――装甲騎兵道全国高校生大会。
競技でありスポーツである以上、装甲騎兵道にも様々なルールがあるわけだが高校生大会にも特有のものが2つある。
まず第一に『フラッグ戦ルール』。対戦する各チームはそれぞれフラッグ機を設定し、相手のフラッグ機を撃破したチームの勝利とするルールである。つまりチェスや将棋と同じで、相手の『王』を取ることで勝つという訳だ。ちなみに海外のプロリーグなどでは殲滅戦ルールのほうを採っている。
第二に『最大機数制限』。エントリーできるAT数に上限があるのは海外プロリーグも同様だが、高校装甲騎兵道においては段階を踏んで上限が緩和されていく、という部分に特徴がある。具体的に言えば1回戦、2回戦までは最大機数が50機であり、準決勝で75機、決勝戦では最大100機までエントリー可能となるのである。
最大100機! しかしこれだけのATを実際に揃えられる学校はそうありはしない。あの黒森峰ですら、歴代最多エントリー数は80機に過ぎないのだ――無論、これには黒森峰がフルチューンした高級ATを用いており、その乗り手も厳しく選別しているという事情もあるが。
決勝戦で上限いっぱいの100機エントリーがコンスタントにできる高校といえば……サンダース大学付属高校をおいて他にはいない。なにせ生徒も豊富なら資金も豊富、加えてAT保有数も高校最多であり100機エントリーしてもなお、2軍3軍にはもうひとつ100機編成の部隊が組めるほどの控え選手が残る程であった。
仮に黒森峰80機と決勝戦で当たると想定した場合、各選手の実力差から来るキルレシオなどを考慮しない単純計算だとしてもサンダース側は少なくとも20機の予備軍を捻出できることになる。戦いが大規模になればなるほど、気軽に動けない主力に代わって、機に応じて投入できる遊軍の価値は高くなる。フラッグ機狙いの奇襲という戦法も採りやすくなる。つまりサンダースにとっては勝ち進めば勝ち進むほど自陣にとって有利な状況で戦うことができるということだ。
逆に言えば機数が厳しく制限される序盤の1回戦2回戦こそ、サンダースにとっては毎年鬼門であった。
弱小校でも50近くのATは何とか出してくるのが普通であるし、何より50機以下のAT同士の戦いは結果が読めない怖さが有る。ATとは攻撃が防御に対し極端に優越しているマシーンだ。数に劣っていても、攻撃さえ上手くできれば僅かな数差など容易くひっくり返る。50以下同士の対戦の場合、予期せぬラッキーヒットでフラッグ機が落ちて、サッカーで言うジャイアントキリングが起きてしまうことも少なくない。
――故に、アリサは第1回戦から、電子戦装備を自機へと持ち込んだ。
相手チームの通信を傍受し、妨害し、手際よく相手を撃破するためにである。
相手は無名の弱小校で、投入する機数も22と少ないが、容赦はしない。
逆転勝利の可能性など、欠片も残してやるつもりはない。
来年にはなくなるような学校が、思い出作りのつもりか知らないが、そんなものは聞く耳を持たない。
サンダースならではの高火力を活かし、フラッグ機も含めてチームごと一挙に殲滅する。
確実なる勝利。その為にはいかなる手段をも問わない。
勝ち上がれさえすれば、運の絡む序盤戦さえ乗り切れば、ケイの指揮するサンダースが負けるはずがないのだ!
「……チッ!」
だからこそ最初の砲撃で仕留め損ねたと通信で聞いた時、万感の思いを込めてアリサは舌打ちをした。
敵の先遣隊を集中砲火で葬るつもりが、思いの外すばしっこかったらしい。
相手は森にこそこそ隠れていたから仕方のない部分もあるが、一機も落とせないとは我が校ながら情けない。
敵は森の奥へと後退したようだし、一旦妨害電波を切って、相手に通信を再開させよう。
位置を確定し、一機でも良いからそこで必ず撃破する。
50機戦は準決、決勝と違って1機の価値が大きい。焦るにしろ、及び腰になるにしろ、初手で相手の動揺を引っ張り出すのが肝要だ。
「どこに行こうと逃がしゃしないわ。こちとらその気になれば宇宙船の通信だって傍受できるんだから」
アリサの駆るスタンディングトータスは基本的には通常機と変わりないが、そのミッションパックの部分に大きな違いがあった。大きな2本の、羽根のような形状のアンテナがミッションパックの右側より伸びている。いわゆる『ブレードアンテナ』というやつで、左側にも同じものがあれば本当に羽根か翼のように見えたかもしれない。かつてレッドショルダーでも隊長機用の装備として使われていた、高性能通信装備だ。アリサが豪語する通り宇宙空間とすら交信できる優れものだが、装甲騎兵道の試合では普通使用しない。
試合用の通信装備は装甲騎兵道連盟の認可を受けたものが別にあるし、そっちのほうが値段的にもずっと安い。加えてブレード部分を折りたたむ機能がついているとはいえ、展開すればかさばる上に何より目立つのだ。
この忘れられた装備を使えば、相手チームの無線を傍受できると気づいたのは偶然だったが、気づいた時には今度の公式戦の隠し玉にしようとアリサは即断した。
純然たるAT用の装備品であり、ルール上はなにひとつ違反はしていない。折りたたんだ状態でシートなどで擬装すれば相手にも(隊長にも)気づかれることはない。
『――隊長……聞こえま……ザザザ』
『カエルさ――了解――ザザ』
「……感度が悪いわね。移動するからついてきなさい」
しかし学校の備品倉庫でホコリをかぶっていた年代モノをレストアして使っているせいか、ところどころ不具合が起きるのが玉に瑕だ。まぁ良い。1、2回戦を乗り切ればこんなものに頼るまでもないのだ。それに、どうせ強豪校にはいずれ気付かれるのは、わかりきった話なのだから。
アリサは地図で次に向かうべき先を確認する。フラッグ機が自分である以上、隠れている場所からちょろちょろ出歩くわけにはいかないが、近場で少しでも傍受しやすい場所に移る程度は大丈夫の筈だ。
『……』
「なに? 卑怯だって言いたいわけ?」
『いえ……その……』
「戦いに卑怯も何もないわ! 手段を選んでると去年みたいになるのよ!」
同じ分隊の僚機から、声に出さない不満を向けられたのに感づき、アリサは声を荒らげた。
去年のサンダースは2回戦で知波単学園に敗北している。
知波単お得意の――というよりそれしかない――突撃速攻戦術に見事にハマってしまい、試合は僅か30分で決着という屈辱的な結果に終わってしまったのだ。
あの時だってせめて準決勝ならば数を活かして突撃を受け止め、逆襲できたとアリサは思っている。
50機制限! これさえなければサンダースは安定して勝ち進むことができるのに!
嘆いてもルールは変わらない以上、削られたアドバンテージを別のもので埋めるほかないのだ。
「今年こそは絶対に勝つのよ! どんな手を使っても絶対によ!」
アリサは密かに燃えていていた。黒森峰の十連覇が阻まれた今、新しい時代の波が来ているのだ。それに乗らずしていかがする! 今年こそ優勝だ!
「そしたらタカシも振り向いてくれるんだから!」
ただしその動機は極めて不純だったが。
第24話『逆襲』
間一髪で助かった。もし森の外で攻撃を受けていたら、そこで終了だったかもしれない。
「全機状況を報告してください!」
木々を盾に後退機動に入りつつ、みほは無線機へと向かって叫んだ。
カメラの方は森の外へと向ければ、そこに広がる草原が描く緩い稜線の向こう側からわらわらと文字通り『湧いて出る』といった感じに次々とトータスが姿を現してくる。手には各種ロケット砲を携え、肩に負うのは大型のランチャーだ。中身はロケットかミサイルかまでは解らないが、少なくとも残弾がゴマンとあることぐらいは一目で解る。
『大丈夫だよみぽりん! 問題なく動けるよ!』
『こちらも大丈夫です!』
『一発掠めましたが、追加装甲のおかげでほぼ無傷です』
『問題なしだ。どうする、西住さん? 反撃するか?』
麻子が問うのにみほは首を横に振りつつ言った。彼女の仕草に合わせて、パープルベアーの頭も揺れ動く。
「いえ、ここから脱出します。相手が近づかないように牽制してください」
みほがヘビィマシンガンをバースト射撃するのに合わせて、沙織たちも続けて攻撃する。
間合いが遠い上に視界が悪いから命中は期待できない。問題ない。時間を稼げれば良いのだ。
「沙織さん、カエルさんチームと通信繋げますか?」
『今やってみるけど……やった! ちゃんと動いた! 今そっちに回すね!』
『隊長! 聞こえますか隊長! 良かった……無事通じてくれた!』
無線からは少し焦った様子の典子の声が聞こえてきた。
みほの方はと冷静にカエルさん分隊の現状を問う。
「そちらの状況を教えて下さい」
『敵のアタックを受けましたが、リタイアしたATはいません。敵は現在15機! 肩に大砲みたいなの背負ってるのが5機います!』
『ナオミ殿のファイアフライ隊です!』
『こっちは……20機です! 20機が追ってきています』
『カエルさんのほうが15、こっちが20……全部で35機か』
「……」
優花里が聞き出した情報によれば、フラッグ機には同分隊の僚機以外護衛はつけないという話だった。
そしてみほ達とカエルさんチームの所に来ていないのはそのフラッグ機分隊とダイビングタートル隊のみ。
敵は機動戦力の実質全てをここで投入してきたことになる。
(……随分、思い切ったことするんだ)
しかしピンチとは常にチャンスと背中合わせだ。
どういう判断に基づいてのことかは知らないが、敵が主力を集めてくれるなら望む所。
こちらも砲火を集中し、一挙に敵の主力を撃破するのみ!
「カエルさん分隊は0514地点へと向けて後退してください!」
『了解です!』
「あんこうは全機牽制射撃を続けながら後退! 0514地点でカエルさんと合流します! それと沙織さん、今度はウサギさんチームへと繋いでください!」
『解ったよ! ……OK、今度もちゃんとつながったよ!』
「ウサギさんチーム聞こえますか」
若干の遅延のあと聞こえてきたのは、分隊長梓の声だった。
『聞こえています。隊長、どうしましたか』
「ウサギさんチームはカメさんニワトリさんと別れて0503地点へと移動してください。そこには岩場がある筈なので、そこで次の通信があるまで待機です」
『解りました! 今すぐ移動を開始します!』
梓との通信が終わると、嬉しそうな声で聞いてきたのは優花里だった。
『0503地点は森の中の空き地……そこに誘い込んで、ロケット砲の火力で一網打尽ですね!』
「うん。上手く誘い出せれば良いけど……」
『敵が隊列を横に広げたぞ。包囲する気だ』
麻子の指摘通り、木々越しに見えるトータス隊は鶴翼の形をつくろうと分隊同士の間隔を開き始めている。
「囲まれたら終わりです! 全機速力最大! 今はカエルさんとの合流が最優先で!」
――◆Girls und Armored trooper◆
「ふうん……敵の主力を誘い出して、H級の火力で殲滅か……教科書通りの戦術ですね」
「大洗は数も少なく、ATの性能も高くはない。採れる戦術は自然と限られてくるだろう」
「だからといって教科書通りで勝てる相手ならば苦労はしません」
「そうだな。今年のサンダースは練度が高いようだ」
砲弾の飛び交う試合場からは離れた丘の上。
そこに折りたたみ式の椅子と机を広げて、観戦と洒落こんでいるのは西住まほと逸見エリカの二人だった。
装甲騎兵道という競技においては、勝負とは試合のゴングが鳴る前から始まっているものなのだ。
強豪校の五指に数えられるサンダースの試合とあれば、偵察に来るのは当然のこと。
さらにそのサンダースの相手がみほ率いる大洗と来れば、見に来ない筈もない。
まほにとってみほは妹であり、西住流の同門であり、同じ家元の看板を背負う者同士だから。
そしてエリカにしても、みほには一筋縄ではいかない『想い』を抱いている点ではまほと同じだった。
「それにしてもエリカ、気づいたか」
「ええ。サンダースの妙な動きについてですね」
岡目八目と言うが、複雑な地形で多数のATが入り乱れて戦う装甲騎兵道においては、当事者よりも遥かに観戦者のほうが状況を適切に俯瞰することが出来る。
――だからこそ解る、サンダースの用兵の不自然さ。
「斥候も出さないのに、隠れた相手目掛けての迷いひとつない直進行軍……まぁ変と思わない方がどうかしてます」
「あれは、みほがあそこにいると知っていなければできない動きだ」
「……無線傍受、ですかね」
「ルールの範囲内でやっていると考えれば、それしかないだろう」
「小賢しいやり口ですね」
「だが、一回限りなら実に有効な戦法だ」
二人は会話を切って、試合の様子を中継するスクリーンへと視線を戻した。
着々と狭まるサンダースの罠の網の目に、それに捕らわれそうな大洗に、エリカはやきもきとした。
気づくと苛立たしげに、机の端を指で叩いている自分に気づいて、一層ムカついた。
――なんで私があんなやつの心配をしてやらなきゃならんのだ、と。
――◆Girls und Armored trooper◆
『暇だねぇ~』
『いつまで待ってればいいのかなぁ』
『隊長からの連絡まだぁ?』
『まだ』
『外出るわけにもいかないしぃ~』
『……』
「……みんな緊張感なさすぎ」
何とも呑気な様子の分隊一同に、梓はそう漏らした反面、彼女自身待つのがしんどくなってきていたので、余り強い調子で注意することもできないでいた。
みほに言われた通りに所定の位置に辿り着いたが、そこから先の指示はまだ受け取っていない。
時が来れば連絡すると言っていたが、つまりそれまではただ待つしかないのだ。
待つことが好きな人間は少数派だろう。
ましてやいつ弾が飛んで来るかも解らない、装甲騎兵道の試合中に待つのが好きな人間など皆無だろう。
ここでの待機を始めてから、まだたいした時間は過ぎてない筈だが、それでも既に梓達はくたびれて緊張の糸が緩み始めていた。
「……撃ち合いの音がだんだん近づいてきてる。みんなそろそろ出番だから頑張らないと」
『ううう~待つの疲れた! 早く撃ちたい~』
『あや、その言い方だとまるで危ない人みたいじゃん』
『あ、でも私ちょっとその気持ち解るかも』
『血の気多いなぁ桂利奈ちゃんも』
『……』
談笑しつつも、みな自然と声に緊張感が戻り始めていた。
短時間とは言え、訓練の成果が着実に出てきていることに、分隊長として梓はホッとする。
『……』
『え? 紗希、なに?』
しかしホッとできたのも束の間のことであった。
一人会話に加わっていなかった紗希が、不意にあゆみのATの側面を鋼鉄の指でコツコツ叩いたのである。
紗希は同じ指である一箇所を指差した。
今ウサギさん分隊のいる場所は森の中の開けた場所かつ少々の岩場があって見晴らしが利く。紗希が指差したのは、岩場の上から見える森の外れの湖のほうだった。
森の外れと言っても、この空き地からはそう遠い場所ではない。
紗希の指差すのにつられて、あゆみに続いて梓もその先を覗いてみた。
『ねぇあれ……』
『なんか動いてない』
そう、水面が動いている。それも風や流れによるものではない、不自然な波の立ち方だ。
まるで湖の底を何か大きなモノが泳いでいるかのような――。
「……ダイビングビートル!」
『あ、そうだよそれだよ!』
『そう言えば、水に潜れるって先輩言ってたもんね!』
梓が叫んだ言葉に、あゆみや桂利奈が即座に同意した。
大洗でも生徒会の河嶋桃先輩の駆るダイビングビートル。その特徴は二時間もの潜水能力だ。
『ね~あれ、こっちに向かってきてない~?』
『うん! 向かって来てる! 来てる!』
『えーうそ! やだー』
『どうしよう! ねぇ梓、どうする!』
「……」
皆の言う通り、水中の連中は確実にこっちのほうへと向かって来ている。
それが自分たちを狙ってなのか、それとも単に進路上に自分たちがいたのか、それは梓には解らないが、確かなのはこのままだと遭遇は不可避ということだ。
『ねぇ、私達だけで行ってやっつけちゃわない?』
そんなことを言い出したのはあやだった。
『え~でも~』
『ここで待っててって先輩に言われたじゃん』
『勝手に動いたらマズいんじゃ』
『でも私達だけ、まだ一機も撃破してないんだよ! それにあんなコソコソ動いてるの、絶対怪しいし!』
『そっか~やっつけたら大手柄かも~』
『敵の作戦を事前にやっつける! 格好いいじゃん!』
「……ちょっと待ってみんな!」
何やらあやの意見に釣られて迎え撃つ方向に勝手に話が流れていくのを、梓は慌てて制した。
「とりあえず、隊長に無線で聞いてからじゃないと! 優季! 隊長達に繋いで!」
『解ったよ~……ってあれ?』
まずは指示を仰いでから、とあんこう分隊へと無線を繋ごうとした。繋ごうとしたのだ。
だが――。
『うそ……何か変な音が鳴って、ぜんぜん動かないんだけど~!?』
――◆Girls und Armored trooper◆
「もうすぐ合流地点です、沙織さん、カエルさん分隊に繋いでください」
何度目かもう数えるのも億劫なくらいの回避機動で、みほは木の陰にATを滑りこませつつ言った。
サンダース側の砲火は相変わらず激しいが、M級とH級の機動力の差もあってか、なかなか距離は縮まらない。
遮蔽物が多いことも有り、何とか一機の脱落者も出すことなく、ここまでやって来れた。
キルログが流れない所、カエルさんのほうも無事なのだろう。このまま行けば絵図通りに事は運ぶが――。
『わかったよ――って何!? 嘘!? またぁっ!?』
――そうは問屋がおろさないらしい。
沙織の口から飛び出した悲鳴に、みほの体に悪寒が走る。
『何か変なノイズが混じって……通信が全然通じないんだけど!?』
「沙織さん落ち着いて。無線機はちゃんと機能してますか?」
『動いてはいるけど……なんだろう、何か変な電波拾っちゃってるみたい! もうラジオじゃないんだから!』
……変な電波?
沙織の発したその単語に、みほは試合開始直後から抱いていたある違和感の正体に気がついた。
そもそも何故、相手は自分たちが隠れている所が解ったのか。
何故、ああも素早く主力を集結し、一挙に攻撃することができたのか。
何故、無線機が急に通じたり通じなくなったりするのか。
その答えは、よく考えればひとつしかない。
(電子戦装備! それしかない!)
気づいた直後に、みほは新たな指示を皆に下していた。
「全機、私に続いて一列縦隊!」
『みぽりん?』
『西住殿?』
急な指示に沙織始め皆疑問を抱くものの、それでも彼女らは自分たちの分隊長に従った。
みほはここに来るまで間違った指示を出したことはほとんどなかった。多少の疑問など吹き飛ばす、信頼があったのだ。
「南南西の方角へと向います! 立ちふさがる相手は撃破! 突破します!」
『……解りました、続きます!』
『援護なら任せろ』
みほの緊迫した声から、一同は疑問を挟む時間がないことを察した。
即座にみほの背後に回って列を成し、全力のローラーダッシュで駆ける。
突然の反転と進路変更に、むしろ相手の方が戸惑った。
遠巻きに撃ち合っているだけが、一転、降って湧いたような接近戦。
その動揺を、見逃すみほでない。
「バルカンセレクター!」
フルオート射撃で手近な一体を撃破! その隣のトータスを、優花里のソリッドシューターが撃ち落とす。
サンダースは五機一個分隊の編成を基本とする。残りの三機は慌てて散開するも、初動の遅い一機が、麻子のガトリングガンの犠牲となる。
立ちふさがる者は撃破した。後は――包囲される前に合流し、ここを突破するほか、道はない!
相手の描いた包囲網を打破すべく、みほは新たな作戦へと我が身を任せた。
問いに対する答えというものが、もし常に存在するものだとしたら
人生というものは、もっと容易いものになるだろう
だが、迷える梓の発した問いかけに、答えるものは誰もいない
分隊長として、一人の選手として
梓は、己の決断を迫られる
次回『錯綜』 果たして、賽は投げられた