「こんな格言を知ってる?」
毎度の事ながら、ダージリンは特に前振りもなく唐突に、ペコへと問いかけた。
「『知は力なり』」
しかしオレンジペコは一瞬の間もなく、流れるように答えてみせる。
「近世イギリスの哲学者、フランシス・ベーコンですね」
これにはダージリンもニンマリと微笑んだ。
1年生でありながら聖グロリアーナ事実上の副隊長を務めるだけあって、オレンジペコは才気煥発当意即妙だ。
これは知らないだろう、と時々意地悪なチョイスをしても的確に返してくるのだから、実に良い。
会話をゲームのように楽しめる相手は実に貴重だ。
「知っているということは力になる。
「……サンダースはいったいどういう手を使って、大洗の動きを把握してるんでしょうか?」
「さぁてね。現状では判断するのに、それこそ知識が足りてないわね。知らないという現状を把握し、その上で知を得ることを考えるのが賢いやりかたよ」
「『無知の知』……ソクラテスですね」
ダージリンとオレンジペコ。二人の見守るなか、不意にモニターの向こうのパープルベアーが、みほの駆るATが不可解な動きを始める。彼女率いる分隊機もそれに続き、半包囲の隊形で距離を詰めつつあったサンダース右翼を食い破った。
「3機撃破! ダージリン様、大洗の先取です!」
「みほさんも気づいたようね、サンダースの張った罠に」
「でもどうして解ったんでしょう。みほさんの視点から考えれば、あのまま進めばキルゾーンにサンダースを誘い込めるのに……」
「ひとつだけ確かなことは、この試合を動かすのは最早サンダースではなく、大洗ということよ」
第25話『錯綜』
ゴーグルの画面に走る、キルログの連なり。
右翼に展開していたイージー分隊からのものだった。
3機撃破、だが幸い隊長機と通信機の二機は生きている。
「! ……イージー1に繋ぎなさい!」
『イエスマム!』
ケイは即座に残存機に指示を出すべく通信を飛ばそうとする。
アリサの『読み』ではこのままナオミ率いる三個分隊と連携し、ゆるゆると追撃を続ければ自然と大洗を包囲する形になり、相手の主力を包囲殲滅できるとのことだったが、どうやら相手はこちらの意図に気づいたらしい。
問題はない、隊形を再編成、速度を上げて追撃戦に持ち込むだけだ。
『隊長! 電波障害でイージーと上手く通信が――あ、ノイズが消えました。無事繋げます!』
『こちらイージー1! 隊長すみません、3機やられました』
「Don't mind! ジョージ分隊と合流して後尾について! エイブル分隊を先頭にAフォーメーションに切り替えるわ。ジョージ、ハウも聞こえてる! ジョージ分隊がRight、ハウ分隊がLeftでArrowHeadよ!」
『イエスマム!』
『イエスマム!』
総勢500人を数えるサンダース装甲騎兵道チームの中にあって、大会出場権を勝ち取ったメンバーがここには揃っている。黒森峰や聖グロリアーナ、プラウダといった強豪と比べても、選手の力量という意味では勝るとも劣らない。ケイの指示には即座に反応し、鬱蒼たる森林の中にあっても淀みなく隊形は変更される。
「全機FullSpeedで追撃よ! 弾には余裕があるんだから、もう出し惜しみはNothing! 一発でも当たれば良いんだから!」
サンダースはお金持ち。
そして金持ちだけに装備も良い。ケイ率いるエイブル分隊は全機『X-SAT-01 ソリッドシューター』を装備していたが、これは普及型の『SAT-03ソリッドシューター』に代わる最新モデルであり、脅威の三十六連発を誇る。大型の弾倉を備えているため、取り回しに癖はあるが、使いこなせばAT手持ち火器の中でも際立って優れた火力を発揮するのだ。
「エイブル2、ファイアフライに繋いで。ナオミにも出し惜しみは無しって伝えないとね」
『イエス、マム! ……フラッグ機より通信、繋ぎます』
「アリサから? OK、繋いで」
ナオミへと回線を繋ぐ直前、アリサからの通信が入り込んできた。
今度の試合では参謀として作戦の全権を担っているに等しいアリサは、もともと優れた情報収集能力と分析能力の持ち主ではあるが、特に今日の試合は勘が冴え渡っている。相手がこちらをキルゾーンに誘い込む動きを読んで、それを逆手に逆包囲をかける作戦を立案したのもアリサだった。正直な話、冴え渡り過ぎてチームメイトながら「なんでそこまで解るのか」と疑問の眼で見てしまうぐらいだ。
『隊長! 敵はファイアフライ隊の追っているファッティーの分隊と合流を図るようです。0624地点へ向かってください! 連中の進路を推測するに、落ち合うにはそこが最短の場所です。そこを包囲して殲滅します』
「OK! 今日はアリサの作戦通りに行くわよ! それにしてもまるで敵の動きが見えてるようじゃない」
『……女の勘です』
「HAHAHA! そりゃ頼もしい!」
――◆Girls und Armored trooper◆
サンダース本隊がみほやバレー部を追い回している頃、また別の場所においても戦局が動こうとしていた。
大洗VSサンダースの試合会場には大きな池と川が幾つかあったが、ことは湖のほうで起こった。
『――』
不可思議な波を打つ水面を割って、ヌッと姿を見せたのは球形の何かである。
そこにはレンズのようなものがついていて、ジィージィーと駆動音を立てて絞りをしきりに動かしている。
左右に球体が動けば、それに合わせてレンズも動く。
辺りを一通り見渡せば、岸辺へと向かって球体は進み始める。
その後方、沖合のほうで同様の球体が次々と水中より生えるように出現した。
数は9。今しがた岸へと向かったものも合わせれば全部で10となる。
球体は岸に近づくにつれ、3つの眼がある丘陵上の物体と化し、続けて肩が出て腕が出て胴が露となる。
――ダイビングビートル。
数あるATの中で最高の潜水性能を誇り、湿地や河川、湖に海では最大の力を発揮する。
だがその性能の高さに比例して、調達には多額の費用を要するこのATを、まとまった戦力として運用できるのは高校装甲騎兵道のなかではサンダースぐらいのものだった。
「……よーし問題なしだ。チャーリー、ドッグ全機上陸開始!」
チャーリー分隊5機に、ドッグ分隊の5機の二個分隊。
湖を横断し、敵の背後を突く作戦を提案したのはアリサだった。
ビートル系の利点を活かした、水中突破のショートカット。AT二個分隊という戦力は決して多くはないが、奇襲に徹すれば充分に戦果を望むことができる。
『チャーリー、全機上陸完了しました』
『ドッグ分隊も全機上陸完了、いつでも行けるよ』
「よーし全機、攻撃準備」
機体背部のミッションパックにマウントしたミッドマシンガンを取り外す。
「ベーカー分隊に繋いで。今後の指示を仰ぐから」
『了解』
別働隊の指揮は一応チャーリー分隊の分隊長が受け持っていたが、実質的な指揮官はアリサであった。
上陸したは良いが、この先どうするのかについての詳細はまだ聞いていない。
本隊を別れて行動する以上、連絡を密にするのは絶対条件だった。迂闊に動いて各個撃破など笑い話にもならない。
『あれ? ……まーたノイズが! なんでだろ、地質の問題かな』
「? ……どうしたの?」
『電波障害です。試合中に何度か起こってまして……でもおかしいなぁ、ちゃんと整備した筈なのに』
「なんでも良いから早く繋いでよ。こんな所で足止めはゴメンよ」
通信が繋がるまでは手持ち無沙汰なので、つらつらと辺りを様子を見渡してみる。
ドンドンパチパチと砲声が鳴り響く本隊周辺とは違って、ここは静かだ。
周りも木々ばかりで、面白いものはなにも――……。
「……ん?」
――今何か、光るものが見えなかったか?
そう思って気になったあたりにカメラを向けて、倍率を上げていく。
あれは――ATのセンサーのレンズだ!?
「ジーザス!」
叫んだ時にはもう遅かった。
木々の群れ、葉の帳をすり抜けて、一斉に飛んできたのはロケット弾。
その速度に反応して動くのは人間には難しい。
避ける間などありはしない。弾頭が機体へと叩きつけられたと思った時には、衝撃で機体はぐわんと吹っ飛ばされる。容赦のない撃破判定に、機体頭頂より白旗が揚がる。
『分隊長がやられたぞ!?』
『ロケット弾!
『奇襲だと!? 全機さんか――おわぁぁぁぁ!?』
『前だけじゃない! 両側から来るぞ! みんな応戦――ぎゃふん!』
勝敗は一瞬で決した。
ATは防御に対し攻撃が著しく優越したマシーンである。奇襲には、実に脆い。
茂みの中から顔を出した6機のトータスの見下ろすなか、十機のビートルはみな白旗をあげて地に伏していた。
――◆Girls und Armored trooper◆
「……やっちゃった」
梓がそう呆然と呟くと、ウサギ分隊一同がそれに続く。
『やっつけちゃった』
『私達が』
『私達が』
『私達だけで』
『……』
最後に紗希が静かにATでガッツポーズする。
それを引き金に、歓声がわっと湧き上がった。
「やった! 先輩! やりました!」
『やったよ! 私達ついにやったんだ!』
『頑張ったよ桂利奈ちゃん!』
『あいいいいい!』
『いぇい! いぇい! いぇい!』
AT同士でタッチしたり、ハッチを開いてタッチしたり。
一同は各々声と身振りで喜びを露わにする。
装甲騎兵道始めて以来の初撃破。それも先輩たちの力を借りない、自分たちだけの戦果だった。
――行こう。今ここで、戦えるのは私達しかいないから。
そう決断した梓に率いられ、ウサギさん分隊一同は岸辺近くの木立に身を隠したのだ。
結果は、びっくりするぐらいの大成功。ここまで上手くいくとは梓も思ってもみなかった。
『これ試合終わったらご褒美あるんじゃない!』
『いいね~ご褒美~なにもらおうかな~』
『でもこれ誰が何機撃破したか解かんなくない?』
『いんじゃない、みんなの通算成績ってことで!』
『そっか~みんなでもらえば良いもんね~』
完全に浮かれまくっている一年生一同。
しかし梓の脳裏に、ふと過る懸念があった。
「あ……でも、ロケットの残弾大丈夫かな。私思わず全部撃っちゃったんだけど」
『あ』
『え』
『う』
『い』
『……』
空気は、一瞬で凍りついた。
――◆Girls und Armored trooper◆
「うぉぉぉぉぉ!」
『キャプテン! 大丈夫ですか!』
「問題ない! みんな根性の逆リベロだ! あんこうチームと合流するまでは、根性で頑張れ!」
『キャプテン! 逆リベロってなんですか!?』
典子はAT背部のバーニアを噴かせ、間一髪の所で相手の砲撃を回避した。
運悪く直撃を食らった杉の木が、一撃でへし折られ倒れるのも、何とか跳び越える。
推進剤の残量が気にかかる。このままだと逃げ切る前にガス欠かもしれない。
「佐々木! ハードブレッドガンであの大砲背負ってるやつ狙えるか!」
『キャプテン、激しいスパイクの連続で、とても狙って撃てる状態じゃありません!』
「諦めるな根性だ! 直撃しなくても良いから相手の砲撃を弱めるんだ!」
バレー部ことカエルさん分隊はファッティーの機動力を活かして何とかギリギリの所を逃げまわっていた。
特に厄介なのが、肩に長大な大砲を背負ったAT……優花里の偵察によれば『ファイアフライ』という特注機。
木々に砲身が引っかかるため、常に展開している訳ではないが、時々撃ってくる砲撃は驚くほど精確だった。
ここが開けた地形だったらとっくに四機とも撃破されていただろう。森のなかであるということ、カエルさん分隊特有の優れたチームワークによる相互のカバーによって持ちこたえてはいるが、そろそろ限界に近いのも事実。
問題は『推進剤』。ファッティーの高い機動力はバーニアを噴かしてホバーダッシュすることにより生まれる。従って他のATと違ってポリマーリンゲル液の劣化だけでなく、推進剤の消費にも気を配らねばならないのだ。
最初に攻撃を受けて以来、ずーっと逃げっぱなしなのでそろそろ心配な数値になって来ている。
ただ走るだけならともかく、翔んだり跳ねたりはもうそれほどできない筈だ。
『! ……キャプテン! ようやくあんこう分隊と通信繋がりましたぁ!』
「よしきた近藤! 回線開けー!」
『カエルさんチーム! まだ無事ですか!』
「ぴんぴんしてます! 隊長はどうですか!」
『こっちも大丈夫です! ですが作戦を変更します! 0624地点で合流しましょう!』
「了解!」
こいつは重畳。遠くなるならまだしも近くなったのだから言うことなしだ。
「よーしみんなもう少しの辛抱だ! 根性で乗り切るぞ!」
『そーれ!』
『それ!』
『それ!』
――◆Girls und Armored trooper◆
「くそう! 馬鹿にしてくれちゃって! 弱小校の分際で!」
思わずアリサは一人コックピット内部で毒づいた。
サンダースの被撃破数はすでに13機。対する大洗は未だ全機健在。
それでもまだ数は37対22だから、依然サンダースが有利だが問題は士気だ。
ケイがターンピックのように揺るぎないのは流石は我らが隊長といったところだが、他の隊員はそうはいかない。誰よりもアリサが焦りを感じ始めている。自分が動揺しやすいタチなことぐらいよーく知っているので、なおのこと不安だ。
加えて妨害電波が味方にもうっかり作用してしまったこともあり、迂闊に使えなくなってしまった。無線傍受は問題ないが、しかし戦術の幅は大きく狭められる。
「まぁ良いわよ。0624に向かってくれてるみたいだし……見てなさい」
アリサは自分を勇気づける意味合いもあって、一際狡猾そうな笑いをつくり、言った。
「そこがあんた達の死地よ。もう逃しはしないわ」
砲声は、雷鳴の如く響いた
ぶつかりあう鉄と鉄。巨大な砲身より放たれる一撃は、まさに稲妻
身を包む鋼の鎧すら、この攻撃には意味を成さない
横殴りの驟雨のなか、みほ達は挑む敵中横断
次回『脱出』 微かに掴んだ、細糸を手繰る