが、瓦礫の山に驚きを添える
次回『探索』 鉄の棺の蓋が開く